オーバーヒート(AI小説) 作:匿名希望
城門前の瓦礫を踏みしめて、一歩、二歩。
ヒュンケルとの距離は、剣を交えるにはちょうどいい間合いで止まる。
背後で、ダイが小さく息を呑んだ気配がした。
ポップが「おい相馬、お前……」と何か言いかけて、結局飲み込む。
レオナは一度だけ相馬の背中を見て、ぎゅっと目を閉じてから、もう前だけを見つめた。
誰も軽口を挟まない。
不死騎団長ヒュンケルが放つ圧と、ここが戦場だという現実が、それを許さなかった。
(……皆驚いてるな)
相馬は内心で思う。
原作通りなら、ここで真正面からぶつかるのはダイの役目だ。
だが、この世界はもう「原作通り」ではなくなって久しい。
状況を飲み込めてないダイを見てると…年長者として俺が出るべきだと思ってしまった。
それにダイにいきなり、人間相手の闘いはさせたくない。
これは原作キャラとしてではなく、今までダイを見てきた兄貴分としての想いだった。
ポップが舌打ち混じりにぼそっと言った。
「ちょっとは相談しろよな、マジで……でも、止めづれぇ空気出すんじゃねーよ……」
レオナは何も言わない。
その代わり、杖を握る手に、いつもより強く力を込めていた。
――正面。
黒い鎧ではなく、まだパプニカ兵の鎧姿の男が、こちらを見据えている。
顔だけが、場違いなほど整っているのが、逆に怖かった。
――ヒュンケルは、口の端だけで笑う。
「アバンの“問題児枠”、か」
低く、よく通る声だった。
しかしその中には、愉快そうな色はほとんどない。
「お前のような男を側に置いていたとは……本当に、変わった師だ」
「俺は危険因子とはよく言われるがな。
先生のことを変わった人間という奴はそういない」
相馬は肩をすくめる代わりに、剣の柄を握り直す。
「いい先生だと言う奴はたくさんいる」
足を半歩前に出す。
瓦礫が、ぎり、と小さく鳴った。
「さっき、“アバンの教え子を叩き潰す”って言ったよな」
「言ったが?」
「どの口が言うんだよ」
強くも弱くもない、淡々とした声音で続ける。
「“最初の弟子”がさ」
ヒュンケルの目が、わずかに細くなった。
笑っていない瞳が、さらに冷える。
「……なるほど」
男は、ほんの少し顎を上げる。
「軽口ばかりの男だと聞いていたが……なるほど、確かに舌は達者だ」
「口先で生きてるからな」
相馬は皮肉に軽口を返し、一歩、さらに前へ。
風が、二人の間を吹き抜けた。
割れた城門の上で、不死騎団の骸骨兵たちが、じっと下を見下ろしている。
その視線の中心で、二人の男が向き合っていた。
ヒュンケルは、静かに片手を上げた。
「……退がれ」
その一言で、不死騎団が左右に開く。
人の言葉を理解しているのか、骨の兵たちの足音が、ざっ、と揃って下がった。
後ろでダイが、唇を噛みしめながら呟く。
「相馬……無茶すんなよ」
その声を背に受けながら、相馬はゆっくりと剣を抜いた。
ロモスで新調した長剣。
質は悪くない鋼だが、特別な加護も持たない、ごく普通の剣だ。
一方、ヒュンケルは足元の骸骨兵から、無造作に一本の剣を引き抜いた。
パプニカ兵が使っていたであろう軍用剣。
鍔に刻まれた紋章だけが、かつての持ち主の誇りを物語っている。
「……いいのか?」
相馬が眉をひそめる。
「団長様のくせに、そんな拾い物で」
「お前ごときには、これで十分だ」
ヒュンケルは、あっさりと言い切った。
「鎧の魔剣は――国を一つ埋めるに足る相手にしか抜かぬ主義でな」
「そりゃ立派なポリシーだ」
相馬も、構えを取る。
右足を半歩引き、剣をやや低く構えた中段。
