オーバーヒート(AI小説)   作:匿名希望

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31話 悪の華

――黒い鎧と、光の刃。

 

 城門前の空気が、一瞬で凍りついた。

 

 闇をまとった全身鎧と、青白く伸びる一本の光。

 距離はあるのに、互いの存在感が真正面からぶつかり合い、目に見えない圧となって周囲に広がる。

 

 レオナは、いつの間にか息を止めていた。

 

 すぐ前に立つ相馬の背中。

 その向こうで、黒い兜の騎士が、仮面のような静けさでこちらを見据えている。

 

 胸の奥で、心臓が妙なリズムで暴れた。

 ――怖い。

 

 黒鉄の鎧が、わずかに沈む。

 ヒュンケルが、鎧の魔剣を持ち上げた。

 

「さっきまでの剣とは、まるで別物だな」

 

 低く、しかし淡々とした声。

 

 ヒュンケルの視線は、相馬の手の内に収まった光の刃をなぞるように動く。

 

 炎でも、雷でもない。

 形を持った「エネルギー」そのものが、刃の姿を取っている。

 

 振動は鋭く、だが刀身からは一片の重さも感じない。

 代わりに、肌に刺さるのは――得体の知れない「熱」。

 

 相馬が先ほど口にした名前を、彼は思い出す。

 

「……“ライトセーバー”だったか」

 

 その単語を口の中で転がしながら、ヒュンケルは静かに結論づける。

 

「魔族の技でも、人間の魔法でもない」

 

(今までの“肌触り”が、まるで通用しない……厄介だな。一度当ててみるしかない)

 

 そう思った時には、もう足が動いていた。

 

 黒い影が、弾かれた矢のように走る。

 

 鎧の重さを感じさせない鋭い踏み込み。

 闇を裂くような斜めの一閃が、相馬の首筋めがけて振り下ろされた。

 

 バシュウ――!!

 

 横薙ぎに倒された光の刃が、その軌道に割り込む。

 火花の代わりに、金属が焼けるような、耳障りな音だけがギリギリと響いた。

 

 鍔迫り合い。

 

 青白い光と、黒い金属。

 

 押し合う二人の顔は、紙一重の距離まで近づいていた。

 

「……重てぇな」

 

 相馬が、喉の奥で吐き出す。

 

 腕にかかる重圧は、筋力だけの問題じゃない。

 鎧の魔剣そのものが「押し返してくる」ような、濃い闘気の塊だ。

 

 だが――

 

(感触は掴める)

 

 光の刃の芯を通じて、相馬は相手の体重も、腰の向きも、癖も、全部「流れ」として感じていた。

 

 視界の端で、システムウィンドウがちらつく。

 

【装備:ライトセーバー】

【付与効果:ジェダイの騎士(ライトサイド)】

・感覚拡張:敵の殺気と間合いが線で見える

・剣技最適化:その場で取り得る最善手を自動補正

 

 足の位置。

 重心の置き方。

 肩と腰の回転。

 

 「動くべき場所」が、線で見える。

 

(バフ込みなら――“剣士として”は、こっちが上だ)

 

 自惚れじゃない確信が、静かに腹の底に落ちた。

 

 光の刃を支点に、相馬はじわじわと有利な体勢へとずれ込んでいく。

 相手の力を逃がし、自分の力だけを積み上げていくような、緩やかな上書き。

 

 数秒。

 

 さらに、数秒。

 

 黒い刀身の表面に、じわり、と赤い色が滲み始めた。

 

 灼けた鉄のような、目に痛い赤。

 

「……っ」

 

 ヒュンケルの眉が、わずかに動く。

 

 柄から伝わる熱。

 鎧越しでも、握る手が焼かれそうな感覚。

 

(斬り結ぶほどに、こちらの魔剣が“削られる”……!)

 

 即座に判断がくだされる。

 彼は力の向きを変え、自分から鍔迫り合いを解いた。

 

「――!」

 

 相馬の身体が、わずかに前へ泳ぐ。

 そこへ、黒い剣が横ざまに引き抜かれた。

 

 反射で、相馬も踏み込む。

 

「はぁッ!」

 

 閃いた光の軌跡が、黒鉄の胸甲をなでるように走った。

 

 ジッ、と短く嫌な音がする。

 

 鎧が――削れた。

 

 ヒュンケルの肩口から胸元にかけて、黒鉄の表面が、一本の線で抉られている。

 塗装が剥がれたみたいな浅い線。だが、そこだけ金属の色が白く焼け、熱で赤く縁取られていた。

 

