オーバーヒート(AI小説) 作:匿名希望
ロモスの軍船は、パプニカ南西の入り江が見えてくるあたりで、ぐっと速度を落とした。
夕暮れ前の海は、妙に静かだ。
風はあるのに、音だけが薄い。
「……あそこです、殿下」
甲板に上がってきたパプニカ兵の使者が、緊張を隠しきれない声で指さした。
岩場に挟まれた、小さな白い浜。
港ほど整備されていない、漁師用の入り江。
「港からは見えません。敵の監視も、こちらには回っていないはずです」
「“はず”って言い方が怖いのよねぇ」
ポップが、わざとらしく肩をすくめる。
「でもまあ、港から突っ込むよりはマシか……」
「そうね」
レオナは、わずかに固い笑みを浮かべた。
「正面玄関から乗り込むのは危険。
――ここから“小さな裏口”を使わせてもらいましょう」
その横顔を、相馬がちらりと見る。
顔イベント。
【電子音声:レオナ(甘々+戦闘前の緊張)】
『怖くても、りりしい顔してる……
わたしも指揮官なのに、つい頼りたくなる……しゅき……』
「……レオナ?」
「な、なんでもないわ!」
レオナが咳払いでごまかすのと、ロモスの船長が声を張り上げるのはほぼ同時だった。
「よーし! 上陸班、第一艇から乗り込めーっ!」
甲板に小舟が下ろされていく。
⸻
第一艇。
乗り込んだのは、ダイ、ポップ、マァム、レオナ、相馬。
それにパプニカ兵が二人。
小舟が海面に浮かぶ瞬間、ポップが顔を引きつらせた。
「おいおいおい……揺れる……!」
「繊細な魔法使いだなぁ」
相馬がからかうように、後ろからやさしく背中を押す。
「うっわ、マジで揺れるじゃねーか!! やめろぉ!!」
「ほら、前向け前。後ろ向いてると余計酔うぞ」
「ぐ……っ」
ポップが涙目で前を向くと――船首側には、ダイとレオナが並び、そのすぐ後ろに相馬とマァムが座っていた。
距離が近い。
小舟なので、物理的に近い。
「……あの」
マァムが、ふと視線を横にそらした。
ちょうど視界に、相馬の横顔。
顔イベント。
【電子音声:マァム(甘々+困惑)】
『こんな緊張する上陸作戦なのに、横顔が好みすぎて集中できない……
こんなの、訓練で習ってない……』
「し、システム黙ってて!!」
マァムが小声で怒鳴る。
「どした?」
「な、なんでもない!」
小舟の後ろで、パプニカ兵がひそひそとささやき合った。
「……あの方が噂の“危険因子”か?」
「いや、殿下の視線の集まり方が危険だろ……」
「そこの内輪話、聞こえてるわよ?」
レオナが、振り向かずにぽつりと言う。
「俺、危険因子だけど、味方だから安心してくれな」
「言い切ったわね」
レオナが、ため息まじりに笑う。
笑いが、少しだけ張りつめた空気をほぐした。
そのまま小舟は、戦場の匂いが漂う海面を静かに進んでいく。
⸻
入り江に着いたとき、最初に聞こえたのは――鳥の声ではなく、蝿の羽音だった。
小さな砂浜。
岩陰。
潮の匂いに混じって、微かに血と腐臭が漂っている。
「……ここは、もう“戦場の中”ね」
レオナが、杖を握る手に力を込めた。
砂浜の端には、朽ちかけた小舟が一艘、横倒しになっている。
そのそばには、古い血痕。
「殿下、足元にお気をつけください」
先に飛び降りたパプニカ兵が、レオナに手を差し出す。
「ありがとう」
レオナが受け取ろうとしたその手を――
「はい、段差あるんで。足元注意」
相馬の手が、さりげなく横から添えた。
レオナの視界に、至近距離で相馬の顔。
顔イベント。
【電子音声:レオナ(甘々+嫉妬予告)】
『こういうときだけ自然に手を出すの、反則……
マァムにも同じことしたら、あとでつねる……』
レオナは耳まで赤くなりながら、そっと砂浜に降り立った。
「……ありがと」
「どういたしまして、指揮官さま」
軽口を叩く相馬の脇腹を、レオナはほんの少しだけ肘で突く。
その様子を見ていたマァムの胸の奥が、ちくりと痛んだ。
(……今の、ちょっと羨ましい)
そんなことを思ってしまった自分に、さらに羞恥のダメ押し。
【電子音声:マァム(甘々+自己ツッコミ)】
『今は任務中だから。任務中だから。任務中だから……
――でも、ああやって手を貸されるの、わたしも一回くらい……』
「だから黙ってってばシステムーー!!」
入り江の静寂に、マァムの悲鳴がよく響いた。
それでも。
