オーバーヒート(AI小説)   作:匿名希望

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1話 オリ主相馬、ダイの大冒険(っぽい)感じの世界に転移する。

 

 目を開けたら、遠くに陽の光みたいなものが滲んでいた。

 

 ぼんやり見ているうちに、次の瞬間――

 周りのものが全部、水だと分かった。

 

「……っ、は!?」

 

 口に塩水が入って、むせる。鼻にも入る。

 息ができない。胸がきつい。

 

 さっきまで相馬は、道場の帰りだった。

 

 会社の仕事を終えて、いつもの剣道場で汗を流して、面を外して、

 「今日はこれくらいでいいか」と思いながら竹刀袋を肩にかけて駅まで歩いていた――はずだ。

 

 二十一歳、社畜候補生。

 剣道は趣味で、高校から続けているくらい。

 

 それが今、水の中で溺れている。

 

(理由はあとだ。上に行け)

 

 頭のどこかは冷静だった。

 

 光がある方向が上だ。

 腕と足を、ひたすら動かす。泳ぎというより、もがいているだけだが、それでもいい。

 

 顔が水面に出た。

 

「げほっ……はあ、はあ……!」

 

 空気を吸う。咳き込みながらも、肺に酸素が入ってくる。

 少し落ち着いて、周りを見る。

 

 海だ。どこまでも海。

 でも遠くに、黒っぽい影が見える。小さな島だ。岩と木と、細い砂浜の線。

 

(あそこまで行かないと終わりだな)

 

 選択肢はそれだけだった。

 

 泳ぎは得意じゃない。

 それでも、できる限り島のほうに向かって腕と足を動かす。

 

 何度も波に飲まれそうになりながら、少しずつ近づいていく。

 ようやく、手が砂に触れた。

 

 そこからはほとんど這っていた。

 砂を掴んで体を引きずり、また掴んで引きずる。

 

 波の勢いが弱くなって、背中まで水が来なくなったところで、ようやく力が抜けた。

 

「……生きてる、のか……」

 

 横向きに倒れたまま、しばらく呼吸だけ整える。

 

 頬にくっついた砂がざらざらして、目に入った塩水がしみる。

 空はやけに青かった。雲が近い。昼間だ。

 

(さっきまで夜だったよな)

 

 時間も場所も、全部おかしくなっている。

 

 砂を踏む足音が近づいてきた。

 軽い足音と、重い足音が混ざっている。

 

「にんげんだ! 人間が流れてきたぞ!」

 

 声は日本語だった。

 

(いや、おかしいだろ)

 

 ツッコミが先に出る。

 

 視界に影が落ちて、顔を上げる。

 

 そこには、緑色の肌をしたでかい生き物が立っていた。牙があって、目が丸い。

 ゲームで見たことのある“モンスター”そのものだ。

 

(オーク……? 本物?)

 

 変なところが冷静だった。

 

 その横から、ツンツンとした黒髪の少年が走って来る。

 日焼けした肌、大きな目。肩には、小さい金色のスライムみたいな生き物が乗っている。

 

「じいちゃん! この人ほんとに死にそうだよ!」

 

 少年が叫ぶ。

 その後ろから、杖をついた小柄な老人が歩いてきた。

 

 老人の顔も人間じゃない。牙があり、肌の色も違う。

 それでも目つきは完全に「年寄り」で、妙に落ち着いている。

 

「まず息しとるかどうかじゃ」

 

 老人はそう言ってしゃがみ込み、相馬の胸の動きを見た。

 

「……生きとるな。運はええ」

 

 普通の口調が、逆に安心させる。

 

 黒髪の少年が相馬の腕を両手で持ち上げた。

 

「立てる?」

 

「……たぶん」

 

 自分でも驚くくらい、素直に体が動いた。

 足元はふらつくが、膝は笑わない。ちゃんと地面を踏める。

 

 少年がぱっと笑う。

 

「よかった!」

 

 肩のスライムが「ぷい」と鳴いた。

 どこからどう見ても、ゴメちゃんだ。

 

(ダイで、ゴメちゃんで、モンスターのじいさん……)

