オーバーヒート(AI小説)   作:匿名希望

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29話 ヒュンケル登場

 ロモスの軍船は、パプニカ南西の入り江が見えてくるあたりで、ぐっと速度を落とした。

 

 夕暮れ前の海は、妙に静かだ。

 風はあるのに、音だけが薄い。

 

「……あそこです、殿下」

 

 甲板に上がってきたパプニカ兵の使者が、緊張を隠しきれない声で指さした。

 

 岩場に挟まれた、小さな白い浜。

 港ほど整備されていない、漁師用の入り江。

 

「港からは見えません。敵の監視も、こちらには回っていないはずです」

 

「“はず”って言い方が怖いのよねぇ」

 

 ポップが、わざとらしく肩をすくめる。

 

「でもまあ、港から突っ込むよりはマシか……」

 

「そうね」

 

 レオナは、わずかに固い笑みを浮かべた。

 

「正面玄関から乗り込むのは危険。

 ――ここから“小さな裏口”を使わせてもらいましょう」

 

 その横顔を、相馬がちらりと見る。

 

 顔イベント。

 

【電子音声:レオナ(甘々+戦闘前の緊張)】

『怖くても、りりしい顔してる……

 わたしも指揮官なのに、つい頼りたくなる……しゅき……』

 

「……レオナ?」

 

「な、なんでもないわ!」

 

 レオナが咳払いでごまかすのと、ロモスの船長が声を張り上げるのはほぼ同時だった。

 

「よーし! 上陸班、第一艇から乗り込めーっ!」

 

 甲板に小舟が下ろされていく。

 

 

 第一艇。

 

 乗り込んだのは、ダイ、ポップ、マァム、レオナ、相馬。

 それにパプニカ兵が二人。

 

 小舟が海面に浮かぶ瞬間、ポップが顔を引きつらせた。

 

「おいおいおい……揺れる……!」

 

「繊細な魔法使いだなぁ」

 

 相馬がからかうように、後ろからやさしく背中を押す。

 

「うっわ、マジで揺れるじゃねーか!! やめろぉ!!」

 

「ほら、前向け前。後ろ向いてると余計酔うぞ」

 

「ぐ……っ」

 

 ポップが涙目で前を向くと――船首側には、ダイとレオナが並び、そのすぐ後ろに相馬とマァムが座っていた。

 

 距離が近い。

 小舟なので、物理的に近い。

 

「……あの」

 

 マァムが、ふと視線を横にそらした。

 

 ちょうど視界に、相馬の横顔。

 

 顔イベント。

 

【電子音声:マァム(甘々+困惑)】

『こんな緊張する上陸作戦なのに、横顔が好みすぎて集中できない……

 こんなの、訓練で習ってない……』

 

「し、システム黙ってて!!」

 

 マァムが小声で怒鳴る。

 

「どした?」

 

「な、なんでもない!」

 

 小舟の後ろで、パプニカ兵がひそひそとささやき合った。

 

「……あの方が噂の“危険因子”か?」

「いや、殿下の視線の集まり方が危険だろ……」

 

「そこの内輪話、聞こえてるわよ?」

 

 レオナが、振り向かずにぽつりと言う。

 

「俺、危険因子だけど、味方だから安心してくれな」

 

「言い切ったわね」

 

 レオナが、ため息まじりに笑う。

 

 笑いが、少しだけ張りつめた空気をほぐした。

 

 そのまま小舟は、戦場の匂いが漂う海面を静かに進んでいく。

 

 

 入り江に着いたとき、最初に聞こえたのは――鳥の声ではなく、蝿の羽音だった。

 

 小さな砂浜。

 岩陰。

 潮の匂いに混じって、微かに血と腐臭が漂っている。

 

「……ここは、もう“戦場の中”ね」

 

 レオナが、杖を握る手に力を込めた。

 

 砂浜の端には、朽ちかけた小舟が一艘、横倒しになっている。

 そのそばには、古い血痕。

 

「殿下、足元にお気をつけください」

 

 先に飛び降りたパプニカ兵が、レオナに手を差し出す。

 

「ありがとう」

 

