オーバーヒート(AI小説) 作:匿名希望
ロモス城の朝は、静かだった。
――少なくとも、廊下までは。
客室の一つ。
厚いカーテンの隙間から、細い光が差し込んでいる。
ベッドの上で、レオナはうつ伏せになったまま、ぴくりとも動かなかった。
(おちつけ……落ち着きなさい、わたし)
自分に言い聞かせながら、そっと片目だけ開ける。
天井の端に、いつものパネル。
【レオナ】
相馬 300/300
真っ赤な数字。
いつもどおり。
それなのに――
(中身のほうは、絶賛オーバーヒート中なんだけど)
思い出してしまった。
昨日の研究室。
琥珀色の液体。
緊張で乾く喉。
自分で「責任者だから」なんて言いながら、結局かなりのテンションで――
(医療だったのよ。医療。
完全に医療……だった、はずなんだけど……!)
そこまで思い出したところで、布団の中でバクハツした。
「うああああああああああああああ!!!!!」
声にならない悲鳴を枕に押しつけながら、ベッドの上でローリング。
右へ。
左へ。
枕を抱えて。
シーツごと丸まりながら。
「なんで……なんであんな勢いでやっちゃったのよ昨日のわたしーーー!!」
【好感度表示システム:羞恥モード Ver.4.9】
『昨夜の医療ログを再生しますか?』
「しない!! 二度と!!」
即答したのに、空中にはしっかりと別ウィンドウが開いていた。
【尻尾ポーション投与記録】
・投与対象:相馬ユーザー
・投与者A:マァムユーザー(好感度120以上)
→ 標準的・真面目な医療行為。効果良好。
・投与者B:レオナユーザー(好感度300/上限)
→ 好意の比重が重すぎたため、薬効が一部“とろける系羞恥”に変換されました。
→ 医療テンション:やや興奮気味。
「最後の一行いらないでしょ!!」
枕を投げつけても、ウィンドウは消えない。
【補足:昨夜のレオナユーザー発言】
『これからは……いちばん長く見る相手は、わ、わたしにしなさい』
「だめぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
再びローリング。
自分の声が、妙に生々しく再生されたせいで、羞恥が一周して頭まで真っ白になる。
【電子音声:レオナ(甘々+床ローリング中)】
『……よりによって“いちばん長く見る相手”とか……
普段なら絶対そんなセリフ言わないのに……
医療テンションこわい……しゅき……』
「だから勝手に総括するなって言ってるでしょ!!」
息を切らしながら、レオナは仰向けになった。
天井。
朝の光。
そして、容赦なくぶら下がっている300/300。
(……でも)
昨夜の“それ”を思い出すと、胸の奥がまだちくちくする。
マァムが真面目な顔で治療をしてくれたこと。
そのあと、自分が“念のため”なんて言いながら、ほとんど勢いで動いたこと。
そして。
(“わたしを一番、見なさい”なんて……)
あれは――完全に、我がままだ。
王女としてじゃない。
指揮官としてでもない。
一人の人間としての、直球。
思い出すたび、布団にくるまって消えてしまいたくなる。
【電子音声:レオナ(甘々+自己嫌悪)】
『でも、言わずにはいられなかった……
この想い、もう詰めるとこないくらい詰まってるんだもん……』
返す言葉もない。
自分で自分にノックアウトされそうになりながら、レオナはようやく上体を起こした。
「……と、とりあえず、顔洗って落ち着きましょう」
寝癖を手櫛でなんとかしながら、窓辺へ向かう。
カーテンを開けると、ロモスの街並みが朝日に染まっていた。
きれいな景色。
静かな風。
なのに、心だけが騒がしい。
(顔を合わせづらいったら……)
そこまで考えたところで、扉の向こうから、軽くノックが聞こえた。
「レオナ、起きてるか?」
――声。
扉一枚隔てた、あの声。
心臓が、きゅっと縮む。
「ま、待って、今は入ってこないで!」
「お、おう?」
外で相馬の足音が止まる。
レオナは大急ぎで寝間着を整え、深呼吸を三回。
鏡の前で、表情を“王女モード”に調整してから、ようやく扉に手をかけた。
「……どうぞ」
扉を開いた先に――顔。
昨日と同じ、いや、昨日より落ち着いた、でもやっぱり危険な笑顔。
光の加減も、距離も、完璧。
――顔イベント。
【レオナ】
相馬 300/300(数値そのまま/圧だけ増量中)
【電子音声:レオナ(甘々+朝イチ動揺)】
『朝からその顔は反則……
“いちばん長く見る”どころか、一瞬見ただけで息止まるんだけど……』
「おはよう、指揮官」
いつもより、ほんの少しだけ真面目な声で、相馬が言う。
「……お、おはよう、危険因子」
反射で口が動いた。
いつもの調子。
――を装っているだけで、心の中は全然いつもどおりじゃない。
相馬は、レオナの顔をまっすぐ見たまま、ふっと笑った。
「最初に見た顔がレオナでよかった」
「……っ」
さっそく、昨日のセリフが逆流してくる。
(そんなストレートに拾わなくていいのに!!)
