オーバーヒート(AI小説)   作:匿名希望

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13話 ハドラー戦の終了とアバンの死

 世界が、白く塗りつぶされて――

 

 その色が、ゆっくりと剥がれていく。

 

 焼けた砂の匂い。

 焦げた海風。

 耳の奥でいつまでも鳴り続ける、爆音の残響。

 

(……生きてる、か)

 

 相馬は、まずそれだけを確認した。

 

 視界には、ひび割れた空が広がっている。

 倒れたまま見上げる空は、さっきまでと同じ青なのに、

 どこか別の世界の天井みたいに遠かった。

 

「……っ、ダイ!」

 

 かすれたレオナの声。

 

 横を向くと、少し離れたところでダイが砂にうずくまり、

 そのそばにポップがへたり込むように座っている。

 

「うおお……生きてる、生きてる……!」

 

「目、回る……」

 

 彼らの周囲だけ、薄い光の膜の残滓が揺らいでいた。

 メガンテの爆心地に展開された、アバンの最後の防御。

 

 その光が完全に消えたあと――代わりに、別の光がふわりと浮かんだ。

 

◇ ◇ ◇

 

【好感度表示システム:羞恥モードを起動します】

【一部停止していたパラメータ表示を再開します】

【戦闘環境につき、邪魔にならない程度の視覚演出に調整しました】

 

「……あ?」

 

 相馬は、ぐらつく頭を押さえながら空を見た。

 

 そこには、久しぶりに見る数字たちが、うっすらと浮かび上がりつつあった。

 

【レオナ】

 相馬 150/150(赤・MAX)

 ダイ  62/150

 ポップ 36/150

 

【相馬】

 レオナ 82/150

 ダイ  65/150

 ポップ 51/150

 

【ダイ】

 レオナ 62/150

 相馬  65/150

 ポップ 46/150

 

【ポップ】

 アバン 86/150(※表示のみ/対象不在)

 ダイ  45/150

 レオナ 32/150

 相馬  30/150

 

(……戻ってきたか)

 

 生産性だの警告だのと言っていたくせに、

 結局は「見える方が面白い」と判断したらしい。

 

「数字、出てる……!」

 

 ダイが自分の頭上を見て目を丸くする。

 だが、今はそれどころではないことをすぐに思い出し、顔を歪めた。

 

「アバン先生は……?」

 

 彼の問いに、誰もすぐには答えられなかった。

 

 浜辺の中央部。

 さっきまでアバンとハドラーが立っていた場所には――

 ガラス状に溶けた砂と、黒く焦げた大穴だけが残っている。

 

「……先生」

 

 ポップの声は、ひどく小さかった。

 

◇ ◇ ◇

 

「っ……!」

 

 身体を起こそうとして、レオナは膝をついた。

 全身が重く、熱い。

 それでも、王女としての役割が、指を無理やり動かす。

 

「……生存確認を。負傷者を集めて」

 

 パプニカ兵たちが、よろめきながら散っていく。

 

 レオナは立ち上がると、無意識に相馬の方を見た。

 

 顔イベント。

 

 胸の奥が、ドクンと跳ねる。

 

 そして――

 

「……っ!?」

 

 耳元で、自分の声がした。

 

『……よかった……本当に、生きてる……

 ねぇ、こっち向いて。

 顔、ちゃんと見せて……』

 

 それは、以前の電子音よりもずっと“本人”だった。

 抑揚も息継ぎも、ほぼレオナそのまま。

 

 甘さだけが、二割増し。

 

 しかも、風に乗ってふわっと広がるのではなく、

 今度はかなり「はっきり」近くにいる全員に聞こえる音量だった。

 

「……レ、レオナ?」

 

 ダイがきょとんと彼女を見る。

 

「今の、“声”……」

 

「わ、わたし何も言ってない!!」

 

 レオナは即座に否定した。

 耳まで真っ赤だ。

 

【羞恥システム:サンプリング精度を向上させました】

【対象:レオナ→相馬の恋愛パラメータ】

【顔イベント時にのみ、本人そっくりの音声で恋愛感情を通知します】

【※内心がうっとりモードの場合、声が甘々になります】

 

「仕様説明いらないわよ!!」

 

 怒鳴らずにはいられなかった。

 

(サンプリング精度向上、って何よ!