笑い声が少し混じるだけで、血と腐臭の漂う浜辺が、ほんのわずか“人間の場所”に戻ってくる。
⸻
「ここから先は、森を抜けて城の裏手に出ます」
パプニカ兵の一人が、地図を広げて説明する。
「途中で何度か見張り台がありますが……今はどこも沈黙しているはずです」
「“しているはず”って二回目だぞ」
ポップが顔をしかめる。
「まあ、不死騎団がうろついてるなら、見張りもまとめて“沈黙”してるだろうな」
相馬が、さらっと物騒なことを言った。
「言い方!!」
マァムが即ツッコミ。
「でも事実でしょう?」
レオナは表情を引き締める。
「行くわ。――ダイ、先頭お願い」
「うん!」
ダイがパプニカのナイフを握り、森の中へ踏み込んだ。
そのすぐ後ろに相馬。
続いてレオナ、マァム、ポップ。
最後尾をパプニカ兵二人が固める。
森は、想像以上に静かだった。
鳥の声が少ない。
代わりに、木の上から吊るされた布切れのようなものが、風に揺れている。
「……旗?」
ダイが見上げる。
それは、色の褪せたパプニカの軍旗だった。
ところどころ、黒ずんだシミがついている。
「殿下……」
パプニカ兵が痛ましげな声を漏らすのを、レオナは手で制した。
「見て見ぬふり、はしないわ。
でも、泣いてる暇もない」
そう言って前を向いた、その瞬間。
足元の落ち葉が、不自然にざわめいた。
「……来るぞ」
相馬が短く言う。
次の瞬間――
地面を割るようにして、白い骨の手が伸びた。
「うわっ!?」
ポップが飛び退く。
黒ずんだ鎧をまとった骸骨が、ぎこちない動きで立ち上がる。
ひとつ。
ふたつ。
みっつ。
四方から、土と骨の匂いが立ちのぼった。
「不死騎団の……!」
パプニカ兵の声が震える。
骸骨たちは、そこらの枝で作ったような粗末な槍や、錆びた剣を構えた。
しかし、その空洞の眼窩の奥には、うっすらと黒い光が揺れている。
「来るなら来い、って感じだな」
相馬が剣を抜く。
「ダイ、右の二体任せた。俺は左」
「分かった!」
骸骨たちが、一斉に突進してくる。
「ポップ、火、お願い!」
「了解! ――メラミ!!」
ポップの掌から放たれた火球が、先頭の骸骨の胸部に直撃する。
骨と鎧が爆ぜ、黒い炎が内部から噴き出した。
「効いてる!」
「オレのメラミは一級品だからなっ!」
相馬は、火にあぶられてよろめいた骸骨の首を、横一文字に斬り払った。
乾いた音を立てて、頭蓋が転がる。
しかし――
「うわっ、まだ動くの!?」
頭のない骸骨の身体が、ふらふらと剣を振り回した。
「しつこっ!」
マァムが飛び出す。
「やあっ!」
魔弾銃の銃身で、胴体を横からぶん殴る。
骨の束が、まとめて木に叩きつけられ、ようやく動きを止めた。
「マァム、ナイス」
「ありがと!」
別の方向。
「はっ!」
ダイの剣が、駆けてきた骸骨の腕ごと武器を叩き落とす。
もう一体の胸を蹴り飛ばし、その隙に一閃。
骨が砕け、土に還っていく。
「……ふぅ」
あっという間に、周囲に立っている骸骨はなくなった。
散らばった骨だけが、森の土の上に残る。
「思ったより数は少なかったな」
相馬が辺りを見回す。
「いや、少なくていいから!」
ポップが息を荒げた。
「オレ、さっきから気になってたんだけどよ……
こいつらの装備、完全にパプニカ兵のだよな」
確かに、鎧の形も、腰の紋章も、見覚えのあるものだ。
パプニカ兵のひとりが、拳を握りしめた。
「……同僚です。
城門で戦って、そのまま……」
声がかすれる。
「ごめん」
ダイが、小さく頭を下げた。
「全部、倒して、取り戻すから」
「ダイ」
レオナが、その肩に手を置いた。
好感度システムが、空気を読んで静かになる。
ただ、森を抜ける足音だけが続いた。
⸻
森を抜けたとき、レオナの前に広がったのは――
見覚えのあるはずの城の、見たくなかった姿だった。
高い城壁。
崩れた塔。
半ば燃え尽きた外郭の建物。
城門の前の広場には、折れた槍と壊れた盾が散乱している。
そして、その合間を、ゆっくりと徘徊する数体の不死の兵。
「……っ」
レオナが、無意識に一歩前に出る。
「レオナ」
相馬が腕を伸ばしかけ――一瞬だけ迷って、代わりに言葉を選んだ。
「まだ正面から突っ込むのは得策じゃない。
数も分からんし、不死騎団の本隊がどこにいるかも不明だ」
「……分かってるわ」
レオナは歯を食いしばる。
