オーバーヒート(AI小説) 作:匿名希望
アバンのメガンテから、三日。
デルムリン島の空は、やけに澄んでいた。
砂浜の焦げ跡も、崩れた岩場も、まだそこかしこに残っている。
けれど、海風は相変わらず気持ちよくて、
「世界はちゃんと回っている」と言わんばかりだった。
そんな朝の空に――また、あの電子音が走る。
【好感度羞恥システム:Ver.5.0 を適用しました】
【レオナユーザーの恋愛パラメータが既存スケールを逸脱したため、
上限値ダイナミック拡張モードを有効化します】
「……また変なこと言い出したわね」
レオナは、まだ寝ぐせの残る髪を手で抑えながら、空を睨んだ。
続きが勝手に表示される。
・対象:レオナ→相馬 のみ
・他ユーザーの上限値(150)は変更なし
・レオナ→相馬間の恋愛パラメータが“強烈なオーバーヒート”を起こした場合、
物が崩れるような大きな効果音とともに、
現在の最大値が点滅・振動し、上限値が増加します。
・以上。世界のバランスより、恋愛の羞恥を優先します。
「最後の一行が一番いらないのよ!?」
レオナが頭を抱えたところに、
丘の下からひょい、と見慣れた顔が現れた。
「おはようございます、王女殿下」
相馬だった。
ふつうに挨拶しただけなのに、
胸の奥のどこかが、反射で跳ねる。
(まずい――)
思ったときにはもう遅い。
顔イベント。
胸が、ドクン、と音を立てた瞬間――
頭上の数字がぱっと明るくなり、同時に、耳元で自分の声が鳴る。
【電子音声:レオナ(本人そっくり・甘々)】
『……おはよう、相馬。
今日もちゃんと生きててくれて、ありがとう……』
「っっ!!」
レオナは真っ赤になってそっぽを向いた。
だが、羞恥システムはそこで終わらない。
【電子音声:レオナ/システムモード(声だけ本人・口調だけ事務的)】
『相馬。
現在の恋愛要望:
“朝いちばんに『生きてる』って抱きしめて確認したい”
――この約束、将来的に履行するかどうか、今ここで意思決定して』
「決めないわよ!!」
レオナが即ツッコミを入れる前に、
頭上の数字がちらっと見えた。
【レオナ】
相馬 150/150(上限150)
(……相変わらず、頭おかしい数字ね)
自分でもそう思うのだから、他人が見たらもっとそうだろう。
相馬は、軽く苦笑した。
「朝から元気ですね、システム」
「他人事みたいに言わないで!」
「いや、俺の管轄外ですし」
平然と言ってから、少しだけ真面目な顔になる。
「……でも、“今日も生きててありがとう”って感覚は、
分からなくはないですよ」
「っ」
レオナの心臓が、さっきよりも強く跳ねた。
その瞬間――
頭上で、何かが「メキッ」と嫌な音を立てる。
◇ ◇ ◇
「え?」
レオナが思わず見上げる。
頭の上に浮かんだパネル。
そこに表示されていた「150/150」が、激しく点滅を始めた。
次の瞬間――
ガラガラガラッッ!!
