ありふれた異世界で転生特典【ボカロ曲】を使って楽しんでみる 作:夢のまた夢
少年は、勇者になりたかった。
悪を滅し、誰からも慕われ、助けた姫と婚姻する、そんな勇者に。
しかし、それも過去の話。そんな幻想に縋るような精神は、親友という存在を手に入れ、親しい仲の大切さを知った時点で、とうに消え失せている。見せかけだけの名声よりも、身近にいる彼の声の方がよほど価値がある物だと感じた。
そんな彼は何を求めているのか。
少年は、憧れの影になりたかった。
──────────
「───だからさ、阿鼻叫喚って言うけど、地獄の観点からみたら、阿鼻地獄と叫喚地獄って刑の重さを考えると離れすぎなんだよ。だからこれからは阿鼻大焦熱って呼ぶべきだ」
「阿鼻叫喚の叫喚って多分そういうことじゃないと思う」
コイツのよくわからん教養はいつもどこで身に付けているんだ?と、急に話し始めた伊織の阿鼻叫喚に対する疑問を話半分で聞く幸利。コイツは急に「そこ気にするか?」という内容をよく言う。ほんと誰が気にすんだ阿鼻叫喚という言葉に関してなんて。
「おいおい、人の話を聞いているときによそ見か?」
「ああ、悪い。少し考え事をな」
「へぇー、俺の話より大事なのか。まあいいや」
コイツはいつも俺のことを気遣ってくれている。あのときだってそうだ。俺の暗い心を救ったあの言葉も、俺の言えない気持ちを代弁してくれた。俺は神崎伊織に救われているんだ。
そんな俺を照らしたように、俺も誰かを救ってやりたいと、ここ最近思うようになった。
「……なぁ、幸利。お前って将来のこと、考えたことあるか?」
「急になんだ?珍しいな」
基本的な会話は伊織が言いたいこと言って、それに俺は思ったことを口にする、といったいわゆる愚痴(のようなもの)を聞くのがデフォルトだった。これはこれで楽しいが、今日に限っては違った。
「そうだな、深く考えたことはないけど、趣味に関する仕事をしてみたいかな」
「俺は平穏に過ごせればなんでもいいって思ってる」
「へぇ、意外だな。基本面倒ごとの中心にいるのに」
「うるせぇ」
否定しないのは自覚があるのだろう。愚痴の四分の一が友達の奇行に関することだったし。なお二分の一は恵里のことで残りは雑談。
一応これでも落ち着いた方であり、前までは胃薬を月一で切らすほどのときもあった。
「むしろだからこそだよ。俺は将来仲良い人たちと一緒に平和な毎日を過ごしていきたい。面倒ごとに絡まれずにな」
「平凡に暮らしてればそんなこと普通は思わないけどな」
「俺は平凡でも普通でもない超人だから」
否定できないのが辛い。なんだよオール88点って、ワザと狙ってるとしたらめちゃくちゃヤベェよ。しかも運動もしっかりできるし。
「だからな、俺がいないとき、お前には恵里を守ってやって欲しいんだよ。」
「……は?」
ちょっと待て、どうして完璧超人のくだりから俺がお前の妹を守る話になる。話が飛躍しすぎて天井に頭ぶつけてるって。ルーラでも使ったの?
「俺は一人しかいない。そして、俺がこれから先ずっと恵里のそばにいることはできない。だからさ、幸利がそばにいてくれるといいなって。男子で一番信用できるし」
「……だからって、なんで俺なんだ?天之河だっているだろ」
信用されていることに少しばかり歓喜しつつも、それでもなぜ俺が選ばれたのか、よくわからない。
「あんな金メッキ正義感に頼るならまだ筋肉バカの方がマシだ」
「お前友達に対してあたり強いな」
「問題を起こさなかったらこんなこと言わないさ。大抵その尻拭いは俺か雫なのが辛いところだな」
「よく愚痴で言ってるもんな。お前はよく頑張ってるよ。その雫って人も」
聞いてる話だと無理やりにでも解決してるようだったから、天之河に頼りたくないのは当然のことかもしれない。みんなからはヒーローだってもてはやされてたけど、実際に多方面から視ることは大切だと、今日改めて思った。
「ま、とりあえずは……あれだ、少し気にかけてやってくれるだけでいい。ちょっとしたシスコンのお願いだ」
「まあ別にいいけどさ、そこまで気遣う理由is何?」
「…………あー、その、だな」
