オーバーヒート(AI小説)   作:匿名希望

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34話 国宝という名の刃

 

 

 朝食を終えた食堂は、もう次の支度で慌ただしく揺れていた。

 兵士たちの足音、皿の触れ合う軽い音、遠くから届く人々の掛け声が重なり合う。

 

「……オレ、先に行くわ」

 

 そんな喧噪の中、食事を終えたポップが、椅子を鳴らして立ち上がった。

 

「え、ポップどこ行くの?」

 

 ダイが目を丸くする。

 

「どこでもいいだろ。静かなとこ」

 

 ポップはぶっきらぼうに言いながら、微妙な顔をしている。

 

「次もまたヒュンケルみたいなヤバい奴が出てくるかもしれないだろ?

 瞑想してちょっとでも魔法力上げとくんだよ」

 

 言い切ると、ポップは一瞬だけ視線を逸らし、またダイの方を見た。

 

「じゃ、行くわ。何かあった時だけ呼べよ」

 

「うん、わかった!」

 

 食堂を出ていくポップの背中を見送ってから、ダイも何かを思い出したように、顔つきが少しだけ真面目になる。

 

「相馬。中庭でさ……剣、教えてくれない?」

 

「どうした?」

 

「バルジ島に行く前に、少しでも強くなっておきたいんだ。

 オレ、まだ力任せに振り回してるだけな気がしてさ」

 

 相馬は「ふうん」と短く息を吐き、ダイを見た。

 

「そうか? それはそれでダイの剣だと思うけどな。

 ……まあ、気になるなら基礎ぐらい付き合うか。中庭行くか?」

 

「行くっ!」

 

 ダイが勢いよく立ち上がる。

 相馬も席を離れ、二人は並んで食堂を出ていく。

 

 その中で――。

 

「……行こっか、レオナ」

 

 マァムが、そっと立ち上がった。椅子の背にかけていた自分の鞄を手に取る。

 

「ええ」

 

 レオナも、静かに立ち上がる。

 さっきまでの朝食の笑顔より、少しだけ真面目な顔だ。

 

 二人は、誰にともなく「ちょっと席を外すわね」とだけ告げて、食堂を後にした。

 

【好感度表示システム】

『レオナ様&マァム様、本日分 “心の距離調整ミーティング” を開始しました。

 ※会場:パプニカ城テラス

 ※議題:昨夜の共有ベッド案件/相馬さんの扱い/お互いの“好き”の整理』

 

「議題が多い!」

 

 思わず、二人同時にツッコんでしまった。

 

「……やっぱり、この心の調整なんとかって名前、どうにかならないかしら」

「今さらだけど、毎回タイトル付けられるの、恥ずかしいんだよね……」

 

 そんなことを言い合いながら、二人はテラスへ続く階段を上っていく。

 

 食堂の喧噪からほんの少し外れた先に、パプニカ城のテラスがある。

 城の海側に張り出したその場所は、戦場の名残をあまり感じさせない、隔離された空間のようでもあった。

 

 まっすぐ吹き上がる海風が、城に刻まれた傷跡にまだこびりつく焦げた匂いを、わずかに洗い流していく。

 白い石の床には、小さな丸テーブルが一つ。

 向かい合うように、椅子が二つ。

 扉のそばのテーブルの上には、侍女が先に置いていったらしい、受け皿の上で裏返しにされた空のカップが二つ並んでいる。

 

 マァムは、深く息を吸ってから、その片方に腰を下ろした。

 

「……座って」

 

「ええ」

 

 レオナも、向かいに腰を下ろす。

 海風が二人の髪を揺らし、テーブルに置かれた空のカップを軽く叩いた。

 

 しばし、沈黙。

 

 遠くで波の音がする。

 城の中からは、食器の触れ合うかすかな音。

 

「……いい天気ね」

 

 先に口を開いたのは、レオナだった。

 王女として何度も使ってきた、無難すぎる話題。

 

「う、うん。風、気持ちいい」

 

 マァムも、同じくらい無難な返事をする。

 