 レオナが受け取ろうとしたその手を――

 

「はい、段差あるんで。足元注意」

 

 相馬の手が、さりげなく横から添えた。

 

 レオナの視界に、至近距離で相馬の顔。

 

 顔イベント。

 

【電子音声:レオナ(甘々+嫉妬予告)】

『こういうときだけ自然に手を出すの、反則……

 マァムにも同じことしたら、あとでつねる……』

 

 レオナは耳まで赤くなりながら、そっと砂浜に降り立った。

 

「……ありがと」

 

「どういたしまして、指揮官さま」

 

 軽口を叩く相馬の脇腹を、レオナはほんの少しだけ肘で突く。

 

 その様子を見ていたマァムの胸の奥が、ちくりと痛んだ。

 

(……今の、ちょっと羨ましい)

 

 そんなことを思ってしまった自分に、さらに羞恥のダメ押し。

 

【電子音声:マァム(甘々+自己ツッコミ)】

『今は任務中だから。任務中だから。任務中だから……

 ――でも、ああやって手を貸されるの、わたしも一回くらい……』

 

「だから黙ってってばシステムーー!!」

 

 入り江の静寂に、マァムの悲鳴がよく響いた。

 

 それでも。

 

 笑い声が少し混じるだけで、血と腐臭の漂う浜辺が、ほんのわずか“人間の場所”に戻ってくる。

 

 

「ここから先は、森を抜けて城の裏手に出ます」

 

 パプニカ兵の一人が、地図を広げて説明する。

 

「途中で何度か見張り台がありますが……今はどこも沈黙しているはずです」

 

「“しているはず”って二回目だぞ」

 

 ポップが顔をしかめる。

 

「まあ、不死騎団がうろついてるなら、見張りもまとめて“沈黙”してるだろうな」

 

 相馬が、さらっと物騒なことを言った。

 

「言い方!!」

 

 マァムが即ツッコミ。

 

「でも事実でしょう?」

 

 レオナは表情を引き締める。

 

「行くわ。――ダイ、先頭お願い」

 

「うん!」

 

 ダイがパプニカのナイフを握り、森の中へ踏み込んだ。

 そのすぐ後ろに相馬。

 続いてレオナ、マァム、ポップ。

 最後尾をパプニカ兵二人が固める。

 

 森は、想像以上に静かだった。

 

 鳥の声が少ない。

 代わりに、木の上から吊るされた布切れのようなものが、風に揺れている。

 

「……旗?」

 

 ダイが見上げる。

 

 それは、色の褪せたパプニカの軍旗だった。

 ところどころ、黒ずんだシミがついている。

 

「殿下……」

 

 パプニカ兵が痛ましげな声を漏らすのを、レオナは手で制した。

 

「見て見ぬふり、はしないわ。

 でも、泣いてる暇もない」

 

 そう言って前を向いた、その瞬間。

 

 足元の落ち葉が、不自然にざわめいた。

 

「……来るぞ」

 

 相馬が短く言う。

 

 次の瞬間――

 

 地面を割るようにして、白い骨の手が伸びた。

 

「うわっ!?」

 

 ポップが飛び退く。

 黒ずんだ鎧をまとった骸骨が、ぎこちない動きで立ち上がる。

 

 ひとつ。

 ふたつ。

 みっつ。

 

 四方から、土と骨の匂いが立ちのぼった。

 

「不死騎団の……!」

 

 パプニカ兵の声が震える。

 

 骸骨たちは、そこらの枝で作ったような粗末な槍や、錆びた剣を構えた。

 しかし、その空洞の眼窩の奥には、うっすらと黒い光が揺れている。

 

「来るなら来い、って感じだな」

 

 相馬が剣を抜く。

 

「ダイ、右の二体任せた。俺は左」

 

「分かった!」

 

 骸骨たちが、一斉に突進してくる。

 

「ポップ、火、お願い!」

 

「了解! ――メラミ!!」

 

 ポップの掌から放たれた火球が、先頭の骸骨の胸部に直撃する。

 骨と鎧が爆ぜ、黒い炎が内部から噴き出した。

 

