オーバーヒート(AI小説) 作:匿名希望
謁見の間を出た瞬間、重たかった空気が、少しだけ薄まった。
けれど、一行の頭の上には、さっきのウィンドウがまだ残っている。
【好感度表示システム:戦闘優先モード】
『目的地:パプニカ
出航までの猶予:半日
推奨行動:補給/装備/心の準備(重要)』
「最後の一行を勝手に混ぜないでくれる?」
レオナがこめかみを押さえる。
「でもまあ、準備は必要だな」
相馬が伸びをしながら言った。
「飯、薬、装備。向こうはガチで戦場だろ。足りないもんはここで揃えとこうぜ」
「そうね」
レオナはすぐに指揮官の顔に切り替える。
「ロモス王も船と兵を出してくれるって言ってたし、出航は日暮れ前。
それまでに城下で必要な物資を買い揃えるわ」
「よっしゃ買い出しツアーね!」
ポップが妙に元気に拳を上げる。
「いや、お前のテンションの理由は絶対違うだろ」
「違わないし! オレだって覚悟決めてんの! でもどうせなら、美味いもん食っときたいだけだし!」
「気持ちは分かるけど、まずは保存食と医薬品ね」
マァムが苦笑しながら、革のポーチを握り直した。
「じゃ、行くか」
レオナの号令で、一行はロモス城を後にした。
⸻
◇ ◇ ◇
城門を抜けると、昼前の陽射しと、城下町の喧噪が一気に押し寄せてきた。
行商人の声。
焼き串の香ばしい匂い。
武具屋の店先でカンカン響く金属音。
「いつ来ても活気あるわね、ロモス」
レオナがそう言った瞬間――
「きゃ、あの人……」
「ほらほら、あのとき城に入ってったって噂の……!」
視線の流れが、一斉に相馬のほうへ集まる。
ロモスの若い女たちが、露骨にひそひそ声を上げ始めた。
「ねえねえ、あの黒髪の人じゃない? 獣王を倒した勇者一行の仲間っていう」
「顔、近くで見てもかっこよくない? ちょっと反則じゃない?」
あっという間に、相馬の周囲にきゃっきゃとした空気が舞い始める。
【好感度表示システム:術後ケアモード】
『現在の相馬ユーザー:
チャラさ およそ30%低下
顔面スペック 100%据え置き
※街の女性からの“黄色い声”は治療対象外です』
「対象外って何よ!!」
レオナが即座にツッコむ。
「ん?」
「何でもない!!」
彼女は慌てて前を向くが、耳だけはがっつり相馬のほうを拾っていた。
「お客さん、旅の人?」
腰にエプロンを巻いたパン屋の娘が、笑顔で話しかけてくる。
「まあ、そんなとこ。これから海の向こうまで仕事でさ」
相馬は肩の力を抜いた声で返す。
「仕事って、魔王軍退治?」
「半分くらいはな。残り半分は――」
そこで、ちら、とレオナを見た。
「大事な指揮官のわがままを叶えに行く感じ?」
「っ……!」
レオナの心臓が、妙なタイミングで跳ねた。
パン屋の娘が、ぽかんと目を丸くする。
「なんか、かっこいい言い方する……」
「ね、ね、パンたくさん持ってって! 焼きたてサービスするから!」
後ろからもう一人、同じ店の娘が顔を出す。
「お代はパプニカが落ち着いてからでいいわ! あ、でも帰ってきたらまた来てよね!」
きゃっきゃ。
空気が、完全に「若い娘たちのテンション」で塗り替えられていく。
(ちょっと待って)
レオナは内心で深呼吸した。
(治療したわよね? 尻尾ポーションで。
前よりチャラさ減ってるはずよね?)