丘の端っこの岩がいくつか崩れ落ちるような音が響き、
パネル全体がぶるぶると震えた。
【レオナ→相馬:強烈なオーバーヒートを検知】
【上限値を拡張します】
数字が、にゅるん、と伸びる。
【レオナ】
相馬 180/180(上限150→180)
「ちょっと待って!? 増えたわよ!?!?」
パネルが自分の頭の上で容量オーバーを起こし、
今までより一回り大きくなっている。
「……上限が伸びる時の音、物理的すぎません?」
相馬が、崩れた岩を見ながら冷静にコメントした。
「これはもはや自然災害の類いでは」
「人の恋心を災害扱いしないで!!」
叫びながらも、レオナは理解した。
(つまり――
“150/150じゃ足りない”ってこのシステムが判断したってことよね……)
それは、喜ぶべきなのか、泣くべきなのか、
自分でもよく分からなかった。
◇ ◇ ◇
午前中は、そんな騒ぎもそこそこに、
デルムリン島の「出発準備」が本格的に始まった。
パプニカ船団から補給の船が来る。
魔物たちに最低限の手当てと食料を残し、
ダイたちが外の世界へ出るための準備を整える。
「荷物はこのくらいでいいかしら」
レオナは、支給された旅用の鞄をチェックしながら呟いた。
「換えの服と、医療用品と、最低限の金貨と……
あとは、パプニカの密書」
「ずいぶん身軽ですね」
相馬が横から覗き込む。
レオナは、慌てて鞄の口を閉じた。
「覗かないで!」
「いや、危険物検査をですね」
「危険なのは主にあなたよ!」
そんなやり取りをしながら、
レオナはふと、相馬の方を見てしまう。
(旅支度している相馬……)
肩に小さな荷物袋。
杖一本。
飾り気のない身なりなのに、どこか「外の世界」が似合いそうな雰囲気。
(きっと、この人はどこへ行っても、
“異物”で、“異邦人”なんだわ)
その思いが胸に広がった瞬間――
顔イベント。
【電子音声:レオナ(甘々)】
『……あなたと一緒に世界を見たい。
どんなに危ない場所でも、隣で笑っていたい……』
自分の声が、恋愛感情だけを抜き取って流れてくる。
続けざまに、システムの追撃。
【電子音声:レオナ/システムモード】
『相馬。
恋愛的要望:
“旅の途中、一度でいいから、手をつないで歩きたい”
――この要望を、いつか叶える気はある?
今のうちに、“どこかの町で”とか、“一度だけ”とか、条件つきでも約束して』
「だから勝手に要望を増やさないでって言ってるでしょう!?」
レオナが頭を抱える。
相馬は、少しだけ考えてから、
わざと肩をすくめてみせた。
「……“命に関わらない範囲で”なら、検討する価値はありますね」
「け、検討ってまたそれ!」
「約束すると、システムが記録するじゃないですか」
それは真っ当な警戒だった。
レオナの頭上では、180の数字がじわじわと点滅している。
【レオナ→相馬 180/180】
(ここからまだ上がる余地があると思うと、
自分でもちょっと怖いわね……)
そう思いながら、
どこか、嬉しくなっている自分もいた。
◇ ◇ ◇
昼過ぎ。
ダイとポップは、ガンガディアたちと最後の稽古をしていた。
「はぁ、はぁ……!」
「ダイくん、今のは良かったね」
ガンガディアが笑い、ダイも頷く。
レオナと相馬は、その様子を少し離れた岩場から眺めていた。
「ダイ、顔つきが変わったわね」
「ですね」
相馬は、ダイの木剣の振り方と足運びを見ながら言う。
「アバン先生がいなくなった穴を、
自分で埋めようとしてる」
「……それは、危険因子としてはどう見るの?」
「世界のバランス的には、“勇者として健全”。
個人的には、“少し心配”ですね」
さらっと言いながら、
視線はいつの間にかレオナに向いていた。
それに気づいたレオナの方も、
つられて相馬の横顔を見てしまう。
顔イベント。
【電子音声:レオナ(甘々)】
『……そうやって、いつもみんなのこと見てるところが好き。
自分のことより、誰かの心配を先にするところが、
もっと好き……』
甘さで胸がきゅうっと締め付けられる。
そして――羞恥システムが、今日も元気に仕事をする。
【電子音声:レオナ/システムモード】
『相馬。
約束確認:
“出発前夜に、レオナとしての気持ちを話す”
――本当に覚えてる?