 

 頭の中で名前がついていく。

 

 少年をよく見る。黒髪、子ども、肩にスライム。魔物に囲まれても元気。

 

 ここまでそろうと、否定するほうが難しい。

 

 名前を聞くのが、逆に怖かった。

 

「君、名前は?」

 

「おれ? ダイ!」

 

 喉が詰まった。

 

(本当にダイかよ)

 

 笑いも悲鳴も出ない。

 

 代わりに、老人が名乗る。

 

「わしはブラス。この島の守り役じゃ。こやつらは島の魔物たちじゃよ」

 

 そう言って、後ろの魔物たちを顎で指す。

 スライムやら小鬼やら、“敵モンスター”たちがぞろぞろ並んでいる。誰も襲ってこない。

 

「お前さん、名は?」

 

「山田相馬です。相馬で」

 

 会社でも道場でも言い慣れた挨拶が、勝手に口から出た。

 

 ブラスは「ふむ」と頷いて、じろりと相馬の顔と体を見た。

 

「相馬。……それで、何歳じゃ?」

 

「二十一ですね」

 

「二十一?」

 

 ブラスが目を細める。

 

「そんな歳には見えんがな。せいぜい十六、七じゃろ」

 

「え?」

 

 相馬は自分の手を見る。

 皮膚の張り方も、指の細さも、高校のときくらいに戻っている気がする。

 

 腕も軽い。肩も軽い。

 体の“古さ”みたいなものが、すっかり抜け落ちている。

 

(……体だけ若返ってる?)

 

 ダイが素直に聞いてくる。

 

「二十一って、そんなに大人?」

 

「社会人の年齢だな」

 

「へえ!」

 

 本人よりも周りのほうが驚いているようだ。

 

 ブラスは腕を組んだ。

 

「中身二十一で、見た目十六、七。……ややこしそうじゃの」

 

「俺もそう思います」

 

 そこだけは完全に意見が一致した。

 

「とりあえず、今は寒かろう。話は洞窟で聞くとしよう」

 

 ブラスはくるっと向きを変えた。

 

「魔物ども、寄りすぎるでない。――相馬、ついて来い」

 

 怖いのはこっちだが、今は逆らう余裕もない。

 

 相馬はダイに肩を貸してもらいながら、島の内側へ歩いていった。

 

 

2 ここがどこか、分かってしまう

 

 洞窟の中は、想像よりも“家”だった。

 

 焚き火の跡があり、干した魚が吊るされている。

 木の皿や、簡単な棚もある。魔物の巣というより、完全に生活空間だ。

 

 ブラスが乾いた布を持ってきて、相馬に投げた。

 

「拭け。濡れとると風邪をひく」

 

「ありがとうございます」

 

 髪と服を拭いていると、ダイが隣にべったり座ってきた。

 

「相馬ってさ、島の外の人なんだよな?」

 

「まあ、そうだな」

 

「どのへん? ロモス? ベンガーナ?」

 

 相馬の頭の中で、地名と地図が一気につながった。

 

(ロモス、ベンガーナ……完全にダイの大冒険の世界だ)

 

 でも、それをそのまま口に出す勇気はない。

 

「……もっと遠いところだ」

 

「もっと?」

 

「ロモスとかベンガーナとか、そういう単位じゃないくらい遠い」

 

 ダイの頭の上に「?」が浮かんでいるような顔になる。

 

 ブラスが口を挟んだ。

 

「今はそれ以上聞くな、ダイ。相馬も分からんことだらけじゃろ」

 

「その通りです」

 

 相馬は苦笑した。

 

 ここがどこかは“知っている”。

 物語として読んだ世界。デルムリン島。勇者ダイ。

 

 けれど、その情報をどう扱えばいいかは、さっぱり分からない。

 

(俺が知っている通りに進む保証もないしな)

 

 勝手に先回りして口を出すのが一番危ない。

 だから今は、「知っている」ことは全部心の中に押し込めておくことにした。

 

 ブラスが改めて確認する。

 

