オーバーヒート(AI小説)   作:匿名希望

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5話 システムの謎

 デルムリン島の空は、少しだけ高くなっていた。

 

 洞窟からの脱出から、一夜明けた昼前。

 試練のあった丘の下では、島の魔物たちとパプニカ兵たちが集まり、小さな“勇者誕生パーティー”の準備をしている。

 

 その中心で、ダイが照れくさそうに笑っていた。

 

「うわあ……こんなに、みんな……」

 

「当たり前でしょ。あなた、正式に“勇者候補”になったのよ?」

 

 レオナは、いつもの王女スマイルでそう言いながら、こっそり自分の頭上を見上げた。

 

【レオナ】

 相馬 146/150

 ダイ  49/150

 

(……うん、見なかったことにしましょう)

 

 数字を見た瞬間に顔から煙が出そうだったので、視線を無理矢理ダイの方へ戻す。

 

「ダイ、こっち向いて」

 

「え?」

 

 レオナは、儀式で使った宝珠を手にして、少年の胸の前に掲げた。

 宝珠は、ダイの額の紋章に呼応するように、柔らかく光る。

 

「デルムリン島の仲間たちとパプニカ王家を代表して、改めて宣言するわ。

 ダイ。あなたを、“勇者候補”として正式に認めます」

 

「……っ!」

 

 ダイの目が潤む。

 

 その瞬間、ダイの頭上に浮かぶパネルが、ふわっと明るくなった。

 

【ダイ】

 レオナ 49 → 54

 相馬  52 → 55

 

【電子音声:ダイ】

『レオナも相馬も、オレのこと信じてくれてる……!』

 

 素直すぎる感情が、そのまま声になって漏れる。

 魔物たちも兵士たちも、ちょっと照れくさそうに笑った。

 

「……で、問題はこっちだな」

 

 相馬は、少し離れた場所からその光景を眺めつつ、自分の頭上を見上げた。

 

【相馬】

 レオナ 67/150

 ダイ  55/150

 ブラス 31/150

 

(まあ、こっちはまだ“普通に好き”の範囲って感じか)

 

 数値の意味を誰も正式には教えてくれないが、

 レオナの頭上の「146」がどう見ても異常値なのは直感で分かる。

 

(あっちの方が、よほど危険因子だよな)

 

 そう思っていると、当の王女がこちらへ歩いてくるのが見えた。

 

「相馬」

 

「はい、危険因子です」

 

「先回りされた……」

 

 レオナは一瞬だけむっとした顔をしたが、すぐに真面目な表情に戻った。

 

「ダイのお祝いの前に、あなたと話しておきたいことがあるの。

 少し、時間をもらえる?」

 

「構いませんよ」

 

 相馬は肩をすくめ、レオナの後について丘の裏側へ回り込んだ。

 

◇ ◇ ◇

 

 風の通る、岩陰の小さなスペース。

 海が見えるその場所には、パプニカ兵も魔物もいない。

 

 いるのは、相馬とレオナ、そして頭上のパネルだけ。

 

「ここなら、誰にも聞かれないわね」

 

 レオナは深呼吸をひとつして、相馬に向き直った。

 

「まず、ありがとうから言わせて。

 昨日は、試練もケルベロスも……あなたがいなかったら、きっと誰か死んでたわ」

 

「それは、まあ。お互い様でしょう」

 

「お互い様じゃないわよ」

 

 レオナはぴしゃりと言い切った。

 

「“勇者の試練”を、王家と島の側が勝手に持ち込んだ以上、守る責任はこちらにあるの。

 それを、半分以上あなたが引き受けてくれた。王女としては感謝するしかないわ」

 

 頭上の数字が、ちょっとだけ跳ねる。

 

【レオナ→相馬 146 → 148】

 

 ズギューン!!

 

【電子音声:レオナ】

『しゅき……ちゃんとお礼言えてる? 伝わってる……?』

 

「……今のも、聞こえてるぞ」

 

「聞いてないわ!!」

 

 真っ赤になって否定するレオナを見て、相馬は少しだけ肩の力を抜いた。

 

「で、“感謝”の次は、“警戒”ですか?」

 

「ええ。さすが危険因子、本題を察するのが早いわね」

 

 レオナは胸の前で腕を組む。

 

「確認したいの。

 ――この“好感度表示システム”、あなたに心当たりは?」

 

「残念ながら、まったく」

 

 相馬は即答した。

 

「俺の故郷にも、こんな嫌がらせ仕様はなかったですよ」

 

「故郷?」

 

「あ、いや。こっちじゃない、ってだけの話です」

 

 相馬はごまかすように視線を海へ流す。

 

