オーバーヒート(AI小説)   作:匿名希望

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※ この系統の流れはクオリティが安定しなかったので更新中止しました。
が、見てみたいと言われる方がおられましたら、感想欄で一言いただければ、別ルートとして少しずつ更新をします。
 


旧26話 (更新停止流れ)

 

 ロモス城の朝は、やけに静かだった。

 

 高い窓から差し込む光は柔らかくて、

 昨日まで森で吸っていた湿った空気が、まるで嘘みたいだ。

 

 レオナは、客間の寝台の上でゆっくりと目を開けた。

 

(……全然、寝た気がしない)

 

 体の重さは抜けている。眠れてはいるはずだ。

 それなのに、頭の中だけは、同じ顔と同じ出来事を何度も何度も巻き戻していた。

 

 クロコダインの尻尾。

 廃祠の焚き火。

 バルコニーで交わした会話。

 

 そして――

 

 レオナの頭上には、相変わらず数字が浮かんでいる。

 

【レオナ→相馬 300/300】

 

(減りもしないし、増えもしない)

 

 上限に張り付いた数字は、ただそこにあるだけだ。

 でも、“そこにあるだけ”なのに、やたらと重い。

 

(この数字のせいで、昨日一日中ずっと相馬のこと考えてた気がする……)

 

 自覚した瞬間、頬がじわっと熱くなる。

 

 起き上がり、寝台の脇に置いてあった荷袋を手元にたぐり寄せた。

 

 底のほうに、布に包まれた固い感触。

 そっと引き出す。

 

 クロコダインの尻尾の先の皮。

 

 布越しでも、ごつごつした質感が手のひらに伝わってくる。

 

(今日中には、これを“何か”にしないと)

 

 こんな生々しいものを、王城の中にずっと持ち込んでおきたいとは思えない。

 衛生的にも、精神的にも。

 

 そう思った、そのとき――

 

【好感度システムからのお知らせ】

 

『尻尾ポーションによる状態異常治療の【使用条件】を更新しました』

 

『1)ポーションを飲ませる際、

   好感度120以上の女性が“直接口で”飲ませないと、

   効果はほとんど発現しません』

 

『2)好感度150を超える場合、

   好感度が高すぎて薬効が少し薄まります。

   その場合、同条件で【2回】に分けて飲ませる必要があります』

 

(…………は?)

 

 レオナは、数秒だけ思考を停止させた。

 

(今、“直接口で”って言ったわよね、このシステム)

 

 じわじわと、顔が赤くなっていく。

 

「おはよ、レオナ。……って、顔真っ赤じゃない?」

 

 同室のマァムが、寝ぼけ眼で身体を起こしながら首をかしげた。

 

「な、なんでもないわ」

 

 レオナは慌てて布包みを荷袋に押し戻し、

 できるだけ平静な声を装う。

 

(なんでもなくないわよ!!)

 

 脳内で、さっきのテロップを巻き戻す。

 

【レオナ→相馬 300/300(条件:2回必要)】

 

【マァム→相馬 120/150(条件:1回でOK)】

 

 頭上の数字が、妙に具体的な補足を引っ提げて点滅したように見えた。

 

(……つまり、マァムも条件を満たしてるってことよね)

 

 隣を見る。

 

 寝癖のついた髪をくしゃくしゃとかき上げながら伸びをするマァム。

 その頭上にも、ちゃんと数字が浮かんでいた。

 

【マァム→相馬 120/150】

 

(昨日より……やっぱり増えてる)

 

 胸の奥が、変なふうにざわつく。

 

 そこへ、追い打ちのように新しい表示が被さった。

 

【電子音声:好感度システム】

 

『なお、どちらの女性が“いつ”行うかは、

 当事者間でご相談ください』

 

『トラブルの元なので、勝手なランダム選出は行いません』

 

(相談って何よ!! システムは黙ってなさい!!!)

