オーバーヒート(AI小説) 作:匿名希望
洞窟の中は、外より暑かった。
火を焚いているわけでもないのに、肌にまとわりつくような熱気がじわじわと押し寄せてくる。
岩壁のあちこちには、古い時代の文字と紋章が刻まれていた。
その真ん中。
レオナが掲げた宝珠から、柔らかな光があふれている。
「ダイ。この先はあなた自身の“心”が試されるわ」
レオナはゆっくりと言った。
頭上には、透明なパネルが一枚ぷかぷか浮かんでいる。
【レオナ】
相馬 103/150
ダイ 42/150
ブラス 30/150
数字が僅かに点滅するたび、洞窟の空気も少しだけざわつく気がした。
(……さっきより落ち着いてる。いいわ、その調子よ、わたし)
レオナは内心で自分に言い聞かせる。
王女としては、今ここで勇者の試練を成功させることが最優先だ。
――顔の好みも、危険因子も、ひとまず脇に置く。
「相馬」
「はい」
「さっき言ったとおりよ。儀式の最中、あなたは“見ているだけ”。
よほどのことがない限り、手を出さないで」
「了解。よほどのことがあったら?」
「……その時は、王女として指示を出すわ」
レオナはきっぱりと言った。
「“勝手な英雄”は、王女としても勇者としても、歓迎できないの」
相馬は少しだけ肩をすくめた。
「危険因子の取り扱い、厳重ですね」
「当然でしょ?」
そのやりとりを聞いていたダイが、きょとんとした顔で見上げてくる。
「危険因子って……相馬、危ない人なの?」
「人聞きの悪い」
相馬が片手を挙げかけた瞬間、彼の頭上のパネルがぴこっと光った。
【相馬】
レオナ 54/150
ダイ 29/150
レオナが思わずそれを見上げる。
一瞬だけ、目が合った。
顔イベント。軽発火。
胸の奥で、心臓が小さく跳ねた。
ズギューン!!
【レオナ→相馬 103 → 106】
数字が三つぶん跳ね、淡く点滅する。
そして──
【電子音声:レオナ(本人そっくり)】
『すき……(小声)』
「~~~っ!!」
レオナは咳払いで誤魔化し、即座に視線を洞窟の奥へ向けた。
「だ、ダイ! そろそろ行きましょう!」
「え、うん!」
ダイは緊張と好奇心半々の顔で頷いた。
その頭上にも、やはりパネルが浮かんでいる。
【ダイ】
レオナ 38/150
相馬 34/150
ブラス 31/150
ブラスが眉をひそめた。
「好感度だかなんだか知らんが、儀式の邪魔をしなきゃいいがのう……」
「今は試練を優先だ」
相馬は、レオナとダイの背を追って歩き出した。
◇ ◇ ◇
洞窟の最初の間は、静かだった。
壁に並ぶ古い石像と、わずかな風。
ダイが一歩踏み出すごとに、足音がやけに大きく響く。
「な、なんか……緊張するなぁ」
「大丈夫よ」
レオナはダイの肩にそっと手を置いた。
その様子を見て、相馬は一歩だけ後ろに下がる。
距離を取った位置から、洞窟の構造と魔力の流れを観察した。
(物理トラップの気配は……薄い。
どちらかというと、心を揺さぶるタイプの試練か)
その考えを裏付けるように、宝珠の光が揺れた。
壁の石像たちの目が、じわりと赤く光り始める。
「レオナ、ダイの頭上の数字が……」
ポップなら絶対にそう言う場面だが、ここにはまだいない。
代わりに、ブラスが心配そうにダイを見つめている。
「おお、ダイ……わしからの数字は、三十を超えておるぞい」
「ほんとだ!」
ダイが笑う。
今のところ、好感度システムは“怖さ”よりむしろ賑やかさを増しているだけだ。
……そう見えた、その時までは。
石像の赤い目から、闇がぽとりと落ちた。
液体のようでいて、煙のようでもある黒い塊。
それが床に触れた瞬間、ダイの足元から影が広がった。
「うわっ!?」
反射的に飛びのくダイ。
だが影は足首に絡みつき、ひやりとした冷たさを伝えてくる。
「ダイ!」
レオナが思わず前に出る。
相馬の足も同時に動きかけたが、レオナの言葉が先に飛んだ。
「止まって!!」
鋭い声。
相馬は寸前で足を止める。
「これは試練の一部よ。
勇者の紋章を呼び覚ますための“恐怖”の具現化だわ」
「でも――」
「“でも”はなし!」
レオナは、振り返りもせずに言い切った。
「あなたがここで勝手に手を出したら、その瞬間に試練は壊れるの。
危険因子を野放しにはできないって言ったでしょう?」
相馬は黙り込み、代わりに黒い影の動きをじっと観察した。
(物理的なダメージは……今のところなし。
精神的な圧迫がメインか)
ダイの頭上のパネルが、ぴりぴりと揺れている。
【ダイ】
レオナ 38 → 42