これまた珍しい状況だ。伊織はこういうとき普通に答えてくれる。考えあぐねることなんて基本的にない。あ、でも猥談に関しては少し言葉を選んでたかもしれない。
「実は繋がってないんだよね。……血」
「……こういうとき、どうすればいいかわからないんだ」
「笑えばいいと思うよ」
「絶対違う」
何となくそんなところだと思ってはいた。イメージの問題だが、妹好き好きというよりかは、どちらかというと過保護が勝っている気がしていた。それが見事当たったようだ。
「俺はこういうシチュエーションはラノベでよく見てきたから何も思わないが、そうかだから妹さんが心配だったんだな」
「まあな。俺が過保護すぎる気もするが、恵里には家庭環境が最悪だったこともあるからつい肩入れしちゃうんだよな」
「教えてくれなくてもいいけど、ことの経緯を聞いてもいいか?」
「別に構わんよ。恵里にとってはもう過去の出来事のようなもんでトラウマではなくなったらしいし」
その内容は普通の生活をしている俺には、現実味を感じられない話だった。ただ伊織がわざわざ嘘をつく性格じゃないとわかっているから受け入れたわけで、もし伊織以外の人に同じ話をされたら、きっと信じていなかったと思う。
「そんなわけで波瀾万丈な人生を歩んできたわけだ」
「波瀾万丈で片付けるにはいささか厳しいものがないか?でもまぁ、アンタには借りもあるしな。わかった、できる限りやってみるよ」
「陰キャだからそこまで期待はしてないけどな」
「俺が陰キャならお前は半陰半陽だな」
「半人半妖みたいに言うなよ。妖夢かよ」
「アイツ妖怪じゃなくて霊だけどな」
──────────
「…………ん……んぁ……」
ぼやける視界を正すため、目を擦る。窓の光によるベッドの金縁の反射が目に刺さる。
「……夢か。アイツ地球で元気にしてるかな」
異世界へと転移したあの日。あのクラスに現れた魔法陣で召喚されたはずなのに、伊織だけがいなかった。あの場でいた中で、アイツだけが転移されなかったのだ。
「あの頃からは想像できないだろうな。まさかありきたりの異世界ラノベみたいになるとは」
トータス。それが異世界の大陸の名前。俺は神エヒトとやらによくわからないこの異世界に連れてこられたらしい。
「あぁ、なんで起きたあとってこんなにもやる気が出ないんだろ」
トータスに着いてからそれなりに日が経過した。その中には良いことも悪いこともあった。
ゲームとかしてた頃は知らなかったが、殺し合いとはものすごく疲れる。精神的にも肉体的にも。何せ命のやりとりをするのだ。
自分が死にかけたり、クラスメイトが死んだりした。無能と言われた南雲ハジメが死んだ日からクラスの半数が引きこもった。
「……んぅ……もう朝?……ユキ、どうしたの?」
「あ、起きたのか。おはよう恵里」
「ん、おはよう」
その中には恵里もおり、だいぶ精神が参っていた。もしここトータスで死んでしまったら、というより、もう二度と伊織に会えなくなることに恐怖を覚えたらしい。それを聞いた俺は、あのときの約束を守るために、救うことはできなくてもそばに寄り添うことを誓った。そしたらなんか恵里の自室に連れてかれ、現在朝チュンというわけである。
一応何がとは言わないが一線は越えてない。強いて言うなら抱き枕にされただけだ。柔らかかった。
幸いにも俺の得意とする闇魔法は精神干渉を得意とするため、乱れた心を鎮めるには最適だった。
「……ねぇ、ユキはどこも行かないよね?」
「ああ、どこも行かない」
「ほんと?嫌だからね?急に消えちゃったら」
「心配するな。お前を置いてどっか行けるほど、簡単な関係じゃないだろ」
「……!そっか、そうだよね」
ただ、精神干渉をすればするほど、俺に対して好意的な感情を抱く、というよりかは依存しやすくなるということを何回か使って気づいた。周り他の人には使わないようにしよう、恵里にはヤンデレの素質があるこら背中からこう、ブスッて刺されそうだし。
─────────
「清水、ちょっといい?」
「ん?どうした?」
昼時、恵里と共に昼食を取っていたら誰かから呼びかけられた。
振り返るといたのは園部優花。確か定食屋の娘で、面識はそんなにないはずだが、何かあったのか?