 

 レオナは、枕を掴んで盛大に殴った。

 

◇ ◇ ◇

 

「――というわけで」

 

「朝から顔真っ赤で何してんのかと思ったら、それかよ」

 

 客間を出たあと。

 廊下の角で事情を聞かされた相馬は、額を押さえた。

 

 レオナ、マァム、相馬の三人だけ。

 ダイとポップは、朝食会場で肉とパンに夢中だ。

 

「いや、うん。システムさん、今日も元気だねぇ」

 

「人ごとみたいに言わないで」

 

 レオナがじとっと睨む。

 

「元をたどれば、あなたの性格をどうにかするためのポーションなのよ。

 条件が“口移し”って、誰がどう見てもおかしいでしょ」

 

「まぁ、システム側の趣味は一旦棚に上げるとしてだ」

 

 相馬は、ひらひらと手を振った。

 

「さっきの話でいちばん重要なのはさ、“作ったらすぐ飲ませる必要はない”ってとこだろ」

 

「そこ?」

 

「ポーション自体は保存できて、

 “その気になったとき”に条件付きで使えるって意味じゃん。

 いい保険だよ」

 

「その前向きさ、ある意味すごいわね……」

 

 マァムが呆れたように笑う。

 

「でも、ポーションそのものは早めに作ったほうがいいと思うわ。

 あの尻尾の皮、このまま持ち歩くのは正直……」

 

「だよなぁ」

 

 相馬があっさり頷いた。

 

「このまま旅に出たら、カバンの中からワニ臭ただようパーティだし」

 

「言い方!!」

 

 レオナが小声でツッコむ。

 

「……調合、できそう?」

 

「城の設備なら、たぶん大丈夫」

 

 マァムが、真剣な表情に切り替わる。

 

「王宮の薬室が使えれば、ちゃんとした鍋も器具も揃ってるはずだし、

 薬草もあると思う」

 

「問題は“何の薬として申請するか”だよねぇ」

 

 相馬が、悪戯を思いついた子どもみたいな顔をした。

 

「『勇者パーティ専用・ちょっと性格がこじれた人向け処方』とか?」

 

「そんな申請書、受理されるわけないでしょ」

 

 レオナは、こめかみを押さえた。

 

(でも――“形”だけでも作っておけば)

 

 荷袋の中の布包みを思い出す。

 

 生の尻尾より、瓶詰めのポーションのほうがずっと扱いやすい。

 

「王様にお願いしてみるわ」

 

 レオナは、小さくため息をついた。

 

(ほんとに、なんでこんな人を好きになったのかしら、わたし)

 

 頭上の「300/300」は、

 今日も元気に光りっぱなしだった。

 

◇ ◇ ◇

 

 午前中。

 

 昨日の戦いの続きの報告と、

 今後の魔王軍への対策についての話が一通り済んだあと。

 

「それと、陛下に一つお願いがございます」

 

 玉座の間で、レオナが一歩前に出た。

 

「お願い、とな?」

 

 ロモス王が眉を上げる。

 

「はい」

 

 レオナは、慎重に言葉を選んだ。

 

「今回の戦いの中で、

 わたしたちの仲間の一人が、“少々特殊な状態”になっておりまして」

 

「誰のことだ?」

 

「……主に、そこの人間です」

 

 レオナは、ゆっくりと視線を横に滑らせ、相馬を指さした。

 

「“主に”って何。サブがいるみたいな言い方やめて」

 

 小声の抗議は、きれいに無視される。

 

「詳しい説明は省きますが、

 特定の材料から作られるポーションで、その状態が“安定”すると、

 信頼できる筋から聞いております」

 

「ほう」

 

 王の視線が、レオナの手元へと落ちた。

 

 レオナは、布包みをそっと掲げる。

 

「その材料が、これです」

 

「……あの尻尾か」

 

 王の表情が、なんとも言えないものになった。

 

「はい、“獣王クロコダインの尻尾の先っぽ”ですわ」

 

 レオナは、できるだけ上品そうな言い回しを試みる。

 

「陛下の設備をお借りして、

 これをポーションに加工できればと」

 

「国王の前で“尻尾”だの“加工”だの口にする王女は初めて見るな」

 

 ロモス王は、しばし沈黙したあと、ふっと笑った。

 

「よかろう」

 

「陛下?」

 

「わしも、そなたらの“特殊な仲間”とやらに興味がある」

 

 王は、じっと相馬を見た。

 

「世界一の家庭教師の弟子であり、

 魔王軍と戦う勇者一行の一人であり――

 そして、どうやら少々“こじれた人間”でもあるようだ」

 

「陛下まで“こじれてる”って言い出した!?」

 

 相馬が頭を抱える。

 

「薬室と、王宮付きの薬師を使うことを許す」

 

 王は、レオナに向かって頷いた。

 

「調合の中身は、そなたと僧侶の娘に一任しよう。

 ロモスに害をなすものでない限り、口出しはせぬ」

 

「ありがとうございます、陛下」

 

 レオナは、深々と頭を下げた。

 

◇ ◇ ◇

 

 王宮の薬室は、あらゆる匂いの集まる場所だった。

 

