オーバーヒート(AI小説)   作:匿名希望

15 / 38
15話 好感度上限拡張アップデート

 アバンのメガンテから、三日。

 

 デルムリン島の空は、やけに澄んでいた。

 

 砂浜の焦げ跡も、崩れた岩場も、まだそこかしこに残っている。

 けれど、海風は相変わらず気持ちよくて、

 「世界はちゃんと回っている」と言わんばかりだった。

 

 そんな朝の空に――また、あの電子音が走る。

 

【好感度羞恥システム:Ver.5.0 を適用しました】

【レオナユーザーの恋愛パラメータが既存スケールを逸脱したため、

 上限値ダイナミック拡張モードを有効化します】

 

「……また変なこと言い出したわね」

 

 レオナは、まだ寝ぐせの残る髪を手で抑えながら、空を睨んだ。

 

 続きが勝手に表示される。

 

・対象:レオナ→相馬 のみ

・他ユーザーの上限値(150)は変更なし

・レオナ→相馬間の恋愛パラメータが“強烈なオーバーヒート”を起こした場合、

 物が崩れるような大きな効果音とともに、

 現在の最大値が点滅・振動し、上限値が増加します。

・以上。世界のバランスより、恋愛の羞恥を優先します。

 

「最後の一行が一番いらないのよ!?」

 

 レオナが頭を抱えたところに、

 丘の下からひょい、と見慣れた顔が現れた。

 

「おはようございます、王女殿下」

 

 相馬だった。

 

 ふつうに挨拶しただけなのに、

 胸の奥のどこかが、反射で跳ねる。

 

(まずい――)

 

 思ったときにはもう遅い。

 

 顔イベント。

 

 胸が、ドクン、と音を立てた瞬間――

 頭上の数字がぱっと明るくなり、同時に、耳元で自分の声が鳴る。

 

【電子音声:レオナ(本人そっくり・甘々)】

『……おはよう、相馬。

 今日もちゃんと生きててくれて、ありがとう……』

 

「っっ!!」

 

 レオナは真っ赤になってそっぽを向いた。

 

 だが、羞恥システムはそこで終わらない。

 

【電子音声:レオナ/システムモード(声だけ本人・口調だけ事務的)】

『相馬。

 現在の恋愛要望:

 “朝いちばんに『生きてる』って抱きしめて確認したい”

 ――この約束、将来的に履行するかどうか、今ここで意思決定して』

 

「決めないわよ!!」

 

 レオナが即ツッコミを入れる前に、

 頭上の数字がちらっと見えた。

 

【レオナ】

 相馬 150/150(上限150)

 

(……相変わらず、頭おかしい数字ね)

 

 自分でもそう思うのだから、他人が見たらもっとそうだろう。

 

 相馬は、軽く苦笑した。

 

「朝から元気ですね、システム」

 

「他人事みたいに言わないで!」

 

「いや、俺の管轄外ですし」

 

 平然と言ってから、少しだけ真面目な顔になる。

 

「……でも、“今日も生きててありがとう”って感覚は、

 分からなくはないですよ」

 

「っ」

 

 レオナの心臓が、さっきよりも強く跳ねた。

 

 その瞬間――

 

 頭上で、何かが「メキッ」と嫌な音を立てる。

 

◇ ◇ ◇

 

「え?」

 

 レオナが思わず見上げる。

 

 頭の上に浮かんだパネル。

 そこに表示されていた「150/150」が、激しく点滅を始めた。

 

 次の瞬間――

 

 ガラガラガラッッ!!

 

 丘の端っこの岩がいくつか崩れ落ちるような音が響き、

 パネル全体がぶるぶると震えた。

 

【レオナ→相馬:強烈なオーバーヒートを検知】

【上限値を拡張します】

 

 数字が、にゅるん、と伸びる。

 

【レオナ】

 相馬 180/180(上限150→180)

 

「ちょっと待って!? 増えたわよ!?!?」

 

 パネルが自分の頭の上で容量オーバーを起こし、

 今までより一回り大きくなっている。

 

「……上限が伸びる時の音、物理的すぎません?」

 

 相馬が、崩れた岩を見ながら冷静にコメントした。

 

「これはもはや自然災害の類いでは」

 

「人の恋心を災害扱いしないで!!」

 

 叫びながらも、レオナは理解した。

 

(つまり――

 “150/150じゃ足りない”ってこのシステムが判断したってことよね……)

 

