オーバーヒート(AI小説)   作:匿名希望

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11話 ハドラー襲来

 黒い波は、思ったよりも静かにやって来た。

 

 吠えたける魔物の群れ。

 海面すれすれを滑るドラゴン。

 そして、どろりとした闇の霧に包まれた、正体の知れない巨大な影。

 

 デルムリン島の浜辺は、もはやのんびり釣りをする場所ではなかった。

 

「来るぞ――全員、配置につけ!」

 

 レオナの声が、鋭く空気を裂く。

 

 数字は、もう頭の上には浮かんでいない。

 昨日まで当たり前のように見えていた「好感度パネル」は、影も形もない。

 

 代わりに――風の中に、やたらと“声”が混ざるようになっていた。

 

◇ ◇ ◇

 

 海岸線。

 

 先頭に立つのはガンガディアと、島の魔物たち。

 その少し後ろに、木剣を構えたダイと、杖を握るポップ。

 さらに後方でレオナとパプニカ兵。

 一番後ろ寄りに、相馬とアバンが立つ。

 

「よし、まずは雑魚戦力からだね」

 

 アバンは、あくまで穏やかな笑みを崩さない。

 

「ダイくん、ポップ。これは“本番前のウォーミングアップ”くらいに考えて大丈夫だよ」

 

「ウォーミングアップって顔じゃないんですけど先生……」

 

 ポップが引きつった声を上げる。

 

 海から上がってくるのは、見慣れたはずの魔物たちだ。

 オーク、ドラキー、スライムの群れ――だが、目つきが違う。

 

 どの瞳にも、冷たく揃った“殺意”が宿っていた。

 

「行くぞ、お前ら! ここはわしらの島じゃ! 好きにはさせん!」

 

 ブラスが杖を振りかざし、ガンガディアが吠える。

 

 その叫びに、ダイの胸も熱くなった。

 

「――行くぞ、みんな!」

 

 木剣を握り直し、一歩前へ。

 

 その瞬間、背中から風が吹いた。

 

『ダイ、怖がらなくていい。

 あなたはもう、勇者候補なんだから――!』

 

 レオナの声。

 風に溶けて、ダイの耳と心に届く。

 

「……うん!」

 

 ダイは振り返らずに頷いた。

 

◇ ◇ ◇

 

 戦闘は、最初の一合から激しかった。

 

「はあっ!」

 

 ダイの木剣が、オークの斧を弾き飛ばす。

 アバンストラッシュの型をなぞりながら、一歩、また一歩と踏み込む。

 

「ポップ、右側から来るやつを牽制して!」

 

「分かってるよ!」

 

 ポップのメラが、浜辺の砂を焦がす。

 火球は狙いより少し逸れたが、突っ込んでくる魔物たちの足を止めるには十分だった。

 

「フバーハ!」

 

 後方から、レオナの防御魔法が飛ぶ。

 熱風が柔らかく変質し、味方を包み込んだ。

 

「ナイスです、レオナ」

 

 相馬が一声かけ、前に出る。

 

「バギ!」

 

 渦巻く風が、海から上がろうとするドラキーをまとめて吹き飛ばした。

 

 彼の動きは、派手ではない。

 だが、隙間を埋めるように、足りない部分を補うように、的確だった。

 

 ――それを見てしまったレオナの胸が、どくん、と跳ねる。

 

 顔イベント。

 

 数字はもう見えない。

 だが、心臓の反応だけは、相変わらず正直だった。

 

 そして――風が、また喋る。

 

『……やっぱり、前に立つ姿、好き。

 本当は今すぐ背中から抱きしめて、“気をつけて”って言いたい……』

 

「~~~っ!!」

 

 レオナは慌てて口を引き結んだ。

 

(風! 黙ってなさい!!)

 

 もちろん、風は命令を聞いてくれない。

 

 少し離れたところで戦っていたポップが、顔を真っ赤にしている。

 

「なんか今、とんでもないこと聞こえた気がするんですけど!?」

 

「戦闘に集中しなさい!!」

 

 レオナの怒鳴り声が、若干震えていた。

 

◇ ◇ ◇

 

 それでも、戦況は悪くなかった。

 

 デルムリン島側には地の利がある。

 浜に押し寄せる魔物たちは、思ったより整理されていない。

 

 ガンガディアが2、3体まとめて吹き飛ばし、

 ブラスのヒャドで海面が凍り、足を取られた魔物たちをダイが叩き落とす。

 

「やった! 押してるぞ!」

 

 ポップが叫び、

 ダイも「いける!」と笑った。

 

 相馬も、静かにそう判断する。

 

(これは“本命”じゃない。

 前座――あるいは、様子見の先遣隊だ)

 

