オーバーヒート(AI小説) 作:匿名希望
砂浜に、ひどく場違いな音が鳴った。
【恋愛パラメータ・モード:戦闘環境につき一部制限中】
【表示:一時停止】
【電子音声:顔イベント時のみ/対象レオナ→相馬】
空のどこかでそんな囁きがした気がしたが、
誰も振り向いている余裕はなかった。
目の前で――アバンとハドラーが、真正面からぶつかり合っていたからだ。
◇ ◇ ◇
浜辺の中心で、炎と光がぶつかる。
「はああっ!!」
アバンの木剣が、信じがたい速度で軌跡を描いた。
さきほどと同じ“アバンストラッシュ”――
しかし、さきほどよりもさらに鋭い。
ハドラーはそれを、今度はギラの結界ではなく、
自身の腕で受け止めた。
炎を纏った腕に、斜線の火花が散る。
「ぐっ……!」
ほんの一瞬だけ、魔王の膝が落ちた。
その隙を――誰より先に、ダイが見逃さなかった。
「今だっ!!」
木剣を握りしめ、一直線に飛び込む。
「ストラァァッシュ!!」
ぎこちないが、確かに“それ”になりつつある斬撃。
アバンが見せた軌跡を、必死に追いかけた一太刀。
ハドラーは不意を突かれたように目を見開き、
とっさに身体をひねる。
ダイの木剣は、魔王の肩を浅く裂いて通り過ぎた。
「っ……このガキが……!」
ハドラーの眼光が、ダイに向けてギラリと光る。
「ダイ、下がって!」
レオナの声。
ほとんど反射で飛び出していた。
ダイは意識していなかったが、
その声のすぐあと、
レオナの視線は相馬の方へ向いていた。
(もし魔王の反撃が来たら、受け止めに行くのは――)
顔を見た瞬間、胸の奥がズキンと跳ねた。
顔イベント。
数字はもう出ない。
その代わり――風が、甘くなる。
『……お願い、相馬。
ダイは守って。
でも――あなたが死ぬのだけは、本当に嫌……
今すぐ抱きしめて、“大丈夫だ”って言ってほしい……』
「っ!」
レオナは自分の口を押さえた。
喋っているのは自分の声ではない。
だが、内容は、紛れもなく自分の恋愛パラメータだ。
(ふざけたシステム……!)
怒鳴りつけたいが、敵は目の前にいる。
怒りも恥ずかしさも、強制的に“指揮官モード”で押し込めるしかない。
相馬は、その風を真正面から受け止めても、
表情ひとつ変えなかった。
(……そう思われてるのは、分かってたことだ)
今さら取り乱しても、戦況がよくなるわけではない。
彼はただ一歩前に出て、
ダイとハドラーの間に、さりげなく割り込む位置に立った。
「レオナ、ダイを半歩下げて」
「了解!」
それだけ言って、視線はすぐ前へ戻る。
魔王と、家庭教師がいる方向に。
◇ ◇ ◇
「なるほどな。小賢しい真似をする」
ハドラーは、傷口に走る痛みを無視して笑った。
「小僧の一撃で、わしの注意を逸らし、
その隙にお前が“本命”を狙うつもりだったのだろう、アバン」
「バレてしまいましたか」
アバンは苦笑する。
「さすがは、かつて世界を支配しかけた魔王。
読みが鋭い」
「ふん。お前の戦い方は嫌いではない」
ハドラーの視線が、今度はゆっくりと相馬に向いた。
「だが――そこの人間。
わしの炎を、さきほどから何度か逸らしているな?」
「さあ、どうでしょう」
相馬はとぼけた。
「ただの保険係ですよ。
勇者候補と、王女と、家庭教師の背中を守るだけの」
「保険、ね」
ハドラーは、軽く手をかざした。
「だったら――その“保険”ごと焼き払えば、
話は早いということだ」
掌に、黒い炎が凝縮されていく。
イオやギラとは違う、濁った光。
アバンでさえ見たことのない色だった。
「……来るな」
相馬の背中で、アバンが低く言った。
「相馬くん。
あれは、今ここで君が受けるべき攻撃じゃない」
「同感ですね」
相馬も、その魔力の“結果”だけは読める。
(食らったら、身体が残らないタイプだ)
それを、勇者も王女も、家庭教師も含めて、