「当たった……!」

 

 レオナが思わず声を漏らす。

 

 しかし、相馬自身は舌打ちを飲み込んだ。

 

(表面だけ、かよ)

 

 見た目よりも薄い手応え。

 

「硬い鎧ってのは厄介だな」

 

 ぼそっと漏らした愚痴は、相手には届かない。

 

 ヒュンケルは一歩退き、自分の剣と鎧を一瞥した。

 

 黒い刀身にうっすらと残る赤み。

 時間経過で少しずつ薄くなっていく。

 足元の石畳には、薄く剥がれた金属が、ぱらぱらとこぼれ落ちていた。

 

 胸元の削り傷にも、指先が一瞬だけ触れる。

 

(“絶対”ではないな)

 

 表面だけを削った傷。

 だが、触れた指先に、じんとした違和感が残る。

 

 あの光の剣は、確かに自分を殺せる。

 ただ鎧の格が、その一撃を「まだ通させていない」だけだ。

 

「お前の剣と押し合いは、危険なようだ」

 

 淡々とした分析。

 そこにも、焦りはない。

 

「そりゃどうも。確かにこいつはその剣には優しくは無さそうだ」

 

 相馬が、薄く息をしながら笑う。

 視線だけで、黒い刀身の薄い変色を撫でた。

 

 ヒュンケルはわずかに目を細めた。

 

「……察しが早い」

 

 次の瞬間には、第二撃が来ていた。

 

◇ ◇ ◇

 

 そこからの数合は、速すぎて、レオナの目にはほとんど線と音でしか届かなかった。

 

 光の弧。

 黒い残像。

 金属が焼ける耳障りな音と、風を裂く低い唸り。

 

 ヒュンケルの剣筋は、相変わらず重く、鋭く、隙がない。

 だが、さっきまでと違うのは――

 

「……受け方を、変えた?」

 

 レオナが小さく息を呑む。

 

 ヒュンケルは、もはや長い鍔迫り合いを仕掛けてこない。

 刃と刃が触れるのは、ほんの一瞬。

 跳ね合わせて、すぐに離れる。

 まるで、ライトセーバーに自分の剣を長く触れさせることを、本能的に避けているかのようだった。

 

(切り替えが早いな……!)

 

 相馬は、わずかな感心と、同じくらいの焦りを噛みしめる。

 

(でも“動き”は読める)

 

 ヒュンケルが踏み込む。

 その一歩の重さは、さっきと変わらない。

 だが、相馬の身体は、もうそれに押されない。

 

 足を半歩だけ斜め後ろに引く。

 腰を回し、肩を落とす。

 光の刃の角度を、相手の動きに「はめ込む」。

 

 黒い剣が、空を切る。

 

「……!」

 

 ヒュンケルの目が、そこで初めてわずかに見開かれた。

 

(かわされた)

 

 今の斬撃は、力も角度も、鎧の重さも計算に入れた最適の一撃だった。

 それを、相手はほんの指一本分、外へずらしていなした。

 

 偶然ではない。

 数合続けて、同じことをやってのける。

 

(剣速も、反応も……俺より、上か)

 

 純粋な「剣士」としての優劣だけを見れば、今この瞬間、天秤は相馬のほうに傾いている。

 

「っ……!」

 

 光の刃が、今度はヒュンケルの脇腹をかすめた。

 

 ジッ、と鉄を焦がす音。

 黒鉄の板の縁が、また薄く削れる。

 わずかなオゾン臭が、レオナの鼻を刺した。

 

「相馬!」

 

 思わず叫んだダイの声に、相馬は答えない。

 

 削れたのは、やはり表面だけ。

 鎧の内側にまで届かない。

 光の軌跡が通った場所の感覚が、妙に硬い。

 

(決まらねぇ……!)

 

 相馬は歯噛みする。

 

 今の入り方も間違いなく致命傷級だ。

 普通の敵なら、さっきの胸か、今の一太刀で終わっている。

 

 それでも、黒鉄の鎧はびくともしない。

 

(長引いて集中が切れたら、絶対ろくなことにならないな)

 

 一方のヒュンケルも、静かに結論に至っていた。

 

(このライトセーバーと、長く斬り結ぶのは悪手だ)

 

 斬り結ぶたびに、自分の鎧の魔剣が焼かれていく感覚。

 そして、鎧の表面を削っていく、あの不快な「臭い」。

 

 このクラスの相手に、攻めて押し切るのは難しい。

 押し切れたとして、その頃には鎧の魔剣のほうが先に悲鳴を上げる。

 

