オーバーヒート(AI小説) 作:匿名希望
デルムリン島の空は、少しだけ高くなっていた。
洞窟からの脱出から、一夜明けた昼前。
試練のあった丘の下では、島の魔物たちとパプニカ兵たちが集まり、小さな“勇者誕生パーティー”の準備をしている。
その中心で、ダイが照れくさそうに笑っていた。
「うわあ……こんなに、みんな……」
「当たり前でしょ。あなた、正式に“勇者候補”になったのよ?」
レオナは、いつもの王女スマイルでそう言いながら、こっそり自分の頭上を見上げた。
【レオナ】
相馬 146/150
ダイ 49/150
(……うん、見なかったことにしましょう)
数字を見た瞬間に顔から煙が出そうだったので、視線を無理矢理ダイの方へ戻す。
「ダイ、こっち向いて」
「え?」
レオナは、儀式で使った宝珠を手にして、少年の胸の前に掲げた。
宝珠は、ダイの額の紋章に呼応するように、柔らかく光る。
「デルムリン島の仲間たちとパプニカ王家を代表して、改めて宣言するわ。
ダイ。あなたを、“勇者候補”として正式に認めます」
「……っ!」
ダイの目が潤む。
その瞬間、ダイの頭上に浮かぶパネルが、ふわっと明るくなった。
【ダイ】
レオナ 49 → 54
相馬 52 → 55
【電子音声:ダイ】
『レオナも相馬も、オレのこと信じてくれてる……!』
素直すぎる感情が、そのまま声になって漏れる。
魔物たちも兵士たちも、ちょっと照れくさそうに笑った。
「……で、問題はこっちだな」
相馬は、少し離れた場所からその光景を眺めつつ、自分の頭上を見上げた。
【相馬】
レオナ 67/150
ダイ 55/150
ブラス 31/150
(まあ、こっちはまだ“普通に好き”の範囲って感じか)
数値の意味を誰も正式には教えてくれないが、
レオナの頭上の「146」がどう見ても異常値なのは直感で分かる。
(あっちの方が、よほど危険因子だよな)
そう思っていると、当の王女がこちらへ歩いてくるのが見えた。
「相馬」
「はい、危険因子です」
「先回りされた……」
レオナは一瞬だけむっとした顔をしたが、すぐに真面目な表情に戻った。
「ダイのお祝いの前に、あなたと話しておきたいことがあるの。
少し、時間をもらえる?」
「構いませんよ」
相馬は肩をすくめ、レオナの後について丘の裏側へ回り込んだ。
◇ ◇ ◇
風の通る、岩陰の小さなスペース。
海が見えるその場所には、パプニカ兵も魔物もいない。
いるのは、相馬とレオナ、そして頭上のパネルだけ。
「ここなら、誰にも聞かれないわね」
レオナは深呼吸をひとつして、相馬に向き直った。
「まず、ありがとうから言わせて。
昨日は、試練もケルベロスも……あなたがいなかったら、きっと誰か死んでたわ」
「それは、まあ。お互い様でしょう」
「お互い様じゃないわよ」
レオナはぴしゃりと言い切った。
「“勇者の試練”を、王家と島の側が勝手に持ち込んだ以上、守る責任はこちらにあるの。
それを、半分以上あなたが引き受けてくれた。王女としては感謝するしかないわ」
頭上の数字が、ちょっとだけ跳ねる。
【レオナ→相馬 146 → 148】
ズギューン!!