 だからといって、油断するつもりはない。

 

「レオナ、右側の崖の上、兵の配置を厚くしてください。

 飛び道具持ちが上がってきたら面倒です」

 

「了解!」

 

 指揮官モードのレオナは、戦場の空気を読むのが早い。

 彼女の合図で、パプニカ兵たちが弓を引き絞る。

 

「放て!」

 

 矢の雨が、海から上がろうとする魔物たちをさらに減らした。

 

 味方側の負傷者は、今のところ軽傷のみ。

 勇者候補の初陣としては、上出来と言っていい。

 

 ――そんな時だった。

 

◇ ◇ ◇

 

 空気が、変わった。

 

 海から吹いていた風の温度が、一瞬で下がる。

 鼓膜の内側を、冷たい指先で撫でられたような感覚。

 

 誰かが、どこかで息を呑む音がした。

 

「……嫌な感じ、だな」

 

 相馬が、独り言のように呟く。

 

 彼は“魔力の質”そのものは感知できない。

 それでも、現象として分かる。

 

 目の前の魔物たちの動きが、一斉に止まったのだ。

 

 まるで操り人形の糸を、まとめて握られたかのように。

 

「な、なんだ……?」

 

 ダイが木剣を構えたまま、周囲を見渡す。

 

 海。

 空。

 そして――

 

 黒い影が、そこに立っていた。

 

 いつの間にか、海と陸の境目に。

 

 魔物の群れの向こう側。

 波打ち際のほんの少し先に。

 

 濃い紫のローブ。

 ねじくれた角。

 炎のようにゆらめく瞳。

 

「やあ、懐かしい顔だね」

 

 その男は、ひどく楽しそうに笑った。

 

「アバン」

 

 アバンの笑みが、初めて消えた。

 

「……魔王ハドラー」

 

◇ ◇ ◇

 

 空気が、凍りついた。

 

 今まで吠えたてていた魔物たちは一体残らず沈黙し、

 波の音さえ遠く感じる。

 

 レオナは、無意識に一歩前へ出た。

 

(魔王……)

 

 パプニカの王女として、何度も文書でその名を目にしてきた。

 復活した魔王。

 世界の秩序を狂わせる存在。

 

 実物は――想像よりもずっと“滑らか”だった。

 

 ギラついた暴力ではなく、

 よく研がれた刃物のような笑みを貼りつけている。

 

「まさか、こんな辺境で再会するとはね。

 勇者アバン」

 

「勇者なんて呼び方は、もうやめたよ」

 

 アバンは、木剣を軽く握り直した。

 

「いまの私はただの家庭教師さ。

 勇者の卵と、生徒たちのね」

 

「ほう?」

 

 ハドラーの視線が、ダイたちに流れる。

 

 その途中で――相馬に、一瞬だけ止まった。

 

 視線が絡んだ。

 

 相馬は、眉ひとつ動かさずにその視線を受け止める。

 

(……こいつ)

 

 彼は、識別する。

 

 “破壊の中心”になれる存在。

 

 ツァーリボンバーで撃てば、一発で消し飛ばせる。

 だが――この島ごと、世界のバランスごと、何かが取り返しのつかないことになる予感もする。

 

(ここであれを撃つのはなしだな)

 

 頭のどこかで、冷静に線を引いた。

 

 そんな相馬の横顔を見てしまったレオナは、

 また胸の奥を掴まれるような感覚に襲われる。

 

 風が、ふわりと吹いた。

 

『……危険因子って分かってる。

 分かってるのに、魔王の前に立ってくれてる姿が、

 どうしようもなく頼もしくて、好きで――怖い……』

 

 甘さと震えが混じった声が、

 丘の上から浜辺まで、広く薄く広がった。

 

 ハドラーが、僅かに眉をひそめる。

 

「……なんだ、この風は」

 

 彼には内容までは聞こえない。

 ただ、不快な“感情のざわめき”だけが、微かに伝わっていた。

 

「こちらの世界の、ちょっとしたバグみたいなものですよ」

 

 相馬が、さらりと答える。

 

「気にしなくて結構です」

 

「ふん。小癪な口を利く人間だ」

 

 ハドラーの目に、冷たい光が宿る。

 

◇ ◇ ◇

 

「ダイ、ポップ、相馬くん」

 

 アバンが、ふたり――いや、三人を振り向いた。

 

「ここから先は、少し危険です」

 

「アバン先生!」

 

「先生、オレたちだって戦える!」

 

 ダイとポップが同時に叫ぶ。

 

 アバンは、かすかに笑った。

 

「もちろん、戦ってもらいます。

 ――ただし、“順番”がある」

 

 彼は、木剣を構え直しながら言った。

 