そう思って、横目で相馬の横顔を――見てしまう。
昼の光を受けた、悪びれない笑顔。
パン屋の娘に礼を言いながら、さりげなく袋を受け取る手つき。
――顔イベント。
【電子音声:レオナ(甘々+焼きもち)】
『なんで治療後のほうが落ち着いてカッコいいのよ……
その顔で他の女からパンもらわないで……わたしの国に行くのに……好き……』
「聞かせるなぁぁぁ!!!」
自分の声が世界に垂れ流される理不尽に、レオナは盛大に頭を抱えた。
「レ、レオナ?」
マァムが慌てて背中をさする。
「だ、大丈夫。ただの副作用よ……」
「どっちの?」
「恋愛システムのに決まってるだろ!!」
ポップの突っ込みが飛ぶ。
「俺のせいじゃないよな?」
相馬は苦笑しつつ、さりげなくレオナのほうへ一歩寄った。
「ほら、パンありがたくもらっとけ。向こうで腹減るだろ」
そう言いながら、パンの袋をレオナとマァムの手にも分ける。
(……こういうとこなのよね)
レオナは、受け取ったパンをぎゅっと握りしめた。
街の娘たち相手の軽い会話。
でも、最後に一番自然に向けられる気遣いは、自分たちのほう。
嬉しい。
でも少し、いやかなり妬ける。
「ほら、指揮官。前向いて歩かないと躓くぞ」
「分かってるわよ!」
レオナは顔を赤くしながら、わざと早足で先頭に立った。
そのすぐ後ろで――
【好感度表示システム:こっそりモード】
『レオナ→相馬:上限いっぱい・内容ぎゅうぎゅう
※嫉妬と安心は同居できます』
「余計なコメント入れないの!!」
ロモスのメインストリートに、今日も平和な悲鳴が響いた。
⸻
◇ ◇ ◇
日が少し傾き始める頃には、必要な物資はほとんど揃っていた。
保存食。
包帯や薬草。
ダイのナイフを磨く油。
ポップ用の魔法の触媒。
「よし、だいたいこんなもんだな」
相馬が荷物をまとめて肩に担ぐ。
「お前、全部持てんのかよ」
「身体だけは丈夫だからな。あと、そういうとき頼りになる男ポイント上がるだろ?」
「自己申告すんな!」
ポップが即ツッコむ。
「でも助かるよ」
ダイが笑う。
「ありがとな、相馬」
「おう。勇者候補様に荷物持ちさせるわけにもいかねーしな」
そんなやりとりをしながら、一行は港へ向かう坂道を降りていった。
坂の下には、海。
その手前に、大きな帆船が一隻。
「……でっか」
ポップが思わず感嘆の声を漏らす。
「ロモス王が出してくれた軍船よ」
レオナが説明する。
「パプニカまで直行。向こうに着いたら、陸路で城へ向かうことになるわ」
「直行、ね……」
相馬は、遠くの水平線を一瞬だけ見た。
(原作通りなら、この先にいるのは――)
黒い鎧の戦士。
魔王軍・不死騎団長。
そして、アバンの最初の弟子。
(ヒュンケル)
内心でだけ、その名前を呼ぶ。
(魔法を弾く鎧、剣と闘気。
ブラッディースクライドに、グランドクルス……)
どれも、正面から喰らったら洒落にならない技ばかりだ。
(しかも、元を辿ればアバンの弟子。
“こっち側”だったはずの人間が、向こうにいる)
自分の知っている物語と、今ここにいる仲間たちの現実。
そのズレが、じわじわと胸の奥を冷やしていく。
「相馬?」
横からレオナの声が飛んだ。
「何か考えてる?」
「まあ、ちょっとな」
相馬は、肩をすくめる。
「黒い鎧の戦士って話だったろ。
魔法だけに頼るのはやめたほうがいいかもなって」
「どういうこと?」
ポップが眉をひそめた。
「“魔法をほとんど通さない鎧”って奴も、この世にないとは言えないからな。
もしそうだったら、俺とポップは役割変えないといけない」
「……前に出るってこと?」
マァムが小さく息を呑む。
「元々、俺は剣も使えるしな。
ポップには、状況見て援護と陽動をお願いする」
「ちょ、ちょっと待て。
そういう物騒な話を、港の目の前でサラッとするなよ」
「今のうちに覚悟決めとくほうが楽だろ」
相馬は、海風に髪を揺らしながらあっさりと言った。
レオナはそんな彼を横目で見て――
――また、胸の奥がきゅっと締め付けられた。
【電子音声:レオナ(甘々+不安)】
『怖いことを落ち着いて話す顔、ずるい……
一緒に来てって言ったの、わたしなのに、守らせてばっかりになりそうで……でも好き……』
「……レオナ?」
「な、なんでもない!」
彼女は杖を握り直し、わざと前を向いた。
「とにかく、船に乗るわよ。
パプニカは、待ってくれないんだから」
⸻
◇ ◇ ◇
帆が上がり、船がゆっくりとロモスの港を離れていく。
甲板の上。
ダイが、船べりにかじりつくようにして海を見ていた。