「さっきも聞いたが、お前さん、中身は二十一で間違いないんじゃな?」

 

「はい。大学出て、働き始めて二、三年くらい」

 

「よう分からんが、大人ということは分かった」

 

 ブラスはそれで納得したらしい。

 

「体は十六、七。まあ、ダイよりは年上じゃ。

 なら、“大人組”として扱うとしよう」

 

「大人組ですか」

 

「わし一人じゃ大変なんじゃ。丁度よかった」

 

 ブラスは勝手にそう決めた。

 

 その夜、洞窟の入口近くの隅に毛布が一枚敷かれ、そこが相馬の寝場所になった。

 

 奥で寝ていいと言われたが、遠慮して入口側を選んだ。

 いきなり真ん中で寝て馴染む自信はない。

 

 天井の岩をぼんやり見ながら、相馬は自分の手をもう一度眺めた。

 

 皮膚も筋肉も、確かに二十一のときより若い。

 だけど、頭の中には残業だの会議だの、二十一以降の記憶がしっかり詰まっている。

 

(こっちのほうがズルいよな)

 

 そんなことを思いながら、目を閉じた。

 

 

3 火が出る

 

 デルムリン島の朝は早い。

 

 魔物たちはもう動き始めていて、ブラスは鍋をかき混ぜていた。

 

「起きたか、相馬。薪を運べ」

 

「了解です」

 

 外に出て、薪の束を入口近くまで運ぶ。

 朝の空気はひんやりしているが、体が軽いのでそれほど寒くない。

 

「火って、いつもどうやってつけてるんですか?」

 

「ダイ、やってみせい」

 

「おう!」

 

 ダイは石を二つ拾ってきて、カチカチと打ち合わせた。

 火花が出て、細い枯れ草がじわっと煙を上げ始める。

 

「こう!」

 

「なるほど。原始的だな」

 

「げんし?」

 

「なんでもない。ありがとな」

 

 相馬は薪の前にしゃがみ込んだ。

 

 自分の指先をじっと見る。

 

(昨日から、体の中に変な感覚がある)

 

 胸の真ん中というより、もっとぼやっとした場所に、“溜まってる”感じ。

 

 試しに、小さな声で言ってみた。

 

「……メラ」

 

 指先に、ちいさな火が出た。

 

「……うそだろ」

 

 思わず自分にツッコミを入れる。

 

 すぐ横で見ていたダイが叫んだ。

 

「うわっ! 今のメラだよな!? 魔法じゃん!」

 

 ブラスもそちらを見る。

 

「相馬。今のはお前さんの仕業か」

 

「はい。……自分でも驚いてます」

 

 指先の火はちゃんと熱い。

 薪に近づけると、すぐに燃え移る。

 

 火がついたのを確認して、相馬は慌てて指の火を消した。

 意識すると、ちゃんと消える。

 

「消えるか」

 

「一応、今のところは」

 

 ブラスは焚き火と相馬を見比べて、短く言った。

 

「便利じゃ」

 

「それでまとめられると、俺の混乱が行き場をなくすんですが」

 

「火起こしが一瞬で終わる。ありがたいことじゃろ」

 

 ダイは大興奮だ。

 

「相馬、他の魔法もできる!? バギとかイオとか!」

 

「まだやらない」

 

 相馬はすぐに遮った。

 

「自分でもよく分からないもんを、いきなり増やすのは危ない」

 

「えー!」

 

「“えー”じゃない」

 

 ブラスが加える。

 

「使うなとは言わん。ただし、今は火起こしまでにしておけ。

 森を燃やされたら困る」

 

「それは俺も困ります」

 

 焚き火は普通に燃えている。

 指先も、今はただの指だ。

 

 けれど、体の奥には、まだ何かが残っているような感じがあった。

 

(メラはほんの表面で、その奥にもっと大きい塊がある感じか)

 

 そこまで考えて、相馬は首を振った。

 

 深追いすると、余計に怖くなりそうだった。

 

 

4 島の暮らしと「位置」

 

 数日が過ぎた。

 

 相馬は、すっかり島の仕事係の一人になっていた。

 

