オーバーヒート(AI小説) 作:匿名希望
ロモスの城下町は、昼どきの匂いで満ちていた。
焼きたてのパン。鍛冶場の鉄。香辛料の屋台。――そして、なぜか一行の背後にだけ漂う、ほんのりワニ革の匂い。
「うわ、もう城が見える! 早いな!」
「いいじゃんいいじゃん。足取り軽いのは、元気な証拠だぞ、ダイ」
先頭のダイが振り返って笑う。
その横で相馬が何でもない顔で頷いた――その瞬間。
少し後ろを歩くレオナが、視線を吸い寄せられる。
……顔。
どういう理屈か分からないのに、毎回、刺さる。
刺さり方が、いちいち“致命的”みたいに刺さる。
【レオナ】
相馬 300/300
(……うん、今日も元気にカンストしてる。全然かわいくない)
レオナは心の中で毒づきながら、相馬の背中に向かって小さく拳を握った。
握った拳の勢いが行き場をなくして、結局――相馬の腕を掴む。
「……何よ」
「アンタ、歩くの速すぎ」
言い訳は完璧。
腕を掴む理由としては。
なお、マァムのほうはというと。
相馬が少し横を向いた、その“横顔”だけで、胸の奥の何かがギュッと鳴った。
【マァム】
相馬 120/150
(かっこいい。ほんとに……反則……!)
ダメだ。見ない。
と決めたのに、見てしまう。
見たら負け――だから、いつも負ける。
「……マァム、顔、赤いぞ?」
ポップだけが、全てを察した顔で天を仰いだ。
「……ロモス着く前に俺の胃が死ぬ。マジで死ぬ」
◇ ◇ ◇
城門の前。
衛兵が、見覚えのある顔に目を丸くする。
「おお! 勇者候補と……パプニカの王女殿下! それと――」
「それと?」
「えっと……それと……その……」
衛兵の視線が、相馬の顔に当たったところで、衛兵の頭上にパネルがふわっと浮いた。
【ロモス衛兵】
レオナ 118/150(尊敬)
ダイ 84/150(期待)
相馬 42/150(困惑)
「……『困惑』って何だよ、その雑な評価」
「いや、アンタの場合は仕方ないでしょ! 初手から“困惑”って出る人そうそういないわよ!」
レオナが即ツッコミを入れる。
相馬は肩をすくめて、さらっと言った。
「つまり俺、見ただけで説明追いつかないタイプってことだな。目立つ男はつらいねぇ」
「違う! つらいのは周りのほうだから!!」
ポップが叫ぶと、衛兵は咳払いして姿勢を正した。
「ご用件は?」
「城の研究室をお借りしたいの」
レオナの声は、指揮官のそれになっていた。
その“切り替えの早さ”だけは、いつ見てもすごい。
衛兵は頷き、門を開ける。
「陛下には既に通達が。どうぞ――」
その途中、相馬が通路の向こうを見て、ふっと笑った。
「お、いい城じゃん。雰囲気あるな」
その笑顔を――視界に入れた瞬間。
レオナの胸の奥が、甘いのに痛い音を立てた。
痛いのに、離したくない。
(やめて……その顔、無差別兵器すぎる)
そしてマァムも、同じ方向を――見てしまった。
「……っ」
喉が詰まる。
いや、違う。詰まってるのは、たぶん心のほうだ。
◇ ◇ ◇
謁見の間。
ロモス王は白いヒゲを揺らし、椅子の上で豪快に笑った。
「おお、来たか! 勇者候補たちよ!」
「お招きありがとうございます、陛下。失礼します」
レオナが一礼する。
王は相馬を見て、ニヤリとする。
「……例の異邦人も、元気そうだな」
「おかげさまで。今日はちょっと、治療してもらいに来ました」
「治療?」
レオナが前に出て、袋を取り出した。
中身は――獣王の尻尾の皮。ぴらり。
その瞬間、謁見の間の空気が一段、変な方向にざわつく。
「……それは」
「“今の相馬”を元に戻すための、治療薬の材料です」
王は目を瞬かせたあと、相馬を見る。
「元に戻す……? 今は、何がどうなっておる」
「まあ……そうですね。ちょっと今、恋愛方面で世界がやかましくなってまして」
相馬がさらっと言った瞬間、王の頭上のパネルがふわっと点灯した。
【ロモス王】
レオナ 69/150(信頼)
ダイ 62/150(期待)
相馬 34/150(警戒混じり)
「警戒混じり、分かるぅ……」
「おいポップ、王様に妙な共感すんな」
レオナは王にまっすぐ告げる。
「研究室をお貸しください。治療が終われば、余計な“面倒”がひとつ減ります」
「面倒……」
「はい。大変、特に私たちの心に」
王は、数秒だけ考えた。
そして――豪快に頷く。
「わかった。ただし、爆発するなら城の外でやれ!」
「爆発前提なのやめろ!!」
◇ ◇ ◇
研究室へ向かう廊下。