「……厄介な玩具を手に入れたものだな」

 

 一合、間合いが離れたところで、ヒュンケルがぽつりと呟いた。

 

 声色は、どこか馬鹿にしたように軽い。

 だが、兜の奥の眼光だけは、まったく笑っていない。

 

「おいおい」

 

 相馬がライトセーバーを構え直しながら、肩をすくめる。

 

「玩具にしては、さっきからいい反応してくれてんじゃねぇか」

 

「反応はな」

 

 ヒュンケルは、自分の剣の刃をちらと見下ろす。

 

 黒鉄の縁には、色の濃淡が浮かんでいる。

 

「確かにこれ以上“押し合い”を続ければ――」

 

 言葉をそこで切り、軽く首を振る。

 

「……鎧の魔剣が、先に崩れる可能性はある」

 

 その言葉に、レオナは息を呑んだ。

 

(自分の武器の限界まで、冷静に計算してる……)

 

「方針を変える」

 

 ヒュンケルは、わざとらしく肩の力を抜いて見せる。

 

「お前のその光るおもちゃに、これ以上付き合うつもりはない。

 ――さっさと終わらせる」

 

 軽口のような響き。

 しかし、その一言に込められた決意だけは、切っ先と同じくらい鋭かった。

 

◇ ◇ ◇

 

 相馬の背後で、ポップが小さく身震いする。

 

「ダイ、下がってろ。なんかやばいものが来るぞ――」

 

「うん……うん」

 

 ダイが、喉を鳴らしながら頷いた。

 

 ヒュンケルが魔剣を腰だめに構える。

 

 さっきまでのように、真正面から相馬と剣をぶつけ合う構えではない。

 重心を低く、前のめりに。

 刃先は相馬ではなく、その背後――一行の方角を真っ直ぐに捉えていた。

 

(間合いが……変わった)

 

 相馬の背筋を、冷たいものが這い上がる。

 

 今のヒュンケルは、「斬り合う」姿勢を完全に捨てている。

 かわすことも、受けることも前提にしていない。

 ただ「貫く」ためだけに組まれた構え。

 

 いやな予感が、レオナの背筋を冷たく撫でる。

 

 その予感が形になる前に。

 

 ヒュンケルは、もう一度、相馬へ視線だけを戻した。

 兜の奥の目が、真っ直ぐに相馬だけを射抜く。

 

「さっきまでの“剣士ごっこ”は、悪くなかった」

 

 余裕すら感じさせる声音。

 

「だが――俺が本当に得意なのは、“間合いを殺す一撃”だ」

 

 足元で石畳を蹴る音が、わずかに遅れて耳に届く。

 

 黒い騎士の身体が、回転した。

 

 鎧の重さなど存在しないかのように、槍投げのような大きな捻り。

 絞り込まれた闘気が、一本の線に収束する。

 

「ブラッディスクライド!!」

 

 叫びと同時に、ヒュンケルの突きが空気を裂いた。

 

 刃先は相馬の手前、ほんの数歩でぴたりと止まる。

 だが、それで終わりではない。

 

 黒い魔剣の刀身から、闘気が噴き出した。

 

 血の色をした紅の線が、そこから先に伸びる。

 刃の延長線が、そのまま巨大な刺突になって襲いかかってきた。

 

 狙いは単純。

 真正面から、相馬ただ一人。

 

(来たか……!)

 

 相馬の目が細くなる。

 実際に見ると、放たれてから避けるには、あまりにもそれは速い。

 

「ピオリム!!」

 

 短く詠唱。

 足元に風が噴き上がる。

 

 世界の動きが、ほんの一段、遅くなる。

 

 紅の軌跡が迫る。

 その“隙間”をすり抜けるように、相馬は地面を滑った。

 

 紙一重。

 

 血の刃が頬をかすめる。

 焼けるような熱が、一本の線になって肌を走った。

 

 直後。

 

 相馬のすぐ背後――城門の巨大な扉が、轟音とともに真っ二つに裂けた。

 

 硬い木と鉄が、紙細工のように抉られる。

 血の代わりに、木片と鉄片が噴き上がった。

 

「な、なに今の……!」

 

 ポップが、言葉を失う。

 

「扉が……」

 

 ダイの声も震えていた。

 

 レオナは、自分の心臓が一度喉まで跳ね上がったあと、うまく元の位置に戻れていないことに気づく。

 

(今の一撃……相馬が避けてなかったら)

 

 最悪の光景が、頭の片隅で形を取りかけたところで――

 

 相馬の背中が、すっぱりと視界を塞いだ。

 