叫びたいのを堪えていると、相馬が片手を差し出してきた。
「食堂まで、送るよ。術後安静と“安心供給”ってやつ?」
最後の一言に、好感度システムの昨日の補足がよぎる。
【術後の安静と、軽い安心供給(手を握る/頭を撫でる等)が推奨されます】
(…………)
レオナは、一瞬だけ迷った。
迷って――その手を取る。
「……エスコート、任せるわ。患者さん」
「はいはい」
指と指が触れた瞬間、胸の奥が熱くなる。
それをごまかすように、レオナはわざとそっけなく付け足した。
「ちゃんと前見て歩きなさいよ。“わたしだけ”見てたら、段差で転ぶわよ」
「前向いた上で、一番長く見るのがレオナってこと?」
「その言い方もやめなさい!!」
廊下に出ると、朝のロモス城は静かだった。
静か――なのに、二人の手元だけがやたらと騒がしい。
【好感度表示システム:術後ケアモード】
『安心供給:手つなぎ 実施中。
※本機能は恋愛イベントではなく医療行為です(と言い張っています)』
「言い張るな!!」
「ん?」
「何でもない!!」
レオナは顔を逸らしながら、相馬の手を握る力だけ、ほんの少し強くした。
◇ ◇ ◇
客人用の食堂では、すでに三人が揃っていた。
ダイはパンをもぐもぐ。
ポップはスープをかき混ぜながら、テーブルに突っ伏し。
マァムはその二人の皿をさばきつつ、自分の分にはまだ手をつけていない。
「おそよー……」
ポップが顔だけ上げて、呟いた。
「おはようって言いなさいよ。行儀が悪い」
レオナが軽く睨みながら入室する――と同時に、マァムの視線が相馬に向いた。
――顔イベント(マァム側)。
【マァム】
相馬 ――/150(数字は本人だけの企業秘密です♡)
【電子音声:マァム(甘々+現実的)】
『顔見ると、昨日の続きみたいに意識しちゃうから……』
自分の頭の上から聞こえてくる“自分の声”に、マァムは思わず箸を落とした。
「ま、また勝手に……!」
「おー、おはよう。昨日は世話になったな、いろいろ」
相馬は、マァムの向かいの席に腰を下ろし――かけていた椅子を、すっとレオナのほうへ寄せた。
さりげなく。
でも、はっきりと。
レオナの椅子と相馬の椅子。
距離が、ほんの少しだけ近くなる。
(……意識してるわね)
レオナの中の“指揮官”がそう分析した。
同時に、“恋する女”のほうは、もっと単純な言葉を選ぶ。
(うれしい)
【電子音声:レオナ(甘々+照れ)】
『約束、ちゃんと覚えてて……
朝からそれ守りに来るの、反則でしょ……』
ポップが、パンをちぎりながらぼそっと言った。
「……なんか、相馬、落ち着いたか?」
「そうか?」
「いや、昨日までならここで城のメイドさんにも声かけてたろ。
今日はそれもなくて……なんか、目線が一点集中って感じ?」
相馬は肩をすくめた。
「メイドさんに声かけると、うちの王女様が脇腹つねってくるからな。学習効果ってやつだ」
「学習の仕方!!」
レオナが即座にツッコみつつも、心のどこかでは、その“雑な理由”に救われていた。
(あのナンパ癖を、ちゃんと抑えようとしてくれてる)
視線を感じる。
テーブルの上、パンとスープの向こう側で、自分だけがまっすぐ見られている感覚。
落ち着かない。
でも、心地いい。
◇ ◇ ◇
一方で。
相馬は相馬で、テーブルの向こうのマァムをちらりと見た。
昨日、無茶な治療に付き合わされた彼女。
真面目に準備してくれて、一番手であの“医療”をやってくれた人。
口で改めて礼を言うより――行動で返したい。
「マァム」
「な、なに?」
「昨日、無茶な治療でだいぶ気を使ったろ。疲れ残ってないか?」
「え?」
マァムが瞬きをする。
「細かいところほとんど任せきりだったからな。
今日くらいは、ゆっくり食って、昼まで寝ててもいいくらいだぞ」
「べ、別に、そんな……大げさにしなくても」
言いつつも、その言葉がじんわりと胸に染みる。
