オーバーヒート(AI小説) 作:匿名希望
デルムリン島の朝は、妙にうるさかった。
【好感度表示システム:羞恥モード Ver.4.8 を適用しました】
【アップデート内容】
・顔イベント発生時の恋愛的要望ボイスを再調整しました。
・サンプリング精度向上により、本人とほぼ同一の声質で再生されます。
・恋愛的要望が発生した際、相馬ユーザーに対し「約束履行」を強く促すメッセージを追加しました。
――恋愛の前進のため、当システムは本気です。
「……本気じゃなくていいから」
レオナは、まだ寝癖の残る髪を押さえながら、空を睨みつけた。
昨日の戦いの余韻は、まだ島のあちこちに残っている。
砂浜にはメガンテの跡が焼き付き、
魔王軍の残骸を片付ける魔物たちの姿も見えた。
それでも、朝は来る。
勇者候補も、王女も、危険因子も、生きている。
そして、好感度パネルも――しれっと復活していた。
【レオナ】
相馬 150/150(MAX・赤)
ダイ 63/150
ポップ 37/150
【相馬】
レオナ 85/150
ダイ 65/150
ポップ 52/150
(……85。昨日より、ちょっと上がってる……)
見たくないのに、自分から見に行ってしまう。
そのたびに、胃のあたりがくすぐったくなる。
(そもそも、わたしの150がどうしようもないんだけど)
ため息をついて振り返ると、
ちょうど相馬が丘の上へ上がってくるところだった。
◇ ◇ ◇
「おはようございます、王女殿下」
いつもの軽口。
少しだけ疲れの残る顔。
それを見ただけで、胸がドクンと鳴った。
顔イベント。
羞恥システムが、嬉々として起動する。
【電子音声:レオナ(本人そっくり・甘々)】
『……おはよう、相馬。
本当は、朝いちばんに“生きてる?”って抱きしめて確認したかった……』
声が、もう完全に“自分”だ。
イントネーションも息継ぎも、悪い冗談みたいにそのまま。
「~~~~!!」
レオナは、その場で膝から崩れ落ちそうになった。
だが、羞恥システムの本気はここからだった。
【電子音声:レオナ/システムモード(同じ声・少し事務的)】
『相馬。
現在の恋愛要望:
“抱きしめて、生きていることを確かめたい”
――この約束、いつ履行するつもり?
今ここで、でもいいのよ……?』
「システムゥゥゥ!!」
さすがに叫んだ。
「そんな約束した覚えないから!! 今勝手に増やしたでしょ!!」
相馬は、ほんの一瞬だけ目を瞬かせ――
なんとか笑いをこらえた。
「……相変わらず、悪趣味ですね」
「どっちの話?」
「システムの方です」
「最初からそう言いなさい!!」
レオナが噛みつく横で、
ダイとポップが「また始まった……」という顔で見守っている。
◇ ◇ ◇
「とにかく、今日の予定を確認しましょう」
羞恥を力技で押し込み、レオナは王女モードに切り替えた。
「デルムリン島の被害状況の確認。
魔物たちの負傷者の手当て。
それから――」
彼女の視線が、少しだけ遠くを向く。
「アバン先生の残したものを、きちんと整理して。
ダイたちが島を出る準備を始める」
「オレ、本当に行くんだね……」
ダイが拳を握った。
頭上の数字が、微かに揺れる。
【ダイ】
レオナ 63 → 65
相馬 65 → 67
【電子音声:ダイ】
『レオナも相馬も、一緒に来てくれるかな……』
「もちろんよ」
レオナは即答した。
「勇者の旅立ちに、王女と危険因子が付き添うのは、
世の中のバランス的にもちょうどいいわ」
「そのバランス、大丈夫なんですかね」
相馬が小声で突っ込む。
レオナは、それには答えず、
さっさと丘を降り始めた。
(とにかく、“普通の会話”を続けるのよ。
顔さえ見なければ、システムも黙るはず……)
◇ ◇ ◇
午前中は、戦後処理で忙殺された。
負傷した魔物に薬草を配り、
倒れた木を片付け、崩れた岩場を応急修理する。
相馬は魔法で作業を効率化し、
レオナは兵士と魔物をまとめて指示を出す。
「そっちの岩は危ないから、ダイとガンガディアに任せて。
ポップは、魔法で焼け焦げたところの火消しを」
「了解!」
「りょーかい!」
てきぱきと動く姿は、完全に“指揮官”だ。
――だからこそ、ほんのふとした瞬間のギャップが、危険だった。
「相馬、次はあの――」
振り返った先。
すぐ近くで、相馬が額の汗をぬぐっていた。
太陽の光の中で、いつもより少しだけ柔らかく見える横顔。
さっきまで“戦後処理の作業効率”でいっぱいだった頭が、
一瞬にして違うことで満たされる。
(……やっぱり、好きだなぁ……)
顔イベント。
【電子音声:レオナ(甘々)】
『作業してる横顔も、好き。
本当は、いちばん近くで見ていたい……
終わったら、“よく頑張ったね”って、
頭なでてほしい……』
「っっ!」
レオナは慌てて口をつぐむ――が、
新機能は容赦してくれない。
【電子音声:レオナ/システムモード】
『相馬。
恋愛的要望:“作業後に頭なでなで”。
――約束を取るなら、今よ?