 朝は薪を集めて火を起こし、昼はダイと魚を獲りに行き、帰ってきたら洞窟の前を片付ける。

 魔物たちは最初こそ「人間だ」と距離を取っていたが、相馬が黙々と手を動かしているうちに、普通に話しかけてくるようになった。

 

「兄ちゃん、魚の捌き方うまいな!」

 

「包丁がいいだけだ」

 

「包丁ってなに?」

 

「このナイフのことだ。細かいことはいい」

 

 そんなやりとりが、特におかしくもなく続くようになった。

 

 剣も日課になった。

 

 ブラスが洞窟の奥から古い剣を出してきて、相馬に渡した。

 錆だらけだったが、手入れすればまだ使える。

 

「昔、人間が置いていったもんじゃ。使わんで眠らせておくより、お前さんが振ったほうがよかろう」

 

「助かります」

 

 相馬は錆を落とし、柄を巻き直し、鞘を修理して使った。

 竹刀と違って重いが、体が軽くなっているおかげで扱えた。

 

 ダイには木の棒を持たせて、砂浜で稽古する。

 

「ダイ、打つ前に肩でばれる」

 

「えっ!? どうやって分かったの?」

 

「肩が先に上がってる。あと目線も」

 

「そんなの、分かんないって!」

 

「だから今言ってる」

 

 軽く棒を払うと、ダイは簡単にひっくり返る。

 それでもすぐ立ち上がって、また突っ込んでくる。

 

 相馬は相変わらず慣れない世界にいるが、こういう「稽古してる瞬間」だけは、日本にいたときとあまり変わらなかった。

 

 そんなある日の夕方、焚き火の前でブラスに呼ばれた。

 

「相馬」

 

「はい」

 

「お前さんが近くにいるとき、焚き火の炎が高くなる」

 

「……やっぱりそう見えますか」

 

「風も強くないのに、炎だけ大きくなる。

 何度か見て、勘違いではないと分かった」

 

 ブラスは焚き火を指さした。

 

「だからと言って“悪い”と決めつけるつもりはない。じゃが、普通ではない」

 

「俺も、普通じゃない自覚はあります。メラの奥に、まだ何かある感じがしてますし」

 

「制御できそうか」

 

「今は、“出すな”と思っていれば出てきません。

 ただ、ずっとこのままでいけるかは正直分かりません」

 

 ブラスは腕を組んだ。

 

「そうじゃろうな」

 

 それ以上、ブラスは無理に結論を出さなかった。

 

 けれど、相馬のほうは結論を出さないと落ち着かなかった。

 

(いつか勝手に暴発する、ってのが一番最悪だ)

 

 この数日の間に、ダイもブラスも、島の魔物たちも、普通に「一緒に暮らしている相手」になっている。

 

 その前で、とんでもない魔法を誤爆するのが一番嫌だった。

 

 

5 ツァーリボンバー(確認)

 

 何日か悩んだあと、相馬はブラスに切り出した。

 

「一度だけ、外に向けて試したいです」

 

「……そう言うと思ったわい」

 

 ブラスは頭をかいた。

 

「止めたいが、止められん顔じゃ。条件を出す」

 

「お願いします」

 

「ダイと魔物どもは洞窟の奥から出すな。

 お前一人で崖の上に立つ。島には絶対に向けるな」

 

「それはもちろんです」

 

「それで終わりじゃ。二度とやるな。

 それから、人間の国には話すな」

 

「分かりました」

 

 本気で答えた。

 

 風があまりない日を選んだ。

 

 海は穏やかで、空も澄んでいる。

 崖の上――デルムリン島で一番海がよく見える場所に、相馬は一人で立った。

 

 水平線まで、何もない。

 

(ここでやめるなら今だ)

 

 一瞬だけ迷う。

 

 だが、「知らないまま持ち続けるほうが怖い」という気持ちが勝った。

 

 右手を前に出す。

 

 頭に、自然と一つの名前が浮かぶ。

 

 ツァーリボンバー。

 