 ほとんどわたしそのものじゃない……)

 

 相馬は、苦笑するしかなかった。

 

「だいぶ、嫌がらせ力が増してますね」

 

「他人事みたいに言わないで!」

 

◇ ◇ ◇

 

 それでも、状況は待ってくれない。

 

「……アバン先生、本当に……?」

 

 ダイが震える声で尋ねる。

 

 相馬は、視線を大穴へ向けた。

 

 周囲には、魔物の死骸さえ残っていない。

 ハドラーの姿も見えない。

 

 ただ、一片の金属だけが、

 焦げた砂の上で光っていた。

 

「――アバンのしるし」

 

 レオナが、かすれた声で言った。

 

 その小さなメダルを拾い上げた瞬間、

 彼女の手が震える。

 

「先生は……わたしたちを守って」

 

 そこまで言って、言葉が途切れた。

 

(“死んだ”なんて、軽々しく口にしたくない)

 

 王女として、何度も耳にしてきた言葉だ。

 戦死。

 殉職。

 犠牲。

 

 でも――今、そのどれも使いたくなかった。

 

 だから、代わりに視線を相馬に向けてしまう。

 

(あなたなら、どう言う?)

 

 顔イベント。

 

 さっきよりも心臓の跳ね方が激しい。

 

『……お願い。

 “死んだ”って、簡単に言わないで。

 先生のことも、あなた自身のことも……

 わたし、そういう言い方、嫌い……』

 

 自分でもそんなこと考えていた自覚はあったが、

 それをほぼ本人そのままの声で言われてしまい、

 レオナは地面に穴があったら入りたい気分だった。

 

「……システム、黙ってて」

 

 小声で呟く。

 

 相馬は、レオナの方は見ずに、

 わずかに空を見上げただけだった。

 

「……アバン先生は、あそこで“役目を終えた”んだと思います」

 

 慎重に言葉を選ぶ。

 

「生きているかどうかは、今の俺たちには分からない。

 でも、先生自身が“ここで一度線を引く”って決めたのは確かでしょう」

 

「線……」

 

「勇者の物語の、最初の線ですよ」

 

 そう言い切る声は、妙に静かだった。

 

◇ ◇ ◇

 

 そのとき、どろりとした音がした。

 

 大穴の奥から、黒い影が這い出してくる。

 

「……嘘だろ」

 

 ポップが、かすれた声で呟いた。

 

 炎に焼かれ、ボロボロになったローブ。

 焦げた肌。

 しかし、その瞳だけはまだ光を失っていない。

 

「まさか、ここまでとはな……アバン」

 

 ハドラーが、歯噛みしながら立ち上がった。

 

 身体のあちこちから煙を上げながら、

 それでも、まだ笑える程度には元気だ。

 

「アバンは、確かにわしを殺そうとした。

 ……だが、足りん。

 

 バーン様の加護を受けたこの身を、完全には消せんかった!」

 

「まだ、立つのかよ……」

 

 ポップが絶望混じりに言う。

 

 ダイは、何も言えなかった。

 握った木剣が震えている。

 

(先生が……あんなふうに消えて、それでもまだ……)

 

 胸の奥で、何かがぐちゃぐちゃにかき混ぜられていく。

 

「お前らも、まとめて殺してやる!」

 

 ハドラーが腕を上げた。

 

 再び、ギラ系の光が掌に集まっていく。

 

「……くそ」

 

 相馬は、一歩前へ出かけた。

 今度こそ、本気で前線に出る覚悟を決めかける。

 

 だが――

 

「相馬!」

 

 背後から、レオナの声。

 

 無意識に振り向いてしまった。

 

 顔イベント。

 

 胸の奥で、さっきまでとは別種の熱が弾ける。

 

『行かないで。

 今、あなたが前に出たら――本当に、戻ってこなくなりそうで怖い……

 わたし、あなたを守る力なんてないのに、

 それでも、“危険因子”とか言っておきながら、

 本当は誰よりも一番、あなたを失いたくない……』

 

「…………」

 

 自分の声が、自分の一番卑怯な部分を、

 全部暴いてくる。

 

「レオナ」

 

 相馬は、今度はちゃんと正面から彼女を見た。

 

 その瞬間、パネルがさらに明るくなる。

 