「海っていつ見てもすごい……どこまでも水だ」
「私も港の外は初めて」
マァムが微笑む。
「酔ったらすぐ言うのよ?」
「う、うん」
その隣で、ポップがすでに微妙な顔色になっていた。
「おい、まだ湾の中だぞ……」
「うるさいな! オレは繊細なんだよ!」
「繊細さの使い道がおかしいわよ」
レオナが苦笑する。
甲板の中央では、パプニカの使者の兵士が、ロモスの船長と地図を広げていた。
胸の紋章――太陽の印が、海風で揺れる。
相馬は、少し離れた場所からその様子を眺めながら、船べりに背を預けた。
(……黒い鎧。不死騎団。
こっちは、まだ何も知らない)
アバンの教え子であることも。
彼の過去も。
彼がどうやって倒され、どうやって味方になるのかも。
(“知っている物語”は、あくまで俺の世界の話だ。
こっちで同じように動く保証はない)
相馬は、深く息を吸い込んだ。
(だったら、今見えてる情報だけで考える。
黒い鎧の剣士。
不死身の部隊。
そして――パプニカの城)
「ねえ相馬」
すぐ隣に、レオナが来た。
「さっきから、難しい顔してる」
「そんなにヤバい顔してたか?」
「正直言うと、ちょっと怖いほう」
レオナは、正面から彼を見上げる。
「何か、分かってることがあるなら、教えて。
知らないまま戦うのは、もっと怖いから」
「……真面目に頼まれると断りづれぇな」
相馬は頭をかいた。
「分かってるのは、“一番やっかいなのは、きっと人間だ”ってことくらいだ」
「人間?」
「不死の軍勢とか、黒い鎧とかは分かりやすい敵だ。
でも、その中心にいるのが、“こっち側だったはずの人間”だったら、もっと面倒になる」
「……」
レオナの喉が小さく鳴る。
「敵なんだか、救うべき相手なんだか、分からなくなるからな」
それだけ言って、相馬は視線を海へ戻した。
「ま、実際に会ってみないと何も言えねぇけど」
レオナはしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。
「……そうね。敵が何者でも、わたしたちがやるべきことは変わらないわ」
彼女は、船の進む先――見えないパプニカの方角を真っ直ぐに見据えた。
【好感度表示システム:戦闘優先モード】
『指揮官のメンタル:揺れつつも前向き
補足:隣で支えてくれる人がいると、だいぶ安定します』
「だからその“補足”をいちいち読むなってば!!」
レオナの抗議の声が海風に紛れ、波の音に溶けていった。
⸻
◇ ◇ ◇
それから数日が経った。
ダイが突然、甲板の先端で声を上げた。
「レオナ! みんな! あれ!」
全員が一斉に、彼の指さす方向を見る。
水平線の向こう。
かすかに、陸影。
「パプニカの大陸……」
レオナの声が震える。
船が近づくにつれ、その輪郭がはっきりしていく。
白い城壁。
陽を受けて輝くはずの塔。
――その上に。
「……煙」
マァムが呟いた。
青い空を汚すように、薄い灰色の煙がいくつも立ち上っている。
遠くからでも分かる。
街の、あちこちから。
「……っ」
レオナの足元から力が抜けかけた。
祖国。
自分の帰る場所。
守ると誓った人たち。
その全部が、あの煙の向こうにある。
【電子音声:レオナ(甘々+動揺)】
『やだ……燃えてるところなんて見たくない……
でも目を逸らしたら、守れない……
怖い……でも、守りたい……相馬……』
その瞬間。
そっと、肩に重みが乗った。
相馬の腕だった。
さりげなく。
けれど、しっかりと。
彼はレオナの肩を抱き寄せ、視線だけを前に向けたまま言った。
「まだ終わってねぇよ」
「……」
「全部まとめて灰になってたら、煙すら上がらねぇ」
レオナは、息を呑んだ。
「だから、間に合う。
俺たちが着くまで、しぶとく残っててもらおうぜ。
お前の国なんだろ?」
言葉は軽く。
でも、腕の力は優しかった。
レオナは、視界の端で相馬の横顔を捉える。
海風に乱れる髪。
真剣さと、いつもの軽さのちょうど中間みたいな目。
――顔イベント。
【電子音声:レオナ(甘々+泣き笑い)】
『こんなときにそんな顔で支えてくるの、ずるい……
怖いの半分くらい持ってかれる……
ずっと隣にいて……好き……』
「顔で全部解決しようとすんなぁぁぁ!!」
別方向から声が飛んだ。
真っ赤になったポップが、指を突きつけてくる。
「お前なぁ! 対象がレオナになっただけで、女たらし体質ぜんっぜん治ってねーじゃねーか!!」
「は? 今のどこが女たらしだよ」
「その肩!! その距離!! その声のトーン!!