具体的な日時・場所は、前話で設定済み。
この約束を破った場合、レオナの恋愛パラメータが
“悲しみ方向”に暴走する可能性があります。
お気持ちは?』
「お気持ちって言われても」
相馬は、さすがに苦笑した。
「忘れるわけないでしょう。
そんな派手なログ、システムも残してるでしょうし」
「ログって言わないで!」
レオナは思わずツッコむ。
でも、本当のところ――
「忘れられるかもしれない」という不安が、
どこかにあったのも事実だ。
(こうやってシステムに騒がれると、
“絶対に忘れられない”って、変な安心はするのよね……くやしいけど)
頭上の180が、少しだけ柔らかく明滅した。
◇ ◇ ◇
夕方。
デルムリン島の海が、赤く染まり始めた頃。
片付けと準備のざわめきが、少しずつ静かになっていく。
「今日は、このくらいで終わりね」
レオナが作業の区切りをつけると、
魔物たちもほっとしたような顔をした。
「ブラスじいちゃんたちには、
あとで改めて挨拶に行きましょう」
「おうとも! ダイ坊の旅立ちは、盛大に見送ってやらにゃのう」
ブラスの声がどこかから聞こえてきて、
ダイが照れくさそうに笑った。
そんな中、相馬がぽつりと言った。
「……レオナ、ちょっといいですか」
「なに?」
「今日の分の“働き”に対する精算をですね」
「精算?」
レオナが首を傾げた瞬間、
羞恥システムが、嫌な予感を増幅させるように点滅した。
心の片隅で思い出す。
(……そういえば、“なでなで”の話、したわね)
背筋がぞくっとした。
「この前、システムが勝手に追加した要望あったでしょう」
「わ、忘れていいわよあれは!」
「忘れていいなら、システムがあんなに粘着しないでしょうね」
相馬は、少しだけ考えるような顔をしてから言った。
「今日一日、王女としても指揮官としても、
それなりに頑張っていたので」
「そ、それなりってなによそれなりって」
「――一回くらいなら、“よくやった”って意味で、
頭ぐらい撫でてもいいかなと思いまして」
「…………は?」
何を言われたのか理解するのに、
数秒かかった。
理解した瞬間――
レオナの頭上の180が、ビカッと光る。
◇ ◇ ◇
「ちょ、ちょっと待って!? 心の準備が――」
「システム的には準備万端な数字出てますけど」
「そういう問題じゃないわよ!!」
レオナは全力でツッコミを入れたが、
足は一歩も動かなかった。
(本当に、撫でてくれるの……?)
そんな期待と羞恥がごちゃ混ぜになって、
膝が少し笑い始める。
「いやならやめますけど」
相馬が一応確認する。
「……いやではない、わ」
蚊の鳴くような声で答えた。
羞恥システムが、嬉々としてログを更新する。
【電子音声:レオナ(甘々)】
『……いやじゃない。
むしろ、ずっとしてほしかった……
こわいけど、嬉しい……』
【電子音声:レオナ/システムモード】
『相馬。
“本日一回限りの頭なでなで” 約束を検知。
今ここで履行しない場合、
レオナの羞恥とガッカリが複雑にこじれるおそれがあります。
実行を推奨』
「お前ほんと余計なことしか言わねぇな……」
さすがの相馬も、空に向かってぼそっと悪態をつく。
それでも、ゆっくりと手を伸ばした。
◇ ◇ ◇
レオナは、目をぎゅっと閉じた。
心臓が、うるさい。
自分で鼓動を数えられないくらいに、速くなっている。
その頭に――そっと、手が乗った。
「……よくやってますよ、ほんと」
いつもより、少しだけ柔らかい声。
指先が、髪をくしゃっと優しく撫でる。
それだけのことなのに、
全身から力が抜けそうになった。
(あっ……)
胸の中のどこかが、限界を超えた。
顔イベントどころの話じゃない。
恋愛パラメータのオーバーヒートが、
文字通り“上限を突き破った”瞬間だった。
――ガラガラガラガラガラッッ!!!