“あとでなでてあげる”って、はっきり言って?』
「なんで口調までわたしなのよ!!」
レオナが顔を覆う。
相馬は、一瞬だけ固まり――
少しだけ、視線を横にそらした。
「……希望が明確ですね」
「希望とかじゃなくてシステムの暴走よ!!」
「とはいえ」
相馬は、わざと何でもなさそうに言った。
「後で時間が取れそうなら、一回くらいは検討してもいいかもしれませんね」
「け、検討!?」
数字が、ぴょこんとはねるように変わった。
【レオナ→相馬 150(MAX・変動なし/点滅リズム加速)】
【相馬→レオナ 85 → 87】
【電子音声:システム】
『相馬→レオナ:恋愛パラメータ上昇を検知。
“なでなで検討中” ステータスを付与しました』
「そんなステータスいらないから!!」
レオナの悲鳴に、
近くで岩を動かしていたダイとポップが、そっと目を逸らした。
◇ ◇ ◇
日が傾き始めた頃。
片付けと応急処置は一段落し、
丘の上には、疲れ切った一行が座り込んでいた。
「はあ~~~……生きてるって、体力使うな……」
ポップが大の字になる。
「でも、ちょっとだけ島がきれいになってきたね!」
ダイは、まだ元気そうだ。
レオナは、腰のポーチから小さなメモを取り出した。
「デルムリン島の復旧見込み。
魔物たちの戦力。
それから……」
視線の先に、相馬がいた。
今日一日、ずっと作業に付き合ってくれていた危険因子。
魔王の炎で焼け残った岩場を、
涼しい顔で片付けていた男。
(……約束)
昨日、爆発の前に交わした言葉が蘇る。
『ダイが島を出る前日。
その夜に、“レオナとしてどうしたいか”と、
“俺がどうするつもりか”を、ちゃんと話しましょう』
あれは、もう立派に“恋愛面の約束”だ。
羞恥システムが、それを忘れてくれるはずがなかった。
うっかり相馬の顔を見てしまった瞬間――顔イベント。
【電子音声:レオナ(甘々)】
『……ねぇ、覚えてる?
デルムリン島を出る前の夜に、
“レオナとしてどうしたいか”話してくれるって約束……
本当は、今からその夜のこと考えるだけで、胸がいっぱいで……』
そこまでは、いつもの“甘い嫌がらせ”で済んでいた。
問題は、その次だ。
【電子音声:レオナ/システムモード】
『相馬。
約束履行の確認です。
・場所はどこ?
・時間はいつ?
・二人きりで話すって、本気で決めてる?
今ここで、具体的に決めて。
“なんとなく”の約束は、恋愛の敵よ?』
「システムが恋愛語るなぁぁぁ!!」
レオナの絶叫が、丘にこだました。
相馬は、さすがに吹き出しそうになるのを耐えた。
「……だいぶ、具体的な項目が飛んできましたね」
「わ、わたしじゃないからね!?