 干された薬草の青い匂い。

 アルコールと油が混ざった匂い。

 鉄と火の匂い。

 

 レオナは、思わず小さなくしゃみをした。

 

「大丈夫?」

 

「平気」

 

 マァムは、慣れた様子で棚をチェックしている。

 

「薬草、聖水、毒消し草……うん、基本の材料は揃ってる。

 あとは問題の尻尾と――」

 

「問題とか言わないであげて?」

 

 入口の壁にもたれていた相馬が、苦笑まじりに口を挟む。

 

「じゃ、さっさと煮込んじゃってくださいよ。獣王エキス」

 

「そういうネーミングやめなさいってば!!」

 

 レオナとマァムの声が、見事にハモった。

 

 カウンターの向こう側で、王宮付きの薬師の老人が眉をひそめる。

 

「お前さんら、何を作るつもりなんだ」

 

「ええと……」

 

 マァムが、慌てて頭を下げた。

 

「身体というか、心というか……

 ちょっと変な“状態”を整えるポーションです」

 

「変な状態?」

 

 老人の視線が、じろりと相馬に向かう。

 

「目つきは悪いが、丈夫そうな若者だな」

 

「それ、褒めてるのかディスってるのか微妙ですね」

 

 相馬が肩をすくめた。

 

「まぁ、変な迷惑はかけませんよ。

 多少ワニ臭がするくらいで」

 

「ワニ臭って言うな!!」

 

 レオナがすかさずツッコむ。

 

 老人は少し考え込んだあと、棚の奥から数本の瓶を取り出した。

 

「調合の手順は分かっとるか?」

 

「基本的なポーションなら」

 

 マァムが胸を張る。

 

「薬草を煎じて、聖水で割って、魔力を流し込んで……」

 

「そこに“異物”を混ぜるならだ」

 

 老人は、レオナの持つ布包みを顎でしゃくった。

 

「肉そのものより、皮を薄く刻んで、徹底的に煮溶かすこった。

 固まりのまま残すと、腹壊すぞ」

 

「……それは本当にありがたいアドバイスですね」

 

 相馬が、急に真面目な顔になる。

 

「腹壊して性格だけそのままとか、一番ややこしいんで」

 

「性格が戻る前提で話を進めないでくれる?」

 

 レオナは、わずかに目を伏せた。

 

(戻ってほしいか、戻ってほしくないかなんて――)

 

 今、この場で決めたくない。

 

 だからこそ。

 

「ポーション、作りましょう」

 

 レオナは、布包みの口を開いた。

 

 薄く切り取られた尻尾の皮が、光に照らされる。

 ごつごつした鱗の質感。

 少し光沢があって、触れるとじわりと温度を感じる気がした。

 

「うぅ……やっぱり見た目が……」

 

「マァム、手震えてる」

 

「震えるに決まってるでしょ!」

 

 文句を言いながらも、マァムは包丁を取った。

 

「薄く刻むんだよね……?」

 

「できるだけ細かくな」

 

 老人が頷く。

 

「煮込んだときに肉の匂いが残らんようにな」

 

「よし、匂い対策は大事」

 

 相馬も、真剣に頷いた。

 

「旅の途中で飲むことになるかもしれないし、

 味と匂いはマジで重要だから」

 

「……自分が飲む前提なのね、やっぱり」

 

 レオナは、そんなふうに軽く言える相馬の横顔を見つめた。

 

 手際よく薬草を選び、

 老人とやり取りをし、

 マァムの手元に必要な器具を次々と揃えていく。

 

(こういうときだけ、本当に頼りになるんだから)

 

 胸の奥が、また静かに鳴る。

 

 ――ズギューン!!

 

【電子音声:レオナ(甘々+疲労気味)】

『こんな状況でも、“自分が飲む前提”で冗談を飛ばしてくれるの、

 ムカつくのに、ほっとする……

 やっぱり好き……』

 

【レオナ→相馬 300/300(上限・変化なし)】

 

「レオナ、ぼーっとしてると火加減ミスるわよ」

 

「分かってるわ」

 

 マァムに注意され、レオナは慌てて鍋の炎を弱めた。

 

◇ ◇ ◇

 

 ぐつぐつと煮える音が、薬室に満ちる。

 

 刻まれた尻尾の皮は、

 薬草と聖水と一緒に煮込まれ、

 やがて、どろりとした濃い緑色の液体へと変わっていった。

 

「……匂い、思ったよりマシね」

 

 レオナが、鼻先を近づける。

 

「薬草の香りが勝ってるわ。ワニっぽさ、ほとんど消えてる」

 