【好感度表示システム】

『現在の会話:天気。

 本来の議題:昨夜の添い寝事件+恋愛感情のすり合わせ。

 ――本題との距離、約二海里』

 

「うるさい」

 

「ホント余計なことしか言わないよね、このシステム……」

 

 ふたり同時に眉をひそめて、同じようなため息をつく。

 

「……えっと、その、さ」

 

「さっきのことなんだけど――」

 

 また同時に口を開き、見事に同時に言葉が詰まった。

 

 視線だけが、テーブルの上で右往左往する。

 

【好感度表示システム】

『発言予定内容:で、昨日の件なんだけど

 実際の出力:いい天気ね

 ――感情バッファの詰まりを検知。冷却のため、ティーブレイクを推奨します』

 

「だから余計なお世話だってば……」

 

 マァムは、ついに観念したように椅子から立ち上がった。

 

「……ごめん。ちょっとお茶、もらってくる。

 どうせなら、ちゃんと飲みながら話したいし」

 

「ええ。ここで待ってるわ」

 

 レオナが頷くと、マァムは鞄を肩に掛け直して、扉の向こうへ足早に戻っていった。

 テラスには、レオナひとりだけが残される。

 

 風と波音と、空のカップ二つ。

 さっきまで向かいにいた体温の名残だけが、椅子の座面にわずかに残っていた。

 

 レオナは、自分の椅子に深く腰を下ろした。

 手を伸ばすと、指先がカップの縁に触れる。

 

 視線は、海にも空にも向かわず――城の中庭を見下ろしていた。

 

 ちょうどその中庭を、相馬が横切っていく。

 ダイと何か言葉を交わしながら歩いていて、その横顔に笑みを浮かべていた。

 

 その「横顔」が、海風よりも先にレオナの胸を鋭く貫く。

 

 ――顔イベント、発動。

 

 胸の奥が、また派手に「ズギューン!!」と鳴り響いた。

 

【レオナ】

 相馬 300/300(※一旦の上限に到達しています)

 

【好感度表示システム】

『本日のレオナ→相馬は、平常運転のカンスト状態です。

 ※この重さを持ったまま、政治と戦争と恋愛を同時運転するのは推奨されません』

 

「うるさい」

 

 レオナは、反射的に空をきつく睨み上げる。

 システムのウィンドウは、しれっと縮んで消えていった。

 

(……見なかったふり、していなきゃいけないのに)

 

 けれど、目をそらしたところで、好きという感情は絶対に消えてくれない。

 

 しかも、その「好き」が、今朝になって別の方向からもこぼれた相手がいる。

 

 扉の方から、控えめなノックの音が響く。

 

「レオナ、おまたせ」

 

「……どうぞ」

 

 現れたのは、マァムだった。

 両手には、ポットを載せたトレイが抱えられている。

 

 テラスへ一歩踏み出した瞬間、海風に薄い桃色の髪がふわりと揺れた。

 その頬に、さっきまでの怒りの熱はもう残っていない。

 代わりに、何かを決めた人間だけが持つ硬さが、うっすらと張り付いていた。

 

 トレイをテーブルにそっと置き、向かいの椅子へ腰を下ろす。

 小さな「カチ」という音が、二人のあいだの距離を測るかのように静かに響いた。

 

     ◇ ◇ ◇

 

「……そのさ、ごめんね。無理やり時間、作ってもらっちゃって」

 

 マァムが、カップの縁を指でなぞりながら、そう切り出した。

 

「いいえ。どうせ、どこかで話さないといけないことだったもの」

 

 レオナは、そっと姿勢を正した。

 王女としての背筋と、一人の女としての胃痛とを、一本の線で無理やり支えるみたいに。

 

 一拍分の沈黙が落ちる。

 

 マァムは、深く一度息を吸い込んでから、視線を上げた。

 

「……もう一回だけ、確認させてほしい」

 

「え?」

 

「昨日の夜のこと。相馬と……その、一緒のベッドで寝てた件ね」

 