「効いてる!」

 

「オレのメラミは一級品だからなっ!」

 

 相馬は、火にあぶられてよろめいた骸骨の首を、横一文字に斬り払った。

 乾いた音を立てて、頭蓋が転がる。

 

 しかし――

 

「うわっ、まだ動くの!?」

 

 頭のない骸骨の身体が、ふらふらと剣を振り回した。

 

「しつこっ!」

 

 マァムが飛び出す。

 

「やあっ!」

 

 魔弾銃の銃身で、胴体を横からぶん殴る。

 骨の束が、まとめて木に叩きつけられ、ようやく動きを止めた。

 

「マァム、ナイス」

 

「ありがと!」

 

 別の方向。

 

「はっ!」

 

 ダイの剣が、駆けてきた骸骨の腕ごと武器を叩き落とす。

 もう一体の胸を蹴り飛ばし、その隙に一閃。

 

 骨が砕け、土に還っていく。

 

「……ふぅ」

 

 あっという間に、周囲に立っている骸骨はなくなった。

 散らばった骨だけが、森の土の上に残る。

 

「思ったより数は少なかったな」

 

 相馬が辺りを見回す。

 

「いや、少なくていいから!」

 

 ポップが息を荒げた。

 

「オレ、さっきから気になってたんだけどよ……

 こいつらの装備、完全にパプニカ兵のだよな」

 

 確かに、鎧の形も、腰の紋章も、見覚えのあるものだ。

 

 パプニカ兵のひとりが、拳を握りしめた。

 

「……同僚です。

 城門で戦って、そのまま……」

 

 声がかすれる。

 

「ごめん」

 

 ダイが、小さく頭を下げた。

 

「全部、倒して、取り戻すから」

 

「ダイ」

 

 レオナが、その肩に手を置いた。

 

 好感度システムが、空気を読んで静かになる。

 

 ただ、森を抜ける足音だけが続いた。

 

 

 森を抜けたとき、レオナの前に広がったのは――

 

 見覚えのあるはずの城の、見たくなかった姿だった。

 

 高い城壁。

 崩れた塔。

 半ば燃え尽きた外郭の建物。

 

 城門の前の広場には、折れた槍と壊れた盾が散乱している。

 そして、その合間を、ゆっくりと徘徊する数体の不死の兵。

 

「……っ」

 

 レオナが、無意識に一歩前に出る。

 

「レオナ」

 

 相馬が腕を伸ばしかけ――一瞬だけ迷って、代わりに言葉を選んだ。

 

「まだ正面から突っ込むのは得策じゃない。

 数も分からんし、不死騎団の本隊がどこにいるかも不明だ」

 

「……分かってるわ」

 

 レオナは歯を食いしばる。

 それでも、視線は城から離さない。

 

「まずは、状況を知ること。

 中に生き残りがいるかどうか――」

 

 そのときだった。

 

 広場の向こう側、瓦礫の影から、不自然にきれいな足音が響いた。

 

 コツ、コツ、と。

 

 不死兵たちのずるずるとした足音とは違う、規則正しい靴音。

 

「……誰か、いる?」

 

 ダイが、パプニカのナイフを構え直す。

 

 瓦礫の陰から現れたのは――

 

 黒ずんだ鎧ではなかった。

 

 パプニカ兵と同じ形の鎧。

 ただし、他の兵よりも一回り大きく、鍛えられた体躯。

 

 肩口には、かろうじてパプニカの紋章が残っている。

 

 男は無言で歩み出ると、近くにいた不死の兵士の首を、迷いなく斬り落とした。

 

 すれ違いざまの、一太刀。

 

 その動きは、兵士のものではない。

 研ぎ澄まされた戦士の斬撃。

 

「……!」

 

 ダイが目を見開く。

 

「あなたは……?」

 

 レオナが問いかける。

 

 男は、ゆっくりと振り返った。

 

 ヘルムの隙間から覗く瞳が、一行をざっと見渡す。

 

 その視線が、一瞬だけ相馬のところで止まったような気がした。

 

「パプニカの者ではないな」

 

