オーバーヒート(AI小説)   作:匿名希望

4 / 38
4話 ケルベロス

 洞窟の空気が、一度静かになった。

 

 さっきまでデルムリン島の幻影が広がっていた空間は、嘘みたいに消え、ただの岩の壁と床だけが残っている。

 ダイの額には、まだうっすらと竜の紋章の痕跡が光っていた。

 

「……終わった、のか?」

 

 ブラスがひげをなでながら呟く。

 

「試練としては、一区切りってところだろうな」

 

 相馬はダイの肩に手を置きながら、周囲の魔力の流れを探った。

 安心しかけた、その時だった。

 

 洞窟の奥の壁に彫られたレリーフ――

 ドラゴンにも獣にも見える三つ首の彫像が、ぐにゃりと歪んだ。

 

「なっ……」

 

 レオナが息を呑む。

 

 石だったはずのそれが、石粉を撒き散らしながら盛り上がり、

 赤い目が、ゆっくりと開いた。

 

 三つの頭。

 灼熱の息を漏らす巨大な犬――ケルベロスが、封印から姿を現したのだ。

 

「これが、“番犬”……!」

 

 ブラスの顔色が変わる。

 ダイは木剣を握りしめて一歩踏み出した。

 

「相馬!」

 

「分かってる!」

 

 相馬はすでに杖を構えていた。

 

◇ ◇ ◇

 

「くっ……!」

 

 ケルベロスの右の首が、大きく息を吸い込む。

 

 次の瞬間、洞窟の広間を焼き尽くさんばかりの炎が吐き出された。

 

「ベギラマ!」

 

 相馬の詠唱と同時に、青白い光の壁が前に走る。

 炎と光が正面からぶつかり、空気が悲鳴を上げた。

 

 轟音。

 熱風。

 火花のように散る魔力の残滓。

 

 そのすべての前に、相馬はただ立っていた。

 

 その背中を、ダイとレオナが見上げる形になる。

 

「フバーハ!」

 

 レオナが杖を掲げると、淡い緑の風がダイと相馬を包んだ。

 熱がほんの少し和らぐ。

 

「助かる!」

 

 相馬が短く礼を言った瞬間――

 

 レオナの頭上に浮かぶパネルが、ぴこっと光った。

 

【レオナ】

 相馬 128 → 132/150

 

 ズギューン!!

 

 胸の中で、心臓が派手に跳ねる。

 

【電子音声:レオナ】

『しゅき……前に立つの、かっこよすぎ……』

 

 本人そっくりの声が、しかしどこか甘く、洞窟に染み込むように響いた。

 

「……っ!」

 

 レオナは慌てて口を引き結んだ。

 

(落ち着きなさい、レオナ。今は戦闘中、戦闘中よ!)

 

「レオナ、右!」

 

「言われなくても分かってるわ!」

 

 ケルベロスの右の首が再び息を吸い込む。

 その動きに合わせて、レオナは杖を振りかざした。

 

「ピオリム!」

 

 ダイと相馬の身体が、軽くなったような感覚に包まれる。

 

「ダイ! 右の首はお前の担当だ!」

 

「うん!」

 

 相馬は左手で炎を受け止め続けながら、右手でメラを放つ。

 火の玉がケルベロスの口元に飛び込み、ブレスの流れを乱した。

 

「今だ!」

 

「やぁっ!!」

 

 ダイの木剣が光をまとい、右の首の顎を叩き上げる。

 数本の牙が折れ、炎の軌道が逸れた。

 

「やるじゃない!」

 

 レオナが叫ぶ。

 ダイの頭上パネルが、元気よく点滅した。

 

【ダイ】

 レオナ 45 → 49

 相馬  43 → 47

 

【電子音声:ダイ】

『レオナも相馬も、すげー!』

 

 素直すぎる感想が、ちょっとだけ空気を和ませた。

 

◇ ◇ ◇

 

「……やっぱり、この“番犬”、ただの魔獣じゃないな」

 

 炎を押し返しながら、相馬は冷静に考えていた。

 

(攻撃魔法の扱いも、そこまで上手くはない。

 でも、こいつの炎は桁が違う)

 

 レオナのフバーハと、相馬自身の魔法制御がなければ、とっくに全員焼けている。

 それでも、長くは持たない。

 

「相馬!」

 

 背後から、レオナの声。

 

「右の首はダイに任せて。

 あなたは左――あの視線を止めて!」

 

「指揮官の命令とあらば」

 

 軽口を返しつつ、相馬は位置をずらした。

 

 ケルベロスの左の首が、じろりとこちらを睨む。

 次の瞬間、紫がかった炎が吐き出された。

 

「うわ……色が悪い……」

 

 毒か、呪いか。

 直感が「食らったらまずい」と告げている。

 

「レオナ、左は頼めるか?」

 

「任せなさい!」

 

 レオナは即座に詠唱を切り替えた。

 

「ベギラマ!」

 

 相馬の前に、彼女の光が走る。

 炎と光がぶつかる位置が、微妙に前へ出た。

 

「……っ!」

 

 レオナの額に汗が浮かぶ。

 

 その肩越しに、相馬が見えた。

 洞窟の光の中で、真剣な横顔だけがやけにくっきりと浮かび上がる。

 

(ああもう、この顔……!)