 振り向いた彼が、薄く笑う。

 

「……マジで洒落になんねぇな、これ

  確かに間合いを殺す一撃だ」

 

 その顔を見た瞬間、レオナの胸が痛いくらい鳴った。

 

(やめてよ……そういうときに、その顔で笑わないで)

 

 不安と怖さと安堵が一気に押し寄せる。

 それでも、目は離せなかった。

 

◇ ◇ ◇

 

「これを避けるか」

 

 ヒュンケルが静かに漏らす。

 驚きというより、予定にチェックを入れるみたいな声だった。

 

 兜の奥の視線が、じろりと相馬をなぞる。

 

「……アバンの教え子どもが軟弱でないことは聞いていたが」

 

 そこで、わずかに間を置いた。

 

「“異邦人”も、その中に含めてやるべきらしい」

 

「勝手にまとめるなよ」

 

 相馬は光の剣を握り直し、肩を軽く回した。

 

「確かにアバンの弟子にはなったけどな。

  弟子というには少し歳を食ってる」

 

「……ガキが年寄りアピールとは笑わせる。

  どちらにしろアバンの“残したもの”であることに変わりはない」

 

 ヒュンケルは一歩も踏み込まない。

 代わりに左腕を半歩前へ滑らせ、掌を扇のように開いた。

 

 その動きだけで、レオナの背筋に冷たいものが走る。

 

「ッ!」

 

「な、何あれ……」

 

 マァムも小さく声を震わせた。

 

 指の隙間から、黒い糸のようなものが何本も滲み出る。

 闇を細く引き伸ばしたような線が、熱も音もなく空間を這い、相馬へと走った。

 

「闘魔……傀儡掌」

 

 相馬は舌打ち混じりに技名を吐き捨てる。

 

 闘気を糸状にして相手の身体に絡め取り、遠隔で縛り上げる、忌々しい術。

 

(あの速度のブラッディスクライドがかわされた以上……次は動きを奪う)

 

 ヒュンケルは話しながらも、心中で淡々と計算を進めていた。

 

 この“異邦人”は、速い。

 一本の線では、遠くから突いても、かわされる。

 

(ならば、止めてから斬る。……ただ――)

 

 思考の隅に、ほんの微かな不確定が灯る。

 しかしヒュンケルは、その揺らぎをわざと無感情な声で塗りつぶした。

 

「身体ごと、俺の人形にしてやる」

 

 黒い糸が、一気に相馬へ殺到する。

 

 右腕、左腕、両脚。

 そして――光の剣の柄へ。

 

「……っ」

 

 触れた瞬間、関節の奥に冷たい石を詰め込まれたような異物感が走った。

 筋肉とは別の方向へ、身体を無理やり引っ張る力。

 

「クッ……! なるほどこんな感じなのか」

 

 相馬の右腕が、勝手に持ち上がる。

 

 光の刃が、じわじわと喉元へ向かっていった。

 

「やめ――!」

 

 レオナの叫びが出るより速く、状況は滑り出す。

 

 足元では、まだピオリムの残滓が渦を巻いていた。

 

 相馬は、流れを逆に利用する。

 

(抵抗するんじゃない。乗る)

 

 糸が引くままに身体を預け――その方向へ、自分からさらに速度を上乗せする。

 

 黒い糸が、一方向へぐい、と引き伸ばされた。

 

 蜘蛛の巣を、一気に払うみたいに。

 

「ェーッ!」

 

 片足で地面を強く蹴り、相馬は上体をひねる。

 その勢いのまま、光の刃を横殴りに振り抜いた。

 

 シュッ、と短い音。

 

 糸状の闘気が、まとめて切り裂かれる。

 断たれた黒い線は空中で波打ち、残光だけが煙のように揺らいだ。

 

 喉元へ迫っていた光の刃が、紙一枚分のところでぴたりと止まる。

 

「……ふぅ」

 

 相馬は、わざとらしいほど大きく息を吐き、肩を回した。

 

「悪いな。俺、操られる趣味はないんだわ」

 

 軽口とは裏腹に、額にはしっかり汗がにじんでいる。

 

 あの一瞬、糸の引き方を読み間違えていたら、自分で自分の首を斬り落としていた。

 

 ヒュンケルの瞳が、指先の暗黒闘気の糸をなぞり、一瞬後に霧散させる。

 

 闘魔傀儡掌――遠距離から相手の動きを封じる切り札。

 普通なら、絡め取った時点で勝ちが決まる技だ。

 

(“受けたあとで”、切り方を決めた……だと?)