「いずれにせよ、俺の魔法じゃないし、俺の意思でオンオフできるものでもない。

 出現したタイミング的には、“試練”か、この洞窟の何かに紐づいてると見るべきでしょうね」

 

「……パプニカの儀式側に、こんな仕掛けはないはずよ」

 

 レオナは眉をひそめた。

 

「“誰が誰をどれだけ好いてるか”を、数字にして全世界に見せるような魔具、

 王家のどの文献にも出てこないもの」

 

「でしょうね」

 

 相馬も、真面目な顔で頷いた。

 

「だからこそ、“危険因子”だと?」

 

「当然よ」

 

 レオナは指を一本立て、指揮官の口調で続けた。

 

「一つ。

 感情が数値化されること自体が、政治的にはとんでもなく危険。

 王と家臣、国同士の信頼関係、外交、全部、裏でどう思っているかまで丸裸になるのよ?」

 

「……たしかに、外交宴会でこれは地獄ですね」

 

「二つ。

 このシステムは、誰の許可もなく勝手に表示されている。

 つまり、コントロールできる権限者がいない。制御不能な情報流出源ってことになるわ」

 

「それも、まあ否定はできない」

 

「三つ」

 

 レオナは、そこで相馬をまっすぐ見た。

 

「――これだけの“異常現象”が起きていても、

 あなたは、特に慌てる様子もなく、“まあそういうものだ”って受け入れてるように見える」

 

「……それが、危険因子ポイント?」

 

「ええ」

 

 レオナははっきり頷いた。

 

「王女として言うわ。

 あなた自身と、この好感度システムを無関係とは思えない。

 だから――」

 

 言葉を切り、息を吸う。

 

「――デルムリン島から先。あなたがどこへ、どう動くつもりなのかを、

 パプニカ王家として把握しておきたい」

 

 頭上の「相馬 148」が、じりじりと点滅する。

 しかし電子音は、一度も「彼女にして」とは言わなかった。

 

 これは王女としての問いだ、とシステムも理解しているのかもしれない。

 

「……この先、ですか」

 

 相馬は少しだけ目を伏せた。

 

 遠くに見える海と、まだ小さいダイの背中。

 それから、頭の上で勝手に数字を晒してくる最悪のUI。

 

「正直、まだ何も決めてません」

 

「嘘」

 

「辛辣ですね」

 

「少なくとも、“なにもしない”って選択肢は持っていない顔をしてるもの」

 

 レオナは即座に返した。

 

「ダイが勇者として外の世界へ出るとき、

 あなたはその背中を押すのか、隣に立つのか、

 それとも――世界の反対側から何かするのか」

 

「ずいぶん選択肢が多いですね」

 

「危険因子の未来パターンは、早めに洗い出しておくのが鉄則よ」

 

 レオナは真剣だった。

 

「あなたの一歩は、きっと普通の人の十歩ぶん、世界に影響する。

 ――だから、王女としては怖いの」

 

 最後の一言だけは、少女の声だった。

 

 頭上の数字が、しずかにもう一つ増える。

 

【レオナ→相馬 148 → 149】

 

【電子音声:レオナ】

『しゅき……怖いけど、好き……だから余計に怖い……』

 

 相馬は、苦笑いを浮かべた。

 

「……そこまで言われると、さすがに俺も無責任には動けませんね」

 

「最初からそうしてちょうだい」

 

「分かりました」

 

 相馬は、海から視線を戻し、レオナを正面から見た。

 

「ダイが島を出るとき。

 俺も一緒に出ます」

 

「!」

 

「たぶん、その方が、危険因子としても管理しやすいでしょう?」

 

 レオナの目が見開かれた。

 

「……ずいぶん素直に捕まりに来るのね」

 

「危険因子を放し飼いにして、“またどこかで会いましょう”ってなる方が、

 よほど面倒な未来が見えるんですよ」

 

 相馬は肩をすくめる。

 

「それに――」

 

 少しだけ、言いよどんだ。

 

「?」

 

「……自分で言うのも変ですけど。

 あなたが“怖い”って言ってくれるなら、その怖さごと背負ってもらった方が、俺も気が楽です」

 

 レオナの頭上の数字が、ついに上限に触れた。

 

【レオナ→相馬 149 → 150/150】

 

 ズギューーーーーン!!

 

 胸の奥で何かが爆発する。

 

【電子音声:レオナ(MAX/舌足らず)】

『しゅきしゅきしゅき!! そんなこと言われたら……!!

