オーバーヒート(AI小説)   作:匿名希望

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24話 尻尾の革

 獣王会心撃が、落ちてくる。

 

 滝の飛沫を裂いて振り下ろされる、クロコダインの巨大な斧。

 空気が悲鳴を上げ、地面が先に震える。

 

(これ、真正面から受けたら全員まとめてミンチだわね……!!)

 

 レオナの背筋が、ぞわりと粟立つ。

 

「ダイ、下がれ!!」

 

「でも――!」

 

 迷うダイの肩を、横からぐいっと引っ張る手があった。

 

「こっちは任せろ」

 

 相馬だった。

 

 軽い声。

 けれど、目だけはいつものチャラさがすっと消えている。

 

(やめて――)

 

 心の中で叫ぶより早く、

 彼は一歩、前に出た。

 

「バギ!」

 

 相馬が、獣王会心撃の軌道の“手前”に風の刃を叩きつける。

 斧の周囲で風が爆ぜ、軌道がほんの少しだけずらされた。

 

 だが、それでも避けきれない。

 

「ダイ、右!」

 

「うん!」

 

 ダイは、パプニカのナイフを構えたまま、相馬の横をすり抜けるように跳んだ。

 

(ここだ――!)

 

 クロコダインの斧が、わずかに沈む。

 重心が、獣王会心撃の勢いで前に傾いた、その一瞬。

 

 ダイは、短い刃を全身の力とともに振り抜いた。

 

「アバンストラッシュ!!」

 

 滝の光を切り裂くように、

 パプニカのナイフから、白い斜線が迸る。

 

 クロコダインの斧と、アバンストラッシュが激突した。

 

 轟音。

 崖が震える。

 

 獣王会心撃の軌道が、斜め上へ弾かれた。

 斧は岩を砕き、滝の水飛沫が派手に跳ね上がる。

 

「……ほぉ」

 

 クロコダインの口元が僅かに緩んだ。

 

「アバンの技、か」

 

「っ、はぁ、はぁ……!」

 

 ダイは、息を切らせながらも、踏ん張って立っている。

 足元の岩は砕けているのに、彼の足は一本も後ろに下がっていなかった。

 

「よくやった、ダイ」

 

 相馬が、ほんの少しだけ口角を上げる。

 

「死なれたら尻尾の皮も取れないからな」

 

「そこかよ!!」

 

 ポップが全力でツッコんだ。

 

◇ ◇ ◇

 

 レオナの胸は、さっきからずっと忙しい。

 

 獣王会心撃の余波で心臓が跳ね、

 ダイのアバンストラッシュに熱くなり、

 相馬が前に出た瞬間には、別の意味で止まりかけた。

 

 横目で、相馬の横顔を見る。

 

 炎と水飛沫の中、薄く笑っている顔。

 さっきまで自分の前に立っていた背中。

 

 ――ズギューン!!

 

【電子音声:レオナ(本人そっくり・甘々+安堵)】

『死ぬ気で前に出て、それでもちゃんと生きて戻ってきてくれるところ、

 心臓に悪いけど、すごく好き……

 危なっかしいのに、信じたくなる……しゅき……』

 

【レオナ→相馬 290 → 293/300】

 

(もうやめて、これ以上増えたら本当に壊れるわよ……)

 

 そう思いながら、増えている自分を止められない。

 

「ガハハ……!」

 

 クロコダインが笑った。

 

「やるな、小僧。そして――そこのチャラついた魔法使いもだ」

 

「チャラついた、は余計ですね」

 

 相馬がさらっと返す。

 

「アバンの技に、仲間の援護。

 なるほど、アバンが命を賭けて守っただけのことはある」

 

 獣王の目が、ほんの僅かに楽しげになる。

 

「だが」

 

 その斧が、再び構えられた。

 

「それでも、わしは魔王軍の戦士。

 手加減するつもりはない!」

 

「こっちも、するつもりないわよ!」

 

 レオナが杖を構える。

 

「ルカニ!」

 

 守備力を下げる呪文が、クロコダインを淡く包んだ。

 分厚いワニ革のような皮膚が、ほんの少しだけ柔らかくなる。

 

「マァム、後衛のケアをお願い!」

 

「任せて!」

 

 マァムは魔弾銃を構えた。

 

「メラ弾、装填!」

 

 炎の弾丸がクロコダインの足元で爆ぜる。

 獣王の動きが、ほんのわずかに乱れた。

 

「ポップ!」

 

「分かってるって!」

 

 ポップは、いつものように安全な距離から杖を構える。

 

「ギラ!」

 

