オーバーヒート(AI小説) 作:匿名希望
世界が、白く塗りつぶされて――
その色が、ゆっくりと剥がれていく。
焼けた砂の匂い。
焦げた海風。
耳の奥でいつまでも鳴り続ける、爆音の残響。
(……生きてる、か)
相馬は、まずそれだけを確認した。
視界には、ひび割れた空が広がっている。
倒れたまま見上げる空は、さっきまでと同じ青なのに、
どこか別の世界の天井みたいに遠かった。
「……っ、ダイ!」
かすれたレオナの声。
横を向くと、少し離れたところでダイが砂にうずくまり、
そのそばにポップがへたり込むように座っている。
「うおお……生きてる、生きてる……!」
「目、回る……」
彼らの周囲だけ、薄い光の膜の残滓が揺らいでいた。
メガンテの爆心地に展開された、アバンの最後の防御。
その光が完全に消えたあと――代わりに、別の光がふわりと浮かんだ。
◇ ◇ ◇
【好感度表示システム:羞恥モードを起動します】
【一部停止していたパラメータ表示を再開します】
【戦闘環境につき、邪魔にならない程度の視覚演出に調整しました】
「……あ?」
相馬は、ぐらつく頭を押さえながら空を見た。
そこには、久しぶりに見る数字たちが、うっすらと浮かび上がりつつあった。
【レオナ】
相馬 150/150(赤・MAX)
ダイ 62/150
ポップ 36/150
【相馬】
レオナ 82/150
ダイ 65/150
ポップ 51/150
【ダイ】
レオナ 62/150
相馬 65/150
ポップ 46/150
【ポップ】
アバン 86/150(※表示のみ/対象不在)
ダイ 45/150
レオナ 32/150
相馬 30/150
(……戻ってきたか)
生産性だの警告だのと言っていたくせに、
結局は「見える方が面白い」と判断したらしい。
「数字、出てる……!」
ダイが自分の頭上を見て目を丸くする。
だが、今はそれどころではないことをすぐに思い出し、顔を歪めた。
「アバン先生は……?」
彼の問いに、誰もすぐには答えられなかった。
浜辺の中央部。
さっきまでアバンとハドラーが立っていた場所には――
ガラス状に溶けた砂と、黒く焦げた大穴だけが残っている。
「……先生」
ポップの声は、ひどく小さかった。
◇ ◇ ◇
「っ……!」
身体を起こそうとして、レオナは膝をついた。
全身が重く、熱い。
それでも、王女としての役割が、指を無理やり動かす。
「……生存確認を。負傷者を集めて」
パプニカ兵たちが、よろめきながら散っていく。
レオナは立ち上がると、無意識に相馬の方を見た。
顔イベント。
胸の奥が、ドクンと跳ねる。
そして――
「……っ!?」
耳元で、自分の声がした。
『……よかった……本当に、生きてる……
ねぇ、こっち向いて。
顔、ちゃんと見せて……』
それは、以前の電子音よりもずっと“本人”だった。
抑揚も息継ぎも、ほぼレオナそのまま。
甘さだけが、二割増し。
しかも、風に乗ってふわっと広がるのではなく、
今度はかなり「はっきり」近くにいる全員に聞こえる音量だった。
「……レ、レオナ?」
ダイがきょとんと彼女を見る。
「今の、“声”……」
「わ、わたし何も言ってない!!」
レオナは即座に否定した。
耳まで真っ赤だ。
【羞恥システム:サンプリング精度を向上させました】
【対象:レオナ→相馬の恋愛パラメータ】
【顔イベント時にのみ、本人そっくりの音声で恋愛感情を通知します】
【※内心がうっとりモードの場合、声が甘々になります】
「仕様説明いらないわよ!!」
怒鳴らずにはいられなかった。
(サンプリング精度向上、って何よ!
ほとんどわたしそのものじゃない……)
相馬は、苦笑するしかなかった。
「だいぶ、嫌がらせ力が増してますね」
「他人事みたいに言わないで!」
◇ ◇ ◇
それでも、状況は待ってくれない。
「……アバン先生、本当に……?」
ダイが震える声で尋ねる。
相馬は、視線を大穴へ向けた。
周囲には、魔物の死骸さえ残っていない。
ハドラーの姿も見えない。
ただ、一片の金属だけが、
焦げた砂の上で光っていた。
「――アバンのしるし」
レオナが、かすれた声で言った。
その小さなメダルを拾い上げた瞬間、
彼女の手が震える。
「先生は……わたしたちを守って」
そこまで言って、言葉が途切れた。
(“死んだ”なんて、軽々しく口にしたくない)
王女として、何度も耳にしてきた言葉だ。
戦死。
殉職。
犠牲。
でも――今、そのどれも使いたくなかった。
だから、代わりに視線を相馬に向けてしまう。
(あなたなら、どう言う?)