 それは、喜ぶべきなのか、泣くべきなのか、

 自分でもよく分からなかった。

 

◇ ◇ ◇

 

 午前中は、そんな騒ぎもそこそこに、

 デルムリン島の「出発準備」が本格的に始まった。

 

 パプニカ船団から補給の船が来る。

 魔物たちに最低限の手当てと食料を残し、

 ダイたちが外の世界へ出るための準備を整える。

 

「荷物はこのくらいでいいかしら」

 

 レオナは、支給された旅用の鞄をチェックしながら呟いた。

 

「換えの服と、医療用品と、最低限の金貨と……

 あとは、パプニカの密書」

 

「ずいぶん身軽ですね」

 

 相馬が横から覗き込む。

 

 レオナは、慌てて鞄の口を閉じた。

 

「覗かないで!」

 

「いや、危険物検査をですね」

 

「危険なのは主にあなたよ!」

 

 そんなやり取りをしながら、

 レオナはふと、相馬の方を見てしまう。

 

(旅支度している相馬……)

 

 肩に小さな荷物袋。

 杖一本。

 飾り気のない身なりなのに、どこか「外の世界」が似合いそうな雰囲気。

 

(きっと、この人はどこへ行っても、

 “異物”で、“異邦人”なんだわ)

 

 その思いが胸に広がった瞬間――

 

 顔イベント。

 

【電子音声:レオナ(甘々)】

『……あなたと一緒に世界を見たい。

 どんなに危ない場所でも、隣で笑っていたい……』

 

 自分の声が、恋愛感情だけを抜き取って流れてくる。

 

 続けざまに、システムの追撃。

 

【電子音声:レオナ/システムモード】

『相馬。

 恋愛的要望:

 “旅の途中、一度でいいから、手をつないで歩きたい”

 ――この要望を、いつか叶える気はある?

 今のうちに、“どこかの町で”とか、“一度だけ”とか、条件つきでも約束して』

 

「だから勝手に要望を増やさないでって言ってるでしょう!?」

 

 レオナが頭を抱える。

 

 相馬は、少しだけ考えてから、

 わざと肩をすくめてみせた。

 

「……“命に関わらない範囲で”なら、検討する価値はありますね」

 

「け、検討ってまたそれ!」

 

「約束すると、システムが記録するじゃないですか」

 

 それは真っ当な警戒だった。

 

 レオナの頭上では、180の数字がじわじわと点滅している。

 

【レオナ→相馬 180/180】

 

(ここからまだ上がる余地があると思うと、

 自分でもちょっと怖いわね……)

 

 そう思いながら、

 どこか、嬉しくなっている自分もいた。

 

◇ ◇ ◇

 

 昼過ぎ。

 

 ダイとポップは、ガンガディアたちと最後の稽古をしていた。

 

「はぁ、はぁ……!」

 

「ダイくん、今のは良かったね」

 

 ガンガディアが笑い、ダイも頷く。

 

 レオナと相馬は、その様子を少し離れた岩場から眺めていた。

 

「ダイ、顔つきが変わったわね」

 

「ですね」

 

 相馬は、ダイの木剣の振り方と足運びを見ながら言う。

 

「アバン先生がいなくなった穴を、

 自分で埋めようとしてる」

 

「……それは、危険因子としてはどう見るの?」

 

「世界のバランス的には、“勇者として健全”。

 個人的には、“少し心配”ですね」

 

 さらっと言いながら、

 視線はいつの間にかレオナに向いていた。

 

 それに気づいたレオナの方も、

 つられて相馬の横顔を見てしまう。

 

 顔イベント。

 

【電子音声:レオナ(甘々)】

『……そうやって、いつもみんなのこと見てるところが好き。

 自分のことより、誰かの心配を先にするところが、

 もっと好き……』

 

 甘さで胸がきゅうっと締め付けられる。

 

 そして――羞恥システムが、今日も元気に仕事をする。

 

【電子音声:レオナ/システムモード】

『相馬。

 約束確認:

 “出発前夜に、レオナとしての気持ちを話す”

 ――本当に覚えてる?

