オーバーヒート(AI小説)   作:匿名希望

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新26話 投与

 

 

 ロモスの城下町は、昼どきの匂いで満ちていた。

 焼きたてのパン。鍛冶場の鉄。香辛料の屋台。――そして、なぜか一行の背後にだけ漂う、ほんのりワニ革の匂い。

 

「うわ、もう城が見える! 早いな!」

「いいじゃんいいじゃん。足取り軽いのは、元気な証拠だぞ、ダイ」

 

 先頭のダイが振り返って笑う。

 その横で相馬が何でもない顔で頷いた――その瞬間。

 

 少し後ろを歩くレオナが、視線を吸い寄せられる。

 

 ……顔。

 

 どういう理屈か分からないのに、毎回、刺さる。

 刺さり方が、いちいち“致命的”みたいに刺さる。

 

【レオナ】

 相馬 300/300

 

(……うん、今日も元気にカンストしてる。全然かわいくない)

 

 レオナは心の中で毒づきながら、相馬の背中に向かって小さく拳を握った。

 握った拳の勢いが行き場をなくして、結局――相馬の腕を掴む。

 

「……何よ」

「アンタ、歩くの速すぎ」

 

 言い訳は完璧。

 腕を掴む理由としては。

 

 なお、マァムのほうはというと。

 

 相馬が少し横を向いた、その“横顔”だけで、胸の奥の何かがギュッと鳴った。

 

【マァム】

 相馬 120/150

 

(かっこいい。ほんとに……反則……!)

 

 ダメだ。見ない。

 と決めたのに、見てしまう。

 見たら負け――だから、いつも負ける。

 

「……マァム、顔、赤いぞ?」

 

 ポップだけが、全てを察した顔で天を仰いだ。

 

「……ロモス着く前に俺の胃が死ぬ。マジで死ぬ」

 

◇ ◇ ◇

 

 城門の前。

 

 衛兵が、見覚えのある顔に目を丸くする。

 

「おお! 勇者候補と……パプニカの王女殿下! それと――」

「それと?」

「えっと……それと……その……」

 

 衛兵の視線が、相馬の顔に当たったところで、衛兵の頭上にパネルがふわっと浮いた。

 

【ロモス衛兵】

 レオナ 118/150(尊敬)

 ダイ  84/150(期待)

 相馬  42/150(困惑)

 

「……『困惑』って何だよ、その雑な評価」

「いや、アンタの場合は仕方ないでしょ! 初手から“困惑”って出る人そうそういないわよ!」

 

 レオナが即ツッコミを入れる。

 相馬は肩をすくめて、さらっと言った。

 

「つまり俺、見ただけで説明追いつかないタイプってことだな。目立つ男はつらいねぇ」

「違う! つらいのは周りのほうだから!!」

 

 ポップが叫ぶと、衛兵は咳払いして姿勢を正した。

 

「ご用件は?」

「城の研究室をお借りしたいの」

 

 レオナの声は、指揮官のそれになっていた。

 その“切り替えの早さ”だけは、いつ見てもすごい。

 

 衛兵は頷き、門を開ける。

 

「陛下には既に通達が。どうぞ――」

 

 その途中、相馬が通路の向こうを見て、ふっと笑った。

 

「お、いい城じゃん。雰囲気あるな」

 

 その笑顔を――視界に入れた瞬間。

 

 レオナの胸の奥が、甘いのに痛い音を立てた。

 痛いのに、離したくない。

 

(やめて……その顔、無差別兵器すぎる)

 

 そしてマァムも、同じ方向を――見てしまった。

 

「……っ」

 

 喉が詰まる。

 いや、違う。詰まってるのは、たぶん心のほうだ。

 

◇ ◇ ◇

 

 謁見の間。

 

 ロモス王は白いヒゲを揺らし、椅子の上で豪快に笑った。

 

「おお、来たか! 勇者候補たちよ!」

「お招きありがとうございます、陛下。失礼します」

 

 レオナが一礼する。

 

 王は相馬を見て、ニヤリとする。

 

