オーバーヒート(AI小説) 作:匿名希望
白い帆船が、ゆっくりとデルムリン島の入江へ滑り込んでくる。
昨日までバランス良く静かだった島の空気が、また違う騒がしさで満たされていくのを、相馬は浜辺で感じていた。
「……あれが、“勇者の家庭教師”か」
隣でダイがわくわくした顔で身を乗り出す。
「すごいのかな! どれくらい強いんだろ!」
「教える側だからな。少なくとも、俺より“きれい”に戦えるとは思う」
「相馬は十分すごいよ!」
その一言に、ダイの頭上パネルがぴこっと光る。
【ダイ】
相馬 55 → 57/150
【電子音声:ダイ】
『相馬、カッコいいし……頼りになるし……!』
素直な声が、今日も島中にダダ漏れだ。
相馬は苦笑しながら、視線を海へ戻した。
後ろでは、レオナとパプニカ兵たちが、簡素ながらも整然とした出迎えの隊列を組んでいる。
レオナの頭上には、相変わらず派手な数字が浮かんでいた。
【レオナ】
相馬 150/150
ダイ 54/150
(……見なかったことにしよ)
本人はそう決意し、視線をあえて正面の船に向ける。
やがて船から小舟が降ろされ、その上に立つ二つの人影が、陽光を背にしてこちらへ近づいてきた。
一人は、奇妙な模様のローブと丸い眼鏡。
もう一人は、ぼさぼさ頭に細い身体、今にも吐きそうな顔をしている少年――。
◇ ◇ ◇
「うえぇぇ……も、もう死ぬ……」
小舟が砂に乗り上げた瞬間、後ろの少年がばたりと倒れ込んだ。
「よーし、到着〜〜。……ポップ、大丈夫かい?」
「だいじょばない……師匠……」
ローブの男は苦笑して、倒れている弟子の襟首をひょいとつまみ上げる。
陸の上に下ろすと、ようやくポップと呼ばれた少年が、情けない顔で膝立ちになった。
「えっと……」
そこまで見届けてから、レオナが一歩前に出る。
「パプニカ王国・第一王女レオナです。
“勇者の家庭教師”にお越しいただいたと聞いていますが――」
「はいはい、そういう堅い挨拶はいいから」
ローブの男はにこやかに笑い、ぺこんと丁寧に頭を下げた。
「アバン=デ=ジニュアール3世。しがない家庭教師さ。
そしてこっちが弟子のポップ。気合いと根性以外は人並みの、普通の魔法使いだよ」
「人並みって言うなぁ!」
ポップが即ツッコミを入れる。
その頭上には、さっそくパネルが展開されていた。
【ポップ】
レオナ 29/150
相馬 26/150
ダイ 35/150
「なんだその数字……? 俺の頭、なんか光ってる?」
「ん?」
アバンが目を細める。
レオナも、ちらっと自分の頭上を見上げた。
そこには、くっきりと。
【レオナ】
相馬 150/150
ダイ 54/150
アバン 21/150
……丸見えだ。
(……あ、アバン先生の前で150はやめて……!)