【電子音声:レオナ】
『しゅき……ちゃんとお礼言えてる? 伝わってる……?』
「……今のも、聞こえてるぞ」
「聞いてないわ!!」
真っ赤になって否定するレオナを見て、相馬は少しだけ肩の力を抜いた。
「で、“感謝”の次は、“警戒”ですか?」
「ええ。さすが危険因子、本題を察するのが早いわね」
レオナは胸の前で腕を組む。
「確認したいの。
――この“好感度表示システム”、あなたに心当たりは?」
「残念ながら、まったく」
相馬は即答した。
「俺の故郷にも、こんな嫌がらせ仕様はなかったですよ」
「故郷?」
「あ、いや。こっちじゃない、ってだけの話です」
相馬はごまかすように視線を海へ流す。
「いずれにせよ、俺の魔法じゃないし、俺の意思でオンオフできるものでもない。
出現したタイミング的には、“試練”か、この洞窟の何かに紐づいてると見るべきでしょうね」
「……パプニカの儀式側に、こんな仕掛けはないはずよ」
レオナは眉をひそめた。
「“誰が誰をどれだけ好いてるか”を、数字にして全世界に見せるような魔具、
王家のどの文献にも出てこないもの」
「でしょうね」
相馬も、真面目な顔で頷いた。
「だからこそ、“危険因子”だと?」
「当然よ」
レオナは指を一本立て、指揮官の口調で続けた。
「一つ。
感情が数値化されること自体が、政治的にはとんでもなく危険。
王と家臣、国同士の信頼関係、外交、全部、裏でどう思っているかまで丸裸になるのよ?」
「……たしかに、外交宴会でこれは地獄ですね」
「二つ。
このシステムは、誰の許可もなく勝手に表示されている。
つまり、コントロールできる権限者がいない。制御不能な情報流出源ってことになるわ」
「それも、まあ否定はできない」
「三つ」
レオナは、そこで相馬をまっすぐ見た。
「――これだけの“異常現象”が起きていても、
あなたは、特に慌てる様子もなく、“まあそういうものだ”って受け入れてるように見える」
「……それが、危険因子ポイント?」
「ええ」
レオナははっきり頷いた。
「王女として言うわ。
あなた自身と、この好感度システムを無関係とは思えない。
だから――」
言葉を切り、息を吸う。
「――デルムリン島から先。あなたがどこへ、どう動くつもりなのかを、
パプニカ王家として把握しておきたい」
頭上の「相馬 148」が、じりじりと点滅する。
しかし電子音は、一度も「彼女にして」とは言わなかった。
これは王女としての問いだ、とシステムも理解しているのかもしれない。
「……この先、ですか」
相馬は少しだけ目を伏せた。
遠くに見える海と、まだ小さいダイの背中。
それから、頭の上で勝手に数字を晒してくる最悪のUI。
「正直、まだ何も決めてません」
「嘘」
「辛辣ですね」
「少なくとも、“なにもしない”って選択肢は持っていない顔をしてるもの」
レオナは即座に返した。
「ダイが勇者として外の世界へ出るとき、
あなたはその背中を押すのか、隣に立つのか、
それとも――世界の反対側から何かするのか」
「ずいぶん選択肢が多いですね」
「危険因子の未来パターンは、早めに洗い出しておくのが鉄則よ」
レオナは真剣だった。
「あなたの一歩は、きっと普通の人の十歩ぶん、世界に影響する。
――だから、王女としては怖いの」
最後の一言だけは、少女の声だった。
頭上の数字が、しずかにもう一つ増える。
【レオナ→相馬 148 → 149】
【電子音声:レオナ】
『しゅき……怖いけど、好き……だから余計に怖い……』
相馬は、苦笑いを浮かべた。
「……そこまで言われると、さすがに俺も無責任には動けませんね」
「最初からそうしてちょうだい」
「分かりました」
相馬は、海から視線を戻し、レオナを正面から見た。
「ダイが島を出るとき。
俺も一緒に出ます」
「!」
「たぶん、その方が、危険因子としても管理しやすいでしょう?」
レオナの目が見開かれた。
「……ずいぶん素直に捕まりに来るのね」
「危険因子を放し飼いにして、“またどこかで会いましょう”ってなる方が、
よほど面倒な未来が見えるんですよ」
相馬は肩をすくめる。
「それに――」
少しだけ、言いよどんだ。
「?」
「……自分で言うのも変ですけど。
あなたが“怖い”って言ってくれるなら、その怖さごと背負ってもらった方が、俺も気が楽です」
レオナの頭上の数字が、ついに上限に触れた。
【レオナ→相馬 149 → 150/150】
ズギューーーーーン!!
胸の奥で何かが爆発する。
【電子音声:レオナ(MAX/舌足らず)】
『しゅきしゅきしゅき!! そんなこと言われたら……!!
