オーバーヒート(AI小説) 作:匿名希望
ロモス王国の沿岸が、だいぶはっきり見えてきた。
港町らしき影。
そのさらに奥に、低い山と城壁のシルエット。
「うわぁ……!」
船べりにかじりつくようにして、ダイが目を輝かせた。
「ねえレオナ、あれ全部ロモス?」
「全部、って言うと雑だけど……だいたいそうね」
レオナは海風に髪を揺らしながら、いつものように説明する。
「手前が港町、その奥が城下町。
魔王軍との戦いの最初の拠点になるはずの国よ」
頭上には、もはや見慣れた数字が浮かんでいる。
【ダイ】
レオナ 70/150
相馬 71/150
【レオナ】
相馬 250/250
【相馬】
レオナ 90/150
(……250/250、ね)
レオナは、自分の数字を見て小さくため息をついた。
(昨日の夜、“好き”って言われてから、ずっとこのまま。
……もう増えようがないって、変な意味で安心だわ)
そう思って、隣に立つ相馬を横目で見た。
――顔イベント。
胸の奥が、ふわりと熱を帯びる。
【電子音声:レオナ(本人そっくり・甘々)】
『……あなたと一緒に、ロモスに行けるのが嬉しい。
この先どんな怖いことがあっても、隣で笑っててほしい……』
「っ」
自分の声に、自分でびくっとなる。
「レオナ、大丈夫か?」
ダイが振り向き、ポップも苦笑する。
「またシステムが悪さしてんのか? 朝から甘すぎだぜ」
「わたしのせいじゃないって言ってるでしょう!」
レオナが抗議している、そのときだった。
◇ ◇ ◇
空気が、ぴち、と弾けた。
船の上。
頭上に浮かんだ好感度パネルたちが、一瞬だけバチッと青白く光る。
「……今の、見たか?」
ポップが眉をひそめる。
「なんか、数字が一瞬ぐちゃぐちゃになってたぞ」
「え?」
見上げると、確かにおかしかった。
いつもの整然とした数字列の横に、
ノイズのような文字が一瞬だけ走る。
【レオナ】
相馬 250/250
??? ■■/◆◆
「なに、今の……?」
レオナが目を凝らした瞬間――
全パネルが、いっせいに真っ白にフラッシュした。
「うわっ!」「まぶしっ!」
ダイが目を押さえ、ポップがしゃがみ込む。
白い光は、一点に収束していった。
相馬の頭上。
ビシィィィィィッ!!
天へ向かって伸びた光の柱が、
空で稲妻に変わって跳ね返り、
そのまま相馬の頭上へ落ちてきた。
「――っ!! 相馬!!」
レオナの悲鳴。
ダイもポップも、反射で駆け寄る。
稲妻が直撃した瞬間、
船のマストがぎしりと軋んだ。
煙が立ちのぼる。
焦げた匂い――
が。
「……………………」
相馬は、何事もなかったようにそこに立っていた。
髪の先がほんの少しだけ逆立っているのと、
肩にかかったマントの端がちょっと焦げた以外は。
「おい、あんた大丈夫かよ!?」
ポップが本気で青ざめた顔で叫ぶ。
「痛みは? 痺れとか、頭の中に変な声が聞こえるとか!」
「いやぁ……」
相馬は、なぜか妙に軽い声で答えた。
「ビリビリって来るかなと思ったけど、
なんかこう、“ドーン!”て感じだったな」
「それどっちかっていうと爆発じゃねぇ?」
ポップのツッコミのテンポより、
相馬の口調の軽さの方が目立った。
「――あれ?」
レオナが、違和感に気づく。
(今の喋り方……)
今までの相馬は、
皮肉っぽい冗談は言っても、どこか落ち着いた口調だったはずだ。
さっきのは、妙に軽い。
現代っ子っぽいノリで。
「あっぶな~。
これ、もうちょい威力あったら髪型終わってたわ」
相馬は、自分の髪を撫でつつ言う。
「いや、そこ気にするところ!?」
ポップが素でツッコむ。
「他になんか変な感じは?」
レオナが真剣な顔で尋ねる。
「んー……」
相馬は、顎に手をやって考え込む――が、
その視線が、ごく自然にレオナの全身を一周した。
「ん?」
「…………」
視線が妙に長い。
今までの相馬なら、
レオナの身体を露骨に眺めるような真似はしなかった。
彼は普通に理性を持った大人だったからだ。
だが今の相馬は、
じろりと、足の先から頭のてっぺんまで、
あからさまに“女として”値踏みするような目をした。
「……何か?」
レオナが眉をひそめる。
「いやぁ~~~」
相馬は、にやっと笑った。
「改めて見ると、マジで可愛いな、お前」
「……………………は?」
ダイとポップが同時に固まる。
レオナは、耳まで真っ赤になった。
「ちょ、ちょっと待って。
あなた、今なんて――」
「いやいやいや、普通に褒めただけじゃん?」
相馬は、やけに軽いノリで続けた。
「顔もスタイルも上玉だし、王女っていう肩書きもエグいし。
デルムリン島出たら、モテモテ確定でしょ?」
「な、なな――」
そんな言い方をされたことがなくて、
レオナの言葉が絡まる。
それでも王女のプライドが、必死に形を保たせる。
「……褒め方が下品よ」
「お? 照れてる?」
「照れてない!!」
即答だった。
◇ ◇ ◇
その間にも、頭上のパネルは正直だ。
【レオナ→相馬 250/250】
【相馬→レオナ 90 → 92/150】
(……上がってるじゃないのよ、これで)
レオナは自分にツッコみたい気持ちを抑え込んだ。
(そうよね、顔は好きなのよね顔は……でも今の性格は全然好きじゃないわよ!?)
