オーバーヒート(AI小説)   作:匿名希望

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12話 メガンテ

 砂浜に、ひどく場違いな音が鳴った。

 

【恋愛パラメータ・モード:戦闘環境につき一部制限中】

【表示:一時停止】

【電子音声:顔イベント時のみ/対象レオナ→相馬】

 

 空のどこかでそんな囁きがした気がしたが、

 誰も振り向いている余裕はなかった。

 

 目の前で――アバンとハドラーが、真正面からぶつかり合っていたからだ。

 

◇ ◇ ◇

 

 浜辺の中心で、炎と光がぶつかる。

 

「はああっ!!」

 

 アバンの木剣が、信じがたい速度で軌跡を描いた。

 さきほどと同じ“アバンストラッシュ”――

 しかし、さきほどよりもさらに鋭い。

 

 ハドラーはそれを、今度はギラの結界ではなく、

 自身の腕で受け止めた。

 

 炎を纏った腕に、斜線の火花が散る。

 

「ぐっ……!」

 

 ほんの一瞬だけ、魔王の膝が落ちた。

 

 その隙を――誰より先に、ダイが見逃さなかった。

 

「今だっ!!」

 

 木剣を握りしめ、一直線に飛び込む。

 

「ストラァァッシュ!!」

 

 ぎこちないが、確かに“それ”になりつつある斬撃。

 アバンが見せた軌跡を、必死に追いかけた一太刀。

 

 ハドラーは不意を突かれたように目を見開き、

 とっさに身体をひねる。

 

 ダイの木剣は、魔王の肩を浅く裂いて通り過ぎた。

 

「っ……このガキが……!」

 

 ハドラーの眼光が、ダイに向けてギラリと光る。

 

「ダイ、下がって!」

 

 レオナの声。

 ほとんど反射で飛び出していた。

 

 ダイは意識していなかったが、

 その声のすぐあと、

 レオナの視線は相馬の方へ向いていた。

 

(もし魔王の反撃が来たら、受け止めに行くのは――)

 

 顔を見た瞬間、胸の奥がズキンと跳ねた。

 

 顔イベント。

 

 数字はもう出ない。

 その代わり――風が、甘くなる。

 

『……お願い、相馬。

 ダイは守って。

 でも――あなたが死ぬのだけは、本当に嫌……

 今すぐ抱きしめて、“大丈夫だ”って言ってほしい……』

 

「っ!」

 

 レオナは自分の口を押さえた。

 喋っているのは自分の声ではない。

 だが、内容は、紛れもなく自分の恋愛パラメータだ。

 

(ふざけたシステム……!)

 

 怒鳴りつけたいが、敵は目の前にいる。

 怒りも恥ずかしさも、強制的に“指揮官モード”で押し込めるしかない。

 

 相馬は、その風を真正面から受け止めても、

 表情ひとつ変えなかった。

 

(……そう思われてるのは、分かってたことだ)

 

 今さら取り乱しても、戦況がよくなるわけではない。

 

 彼はただ一歩前に出て、

 ダイとハドラーの間に、さりげなく割り込む位置に立った。

 

「レオナ、ダイを半歩下げて」

 

「了解!」

 

 それだけ言って、視線はすぐ前へ戻る。

 

 魔王と、家庭教師がいる方向に。

 

◇ ◇ ◇

 

「なるほどな。小賢しい真似をする」

 

 ハドラーは、傷口に走る痛みを無視して笑った。

 

「小僧の一撃で、わしの注意を逸らし、

 その隙にお前が“本命”を狙うつもりだったのだろう、アバン」

 

「バレてしまいましたか」

 

 アバンは苦笑する。

 

「さすがは、かつて世界を支配しかけた魔王。

 読みが鋭い」

 

「ふん。お前の戦い方は嫌いではない」

 

 ハドラーの視線が、今度はゆっくりと相馬に向いた。

 

「だが――そこの人間。

 

 わしの炎を、さきほどから何度か逸らしているな?」

 

「さあ、どうでしょう」

 

 相馬はとぼけた。

 

「ただの保険係ですよ。

 勇者候補と、王女と、家庭教師の背中を守るだけの」

 

「保険、ね」

 

 ハドラーは、軽く手をかざした。

 

「だったら――その“保険”ごと焼き払えば、

 話は早いということだ」

 

 掌に、黒い炎が凝縮されていく。

 

 イオやギラとは違う、濁った光。

 アバンでさえ見たことのない色だった。

 

「……来るな」

 

 相馬の背中で、アバンが低く言った。

 

「相馬くん。

 あれは、今ここで君が受けるべき攻撃じゃない」

 

「同感ですね」

 

 相馬も、その魔力の“結果”だけは読める。

 