 今すぐ頭なでたいし、手も握ってほしいし、

 彼女にしてって言いたくなるじゃない……っ!!』

 

「~~~~~~!!」

 

 岩陰に、レオナの生声とほぼ同じ“しゅきしゅき”が反響した。

 

「い、今のはシステムだからね!? わたしじゃないからね!!」

 

「内容的には半分くらい本音なんでしょうけどね」

 

「半分でも認めない!!」

 

 レオナは真っ赤になりながら、杖で地面をばんっと叩いた。

 

 だが、その震えは怒りよりも、どうしようもない照れに近かった。

 

◇ ◇ ◇

 

「……まとめると」

 

 ひとしきり騒ぎ終わったあと、相馬が指を折りながら言った。

 

「俺はダイと一緒に島を出る。

 パプニカ王家の管理下に入る。

 好感度システムについても、できる範囲で調査に協力する」

 

「ええ」

 

 レオナはまだ少し赤い顔のまま、頷いた。

 

「あなた自身と、この頭上の数字。

 王女として、ちゃんと責任を持って扱うわ」

 

「その代わり」

 

「?」

 

「王女としてじゃなくて、“レオナとして”何か言いたいことがあったら、

 システムに先回りされる前に、ちゃんと自分の口で言ってください」

 

 レオナは固まった。

 

 頭上のパネルが、静かに点滅する。

 

【レオナ→相馬 150(変動なし/高熱状態)】

 

【電子音声:レオナ】

『……それが一番むずかしいのよ……』

 

「今のは、聞かなかったことにします」

 

「聞いてるじゃない!!」

 

 叫びながらも、どこか救われた気もしていた。

 

(――自分で言えないことを、全部システムに丸投げしてる方が、よっぽど危険かもしれない)

 

 レオナは、小さく息を吐いた。

 

「……考えておくわ。

 王女レオナとしてじゃなくて、“ただのレオナ”として、どうしたいか」

 

「それで十分です」

 

 相馬は軽く頭を下げた。

 

「じゃ、そろそろ戻りますか。

 勇者候補の祝勝会を、指揮官抜きで始めるわけにはいかないでしょう」

 

「そうね。危険因子を部外者扱いするわけにもいかないし」

 

 レオナはくすっと笑って、先に歩き出した。

 

◇ ◇ ◇

 

 丘の上に戻ると、簡素な料理と飲み物が並び、小さな宴が始まっていた。

 

 魔物たちがぎこちなく楽器を鳴らし、兵士たちがそれに合わせて手拍子を打つ。

 ダイは島の子どもたちに囲まれて、照れながら勇者のスタンプを見せびらかしていた。

 

「おお、レオナ殿下!」

 

「相馬殿も!」

 

 パプニカ兵たちが二人を見つけて駆け寄ってくる。

 

「殿下の頭上の数値、さきほどからとんでもないことに……」

 

「見るなって言ったでしょう!」

 

 レオナの怒号とともに、兵士が慌てて目線を逸らす。

 だが、時すでに遅し。噂はきっとすぐに広がる。

 

 相馬はその横で、適当に料理をつまみながら、海の方を見やった。

 

 水平線の向こうに、小さな白い影が見える。

 

「……ん?」

 

「どうしたの?」

 

「いや、船が一艘。

 ここに来るはずの予定、ありましたっけ?」

 

 レオナも目を細める。

 

 青い海の上を、帆を張った船がこちらに向かってくるのが見えた。

 

「……たぶん、これが“次の予定”ね」

 

「?」

 

「勇者の家庭教師、って聞いたことはある?」

 

「ああ、原作にもいた人だ」

 

「原作?」

 

「いえ、なんでもないです」

 

 相馬はごまかしながら、空を見上げた。

 

 頭上のパネルは、今日も元気に数字を晒している。

 

【レオナ→相馬 150/150】

【相馬→レオナ 67/150】

【ダイ→レオナ 54/150】

【ダイ→相馬 55/150】

 

 好感度システム。

 危険因子。

 勇者の卵。

 

 そこへ新しく加わるのは、「勇者の家庭教師」と、その弟子たち。

 

(……ますます、賑やかになりそうだ)

 

 相馬は、まだ遠い船影を見ながら、そんなことを思った。

 

 そして、そのすぐそばで。

 レオナは同じ船影を見つめながら、少しだけ別のことを考えていた。

 

(――あの人たちにも、この数字、見えちゃうのよね)

 

 頭上の「150」が、恥ずかしくもあり、どこか誇らしくもある。

 

 危険因子も、勇者も、そして自分自身も。

 全部まとめて飲み込んで進むために、レオナは胸の前でそっと拳を握った。

 

(パプニカの王女として、ちゃんと指揮を執ってみせる。

 危険因子も、恋心も、その全部を――わたしのやり方で)

 

 デルムリン島の空は、少しだけ眩しくなっていた。

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