オーバーヒート(AI小説) 作:匿名希望
黒い波は、思ったよりも静かにやって来た。
吠えたける魔物の群れ。
海面すれすれを滑るドラゴン。
そして、どろりとした闇の霧に包まれた、正体の知れない巨大な影。
デルムリン島の浜辺は、もはやのんびり釣りをする場所ではなかった。
「来るぞ――全員、配置につけ!」
レオナの声が、鋭く空気を裂く。
数字は、もう頭の上には浮かんでいない。
昨日まで当たり前のように見えていた「好感度パネル」は、影も形もない。
代わりに――風の中に、やたらと“声”が混ざるようになっていた。
◇ ◇ ◇
海岸線。
先頭に立つのはガンガディアと、島の魔物たち。
その少し後ろに、木剣を構えたダイと、杖を握るポップ。
さらに後方でレオナとパプニカ兵。
一番後ろ寄りに、相馬とアバンが立つ。
「よし、まずは雑魚戦力からだね」
アバンは、あくまで穏やかな笑みを崩さない。
「ダイくん、ポップ。これは“本番前のウォーミングアップ”くらいに考えて大丈夫だよ」
「ウォーミングアップって顔じゃないんですけど先生……」
ポップが引きつった声を上げる。
海から上がってくるのは、見慣れたはずの魔物たちだ。
オーク、ドラキー、スライムの群れ――だが、目つきが違う。
どの瞳にも、冷たく揃った“殺意”が宿っていた。
「行くぞ、お前ら! ここはわしらの島じゃ! 好きにはさせん!」
ブラスが杖を振りかざし、ガンガディアが吠える。
その叫びに、ダイの胸も熱くなった。
「――行くぞ、みんな!」
木剣を握り直し、一歩前へ。
その瞬間、背中から風が吹いた。
『ダイ、怖がらなくていい。
あなたはもう、勇者候補なんだから――!』
レオナの声。
風に溶けて、ダイの耳と心に届く。
「……うん!」
ダイは振り返らずに頷いた。
◇ ◇ ◇
戦闘は、最初の一合から激しかった。
「はあっ!」
ダイの木剣が、オークの斧を弾き飛ばす。
アバンストラッシュの型をなぞりながら、一歩、また一歩と踏み込む。
「ポップ、右側から来るやつを牽制して!」
「分かってるよ!」
ポップのメラが、浜辺の砂を焦がす。
火球は狙いより少し逸れたが、突っ込んでくる魔物たちの足を止めるには十分だった。
「フバーハ!」
後方から、レオナの防御魔法が飛ぶ。
熱風が柔らかく変質し、味方を包み込んだ。
「ナイスです、レオナ」
相馬が一声かけ、前に出る。
「バギ!」
渦巻く風が、海から上がろうとするドラキーをまとめて吹き飛ばした。
彼の動きは、派手ではない。
だが、隙間を埋めるように、足りない部分を補うように、的確だった。
――それを見てしまったレオナの胸が、どくん、と跳ねる。
顔イベント。
数字はもう見えない。
だが、心臓の反応だけは、相変わらず正直だった。
そして――風が、また喋る。
『……やっぱり、前に立つ姿、好き。
本当は今すぐ背中から抱きしめて、“気をつけて”って言いたい……』
「~~~っ!!」
レオナは慌てて口を引き結んだ。
(風! 黙ってなさい!!)