 そこまで口にしたところで、彼女の声がほんの少しだけ引っかかった。

 目の奥で、あの“絵面”がフラッシュバックしているのが、レオナにもはっきり分かる。

 

「本当に……何もなかったの?」

 

 ――来た。

 

 そう思った瞬間、レオナの喉がきゅっと締め付けられた。

 

「な、ないわよ!? ていうか、あれは、その……!」

 

 言い訳ではない。

 説明のつもりだ。

 そうであるはずなのに、口から出る言葉が全部「言い訳」に聞こえそうで、怖かった。

 

「昨日は、治療が終わったあと、そのまま話してて……。

 あいつが、まだ無茶しようとするから、ちゃんと休めって釘刺して。

 それで、少しだけならって……」

 

 少し。

 本当に、そのつもりの“少し”だった。

 

「気がついたら、寝ちゃってたの。二人とも。

 服もちゃんと着てたし、変なことは何も……何ひとつ、してないわ」

 

 最後の一文だけ、半ばヤケになって言い切る。

 

 マァムは、その言葉を噛みしめるように、じっと耳を傾けていた。

 眉間に寄っていた皺が、ほんの少しだけゆるむ。

 

「……うん。レオナがそう言うなら、信じるよ」

 

「ありがと」

 

「でも」

 

 その一言で、テラスの空気がふたたび張り詰めた。

 

「“何もなかった”って言われても、あの姿、もう頭の中に焼き付いちゃってて」

 

 マァムは、苦笑ともため息ともつかない息をそっと吐き出す。

 

「ベッドぐちゃぐちゃで、髪は変な癖がついてるし、頬は真っ赤、相馬はあの顔で……。

 説明されればされるほど、『本当に何もないの?』って、聞きたくなるんだよね」

 

「……それは、そうよね」

 

 それは、レオナにも自覚があった。

 あれは、第三者の目から見れば完全にアウトな光景だ。

 

 心の中で頭を抱えつつ、レオナはカップを口元へと運んだ。

 中身の温度は、さっきよりもずいぶん冷めている。

 

「だから、もう一回だけ確認して、それで終わりにしたかったの。

 “何があったか”じゃなくて、“これからどうするか”の方を、ちゃんと話したかったから」

 

 マァムの瞳は、まっすぐレオナを射抜いていた。

 

 レオナは、その視線から逃げなかった。

 逃げてしまえば、今日一日、自分の王女としての顔も、女としての顔も、全部ぐちゃぐちゃに崩れてしまう気がしたからだ。

 

     ◇ ◇ ◇

 

「……ありがとう。そう言ってくれて」

 

 レオナが、先に静かに礼を言った。

 

「わたしも、あの状況で気が緩んでたって分かってる。

 王女って立場を考えると、本来もっと距離を取るべきだった」

 

「変な噂が立ったらまずいもんね」

 

 マァムは、小さく肩をすくめた。

 

「だから、怒ったのは本気。仲間としても、友達としても。

 ……ただ」

 

「ただ?」

 

「……本当のところは、それだけでもなくて」

 

マァムは一瞬、目を逸らすが、覚悟したように続ける。

 

「今日は、仲間としてじゃなく、“マァム”として話したいの」

 

 それは、本音で話すという宣言だった。

 

 いつもなら笑って飲み込む場所で、今日は飲み込まなかった。

 

「レオナと相馬のことさ。

 今までは“仲間なんだから”って、自分に言い聞かせて……。

 あたしが勝手に飲み込んで、勝手に笑って。

 それでみんなが落ち着くなら、それでいいって、ずっと思ってた」

 

 指先が、カップの縁をくるくるとなぞる。

 白い陶器の表面に、薄く残った水滴が、指の跡をなぞるように光った。

 

「でも、今朝の件でさ、気づいたの」

 

「……」

 

「部屋に行ったら、レオナと相馬がいて。

 びっくりしたし、正直、ちょっとショックだったんだ。

 頭では分かってるよ。

 相馬がボロボロなのも見てたし、レオナの気持ちだって分かるし……」

 