疲れを気遣われたこと。
“ちゃんと見ていた”と言われたような気がしたこと。
【電子音声:マァム(甘々+ツン弱め)】
『……そういうところ。
ちゃんと人を見てるところ、ずるいんだから……』
「ほら」
相馬が立ち上がる。
マァムの前のトレイに手を伸ばした。
「パン、おかわり取ってくる。ついでに城のキッチン見学してくるわ」
「キッチンで働いてる女の子の見学がメインだろそれ!」
ポップのツッコミを背中で受けながら、相馬は歩き出した。
マァムが、その背中を目で追ってしまう。
――顔イベント(斜め後ろアングル)。
【マァム】
相馬 ……/150(数値は本人の羞恥により非公開)
【電子音声:マァム(甘々+現実)】
『こういう優しさまで“チャラさ”に分類しちゃうの、もったいないよね……』
「……ふぅん」
その様子を、レオナは横目で見ていた。
マァムが行動を共にし始めたのは最近だが、相馬を意識していることなんて、とっくに分かっている。
芽生えたものを、否定する気はない。
否定――できるはずがない。
(あの子にも、そう思う理由がちゃんとある)
理性的なレオナは、ちゃんとそれを理解している。
理解しているからこそ。
心のどこかが、きゅっと痛んだ。
【電子音声:レオナ(甘々+自己矛盾)】
『分かってる。分かってるのに……
隣でその名前が呼ばれるたびに、胸がざわざわするの、どうしたらいいのよ……』
スープの表面に映る、揺れた自分の顔を見つめながら、レオナはスプーンを握る手に力を込めた。
(……わたしが選んだのよね。
“危険因子ごとまとめて面倒を見る”って)
だから、これは覚悟の範囲内。
そう言い聞かせながらも、相馬がトレイを持って戻ってきて、マァムの皿にパンを乗せるのを見て――また嫉妬の棘が刺さる。
でも、口に出すのは、それとは違う言葉。
「……マァム」
「えっ?」
「食べ終わったら、少し休みなさい。
相馬を診るのも、旅の準備をするのも、そのあとでいいから」
「う、うん。ありがとう、レオナ」
それが、今のレオナにできる“王女としての態度”だった。
自分の感情を押し殺して、皆を第一に考える。
それを選んだのは、他でもない自分なのだから。
◇ ◇ ◇
食事が一段落したころ。
城の鐘が、短く二度鳴った。
低く、重い音。
「……何だ?」
ポップが顔を上げる。
直後、食堂の扉が勢いよく開いた。
慌てた足音。衛兵が駆け込んでくる。
「レオナ殿下、勇者候補の皆様、相馬殿! 陛下がお呼びです!」
「こんな朝早くに?」
レオナが立ち上がる。
衛兵は息を切らしながら、深く頭を下げた。
「は、はい……緊急の報せが入りまして……!
すぐに謁見の間へお越しください!」
ただ事ではない空気。
テーブルを囲んでいた全員の表情が、同時に引き締まる。
レオナは、相馬の方をちらと見た。
「行くわよ、危険因子」
「了解、指揮官」
いつの間にか自然になった呼び方で、二人は並んで歩き出した。
――また、手が伸びそうになる癖を、今度はぐっと堪えながら。
◇ ◇ ◇
謁見の間には、すでに重い空気が満ちていた。
玉座の前。
膝をついているのは、一人の男。
ロモスの兵装ではない。
見慣れない紋章。
旅の埃をかぶったマント。
全身に傷。
パプニカ王国の紋章――太陽の印が、その胸元でかすかに光っていた。
「……パプニカの兵?」
レオナの声が、ほんのわずか震える。
ロモス王が彼女を見て、うなずいた。
「そうだ。さきほど、命からがら城門に辿り着いた。
殿下、あなたの国からの使者だ」
使者は顔を上げた。
疲労と恐怖で乾いた目が、レオナを見つけた瞬間、安堵と焦りで揺れる。
「レ、レオナ殿下……! ご無事で……!」
「詳しく聞かせて」
レオナは階段を駆け下り、使者のそばまで歩み寄る。
相馬たちも後に続いた。
使者は深く息を吸い、言葉を絞り出す。
「パプニカが……魔王軍に襲撃されました……!