もちろん、風は命令を聞いてくれない。
少し離れたところで戦っていたポップが、顔を真っ赤にしている。
「なんか今、とんでもないこと聞こえた気がするんですけど!?」
「戦闘に集中しなさい!!」
レオナの怒鳴り声が、若干震えていた。
◇ ◇ ◇
それでも、戦況は悪くなかった。
デルムリン島側には地の利がある。
浜に押し寄せる魔物たちは、思ったより整理されていない。
ガンガディアが2、3体まとめて吹き飛ばし、
ブラスのヒャドで海面が凍り、足を取られた魔物たちをダイが叩き落とす。
「やった! 押してるぞ!」
ポップが叫び、
ダイも「いける!」と笑った。
相馬も、静かにそう判断する。
(これは“本命”じゃない。
前座――あるいは、様子見の先遣隊だ)
だからといって、油断するつもりはない。
「レオナ、右側の崖の上、兵の配置を厚くしてください。
飛び道具持ちが上がってきたら面倒です」
「了解!」
指揮官モードのレオナは、戦場の空気を読むのが早い。
彼女の合図で、パプニカ兵たちが弓を引き絞る。
「放て!」
矢の雨が、海から上がろうとする魔物たちをさらに減らした。
味方側の負傷者は、今のところ軽傷のみ。
勇者候補の初陣としては、上出来と言っていい。
――そんな時だった。
◇ ◇ ◇
空気が、変わった。
海から吹いていた風の温度が、一瞬で下がる。
鼓膜の内側を、冷たい指先で撫でられたような感覚。
誰かが、どこかで息を呑む音がした。
「……嫌な感じ、だな」
相馬が、独り言のように呟く。
彼は“魔力の質”そのものは感知できない。
それでも、現象として分かる。
目の前の魔物たちの動きが、一斉に止まったのだ。
まるで操り人形の糸を、まとめて握られたかのように。
「な、なんだ……?」
ダイが木剣を構えたまま、周囲を見渡す。
海。
空。
そして――
黒い影が、そこに立っていた。
いつの間にか、海と陸の境目に。
魔物の群れの向こう側。
波打ち際のほんの少し先に。
濃い紫のローブ。
ねじくれた角。
炎のようにゆらめく瞳。
「やあ、懐かしい顔だね」
その男は、ひどく楽しそうに笑った。
「アバン」
アバンの笑みが、初めて消えた。
「……魔王ハドラー」
◇ ◇ ◇
空気が、凍りついた。
今まで吠えたてていた魔物たちは一体残らず沈黙し、
波の音さえ遠く感じる。
レオナは、無意識に一歩前へ出た。
(魔王……)
パプニカの王女として、何度も文書でその名を目にしてきた。
復活した魔王。
世界の秩序を狂わせる存在。
実物は――想像よりもずっと“滑らか”だった。
ギラついた暴力ではなく、
よく研がれた刃物のような笑みを貼りつけている。
「まさか、こんな辺境で再会するとはね。
勇者アバン」
「勇者なんて呼び方は、もうやめたよ」
アバンは、木剣を軽く握り直した。
「いまの私はただの家庭教師さ。
勇者の卵と、生徒たちのね」
「ほう?」
ハドラーの視線が、ダイたちに流れる。
その途中で――相馬に、一瞬だけ止まった。
視線が絡んだ。
相馬は、眉ひとつ動かさずにその視線を受け止める。
(……こいつ)
彼は、識別する。
“破壊の中心”になれる存在。
ツァーリボンバーで撃てば、一発で消し飛ばせる。
だが――この島ごと、世界のバランスごと、何かが取り返しのつかないことになる予感もする。
(ここであれを撃つのはなしだな)
頭のどこかで、冷静に線を引いた。
そんな相馬の横顔を見てしまったレオナは、
また胸の奥を掴まれるような感覚に襲われる。
風が、ふわりと吹いた。
『……危険因子って分かってる。
分かってるのに、魔王の前に立ってくれてる姿が、
どうしようもなく頼もしくて、好きで――怖い……』
甘さと震えが混じった声が、
丘の上から浜辺まで、広く薄く広がった。
ハドラーが、僅かに眉をひそめる。
「……なんだ、この風は」
彼には内容までは聞こえない。
ただ、不快な“感情のざわめき”だけが、微かに伝わっていた。
「こちらの世界の、ちょっとしたバグみたいなものですよ」
相馬が、さらりと答える。
「気にしなくて結構です」
「ふん。小癪な口を利く人間だ」
ハドラーの目に、冷たい光が宿る。