「よかった……」

 

 マァムも、心底ほっとしたように息を吐いた。

 

「味はどうかしら」

 

「今ここで味見すんなよ?」

 

 相馬が全力で止める。

 

「それ、多分俺専用になるんだからさ」

 

「じゃあ、飲むときの“お楽しみ”ね」

 

 マァムがにやっと笑う。

 

「楽しみ?」

 

「まぁ、奇跡的に美味しかったらラッキーじゃん。

 “獣王テイスト”とか名前つけて売れるかも」

 

「やめなさい!!」

 

 レオナとマァムと、ついでに薬師の老人までもが同時にツッコんだ。

 

 煮込みの最後の工程。

 

 マァムが鍋の上に両手をかざし、静かに目を閉じる。

 

「……ホイミと同じ“治す力”が、ちゃんと混ざるように」

 

 淡い光が、鍋全体を包み込んだ。

 

 薬室の空気が、ほんの少しだけ澄んだ気がする。

 

「よし」

 

 マァムが、額の汗を拭った。

 

「ポーションとしては完成。あとは冷まして――」

 

「瓶詰めだな」

 

 相馬が棚から空き瓶を取り出した。

 

 老人が分厚い布を持ってきて、

 鍋の取っ手をしっかり押さえる。

 

「熱いから気ぃ付けろよ」

 

「はい!」

 

 三人で手分けしながら、

 濃い緑の液体を、一本一本丁寧に瓶へと移していく。

 

 全部で、三本。

 

「……意外と量あるのね」

 

 レオナが一本を手に取り、光に透かした。

 

「三回分、ってところかしら」

 

「条件とも数字が合うな」

 

 相馬が軽く息を吐く。

 

「レオナが二回、マァムが一回。

 理屈だけ言えば、それで全部足りる」

 

「ちょっと待って。今さらっと恐ろしいこと言わなかった?」

 

 マァムが固まった。

 

「わたし、一回分確定みたいなノリになってない?」

 

「いやいや、あくまで理論値の話だから」

 

 相馬は慌てて手を振る。

 

「実際やるかどうかは、また別の話。

 それに――」

 

 一本の瓶を持ち上げ、じっと見つめる。

 

「これは、“いつでも戻れる”っていう安心材料だろ。

 今すぐ飲むために作ったわけじゃない」

 

「それは……そうだけど」

 

 レオナは、瓶を胸元に抱き寄せた。

 

 まだ少しぬくもりの残るガラス越しに、じんわりとした重さを感じる。

 

(この中に、“元の彼”が戻る可能性が入ってる)

 

 そう思うと、嬉しさと怖さが同じ重さで胸に乗っかった。

 

【好感度システムからのお知らせ】

 

『尻尾ポーション:完成』

 

『使用条件は前述の通りです。

 なお、長期保存する場合は、

 “信頼度の高い人物”の手元に置いてください』

 

(信頼度とか、余計な情報いらないから)

 

 レオナは、瓶をぎゅっと握りしめた。

 

「どうする?」

 

 マァムが尋ねる。

 

「今は、わたしが預かるわ」

 

 レオナは答えた。

 

「鍵付きの箱を借りて、箱ごと部屋に置いておきたい。

 ロモスにいる間は、そのほうが安全よね」

 

「だな」

 

 相馬が頷く。

 

「旅に出るときに持ち出すかどうかは、そのときまた全員で相談しよう」

 

「ええ」

 

 レオナは、相馬の目を見た。

 

 その瞬間、胸がまたきゅっと締めつけられる。

 

(この人の“元”を守る瓶を、わたしが持つ)

 

 その事実が、妙に心強くて、同時に怖かった。

 

◇ ◇ ◇

 

 午後。

 

「――というわけで、自由時間です!」

 

 城門前。

 

 相馬が、やけに明るい声で宣言した。

 

「“というわけで”の中身をちゃんと説明しなさいよ」

 

 レオナが、眉をひそめる。

 

「王様から“今日一日は城下を見てよい”って許可をもらったんだから、

 もうちょっと言い方に重み持たせられないの?」

 

「真面目に言ったらテンション下がるじゃん?」

 

 相馬は腰に手を当てて、城下町を見下ろした。

 

 石畳の通り。

 露店の並ぶ広場。

 人々の話し声と、馬車の軋む音。

 

「せっかく戦場じゃない街にいるんだしさ。

 美味いもん食って、きれいな服眺めて、

 かわいいお姉さんとお喋りして。

 そういうのも大事でしょ?」

 