 具体的な日時・場所は、前話で設定済み。

 この約束を破った場合、レオナの恋愛パラメータが

 “悲しみ方向”に暴走する可能性があります。

 お気持ちは?』

 

「お気持ちって言われても」

 

 相馬は、さすがに苦笑した。

 

「忘れるわけないでしょう。

 そんな派手なログ、システムも残してるでしょうし」

 

「ログって言わないで!」

 

 レオナは思わずツッコむ。

 

 でも、本当のところ――

 「忘れられるかもしれない」という不安が、

 どこかにあったのも事実だ。

 

(こうやってシステムに騒がれると、

 “絶対に忘れられない”って、変な安心はするのよね……くやしいけど)

 

 頭上の180が、少しだけ柔らかく明滅した。

 

◇ ◇ ◇

 

 夕方。

 

 デルムリン島の海が、赤く染まり始めた頃。

 片付けと準備のざわめきが、少しずつ静かになっていく。

 

「今日は、このくらいで終わりね」

 

 レオナが作業の区切りをつけると、

 魔物たちもほっとしたような顔をした。

 

「ブラスじいちゃんたちには、

 あとで改めて挨拶に行きましょう」

 

「おうとも! ダイ坊の旅立ちは、盛大に見送ってやらにゃのう」

 

 ブラスの声がどこかから聞こえてきて、

 ダイが照れくさそうに笑った。

 

 そんな中、相馬がぽつりと言った。

 

「……レオナ、ちょっといいですか」

 

「なに?」

 

「今日の分の“働き”に対する精算をですね」

 

「精算?」

 

 レオナが首を傾げた瞬間、

 羞恥システムが、嫌な予感を増幅させるように点滅した。

 

 心の片隅で思い出す。

 

(……そういえば、“なでなで”の話、したわね)

 

 背筋がぞくっとした。

 

「この前、システムが勝手に追加した要望あったでしょう」

 

「わ、忘れていいわよあれは!」

 

「忘れていいなら、システムがあんなに粘着しないでしょうね」

 

 相馬は、少しだけ考えるような顔をしてから言った。

 

「今日一日、王女としても指揮官としても、

 それなりに頑張っていたので」

 

「そ、それなりってなによそれなりって」

 

「――一回くらいなら、“よくやった”って意味で、

 頭ぐらい撫でてもいいかなと思いまして」

 

「…………は?」

 

 何を言われたのか理解するのに、

 数秒かかった。

 

 理解した瞬間――

 レオナの頭上の180が、ビカッと光る。

 

◇ ◇ ◇

 

「ちょ、ちょっと待って!? 心の準備が――」

 

「システム的には準備万端な数字出てますけど」

 

「そういう問題じゃないわよ!!」

 

 レオナは全力でツッコミを入れたが、

 足は一歩も動かなかった。

 

(本当に、撫でてくれるの……?)

 

 そんな期待と羞恥がごちゃ混ぜになって、

 膝が少し笑い始める。

 

「いやならやめますけど」

 

 相馬が一応確認する。

 

「……いやではない、わ」

 

 蚊の鳴くような声で答えた。

 

 羞恥システムが、嬉々としてログを更新する。

 

【電子音声:レオナ(甘々)】

『……いやじゃない。

 むしろ、ずっとしてほしかった……

 こわいけど、嬉しい……』

 

【電子音声:レオナ/システムモード】

『相馬。

 “本日一回限りの頭なでなで” 約束を検知。

 今ここで履行しない場合、

 レオナの羞恥とガッカリが複雑にこじれるおそれがあります。

 実行を推奨』

 

「お前ほんと余計なことしか言わねぇな……」

 

 さすがの相馬も、空に向かってぼそっと悪態をつく。

 

 それでも、ゆっくりと手を伸ばした。

 

◇ ◇ ◇

 

 レオナは、目をぎゅっと閉じた。

 

 心臓が、うるさい。

 自分で鼓動を数えられないくらいに、速くなっている。

 

 その頭に――そっと、手が乗った。

 

「……よくやってますよ、ほんと」

 

 いつもより、少しだけ柔らかい声。

 

 指先が、髪をくしゃっと優しく撫でる。

 

 それだけのことなのに、

 全身から力が抜けそうになった。

 

(あっ……)

 

 胸の中のどこかが、限界を超えた。

 

 顔イベントどころの話じゃない。

 恋愛パラメータのオーバーヒートが、

 文字通り“上限を突き破った”瞬間だった。

 

 ――ガラガラガラガラガラッッ!!!