「……うん」

 

「ただ朝食の時、何事もなかったみたいな顔して、ごはん食べてる相馬見てたら……」

 

 マァムは、言葉を探すように一度うつむく。

 

「なんかね、あたしだけが昨日から止まってるみたいで、すごく悔しくなったの。

 “あたしの気持ちって、どこにも出番ないんだ”って」

 

 レオナは、ゆっくりと息を吐いた。

 

「……ごめんなさい。

 私も、ちゃんと説明できてなかった」

 

「レオナが悪いって言いたいんじゃないよ」

 

 マァムは小さく首を振る。

 

「悪いのは、あたしが何も言わないで、勝手に“分かったフリ”してたこと。

 それで勝手に傷ついて、勝手に拗ねて……」

 

 そこでマァムは、ようやくレオナの目を真正面から捉えた。

 僧侶としての優しさでも、「空気を壊さないように」っていういつもの遠慮でもない、ひとりの女の顔で。

 

「レオナ。

 あたしね――相馬のこと、好きだから」

 

 テラスの空気が、一瞬だけ無音になる。

 風の音も、人の気配も、すべて遠のき、テーブルの上のカップの震えだけがやけに鮮明に感じられた。

 

 その告白は、相馬に向けられたものではない。

 レオナに向けて放たれた言葉だ。

 

 それでも、その「告白」の重さが本物だということは、痛いほど分かった。

 

【好感度表示システム】

 ピコン。

 高好感度ユーザー同士の「好き」宣言を検知しました。

 

【レオナ】

 相馬 300/300

 

【マァム】

 相馬 135/150

 

『当システムは、恋の殴り合い――もとい、健全な競争関係の開始を確認しました。

 なお、当人同士にはとうの昔からダダ漏れでした』

 

「黙りなさい!!」

 

「読み上げいらないでしょ!」

 

 二人のツッコミが、驚くほど綺麗にハモる。

 ウィンドウは満足げに点滅してから、スッとフェードアウトした。

 

 残された沈黙は、さっきよりもほんの少しだけ柔らかい。

 

     ◇ ◇ ◇

 

「……まあ、その。今さら隠されても困るしね」

 

 レオナが、力なく肩を落としながら言う。

 

「システムのおかげで、あなたが相馬に弱いの、前から知ってたもの」

 

「それ、レオナにだけはぜったい言われたくないんだけど」

 

 マァムも、つられて苦笑する。

 

「でも、直接言うのは、今日が初めてでしょ。

 “あたしも好きだから”って」

 

「そうね」

 

 レオナはまぶたを伏せ、ゆっくりと息を吸い込む。

 

「でも、ちゃんと言ってくれて、嬉しい」

 

 それは、宣戦布告であると同時に、深い信頼の表明でもあった。

 自分の一番弱い場所を、相手に預けてしまう行為だ。

 

「で、ここからが本題」

 

 マァムは、椅子から少しだけ身を乗り出す。

 

「あたしね、これまでみたいに“レオナが相馬を好きなの分かってるから、空気読んで引く”っていうの、」

 

 マァムは言い切る直前で、一度だけ息を吸った。

 膝の上で握った拳を、ゆっくりほどく。

 

「……もうやめる」

 

「……」

 

「今回みたいに、本気で怒ることがあったらちゃんと怒るし。

 嬉しい時は、嬉しいって言う。

 それから――好きな人のことで、あんたに負けたくないって思ったら、ちゃんと戦う」

 

 言葉を選びながらも、その一つ一つをはっきりと紡いでいく。

 

「レオナは王女で、相馬のこと、一番近くで見てる人で。

 ……でも、だからって“最初から負けました”って顔で隣にいるのが、そろそろしんどいの」

 

 その一言に、レオナの胸の奥がちくりと痛む。

 それは、責められている痛みではなく、自分でもうすうす分かっていた現実を突かれた痛みだった。

 

 自分が相馬を“隣に置きたい”と強く望む一方で、マァムが、無意識のうちに“半歩後ろ”に立とうとしていたこと。

 