ヒュンケルは、ほとんど隙のない正眼。
無駄な力みのない、完成された構えだった。
互いに、一歩も動かない時間が流れる。
風の音。
遠くで崩れた石が転がる乾いた音。
そのすべてが遠く感じられるほど、二人の集中だけが鋭く研ぎ澄まされていく。
(……やっぱり、アバン流の匂いがするな)
剣先越しに相手を見据えながら、相馬は心の中で呟いた。
踏み込みの重心。
肩の脱力。
視線の配り方。
どれも、訓練でアバンが口うるさく言っていた基本と同じだ。
ただし――
(俺の方も実戦をくぐってきた剣だ)
相馬の剣には、ベースとして剣道がある。
それにアバン流の教えと、教科書に血と泥を塗りたくったような、鋭さ。
一つ一つの動きが“死ぬか、生きるか”の選択の末に洗練されている。
そして、似たようなことを、向こうも感じ取っていた。
(妙だな)
ヒュンケルは、目の前の男を冷静に観察する。
構えそのものが洗練されている。
だが型がわかりにくい。
騎士として叩き込まれたものではなく、どこか“我流”の匂いがする。
(間合いの取り方が素人ではない)
軽口を叩く舌の裏側に、冷ややかな計算がある。
何より、目がいい。
(敵を測る目だ。
アバンが、なぜこんな男を側に置いたのか……少しだけ興味が湧く)
沈黙が、限界まで張り詰めたところで。
最初の一歩は、ほとんど同時だった。
◇ ◇ ◇
金属がぶつかり合う澄んだ音が、城門前に響く。
一撃。
二撃。
三撃。
最初の十合ほどは、探るような斬り結びだった。
ヒュンケルは、無駄のない直線的な斬撃。
重さが乗った一撃一撃が、骨のように硬い。
相馬は、それをギリギリで受け流す。
刃と刃を真正面からぶつけるのではなく、少しだけ角度をずらし、力を横に逃がす。
受けるたび、腕に響く衝撃が違った。
(重い。
だけど、振りが荒いわけじゃない)
全部、芯を食っている。
だからこそ、まともに受けたら、こちらの剣が持たない。
相馬は、足運びで距離を調整しながら、ほんのわずかずつヒュンケルの懐に入ろうとする。
だが、そこはさすがに“騎団長”の称号を持つ男だった。
半歩入れば、半歩下がる。
斬り込めば、斜めに捌かれる。
互いに一撃も決められないまま、数十合が過ぎていく。
「すげぇ……」
背後で、ポップが呟いた。
「なぁダイ。あれ、どっちが押してるとか分かるか?」
「……分からない」
ダイは拳を握りしめたまま、ただ目を凝らす。
「相馬もすごいけど……あの人も、全然隙がない」
マァムが小さく頷く。
「純粋な剣の技だけなら、完全に互角……か、ほんの少しだけ、ヒュンケルの方が“慣れてる”って感じ」
「“慣れてる”?」
「死線で剣を振ってきた回数が違う、ってこと」
短い説明のあいだにも、二人の剣戟は止まらない。
ヒュンケルの横薙ぎを、相馬が身を沈めてくぐり、足払いに転じる。
ヒュンケルはそれを跳んで避け、空中から袈裟斬りを落とす。
その刃を、相馬が剣を倒して受け、ぎりぎりでいなす。
火花が、頬をかすめた。
薄く皮膚が裂け、血が一筋だけ流れる。
痛みそのものよりも、相馬はその“速さ”に舌打ちした。
(……やっぱり、このままで勝てる相手じゃねぇな)
普通の剣で、普通ではない相手と斬り結んでいる。
ヒュンケルも、内心で同じような感想を抱いていた。
(ただの“問題児”ではない。
このまま続ければ――)
男の目が、ほんの少しだけ鋭くなる。
次の瞬間。
互いに踏み込み、真正面から一撃を振り抜いた。
金属が、悲鳴を上げるような音を立てた。
ギィィィン!!