顔イベント。
さっきよりも心臓の跳ね方が激しい。
『……お願い。
“死んだ”って、簡単に言わないで。
先生のことも、あなた自身のことも……
わたし、そういう言い方、嫌い……』
自分でもそんなこと考えていた自覚はあったが、
それをほぼ本人そのままの声で言われてしまい、
レオナは地面に穴があったら入りたい気分だった。
「……システム、黙ってて」
小声で呟く。
相馬は、レオナの方は見ずに、
わずかに空を見上げただけだった。
「……アバン先生は、あそこで“役目を終えた”んだと思います」
慎重に言葉を選ぶ。
「生きているかどうかは、今の俺たちには分からない。
でも、先生自身が“ここで一度線を引く”って決めたのは確かでしょう」
「線……」
「勇者の物語の、最初の線ですよ」
そう言い切る声は、妙に静かだった。
◇ ◇ ◇
そのとき、どろりとした音がした。
大穴の奥から、黒い影が這い出してくる。
「……嘘だろ」
ポップが、かすれた声で呟いた。
炎に焼かれ、ボロボロになったローブ。
焦げた肌。
しかし、その瞳だけはまだ光を失っていない。
「まさか、ここまでとはな……アバン」
ハドラーが、歯噛みしながら立ち上がった。
身体のあちこちから煙を上げながら、
それでも、まだ笑える程度には元気だ。
「アバンは、確かにわしを殺そうとした。
……だが、足りん。
バーン様の加護を受けたこの身を、完全には消せんかった!」
「まだ、立つのかよ……」
ポップが絶望混じりに言う。
ダイは、何も言えなかった。
握った木剣が震えている。
(先生が……あんなふうに消えて、それでもまだ……)
胸の奥で、何かがぐちゃぐちゃにかき混ぜられていく。
「お前らも、まとめて殺してやる!」
ハドラーが腕を上げた。
再び、ギラ系の光が掌に集まっていく。
「……くそ」
相馬は、一歩前へ出かけた。
今度こそ、本気で前線に出る覚悟を決めかける。
だが――
「相馬!」
背後から、レオナの声。
無意識に振り向いてしまった。
顔イベント。
胸の奥で、さっきまでとは別種の熱が弾ける。
『行かないで。
今、あなたが前に出たら――本当に、戻ってこなくなりそうで怖い……
わたし、あなたを守る力なんてないのに、
それでも、“危険因子”とか言っておきながら、
本当は誰よりも一番、あなたを失いたくない……』
「…………」
自分の声が、自分の一番卑怯な部分を、
全部暴いてくる。
「レオナ」
相馬は、今度はちゃんと正面から彼女を見た。
その瞬間、パネルがさらに明るくなる。
【レオナ】
相馬 150/150(MAX・赤点滅)
【相馬】
レオナ 82 → 85/150
【電子音声:システム】
『※恋愛パラメータ上昇を検知しました(相馬→レオナ)』
「余計なアナウンス入れないで!!」
レオナがブチ切れた。
しかし、相馬の目は真面目だ。
「……分かってますよ」
「え?」
「俺が出ていくタイミングじゃない、ってことくらい」
相馬は、笑わなかった。
「ここで前に出るべきなのは――勇者候補でしょう」
そう言って、ダイの方を見る。
少年は、まだ震えていた。
◇ ◇ ◇
「ダイ」
相馬は短く呼ぶ。
ダイは、ぎゅっと歯を食いしばった。
「……アバン先生、死んじゃったのに……」
「“死んだ”って言葉、あの人はそんなに嫌ってなかったかもしれませんよ」
相馬は、静かに言った。
「でも、少なくとも――先生は“お前たちを生かすために選んだ”。
だったら、生き残った側がやることはひとつでしょう」
「ひとつ……?」
「――魔王を、殴ることです」
相馬の言い方は乱暴だが、
その目は、どこかアバンに似ていた。
「先生は、“自分の仕事”を終えた。
じゃあ次は、“生徒の番”だ」
「生徒……」
ダイの頭の中で、アバンの声が蘇る。
『ダイくん。
君は、勇者になれる。
いや、勇者にならなきゃいけないんだ』
(……オレが……)
胸の奥で、熱い何かが暴れ出す。
怒り。
悲しみ。
悔しさ。
そして、先生を奪った魔王への憎しみ。
「ハドラーァァァ!!」
ダイの叫びが、空気を震わせた。
その額に、光が走る。
◇ ◇ ◇
竜の紋章。
それは、今まで何度も微かに反応していたが、
完全に目を覚ましたことは一度もなかった。
しかし――今は違う。
ダイの額に浮かんだ紋章が、
眩しいほどの光で形を取る。
「なっ……!」
ハドラーが思わず一歩引いた。
「この光……竜の紋章……!」
相馬も、その光をまぶしそうに見ながら、
どこか納得していた。
(これが、“こっちの世界”での勇者か)
レオナも、目を見開いている。
「ダイ……」
その横顔をちらりと見てしまったせいで、
システムが余計な仕事を始めた。
顔イベント(相馬の横顔を見てしまった)。