今すぐ頭なでたいし、手も握ってほしいし、
彼女にしてって言いたくなるじゃない……っ!!』
「~~~~~~!!」
岩陰に、レオナの生声とほぼ同じ“しゅきしゅき”が反響した。
「い、今のはシステムだからね!? わたしじゃないからね!!」
「内容的には半分くらい本音なんでしょうけどね」
「半分でも認めない!!」
レオナは真っ赤になりながら、杖で地面をばんっと叩いた。
だが、その震えは怒りよりも、どうしようもない照れに近かった。
◇ ◇ ◇
「……まとめると」
ひとしきり騒ぎ終わったあと、相馬が指を折りながら言った。
「俺はダイと一緒に島を出る。
パプニカ王家の管理下に入る。
好感度システムについても、できる範囲で調査に協力する」
「ええ」
レオナはまだ少し赤い顔のまま、頷いた。
「あなた自身と、この頭上の数字。
王女として、ちゃんと責任を持って扱うわ」
「その代わり」
「?」
「王女としてじゃなくて、“レオナとして”何か言いたいことがあったら、
システムに先回りされる前に、ちゃんと自分の口で言ってください」
レオナは固まった。
頭上のパネルが、静かに点滅する。
【レオナ→相馬 150(変動なし/高熱状態)】
【電子音声:レオナ】
『……それが一番むずかしいのよ……』
「今のは、聞かなかったことにします」
「聞いてるじゃない!!」
叫びながらも、どこか救われた気もしていた。
(――自分で言えないことを、全部システムに丸投げしてる方が、よっぽど危険かもしれない)
レオナは、小さく息を吐いた。
「……考えておくわ。
王女レオナとしてじゃなくて、“ただのレオナ”として、どうしたいか」
「それで十分です」
相馬は軽く頭を下げた。
「じゃ、そろそろ戻りますか。
勇者候補の祝勝会を、指揮官抜きで始めるわけにはいかないでしょう」
「そうね。危険因子を部外者扱いするわけにもいかないし」
レオナはくすっと笑って、先に歩き出した。
◇ ◇ ◇
丘の上に戻ると、簡素な料理と飲み物が並び、小さな宴が始まっていた。
魔物たちがぎこちなく楽器を鳴らし、兵士たちがそれに合わせて手拍子を打つ。
ダイは島の子どもたちに囲まれて、照れながら勇者のスタンプを見せびらかしていた。
「おお、レオナ殿下!」
「相馬殿も!」
パプニカ兵たちが二人を見つけて駆け寄ってくる。
「殿下の頭上の数値、さきほどからとんでもないことに……」
「見るなって言ったでしょう!」
レオナの怒号とともに、兵士が慌てて目線を逸らす。
だが、時すでに遅し。噂はきっとすぐに広がる。
相馬はその横で、適当に料理をつまみながら、海の方を見やった。
水平線の向こうに、小さな白い影が見える。
「……ん?」
「どうしたの?」
「いや、船が一艘。
ここに来るはずの予定、ありましたっけ?」
レオナも目を細める。
青い海の上を、帆を張った船がこちらに向かってくるのが見えた。
「……たぶん、これが“次の予定”ね」
「?」
「勇者の家庭教師、って聞いたことはある?」
「ああ、原作にもいた人だ」
「原作?」
「いえ、なんでもないです」
相馬はごまかしながら、空を見上げた。
頭上のパネルは、今日も元気に数字を晒している。
【レオナ→相馬 150/150】
【相馬→レオナ 67/150】
【ダイ→レオナ 54/150】
【ダイ→相馬 55/150】
好感度システム。
危険因子。
勇者の卵。
そこへ新しく加わるのは、「勇者の家庭教師」と、その弟子たち。
(……ますます、賑やかになりそうだ)
相馬は、まだ遠い船影を見ながら、そんなことを思った。
そして、そのすぐそばで。
レオナは同じ船影を見つめながら、少しだけ別のことを考えていた。
(――あの人たちにも、この数字、見えちゃうのよね)
頭上の「150」が、恥ずかしくもあり、どこか誇らしくもある。
危険因子も、勇者も、そして自分自身も。
全部まとめて飲み込んで進むために、レオナは胸の前でそっと拳を握った。
(パプニカの王女として、ちゃんと指揮を執ってみせる。
危険因子も、恋心も、その全部を――わたしのやり方で)
デルムリン島の空は、少しだけ眩しくなっていた。