 鋭い閃光が、クロコダインの目を狙って走る。

 眩しさに、獣王が一瞬目を細めた。

 

「今だ、ダイ!」

 

「うん!!」

 

 ダイが、パプニカのナイフを握り直した。

 

◇ ◇ ◇

 

 戦いは、激しく、しかしどこか“整って”いた。

 

 ダイの斬撃。

 ポップの支援。

 マァムの回復と射撃。

 レオナの補助魔法と指揮。

 そして、相馬のいやに手慣れた立ち回り。

 

「バイキルト!」

 

 相馬は、再びダイに力の魔法をかける。

 ナイフの切れ味が、目に見えて増した。

 

(前のあいつなら、ここまで前のめりに動かなかった)

 

 レオナは、戦いながら、ふとそんなことを思う。

 

 元の相馬は、もっと慎重だった。

 一歩引いた位置から、全員の安全を見ていた。

 

 今の相馬は、女の人には平気でちょっかいを出し、

 危険な位置にも躊躇なく踏み込む。

 

 それが怖くもあり、頼もしくもある。

 

 ――視線が、一瞬合った。

 

「レオナ」

 

「なに?」

 

「ちゃんと後ろ下がってろよ」

 

 軽い声。

 でも、その目には本気の心配があった。

 

 ――ズギューン!!

 

【電子音声:レオナ(甘々+素直なとき限定で弱い)】

『そんな顔で心配されると、

 “危険因子”って呼んでるのが罪悪感でいっぱいになる……

 危険因子でも、やっぱり好き……しゅき……』

 

【レオナ→相馬 293 → 296/300】

 

(……だから、こういう素直なところを出さないでって言ってるのよ!!)

 

 心の中で床ローリングするレオナだった。

 

◇ ◇ ◇

 

「グオオオ……!」

 

 クロコダインの息が、少しずつ荒くなってきた。

 

 ルカニで削られた守備力。

 バイキルトで増幅されたダイの一撃。

 ポップの援護と、マァムの魔弾。

 

「なかなか、やる……!」

 

 傷だらけになりながらも、獣王はまだ笑っていた。

 

「人間のくせに、ここまでわしを楽しませるとはな!」

 

「“人間のくせに”は余計だっての!」

 

 ポップが叫ぶ。

 

「こっちだって、命がけなんだからな!」

 

「それが戦士というものだ!」

 

 クロコダインは、満足げに吠えた。

 

「アバンもそうだった。

 自分の命を惜しまず、仲間を守った。

 

 ――その弟子である小僧よ!」

 

 獣王の目が、ダイを捉える。

 

「もう一度、全力で来い!!」

 

 斧が構えられる。

 

(また来る――!)

 

 レオナの心臓が、冷たくなる。

 

 ただ、さっきと違うのは――

 ダイの手にあるのが、折れた木刀ではなく、パプニカのナイフだということ。

 

「行くよ!」

 

 ダイは、もう迷わなかった。

 

「レオナ、借りるね!」

 

「ええ、使いなさい!」

 

 彼は、ナイフを構えながら駆け出す。

 

「アバン先生……」

 

 心の中で、短く呟いた。

 

「オレ、やるから……!」

 

 クロコダインの斧が、再び巨大な光を纏う。

 

「獣王会心撃!!」

 

「アバンストラッシュ!!」

 

 滝の前で、二つの技がぶつかった。

 

 閃光。

 衝撃。

 崖が揺れる。

 

(負けないで――!)

 

 レオナも、ポップも、マァムも、

 そして相馬も、その一瞬だけ息を止めて見ていた。

 

 結果――

 

 クロコダインの斧が、弾き飛ばされた。

 

 獣王の腕から離れた武器が、岩に突き刺さる。

 ダイのアバンストラッシュは、そのままクロコダインの胸元まで届き――

 

 分厚いワニ革の皮膚に、深い切り傷を刻んだ。

 

「ぐっ……!」

 

 クロコダインが、初めて膝をつく。

 

 滝の音が、急に大きくなった気がした。

 

◇ ◇ ◇

 

 しばらく、誰も動かなかった。

 

「……やった、のか?」

 

 ポップが恐る恐る口を開いた。

 

「ダイ!」

 

「はぁ、はぁ……!」

 

 ダイは、肩で息をしながらも、

 パプニカのナイフを握りしめたまま立っていた。

 

「まだ……立ってるよ」

 

 クロコダインは、膝をつきながらも笑っていた。

 

「見事だ、小僧……」

 

 ワニ革の胸を押さえながら、ゆっくり顔を上げる。

 

「アバンの技を、ここまで使いこなすとはな……

 それに――」

 