 

 視線がどうしても吸い寄せられる。

 

 顔イベント。

 発動。

 

 ズギューン!!

 

【レオナ→相馬 132 → 138】

 

【電子音声:レオナ】

『しゅきしゅき……危ないのに、前に出てくるところが……しゅき……』

 

 声が、さっきよりほんの少しだけ早口で、息が混じっている。

 周りの兵士がいなくて本当に良かったと、レオナは一瞬だけ本気で思った。

 

「……後ろ、任せてもいいか?」

 

 相馬が振り向きもせずに言う。

 

「王女殿下」

 

「危険因子の前線支援ぐらい、やってみせるわよ!」

 

 レオナは胸を張って答えた。

 

 相馬の頭上パネルが、静かに点滅する。

 

【相馬】

 レオナ 58 → 61

 

【電子音声:相馬】

『――頼りになる。

 危険因子を見る目は確かだ』

 

「今の、わたしの耳には入ってないからね!?」

 

 レオナが真っ赤になって叫ぶが、誰も拾っている余裕はない。

 ケルベロスの中央の首が、大きく口を開けたからだ。

 

 これまでで一番、大きな炎が来る。

 

◇ ◇ ◇

 

「――下がれ!!」

 

 相馬はダイとレオナをぐっと後ろへ押しやり、自分だけ半歩前に出た。

 

 溜めに溜めた炎が、洞窟の空間全体を飲み込もうと迫ってくる。

 熱だけで皮膚が焼けそうだ。

 

「ベギラマァッ!!」

 

 体の芯から搾り出すような光の奔流が、炎とぶつかる。

 視界が真っ白になった。

 

「っ……!」

 

 足が、石床に食い込む。

 押し返されそうになるのを、根性でねじ伏せる。

 

「相馬!」

 

 レオナの声が背中越しに飛んでくる。

 フバーハの風が、さらに熱を削ってくれる。

 

「ダイ!」

 

 相馬は炎の中で叫んだ。

 

「右と左の首は、もう封じた! 残り一つだ!」

 

「うんっ!」

 

 ダイが横から回り込もうとした、その瞬間。

 

 洞窟の奥から、嫌な音がした。

 

 ゴゴゴ……と、岩の軋む音。

 天井に、大きな亀裂が走る。

 

「……嫌な予感しかしないな」

 

「相馬!」

 

 レオナが叫ぶ。

 

「このままじゃ洞窟ごと潰れる! 早く決めないと!」

 

「分かってる!」

 

 相馬は炎をそらしながら、素早く状況を組み立てた。

 

(ケルベロスの真ん中の首を落とせば、あとは崩れるだけだ。

 問題は、その前に天井が落ちるかどうか……)

 

「ダイ!」

 

「なに!?」

 

「お前に賭ける。――レオナ!」

 

「はい!」

 

「ダイに全振りでバフを!」

 

「言われるまでもないわ!」

 

 レオナは杖を高く掲げた。

 

「バイキルト!」

 

 赤い光がダイを包み込む。

 筋肉の内側から力が湧き上がる感覚に、ダイが思わず息を呑んだ。

 

「すごい……!」

 

「ダイ。今の一撃は、“勇者”の一撃として届かせろ!」

 

 相馬の声が、炎の轟音を突き抜けて届く。

 

「オレ……!」

 

 ダイの額が、再び熱を帯びる。

 

 竜の紋章が、今度ははっきりと光を放った。

 

「オレ――みんなを守る勇者になるんだ!!」

 

 ダイが駆け出した。

 バイキルトで強化された木剣が、炎を切り裂くように振り下ろされる。

 

 ケルベロスの中央の首の頭蓋が、砕けた。

 

 巨体が、どしん、と音を立てて倒れ込む。

 

◇ ◇ ◇

 

 同時に、天井の亀裂が大きく広がった。

 

 岩が崩れ、石の破片が雨のように落ちてくる。

 

「――出るぞ!!」

 

 相馬の声で、全員が入り口の方向へ走り出した。

 

「ダイ、こっち!」

 

「は、はいっ!」

 

 レオナがダイの手首を掴んで引っ張る。

 相馬は一歩後ろから、崩れてくる石をバギで弾き飛ばす。

 

 入口に近づいたところで、特に大きな岩が天井から落ちてきた。

 

「危ない!」

 

 レオナが思わず足を止め――

 相馬がその肩を掴んで引き寄せた。

 

 彼女の頭を覆うように腕を回し、背中で石の破片を受け止める。

 

「っ!」

 

 間近で、相馬の息が聞こえた。

 

 ほんの一瞬のことなのに、時間が伸びたように感じる。

 胸の中で、何かが爆発した。

 

 顔イベント。

 最大級。

 

 ズギューーーン!!