 

 糸に絡められた瞬間、自分の身体と糸の方向を把握し、そのベクトルを逆手に取る。

 

 普通ではない。

 

 胸の奥で、かすかな感情が芽を出す。

 

 それは無意識下の“恐怖”だった。

 

「……面白い」

 

 薄い笑みだけで、その色を塗りつぶした。

 

「人間としては、よくやる。誇るがいい」

 

「そりゃどうも」

 

 相馬が口の端をつり上げる。

 

 ヒュンケルはそれ以上言葉を続けず、一度視線を相馬の背後へと滑らせた。

 

 レオナ。

 ダイ。

 ポップ。

 マァム。

 

 城門の前に並ぶ、小さな背中たち。

 

「だが――不死騎団としては、お前一人を斬ればそれで終い、という話でもない」

 

 その目に、ゆっくりと別の色が滲む。

 

「宣言する、アバンの教え子たちよ」

 

 魔剣が、再び構えられる。

 

「お前たちは、“守る相手”がいるから弱くなる」

 

「……なに?」

 

 相馬の声が低く沈む。

 

「守るものがあるがゆえに、貴様は負ける」

 

 ヒュンケルが地を踏みしめた。

 

「ブラッディスクライド!!」

 

 二度目の紅い剣圧は、先ほどとは違う軌道を描く。

 

 今度は相馬ではなく、その脇をかすめるライン。

 真横から、仲間たちを薙ぎ払うように伸びていった。

 

(そっちに来たか……! エグい!)

 

 最初から「避ける」という選択肢を奪う射線。

 

 相馬は奥歯を強く噛みしめる。

 

「バイキルト!!」

 

 短い詠唱とともに、光の剣が一段と膨れ上がった。

 

 刀身の輪郭が、眩さに溶けるほどの輝き。

 腕には、ずしりとした“重さ”がのしかかる。

 

 だが、その重さは――斬撃のイメージを、鮮烈にする。

 ピオリムの残り香のような加速が、まだ足元に残っている。

 相馬はそれをかき集めるように石畳を蹴り、紅い軌跡のラインに飛び込んだ。

 

 正面ではなく、わずかに斜め。

 ギリギリで食い込める角度へ身を滑り込ませる。

 

 紅い剣圧の側面に、光の刃を叩きつけた。

 

 光と血の軌跡が、空中で衝突する。

 

 耳を裂くような高い音が、低い唸りに変わりながら長く伸びた。

 衝撃が、腕の骨の芯まで容赦なく食い込んでくる。

 

「――ッ!」

 

 相馬の身体が、石畳の上を数メートルも滑った。

 靴の下で石が砕け、白い粉が舞う。

 

 紅の軌跡は、無理やり軌道を歪められる。

 レオナたちを掠めることなく、城壁の高い位置へ逸れ――

 

 そこにあった石造りの装飾を、ごっそりと抉り飛ばした。

 

「相馬!!」

 

 マァムの悲鳴じみた声が響く。

 

 レオナも、息を飲むことしかできなかった。

 

 相馬の手は、わずかに震えている。

 光の剣の先端が、さっきよりはっきりと揺れていた。

 

「……観客狙いとか、つれないことすんなよ、先輩」

 

 それでも相馬は、わざとらしく口元を上げた。

 手の震えを抑え込むように、敢えてライトセーバーを手首を支点にブンブン回す。

 周囲に特有の低周波の音が響き渡った。

 

 自分が一番よく分かっている。

 笑っていられる状況じゃないことくらい。

 あからさまな第三者狙い…このヒュンケルは、そういう手段を頭に入れた。

 

(やめて……そんな顔)

 

 レオナの胸が、また軋む。

 

(“今度は誰も失わないために”なんて、自分で言ったくせに)

 

 その言葉を盾にして、平気な顔で命を張る。

 ずるい。

 

 ずるいのに、その背中を責めきれない自分が、もっと怖かった。

 

◇ ◇ ◇

 

「……ちっ、往生際の悪い連中だ」

 

 砂煙の向こうで、ヒュンケルが吐き捨てる。

 

 だがこの、その声には、先ほどと違い明らかな疲労の色が混じっていた。

 

 二度のブラッディスクライド。

 闘魔傀儡掌。

 

 魔剣を覆っていた闘気は、先ほどまでより薄い。

 鎧の各所には、ライトセーバー――相馬の光の剣で削られた傷が増えている。

 

(おそらく、先に俺の闘気が尽きるだろう)

 

 内心で、淡々と状況を整理する。

 