案内役の老臣は淡々と歩いている――はずだったが、途中で急に足を止めた。
ちょうどそこに、メイド服の女性が通りかかったのだ。
相馬が、反射で笑う。
「こんにちは。この城って、働きやすい? 君が楽しそうにしてるから、ちょっと気になってさ」
――言った。
さらっと、言った。
メイドが一瞬きょとんとしてから、ふっと笑った。
「さあ。お客様次第ですわ」
その瞬間。
レオナの中で、何かが“カチ”と音を立てて外れた。
視界の端で、相馬の横顔。
やっぱり顔。
やっぱり刺さる。
やっぱり、嫉妬が刺さる。
レオナは無言で相馬の脇腹をつねった。
「いてっ!?」
「イライラさせないで、相馬」
「ひでぇなおい!」
そのやり取りを見ながら、マァムの胸の奥もチクリと痛んだ。
さっきの軽い声かけと、今の距離の近さ。両方まとめて、妙に腹が立つし、同じくらい恥ずかしい。
マァムはわざと大きく咳払いして声を張った。
「……そんなことしてる場合じゃないでしょ! とにかく治療が先! ね、相馬!!」
「マジで頼むから話進めてくれよ! このままだと治療前に俺が死ぬ!! 胃とか精神とか、いろいろと!!」
老臣は何も言わず、ただ一歩だけ歩みを速めた。
“見なかったことにする”という、城仕えの技が静かに発動していた。
◇ ◇ ◇
研究室は、思ったより本格的だった。
瓶、試薬、蒸留器、乾燥させた薬草の束。
そして壁際には、魔法陣の描かれた台座。
「……おお、これは」
「すごい……!」
ダイが目を輝かせる。
マァムは手袋を借り、さっそく作業の段取りを組み始めた。
「まずは抽出。皮の表面成分を溶かして、余分な匂いを飛ばす」
「頼むから、匂い飛ばすのは最優先で……!」
相馬が切実に言う。
レオナは腕を組み、全員を見回した。
「いい? ここでの失敗は許されない。相馬の治療よ」
「はいはい。指揮官、今日は真面目モードだな」
「あなたは黙って材料を渡しなさい」
相馬が渡した尻尾の皮が、台座の上で光を受けて鈍く光る。
その瞬間、空中に“例の”表示が出た。
【好感度表示システム:羞恥モード(医療拡張)】
『材料確認:獣王由来・高耐性・皮膚系。
用途:患者の“恋愛系ノイズ”の除去補助。
注意:本品は飲用より投与が推奨されます。』
「出た……! 説明が長いほうの悪夢!!」
「……“恋愛系ノイズ”って、やっぱり公式なんだ……」
マァムが額を押さえる。
ポップが鍋を覗き込みながら言った。
「で? 煮るの? 焼くの? 爆発させるの?」
「爆発させない! 加熱は弱火で。ポップ、メラ使うなら小さく!」
「分かったよ!」
ポップが指を鳴らす。
「メラ!」
……ボワッ。
小火球が、想像より“やる気”を出した。
「熱っ!? 熱っ!!」
「だから小さくって言ったでしょ!!」
「今の俺のメラ、テンションが勝手に――」
「テンションで火力を決めるな!」
マァムが即座に鍋を持ち上げ、台座から外して距離を取る。
レオナは杖を掲げ、冷静に。
「ヒャド」
冷気が走り、鍋が“ギリギリ焦げない温度”まで落ち着いた。
相馬は感心した顔で頷く。
「おー、連携よくなってきたじゃん。いいね、こういうの」
「余計な感想いらない」
「はいはい」
そして、抽出は進む。
嫌な匂いも、だいぶ薄れる。
……薄れたが、ゼロにはならない。
「……うん。これ、匂い残るタイプ」
「当たり前よ! 獣王の尻尾なのよ!?」
「でも、これが“命を繋ぐ匂い”って思えば……」
「美談にしない!」
◇ ◇ ◇
瓶の中で、琥珀色の液体が揺れていた。
小さな泡が、ぷつぷつと上がる。
完成。
その途端、空中にまた表示が出る。
【好感度表示システム:羞恥モード(医療拡張)】
『尻尾ポーション:完成。
用法:口腔投与(口移し)推奨。
補足:術者の好意が一定以上の場合、効果が安定します。
注意:医療行為です。医療行為です。医療行為です(強調)。』
「三回言うな!!」
「……強調しないと、誰かが変な方向に受け取るからよ」
「誰だよ、その“誰か”」
「あなたよ」
レオナが一切の迷いなく刺した。
マァムは深呼吸し、瓶を持つ。
「……じゃあ、やる。治療だから」
「お、覚悟決まった?」
「相馬、茶化したらホントに殴るから」
相馬は両手を上げた。
「大丈夫、今日の俺は患者。真面目に受けるから安心して」
その瞬間、レオナが一歩前に出る。
「待って」
「……レオナ?」
「わたしも関与する。責任者だから」
“責任者”。
言葉は完璧。
目は、全然完璧じゃない。
