オーバーヒート(AI小説)   作:匿名希望

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3話 危険因子

 洞窟の中は、外より暑かった。

 

 火を焚いているわけでもないのに、肌にまとわりつくような熱気がじわじわと押し寄せてくる。

 岩壁のあちこちには、古い時代の文字と紋章が刻まれていた。

 

 その真ん中。

 レオナが掲げた宝珠から、柔らかな光があふれている。

 

「ダイ。この先はあなた自身の“心”が試されるわ」

 

 レオナはゆっくりと言った。

 頭上には、透明なパネルが一枚ぷかぷか浮かんでいる。

 

【レオナ】

 相馬 103/150

 ダイ  42/150

 ブラス 30/150

 

 数字が僅かに点滅するたび、洞窟の空気も少しだけざわつく気がした。

 

(……さっきより落ち着いてる。いいわ、その調子よ、わたし)

 

 レオナは内心で自分に言い聞かせる。

 王女としては、今ここで勇者の試練を成功させることが最優先だ。

 

 ――顔の好みも、危険因子も、ひとまず脇に置く。

 

「相馬」

 

「はい」

 

「さっき言ったとおりよ。儀式の最中、あなたは“見ているだけ”。

 よほどのことがない限り、手を出さないで」

 

「了解。よほどのことがあったら?」

 

「……その時は、王女として指示を出すわ」

 

 レオナはきっぱりと言った。

 

「“勝手な英雄”は、王女としても勇者としても、歓迎できないの」

 

 相馬は少しだけ肩をすくめた。

 

「危険因子の取り扱い、厳重ですね」

 

「当然でしょ?」

 

 そのやりとりを聞いていたダイが、きょとんとした顔で見上げてくる。

 

「危険因子って……相馬、危ない人なの?」

 

「人聞きの悪い」

 

 相馬が片手を挙げかけた瞬間、彼の頭上のパネルがぴこっと光った。

 

【相馬】

 レオナ 54/150

 ダイ  29/150

 

 レオナが思わずそれを見上げる。

 一瞬だけ、目が合った。

 

 顔イベント。軽発火。

 

 胸の奥で、心臓が小さく跳ねた。

 

 ズギューン!!

 

【レオナ→相馬 103 → 106】

 

 数字が三つぶん跳ね、淡く点滅する。

 そして──

 

【電子音声:レオナ(本人そっくり)】

『すき……(小声)』

 

「~~~っ!!」

 

 レオナは咳払いで誤魔化し、即座に視線を洞窟の奥へ向けた。

 

「だ、ダイ! そろそろ行きましょう!」

 

「え、うん!」

 

 ダイは緊張と好奇心半々の顔で頷いた。

 その頭上にも、やはりパネルが浮かんでいる。

 

【ダイ】

 レオナ 38/150

 相馬  34/150

 ブラス 31/150

 

 ブラスが眉をひそめた。

 

「好感度だかなんだか知らんが、儀式の邪魔をしなきゃいいがのう……」

 

「今は試練を優先だ」

 

 相馬は、レオナとダイの背を追って歩き出した。

 

◇ ◇ ◇

 

 洞窟の最初の間は、静かだった。

 

 壁に並ぶ古い石像と、わずかな風。

 ダイが一歩踏み出すごとに、足音がやけに大きく響く。

 

「な、なんか……緊張するなぁ」

 

「大丈夫よ」

 

 レオナはダイの肩にそっと手を置いた。

 

 その様子を見て、相馬は一歩だけ後ろに下がる。

 距離を取った位置から、洞窟の構造と魔力の流れを観察した。

 

(物理トラップの気配は……薄い。

 どちらかというと、心を揺さぶるタイプの試練か)

 

 その考えを裏付けるように、宝珠の光が揺れた。

 

 壁の石像たちの目が、じわりと赤く光り始める。

 

「レオナ、ダイの頭上の数字が……」

 

 ポップなら絶対にそう言う場面だが、ここにはまだいない。

 代わりに、ブラスが心配そうにダイを見つめている。

 

「おお、ダイ……わしからの数字は、三十を超えておるぞい」

 

「ほんとだ!」

 