 遠くから突いてもかわされる。

 絡め取っても、糸を一息で断ち切られる。

 そして完全に想定外なのは、ブラッディスクライドをはじき飛ばされたことだ。

 

(……おかしな存在だ。

  神か何かに類するものなのか)

 

 胸の底で、さきほどよりも“恐怖”の輪郭が明確になりつつある。

 ヒュンケルは、その芽を別の感情で塗りつぶした。

 

 憎悪。

 そして、プライド。

 

「守る相手がいるゆえに弱くなる――と言ったはずだがな」

 

 余裕を装った声で続ける。

 

「ここまで来て、まだそれをやめようとしないとは。アバンの弟子とは、本当にどうしようもない」

 

「だったら、どうしろってんだよ」

 

 相馬が、息を整えながら吐き捨てる。

 

「俺は別に、正義の味方がやりたくてここにいるわけじゃない」

 

 ちら、と背後を振り返る。

 

 震えながらも剣を握るダイ。

 杖を握り直すポップ。

 魔弾銃を構えるマァム。

 杖を強く握るレオナ。

 

 相馬は、ほんのわずかに笑った。

 

「でもまあ、今ここでお前に言っても伝わらねぇんだろうな」

 

「貴様の言い分など、どうでもいい」

 

 ヒュンケルの声が、かすかに刺々しくなる。

 

「だが、“誰も失わない戦い”などという幻想を本気で信じているなら――」

 

 黒い兜の奥で、目が細められる。

 

「それこそが、アバンが植え付けた甘い毒だ」

 

「……あの人はな」

 

 相馬は一瞬だけ目を伏せた。

 

 デルムリン島。

 剣を構えた師匠の最後の瞬間。

 

 “君は――ダイくんと、レオナ姫と、ポップを、この先の世界まで連れて行ってやってくれ”

 

 言われたときの、あの真っ直ぐな眼差し。

 

「全部守れるなんて、最初から思ってなかったさ」

 

 静かに言葉を選ぶ。

 

「それでも、守ろうとして足掻くことは、“無駄じゃない”って、自分の身体で教えてくれた人だ」

 

 ヒュンケルの目が、一瞬だけ揺れた。

 

 すぐさま、憎悪で塗りつぶす。

 

「……反吐が出る」

 

 押し殺したような声。

 

「その男は、俺からすべてを奪ったっ!!!」

 

 怒号が、城門前の空気を震わせる。

 

 ヒュンケルは魔剣の切っ先を、わずかに下げた。

 喉からせり上がるものを、言葉に変えるように。

 

「戦場に捨てられていた赤子だった俺を拾ったのは――魔王軍の騎士バルトスだ」

 

 乾いた声に、熱だけがこもる。

 

「人間の子など捨て置けと笑う奴もいた。だがあの男は、剣を教え、礼を教え……“心”なんて余計なものまで叩き込んだ」

 

 マァムが、小さく息を呑んだ。

 

「俺の世界は、あの男と地底の城だけだった」

 

 ヒュンケルの瞳が、暗く細くなる。

 

「そこへ現れたのが、“正義の勇者”アバンだ」

 

 鼻で笑う。

 

「魔王を倒すため? 正義のため? 好きに名乗ればいい」

 

 ギュ、と魔剣の柄を握る音がした。

 

「父の身体が崩れ落ちたとき、そこに立っていたのは、その男ただ一人だった。理由なんてどうでもいい。結果として、俺から父を奪った剣こそが――“正義”の正体だ」

 

 レオナの喉が、音もなく震える。

 

「だから俺は弟子になった。懐に入り込み、その技も、知恵も、全部盗み――いつかその剣で本人を叩き斬るためにな」

 

 怒りに火がつくと同時に、自分の“戦う理由”をもう一度確かめる作業でもあった。

 

(アバンの教え子を斬り、その残りかすをすべて壊す。それが、俺が剣を取る理由だ)

 

 ブラッディスクライドを2度。

 闘魔傀儡掌を一度。

 

 闘気は確かに削れている。

 

 だが、まだ“最後の一手”に回すだけの残りはある。

 自分自身にそう言い聞かせるように、ヒュンケルは息を吸い込んだ。

 

◇ ◇ ◇

 

「……やめて」

 

 沈黙を破ったのは、マァムの声だった。

 

 気づけば、彼女は一歩前に出ていた。

 

「マァム、危ないって!」

 

 ポップが慌てて腕を掴むが、マァムはそれを振り払う。

 

「ポップは黙ってて!」

 

 まっすぐにヒュンケルを見据える。

 