 その姿勢を、今この場で、彼女自身の口から「やめる」と宣言されたのだ。

 

「……そうね」

 

 レオナは、唇の端だけでそっと笑った。

 

「宣戦布告ってわけね」

 

「うん。

 レオナが相馬のこと好きなの、ちゃんと知ってるうえでね」

 

 マァムは胸に手を当て、小さく宣言するように言葉を続けた。

 

「あたしも、引かない。

 レオナが王女でも、相馬にとって特別でも、それはそれ。

 あたしはあたしで、“マァムとして”相馬に好きになってもらうから」

 

 それは、たぶん。

 この旅が始まって以来、彼女が初めて口にした“自分の本音”の言葉だった。

 

     ◇ ◇ ◇

 

「……いいわ」

 

 レオナは、ゆっくりと頷いた。

 

「受けて立つ」

 

 吹き上がる海風が、二人の髪をぐしゃぐしゃに揺らす。

 

「ただ、一つだけ言っておくと」

 

「なに?」

 

「わたし、もうだいぶ壊れてるからね?」

 

 さらっと、とんでもないことを言った。

 

「えぇ……」

 

「国も守るし、仲間も守るし、相馬も守る。

 そのうえで、“女としての好き”も全部抱えてる状態で、300/300よ?」

 

「数字で言うと余計に怖いんだけど」

 

「自覚してる」

 

 レオナは、いったんカップに視線を落とした。

 指先が縁をなぞって、陶器が小さく鳴る。

 

「……だからこそ――」

 

 レオナは、言葉を選び直すみたいに息を吸ってから、続けた。

 

「そろそろ“縛り方”を一つくらい用意しておこうと思ってるの」

 

「……縛り方?」

 

 マァムの背筋に、うっすら冷たいものが走る。

 

「ちょっと待って。今、物騒な単語が聞こえた気がするんだけど」

 

「そんな物騒じゃないわよ。

 “国としての褒賞”って言い方もできるもの」

 

 レオナは、城の内部――宝物庫の方向へ、ちらりと視線を送った。

 

「マァムは知らないでしょうけど、パプニカには『パプニカの剣』って呼ばれてる剣があるの」

 

「そうなんだ。はじめて知った」

 

 マァムの目が丸くなる。

 

「昨日の戦いで相馬の長剣、折れたでしょ? ロモスで買ったやつ」

 

「あぁ……うん」

 

 ヒュンケルとの死闘の光景が、マァムの脳裏に蘇る。

 折れた剣。光の刃。血と砂煙。

 

「折れたままの剣と、あの“よく分からない光の武器”だけで戦わせておくの、指揮官としても王女としても不安なのよ」

 

「それは、分かる」

 

「だから、本来ならダイに与えるとか、国の儀式の時に使うとか、いろいろ使い道の候補はあるんだけど――」

 

 レオナは、そこで一度言葉を切った。

 

「“国を救った英雄”に、国の象徴を一本託してもおかしくないわよね?」

 

「待って待って待って」

 

 マァムが両手を振る。

 

「その“英雄”って、もしかしなくても」

 

「山田相馬」

 

 即答だった。

 

「あげる剣、言い方からして国宝みたいに聞こえるんだけど?」

 

「国宝よ」

 

 王女はしれっと頷いた。

 

「太陽の刃、風の刃、海の刃って三種類あってね。

 それぞれが統治、守護、繁栄の象徴って呼ばれてる」

 

「……そんな大事なもの、他国の人にあげていいの?」

 

 マァムは、僧侶としての常識で問い返す。

 

「本音を言えば、よくないわ」

 

 レオナはあっさり認めた。

 

「でも、戦争中って“前例”がいくらでもできるの。

 『非常時の特例として、祖国を救った外部戦力に剣を一振り下賜した』っていう形なら、書類上はなんとかなる」

 

「書類上は、って言ったよね今!」

 

「王女って、そういう仕事なのよ?」

 

 どこまでも真顔で言ってのける。

 