数字と感情のギャップが、胃に悪い。
「おい、そーま」
ポップが眉間に皺を寄せながら言った。
「なんか、キャラ変してねぇ?」
「そうか?」
「そうだよ! もっと落ち着いてたろいつも、
“危険因子だから”とか言ってクールぶってたじゃん!」
「いやー、俺も思ってたんだよな」
相馬は、あっけらかんと笑った。
「“異世界来てまでクール気取ってもしょうがなくない?”って」
「言ってねーだろ絶対!!」
ポップのツッコミが、いつになく切実だった。
◇ ◇ ◇
その日の午後。
船は無事ロモス港に入り、
一行は上陸許可を得るべく、軽く入国手続きを行った。
港町は活気にあふれている。
行き交う人々、露店の香り、酒場の笑い声。
「うわぁ~!」
ダイは目を輝かせ、
ポップは「人多いなぁ……」とやや腰が引けている。
そして――
「……はーい、可愛いコ発見」
相馬が、完全に別方向に目を輝かせていた。
「は?」
レオナが振り向くより早く、
相馬はすたすたと前へ出ていく。
視線の先、酒場の軒先で談笑している女たち。
どう見ても成人済みの、町娘というよりは“飲み慣れた客”の類いだ。
「ねぇねぇ、お姉さん方」
相馬が、迷いゼロの足取りで話しかけた。
「今夜、このへんで美味い店、教えてくれない?」
「えっ?」
「なに、あんた?」
女たちが苦笑混じりに振り向く。
「見ない顔だねぇ」
「旅の魔法使いってとこ。
勇者候補の護衛とかやってんだけど、
初ロモスでさ。よかったら、一緒に飲まない?」
さらっと「一緒に飲まない?」と口にする男。
それがいかに“この世界の相馬像”からズレているか、
レオナたちは嫌でも分かった。
「ちょっと!!」
レオナが慌てて駆け寄る。
「あなたなにやって……!」
「紹介しとくわ、パプニカの王女様」
相馬が、なぜか自分から紹介した。
「レオナ=パプニカ。見ての通り、超良家。
で、俺はその護衛兼お目付け役」
「お目付け役を自称するナンパ男って何よ!!」
レオナが全力でツッコむ。
女たちは、完全に面白がっていた。
「へぇ、王女様ねぇ」
「そっちの坊やが勇者って噂の子かい?」
「えっ、あ、はい!」
ダイが慌てて頭を下げる。
その横で、ポップが相馬の頭上パネルを見て固まった。
【相馬】
レオナ 92/150
酒場の女A 47/150
酒場の女B 42/150
酒場の女C 38/150
「お前、瞬間で40台叩き出すなよ!!」
「え、見える?」
相馬が自分のパネルを見上げて、逆に楽しそうに笑った。
「へぇ~、やっぱ可愛い子見ると数字上がるんだな、これ」
「実験すんな!!」
ポップが本気で叫ぶ。
(本気でナンパしてる……)
レオナは、心底めまいがした。
しかも――
【酒場の女A】
相馬 31/150
【酒場の女B】
相馬 28/150
「微妙にモテてるのも腹立つ!!」
レオナの叫びが、港町に響いた。
◇ ◇ ◇
そのあともしばらく、
相馬は本当に「街で見かけた可愛い子」を片っ端から声をかけていた。
「そこのお団子髪のお姉さん、よかったら一緒に――」
「仕事中なんだけど」
「忙しい方が、終わったあと飲むの美味いって知ってる?」
「うるさ」
軽くあしらわれてもめげない。
「そこの露店のお姉さん。
そのアクセ、似合ってる。誰かにもらった?」
「へ? じ、自分で選んだわよ!」
「センスいいね。今度、選ぶの付き合ってくれる?」
「なっ……!」
【相馬→露店娘 44/150】
【露店娘→相馬 33/150】
「……本気でやってる……」
レオナは、呆れるのを通り越して、
だんだん寒気さえ覚えてきた。
(記憶はそのままって言ってたわね。
つまり、この性格は“元の世界での成功体験込み”ってこと……?)