 日本にいた頃、ニュースやネットでたまに見かけた、「世界で一番やばい爆弾の名前」。

 それが今は、妙に“呪文っぽい”響きで喉に乗る。

 

「ツァーリボンバー」

 

 空気が重くなった。

 

 指先の前に、白い光の塊が生まれる。

 メラの火とは全然違う。光そのものが圧力を持っている感じだ。

 

 その光が、矢みたいに飛んでいく。

 

 空気を切る音が、遅れて耳に届くくらいの速さで、光は水平線の向こうへ消えた。

 

 一秒。二秒。

 

(何も起きませんでした、ってオチならありがたいんだけどな)

 

 三秒目くらいで、遠くの海が明るくなった。

 

 白い光が一帯を覆い、そのあと黒い雲が上に伸びていく。

 細かいところまでは見えない。ただ、規模だけははっきり分かる。

 

 そして少し遅れて、こっちにも影響が来た。

 

 暴風とともに、遠雷を百個束ねたような音が鳴り響く。

 

「……っ!」

 

 崖の草が、一方向に倒れる。

 砂が舞い上がり、体が後ろに押される。

 

 耳がきんと鳴る。

 空気の圧が一段階上がったみたいに重い。

 

 相馬は歯を食いしばって踏ん張った。

 それなりに鍛えた脚と、この世界で軽くなった体が、ここで役に立つ。

 

 風はしばらく続き、やがて弱まった。

 遠くには、まだ黒い雲が残っている。

 

「……ないわ」

 

 笑える状況じゃないのに、つい口から出た。

 

 膝が抜けて、その場にしゃがみ込む。

 

(これは“最終手段”にもしたくない。撃ちたくない)

 

 本気でそう思った。

 

 

6 二度とやるな/知らせるな

 

 洞窟に戻ると、ブラスが入口で待っていた。

 

「生きとるな」

 

「一応」

 

「島も、まあ……どうにか無事じゃ」

 

 ブラスは、深く息を吐いた。

 

「相馬。二度とやるな」

 

「……はい」

 

「さっきも言ったが、島が残ったのは、お前が上手くやったからじゃない。

 ただ、海が広くて、距離があったからじゃ」

 

「分かってます」

 

「それでも、“どれくらいやばいか”を知ったのは悪いことではない。

 知らんまま抱え込んで、変なときに暴発されるよりはな」

 

「俺も、そう思います」

 

 ダイが奥から顔を出した。

 

「今の、相馬の魔法……?」

 

「ああ。たぶん、俺のせいだ」

 

 ごまかさずに言う。

 

 ダイは難しい顔をした。

 

「すげえ……けど、こわいな」

 

「俺も怖い」

 

 相馬は素直に頷いた。

 

「あれはな、勇者が使うもんじゃない。誰が何と言っても、“使わなくて済むなら一生使わないほうがいいやつ”だ」

 

「うん」

 

 ダイは真面目な顔で頷いた。

 

 ブラスがさらに念を押す。

 

「そして、これは大事なことじゃ。

 人間の国に、この話はするな。デルムリン島に“でかい魔法を撃てる人間がいる”と知られたら、ろくなことにならん」

 

「了解です」

 

 それで、この件は洞窟の中だけの秘密になった。

 

 

7 外の世界での“噂” ※相馬は知らない

 

 デルムリン島からかなり離れた航路を、小さな商船が進んでいた。

 

 その船の乗組員たちは、遠くの海で起きた“白い光”と“黒い雲”を確かに見ていた。

 

「今の……」

 

「見ました。なんか、海の向こうが一瞬光って……そのあと変な雲が」

 

 船長はしばらく黙ってから言った。

 

「魔王軍か、神か、どっちか知らんが、普通じゃねえ。

 次にパプニカに寄ったとき、港の役人にだけ話しておけ。“あっちの海ででかい光が上がった”ってな」

 

「はいよ」

 

 それだけの報告が、後でパプニカ王国の情報網に入ることになる。

 

 “デルムリン島の近くの海で、異常に大きな光と爆発があった”

 

 その程度の言葉だけが、レオナたちの出発前の資料に、ちょこんと載ることになる。

 