 視線が、レオナたちを一人ずつなぞる。

 

「周りの仲間も、たいしたものだ」

 

「それはどうも」

 

 相馬が、苦笑しながら肩をすくめた。

 

「そっちも、十分バケモノですね。

 尻尾の皮、ちょっとだけ欲しいくらいだ」

 

「お前はそれをいちいち口に出すな!!」

 

 ポップとレオナとマァムの三人が同時に叫んだ。

 

◇ ◇ ◇

 

 クロコダインは、ゆっくりと立ち上がった。

 

 膝をついたとはいえ、まだ戦える気配はある。

 だが――斧はもう手にしていない。

 

「わしの負けだ」

 

 静かな声。

 

「この獣王クロコダイン、

 勇者候補ダイの力、確かに見せてもらった」

 

「クロコダイン……」

 

 ダイが、ナイフを下ろす。

 

「止めを刺さんのか?」

 

 獣王が、わざとらしく笑った。

 

「魔王軍の幹部をここで逃がしたら、

 また村が襲われるかもしれんぞ?」

 

「でも――」

 

 ダイは、きっぱりと首を振った。

 

「オレ、そんなのしたくないよ。

 倒れてる相手を斬るなんて、

 アバン先生も喜ばないと思う」

 

「ふん……」

 

 クロコダインの頭上の数字が、僅かに変わった。

 

【クロコダイン→ダイ 30 → 50/150(戦士としての敬意)】

 

「甘いな、小僧」

 

 そう言いながらも、その声にはどこか満足の色があった。

 

「だが、その甘さが、アバンの弟子らしい」

 

◇ ◇ ◇

 

「さて」

 

 この空気の中で、

 あえて最悪のことを言い出すのが、いつもの相馬だ。

 

「勝負はついたし――

 交渉タイム、入っていいですかね」

 

「交渉?」

 

 クロコダインが眉をひそめる。

 

「なんの交渉だ?」

 

「いや」

 

 相馬は、真面目な顔で言った。

 

「そっちの命は、こっちからは取らない。

 その代わり――尻尾の先っぽの皮、

 少しだけもらえません?」

 

「……は?」

 

 獣王の動きが止まった。

 

「ちょっと待て」

 

 ポップが、心底信じられないという顔をする。

 

「お前、今それ言う!? この空気で!?

 “命は取らないから尻尾の皮くれ”って、交渉としてどうなんだよ!?」

 

「必要なんだよ、いろいろあって」

 

 肩をすくめる。

 

「俺の性格がちょっとウイルス的なあれこれでこじれててですね」

 

「本人からウイルス言うな!!」

 

 レオナが全力でツッコんだ。

 

「でもまあ、治療法があるならさ」

 

 相馬は、クロコダインを見上げた。

 

「誰も死なないで済むほうが、

 世の中的にも王女的にも、助かるでしょう?」

 

「……」

 

 クロコダインは、しばらくものすごく微妙な顔をしていた。

 

「つまり、お前は」

 

 ゆっくりと言葉を選ぶ。

 

「わしの尻尾の先をちょっと剥いで、

 煮込んで飲みたい、と」

 

「言い方やめて?」

 

 相馬が苦笑する。

 

「“飲みたい”っていうと変な趣味みたいじゃん」

 

「実際変な趣味だよ!!」

 

 マァムも叫ぶ。

 

◇ ◇ ◇

 

 しばしの沈黙。

 

 滝の音だけが聞こえる中、

 クロコダインは大きく息を吐いた。

 

「……いいだろう」

 

「え?」

 

 全員の目が丸くなる。

 

「戦士の誇りにかけて、

 負けを認めた以上、命乞いをする気はない」

 

 獣王は、わざとらしく尻尾をぶん、と振った。

 

「その代わりだ。

 わしの尻尾の先っぽの皮ぐらいで、

 お前の性根が立ち直るなら――」

 

「性根って言われた!?」

 

 相馬が若干ショックを受ける。

 

「人間の可能性に賭けてみるのも、一興だろう」

 

【クロコダイン→相馬 32 → 42/150(面白いやつ認定)】

 

「ただし!」

 

 クロコダインの顔が怖くなった。

 

「痛いのは嫌いだ。

 表面を“薄く”だぞ、“薄く”!」

 

「分かってますって」

 

 相馬は、すでに短剣を構えて待っていた。

 

「ダイ、ナイフ貸して」

 

「え!? これ、パプニカのナイフだよ!?」

 

「切れ味がいいほうが、結果的に痛くないんだよ」

 

「理屈は分かるけど!」

 

 ダイは、渋々ナイフを差し出した。

 