【レオナ】

 相馬 150/150(MAX・赤点滅)

 

【相馬】

 レオナ 82 → 85/150

 

【電子音声:システム】

『※恋愛パラメータ上昇を検知しました(相馬→レオナ)』

 

「余計なアナウンス入れないで!!」

 

 レオナがブチ切れた。

 

 しかし、相馬の目は真面目だ。

 

「……分かってますよ」

 

「え?」

 

「俺が出ていくタイミングじゃない、ってことくらい」

 

 相馬は、笑わなかった。

 

「ここで前に出るべきなのは――勇者候補でしょう」

 

 そう言って、ダイの方を見る。

 

 少年は、まだ震えていた。

 

◇ ◇ ◇

 

「ダイ」

 

 相馬は短く呼ぶ。

 

 ダイは、ぎゅっと歯を食いしばった。

 

「……アバン先生、死んじゃったのに……」

 

「“死んだ”って言葉、あの人はそんなに嫌ってなかったかもしれませんよ」

 

 相馬は、静かに言った。

 

「でも、少なくとも――先生は“お前たちを生かすために選んだ”。

 だったら、生き残った側がやることはひとつでしょう」

 

「ひとつ……?」

 

「――魔王を、殴ることです」

 

 相馬の言い方は乱暴だが、

 その目は、どこかアバンに似ていた。

 

「先生は、“自分の仕事”を終えた。

 じゃあ次は、“生徒の番”だ」

 

「生徒……」

 

 ダイの頭の中で、アバンの声が蘇る。

 

『ダイくん。

 君は、勇者になれる。

 いや、勇者にならなきゃいけないんだ』

 

(……オレが……)

 

 胸の奥で、熱い何かが暴れ出す。

 

 怒り。

 悲しみ。

 悔しさ。

 そして、先生を奪った魔王への憎しみ。

 

「ハドラーァァァ!!」

 

 ダイの叫びが、空気を震わせた。

 

 その額に、光が走る。

 

◇ ◇ ◇

 

 竜の紋章。

 

 それは、今まで何度も微かに反応していたが、

 完全に目を覚ましたことは一度もなかった。

 

 しかし――今は違う。

 

 ダイの額に浮かんだ紋章が、

 眩しいほどの光で形を取る。

 

「なっ……!」

 

 ハドラーが思わず一歩引いた。

 

「この光……竜の紋章……!」

 

 相馬も、その光をまぶしそうに見ながら、

 どこか納得していた。

 

(これが、“こっちの世界”での勇者か)

 

 レオナも、目を見開いている。

 

「ダイ……」

 

 その横顔をちらりと見てしまったせいで、

 システムが余計な仕事を始めた。

 

 顔イベント(相馬の横顔を見てしまった)。

 

 甘くなった声が、また恋愛だけを正直に告げる。

 

『……ほら。

 やっぱりあなたがいてくれると、ちゃんと“勇者”が立ち上がる。

 危険因子で、時々腹が立つけど……

 それでも、誰よりも頼りにしてる。

 好き。大好き……』

 

「……それ、今必要ですかね」

 

 相馬が小声で突っ込む。

 

「知らないわよ! システムが勝手に喋ってるのよ!!」

 

 レオナは顔を真っ赤にしながら、

 それでも視線はダイから逸らせなかった。

 

◇ ◇ ◇

 

「ハドラー!」

 

 ダイが前へ飛び出す。

 

 動きが、さっきまでと違う。

 軽い。

速い。

 そして、迷いがない。

 

「このっ、小僧が……!」

 

 ハドラーがギラを放つ。

 だが、ダイはそれを最小限の動きで躱した。

 

 竜の紋章が、身体能力そのものを底上げしている。

 

「うおおおおっ!!」

 

 木剣が唸る。

 ハドラーの腕をかすり、炎を纏った血が飛び散った。

 

「ぐっ……!」

 

 さすがの魔王も、ダイの一撃を無視できない。

 

(やっぱり、これは“俺の出番”じゃない)

 

 相馬は、静かに息を吐き、

 レオナの隣で構えを取るだけに留めた。

 

「レオナ。

 もしダイが倒れかけたら、その瞬間だけ前に出ます」

 

「分かってるわ」

 