「あなたの“お父さん”は……そんなふうに人を憎みながら生きろなんて、絶対に思ってない」

 

 ヒュンケルの目が、わずかに細められた。

 

「アバン先生だってそう。あの人は、誰かを斬るたびに本気で悩む人よ。“正義だから”なんて言葉で、自分を誤魔化したりしない」

 

 声が少し震える。

 

「私には、あなたの寂しさ全部なんて分からない。けど――」

 

 拳を握る。

 

「その寂しさを埋めるために、自分で自分を傷つけるみたいに憎しみを振り回すのは……もう、やめてよ」

 

 敵に向ける言葉、というよりも。

 誰か一人、不器用な人間に向けて伸ばした言葉だった。

 

「ヒュンケル……あなたがそんな顔で戦うの、見ていたくない……!」

 

 ヒュンケルは短く吐き捨てる。

 

「甘いな」

 

 それは、マァムだけでなく、自分自身に向けた言葉でもあった。

 

「そんな言葉で父が戻るなら、俺はとうに剣を捨てている」

 

 魔剣の先が、ゆっくりと持ち上がる。

 

「それに――」

 

 冷えた視線が、マァムを射抜いた。

 

「バルトスは、魔王軍の騎士として死んだ。勇者に敗れ、魔王の死と共に消える運命を受け入れた“魔物”だ。そんな男の子が、今さら人間の側に回って何を語る?」

 

 マァムは一瞬言葉を失う。それでも視線を逸らさない。

 

「資格とか、関係ないわ」

 

 震えながら、それでも言う。

 

「どんな生まれでも、誰に育てられてても……今苦しんでる人に“やめて”って言うくらい、誰にだって――」

 

「その“やめて”が、俺からすべてを奪った男の口から出た言葉でもか?」

 

 ヒュンケルの声が、さらに低く沈んだ。

 

「父の灰にすがって泣いていた俺に、アバンが“君を幸せにするためだ”とでも言っていればよかったのか? 笑わせるな」

 

 握りしめた魔剣が、ギチリと鳴る。

 

「だから俺は――誰が何と言おうと、あの男の“残りかす”を、この手で徹底的に切り刻む」

 

 アバンの教え。

 その弟子たち。

 “正義”を名乗るもの。

 

 全部まとめて。

 

「マァム」

 

 相馬が短く呼んだ。

 

 振り返りはしない。

 それでも、その一声だけで「ここから先は危ない」が伝わる。

 

 マァムは唇を噛み、握った拳を胸元へ戻した。

 

◇ ◇ ◇

 

 闘気が、再び濃くなる。

 

 黒い鎧の隙間から、暗い光が漏れた。

 ブラッディスクライドの連発は、ヒュンケル自身の身体を蝕んでいる。

 

(連発はさすがに堪えるはずだが……)

 

 相馬も、荒い呼吸の合間に冷静さを取り戻す。

 

 ピオリム。

 バイキルト。

 ライトセーバー。

 

 こちらも魔力を削っている。

 腕は痺れ、光の刃もわずかに揺れていた。

 特にライトセーバーの連続展開は…重い。

 

(ジリ貧なのはお互い様、ってやつだな)

 

 ――そして決め手を欠いているのも、お互い同じだ。

 

 ライトセーバーは鎧の表面を削ることはできる。

 だが、一撃でヒュンケルを戦闘不能にするには心許ない。

 

 ツァーリボンバーのような“やり過ぎた切り札”は論外だ。

 守るべきものごと吹き飛ばしたら、本末転倒になる。

 

「……そんな顔で考え込むな」

 

 ヒュンケルの口元に、嫌悪めいた笑みが浮かんだ。

 

「お前の迷いは、見ていて目障りだ」

 

 魔剣が、三度構えられる。

 

 城門前の空気が、一段と張り詰めた。

 

 ヒュンケルは大きく息を吸い込み――

 

「ブラッディスクライド!!」

 

 三発目。

 

 今度はほとんど溜めを作らない。

 浅い踏み込みから、コンパクトに身をひねる。

 

 そのぶん、闘気を一本の線に絞り込んだ“鋭さ”だけが増していた。

 

(細い……!)

 

 レオナの目にも分かる。

 

 さきほどまでの紅い軌跡よりも、細く、速い。

 線というより、針。

 

 貫くためだけに研ぎ澄まされた一撃。

 

 紅い剣圧が、再びレオナたちへ向かう。

 

 さきほどよりも速く、薄く、読みづらい軌道。

 わずかでも対応を誤れば、そのまま全員を串刺しにしかねないラインだった。

 

(真正面から受けに来いってわけかよ……!)