甘くなった声が、また恋愛だけを正直に告げる。
『……ほら。
やっぱりあなたがいてくれると、ちゃんと“勇者”が立ち上がる。
危険因子で、時々腹が立つけど……
それでも、誰よりも頼りにしてる。
好き。大好き……』
「……それ、今必要ですかね」
相馬が小声で突っ込む。
「知らないわよ! システムが勝手に喋ってるのよ!!」
レオナは顔を真っ赤にしながら、
それでも視線はダイから逸らせなかった。
◇ ◇ ◇
「ハドラー!」
ダイが前へ飛び出す。
動きが、さっきまでと違う。
軽い。
速い。
そして、迷いがない。
「このっ、小僧が……!」
ハドラーがギラを放つ。
だが、ダイはそれを最小限の動きで躱した。
竜の紋章が、身体能力そのものを底上げしている。
「うおおおおっ!!」
木剣が唸る。
ハドラーの腕をかすり、炎を纏った血が飛び散った。
「ぐっ……!」
さすがの魔王も、ダイの一撃を無視できない。
(やっぱり、これは“俺の出番”じゃない)
相馬は、静かに息を吐き、
レオナの隣で構えを取るだけに留めた。
「レオナ。
もしダイが倒れかけたら、その瞬間だけ前に出ます」
「分かってるわ」
レオナは、汗ばんだ手で杖を握りしめる。
「でも、その前に――
ダイを信じて見てるのが、わたしたちの役目よね」
そう言いながら、またふと相馬の方を見てしまう。
顔イベント。
甘い声が、止まらない。
『……隣にいてくれるなら、怖くない。
魔王が来ても、世界が終わりかけても。
あなたが隣で、“大丈夫だ”って言ってくれるなら――
わたし、どこまでだってついて行ける……好き……』
「おい、羞恥システム」
相馬が空に向かってぼそっと言う。
「仕様名の通りの仕事しすぎだろ」
【羞恥システム:正常に動作しています】
「正常運転なのよ!!」
レオナが泣きそうになりながら怒鳴った。
◇ ◇ ◇
戦いの結末は、原作とそう変わらなかった。
竜の紋章を解放したダイの力に、
満身創痍のハドラーは押し込まれ、
最後には撤退を余儀なくされる。
「覚えていろ、小僧……! そして、人間ども!」
魔王が大穴の向こうに消えていくと同時に、
デルムリン島の浜辺には、ようやく静寂が戻った。
ただ一人、アバンだけがいない静寂。
「…………」
ダイは、木剣を握りしめたまま、ただ俯いていた。
「先生……」
その肩に、ポップが手を置く。
レオナは、アバンのしるしを胸元に握りしめている。
相馬は、しばらく空を見上げてから、静かに口を開いた。
「――ここからが、本当に“始まり”ですね」
誰にともなく言った言葉だった。
◇ ◇ ◇
その日の夕方。
デルムリン島の高台で、ささやかな弔いが行われた。
アバンの遺体はない。
あるのは、焦げたメダルと、彼が残した教えと、
それぞれの胸の中にある何かだけだ。
「アバン先生は、“ここから先の旅”を、
きっとどこかから見てるわ」
レオナが言う。
「だから――」
彼女は、相馬を見る。
顔イベント。
甘い声が、またもや逃げ場なく響いた。
『ねぇ、相馬。
わたし、あなたと一緒に、この旅を最後まで見届けたい。
王女としてじゃなくて、“レオナとして”隣にいたい。
好き。
――……言わせないでよ、こんなときに……』
声の最後だけが、少し泣きそうだった。
「……」
相馬は、黙ってそれを聞いていた。
そして、ゆっくりと頷く。
「アバン先生の遺言もありますしね」
「遺言?」
「“ダイとポップとレオナを、この先の世界まで連れて行ってくれ”って」
レオナの目が丸くなる。
「そんな……
……本当に言われたの?」
「ええ。爆発の直前に」
淡々とした言い方だったが、
その目には、ちゃんと重さが宿っていた。
「だから、これは俺の仕事です。
危険因子なりに、ちゃんとやりますよ」
「危険因子って自分で言ったわね?」
「言い出したのレオナですよね?」
言い合いながらも、
レオナの頭上では「150」が赤く点滅し続けていた。
【レオナ→相馬 150/150(MAX・一言では説明できない領域)】
【相馬→レオナ 85/150(=恋人・夫婦手前の、明確な好意)】
羞恥システムは、相変わらず容赦がない。
数字を見れば、誰が誰をどれくらい好きか、一目瞭然。
顔を見れば、レオナの甘々な本音が、本人そっくりの声でダダ漏れ。
それでも――
アバンのいない高台で、
彼らは新しい旅の始まりを、静かに、そして確かに共有していた。
(先生)
レオナは、胸元のアバンのしるしを握る。
(“危険因子”ごと、ちゃんと見張っていくわ。
あなたが託したこの人たちと一緒に――)
羞恥システムも、恋愛パラメータも、
今さら止めようがない。
だからこそ、その全部を抱えたまま、
彼らの物語は、デルムリン島から海の向こうへと進んでいく。