 レオナは、汗ばんだ手で杖を握りしめる。

 

「でも、その前に――

 ダイを信じて見てるのが、わたしたちの役目よね」

 

 そう言いながら、またふと相馬の方を見てしまう。

 

 顔イベント。

 

 甘い声が、止まらない。

 

『……隣にいてくれるなら、怖くない。

 魔王が来ても、世界が終わりかけても。

 あなたが隣で、“大丈夫だ”って言ってくれるなら――

 わたし、どこまでだってついて行ける……好き……』

 

「おい、羞恥システム」

 

 相馬が空に向かってぼそっと言う。

 

「仕様名の通りの仕事しすぎだろ」

 

【羞恥システム:正常に動作しています】

 

「正常運転なのよ!!」

 

 レオナが泣きそうになりながら怒鳴った。

 

◇ ◇ ◇

 

 戦いの結末は、原作とそう変わらなかった。

 

 竜の紋章を解放したダイの力に、

 満身創痍のハドラーは押し込まれ、

 最後には撤退を余儀なくされる。

 

「覚えていろ、小僧……! そして、人間ども!」

 

 魔王が大穴の向こうに消えていくと同時に、

 デルムリン島の浜辺には、ようやく静寂が戻った。

 

 ただ一人、アバンだけがいない静寂。

 

「…………」

 

 ダイは、木剣を握りしめたまま、ただ俯いていた。

 

「先生……」

 

 その肩に、ポップが手を置く。

 

 レオナは、アバンのしるしを胸元に握りしめている。

 相馬は、しばらく空を見上げてから、静かに口を開いた。

 

「――ここからが、本当に“始まり”ですね」

 

 誰にともなく言った言葉だった。

 

◇ ◇ ◇

 

 その日の夕方。

 

 デルムリン島の高台で、ささやかな弔いが行われた。

 

 アバンの遺体はない。

 あるのは、焦げたメダルと、彼が残した教えと、

 それぞれの胸の中にある何かだけだ。

 

「アバン先生は、“ここから先の旅”を、

 きっとどこかから見てるわ」

 

 レオナが言う。

 

「だから――」

 

 彼女は、相馬を見る。

 

 顔イベント。

 

 甘い声が、またもや逃げ場なく響いた。

 

『ねぇ、相馬。

 わたし、あなたと一緒に、この旅を最後まで見届けたい。

 王女としてじゃなくて、“レオナとして”隣にいたい。

 好き。

 ――……言わせないでよ、こんなときに……』

 

 声の最後だけが、少し泣きそうだった。

 

「……」

 

 相馬は、黙ってそれを聞いていた。

 

 そして、ゆっくりと頷く。

 

「アバン先生の遺言もありますしね」

 

「遺言?」

 

「“ダイとポップとレオナを、この先の世界まで連れて行ってくれ”って」

 

 レオナの目が丸くなる。

 

「そんな……

 ……本当に言われたの?」

 

「ええ。爆発の直前に」

 

 淡々とした言い方だったが、

 その目には、ちゃんと重さが宿っていた。

 

「だから、これは俺の仕事です。

 危険因子なりに、ちゃんとやりますよ」

 

「危険因子って自分で言ったわね?」

 

「言い出したのレオナですよね?」

 

 言い合いながらも、

 レオナの頭上では「150」が赤く点滅し続けていた。

 

【レオナ→相馬 150/150(MAX・一言では説明できない領域)】

 

【相馬→レオナ 85/150(=恋人・夫婦手前の、明確な好意)】

 

 羞恥システムは、相変わらず容赦がない。

 

 数字を見れば、誰が誰をどれくらい好きか、一目瞭然。

 顔を見れば、レオナの甘々な本音が、本人そっくりの声でダダ漏れ。

 

 それでも――

 

 アバンのいない高台で、

 彼らは新しい旅の始まりを、静かに、そして確かに共有していた。

 

(先生)

 

 レオナは、胸元のアバンのしるしを握る。

 

(“危険因子”ごと、ちゃんと見張っていくわ。

 あなたが託したこの人たちと一緒に――)

 

 羞恥システムも、恋愛パラメータも、

 今さら止めようがない。

 

 だからこそ、その全部を抱えたまま、

 彼らの物語は、デルムリン島から海の向こうへと進んでいく。

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