「……例の異邦人も、元気そうだな」

「おかげさまで。今日はちょっと、治療してもらいに来ました」

 

「治療?」

 

 レオナが前に出て、袋を取り出した。

 中身は――獣王の尻尾の皮。ぴらり。

 

 その瞬間、謁見の間の空気が一段、変な方向にざわつく。

 

「……それは」

「“今の相馬”を元に戻すための、治療薬の材料です」

 

 王は目を瞬かせたあと、相馬を見る。

 

「元に戻す……? 今は、何がどうなっておる」

「まあ……そうですね。ちょっと今、恋愛方面で世界がやかましくなってまして」

 

 相馬がさらっと言った瞬間、王の頭上のパネルがふわっと点灯した。

 

【ロモス王】

 レオナ 69/150(信頼)

 ダイ  62/150(期待)

 相馬  34/150(警戒混じり)

 

「警戒混じり、分かるぅ……」

「おいポップ、王様に妙な共感すんな」

 

 レオナは王にまっすぐ告げる。

 

「研究室をお貸しください。治療が終われば、余計な“面倒”がひとつ減ります」

「面倒……」

「はい。大変、特に私たちの心に」

 

 王は、数秒だけ考えた。

 そして――豪快に頷く。

 

「わかった。ただし、爆発するなら城の外でやれ!」

「爆発前提なのやめろ!!」

 

◇ ◇ ◇

 

 研究室へ向かう廊下。

 

 案内役の老臣は淡々と歩いている――はずだったが、途中で急に足を止めた。

 ちょうどそこに、メイド服の女性が通りかかったのだ。

 

 相馬が、反射で笑う。

 

「こんにちは。この城って、働きやすい? 君が楽しそうにしてるから、ちょっと気になってさ」

 

 ――言った。

 

 さらっと、言った。

 

 メイドが一瞬きょとんとしてから、ふっと笑った。

 

「さあ。お客様次第ですわ」

 

 その瞬間。

 

 レオナの中で、何かが“カチ”と音を立てて外れた。

 視界の端で、相馬の横顔。

 やっぱり顔。

 やっぱり刺さる。

やっぱり、嫉妬が刺さる。

 

 レオナは無言で相馬の脇腹をつねった。

 

「いてっ!?」

「イライラさせないで、相馬」

「ひでぇなおい!」

 

 そのやり取りを見ながら、マァムの胸の奥もチクリと痛んだ。

 さっきの軽い声かけと、今の距離の近さ。両方まとめて、妙に腹が立つし、同じくらい恥ずかしい。

マァムはわざと大きく咳払いして声を張った。

 

「……そんなことしてる場合じゃないでしょ! とにかく治療が先! ね、相馬!!」

 

「マジで頼むから話進めてくれよ! このままだと治療前に俺が死ぬ!! 胃とか精神とか、いろいろと!!」

 

 老臣は何も言わず、ただ一歩だけ歩みを速めた。

 “見なかったことにする”という、城仕えの技が静かに発動していた。

 

◇ ◇ ◇

 

 研究室は、思ったより本格的だった。

 瓶、試薬、蒸留器、乾燥させた薬草の束。

 そして壁際には、魔法陣の描かれた台座。

 

「……おお、これは」

「すごい……!」

 

 ダイが目を輝かせる。

 マァムは手袋を借り、さっそく作業の段取りを組み始めた。

 

「まずは抽出。皮の表面成分を溶かして、余分な匂いを飛ばす」

「頼むから、匂い飛ばすのは最優先で……!」

 

 相馬が切実に言う。

 

 レオナは腕を組み、全員を見回した。

 

「いい? ここでの失敗は許されない。相馬の治療よ」

「はいはい。指揮官、今日は真面目モードだな」

「あなたは黙って材料を渡しなさい」

 

 相馬が渡した尻尾の皮が、台座の上で光を受けて鈍く光る。

 

 その瞬間、空中に“例の”表示が出た。

 

【好感度表示システム:羞恥モード(医療拡張)】

『材料確認:獣王由来・高耐性・皮膚系。

 用途:患者の“恋愛系ノイズ”の除去補助。

 注意:本品は飲用より投与が推奨されます。』

 