(食らったら、身体が残らないタイプだ)

 

 それを、勇者も王女も、家庭教師も含めて、

 一箇所でまとめて受けるわけにはいかない。

 

「でも――」

 

 彼が前へ踏み出しかけた、その刹那。

 

「下がって、相馬」

 

 レオナの声が、背中から飛んできた。

 

「それは、アバン先生の役目よ!」

 

 叫びながら、無意識に彼の横顔を見てしまう。

 

 顔イベント。

 

 胸が、痛いほど鳴る。

 

『……本当は、あなたに全部どうにかしてほしい。

 でも、そんなことさせたら、あなたが壊れる。

 お願い、危ないところだけは、先生に任せて……

 あなたまで焼け死んだら、耐えられない……』

 

「……」

 

 相馬は、一瞬だけ目を閉じた。

 

 恋愛システムの電子音だ。

 恋愛以外の何物でもない。

 それでも、その“お願い”を無視できるほど薄情でもなかった。

 

 そして、別方向からの声も、耳に届いていた。

 

「相馬くん」

 

 アバン。

 

「レオナ姫の言う通りだ。

 ここは、先生にいいところを見せさせてくれないか?」

 

「……分かりました」

 

 相馬は、きっぱりと一歩下がった。

 

 代わりに前へ出たのは、アバンただ一人。

 

◇ ◇ ◇

 

「アバァァァン!!」

 

 ダイの叫びが、浜辺に響く。

 

「ダイくん」

 

 アバンは、振り返らない。

 背中越しに、優しく言う。

 

「君の出番は、まだ先だよ」

 

「でも――!」

 

「勇者の卵に、“今の魔王”を相手させるわけにはいかない」

 

 ハドラーが、手の中の闇の炎を大きく育てている。

 

「さあ、どうする? アバン」

 

 魔王の声には、どこか楽しげな色が混じっていた。

 

「こいつを防げるか?

 それとも――弟子もろとも消し飛ばされるか?」

 

「選択肢は、ひとつだけですよ」

 

 アバンは、静かに笑う。

 

「先生としてはね」

 

 そう言って、柄に両手を添えた。

 

◇ ◇ ◇

 

 レオナは、その背中を、丘の上から見ていた。

 

 パプニカ王女として、

 数多の英雄の名を聞いてきた。

 

 でも今、目の前にいるのは、

 “教科書の中の英雄”ではなく――

 ダイに、ポップに、そして相馬に戦い方を教えた“先生”だ。

 

(先生……)

 

 思わず拳を握りしめる。

 

 だが、嫌がらせシステムは、そんな感傷には反応しない。

 電子音が生まれるのは、相馬の顔を見てしまった瞬間だけだ。

 

 だから、レオナは意識的に、

 横目で彼を見てしまった。

 

(こんなときに、どんな顔してるのか――知りたかった)

 

 顔イベント。

 

 風が、甘くなる。

 

『……こんな戦い、あなた一人に背負わせたくなかった。

 でも、あなたは絶対、前に出ようとするから……

 お願い、今だけは、先生を信じて一歩引いて。

 死なないで。

 わたしの“好き”を、こんなところで終わらせないで……』

 

「……レオナ」

 

 相馬は、彼女の方は見なかった。

 ただ、ほんの少しだけ肩を揺らした。

 

「安心してください」

 

 誰にともなく、そう呟く。

 

「俺は、勝手に死んだりしません」

 

 それは、レオナの恋愛パラメータに対する、

 ささやかな返事でもあった。

 

◇ ◇ ◇

 

「ハドラー」

 

 アバンの声が、浜辺に響く。

 

「君の新しい力を見せてもらった。

 ――だから、こっちも“新しい技”で返さないとね」

 

「新しい技、だと?」

 

 ハドラーが眉をひそめる。

 

「アバンストラッシュは、既に見せてもらったぞ。

 今さら、それ以上の――」

 

「あるんですよ、実は」

 

 アバンは、さらりと言ってみせる。

 

「勇者アバン流・最終奥義」

 

 その言葉に、相馬の目が細くなった。

 

(最終奥義――)

 

 嫌な響きだ。

 

 最終奥義。

 それはたいてい、“使ったら終わり”の技だ。

 

 彼の脳裏に、

 自分の世界の物語がいくつか浮かんでは消えていく。

 

(……メガンテか、それに類する何かだな)

 

 自爆系の高位呪文。

 この世界にも、似たような概念が存在していることは知識として知っていた。

 

 相馬は無意識に、一歩前に出かけ――

 また、レオナの声に止められる。

 

「相馬!」

 

 視線がぶつかる。

 顔イベント。

 

 風が、甘く震える。

 