重さと重さがぶつかり合い、火花が弾ける。
刃と刃が、真っ向から食い合った。
鍔迫り合い。
力比べ。
わずかながら、相馬の剣が押し勝つ。
ロモスで鍛えられた鋼と、死者の手から剥ぎ取られた軍用剣。
耐久の差が、その瞬間だけ形になった。
ピキッ。
嫌な音がする。
次の瞬間――ヒュンケルの手にあったパプニカ兵の剣が、根元から斜めに折れた。
折れた刃が、くるりと宙を舞い、遠くの石畳に突き刺さる。
静寂。
相馬とヒュンケルが、ほとんど同時に距離を取った。
ヒュンケルは折れた柄を見下ろし、ほんの一瞬だけ目を細める。
「……ふむ」
それだけ言って、あっさりと指を離した。
折れた剣は、石畳の上にカラン、と音を立てて転がる。
その仕草に、敗北の色はない。
むしろ――どこか、面倒な段取りを一つ終えたような落ち着きがあった。
(嫌な予感しかしねぇな)
相馬の背筋に、冷たいものが走る。
ヒュンケルは顔を上げ、城壁の上を見上げた。
「……おい」
静かな呼び声が、石壁に反響する。
次の瞬間。
城壁の上で控えていた骸骨兵が、一斉に動いた。
そのうちの一体が、両手で何かを抱え、城門の縁に近づく。
黒い光を帯びた長剣。
刃も、鍔も、柄も、すべてがどす黒い輝きを放つ異様な剣。
その刀身に刻まれた紋様が、嫌な光を走らせる。
「団長殿!」
骸骨兵が、恭しくそれを掲げる。
ヒュンケルは、ちらりと視線だけ向けた。
「……ふん。
お前ごときには、少々もったいないが」
呟きとともに、手を伸ばす。
鎖がほどけ、黒い剣が落下した。
重力に従ってまっすぐ落ちてくる、一本の黒い閃光。
ヒュンケルは一歩踏み出し、自然な動きでそれを掴み取った。
その瞬間。
空気が、変わった。
城門前に立ちこめていた冷たい風が、一層重たくなる。
黒い剣の刀身を、どす黒い闘気が薄く覆い始める。
(やっと出てきたか)
原作で見た、あの黒い鎧の“核”。
魔法を弾き、戦場を蹂躙する化け物じみた装備。
ヒュンケルは、ゆっくりと剣を構えた。
刃を地面と平行にかざし、そのまま静かに言葉を紡ぐ。
「鎧の魔剣よ――」
その声は、祈りのようであり、呪いのようでもあった。
「我が身を包め」
刃が、低く唸る。
「鎧化」
黒い鞘が、爆ぜた。
刀身から溢れたそれは、ヒュンケルの身体へと包み込み、瞬く間に形を成す。
肩。
胸。
腕。
脚。
全身が、黒い鎧に覆われていく。
鋲を打ったような無骨さと、血を吸ったような鈍い光。
動きのためだけに削ぎ落とされた、無駄のない無骨なシルエット。
最後に、兜が頭部を包み込む。
両眼に赤い光が灯ったようにさえ見えた。
「な、なんだよ、あれ……!」
ポップが、喉を鳴らす。
「さっきまでの鎧と、全然違う……」
マァムも顔を強張らせた。
ダイは何も言わず、ただ拳を握りしめる。
レオナは、相馬の背中と、黒い騎士を交互に見た。
ものすごく悪い予感がして、胃のあたりがきゅうっと縮む。
◇ ◇ ◇
鎧化したヒュンケルの一歩は、それだけで地面を震わせた。
黒い残像とともに、横からの斬撃が飛び込んでくる。
「っ――!」
相馬は、本能で剣を立てた。
甲高い悲鳴のような音。
ガキィィィィンッ!!