 ダイが笑う。

 今のところ、好感度システムは“怖さ”よりむしろ賑やかさを増しているだけだ。

 

 ……そう見えた、その時までは。

 

 石像の赤い目から、闇がぽとりと落ちた。

 

 液体のようでいて、煙のようでもある黒い塊。

 それが床に触れた瞬間、ダイの足元から影が広がった。

 

「うわっ!?」

 

 反射的に飛びのくダイ。

 だが影は足首に絡みつき、ひやりとした冷たさを伝えてくる。

 

「ダイ!」

 

 レオナが思わず前に出る。

 相馬の足も同時に動きかけたが、レオナの言葉が先に飛んだ。

 

「止まって!!」

 

 鋭い声。

 相馬は寸前で足を止める。

 

「これは試練の一部よ。

 勇者の紋章を呼び覚ますための“恐怖”の具現化だわ」

 

「でも――」

 

「“でも”はなし!」

 

 レオナは、振り返りもせずに言い切った。

 

「あなたがここで勝手に手を出したら、その瞬間に試練は壊れるの。

 危険因子を野放しにはできないって言ったでしょう?」

 

 相馬は黙り込み、代わりに黒い影の動きをじっと観察した。

 

(物理的なダメージは……今のところなし。

 精神的な圧迫がメインか)

 

 ダイの頭上のパネルが、ぴりぴりと揺れている。

 

【ダイ】

 レオナ 38 → 42

 相馬  34 → 36

 

【電子音声:ダイ】

『レオナの言葉、心強い……相馬も、なんか頼りになる……』

 

 ダイの声は相変わらず素直だ。

 

 だが、次の瞬間。

 

 洞窟の空気が、がらりと変わった。

 

 足元の影が急に濃くなり、ダイの膝まで一気に絡みついてきたのだ。

 

「うわああっ!!」

 

 ダイが引きずられそうになる。

 

「ダイ!」

 

「ダイくん!!」

 

 レオナとブラスの声が重なる。

 相馬は、ほんの一拍だけ迷った。

 

(精神の試練……のはずだが。

 物理的に引きずられてる以上、“よほどのこと”の範疇だな)

 

「レオナ」

 

「……分かってる!」

 

 レオナはぎゅっと唇を噛み、振り返った。

 

「解除。――危険因子、好きに動きなさい!」

 

「了解」

 

 相馬の足元に、薄い光が走る。

 すぐに駆け出そうと思ったが、その前に彼は一つだけ確認した。

 

「ダイ、怖いか?」

 

「こ、怖いけど……!」

 

「なら、ちょっとだけ借りるぞ。その“怖い”を」

 

 言うなり、相馬は指先にメラの火を灯した。

 だが、黒い影ではなく、足元の地面に向けて。

 

 小さな炎の輪が、ダイを囲むように走る。

 黒い影がそれに触れ、じゅ、と煙を上げて退いた。

 

 精神の影に“現実の境界線”を引く。

 魔法的にも理屈としてはギリギリだが、ここは異世界の試練だ。多少の反則は許される――と、相馬は勝手に判断した。

 

「ダイ、線の内側に立ってろ。

 こいつは、“怖い”の方には手を出さないようにしておく」

 

「……っ、うん!」

 

 ダイの頭上の数字が、少しだけ明るくなる。

 

【ダイ】

 レオナ 42 → 45

 相馬  36 → 43

 

【電子音声:ダイ】

『二人とも、頼りになる……!』

 

 レオナは、相馬の行動を見ながら、胸の奥で複雑な感情が渦巻くのを感じていた。

 

(勝手なことしてる。

 でも、あれでダイの“試練”は壊れていない……むしろ“守るための線引き”をしてるだけ)

 

「……ずるい男ね」

 

 思わず口から漏れた一言に、頭上の数字が敏感に反応した。

 

【レオナ→相馬 106 → 112】

 

 ズギューン!!