 誰も、その原因が「島に流れ着いたよそ者の少年」だとは思っていない。

 

 

8 島での「前に出る人」

 

 ツァーリボンバーの件のあとも、島の日常は続いた。

 

 ダイは相変わらず元気で、ブラスは口うるさくて、魔物たちはうるさい。

 

 相馬は、いつの間にか完全に“島の大人側”になっていた。

 

「相馬、木割っとけ」

 

「はい」

 

「魚が足りん。ダイ、お前と相馬で獲ってこい」

 

「任せろ!」

 

「なんで毎回セットなんですかね、俺」

 

 文句を言いながらも、普通に動く自分がいる。

 

 朝の稽古も、完全に習慣になった。

 

 崖の上で剣を振り、そのあとダイの相手をする。

 

「相馬、前より強くなってるだろ絶対!」

 

「お前が言うな。お前も十分おかしい」

 

「えー?」

 

「二人ともおかしいから、バランス取れてるんだよ」

 

 そんな軽口が出るくらいには、空気が柔らかくなっていた。

 

 ある夕方、焚き火の前でブラスが真面目な顔をした。

 

「相馬」

 

「なんです?」

 

「もし、人間の船が来たら――お前さんが前に出い」

 

「やっぱり俺ですか」

 

 相馬は苦笑した。

 

「わしや魔物どもがずらっと並んだら、向こうはまず剣を抜く。

 人間同士で話したほうが、最初のケンカは避けやすい」

 

「それはそうですね」

 

「ダイはまだ子どもじゃ。前に出すには早い」

 

「ダイを盾にする気は俺にもないです」

 

「なら、お前じゃ」

 

 ブラスはあっさり決めた。

 

「代表面しろとは言わん。最初に口を開く役じゃ。

 嫌か?」

 

「本音を言うと、かなり面倒です」

 

「面倒じゃが、必要じゃ」

 

「……分かりました。やりますよ。

 ただ、“デルムリン島代表の相馬です”って名乗るつもりはないですからね」

 

「それでええ。わしとダイが後ろにおることだけ、ちゃんと見せればいい」

 

 こうして、「よそ者なのに、外の人間と話す窓口」という立場が、自然な流れで相馬の仕事になった。

 

 

9 白い帆が見えた朝

 

 さらに数日が過ぎた朝。

 

 崖の上で、相馬は剣を振っていた。

 

 潮の匂い。

 一定のリズムで続く波の音。

 剣の重さにもだいぶ慣れてきた。

 

「相馬ー! 今日はオレの方が速く振れてる!」

 

「はいはい。まず自分の足見ろ。踏み込みが浅い」

 

「え、そう?」

 

「そう」

 

 そんな会話をしながら、ふと海のほうに目を向ける。

 

 水平線の向こうに、小さな白い点が見えた。

 

「……あれ」

 

 相馬は目を細めた。

 

 白い点は、ゆっくり動いている。

 波の反射にしては形が変わらない。上のほうが広がった縦長の形。

 

「船、かな」

 

 ダイも前のめりになって海を見る。

 

「たぶん船だな。帆が立ってる」

 

 下から、ブラスの声が飛んできた。

 

「どうした!」

 

「船が見えます。こっちに向かってきてます」

 

 ブラスも崖の上まで上がってきて、海を見た。

 

「……来おったか」

 

 短い一言に、いろんな意味が混ざっている。

 

 洞窟のほうから、魔物たちがざわざわと出てくる気配がした。

 

「人間かな」「勇者ってやつか?」「なんかドキドキする」

 

 相馬は一度、深く息を吸った。

 

「ブラスさん。俺が最初に前に出ます」

 

「そうじゃ。ダイはわしの後ろ。魔物どもも前に出すな。

 相馬、お前さんは“話す役”じゃ。忘れるな」

 

「了解です」

 

 相馬は崖のふちから目を離さずに答えた。

 

 白い帆は、少しずつ大きくなってくる。

 

 デルムリン島の静かな朝は、水平線の向こうのその一点のせいで、

 少しずつざわつき始めていた。

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