『だめ。

 あなたまで“最終奥義”みたいなものを使ったら、

 もう、本当に戻ってこられなくなる……

 お願い、“見届ける側”でいて。

 わたしが、あなたを待つ場所を守るから……』

 

「……」

 

 相馬は、拳を握りしめた。

 

(俺が今やるべきことは、“止めること”じゃない。

 ――“覚えておくこと”だ)

 

 アバンが何を選び、

 その結果、何が残るのか。

 

 それを見落とさないこと。

 それが、この世界に来た“部外者”としての、

 最低限の礼儀だと感じた。

 

◇ ◇ ◇

 

「ダイくん、ポップ」

 

 アバンが、二人を振り返る。

 

「ここから先、先生は“家庭教師”を辞める」

 

「え……?」

 

 ダイの顔が、真っ白になる。

 

「そんな――」

 

「だから、最後の授業をしよう」

 

 アバンは、優しく微笑んだ。

 

「ダイくん。

 君は、きっと本当に“世界を救う勇者”になる」

 

「……っ」

 

「でも、そのとき先生は隣にいない。

 だから――この一撃だけは、目に焼き付けておきなさい」

 

 アバンは、木剣を静かに構えた。

 

 ハドラーの掌に渦巻いている闇の炎が、

 今にも溢れそうになっている。

 

「アバン! まさか、お前――!」

 

「そうだ。まさか、だよ」

 

 アバンは、ほんの少しだけ振り返り、

 今度は相馬を見た。

 

「相馬くん」

 

「……はい」

 

「君は――ダイくんと、レオナ姫と、ポップを、

 この先の世界まで連れて行ってやってくれ」

 

「それ、遺言みたいに聞こえるんですが」

 

「遺言だよ」

 

 あっさりと言われて、相馬は言葉を失った。

 

 レオナも、丘の上で肩を震わせる。

 

 嫌がらせシステムは、

 そんな“先生への想い”には反応しない。

 

 だから、レオナは、

 わざと相馬の顔を探した。

 

(こんなときに恋愛システムを叩き起こす自分が嫌になるけど――

 でも、今の気持ちを、彼にだけは知られたかった)

 

 顔イベント。

 

 風が、甘く、切なく鳴る。

 

『……相馬。

 アバン先生の言う通り、この先、

 ダイとポップと、わたしを“ちゃんと”連れて行って。

 危険因子でもいい。

 あなたの隣にいたい。

 だから、生きて。

 ――先生の遺言を、ちゃんと聞いて……』

 

「……ああもう」

 

 相馬は、小さく笑った。

 

「こんな時にまで、システムは仕事熱心ですね」

 

 でも、そのおかげで――

 彼は覚悟を決めやすくなった。

 

「分かりましたよ、先生」

 

 相馬は前を向いたまま、はっきりと言う。

 

「あなたの遺言、引き受けます。

 ダイとポップとレオナ。

 この三人、必ず“次”へ連れて行きます」

 

 その言葉に、アバンは満足そうに頷いた。

 

◇ ◇ ◇

 

「――では、授業を終わりにしましょう」

 

 アバンの足元に、静かな光が集まっていく。

 

 ハドラーが、直感的に危険を悟って叫んだ。

 

「やめろ、アバン!!」

 

「遅いよ」

 

 アバンは、楽しそうに笑う。

 

「メガンテ」

 

 その言葉を、相馬は聞き逃さなかった。

 

(やっぱり――)

 

 高位の自爆呪文。

 一度唱えたら、命と引き換えに爆発する。

 

「ダイくん!」

 

 アバンの声が、炸裂の直前に飛ぶ。

 

「目を逸らすな!

 ――勇者の物語は、ここから始まるんだ!!」

 

 光が、浜辺を飲み込む。

 

◇ ◇ ◇

 

 レオナは、ただ祈っていた。

 

 王女としてではなく、少女として。

 目の前の光景が“現実”であることを、受け止めきれずに。

 

 でも――嫌がらせシステムは、

 そんな混乱には反応しない。

 

 彼女が最後に見たのは、

 爆光に照らされた相馬の横顔だった。

 

 顔イベント。

 

 風が、甘く、そして必死に鳴る。

 

『……お願い。

 こんな終わり方、嫌。

 先生を失っても、あなたまで失うのは耐えられない。

 相馬。

 生きて。

 ――わたしの“好き”を、これからも続けさせて……』

 

 その声が、爆音にかき消されるかどうかは、

 誰にも分からなかった。

 

 ただ一つだけ確かなのは――

 

 好感度の数字が消えても、

 恋愛システムがどれだけ嫌がらせをしてこようとも。

 

 レオナの「相馬が好き」という事実だけは、

 何ひとつ揺らがず、

 あの眩しすぎる光の中に、一緒に呑み込まれていったということだった。

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