 

 丘の端の岩が、さっきより派手に崩れた。

 

「うおっ!?」「えっ!?」

 

 ダイとポップもびっくりして振り向く。

 

 レオナの頭上で、パネルが激しく振動し、

 数値が真っ赤に点滅する。

 

【レオナ→相馬:超強烈オーバーヒートを検知】

【羞恥システム:上限拡張モードを再起動】

 

 数字が、また伸び始めた。

 

【レオナ】

 相馬 180/180 → 220/220

 

「220って何よ!?!?!?」

 

 もはや自分で自分にツッコミを入れるしかない。

 

「……上限伸びすぎでは」

 

 相馬も若干引き気味だ。

 

「一般ユーザーの上限150って何だったんですかね」

 

【システム補足】

『レオナ→相馬の恋愛パラメータは、

 通常スケールでの管理が困難なため、

 以後ダイナミックレンジを自動調整します。

 他ユーザーの上限値(150)は据え置きです。ご安心ください』

 

「誰も安心してないわよ!!」

 

 レオナが真っ赤な顔で怒鳴ると、

 ダイとポップは「なんかすげぇことになってるな」と目をそらした。

 

◇ ◇ ◇

 

 頭を撫でられている時間は、

 実際にはほんの数秒だった。

 

 でも、レオナにとっては、

 永遠にも、瞬きほどにも感じられた。

 

 相馬が手を離すと、

 膝から本当に力が抜けそうになる。

 

「だ、大丈夫ですか」

 

「だいじょうぶじゃないわよ……」

 

 正直に言う余裕はあった。

 

【電子音声:レオナ(甘々MAX)】

『……しあわせすぎて、心臓止まるかと思った……

 でも、もっとしてほしいって思っちゃう……

 しゅき……』

 

「今のは聞かなかったことにしてください」

 

「聞いてるじゃない!!」

 

 とはいえ――

 頭の片隅では、ちゃんと自覚していた。

 

(……これ以上、上限増えたら、本当に壊れるかもしれないわね)

 

 でも同時に、

 

(それでも、増えちゃうんだろうなぁ……)

 

 という、諦めに似た甘さもあった。

 

◇ ◇ ◇

 

 夕暮れ。

 

 海に沈む太陽を、

 四人と数匹の魔物たちが、丘の上から眺めていた。

 

「明日で、ほんとにお別れだね、デルムリン島とも」

 

 ダイがぽつりと言う。

 

「そうね」

 

 レオナは、少しだけ目を細めた。

 

「でも、“戻ってくる場所”があるのは悪くないわ。

 世界がどう転んでも、ここはきっと、ダイの故郷でいてくれる」

 

「うん!」

 

 ダイの頭上の数字が、嬉しそうに跳ねる。

 

【ダイ】

 レオナ 65 → 68

 相馬  67 → 69

 

 ポップは少し離れたところで、

 アバンのしるしを握りしめていた。

 

【ポップ】

 アバン 86/150(青くも赤くもならない/ただそこにある)

 

 相馬は、そんな三人を見渡しながら、

 静かに息を吐いた。

 

(……明日で準備は終わり。

 明後日に出発。

 そして、その前の夜――)

 

 出発前夜。

 洞窟の前での“二人だけの話”。

 

 羞恥システムが、それを忘れさせてくれるはずがない。

 

 案の定、

 レオナがふと彼の横顔を見た瞬間――顔イベント。

 

【電子音声:レオナ(甘々)】

『……明日の夜が、怖くて、楽しみで……

 でも、本当は、“何も変わらないでほしい”って思ってる。

 あなたと一緒にいたいのも、

 王女でいたいのも、どっちも捨てたくない……』

 

【電子音声:レオナ/システムモード】

『相馬。

 明日の夜の約束は、“レオナの中で人生レベルのイベント”として記録されています。

 恋愛的負荷:非常に高い。

 ――当日、逃げるのは禁止ね?』

 

「そんな禁止事項、システムに決められたくないですけど」

 

 相馬は苦笑しつつも、

 真面目な目でレオナを見る。

 

「逃げませんよ」

 

「……ほんとに?」

 

「危険因子のくせに、約束ぐらいは守ります」

 

 その言葉に、

 レオナの頭上の220が、

 ほんの少しだけ温度を落とすように、柔らかく点滅した。

 

(明日の夜――)

 

 怖くて、楽しみで、どうしようもなく恥ずかしくて。

 

 羞恥システムがどれだけ嫌がらせしてこようが、

 レオナの中でその予定は、

 “アバンのメガンテの次くらいに大事な出来事”として刻まれていた。

 

 デルムリン島の空は、静かに暗くなっていく。

 

 危険因子と勇者と王女の、

 「出発前夜」の一歩手前の夜が、

 ゆっくりと、更けていくのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。