黒い鎧の男を先頭にした、不気味な軍勢……
死んだはずの兵が立ち上がり、骨の騎士が壁をよじ登り……!」
ダイの肩がびくりと震える。
「死んだ兵が……立ち上がる?」
「それって……」
マァムが呟き、ポップが顔をしかめた。
「不死身の部隊ってことかよ……」
使者の頭上に、好感度システムとは別種のウィンドウが開く。
【システム:世界イベントログ】
『敵勢力:魔王軍・不死騎団(フシキダン)
分類:アンデッドを主体とした特殊部隊
特徴:しつこい・しぶとい・夜更かし向き』
「最後の一文ふざけてる場合じゃないでしょ!!」
思わずレオナが怒鳴る。
だが、使者にはそのウィンドウは見えていない。
彼は続けた。
「やつらは、自らを“魔王軍・不死騎団”と名乗っていました……
城の外壁はすでに破られ、王も、重臣たちも……!」
言葉が詰まる。
喉が震える。
それでも、必死に続ける。
「わたくしは、殿下の居場所を聞き及び、ロモスへ救援要請に参りました!
どうか……パプニカを、お救いください……!」
床に額を打ちつけるように頭を下げる使者。
レオナの胸の奥で、何かが鋭く鳴った。
祖国。
民。
自分が守ると誓った場所。
そこに迫る、黒い鎧と、不死の軍勢。
頭の上。
好感度パネルの300/300が、いつもとは違う意味を帯びて迫ってくる。
相馬に向けられた“好き”が、突然、別のベクトルと絡み合う。
(……あの人の力も、必要になる)
誰よりも冷静に戦力を計算する指揮官の意識と。
誰よりもわがままに「一緒に来てほしい」と願うレオナとしての意識が。
同じ胸の中で、ぎゅうぎゅうにぶつかり合う。
【電子音声:レオナ(甘々+決意)】
『……パプニカも、相馬も、両方守りたい。
欲張りって分かってるけど……
それでも、全部欲しいって思っちゃうの、止められない……』
隣に立つ相馬が、そっとレオナを見る。
顔。
視線。
昨日の約束を、無言でなぞるような眼差し。
レオナは、その顔を一瞬だけ見返し――すぐに、前へ向き直った。
「陛下」
「うむ」
「パプニカの件、詳細を詰める時間はありません。
ですが――」
杖を握る手に力を込める。
「わたしたちは向かいます。
勇者候補と、その仲間として。
そして、パプニカの王女として」
ロモス王は重々しく頷いた。
「……覚悟はしていた。魔王軍との戦いは、いずれ各国に及ぶ。
だが、その最初がパプニカとはな」
相馬が、そこで一歩前に出た。
「指揮官」
「なに?」
「当然俺も行く。元々、そのつもりだった」
いつもの軽さを、ほんの少しだけ抑えた声。
「“わたしを一番見ろ”って約束した相手が、窮地の時に見てやれませんでした、じゃ――格好つかないよな?」
「……っ」
レオナの喉が、言葉にならない音を漏らした。
嬉しい。
頼もしい。
同時に、不安で、怖くて、嫉妬まで混ざって。
それでも、最終的に口から出たのは、ただ一言。
「……当然よ」
短く。
でも、揺るぎなく。
マァムも、ダイも、ポップも、その背中に並ぶように一歩前へ。
「行こう、レオナ」
「当たり前だろ」
「今度は、誰も失わないために」
好感度システムが、空中で静かに新しいウィンドウを開いた。
【好感度表示システム:戦闘優先モード】
『恋愛パラメータの表示は一時的に簡略化されます。
※ただし、“好き・不安・嫉妬・約束”は消えません。戦場まで持ち込みます』
「最後の一文が、一番ややこしいのよ……」
レオナは小さくため息をつき――それでも前を見据えたまま、ゆっくりと笑った。
ロモス城の静かな朝は終わった。
次は、黒い鎧の戦士と、不死の軍勢が待つパプニカへ。