彼の中にある「ワンナイトの成功体験」という言葉が、
頭の片隅で嫌な意味を持ちはじめていた。
◇ ◇ ◇
「――で、何がどうなってんだよ、これ」
夕方。
宿の一室に集まった四人と一匹(ダイ、ポップ、レオナ、相馬、そしてチウ代わりの小鳥的な魔物)が、
真剣な顔で向かい合っていた。
中央には、例の好感度パネル。
今は、全員分が静かに並んでいる。
「状況整理しましょう」
レオナが、すでに半分仕事モードの顔で言った。
「相馬に稲妻が落ちたのは、
好感度システムが一瞬おかしくなった直後」
「数字がぐちゃっとなったと思ったら、
天に向かってビームみたいなの出してたもんな」
ポップが補足する。
「で、そのあと今の“チャラ相馬”が爆誕、と」
「チャラ相馬って言うな」
本人は全然堪えていない。
「じゃあ、なんて呼べば」
「そうだなぁ……自分で言うのもアレだけど、
“本来の俺”とか?」
レオナとポップが、同時にすごい顔をした。
「「それはない」」
ダイだけが、「えっ、そうなの?」と首を傾げる。
「でもさ、記憶はちゃんとあるんだよ」
相馬が、真面目な声で続けた。
「アバン先生のことも、デルムリン島のことも。
ダイやポップの戦いも。レオナに“好きだ”って言ったのも、全部」
「全部、覚えてるの?」
「覚えてる覚えてる」
軽い口調のまま肯定する。
「ただ――なんか、ブレーキが緩んだ感じ?」
「ブレーキ?」
「“こういうこと言ったら迷惑かな”とか、
“こういう行動はやめとこう”とか、
今までわりと真面目に考えてたんだけどさ」
相馬は、肩をすくめた。
「今は、“楽しそうならとりあえず行っとけ”って感じの方が、
しっくり来るんだよね」
「つまり――」
レオナが、こめかみを押さえる。
「元から女好きの素質はあったけど、
それを理性で抑えてたのが、
落雷でリミッター外れたってことね」
「ひでぇまとめ方だな!」
ポップは吹き出した。
◇ ◇ ◇
そこへ。
頭上のパネルが、ふっと震えた。
今度は、誰もがそれを見逃さなかった。
「また何か来るぞ!」
ポップが身構える。
だが、先ほどのような大きなフラッシュではなく、
パネルの隅に小さな“注意マーク”が灯っただけだった。
【⚠】
レオナの目の前に、小さなウィンドウが開く。
「……なに、これ」
そこには、簡素な一文が表示されていた。
【好感度システム:挙動異常を検知】
【推定原因:外部からのウイルス様干渉】
「ウイルス……?」
レオナが読み上げる。
ポップが顔をしかめた。
「は? ウイルスって何だよ。
魔王軍の呪いとか、そっち系?」
「“様”ってついてるから、
文字通りのウイルスじゃないかもしれないけど……」
レオナは眉を寄せながら、スクロールを続ける。
【症状:特定ユーザー(相馬)の人格パラメータが軽度~中度に変動】
【記憶データは保持されています】
「軽度!? どこが!!」
レオナが即座に叫んだ。
「これで“軽度”なら、重度はどうなるのよ!」
「そこツッコむとこじゃないと思うけど……」
相馬は、笑ってる場合じゃないのに笑っている。
「で、治す方法は?」
ポップが本題を突いた。
「ウイルスなんとかする魔法とか、
パッチとか、そういうのねぇの?」
「パッチって言い方はやめなさい」
レオナが睨みつつ、表示を下へスクロールする。
そこには、ひときわふざけているようにしか見えない一文があった。
【推奨対処法】
・獣王クロコダインの尻尾の先端部の皮を採取し、
煮込んだポーションとして摂取させてください。
・※痛みを最小限にするため、尻尾のごく表面のみで構いません。
・※クロコダインは高い再生力を持つため、適切な処置を行えば後遺症はほぼありません。
「……………………」
レオナは、無言でウィンドウを閉じた。
「今の、“読み間違い”とかじゃないよな?」
ポップがおそるおそる聞く。
「残念ながら。
クロコダインの尻尾の先っぽの皮を剥いで、
煮込んで飲ませろって書いてあったわ」
「雑ゥ!!」
ポップが両手で頭を抱えた。
「おいおいおい、
ウイルス対策が物理なの、マジでどうなってんだよこの世界!」
ダイだけが、「クロコダインって誰?」と純粋な顔をしている。
「ロモスの周辺を荒らしてるっていう、
獣王の噂は聞いたことがあるわ」
レオナが、今度は王女としての情報を引っ張り出す。
「魔王軍幹部の一人。
ドラゴンに匹敵する力を持つ魔獣族の長――
それが、クロコダインよ」
「ドラゴンに匹敵って、
ガンガディアクラスってことだよな?」
ポップが青ざめる。
「そんなやつの尻尾の皮剥ぐって、
普通に命がけだろ!?」
「しかもウイルスのせいで、
その作戦の要が今の“チャラ相馬”っていうのが、
またなんとも言えねぇんだけど……」
「おいおい」
相馬が、わざとらしく肩をすくめる。
「俺はやるときゃやる男だぞ?