「最後の一つだけ余計なんだけど」

 

 マァムが、じとっとした目を向ける。

 

「いやいや、心の栄養ですよ?」

 

「いやいや、じゃない!」

 

 ポップが鋭くツッコんだ。

 

「どうせ女の人に声かけまくるつもりだろ!」

 

「どうせって言うなよ。……まぁ、するけど」

 

「開き直ったわね」

 

 レオナが、ため息まじりに言う。

 

「いい? 相馬」

 

「はいはい」

 

「女の人と話すなとは言わないわ。

 でも、トラブルだけは起こさないで」

 

「それ、だいぶ信用されてない感じするんだけど」

 

「現実を見てるだけよ」

 

 レオナは真顔だ。

 

「あなた、“やろうと思えば”本当に一晩中帰ってこないでしょう」

 

「ぐさっとくる言い方やめて?」

 

 相馬は肩をすくめる。

 

「大丈夫大丈夫。ちゃんと日が暮れるまでには戻ってきますよ、お姫様」

 

「……門限?」

 

「とりあえず、日没まで」

 

「それ以上は認めないからね」

 

 マァムが妥協案を口にする。

 

「今夜はちゃんと休んでおきたいし、

 明日からどう動くかまだ分からないし」

 

「……分かったわ」

 

 レオナは、しぶしぶ頷いた。

 

「日が沈むまで。それが限界」

 

「了解了解」

 

 相馬が手をひらひらさせて坂道を下り始める。

 

 その頭上に、見慣れない表示が浮かんだ。

 

【相馬→城下の女性たち ナンパモード:ON】

 

「なんか出てるんだけど!?」

 

 ポップが指さす。

 

「知らん。システムも楽しんでるんだろ」

 

 相馬は笑いながら、街の人混みへ消えていった。

 

◇ ◇ ◇

 

 ロモスの城下町は、思った以上に活気があった。

 

 香辛料の匂いが漂う屋台。

 楽器を鳴らす若者たち。

 武器屋の前で試し斬りをしている冒険者。

 

「わぁ……!」

 

 ダイが目を輝かせる。

 

「ねぇポップ、あの剣見て! すごい!」

 

「うお、本物のフルプレートだ……!」

 

 少年二人は、完全におのぼり観光モードだった。

 

 一方そのころ――

 

「お姉さん、今ちょっと暇?」

 

「出た」

 

 マァムは、ため息をつきながら隣を見る。

 

 相馬が、果物屋の店先に立つ女性に声をかけていた。

 

 二十代半ばくらい。

 健康的に焼けた肌に、大きな籠を軽々と持ち上げる腕。

 

「よかったら、このあと一緒に軽く何か食べ――」

 

「やめなさいって言ったそばから!」

 

 レオナが、すかさず腕をつかむ。

 

「まだ一言しか喋ってないじゃん」

 

「十分よ」

 

 言い争う二人を見て、果物屋の女性がくすっと笑った。

 

「仲いいわねぇ、あんたたち」

 

「ち、違います!」

 

 レオナとマァムの声が、見事に揃う。

 

【果物屋の女性→相馬 15 → 18/150】

 

【電子音声:好感度システム】

『軽口+王女嫉妬コンボ発生。

 街の人からの評価が微妙に上昇しました』

 

「システム、実況やめなさい!!」

 

 レオナが頭上に向かって叫ぶ。

 

 横で、マァムがそっと袖を引いた。

 

「ねぇ、レオナ」

 

「なに」

 

「さっきの人、大人だったしさ。

 もし本当にご飯くらい行くことになっても――」

 

 マァムは、少しだけ目を伏せた。

 

「“絶対ダメ”って言い切れない自分もいるのよね」

 

「マァムまで何言ってるのよ」

 

「だって……」

 

 マァムは、遠ざかっていく相馬の背中を見る。

 

「いつ戦いでどうなるか分からないじゃない。

 だからこそ、今のうちに“普通の人みたいな時間”を

 少しくらい持たせてあげたいって、思っちゃうの」

 

「…………」

 

 レオナは、言葉に詰まった。

 

(そう……よね)

 

 笑いながら歩いていく背中。

 

 誰かに軽口を飛ばして、

 戦場ではその同じ背中が真っ先に前に出る。

 

(そんな人を好きになったの、わたしなんだもの)

 

 だから、本当は全部禁止にする権利なんて――

 

「でも」

 

 レオナは、小さく息を吐いた。

 

「勝手に“帰ってこない”のは、絶対に許さない」

 

 マァムが、思わず吹き出す。

 