「実は愛ちゃん先生がこれからウルの町まで行くから、護衛として着いていこうって話をしているの」
畑山先生をそんな愛称で呼ぶなよ。たぶん俺らからしたら尊敬の念がこもっているだろうけど、本人からしたら馬鹿にしてるとしか思えないだろ。
だがその前に、前提条件として一つ気になるところがある。
「騎士の方々に任せりゃいいのに、わざわざ行く必要あんの?」
畑山先生の天職は作農師。食糧難を脱する要ともあろう人を、わざわざ護衛もなしに向かってもらうほど教会の連中は馬鹿じゃないだろう。そんでもってわざわざそんなことする理由がイマイチわからない。
「……私は、南雲に命を救われた。かわりに南雲は死んじゃったけどね。……なのにさ、みんなが迷宮に言ってる間に助けてもらった私は怖くて、行けなかった。臆病だったんだ。それで考えたんだ、このままじゃダメだって」
「それで手伝える護衛に、ってことか」
なんとも強い心である。一回死にかけているのに、それでも別のところで役に立とうするとは。
「そう。一応これでも神の使徒ってことになってるしね。で、アンタもこない?」
個人的には参加したいところだが、優先順位は恵里が一番なのでまずは本人に聞く。
「……恵里はどうする?」
「そうだね、僕は幸利がいればどっちでもいいかな」
「なら、そっちさえよければ連れて行ってくれ」
俺とが行きたい理由としては外の情報も仕入れておきたいこと。ここは居心地がいいが、ある種隔離された空間だ。養ってもらってなんだが教会もきな臭い。この機会に外に出て他の人の印象を聞いておこうか。
「そう、わかったわ。それと一つ、個人的に聞きたいことがあるからちょっと来てくれない?」
「OK。じゃあ恵里、ちょっと行ってくる。さき部屋戻ってろよ」
「もちろんだよ幸利。でもできれば早めに帰ってきておくれよ?」
「当たり前だ」
そう言って食堂を出ていった。チラリと恵里の表情を見ると、少し悲しい顔をしていた。早めに戻っておかないとな。
──────────
ダァンッ
人気のない廊下に壁を叩く音が広がる。叩きつけられた拳は俺の顔の真横の壁に当たり、ひび割れた壁には赤いシミが付いていた。
「アンタ、恵里に何したの?」
元々悪い目つきがさらに鋭く尖る。その眼には敵意どころか殺意まで抱いていることが俺でもわかった。
「とりあえず、その拳をおろしてくれないか?俺としては早めに壁の修復依頼を頼みたい。ついでに香織に後で治してもらえよ」
「恵里は前まで外から出られないほどに心を病んでいた」
「ならよかったじゃねぇか。今はもう外に出られるほど回復してんだから」
「けどね、それからずっとアンタと行動するようになった。あの恵里が……伊織以外の男子に心を開かない恵里が!」
初めて知った。恵里と優花の仲が良いことを。兄から妹を任せられている身としては、嬉しい限りだ。俺の中では恵里は鈴としか仲良さそうにしていないようにみえたからな。
そう思っていながらも口には出さず、俺は軽口をたたく。
「じゃあ二人目だな。恵里の心を開いたのは。いや、開いたというかこじ開けただな」
さらに拳に力が入り、血管が浮き出る。今さら力を込めても意味ないだろと思いつつ、言ったらこっちに拳が飛んできそうだから黙った。
「答えて、何をしたの。恵里に、何したの!」
「うるせぇ。でけぇ声出さなくても聞こえてるよ」
俺は優花の額に軽くデコピンした。
「イタッ」
デコピンの痛みからか顔を覆う優花に構わず、俺は真実を告げる。
「俺がしたことはただ一つ。闇魔法の応用で恵里の精神を安定させた。それだけだ」
「精神……安定……?」
「なんならお前の俺に対する怒りも抑えられるぞ。【鎮生】」
「ちょっと急に何すん……の?」
オリジナル闇魔法【鎮生】。暇だからなにか生活で役に立つ能力が欲しいと思って作った、心を落ち着かせる魔法だ。まあ落ち着かせるというよりは感情を希薄にする感じで作ったはずなのだが。
「あれ?さっきまで怒ってたはずなのに……?」
表情に険しさがなくなり、目つきも元の印象を悪化させるものへと戻った。
「ちょうどいい、被験者が少ないから聞いてみたかったんだ。体に異常はないか?」
「異常というか、なんだか変な感じ。なんか怒りが冷めるみたいな」
「なるほどな。俺に対して今はどう思っている?」
「さっきまでの怒りはないけど、まだちょっと納得できないというか、私に何したか教えてほしいっていうか……」
すげえ、あんなに怒ってたのに今では些細な猜疑心しか持っていない。さっきまでの狂犬っぷりはどこへ行ったのやら。
つまりは、抱いている感情によって効果が少し違うようだ。あのときの恵里の感情は恐怖だったが、今回抑えた感情は怒り。