「出た……! 説明が長いほうの悪夢!!」

「……“恋愛系ノイズ”って、やっぱり公式なんだ……」

 

 マァムが額を押さえる。

 

 ポップが鍋を覗き込みながら言った。

 

「で? 煮るの? 焼くの? 爆発させるの?」

「爆発させない! 加熱は弱火で。ポップ、メラ使うなら小さく!」

「分かったよ!」

 

 ポップが指を鳴らす。

 

「メラ!」

 

 ……ボワッ。

 

 小火球が、想像より“やる気”を出した。

 

「熱っ!? 熱っ!!」

「だから小さくって言ったでしょ!!」

「今の俺のメラ、テンションが勝手に――」

「テンションで火力を決めるな!」

 

 マァムが即座に鍋を持ち上げ、台座から外して距離を取る。

 レオナは杖を掲げ、冷静に。

 

「ヒャド」

 

 冷気が走り、鍋が“ギリギリ焦げない温度”まで落ち着いた。

 相馬は感心した顔で頷く。

 

「おー、連携よくなってきたじゃん。いいね、こういうの」

「余計な感想いらない」

「はいはい」

 

 そして、抽出は進む。

 嫌な匂いも、だいぶ薄れる。

 ……薄れたが、ゼロにはならない。

 

「……うん。これ、匂い残るタイプ」

「当たり前よ! 獣王の尻尾なのよ!?」

「でも、これが“命を繋ぐ匂い”って思えば……」

「美談にしない!」

 

◇ ◇ ◇

 

 瓶の中で、琥珀色の液体が揺れていた。

 小さな泡が、ぷつぷつと上がる。

 

 完成。

 

 その途端、空中にまた表示が出る。

 

【好感度表示システム:羞恥モード(医療拡張)】

『尻尾ポーション:完成。

 用法:口腔投与(口移し)推奨。

 補足:術者の好意が一定以上の場合、効果が安定します。

 注意:医療行為です。医療行為です。医療行為です(強調)。』

 

「三回言うな!!」

「……強調しないと、誰かが変な方向に受け取るからよ」

「誰だよ、その“誰か”」

「あなたよ」

 

 レオナが一切の迷いなく刺した。

 

 マァムは深呼吸し、瓶を持つ。

 

「……じゃあ、やる。治療だから」

「お、覚悟決まった?」

「相馬、茶化したらホントに殴るから」

 

 相馬は両手を上げた。

 

「大丈夫、今日の俺は患者。真面目に受けるから安心して」

 

 その瞬間、レオナが一歩前に出る。

 

「待って」

「……レオナ?」

「わたしも関与する。責任者だから」

 

 “責任者”。

 言葉は完璧。

 目は、全然完璧じゃない。

 嫉妬と独占欲と、不安と、確信を求める熱が渦巻いている。

 

 そして、相馬の顔を見てしまったことで、さらに悪化している。

 

【レオナ】

 相馬 300/300

 

 マァムが硬い声で言う。

 

「……レオナ。これは治療」

「分かってる。だからこそ、見届けるの」

 

 ポップが裏返った声を出した。

 

「『見届ける』って言い方が怖いんだよ!!」

「ポップは黙って壁見てなさい」

「なんで俺だけ刑罰みたいになってんの!?」

 

 ダイが首を傾げる。

 

「えっと……薬を、口から……? それって、どうやるんだ?」

「ダイ、説明しなくていい!」

「う、うん!」

 

 マァムは瓶を握り直した。

 

「……相馬。座って」

「了解、患者席な」

 

 相馬が椅子に腰を下ろす。

 マァムは瓶の中身を少量口に含み――

 

 そこから先は、本当に一瞬だった。

 手順は簡潔で、迷いが入る隙がなくて。

 だからこそ、変に意識する前に終わった。

 

 そして、終わった“直後”。

 

 マァムの頭上で、パネルが柔らかく瞬いた。

 

【電子音声:マァム(甘々+現実)】

『……治ったら、手、握って歩いて。

 治療の報酬。……だめ?』

 