一箇所でまとめて受けるわけにはいかない。
「でも――」
彼が前へ踏み出しかけた、その刹那。
「下がって、相馬」
レオナの声が、背中から飛んできた。
「それは、アバン先生の役目よ!」
叫びながら、無意識に彼の横顔を見てしまう。
顔イベント。
胸が、痛いほど鳴る。
『……本当は、あなたに全部どうにかしてほしい。
でも、そんなことさせたら、あなたが壊れる。
お願い、危ないところだけは、先生に任せて……
あなたまで焼け死んだら、耐えられない……』
「……」
相馬は、一瞬だけ目を閉じた。
恋愛システムの電子音だ。
恋愛以外の何物でもない。
それでも、その“お願い”を無視できるほど薄情でもなかった。
そして、別方向からの声も、耳に届いていた。
「相馬くん」
アバン。
「レオナ姫の言う通りだ。
ここは、先生にいいところを見せさせてくれないか?」
「……分かりました」
相馬は、きっぱりと一歩下がった。
代わりに前へ出たのは、アバンただ一人。
◇ ◇ ◇
「アバァァァン!!」
ダイの叫びが、浜辺に響く。
「ダイくん」
アバンは、振り返らない。
背中越しに、優しく言う。
「君の出番は、まだ先だよ」
「でも――!」
「勇者の卵に、“今の魔王”を相手させるわけにはいかない」
ハドラーが、手の中の闇の炎を大きく育てている。
「さあ、どうする? アバン」
魔王の声には、どこか楽しげな色が混じっていた。
「こいつを防げるか?
それとも――弟子もろとも消し飛ばされるか?」
「選択肢は、ひとつだけですよ」
アバンは、静かに笑う。
「先生としてはね」
そう言って、柄に両手を添えた。
◇ ◇ ◇
レオナは、その背中を、丘の上から見ていた。
パプニカ王女として、
数多の英雄の名を聞いてきた。
でも今、目の前にいるのは、
“教科書の中の英雄”ではなく――
ダイに、ポップに、そして相馬に戦い方を教えた“先生”だ。
(先生……)
思わず拳を握りしめる。
だが、嫌がらせシステムは、そんな感傷には反応しない。
電子音が生まれるのは、相馬の顔を見てしまった瞬間だけだ。
だから、レオナは意識的に、
横目で彼を見てしまった。
(こんなときに、どんな顔してるのか――知りたかった)
顔イベント。
風が、甘くなる。
『……こんな戦い、あなた一人に背負わせたくなかった。
でも、あなたは絶対、前に出ようとするから……
お願い、今だけは、先生を信じて一歩引いて。
死なないで。
わたしの“好き”を、こんなところで終わらせないで……』
「……レオナ」
相馬は、彼女の方は見なかった。
ただ、ほんの少しだけ肩を揺らした。
「安心してください」
誰にともなく、そう呟く。
「俺は、勝手に死んだりしません」
それは、レオナの恋愛パラメータに対する、
ささやかな返事でもあった。
◇ ◇ ◇
「ハドラー」
アバンの声が、浜辺に響く。
「君の新しい力を見せてもらった。
――だから、こっちも“新しい技”で返さないとね」
「新しい技、だと?」
ハドラーが眉をひそめる。
「アバンストラッシュは、既に見せてもらったぞ。
今さら、それ以上の――」
「あるんですよ、実は」
アバンは、さらりと言ってみせる。
「勇者アバン流・最終奥義」
その言葉に、相馬の目が細くなった。
(最終奥義――)
嫌な響きだ。
最終奥義。
それはたいてい、“使ったら終わり”の技だ。
彼の脳裏に、
自分の世界の物語がいくつか浮かんでは消えていく。
(……メガンテか、それに類する何かだな)
自爆系の高位呪文。
この世界にも、似たような概念が存在していることは知識として知っていた。
相馬は無意識に、一歩前に出かけ――
また、レオナの声に止められる。
「相馬!」
視線がぶつかる。
顔イベント。
風が、甘く震える。
『だめ。
あなたまで“最終奥義”みたいなものを使ったら、