 

 考えるより先に、相馬の身体が動く。

 

 ピオリムの残り香のような加速。

 バイキルトがまだ刀身に宿らせている“重さ”。

 

 足の裏で石畳を蹴り、そのすべてを紅い線へ叩きつける。

 

 さっきまでの経験を総動員して、最適な角度を選ぶ。

 

 限界まで浅く。

 それでいて、確実に軌道を曲げられる角度。

 

 光と血の線が、再びぶつかった。

 

 爆ぜるような衝撃。

 レオナは反射的に目を閉じ――

 

(逸れろ――!)

 

 祈りにも似た願いに答えるように、紅の軌跡がぎりぎりで曲がる。

 

 相馬の肩を掠め、背後の石畳を抉った。

 

 レオナたちの足元から、指一本分だけ離れた場所に、深い溝が刻まれる。

 

 轟音が、城門前を揺らした。

 

 砂煙の中で、レオナはそっと目を開ける。

 

 視界の中央には――やはり相馬の背中があった。

 

 さっきよりも、ほんの少し低い姿勢で。

 肩で荒く息をしている。

 

 光の刃はまだ消えていない。

 だが、その先端の光は、不安定に揺れていた。

 

「……無茶しすぎ」

 

 マァムの声が震える。

 

 レオナは声が出なかった。

 喉がきゅっと縮まっている。

 心臓は、さっきからずっと乱れっぱなしだ。

 

(本当に……何回、心臓止めるつもりなのよ)

 

 それでももし、ここに彼がいなければ――自分たちはとっくに死んでいる。

 

 その事実が、さらに胸を締め付けた。

 

◇ ◇ ◇

 

「……ちっ」

 

 砂煙の向こうで、ヒュンケルが舌打ちをする。

 

 しかし、その行為には隠しきれない疲労が滲んでいた。

 

 三度のブラッディスクライド。

 闘魔傀儡掌。

 鍔迫り合いのたびに焼かれていく魔剣。

 

 闘気は、ほとんど底をつきかけている。

 

(大業では届かんか。試していないのは)

 

 自分でも驚くほど、冷静な思考が残っていた。

 

 本来なら、ここで退くのが理屈だ。

 不死騎団長として、不利な戦場から撤退する判断は間違いではない。

 

 だが――。

 

(俺は、不死騎団長であると同時に、正義への敵対者だ)

 

 脳裏に、バルトスの背中が浮かぶ。

 剣を教えてくれた男の姿。

 

 そして、アバンの構え。

 自分に剣と技と知恵を教えた、憎むべき師の姿。

 

(選んだ悪の道に、情けない結末は似合わん)

 

 目の前の男が、闘気の糸を斬り、三度の剣圧を逸らした。

 仲間を守ろうとして無茶を重ね、それでもまだ立っている。

 削れているのは同じだ。

 

(まだ勝利の目がないわけではない。

  ……今、退いてどうする)

 

 ヒュンケルは静かに息を吐いた。

 どうせこのまま戦うなら――

 

(最後は、剣でいく。

  どちらが散るにしろ、悪の華を咲かせる)

 

 そう決めた。

 

 魔剣が、静かに構え直される。

 

 今度は、突きでも薙ぎ払いでもない。

 肩の力を抜き、全身の線を一本の斬撃に繋げる“型”。

 

 鎧の重さも、闘気の残量も関係ない。

 

 純粋な剣士としての一撃。

 

「……貴様の剣だけは、多少認めてやる」

 

 ヒュンケルが呟く。

 

「ならば最後は――俺の剣で終わらせてやろう」

 

 相馬も、光の刃を低く構えた。

 

 半端な一撃では届かない。

 ピオリムも、バイキルトも、ほとんど切れているが、今かけなおす余力は無い。

 ここまで消耗したら、どのみち頼るべきなのは、自分の“剣”だ。

 

「……一撃だ、ヒュンケル」

 

 短く告げて、相馬は半歩前に出る。

 泥死合はしない。

 

 その横顔を見た瞬間、レオナの心臓がまた跳ねた。

 

(やめてよ……本当に、心臓止まりそうなんだから)

 

 それでも、目は閉じなかった。

 

 さっき彼が、自分たちを守るために前へ出た、その背中をもう見てしまったから。

 

(“今度は、誰も失わないために”って……

 今度は、ちゃんと見届ける)

 

 砂埃が、風に流される。

 

 黒い鎧と、光の刃。

 

 二人の剣士が、互いの間合いを測る。

 

 世界が――静かに、固まった。

 

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