相馬 34 → 36
【電子音声:ダイ】
『レオナの言葉、心強い……相馬も、なんか頼りになる……』
ダイの声は相変わらず素直だ。
だが、次の瞬間。
洞窟の空気が、がらりと変わった。
足元の影が急に濃くなり、ダイの膝まで一気に絡みついてきたのだ。
「うわああっ!!」
ダイが引きずられそうになる。
「ダイ!」
「ダイくん!!」
レオナとブラスの声が重なる。
相馬は、ほんの一拍だけ迷った。
(精神の試練……のはずだが。
物理的に引きずられてる以上、“よほどのこと”の範疇だな)
「レオナ」
「……分かってる!」
レオナはぎゅっと唇を噛み、振り返った。
「解除。――危険因子、好きに動きなさい!」
「了解」
相馬の足元に、薄い光が走る。
すぐに駆け出そうと思ったが、その前に彼は一つだけ確認した。
「ダイ、怖いか?」
「こ、怖いけど……!」
「なら、ちょっとだけ借りるぞ。その“怖い”を」
言うなり、相馬は指先にメラの火を灯した。
だが、黒い影ではなく、足元の地面に向けて。
小さな炎の輪が、ダイを囲むように走る。
黒い影がそれに触れ、じゅ、と煙を上げて退いた。
精神の影に“現実の境界線”を引く。
魔法的にも理屈としてはギリギリだが、ここは異世界の試練だ。多少の反則は許される――と、相馬は勝手に判断した。
「ダイ、線の内側に立ってろ。
こいつは、“怖い”の方には手を出さないようにしておく」
「……っ、うん!」
ダイの頭上の数字が、少しだけ明るくなる。
【ダイ】
レオナ 42 → 45
相馬 36 → 43
【電子音声:ダイ】
『二人とも、頼りになる……!』
レオナは、相馬の行動を見ながら、胸の奥で複雑な感情が渦巻くのを感じていた。
(勝手なことしてる。
でも、あれでダイの“試練”は壊れていない……むしろ“守るための線引き”をしてるだけ)
「……ずるい男ね」
思わず口から漏れた一言に、頭上の数字が敏感に反応した。
【レオナ→相馬 106 → 112】
ズギューン!!
【電子音声:レオナ】
『すき……そういうとこが、余計に危険……』
ほぼ本人の声。
洞窟の空気が、熱とは別の意味でむず痒くなる。
相馬はその電子音を聞きながらも、表情を変えない。
「危険因子って言うなら、ちゃんと手綱握ってくださいよ」
「握るわよ。全力で」
レオナは、ぐっと胸を張った。
「あなたが勝手に暴走しないように、“王女”としてここに立ってるんだから」
その宣言に、今度は相馬の頭上パネルが反応する。
【相馬→レオナ 54 → 58】
【電子音声:相馬】
『……頼れる指揮官だと思うぐらいには、好きだ』
「今の聞いた!? 今の聞きました!?」
レオナが真っ赤になって相馬を見る。
相馬は空を見上げたまま、心底どうでもよさそうに言った。
「システムの言うことですから」
「あなたの声で言ってたのよ!!」
洞窟に、試練らしからぬ笑いが生まれた。
◇ ◇ ◇
影の間を抜けた先、第二の試練は静寂だった。
何もない、広い空間。
床も壁も天井も、ただの岩。
「……いやな感じがするのう」
ブラスが言った途端、足元がぐらりと揺れた。
「わっ!?」「きゃっ!」
全員の視界が歪む。
次の瞬間、ダイの前に広がっていたのは――デルムリン島の浜辺だった。
「ここ、島……?」
「ダイ、落ち着きなさい。これは幻影よ」
レオナがすぐに見抜く。
相馬も、自分の頭上に浮かぶパネルを確認しながら周囲を見回した。
(環境だけが差し替えられてる。
好感度の表示は……そのままか)
【レオナ】
相馬 112
【相馬】
レオナ 58
数字は変わらない。
つまり、この“好感度システム”は幻影とは別レイヤーで動いているということになる。
(……やっぱり儀式の仕掛けじゃないな)
相馬がそう判断したとき。
幻影の浜辺に、黒い船の影が現れた。
デルムリン島を襲った、クロコダインの軍勢。
その記憶をなぞるかのように、ドラゴンやモンスターが浜に上がってくる。
「そんな……」
ダイが青ざめる。
さらに、ブラスやガンガディアたちが、次々と倒れていく幻影が映し出された。
「ダイ、見ちゃダメ!」
レオナが叫ぶ。
だが、試練の目的は“見せる”ことそのものだ。
ダイの足がすくみ、拳が震える。
「オレのせいだ……オレが勇者だったら、みんな――」
「違う!」
レオナの声が、幻影の喧噪を切り裂いた。
「これは“もしもの光景”。あなたが何もしなかった時の、最悪の未来よ」
レオナの頭上で、相馬の数字が跳ねる。
【レオナ→相馬 112 → 118】
ズギューン!!