衝撃が腕から肩、背骨まで駆け抜ける。
足が一瞬浮きかけるのを、必死に踏ん張って止めた。
だが、その瞬間。
手の中の感触が、変わった。
軽くなる。
嫌な意味で。
視界の端で、銀色の何かが回転しながら宙を舞った。
相馬の剣の刀身が――根本から、斜めに飛んでいた。
折れた刃が、地面に突き刺さる。
残ったのは、掌に収まる程度の刃と、柄だけになった“ただの棒”。
「……っ」
指先まで痺れる手で、相馬はそれを握りしめた。
完全に、武器を失った。
ロモスで手に入れた剣は、黒い鎧の一撃を一度受けただけで、まともな形を保てなくなった。
「終わりだな」
ヒュンケルが、淡々と言う。
「魔王軍の兵でもない人間が、ここまで食らいついてきたのは、正直驚いたが――」
黒い剣先が、再び相馬を指す。
「武器もない者に時間を割くほど、俺は甘くない」
低く告げられた言葉に、ダイの身体がわずかに跳ねた。
ポップが「やべ――」と叫びそうになった口を手で押さえる。
レオナは、声を出すことすらできず、口元からはひゅっ! という音がした。
◇ ◇ ◇
背後で、意を決したダイが叫びかける気配がした。
「相馬!!」
「来るな!」
相馬は、振り向かずに叫んだ。
声が、よく通る。
「ここは俺に任せとけって言ったろ、ダイ」
ヒュンケルが、興味深そうにわずかに首を傾げる。
「随分と冷静だな。
死に際に、仲間の身の安全の方を考えるとは…余裕なのか、それともバカなのか?」
「死ぬつもりはねぇよ」
相馬は、割れかけた呼吸を、無理やり整える。
手の中に残った、柄だけになった剣。
もはや通常の剣としては用を成さない、ただの“棒”だ。
だが――
実はあるのだ。
刀身の無い、柄だけの剣を持つことで発動可能になる呪文が。
光の刃を出すとともに、“別の世界”の騎士たちの身体能力と剣術を借りる技。
(ツァーリボンバーと違って、これは使うなって言われた覚えは、ない)
ここは、俺にとっては現実、そして今のダイ等にとっても。
そして殺し合いの場だ。
もしこの場で、自分が遠慮して倒れれば――その先にあるのは、自己責任による結果。
だったら、迷う理由はどこにもない。
相馬は、折れた剣の柄を握り直した。
浅く息を吸い込み、胸の奥で魔力の流れを切り替える。
ヒュンケルが、一歩踏み込む気配がする。
「ライトセーバー」
空気が、わずかに震えた。
折れた刃の先端に、白い光がぽつりと灯る。
火花ではない。
魔法の火でもない。
眩い光の刃が、一気に伸びた。
折れた刀身の代わりに、ぴたりと80センチメートルで止まる光の剣。
青白い輝きが、城門前の空気を切り裂くように揺らす。
熱。
それがただの光ではなく、凄まじい熱量を帯びた“刃”であることを、周囲の空気が証明していた。
相馬の視界が、一瞬だけクリアになる。
重心が、自然と低く決まる。
筋肉の反応速度が、さっきまでとは別物だ。
世界が、ほんのわずかスローモーションになったように見える。
ヒュンケルの足運び。
鎧の隙間の角度。
黒い剣の軌道。
それらすべてが、線ではなく“面”で見える。
黒い鎧の騎士が、踏み込みかけた足を止めて、初めてわずかに目を見開いた。
「……なんだと?」
相馬は、光の刃をわずかに横に振ってみせる。
空気を裂く、低い唸り。
自分でも、苦笑したくなるほどの“反則じみた感触”だった。
「別に死ぬつもりはないって言っただろ。
お前相手に切り札の一つや二つは持って挑んでるさ」
光の剣を構え直す。
さっきまでと同じ、中段。
だが、そこに宿る圧は、まるで別物だった。
「続きだ。不死騎団長」
城門前に、再び風が吹き抜ける。
黒い鎧と、光の刃。
正面から向かい合った二人の間で――
新しい、殺し合いの幕が、静かに上がろうとしていた。
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