「まずは、先生が見本を見せる番だ」

 

 魔王ハドラーが、ゆっくりと手を上げる。

 

「アバン。

 またお前の技を見る日がやってくるとは、な。

 

 かつて、わしを地上から追いやった男の剣――」

 

「昔話は、授業のあとにしましょう」

 

 アバンの足元に、風が集中する。

 

 彼の身体が、ふっと軽くなった。

 

「――アバンストラッシュ!!」

 

 斬撃が、空を裂いた。

 

 先ほどダイが真似していたそれとは、まるで別物。

 光の斜線が、浜辺から海へ向けて一直線に走る。

 

 ハドラーの目が、わずかに見開かれた。

 

「ちっ――!」

 

 炎が弾ける。

 ハドラーが片手でギラの壁を展開し、斬撃を受け止めた。

 

 爆炎と衝撃波が重なり、周囲の魔物たちがまとめて吹き飛ぶ。

 

「すげぇ……!」

 

 ダイが思わず声を漏らす。

 風に乗って、彼の胸の高鳴りが微かに漏れた。

 

『いつか、あんなふうに――』

 

 それは嫉妬でも、純粋な憧れでもあった。

 

◇ ◇ ◇

 

 しかし――

 

「さすがだな、アバン」

 

 煙の向こうから、ハドラーの声が響いた。

 

 炎を纏ったローブの端が、少し焦げている。

 だが、致命傷にはほど遠い。

 

「かつての技は、生きている。

 だが――」

 

 ハドラーが掌を突き出す。

 

「今のわしは、あの頃の魔王ではない。

 大魔王バーン様の力を授かった、復活の魔王よ!」

 

「イオラ!」

 

 爆裂呪文が、アバンめがけて殺到した。

 

「先生!!」

 

 ダイの悲鳴。

 ポップも思わず前に出かける。

 

 だが、その一歩を――別の声が止めた。

 

「動くな!」

 

 レオナの叫び。

 

「今動いたら、巻き込まれる!

 アバン先生は、それも計算に入れてる!」

 

 自分に言い聞かせるような声だった。

 

(信じなきゃ。

 先生を、信じるのが、今のわたしたちの仕事)

 

 風が、静かに震える。

 

『……怖い。

 でも、信じたい。

 先生も、ダイも、危険因子も。

 ――みんな、生きて帰ってきて……』

 

 甘さは薄れ、祈りの色が強くなっていた。

 

◇ ◇ ◇

 

 爆炎が、浜辺を白く塗りつぶす。

 

 砂が溶け、空気が悲鳴を上げる。

 

「くっ……!」

 

 相馬は、咄嗟に腕を上げた。

 ベギラマの光壁で、熱の一部をそらす。

 

 視界が、真っ白になる。

 

 それでも――彼は、決して前へ出ない。

 

(今、出るのは、俺じゃない)

 

 これは、勇者の家庭教師と、復活の魔王の“再会の一撃”だ。

 ここで割り込むのは、筋が違う。

 

 アバンが倒れたとき――

 それが、本当に“終わり”なのかどうかを判断するのも、彼の役目だ。

 

 白い光が徐々に収まる。

 

 砂埃の向こうに、アバンの姿が見えた。

 

 ――まだ、立っていた。

 

「さすがだな」

 

 ハドラーが、舌打ち混じりに言う。

 

 アバンの服は破れ、数か所から血が滲んでいる。

 それでも、その瞳はまだ死んでいない。

 

「生徒の前で、簡単に倒れるわけにはいかないのでね」

 

 アバンは冗談めかして笑った。

 

 その笑みを見てしまって、

 レオナの胸がまた大きく揺れる。

 

 風が、そっと頬を撫でた。

 

『……先生も、危険因子も、ダイもポップも。

 こんな人たちのそばにいられる自分が、誇らしい。

 ――だから、絶対守りたい。

 王女としても、レオナとしても』

 

 甘さと決意が混ざった声が、

 戦場の空のどこかで、静かに響いていた。

 

◇ ◇ ◇

 

 戦いは、まだ始まったばかりだ。

 

 好感度の数字は、今はどこにも見えない。

 誰が誰をどれだけ好きなのか、

 どれだけ信頼しているのか、数値では測れない。

 

 代わりに――風が、時々、不器用にそれを告げる。

 

 なでてほしい。

 抱きしめてほしい。

 生きていてほしい。

 傍にいてほしい。

 

 そんな想いが、魔王軍の咆哮と爆炎の音に混じり合って、

 デルムリン島の空を満たしていく。

 

 勇者の卵と、王女と、危険因子と、家庭教師と、その弟子。

 

 その全部を、これから待ち受ける“本当の地獄”が呑み込もうとしていた。

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