「じゃ、ちょっと失礼しますね」

 

 相馬は、クロコダインの尻尾の先をそっと掴んだ。

 

「やさしく、速く、薄く。

 これ、基本ですから」

 

「何のプロみたいな口調なのよ!!」

 

 レオナが叫ぶ。

 

 シュッ。

 

 手際よく、尾の先端の表面の皮を、

 本当に紙一枚分くらいだけ切り取った。

 

「ぐおおおおお!!」

 

 クロコダインが派手に叫ぶ。

 

「“ちょっとだけ”と言っただろうが!!」

 

「ちょっとですって!」

 

 相馬は、切り取った皮をひらひらさせる。

 

 確かに、見た目には薄い。

 しかし、当人からすれば“初めて尻尾の皮を剥がれる”体験だ。

 叫びたくもなる。

 

「マァム、傷だけはちゃんと治してあげて」

 

「はいはい!」

 

 マァムは慣れた手つきでホイミをかけた。

 

 尻尾の先の傷が、みるみる塞がっていく。

 

「くぅ……!」

 

 クロコダインのプライドが、物理的な痛み以上に悲鳴を上げていた。

 

【マァム→相馬 110 → 114/150】

 

【電子音声:マァム(本人そっくり・甘々+ちょっと呆れ)】

『こんな無茶なお願いを押し通して、

 ちゃんと痛みを少なくしようとするところ、

 腹立つけど、頼りになる……

 こんな人が彼氏だったら、きっと毎日心臓に悪いけど楽しそう……』

 

「マァムの電子音声も出てるぅ!!」

 

 ポップが頭を抱える。

 

「しかも“彼氏”って単語が普通に出てるぅ!」

 

「聞かないで!!!」

 

 マァムが真っ赤になって魔弾銃をぶんぶん振り回した。

 

◇ ◇ ◇

 

 切り取られた尻尾の皮は、

 しっかりと布に包まれてレオナの手の中に収まった。

 

「……これで、材料は揃ったわね」

 

 彼女は、複雑な気持ちでそれを見つめる。

 

(これを煮込んでポーションにして飲ませれば、

 相馬は“元に戻れる”かもしれない)

 

 少しだけ横を見る。

 チャラチャラと笑いながらも、

 どこか楽しそうにマァムやダイと話している相馬。

 

(でも――)

 

 元の相馬は、もっと落ち着いていた。

 今ほど女好きではなかった。

 

 ときどき、

 その落ち着いた横顔が恋しくなる瞬間もある。

 

 けれど、今の相馬も、嫌いになれない。

 

 むしろ――

 

 視界に入った瞬間。

 

 また、胸の奥が鳴る。

 

 ――ズギューン!!

 

【電子音声:レオナ(甘々+諦め気味)】

『前の相馬も今の相馬も、どっちも好きになっちゃってる……

 元に戻しても戻さなくても、

 結局“好き”って結果は変わらない気がしてきた……しゅき……』

 

【レオナ→相馬 296 → 300/300】

 

 数字が、ついに上限に突き刺さった。

 

 上限表示が、ぶるぶる震えかけて――

 今度は、静かに落ち着いた。

 

(……これ以上上がりようがないってことね)

 

 レオナは、どこか諦め半分の笑いを浮かべた。

 

◇ ◇ ◇

 

「さて」

 

 クロコダインが、背を向ける。

 

「わしは、一度引かせてもらう」

 

「え?」

 

 ダイが目を丸くする。

 

「いいのかよ!?」

 

「わしをここまで追い詰めた人間たちだ」

 

 獣王は、滝の上の砦を見やりながら言った。

 

「このまま無理に戦を続けても、

 魔王軍にとって得るものは少なかろう。

 

 ――だが、覚えておけ」

 

 彼の目が、再びダイを捉える。

 

「勇者の道は、ここからが本番だ。

 わしの尻尾の皮で直る程度の“歪み”など、

 まだまだ甘い苦労よ」

 

「言い方!!」

 

 相馬がツッコむ。

 

「尻尾ポーションネタにするのやめてくださいよ!」

 

「ガハハ!」

 

 クロコダインは、まるで楽しそうに笑った。

 

「次会うとき、お前の“中身”がどうなっているか――

 楽しみにしておるぞ、人間」

 

 そう言い残し、

 獣王は滝の水飛沫の向こうへ姿を消した。

 

◇ ◇ ◇

 

 戦いが終わると、

 森の空気が一気に軽くなった。

 

「ふぅ~~~……!」

 

 ポップがその場にへたり込む。

 

「生きてる、生きてる……!