美女と酒のためなら、結構頑張るタイプだから」
「いや、それ動機が間違ってるから!」
レオナが全力でツッコむ。
それでも――
頭の片隅で、うっすらと認めざるを得ない部分もあった。
(クロコダインの尻尾の皮を取るなんて、
本気で命を懸ける価値があるのかどうかはともかくとして。
――この性格のまま旅を続けるのは、絶対に嫌)
羞恥システムは、そこだけは空気を読んだのか、
余計な電子音を流さなかった。
◇ ◇ ◇
結局、一行は結論をこうまとめた。
「クロコダインを倒す必要は、
もともと魔王軍対策としてあった」
レオナが指揮官らしく言う。
「そのついでに、尻尾の先っぽの皮をちょっといただいて、
このチャラ男を元に戻す。――そういう方針で行きましょう」
「ついでって言い方やめてくんねーかな!?」
ポップが悲鳴を上げる。
「いやぁ~、なんか得した気分だな」
相馬は、本気で楽しそうだった。
「魔王軍幹部倒すわ、ウイルス治るわ、
尻尾の皮で新しいポーションレシピできるわ。
ロモス来た甲斐あるじゃん」
「前向きさの方向性がおかしいのよ、あなたは!!」
レオナが机を叩く。
その頭上で、数字だけは相変わらず真っ赤だ。
【レオナ→相馬 250/250】
(……この数字に、全部まとめて押し込んでおきたいわね)
怒りも、呆れも、好きも、期待も。
全部ひっくるめて。
◇ ◇ ◇
夜。
ロモスの宿屋の屋上で、
一行は明日の作戦会議をしていた。
「獣王クロコダインは、
城の北側の森に陣取ってるって噂だ」
ポップが、さっき仕入れてきた情報を披露する。
「魔王軍の兵士も何匹かうろついてるってよ。
城の連中も手ぇ焼いてるらしい」
「そこへ、勇者候補とパプニカ王女と危険因子が殴り込み、ってわけね」
レオナは、わざと軽い口調で言った。
「ついでに尻尾の皮も」
「ついで強調すんなよ……」
ダイは、いつになく真剣な顔で拳を握る。
「クロコダイン……
魔王軍の幹部、か」
「怖い?」
レオナが尋ねる。
「……ちょっと。
でも、オレが勇者になるって決めたから」
ダイは、しっかりと前を見た。
「オレ、行くよ。
絶対、負けない」
【ダイ→レオナ 70 → 72】
【ダイ→相馬 71 → 73】
その数字の揺れを見ながら、
相馬は、少しだけ前のめりになった。
「じゃ、明日は張り切って“獣王狩り”だな」
軽い声の奥に、
ほんのわずかだけ、元の彼の冷静さが見えた気がした。
(……元に戻せる保証はないけど)
レオナは、屋上から見えるロモスの夜景を眺める。
(クロコダインを倒して、尻尾の先っぽの皮を取って。
それを煮込んだポーションを飲ませて。
――それでも戻らなかったら、そのときはそのとき)
好感度システムがどうバグろうと。
ウイルスがどう暴れようと。
(わたしは“今の相馬”ごと、
ちゃんと危険因子として面倒を見るわ)
王女として。
レオナとして。
そして、250/250の数字を掲げてしまった女として。
ロモスの夜風は、
新しい騒動の匂いを、少しだけ甘く、少しだけ苦く、
一行のもとへ運んでいた。