嫉妬と独占欲と、不安と、確信を求める熱が渦巻いている。
そして、相馬の顔を見てしまったことで、さらに悪化している。
【レオナ】
相馬 300/300
マァムが硬い声で言う。
「……レオナ。これは治療」
「分かってる。だからこそ、見届けるの」
ポップが裏返った声を出した。
「『見届ける』って言い方が怖いんだよ!!」
「ポップは黙って壁見てなさい」
「なんで俺だけ刑罰みたいになってんの!?」
ダイが首を傾げる。
「えっと……薬を、口から……? それって、どうやるんだ?」
「ダイ、説明しなくていい!」
「う、うん!」
マァムは瓶を握り直した。
「……相馬。座って」
「了解、患者席な」
相馬が椅子に腰を下ろす。
マァムは瓶の中身を少量口に含み――
そこから先は、本当に一瞬だった。
手順は簡潔で、迷いが入る隙がなくて。
だからこそ、変に意識する前に終わった。
そして、終わった“直後”。
マァムの頭上で、パネルが柔らかく瞬いた。
【電子音声:マァム(甘々+現実)】
『……治ったら、手、握って歩いて。
治療の報酬。……だめ?』
「だーーーーっ!! 勝手に! 勝手に言うなーーーっ!!」
マァムが真っ赤になって叫ぶ。
相馬は咳払いを一つして、視線を逸らす。
「……お、おう。検討しとく」
「検討すな!! 今すぐ忘れなさい!!」
ポップが壁に額を打ち付ける。
「俺、今、壁の模様しか見てないのに胃が痛い……」
レオナは一歩も動かず、相馬の顔を見ていた。
見てしまっていた。
見届けるって言ったから。
――言い訳が立つから。
(……治った? 今ので? ちゃんと?)
不自然な不安が、胸の奥を引っ掻く。
確認しないと落ち着かない。
確認したい。
今ここで。
そして、好感度システムが、それを見逃すはずもなく。
【電子音声:レオナ(甘々・圧)】
『……次は、わたし。
“わたしが一番”って、ちゃんと分かる形で……お願い』
「……っ」
レオナは無言で、杖の先を床にトン、と置いた。
理性で“平静”を作って、口を開く。
「……追加投与をするわ。念のため」
「念のためって……」
「念のため」
「目が全然『念のため』じゃないんだよ……!」
ポップが半泣きでツッコむ。
相馬は、観念したように頷いた。
「分かった分かった。念のためな」
レオナは瓶を受け取った。
治療として必要な分だけ。
手順は短く、迷いなく。
――ここでも、時間にすれば本当に一瞬。
終わった後、レオナは相馬の服の袖を掴んだまま離さない。
離さない理由は……たぶん、ない。
「……今、平気?」
「平気平気。……多分な」
相馬が言う。
その“多分”に、レオナの眉がわずかに動いた。
「多分じゃなくて、はっきりと言いなさい」
「多分としか言えねえよ!」
レオナは真顔だ。
真顔のまま、脇腹をもう一回つねった。
「いってぇ!」
「確認よ」
「それ確認じゃない!!」
マァムが咳払いして、場を戻す。
「……で? 相馬、どう? 頭、変な感じしない?」
「変な感じ……」
相馬は少しだけ目を閉じて――すぐ開けた。
「……あー。俺、さっきまで、けっこう余計なことベラベラ言ってた気がする」
「やっと自覚した!?」
「いや、楽しかったけどな」
「楽しかったで済ませない!」
マァムが拳を握る。
レオナは相馬の腕を掴む力を、さらに強くする。
そこで、レオナは一拍おいてから、視線をそらさずに続けた。
「……でも、もしちゃんと治ったなら、一つだけ約束して」
「約束?」
「これからは、誰にでも同じ顔でチャラチャラするんじゃなくて――」
「お、おう」
「ちゃんと、いちばん長く見る相手はわ、わたしにしなさい」
ストレートな言葉に、場の空気が一瞬止まる。
「……それくらいのワガママ、聞いてくれるわよね?」
ポップが頭を抱えた。
「それがいっちばん重いワガママなんだよ……」
「もうやだこの研究室……」
そして最後に、好感度システムが締めに入る。
【好感度表示システム:羞恥モード(医療拡張)】
『投与:完了。
患者の恋愛系ノイズ:低下傾向。
補足:術後の安静と、軽い安心供給(手を握る/頭を撫でる等)が推奨されます。
※医療行為です(四回目)。』
「四回言うな!!」
「……でも、最後の補足、やたら具体的じゃない?」
「具体的なのは……やめて……!」
マァムが顔を覆う。
レオナは、相馬の袖を掴んだまま――離さない理由も、やっぱり言わない。
ロモス城の廊下に、今日も平和な悲鳴が響く。
治ったはずの“恋愛系ノイズ”は、なぜかまだ少しだけ残っている気がする。