 

【レオナ→相馬 138 → 145】

 

【電子音声:レオナ(125オーバー仕様/舌足らず)】

『しゅきしゅきしゅき……! ぎゅってされちゃった……!

 このまま、手、にぎって……頭もなでて……

 ずっと、そばにいてほしい……っ』

 

「~~~~~っっ!!!???」

 

 レオナは顔を真っ赤にしながら、ほとんど悲鳴に近い声を出しそうになり――

 ギリギリのところで飲み込んだ。

 

「悪い。痛くなかったか?」

 

「い、痛くないわよ! 問題はそこじゃないけど!!」

 

 レオナの抗議にも、相馬は「?」という顔をしている。

 

 だが、相馬の頭上にも、しっかり数字は出ている。

 

【相馬】

 レオナ 61 → 64

 

【電子音声:相馬】

『……守る価値があるって思うぐらいには、大事だ』

 

 その言葉に、レオナは一瞬だけ動きを止めかけた。

 

 だが、洞窟の崩落は待ってくれない。

 

「レオナ! 立て!」

 

「分かってる!」

 

 相馬に肩を支えられながら、レオナは入口へ向かって駆け出した。

 

◇ ◇ ◇

 

 外の空気は、ひどく冷たく感じた。

 

 洞窟の入口から飛び出した瞬間、全員が一斉にその場に座り込む。

 

「ふぅ……助かったわい……」

 

 ブラスがひげをなでつつ大きく息を吐いた。

 ダイはまだぜいぜい言いながらも、どこか誇らしげな顔をしている。

 

「やったな、ダイ」

 

「うん……! オレ、ちゃんとやれたかな」

 

「十分だ」

 

 相馬がそう言うと、ダイの頭上の数字が嬉しそうに跳ねた。

 

【ダイ】

 相馬 47 → 52

 

【電子音声:ダイ】

『相馬に褒められると、やっぱり嬉しい……!』

 

 レオナは、そんな二人を見ながら、自分の頭上をちらりと見上げる。

 

【レオナ】

 相馬 145/150

 

(……高い)

 

 それだけで、顔が熱くなる。

 だが、ここで取り乱すわけにはいかない。

 

 レオナは姿勢を正し、立ち上がった。

 

「ケルベロスの討伐、勇者の紋章の覚醒。

 そして……」

 

 彼女は、相馬と自分の頭上に浮かぶパネルを見上げた。

 

「この“好感度表示システム”。

 危険因子は、一つじゃ済まないようね」

 

「俺も含めて、か?」

 

「ええ」

 

 レオナは真面目な顔で頷く。

 

「あなたの力も、この頭上の数字も。

 王女としては、どちらも“ちゃんと調べておくべき危険因子”よ」

 

「やっぱり危険因子扱いなんですね、俺」

 

「当たり前でしょ?」

 

 レオナは、わずかに笑みを含みながらも、きっぱりと言った。

 

「でも――」

 

 少しだけ声を落とす。

 

「レオナとしては、その“危険因子”に命を救われたことも、忘れないわ」

 

 頭上の数字が、静かに一つだけ増えた。

 

【レオナ→相馬 145 → 146】

 

【電子音声:レオナ】

『しゅき……それでも、好き……』

 

 相馬は、その電子音を聞きながらも、敢えて深追いしない。

 

「じゃあ、王女レオナ。

 危険因子の取り扱いは、今後ともお任せします」

 

「ええ。覚悟しておきなさい」

 

 レオナは胸を張る。

 

「一人の王女として、一人の指揮官として。

 あなたみたいな危険な戦力を、ちゃんと使いこなしてみせるわ」

 

 その宣言に、相馬の頭上パネルがまた控えめに光った。

 

【相馬→レオナ 64 → 67】

 

【電子音声:相馬】

『面倒見のいい指揮官だ。

 ……嫌いじゃない』

 

 レオナはその言葉を聞きながら、魔物たちとパプニカ兵の方へ振り返った。

 

「さあ、洞窟から離れましょう。

 ケルベロスは倒したけれど、崩落の危険はまだ残ってるわ」

 

「了解!」

 

「おう!」

 

 ダイと相馬が声を揃える。

 

 頭上には、まだしつこく好感度パネルが浮かんだままだ。

 電子音も、場の空気を読まずに時々「しゅき」とか呟いてくる。

 

 それでも。

 

 レオナは、その全部をまとめて前を向いた。

 

(危険因子も、勇者も、好感度システムも。

 ――全部ひっくるめて扱ってみせるわ)

 

 王女としての覚悟と、少女としての揺れる気持ちを両方抱えたまま。

 デルムリン島の洞窟から、彼女たちは新しい一歩を踏み出した。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。