 

【電子音声:レオナ】

『すき……そういうとこが、余計に危険……』

 

 ほぼ本人の声。

 洞窟の空気が、熱とは別の意味でむず痒くなる。

 

 相馬はその電子音を聞きながらも、表情を変えない。

 

「危険因子って言うなら、ちゃんと手綱握ってくださいよ」

 

「握るわよ。全力で」

 

 レオナは、ぐっと胸を張った。

 

「あなたが勝手に暴走しないように、“王女”としてここに立ってるんだから」

 

 その宣言に、今度は相馬の頭上パネルが反応する。

 

【相馬→レオナ 54 → 58】

 

【電子音声:相馬】

『……頼れる指揮官だと思うぐらいには、好きだ』

 

「今の聞いた!? 今の聞きました!?」

 

 レオナが真っ赤になって相馬を見る。

 相馬は空を見上げたまま、心底どうでもよさそうに言った。

 

「システムの言うことですから」

 

「あなたの声で言ってたのよ!!」

 

 洞窟に、試練らしからぬ笑いが生まれた。

 

◇ ◇ ◇

 

 影の間を抜けた先、第二の試練は静寂だった。

 

 何もない、広い空間。

 床も壁も天井も、ただの岩。

 

「……いやな感じがするのう」

 

 ブラスが言った途端、足元がぐらりと揺れた。

 

「わっ!?」「きゃっ!」

 

 全員の視界が歪む。

 次の瞬間、ダイの前に広がっていたのは――デルムリン島の浜辺だった。

 

「ここ、島……?」

 

「ダイ、落ち着きなさい。これは幻影よ」

 

 レオナがすぐに見抜く。

 相馬も、自分の頭上に浮かぶパネルを確認しながら周囲を見回した。

 

(環境だけが差し替えられてる。

 好感度の表示は……そのままか)

 

【レオナ】

 相馬 112

【相馬】

 レオナ 58

 

 数字は変わらない。

 つまり、この“好感度システム”は幻影とは別レイヤーで動いているということになる。

 

(……やっぱり儀式の仕掛けじゃないな)

 

 相馬がそう判断したとき。

 

 幻影の浜辺に、黒い船の影が現れた。

 

 デルムリン島を襲った、クロコダインの軍勢。

 その記憶をなぞるかのように、ドラゴンやモンスターが浜に上がってくる。

 

「そんな……」

 

 ダイが青ざめる。

 

 さらに、ブラスやガンガディアたちが、次々と倒れていく幻影が映し出された。

 

「ダイ、見ちゃダメ!」

 

 レオナが叫ぶ。

 だが、試練の目的は“見せる”ことそのものだ。

 

 ダイの足がすくみ、拳が震える。

 

「オレのせいだ……オレが勇者だったら、みんな――」

 

「違う!」

 

 レオナの声が、幻影の喧噪を切り裂いた。

 

「これは“もしもの光景”。あなたが何もしなかった時の、最悪の未来よ」

 

 レオナの頭上で、相馬の数字が跳ねる。

 

【レオナ→相馬 112 → 118】

 

 ズギューン!!

 

【電子音声:レオナ】

『……今、こっちを見て。危険因子でも、あなたは“守る側”なんだから』

 

 さっきまでより、ほんの少しだけ熱のこもったトーン。

 周りの兵士や魔物たちが、妙な顔をして視線をそらす。

 

「……レオナ」

 

 相馬は小さくため息をつき、ダイの横にしゃがみ込んだ。

 

「これは、全部“お前のせいじゃない”未来だ」

 

「え?」

 

「勇者の紋章を持っていてもいなくても、世界は勝手に悪くなる。

 そこに“どうやって割り込むか”が試されてるんだよ」

 

 ダイは涙目で相馬を見上げる。

 

「でも……オレ、怖くて……」

 

「怖がるのはいい。

 怖いままで、“それでも”って一歩踏み出せたら、それは十分勇者だ」

 

 相馬の頭上のパネルが、静かに点滅した。

 

【相馬→ダイ 29 → 37】

 

【電子音声:相馬】

『お前には死んでほしくない。ちゃんと生きて、選んでほしい』

 

 ブラスはそれを聞いて、じんと目頭が熱くなる。

 

「相馬殿……」

 

 一方レオナは、別の意味で胸がいっぱいだった。

 

(……やっぱり、この人、危険因子だわ)

 

 王女としては、あまりにも重い言葉をさらりと言う。

 その重さに、人が簡単に引きずられてしまう。

 

(でも、これを“危険”と言い切るのも、ずるい気がする)

 

 そう思った瞬間、頭上の数字がついにしきい値を超えた。

 

【レオナ→相馬 118 → 125】

 

 ズギューン!!