「でも、それって……」

 

「ええ」

 

 レオナは、ほんの少しだけ頬を染めた。

 

「表向きは“パプニカの英雄への褒賞”。

 裏の意味としては――」

 

 そこで、わざと海の方を見て、声を落とす。

 

「“この人はパプニカが正式に認めた剣士です。

 つまり、うちの国のものです”っていうマーキング、かしらね」

 

【好感度表示システム】

『恋愛用語【マーキング】を検知。

 当システムの意訳:

 〈婚約指輪の代わりに国宝ぶら下げて歩かせたい〉でよろしいでしょうか?』

 

「違う!!」

 

「だいたい合ってるでしょ!!」

 

 今度は自分でも否定しきれず、レオナが真っ赤になる。

 

「ち、違うってば……! そんな、婚約とかまだ――」

 

「“まだ”って言った」

 

 マァムのツッコミが鋭い。

 

「ていうか、国宝が“まだ”のラインに入ってくる時点でおかしいからね!?」

 

「だって、相馬よ?」

 

 レオナは、当たり前みたいに言った。

 

「この世界の常識じゃ測れない切り札をいくつも持ってて、

 王女としての命令の外にも平気で出ていく人よ。

 そんな人を“ちゃんと生きて帰ってきて”って縛るなら――」

 

 胸元に手を当てる。

 アバンのしるしの少し上。

 

「私の国ごと、首輪にして預けるくらいしないと、安心できないじゃない」

 

「重っ!!」

 

 マァムは本気でのけぞった。

 

「それ300/300の発想だよ!?

 普通の人はそこまでしないから!!」

 

「普通じゃないのは、最初からよ」

 

 レオナは、どこか開き直ったように笑う。

 

「だから、宣戦布告受け取ったわよ、マァム。

 あなたが“マァムとして”好きな分だけ戦うなら」

 

 テーブルを軽く指で叩く。

 

「私は“王女レオナとして”も、“ただのレオナとして”も、相馬に国宝の剣を持たせて――

 堂々と『うちの英雄』って呼べるようにする」

 

「反則でしょ、それ……」

 

 マァムは、カップに額を乗せたい気持ちをぐっと堪えた。

 

「こっちは、せいぜい“ちゃんと治して、ちゃんと怒って、ちゃんと隣に立つ”くらいなのに。

 そっちは国宝振りかざしてくるとか、勝負にならないじゃん……」

 

「勝負する前から諦めるの?」

 

 レオナの声が、少しだけ柔らかくなる。

 

「相馬は、剣だけで誰かを選ぶ人じゃないわ。

 あなたが今までしてきたこと、ちゃんと見てる」

 

「……知ってる」

 

 マァムは、悔しいような、嬉しいような顔で笑った。

 

「だからこそ、怖いんだよ。

 レオナが本気出したら、あたしなんか――って思う自分が一番ムカつく」

 

「じゃあ、その“ムカつき”ごと、戦いましょう」

 

 レオナは立ち上がる。

 テラスの向こう、宝物庫の方へ視線を向けて。

 

「まずは、どの刃が相馬に一番似合うか。

 そこからが、第一ラウンドね」

 

「ちょっと待って、本当に見に行く気!?」

 

「もちろん」

 

 王女は振り返り、いたずらっぽく片目をつぶった。

 

「安心して。

 ちゃんと“国のため”って名目でやるから」

 

「一番信用ならないやつ!!」

 

 マァムの叫びが、海風にさらわれていく。

 

 それでも――彼女は立ち上がった。

 椅子の背もたれに手を添え、深く息を吸う。

 

(遠くから見てる仲間じゃなくて。

 ちゃんと“同じ土俵”で)

 

 王女と僧侶。

 指揮官と世話役。

 そして、同じ人を好きになった二人の女。

 

 パプニカ城のテラスで結ばれた「宣戦布告」は、

 笑いと胃痛と、ほんの少しの未来への楽しみを乗せて――

 宝物庫へ向かう階段へと、二人を歩かせ始めた。

 

(つづく)

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