◇ ◇ ◇
「ダイ、ポップ、相馬くん」
アバンが、ふたり――いや、三人を振り向いた。
「ここから先は、少し危険です」
「アバン先生!」
「先生、オレたちだって戦える!」
ダイとポップが同時に叫ぶ。
アバンは、かすかに笑った。
「もちろん、戦ってもらいます。
――ただし、“順番”がある」
彼は、木剣を構え直しながら言った。
「まずは、先生が見本を見せる番だ」
魔王ハドラーが、ゆっくりと手を上げる。
「アバン。
またお前の技を見る日がやってくるとは、な。
かつて、わしを地上から追いやった男の剣――」
「昔話は、授業のあとにしましょう」
アバンの足元に、風が集中する。
彼の身体が、ふっと軽くなった。
「――アバンストラッシュ!!」
斬撃が、空を裂いた。
先ほどダイが真似していたそれとは、まるで別物。
光の斜線が、浜辺から海へ向けて一直線に走る。
ハドラーの目が、わずかに見開かれた。
「ちっ――!」
炎が弾ける。
ハドラーが片手でギラの壁を展開し、斬撃を受け止めた。
爆炎と衝撃波が重なり、周囲の魔物たちがまとめて吹き飛ぶ。
「すげぇ……!」
ダイが思わず声を漏らす。
風に乗って、彼の胸の高鳴りが微かに漏れた。
『いつか、あんなふうに――』
それは嫉妬でも、純粋な憧れでもあった。
◇ ◇ ◇
しかし――
「さすがだな、アバン」
煙の向こうから、ハドラーの声が響いた。
炎を纏ったローブの端が、少し焦げている。
だが、致命傷にはほど遠い。
「かつての技は、生きている。
だが――」
ハドラーが掌を突き出す。
「今のわしは、あの頃の魔王ではない。
大魔王バーン様の力を授かった、復活の魔王よ!」
「イオラ!」
爆裂呪文が、アバンめがけて殺到した。
「先生!!」
ダイの悲鳴。
ポップも思わず前に出かける。
だが、その一歩を――別の声が止めた。
「動くな!」
レオナの叫び。
「今動いたら、巻き込まれる!
アバン先生は、それも計算に入れてる!」
自分に言い聞かせるような声だった。
(信じなきゃ。
先生を、信じるのが、今のわたしたちの仕事)
風が、静かに震える。
『……怖い。
でも、信じたい。
先生も、ダイも、危険因子も。
――みんな、生きて帰ってきて……』
甘さは薄れ、祈りの色が強くなっていた。
◇ ◇ ◇
爆炎が、浜辺を白く塗りつぶす。
砂が溶け、空気が悲鳴を上げる。
「くっ……!」
相馬は、咄嗟に腕を上げた。
ベギラマの光壁で、熱の一部をそらす。
視界が、真っ白になる。
それでも――彼は、決して前へ出ない。
(今、出るのは、俺じゃない)
これは、勇者の家庭教師と、復活の魔王の“再会の一撃”だ。
ここで割り込むのは、筋が違う。
アバンが倒れたとき――
それが、本当に“終わり”なのかどうかを判断するのも、彼の役目だ。
白い光が徐々に収まる。
砂埃の向こうに、アバンの姿が見えた。
――まだ、立っていた。
「さすがだな」
ハドラーが、舌打ち混じりに言う。
アバンの服は破れ、数か所から血が滲んでいる。
それでも、その瞳はまだ死んでいない。
「生徒の前で、簡単に倒れるわけにはいかないのでね」
アバンは冗談めかして笑った。
その笑みを見てしまって、
レオナの胸がまた大きく揺れる。
風が、そっと頬を撫でた。
『……先生も、危険因子も、ダイもポップも。
こんな人たちのそばにいられる自分が、誇らしい。
――だから、絶対守りたい。
王女としても、レオナとしても』
甘さと決意が混ざった声が、
戦場の空のどこかで、静かに響いていた。
◇ ◇ ◇
戦いは、まだ始まったばかりだ。
好感度の数字は、今はどこにも見えない。
誰が誰をどれだけ好きなのか、
どれだけ信頼しているのか、数値では測れない。
代わりに――風が、時々、不器用にそれを告げる。
なでてほしい。
抱きしめてほしい。
生きていてほしい。
傍にいてほしい。
そんな想いが、魔王軍の咆哮と爆炎の音に混じり合って、
デルムリン島の空を満たしていく。
勇者の卵と、王女と、危険因子と、家庭教師と、その弟子。
その全部を、これから待ち受ける“本当の地獄”が呑み込もうとしていた。