「そこは譲らないんだ」

 

「当然でしょ」

 

 レオナは、見失わないように相馬の背中を追いながら、

 わずかに歩幅を速めた。

 

◇ ◇ ◇

 

 夕方。

 

 市場の喧騒が少しずつ落ち着いて、

 酒場の入口に灯りがともり始める。

 

「じゃ、そろそろ一回城戻る?」

 

 ポップが言う。

 

「オレ、もう足パンパンなんだけど」

 

「そうね」

 

 マァムが頷く。

 

「ダイ、あんまり遅くなる前に――」

 

「あれ?」

 

 ダイが首をかしげた。

 

「相馬、どこ行った?」

 

 さっきまで一緒にいたはずの男の姿が、見当たらない。

 

「……やったわね、あの男」

 

 レオナの目が細くなった。

 

【レオナ→相馬 300/300(監視モード)】

 

「やったって、何を?」

 

「どうせ、どこかの酒場で――」

 

 言いかけて、レオナは口をつぐむ。

 

(決めつけるのは……よくない)

 

 頭のどこかで、そう言い聞かせる声がする。

 

(でも、放っておいたら、本当に一晩帰ってこないかもしれない)

 

 胸の中で、ぐるぐると感情が回る。

 

「レオナ?」

 

 マァムが、心配そうに覗き込む。

 

「……ちょっと、見回りしてくるわ」

 

 レオナはきっぱりと言った。

 

「治安確認よ。治安確認」

 

「はいはい」

 

 ポップが小声でぼやく。

 

「“相馬確認”の間違いだろ、絶対」

 

◇ ◇ ◇

 

 夜のロモスの酒場は、賑やかだった。

 

 木のテーブル。

 泡立つジョッキ。

 楽器の音と、笑い声。

 

「おつかれさまー」

 

 皿を持った看板娘が、テーブルに料理を置く。

 

 濃い色の髪を後ろでまとめ、

 腰に巻いた布がよく似合う、大人の女性だ。

 

「いやぁ、ロモスの料理レベル高いねぇ」

 

 相馬は、ジョッキを片手に笑った。

 

「俺、すっかりファンになりそうだわ」

 

「お世辞でも嬉しいね」

 

 看板娘が、にこりと笑う。

 

「お客さんたち、勇者様なんだって?」

 

「まぁ、候補生ですけどね」

 

 相馬は肩をすくめる。

 

「でもさ」

 

 テーブル越しに、彼女を見る。

 

「世界がどうとか魔王軍がどうとか抜きにして、

 “ただ美味かった”って言える時間って、大事じゃないですか」

 

「……そういうこと言える人、好きよ」

 

 看板娘の頭上で、数字がぴょこんと跳ねた。

 

【看板娘→相馬 22 → 30/150】

 

【電子音声:好感度システム】

『城下大人女性・好感度上昇。

 一晩コースフラグ:20%』

 

「フラグ立てないでくれる?」

 

 相馬が、思わず頭上にツッコむ。

 

「どうかした?」

 

「いや、なんでも」

 

 笑ってごまかす。

 

「このあとさ」

 

 看板娘が、少し身を乗り出した。

 

「片付けが終わったら、裏の中庭で

 ちょっと一杯飲み直さない?」

 

「お、いいですねぇ」

 

 相馬の目が、正直に輝いた。

 

「夜風に当たりながら、酒と大人の会話。

 最高の組み合わせじゃないですか」

 

「じゃ、決まりね」

 

 彼女は、ひらりとウインクをして去っていく。

 

【看板娘→相馬 30 → 36/150】

 

【電子音声:好感度システム】

『一晩コースフラグ:45%』

 

(あー……これは、わりと本気でやばいなぁ)

 

 相馬は、ジョッキを傾けながら内心で苦笑した。

 

(楽しいし、誘われたら行きたくもなるけど……)

 

 脳裏に、別の数字が浮かぶ。

 

【レオナ→相馬 300/300】

【マァム→相馬 120/150】

 

(このまま朝帰りしたら、明日の空気が確実にめんどくさい)

 

 完全にダメな男の思考だと自覚しつつも――

 

「さて、どうするかな」

 

 指先でテーブルをとんとんと叩きながら、考える。

 

◇ ◇ ◇

 

 裏口に続く通路。

 

 相馬が扉に手をかけようとした、その瞬間。

 

「――何をしているのかしら?」

 

 冷たい声が、背中から降ってきた。

 

「おっと」

 

 相馬は、そろりと振り返る。

 