システムが勝手にオプションつけてるだけだからね!?」
顔は真っ赤だが、
本音の何割かは否定できないのがまた苦しい。
(本当は、ちゃんと決めてほしい。
“そのうち”じゃなくて、“この日、この時間”って)
でも、それを素直に言う勇気はない。
だから――システムに押し付けている自覚も、少しはある。
「……まあ」
相馬は、少しだけ空を見てから言った。
「“出発前夜のどこかで”じゃ、たしかに逃げ道が多いですね」
「え?」
「じゃあ――」
彼は、穏やかな声で続けた。
「デルムリン島を出る前の日の夜。
丘の上の、あの洞窟の入り口のところ。
ダイたちが寝静まってから。
レオナと俺、二人で話す。
――そういう約束に、今はっきり変えておきましょう」
レオナの時間が、一瞬止まった。
頭上の数字が、眩しいほどに点滅する。
【レオナ→相馬 150(MAX/点滅パターン乱れ気味)】
【相馬→レオナ 87 → 89】
【電子音声:システム】
『相馬→レオナ:恋愛パラメータ上昇を検知。
“出発前夜デート約束” ステータスを付与しました』
「で、デートって言わないで!!!」
レオナは本気で泣きそうだった。
でも――胸のどこかが、暖かくなっているのも事実だった。
(約束を、“曖昧な夢”じゃなくて、“現実の予定”にしてくれた)
だから、恥ずかしくても、
怒りだけで終わらせることはできなかった。
◇ ◇ ◇
「……いいの?」
少し時間を置いてから、レオナは小さく尋ねた。
「何がです?」
「そんな具体的に約束して。
魔王軍だって、いつまた襲ってくるか分からないのに」
「だからこそですよ」
相馬は、特に迷う様子もなく言った。
「“いつか話しましょう”は、戦場に似合わない。
“この日、この時間に話す”って決めておいた方が、
その瞬間まで生き延びる理由になるでしょう?」
「……ずるい」
レオナは、思わず笑ってしまった。
「そういう言い方、本当にずるいわ」
頭上の数字が、また少しだけ跳ねる。
【電子音声:レオナ(甘々)】
『そうやって、“生き延びる理由”にしてくれるところも、好き……
出発前夜まで、ちゃんと生きててね。
そのとき、絶対に約束破らないって、今ここで誓って……』
続けざまに、新機能が追撃をかける。
【電子音声:レオナ/システムモード】
『相馬。
出発前夜の約束、“絶対に破らない”って口にして。
はい、どうぞ?』
「誘導尋問がひどい!!」
相馬が素でツッコんだ。
ダイとポップは、何かを察して物陰に避難している。
レオナは、顔から火が出そうになりながらも、
相馬の返事を待った。
(言ってほしい。
でも、強制はしたくない。
でも、システムは強制してくるし――
ああもう、どうしてこんな嫌がらせ仕様なのよ……)
◇ ◇ ◇
「……分かりましたよ」
静かな溜め息のあとで、相馬が口を開いた。
「出発前の夜。
丘の洞窟の前で、レオナと二人で話す」
言葉を一つずつ、確かめるように。
「その約束は――
俺が死なない限り、絶対に破りません」
レオナの胸の奥で、何かが爆発した。
頭上の数字は、もう増えようがない。
【レオナ→相馬 150(MAX/常時オーバーヒート)】
代わりに、声の方が限界突破した。
【電子音声:レオナ(甘々MAX)】
『しゅきしゅきしゅき……!!
そんなふうに言われたら、本当に楽しみにしちゃう……
出発前夜まで、絶対生きてて。
それまで、ずっと、ずっと好きでいさせて……』
それを聞いた瞬間、
相馬の頭上の数字も、ぎりぎりのところまで跳ね上がる。
【相馬→レオナ 89 → 90】
【システム警告】
『好感度が90に到達しました。
このままでは、思考リソースの相当部分が恋愛感情に割かれるおそれがあります。
※しかし、本人が“それでもいい”と思っている場合、当システムは静観します』
「……そこまで言います?」
相馬は、半分呆れ、半分諦めた顔で空を見上げた。
「じゃあ、“それでもいい”ってことで」
レオナが、ぽそっと言った。
「……え?」
「あなたが少しぐらい、わたしのことで頭いっぱいになってくれても、
――別に、悪くないと思うから」
その一言で、羞恥システムが軽くショートしそうになる。
【電子音声:レオナ(本人・甘々)】
『……だめ?
相馬が、ちょっとぐらいわたしでいっぱいになってくれるの、
嬉しいって思っちゃうの、変かな……』
【電子音声:レオナ/システムモード】
『相馬。
現時点での結論:
“恋愛に多少思考を割くのは許容範囲”
――よって、90到達への警告は当面保留します。
その代わり、“約束破ったら本気でしょげる”って理解しておいてね?』
「了解しましたよ、システム」
相馬は、苦笑しながらも、
その言葉をきちんと胸の中に刻んだ。
◇ ◇ ◇
夕日が、デルムリン島の海を赤く染めている。
アバンのいない高台で、
勇者候補と王女と危険因子と魔法使いが、
新しい約束をいくつも胸に抱えながら、
それぞれの明日を見つめていた。
好感度の数字は、また少し騒がしい。
【レオナ→相馬 150/150】
【相馬→レオナ 90/150】
【ダイ→レオナ 65/150】
【ダイ→相馬 67/150】
【ポップ→アバン 86/150(変動なし)】
羞恥システムは、相変わらず遠慮がない。
顔イベントが起きるたび、レオナの甘々な声が、
約束と要望と「好き」を、相馬に向けてしつこく流し続ける。
それでも――
(出発前夜まで、生きる理由が、またひとつ増えた)
レオナは、胸元のアバンのしるしを握りしめながら、
そんなことを思っていた。
危険因子と勇者と王女の旅路は、
羞恥システムの嫌がらせを引き連れたまま、
ゆっくりと、しかし確実に、次の一歩へ進んでいくのだった。