もう、本当に戻ってこられなくなる……
お願い、“見届ける側”でいて。
わたしが、あなたを待つ場所を守るから……』
「……」
相馬は、拳を握りしめた。
(俺が今やるべきことは、“止めること”じゃない。
――“覚えておくこと”だ)
アバンが何を選び、
その結果、何が残るのか。
それを見落とさないこと。
それが、この世界に来た“部外者”としての、
最低限の礼儀だと感じた。
◇ ◇ ◇
「ダイくん、ポップ」
アバンが、二人を振り返る。
「ここから先、先生は“家庭教師”を辞める」
「え……?」
ダイの顔が、真っ白になる。
「そんな――」
「だから、最後の授業をしよう」
アバンは、優しく微笑んだ。
「ダイくん。
君は、きっと本当に“世界を救う勇者”になる」
「……っ」
「でも、そのとき先生は隣にいない。
だから――この一撃だけは、目に焼き付けておきなさい」
アバンは、木剣を静かに構えた。
ハドラーの掌に渦巻いている闇の炎が、
今にも溢れそうになっている。
「アバン! まさか、お前――!」
「そうだ。まさか、だよ」
アバンは、ほんの少しだけ振り返り、
今度は相馬を見た。
「相馬くん」
「……はい」
「君は――ダイくんと、レオナ姫と、ポップを、
この先の世界まで連れて行ってやってくれ」
「それ、遺言みたいに聞こえるんですが」
「遺言だよ」
あっさりと言われて、相馬は言葉を失った。
レオナも、丘の上で肩を震わせる。
嫌がらせシステムは、
そんな“先生への想い”には反応しない。
だから、レオナは、
わざと相馬の顔を探した。
(こんなときに恋愛システムを叩き起こす自分が嫌になるけど――
でも、今の気持ちを、彼にだけは知られたかった)
顔イベント。
風が、甘く、切なく鳴る。
『……相馬。
アバン先生の言う通り、この先、
ダイとポップと、わたしを“ちゃんと”連れて行って。
危険因子でもいい。
あなたの隣にいたい。
だから、生きて。
――先生の遺言を、ちゃんと聞いて……』
「……ああもう」
相馬は、小さく笑った。
「こんな時にまで、システムは仕事熱心ですね」
でも、そのおかげで――
彼は覚悟を決めやすくなった。
「分かりましたよ、先生」
相馬は前を向いたまま、はっきりと言う。
「あなたの遺言、引き受けます。
ダイとポップとレオナ。
この三人、必ず“次”へ連れて行きます」
その言葉に、アバンは満足そうに頷いた。
◇ ◇ ◇
「――では、授業を終わりにしましょう」
アバンの足元に、静かな光が集まっていく。
ハドラーが、直感的に危険を悟って叫んだ。
「やめろ、アバン!!」
「遅いよ」
アバンは、楽しそうに笑う。
「メガンテ」
その言葉を、相馬は聞き逃さなかった。
(やっぱり――)
高位の自爆呪文。
一度唱えたら、命と引き換えに爆発する。
「ダイくん!」
アバンの声が、炸裂の直前に飛ぶ。
「目を逸らすな!
――勇者の物語は、ここから始まるんだ!!」
光が、浜辺を飲み込む。
◇ ◇ ◇
レオナは、ただ祈っていた。
王女としてではなく、少女として。
目の前の光景が“現実”であることを、受け止めきれずに。
でも――嫌がらせシステムは、
そんな混乱には反応しない。
彼女が最後に見たのは、
爆光に照らされた相馬の横顔だった。
顔イベント。
風が、甘く、そして必死に鳴る。
『……お願い。
こんな終わり方、嫌。
先生を失っても、あなたまで失うのは耐えられない。
相馬。
生きて。
――わたしの“好き”を、これからも続けさせて……』
その声が、爆音にかき消されるかどうかは、
誰にも分からなかった。
ただ一つだけ確かなのは――
好感度の数字が消えても、
恋愛システムがどれだけ嫌がらせをしてこようとも。
レオナの「相馬が好き」という事実だけは、
何ひとつ揺らがず、
あの眩しすぎる光の中に、一緒に呑み込まれていったということだった。