 そこには、ドレスの上にマントを羽織ったレオナが立っていた。

 

 月明かりとランタンの灯りに照らされた横顔は、

 いつもよりほんの少しだけ怖い。

 

「いやぁ、お姫様。こんなところで偶然会うなんて奇遇ですね」

 

「奇遇じゃないわよ」

 

 レオナは、つかつかと近づいてくる。

 

「あなたが“何かやらかしそうな顔”して出ていったから、

 見に来ただけ」

 

「顔で判断されてる!?」

 

「自覚あるでしょ」

 

 レオナは、相馬の腕をがしっと掴んだ。

 

「帰るわよ」

 

「いやいやいや、ちょっと待って」

 

 相馬は慌てて抵抗する。

 

「別に悪いことしようってわけじゃ――」

 

「裏庭で二人きりで飲み直す約束をした直後に、

 “悪いことじゃない”は通らないわよ」

 

「見てたのか」

 

「見てたわよ」

 

 きっぱりと言われ、相馬は苦笑した。

 

「……束縛、強くない?」

 

「自覚はあるから黙ってなさい」

 

 レオナは、ぐいっと腕を引く。

 

「あなたが誰と話しても構わない。

 でも、今夜だけはダメ」

 

「今夜“だけ”?」

 

 思わず聞き返す。

 

「明日以降は?」

 

「明日以降のことは、明日以降考えるわ」

 

 レオナは、ほんの少しだけ目を伏せた。

 

「今日くらいは、わたしたちの側にいなさい」

 

【レオナ→相馬 300/300(独占欲モード)】

 

【電子音声:レオナ(甘々+限界ぎりぎり)】

『他の女の人と笑ってる顔なんて見たくない。

 でも、全部禁止にする資格が自分にあるとも思えない。

 だからせめて、今夜くらいは、わたしたちのほうを向いていて……』

 

「…………」

 

 相馬は、しばらく黙っていた。

 

 やがて、ふっと肩から力を抜く。

 

「はぁ……分かりましたよ、お姫様」

 

「え?」

 

「今日はやめときます」

 

 相馬は、裏口の扉から手を離した。

 

「明日、王様と今後の話もしなきゃいけないし。

 パプニカの件もあるし。

 あんま軽いノリで浮かれてる場合じゃないのも、まぁ事実だしね」

 

「最初から分かってたなら、もっと早くそう言いなさいよ」

 

「分かってても、やりたくなるのが人間なんですよ」

 

 相馬は、少しだけ笑った。

 

「その辺のブレーキ、レオナに任せてる自覚はある」

 

「ブレーキなんて可愛いものじゃないわよ、これ」

 

 レオナは、小さくため息をつく。

 

「正直、自分でも、何を守りたくて何を許したいのか、ぐちゃぐちゃよ」

 

「それでも止めてくれるだけで、こっちとしては十分ありがたいけどね」

 

 相馬は、掴まれた腕を軽く振ってみせた。

 

「で、看板娘さんにはどう説明するの?」

 

「“王女様が迎えに来ちゃってさ”でよくない?」

 

「余計ややこしくなるってば、その言い方」

 

 二人がそんなやり取りを交わしていると、

 ちょうど看板娘が皿を片付けにやって来た。

 

「あら」

 

 レオナと相馬の姿を見て、楽しそうに目を細める。

 

「迎えに来たの?」

 

「ええ」

 

 レオナは、ほんの少しだけ笑顔を作った。

 

「明日、王様と大事な話があるから。

 あまり夜更かしさせるわけにはいかなくて」

 

「そっか」

 

 看板娘は、あっさりした様子で笑う。

 

「残念だけど、仕方ないね。

 またロモスに来たときは寄ってよ」

 

「そのときは、俺のほうからちゃんと予約入れます」

 

 相馬が片手を挙げた。

 

【看板娘→相馬 36 → 38/150】

 

【電子音声:好感度システム】

『一晩コースフラグ:キャンセル。

 代わりに“ちゃんと帰ってくる男”ポイントが少し加算されました』

 

「システム、いちいち名前付けないで」

 

 相馬は、頭上にぼやいた。

 

 レオナは、その横顔を見ながら、

 掴んだ腕に、ほんの少しだけ力を込めた。

 

(今夜くらいは、これでいい)

 

 そう思える自分に、少し驚きながら。

 

◇ ◇ ◇

 

 城に戻った女子用客室。

 

 ベッドの上でマァムがごろりと寝転び、

 枕を抱いたままレオナを見上げる。

 

「で、結局どうなったの?」

 

「未遂よ」

 