「だーーーーっ!! 勝手に! 勝手に言うなーーーっ!!」

 

 マァムが真っ赤になって叫ぶ。

 相馬は咳払いを一つして、視線を逸らす。

 

「……お、おう。検討しとく」

「検討すな!! 今すぐ忘れなさい!!」

 

 ポップが壁に額を打ち付ける。

 

「俺、今、壁の模様しか見てないのに胃が痛い……」

 

 レオナは一歩も動かず、相馬の顔を見ていた。

 見てしまっていた。

 見届けるって言ったから。

 ――言い訳が立つから。

 

(……治った? 今ので? ちゃんと?)

 

 不自然な不安が、胸の奥を引っ掻く。

 確認しないと落ち着かない。

 確認したい。

 今ここで。

 

 そして、好感度システムが、それを見逃すはずもなく。

 

【電子音声:レオナ(甘々・圧)】

『……次は、わたし。

 “わたしが一番”って、ちゃんと分かる形で……お願い』

 

「……っ」

 

 レオナは無言で、杖の先を床にトン、と置いた。

 理性で“平静”を作って、口を開く。

 

「……追加投与をするわ。念のため」

「念のためって……」

「念のため」

「目が全然『念のため』じゃないんだよ……!」

 

 ポップが半泣きでツッコむ。

 

 相馬は、観念したように頷いた。

 

「分かった分かった。念のためな」

 

 レオナは瓶を受け取った。

 治療として必要な分だけ。

 手順は短く、迷いなく。

 ――ここでも、時間にすれば本当に一瞬。

 

 終わった後、レオナは相馬の服の袖を掴んだまま離さない。

 離さない理由は……たぶん、ない。

 

「……今、平気?」

「平気平気。……多分な」

 

 相馬が言う。

 

 その“多分”に、レオナの眉がわずかに動いた。

 

「多分じゃなくて、はっきりと言いなさい」

「多分としか言えねえよ!」

 

 レオナは真顔だ。

 真顔のまま、脇腹をもう一回つねった。

 

「いってぇ!」

「確認よ」

「それ確認じゃない!!」

 

 マァムが咳払いして、場を戻す。

 

「……で? 相馬、どう? 頭、変な感じしない?」

「変な感じ……」

 

 相馬は少しだけ目を閉じて――すぐ開けた。

 

「……あー。俺、さっきまで、けっこう余計なことベラベラ言ってた気がする」

「やっと自覚した!?」

「いや、楽しかったけどな」

「楽しかったで済ませない!」

 

 マァムが拳を握る。

 レオナは相馬の腕を掴む力を、さらに強くする。

 

 そこで、レオナは一拍おいてから、視線をそらさずに続けた。

 

「……でも、もしちゃんと治ったなら、一つだけ約束して」

「約束?」

 

「これからは、誰にでも同じ顔でチャラチャラするんじゃなくて――」

「お、おう」

「ちゃんと、いちばん長く見る相手はわ、わたしにしなさい」

 

 ストレートな言葉に、場の空気が一瞬止まる。

 

「……それくらいのワガママ、聞いてくれるわよね?」

 

 ポップが頭を抱えた。

 

「それがいっちばん重いワガママなんだよ……」

 

「もうやだこの研究室……」

 

 そして最後に、好感度システムが締めに入る。

 

【好感度表示システム:羞恥モード(医療拡張)】

『投与:完了。

 患者の恋愛系ノイズ:低下傾向。

 補足:術後の安静と、軽い安心供給(手を握る/頭を撫でる等)が推奨されます。

 ※医療行為です(四回目)。』

 

「四回言うな!!」

「……でも、最後の補足、やたら具体的じゃない?」

「具体的なのは……やめて……!」

 

 マァムが顔を覆う。

 レオナは、相馬の袖を掴んだまま――離さない理由も、やっぱり言わない。

 

 ロモス城の廊下に、今日も平和な悲鳴が響く。

 治ったはずの“恋愛系ノイズ”は、なぜかまだ少しだけ残っている気がする。

 

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