 オレ、生きてる!!」

 

「ポップ、そんなにバタバタしたら泥だらけよ」

 

 マァムが苦笑しながらホイミをかける。

 

「でも、ほんとにすごかったわね、ダイ」

 

「えへへ……」

 

 ダイは照れ笑いしながら、

 パプニカのナイフを握りしめていた。

 

「このナイフ、すごく握りやすいよ。

 ありがとう、レオナ!」

 

「当然よ」

 

 レオナは、珍しく素直な笑顔を見せた。

 

「あなたが折らない限り、

 その刃は、あなたの“勇者としての道”を支えてくれるわ」

 

【ダイ→レオナ 80 → 83/150】

 

「……さて」

 

 その少し離れたところで、相馬は尻尾の皮を眺めていた。

 

 薄いのに、やけに丈夫そうなワニ革。

 これを煮込んで飲むと性格が元に戻るとか、

 どう考えてもおかしい。

 

「なぁ、レオナ」

 

「なに?」

 

「これ、本当に効くと思う?」

 

 その問いに、レオナは少しだけ黙った。

 

「……分からないわ」

 

 正直な答え。

 

「でも、“戻す手段がある”ってことが、

 少なくともわたしの心には効いてる」

 

「心に?」

 

「ええ」

 

 レオナは、布に包んだ尻尾の皮をもう一度見た。

 

「いつでも元に戻れるって思えれば、

 今のあなたのことも、安心して“好きでいられる”から」

 

「…………」

 

 しばらくの沈黙。

 

 やがて、相馬はふっと肩の力を抜いた。

 

「じゃ――」

 

 ニヤッと笑う。

 

「しばらくは冷蔵保存ってことで」

 

「冷蔵って何よ!!」

 

「比喩だ比喩」

 

 肩をすくめる。

 

「今すぐ戻る気は、正直あんまりない」

 

「知ってるわよ!」

 

 レオナは、即答した。

 

「でも、いざってときに“戻れる”ように、

 ちゃんと大事に保管しておくから」

 

「頼んだ」

 

 相馬は、チャラく親指を立てた。

 

【相馬→レオナ 94 → 98/150】

 

【電子音声:レオナ(甘々+ちょっと誇らしげ)】

『戻るかどうかを、“わたしたちで決める”って言ってくれたの、

 すごく嬉しい……

 あなたの問題なのに、わたしも一緒に悩ませてくれるの、

 ちょっとだけ誇らしい……しゅき……』

 

「電子音声、いいとこ取りしないで!!」

 

 レオナは、自分の心の声に向かって全力で抗議した。

 

◇ ◇ ◇

 

 その夜。

 

 再び廃祠に戻った一行は、

 最低限の手当てと見張りを決めたあと、

 それぞれの寝床に横になった。

 

「なぁ、マァム」

 

 焚き火のそばで、ポップが小声で話しかける。

 

「お前、そーまの性格、戻ってほしいと思うか?」

 

「……うーん」

 

 マァムは、しばらく考え込んだ。

 

「あの人、今のままだとすっごい女たらしだけど」

 

「だよな!」

 

「でも、あの軽さがなかったら、

 今日の尻尾交渉も、なかったと思うのよね」

 

「……ああ」

 

「だから――」

 

 マァムは、小さく笑った。

 

「戻るか戻らないかは、

 本人とレオナのお姫様とで決めるのが一番だと思う」

 

「レオナだけ!?」

 

 ポップが抗議する。

 

「オレも、ちょっとは口出しさせてよ!」

 

「ポップは、まず自分の好感度を90台に乗せてからね」

 

「ハードル高すぎない!?!?」

 

 ポップの頭上には、

 相変わらず「48/150」という、

 ギリ友人レベルの数字が青く光っていた。

 

 一方そのころ。

 

 レオナは、自分の寝台で天井を見上げていた。

 

 頭上のパネルは、

 【相馬 300/300】のまま、静かに光っている。

 

「……戻っても戻らなくても」

 

 誰にも聞こえない声で呟いた。

 

「どうせわたし、

 この危険因子のこと、嫌いになんてなれないのよね」

 

 情けない、と思う。

 でも、それ以上に――

 

 少しだけ、そんな自分が嬉しかった。

 

 ロモスの北の森は、

 戦いの熱気をようやく冷まし始めていた。

 

 獣王の尻尾の皮。

 恋愛システムのウイルス。

 チャラくて危なっかしい相馬と、

 振り切れた数字を掲げるレオナとマァム。

 

 勇者と仲間たちの旅路は、

 ますますややこしく、

 ますます面白く――

 それでも確実に、前へと進んでいくのだった。

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