こっちは見てるだけで胃がキリキリすんだよ!!」
「医療行為です」
相馬が真顔で言い切った。
【好感度表示システム:術後ケアモード】
『安心供給:肩抱き 実施中。
※患者および周囲のメンタル安定を目的とした医療行為です(と主張しています)』
「主張すんな!!」
ポップの全力ツッコミに、
張りつめていた空気が、一瞬だけふっと緩んだ。
ダイも、マァムも、苦笑しながらその様子を見ている。
「……ありがと」
レオナが、小さな声で言った。
相馬は、何も言わずに腕の力を少しだけ弱める。
けれど、完全には離さない。
煙の向こうにある国を、二人とも同じように見つめていた。
⸻
◇ ◇ ◇
やがて、パプニカの海岸線がはっきりと見える距離まで近づいた頃。
パプニカ兵の使者が、慌ただしく甲板を駆け上がってきた。
「レオナ殿下!」
「どうしたの?」
彼は、船首から見える景色を指さす。
「このまま港に入るのは危険です!
あの煙……おそらく港も城も、すでに魔王軍に掌握されています!」
レオナは目を細めた。
遠目にも、港のあたりだけ黒く染まっているのが分かる。
船の残骸らしき影も、ちらほらと。
「確かに……」
マァムが息を呑む。
「もし敵が港を制圧しているなら、
この船が近づいた瞬間、矢でも呪文でも、やりたい放題だわ」
「それに――」
相馬が口を挟んだ。
「海の上で船ごと沈められたら、シャレにならねぇ」
「えっ」
ポップが青い顔をさらに青くする。
「ちょ、縁起でもないこと言うなよ!」
「可能性の話してんだよ」
相馬はあっさりと言った。
「で、代案は?」
レオナが兵士を見る。
彼は一呼吸置いてから答えた。
「パプニカの南西に、小さな入り江があります。
漁師たちが使う静かな入り江で、港からは少し離れていますが……
そこなら、敵の目をある程度避けて上陸できるはずです」
「港から離れているぶん、城までは歩くことになるわね」
レオナが地図を覗き込む。
「けれど、ここから正面突破するよりはずっとマシだわ」
「殿下……」
使者の声には、不安と期待が混ざっていた。
「あなたの国です。
最終的な判断は、殿下に」
レオナは、しばらく黙って海岸線を見つめる。
そして――
「入り江から上陸するわ」
きっぱりと言った。
「船はそこまで回り込んで。
パプニカに、これ以上“犠牲”はいらないわ。
わたしたちが歩いてでも、取り返す」
その言葉に、ダイが大きく頷く。
「うん! 正面からでも横からでも、行くことは変わらないし!」
「ま、わざわざ敵のど真ん中に突っ込む趣味はねーしな」
ポップも肩をすくめた。
「回り込んで、刺さるところに刺そうぜ。
な、相馬」
「おう」
相馬はレオナを見る。
レオナも、彼を見る。
視線が、ほんの一瞬だけ絡んだ。
【好感度表示システム:戦闘優先モード】
『指揮官と危険因子、上陸作戦について暗黙の合意を確認。
※互いに“隣にいる前提”で話しています』
「だからいちいち実況しないの!!」
レオナの叫びに、
船員たちが「何事だ?」と首を傾げる中――
ロモスの軍船はゆっくりと舵を切り、
敵だらけになった港を避けるようにして、
パプニカの海岸線に沿って南西へと回り込み始めた。
遠くで上がり続ける灰色の煙が、
これから始まる戦いの重さを、静かに告げている。
その煙の向こうにいる、黒い鎧の戦士をまだ誰も知らない。
ただ一人――原作を知る異邦人を除いて。
(ヒュンケル)
相馬は、内心だけでその名を繰り返した。
(お前がどういう顔で俺たちの前に立つのか。
この目で、ちゃんと確かめてやる)
風が、甲板を吹き抜けていく。
こうして一行は、
正面玄関ではなく、脇の小さな扉から、
パプニカという戦場へ足を踏み入れようとしていた。