 

 世界が、一瞬だけ赤く弾けたような感覚。

 

【電子音声:レオナ(高感度125オーバー)】

『しゅきしゅきしゅき……!! 今すぐあなたの頭なでて、

 “よく言ったわね”って言いたい……!

 手も握ってほしい……彼女にしてって言いたい……っ』

 

「~~~~~~っっ!!?」

 

 レオナの自分の声が、ほぼそのまま洞窟にブロードキャストされる。

 ただし、ちょっと舌足らずで、ところどころ「好き」が「しゅき」になっている。

 

 ブラスは石のように固まり、

 ダイは何が起きたか分からずきょろきょろし、

 相馬は一瞬だけ目を閉じた。

 

「……やっぱり、この仕様、嫌いだ」

 

 ぽつりと漏らした一言に、洞窟の空気が微妙な笑いで揺れる。

 

 レオナは顔を真っ赤にしながら、必死に声を張り上げた。

 

「だ、誰も今のを議事録に残さないこと! いいわね!?」

 

「は、はいっ!」

 

「もちろんでございます!」

 

 兵士たちは全力で頷いた。

 頭上には、それぞれ「レオナ 35」「ダイ 30」などの数字が浮かんでいるが、誰もそこを見る余裕はない。

 

 相馬は、そんな空気を横目で見ながら、改めてダイの肩を叩いた。

 

「ほら、お前の王女様が、ここまで本気で場を作ってくれてんだ。

 勇者の卵として、いいところ見せないとな?」

 

「……うん!」

 

 ダイの目が、恐怖だけでない光を帯び始める。

 

 幻影の浜辺はまだ消えていない。

 黒い船も、倒れた魔物たちも、そのままそこにある。

 

 それでも。

 

 ダイは、相馬とレオナの両方を見て、ぎゅっと拳を握った。

 

「オレ、やるよ。

 怖いけど、それでも――みんなを守れる勇者になる!」

 

 その宣言に呼応するように、ダイの額が淡く光り始める。

 

 勇者の紋章が、本格的に目を覚ましつつあった。

 

◇ ◇ ◇

 

 試練の光が収まった時、洞窟の中は静かだった。

 

 幻影は消え、石壁と古い紋章だけが残っている。

 

「……終わった、のか?」

 

 ブラスが呟く。

 宝珠は薄く輝きながらも、すでに役目を終えたように静かだ。

 

 ダイの額には、うっすらと竜の紋章の痕跡が残っている。

 

「やったな、ダイ」

 

 相馬が笑うと、ダイも照れたように笑い返した。

 

「う、うん! なんとか……」

 

 そのやりとりを見ながら、レオナは頭上のパネルを一瞥した。

 

【レオナ】

 相馬 128/150

【相馬】

 レオナ 62/150

 

(……増えてる)

 

 顔が熱くなる。

 でも、さっきより少しだけ、それを受け止める余裕もあった。

 

(王女としては、危険因子。

 でも、レオナとしては――)

 

 言葉にすると、電子音に先回りされる。それはもう分かっている。

 

 だからレオナは、小さく息を吐いて、代わりに現実的な話題を選んだ。

 

「試練は成功。勇者は目覚めた。

 ……次は、“好感度表示システム”の方をどうにかしましょうか」

 

 相馬が苦笑する。

 

「完全にこっちの問題になってますね、これ」

 

「あなたを含めて、ね」

 

 レオナは、王女としての目で相馬を見る。

 

「パプニカ王家として、この“危険因子”はきちんと調査させてもらうわ。

 あなたの力も、頭上の数字も、まとめて」

 

 同時に、少女としての目も、ほんの少しだけ相馬の横顔に向いた。

 

(……多分、一番危険なのは、この好感度システムじゃなくて。

 それに振り回されてる、わたし自身なんだけど)

 

 頭上の数字と電子音は、当分消えてくれそうにない。

 

 勇者の試練は終わった。

 だが、レオナと相馬の「危険因子+指揮官」の関係は、まだ始まったばかりだった。

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