それでも、視線は城から離さない。
「まずは、状況を知ること。
中に生き残りがいるかどうか――」
そのときだった。
広場の向こう側、瓦礫の影から、不自然にきれいな足音が響いた。
コツ、コツ、と。
不死兵たちのずるずるとした足音とは違う、規則正しい靴音。
「……誰か、いる?」
ダイが、パプニカのナイフを構え直す。
瓦礫の陰から現れたのは――
黒ずんだ鎧ではなかった。
パプニカ兵と同じ形の鎧。
ただし、他の兵よりも一回り大きく、鍛えられた体躯。
肩口には、かろうじてパプニカの紋章が残っている。
男は無言で歩み出ると、近くにいた不死の兵士の首を、迷いなく斬り落とした。
すれ違いざまの、一太刀。
その動きは、兵士のものではない。
研ぎ澄まされた戦士の斬撃。
「……!」
ダイが目を見開く。
「あなたは……?」
レオナが問いかける。
男は、ゆっくりと振り返った。
ヘルムの隙間から覗く瞳が、一行をざっと見渡す。
その視線が、一瞬だけ相馬のところで止まったような気がした。
「パプニカの者ではないな」
低く、よく通る声。
「だが、そのしるしは……
――アバンの教え子たち、か」
「えっ」
ダイとポップが同時に驚く。
「なんで分かるんだよ」
「…よく知ってるさ」
男は、淡々とした口調で言った。
「お前たちは今代の勇者たち。
そして――」
視線が、今度はレオナに向く。
「パプニカの王女殿下」
「……そうよ」
レオナが杖を握り直す。
「あなたは?」
男は、ほんのわずかに笑った。
「ここで名乗ってもいいが――」
そこで、言葉が切れる。
相馬が、一歩だけ前に出ていた。
ダイとレオナの視線が、揃って相馬に向く。
「……相馬?」
男と、相馬の視線がぶつかる。
沈黙。
海風が、崩れた城壁の隙間を通り抜けていく。
最初に口を開いたのは、相馬だった。
「黒い鎧は、今日は着てないんですね」
パプニカ兵の鎧の男が、わずかに目を細める。
そして――
くつくつ、と。
喉の奥で笑い始めた。
「……ほう」
ヘルムの奥で、口元が弧を描く。
「面白い人間が混じっているようだな。
アバンの弟子たちの中に」
「え、えっと……?」
ダイが完全に置いていかれている。
男は、静かにヘルムの留め金に手をかけた。
カチリ。
金属音。
ヘルムが外され、陽光の下に晒された顔。
鋭い目。
整った輪郭。
そして、どこか冷たい笑み。
ダイとポップ、マァム、レオナが一斉に息を呑む。
ただ一人、相馬だけは、最初から知っていたものを見るように、その顔を見返した。
「…………」
男は、その視線に気付いたように口角を上げる。
「お前は知っていたようだな。
俺のことを。
――どこかで会ったことがあるようにも思えないが」
レオナが、息を飲む音が聞こえた。
好感度システムが、空気を読んで完全沈黙する。
代わりに、戦場の空気だけが、じわじわと重くなっていく。
「名乗ろう」
男は、一歩前に出た。
「魔王軍・不死騎団長」
かすかな笑いとともに――
「ヒュンケル」
その名が、崩れかけたパプニカの城門前に落ちた。
ダイが、信じられないものを見るような顔で固まる。
「かつてアバンの弟子だった男」
「ア、アバンの……弟子……?」
ヒュンケルはあっさりと言い切る。
「今は魔王軍の戦士。
アバンの教え子を叩き潰す役目を、楽しみにしていた」
その言葉には、嘲りとも憎悪ともつかない色が混じっていた。
笑っているのに、目だけが少しも笑っていない。
「不死の軍勢で国を落とし、
その上にお前たちを積み上げる」
静かな声が、残った不死兵たちを従えるように響く。
「アバンの教え子たち。
覚悟はできているか?」
ダイが震える拳を握り締めかけた、その前に――
「――ここは」
いつもの軽さを、限界まで抑えた声が割り込んだ。
相馬が、一歩前に出る。
ダイとレオナの前に立つ位置。
ヒュンケルの視線が、わずかに興味を増した。
「俺に任せてくれ」
相馬は、剣の柄に手をかけたまま、まっすぐヒュンケルを見据えた。
「アバンの“問題児枠”は、こっちで引き受ける。
あんたがどっち側に立つつもりか、一度ちゃんと聞いてみたかったんで」
笑いは消えている。
残っているのは、戦う覚悟と、どこか意地の悪い観察者の目。
風が、二人の間を吹き抜けた。
パプニカの城門前。
不死騎団長ヒュンケルと、危険因子が、初めて真正面から向き合った。