 レオナは、あっさり答えた。

 

「酒場の看板娘さんといい感じになってたから、迎えに行って、連れ戻しただけ」

 

「だけ、ねぇ」

 

 マァムが、ニヤニヤしながら言う。

 

「嫉妬してたでしょ」

 

「……してないとは言わないわ」

 

 レオナは、あっさり認めた。

 

「頭の中で、“今日くらい好きにさせてあげればいいじゃない”って声と、

 “今夜帰ってこなかったらぶん殴る”って声が一日中ケンカしてたもの」

 

「うわぁ……」

 

 マァムが、素直な感想を漏らす。

 

「自覚はあるのね」

 

「あるわよ」

 

 レオナは、窓辺に置いた鍵付きの小箱に視線を移した。

 

 中には、さっき作った尻尾ポーションの瓶が三本、

 静かに並んでいる。

 

「好感度300って、実際どんな感じ?」

 

 マァムが、少し真面目な声で聞いてきた。

 

「数字だけじゃ、いまいち想像つかないんだけど」

 

「……そうね」

 

 レオナは、少し考えてから口を開く。

 

「一日のうち、“相馬のことを一切考えてない時間”が、ほとんどない感じ」

 

「うわぁ」

 

「ご飯食べてるときも、作戦考えてるときも、城下歩いてるときも」

 

 自分で言いながら、苦笑する。

 

「視界に入った女の人の頭上の数字が動くたびに、胸の奥が変に熱くなるし。

 それでも、“全部禁止にはできない”って思っちゃってるから、余計タチが悪いの」

 

【レオナ→相馬 300/300(執着・安定)】

 

【電子音声:レオナ(甘々+自覚アリ)】

『たぶんもう戻れない。

 “普通の王女”だったころの感覚には』

 

「でもね、今日のレオナ見てて」

 

 マァムが、ぽつりと言った。

 

「わたし、簡単には諦められないなって思った」

 

「……どういう意味?」

 

「好きの種類はちょっと違うかもしれないけど」

 

 マァムは、枕を抱きしめたまま笑う。

 

「わたしだって、相馬さんが別の女の人と笑ってるの、

 平気な顔して見ていられるほど大人じゃないもの」

 

【マァム→相馬 120 → 123/150】

 

【電子音声:マァム(甘々+苦笑い)】

『医者として冷静でいたいのに、

 女の子としてはぐちゃぐちゃな感情が出てくる。

 どっちも自分なんだよね……』

 

「……ほんと、タチの悪いパーティね、うち」

 

 レオナが、小さく笑った。

 

「尻尾ポーションの口移し条件なんて、

 わざわざ誰得な設定つけてくるし」

 

「条件の話だけどさ」

 

 マァムが、姿勢を起こす。

 

「改めて確認しておきたいの。

 “実行するとき”のこと」

 

「ええ」

 

 レオナも姿勢を正した。

 

「ポーションを飲ませるときは、医療行為としてあなたに任せるわ。

 でも、“いつ飲ませるか”“飲ませるかどうか”は――」

 

「レオナと相馬さん、二人で決めるのが一番だと思う」

 

 マァムが先に言った。

 

「わたしは、その決定に責任を持つ側。

 でも、最後の“はい”は、あの二人が言うべきだと思う」

 

「……ありがとう」

 

 レオナは、静かに礼を言った。

 

「わたし、自分の“好き”であの人を縛りたくないの。

 だから、二人で決める」

 

「そのときのために」

 

 マァムが、窓のほうを見る。

 

「ちゃんとポーションを、安全に保管しとこう。

 瓶の中身が変質してたら、元も子もないからね」

 

「頼りにしてるわ、医者さん」

 

 レオナは、少しだけ微笑んだ。

 

「……ちょっと、頭冷やしてくる」

 

 そう言って、窓のカーテンを少しだけ開ける。

 

「夜風に当たってくるわ」

 

「うん。あんまり遅くならないでね」

 

◇ ◇ ◇

 

 クロコダインとの戦いを乗り越えた勇者候補たち。

 獣王の尻尾をポーションに変え、妙な条件付きの“保険”を手に入れた危険な男。

 そして、その男を見つめる王女と僧侶。

 

「次の舞台は……パプニカか」

 

 ぽつりと呟く。

 

 城下の灯りが、点々と輝いている。

 その向こうには、もう闇しか見えない。

 

 闇の向こうで、何かが静かに動き始めている気配だけがあった。

 

 その夜、ロモスの空には雲ひとつなく、

 月だけが静かに輝いていた。

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