【電子音声:レオナ】
『……今、こっちを見て。危険因子でも、あなたは“守る側”なんだから』
さっきまでより、ほんの少しだけ熱のこもったトーン。
周りの兵士や魔物たちが、妙な顔をして視線をそらす。
「……レオナ」
相馬は小さくため息をつき、ダイの横にしゃがみ込んだ。
「これは、全部“お前のせいじゃない”未来だ」
「え?」
「勇者の紋章を持っていてもいなくても、世界は勝手に悪くなる。
そこに“どうやって割り込むか”が試されてるんだよ」
ダイは涙目で相馬を見上げる。
「でも……オレ、怖くて……」
「怖がるのはいい。
怖いままで、“それでも”って一歩踏み出せたら、それは十分勇者だ」
相馬の頭上のパネルが、静かに点滅した。
【相馬→ダイ 29 → 37】
【電子音声:相馬】
『お前には死んでほしくない。ちゃんと生きて、選んでほしい』
ブラスはそれを聞いて、じんと目頭が熱くなる。
「相馬殿……」
一方レオナは、別の意味で胸がいっぱいだった。
(……やっぱり、この人、危険因子だわ)
王女としては、あまりにも重い言葉をさらりと言う。
その重さに、人が簡単に引きずられてしまう。
(でも、これを“危険”と言い切るのも、ずるい気がする)
そう思った瞬間、頭上の数字がついにしきい値を超えた。
【レオナ→相馬 118 → 125】
ズギューン!!
世界が、一瞬だけ赤く弾けたような感覚。
【電子音声:レオナ(高感度125オーバー)】
『しゅきしゅきしゅき……!! 今すぐあなたの頭なでて、
“よく言ったわね”って言いたい……!
手も握ってほしい……彼女にしてって言いたい……っ』
「~~~~~~っっ!!?」
レオナの自分の声が、ほぼそのまま洞窟にブロードキャストされる。
ただし、ちょっと舌足らずで、ところどころ「好き」が「しゅき」になっている。
ブラスは石のように固まり、
ダイは何が起きたか分からずきょろきょろし、
相馬は一瞬だけ目を閉じた。
「……やっぱり、この仕様、嫌いだ」
ぽつりと漏らした一言に、洞窟の空気が微妙な笑いで揺れる。
レオナは顔を真っ赤にしながら、必死に声を張り上げた。
「だ、誰も今のを議事録に残さないこと! いいわね!?」
「は、はいっ!」
「もちろんでございます!」
兵士たちは全力で頷いた。
頭上には、それぞれ「レオナ 35」「ダイ 30」などの数字が浮かんでいるが、誰もそこを見る余裕はない。
相馬は、そんな空気を横目で見ながら、改めてダイの肩を叩いた。
「ほら、お前の王女様が、ここまで本気で場を作ってくれてんだ。
勇者の卵として、いいところ見せないとな?」
「……うん!」
ダイの目が、恐怖だけでない光を帯び始める。
幻影の浜辺はまだ消えていない。
黒い船も、倒れた魔物たちも、そのままそこにある。
それでも。
ダイは、相馬とレオナの両方を見て、ぎゅっと拳を握った。
「オレ、やるよ。
怖いけど、それでも――みんなを守れる勇者になる!」
その宣言に呼応するように、ダイの額が淡く光り始める。
勇者の紋章が、本格的に目を覚ましつつあった。
◇ ◇ ◇
試練の光が収まった時、洞窟の中は静かだった。
幻影は消え、石壁と古い紋章だけが残っている。
「……終わった、のか?」
ブラスが呟く。
宝珠は薄く輝きながらも、すでに役目を終えたように静かだ。
ダイの額には、うっすらと竜の紋章の痕跡が残っている。
「やったな、ダイ」
相馬が笑うと、ダイも照れたように笑い返した。
「う、うん! なんとか……」
そのやりとりを見ながら、レオナは頭上のパネルを一瞥した。
【レオナ】
相馬 128/150
【相馬】
レオナ 62/150
(……増えてる)
顔が熱くなる。
でも、さっきより少しだけ、それを受け止める余裕もあった。
(王女としては、危険因子。
でも、レオナとしては――)
言葉にすると、電子音に先回りされる。それはもう分かっている。
だからレオナは、小さく息を吐いて、代わりに現実的な話題を選んだ。
「試練は成功。勇者は目覚めた。
……次は、“好感度表示システム”の方をどうにかしましょうか」
相馬が苦笑する。
「完全にこっちの問題になってますね、これ」
「あなたを含めて、ね」
レオナは、王女としての目で相馬を見る。
「パプニカ王家として、この“危険因子”はきちんと調査させてもらうわ。
あなたの力も、頭上の数字も、まとめて」
同時に、少女としての目も、ほんの少しだけ相馬の横顔に向いた。
(……多分、一番危険なのは、この好感度システムじゃなくて。
それに振り回されてる、わたし自身なんだけど)
頭上の数字と電子音は、当分消えてくれそうにない。
勇者の試練は終わった。
だが、レオナと相馬の「危険因子+指揮官」の関係は、まだ始まったばかりだった。