丘の端の岩が、さっきより派手に崩れた。
「うおっ!?」「えっ!?」
ダイとポップもびっくりして振り向く。
レオナの頭上で、パネルが激しく振動し、
数値が真っ赤に点滅する。
【レオナ→相馬:超強烈オーバーヒートを検知】
【羞恥システム:上限拡張モードを再起動】
数字が、また伸び始めた。
【レオナ】
相馬 180/180 → 220/220
「220って何よ!?!?!?」
もはや自分で自分にツッコミを入れるしかない。
「……上限伸びすぎでは」
相馬も若干引き気味だ。
「一般ユーザーの上限150って何だったんですかね」
【システム補足】
『レオナ→相馬の恋愛パラメータは、
通常スケールでの管理が困難なため、
以後ダイナミックレンジを自動調整します。
他ユーザーの上限値(150)は据え置きです。ご安心ください』
「誰も安心してないわよ!!」
レオナが真っ赤な顔で怒鳴ると、
ダイとポップは「なんかすげぇことになってるな」と目をそらした。
◇ ◇ ◇
頭を撫でられている時間は、
実際にはほんの数秒だった。
でも、レオナにとっては、
永遠にも、瞬きほどにも感じられた。
相馬が手を離すと、
膝から本当に力が抜けそうになる。
「だ、大丈夫ですか」
「だいじょうぶじゃないわよ……」
正直に言う余裕はあった。
【電子音声:レオナ(甘々MAX)】
『……しあわせすぎて、心臓止まるかと思った……
でも、もっとしてほしいって思っちゃう……
しゅき……』
「今のは聞かなかったことにしてください」
「聞いてるじゃない!!」
とはいえ――
頭の片隅では、ちゃんと自覚していた。
(……これ以上、上限増えたら、本当に壊れるかもしれないわね)
でも同時に、
(それでも、増えちゃうんだろうなぁ……)
という、諦めに似た甘さもあった。
◇ ◇ ◇
夕暮れ。
海に沈む太陽を、
四人と数匹の魔物たちが、丘の上から眺めていた。
「明日で、ほんとにお別れだね、デルムリン島とも」
ダイがぽつりと言う。
「そうね」
レオナは、少しだけ目を細めた。
「でも、“戻ってくる場所”があるのは悪くないわ。
世界がどう転んでも、ここはきっと、ダイの故郷でいてくれる」
「うん!」
ダイの頭上の数字が、嬉しそうに跳ねる。
【ダイ】
レオナ 65 → 68
相馬 67 → 69
ポップは少し離れたところで、
アバンのしるしを握りしめていた。
【ポップ】
アバン 86/150(青くも赤くもならない/ただそこにある)
相馬は、そんな三人を見渡しながら、
静かに息を吐いた。
(……明日で準備は終わり。
明後日に出発。
そして、その前の夜――)
出発前夜。
洞窟の前での“二人だけの話”。
羞恥システムが、それを忘れさせてくれるはずがない。
案の定、
レオナがふと彼の横顔を見た瞬間――顔イベント。
【電子音声:レオナ(甘々)】
『……明日の夜が、怖くて、楽しみで……
でも、本当は、“何も変わらないでほしい”って思ってる。
あなたと一緒にいたいのも、
王女でいたいのも、どっちも捨てたくない……』
【電子音声:レオナ/システムモード】
『相馬。
明日の夜の約束は、“レオナの中で人生レベルのイベント”として記録されています。
恋愛的負荷:非常に高い。
――当日、逃げるのは禁止ね?』
「そんな禁止事項、システムに決められたくないですけど」
相馬は苦笑しつつも、
真面目な目でレオナを見る。
「逃げませんよ」
「……ほんとに?」
「危険因子のくせに、約束ぐらいは守ります」
その言葉に、
レオナの頭上の220が、
ほんの少しだけ温度を落とすように、柔らかく点滅した。
(明日の夜――)
怖くて、楽しみで、どうしようもなく恥ずかしくて。
羞恥システムがどれだけ嫌がらせしてこようが、
レオナの中でその予定は、
“アバンのメガンテの次くらいに大事な出来事”として刻まれていた。
デルムリン島の空は、静かに暗くなっていく。
危険因子と勇者と王女の、
「出発前夜」の一歩手前の夜が、
ゆっくりと、更けていくのだった。