 低く、よく通る声。

 

「だが、そのしるしは……

 ――アバンの教え子たち、か」

 

「えっ」

 

 ダイとポップが同時に驚く。

 

「なんで分かるんだよ」

 

「…よく知ってるさ」

 

 男は、淡々とした口調で言った。

 

「お前たちは今代の勇者たち。

 そして――」

 

 視線が、今度はレオナに向く。

 

「パプニカの王女殿下」

 

「……そうよ」

 

 レオナが杖を握り直す。

 

「あなたは?」

 

 男は、ほんのわずかに笑った。

 

「ここで名乗ってもいいが――」

 

 そこで、言葉が切れる。

 

 相馬が、一歩だけ前に出ていた。

 

 ダイとレオナの視線が、揃って相馬に向く。

 

「……相馬?」

 

 男と、相馬の視線がぶつかる。

 

 沈黙。

 

 海風が、崩れた城壁の隙間を通り抜けていく。

 

 最初に口を開いたのは、相馬だった。

 

「黒い鎧は、今日は着てないんですね」

 

 パプニカ兵の鎧の男が、わずかに目を細める。

 

 そして――

 

 くつくつ、と。

 

 喉の奥で笑い始めた。

 

「……ほう」

 

 ヘルムの奥で、口元が弧を描く。

 

「面白い人間が混じっているようだな。

 アバンの弟子たちの中に」

 

「え、えっと……?」

 

 ダイが完全に置いていかれている。

 

 男は、静かにヘルムの留め金に手をかけた。

 

 カチリ。

 

 金属音。

 

 ヘルムが外され、陽光の下に晒された顔。

 

 鋭い目。

 整った輪郭。

 そして、どこか冷たい笑み。

 

 ダイとポップ、マァム、レオナが一斉に息を呑む。

 

 ただ一人、相馬だけは、最初から知っていたものを見るように、その顔を見返した。

 

「…………」

 

 男は、その視線に気付いたように口角を上げる。

 

「お前は知っていたようだな。

  俺のことを。

  ――どこかで会ったことがあるようにも思えないが」

 

 レオナが、息を飲む音が聞こえた。

 

 好感度システムが、空気を読んで完全沈黙する。

 

 代わりに、戦場の空気だけが、じわじわと重くなっていく。

 

「名乗ろう」

 

 男は、一歩前に出た。

 

「魔王軍・不死騎団長」

 

 かすかな笑いとともに――

 

「ヒュンケル」

 

 その名が、崩れかけたパプニカの城門前に落ちた。

 

 ダイが、信じられないものを見るような顔で固まる。

 

「かつてアバンの弟子だった男」

 

「ア、アバンの……弟子……?」

 

 ヒュンケルはあっさりと言い切る。

 

「今は魔王軍の戦士。

 アバンの教え子を叩き潰す役目を、楽しみにしていた」

 

 その言葉には、嘲りとも憎悪ともつかない色が混じっていた。

 

 笑っているのに、目だけが少しも笑っていない。

 

「不死の軍勢で国を落とし、

 その上にお前たちを積み上げる」

 

 静かな声が、残った不死兵たちを従えるように響く。

 

「アバンの教え子たち。

 覚悟はできているか?」

 

 ダイが震える拳を握り締めかけた、その前に――

 

「――ここは」

 

 いつもの軽さを、限界まで抑えた声が割り込んだ。

 

 相馬が、一歩前に出る。

 

 ダイとレオナの前に立つ位置。

 

 ヒュンケルの視線が、わずかに興味を増した。

 

「俺に任せてくれ」

 

 相馬は、剣の柄に手をかけたまま、まっすぐヒュンケルを見据えた。

 

「アバンの“問題児枠”は、こっちで引き受ける。

 あんたがどっち側に立つつもりか、一度ちゃんと聞いてみたかったんで」

 

 笑いは消えている。

 残っているのは、戦う覚悟と、どこか意地の悪い観察者の目。

 

 風が、二人の間を吹き抜けた。

 

 パプニカの城門前。

 不死騎団長ヒュンケルと、危険因子が、初めて真正面から向き合った。

 

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