あくまでこれは憶測だが、感情の振れ幅が上だと下がるように調整され、逆に下だと上がるように調整されるのではないか。
恐怖はマイナスのイメージがあるから、わかりやすい。怒りも、興奮と同じ類だと思えば、プラスと考えられなくもない。
「なるほど、まだまだはっきりしていないところが多々あるな。さてと園部、とりあえずは話を聞いてくれ。じゃないとこちらも実力行使をしないといけなくなる」
「ッ……!まあとりあえず話は聞いてあげるわ」
「あ、その前にちょっと恵里のメンケアしてくる」
「……あまり待たすんじゃないわよ」
──────────
ことの経緯を伝えると、優花は深くため息をついた。
「はぁ……だいたいわかったわ。にしてもよく自分で新しい魔法を作れたわね」
「まあな、なんとか完成まで持っていけたよ。あと成功して本当によかった。失敗すると廃人になって生きる死体になってしまうからな」
「ちょっと待って?そんな危険な代物を恵里と私に使ったの?アンタ馬鹿じゃないの!?」
「大丈夫大丈夫。恵里にはしっかりと言質とってからやったから」
「私にはそんなこと一言も言わなかったけど!?」
「だって言ったら確実に殺してくるだろ」
「それは!……否定できないけど」
「ほらな」
「でも、その依存性に関しては嘘だと思うんだけど?」
そう言われると、確かにそうかもしれない。単純に被験者が少ないため、データが足りない。
「まだ使ったのは二人しかいないからな。後三人くらいの人に使ってデータを取らないと、実際の効果を測れない。そうなると今あるデータで考えていくしかない」
「……アンタ将来マッドサイエンティストにでもなってそうね」
「ハハ、将来のことを考える前に現状の帰還の方法を見つけない限り、意味はないけどな」
「え?エヒトっていう神が帰してくれるんじゃないの?」
「いーや、どうもきな臭い。アイツ、イシュタルは一言も帰すとは言っていなかったからな。あくまで『無下にしない』としか言わなかったし」
「なんか揚げ足取りにしか聞こえないんだけど?」
「警戒するに越したことはないさ、なぜなら俺らは勝手につれてこられたんだから、次は何されるかわかったもんじゃない。警戒する人は一人くらいいた方がいい」
俺は神を信じるタイプの人種じゃないし、実際にいたとしても、神話とかを読んでみても(コイツら馬鹿だろ)としか思えないことしかしてないから、期待はしていない。なんだ頭痛くなったから斧で頭割ってみようって。そうはならんやろ。最高神ゼウスがそれでいいのか。
「そう……アンタ変わってるわね」
「変われたのは伊織のおかげだよ。だからこそ、アイツに会えるように生き残らなくちゃならない」
そう、俺の目標は地球に帰ること。そのためにはあらゆる対策を張る必要がある。トータスの戦争なんて知るか。勝手にやっててくれ。
「伊織のおかげ……か。すごいわよねあの人。頭もいいし、運動もできる。しかも性格までいいと来た。実は裏で一番モテてるのは光輝じゃなくて伊織なのよ?知ってた?」
「へぇ、そうなのか。それは嬉しい限りだ。俺の自慢の親友だからな」
アイツは光のような存在だ。誰かが暗い感情を出したとき、それを照らしてくれる。俺以外にもそれによって救われた人は絶対にいるはずだ。
もしアイツがこの世界に来ていたら、アイツは俺よりきっと強い力を手に入れるだろう。きっと俺は足元にも及ばない。
それでも、許されるならば。
共に戦って、共に成長していって、伊織の隣にふさわしくなりたい。
光と表裏一体の、影として、隣に立ちたい。
なんてことを考えながらハジメに作ってもらった腕時計を確認すると、想定していた時刻を大幅に過ぎていた。
「おっとまずい。そろそろ帰るか」
「え!?腕時計!?それどこで手に入れたの!?」
「あ、これか?ハジメに作ってもらった」
「南雲が?やっぱりすごいのね、南雲は」
「な。あれだけ無能と言われたアイツがだぜ?技術職は戦闘に出るより、裏で武器とか作ってるほうが強いに決まってる。よほどアイツらの頭は軽いんだろうな」
「まあそうね。助けてもらった身で、恩を仇で返すなんて……。許せない」
「ま、失ったものより今あるものを大事にしよう。その方が生産的だ」
あまりにも感情を度外視した考えだが、今の俺にはこれが性に合う。感情に支配されては、見えるもんも見えなくなるからな。……なんて考えてる限りは、厨二病を卒業できそうにないな。
「……あんまりその考えは好きじゃないわね。でも、とりあえずこれからよろしくするわ」
「おう。またなんかあったら言ってくれ。メンタルケアなら任せろ」
「任せられないわよ、依存の話をしといて……。恵里のこと、頼んだわよ」
「当たり前だ」
こうして勘違いを修正し、優花との関係を修復、及び補強をした俺は恵里の迎えに行くのだった。