レオナの心臓がきゅっと縮む。
と、そこへ。
「おやおや〜?」
アバンが、微笑みを崩さないまま、レオナと相馬、ダイの頭上を順番に見上げた。
「これは……珍しいね」
その一言に、レオナが冷や汗をかく。
「あ、あの、アバン先生。これは、その……」
「心配しなくてもいいですよ、レオナ姫」
アバンは、人を安心させる笑みのまま、軽く手を振った。
「ぱっと見た感じ、“人の心をただ覗くだけ”の下品な術じゃない。
もう少し、構造がきちんとしてます」
「構造……?」
「しかも――」
アバンの視線が、相馬の頭上で止まる。
【相馬】
レオナ 67/150
ダイ 57/150
アバン 22/150
「おや、これは。
ダイくんとレオナ姫、両方から桁外れに好かれているのに、
本人はわりと堅実な数字ですね」
「やめてくださいそういう分析は」
相馬が真顔で抗議した。
レオナの頭上で、数字がまたちょっとだけ点滅する。
【レオナ→相馬 150(MAXで変動なし/常時点滅)】
【電子音声:レオナ】
『しゅきしゅきしゅき……いきなり見抜かないでアバン先生……』
アバンはその電子音まで聞きながらも、にこにこ笑っている。
「まあ、詳しい話はあとでゆっくり。
今は――勇者の卵くんとの顔合わせが先だね」
そう言って、彼はダイの前にしゃがみ込んだ。
◇ ◇ ◇
「きみが、ダイくんだね?」
「う、うん!」
「アバン先生が勇者の家庭教師なんだろ? よろしく!」
ダイは、まっすぐな笑顔で手を差し出した。
同時に、ダイの頭上の数字が明るくなる。
【ダイ】
アバン 41/150
【電子音声:ダイ】
『なんか優しそうで、でも強そうで……すげえ!』
アバンはその手をしっかり握り返し、優しく笑った。
「こちらこそ。よろしくね、ダイくん」
(……ふむ)
握手しながら、アバンはほんの一瞬だけ真顔になった。
額の竜の紋章。
そして、その隣に立つ相馬の佇まい。
パネルに映る数字だけではなく、立ち方、視線の配り方、
周囲の魔物たちとの距離感まで、まるごと観察していた。
(勇者と……それを取り巻く、あまりにも強い“外側”)
そこへ、背後からレオナの声。
「アバン先生」
「はい、レオナ姫」
「場所を変えて、お話ししませんか。
勇者の教育方針と……この“表示システム”について」
レオナの瞳には、政治と軍略を担う者の色が宿っている。
アバンは、にこりと笑って頷いた。
「いいでしょう。
――勇者の先生としてだけでなく、
“危険因子管理”の相談役としても、少しばかり力になれるかもしれません」
◇ ◇ ◇
島の少し高台にある、岩場の小さな広場。
海からの風が通るそこに、レオナと相馬、アバンが円を描いて座っていた。
魔物たちと兵士たちは少し距離を置いて配置され、ポップは木陰でぐったりしている。
「まず確認させてください」
レオナが口を開く。
「この“好感度表示システム”に、アバン先生は心当たりは?」
「残念ながら、まったく」
アバンはあっさり答えた。
「この世の魔法体系に、こんなものは存在しません。
少なくとも、“アバン流”の本棚には載っていない」
「じゃあ、やっぱり――」
レオナの視線が、横の相馬に滑る。
アバンも、それを追って相馬を見た。
「相馬くん」
「なんでしょう」
「君の世界には、似たようなものはあるかい?」
「……“数値でステータスが見える”とか、そういうのは、まあ、物語の中には」
相馬は慎重に言葉を選んだ。
「でも、現実に人の頭の上に浮かぶのは、初めて見ましたね」
「ふむ」
アバンは、顎に手を当てて少し考え込んだ。
「では、やはりこれは“この世界の外側”から持ち込まれたか、
あるいは、勇者の覚醒に連動した何か……と見るべきでしょうね」
「勇者……?」
「ダイくんが紋章を得た瞬間から、数値が出始めたのでしょう? レオナ姫」
「ええ。洞窟の中で、急に」
「なるほど」
アバンはにこりと笑った。
「つまりこれは、“勇者の物語”そのものを、少し第三者視点で見せる仕掛けかもしれません。
誰が誰をどれくらい想っているかが可視化されれば、
人間関係の変化も、勇者の成長も、より立体的に観察できる」
「観察者、という存在を想定するなら、たしかに……」
相馬が小さく頷いた。
「あなたたち、冷静に分析してる場合?」
レオナが若干キレ気味に割り込む。
「“観察”ってことは、この島の外にも、
わたしたちの数字を眺めてニヤニヤしてる誰かがいるってことじゃない!」
「うわ、それ聞くと急に腹立ってきましたね」
「だろ?」
二人が妙なところで意気投合していると、
アバンは肩をすくめて笑った。
「どちらにせよ、“今すぐ消す”ことは難しそうです」
「つまり?」
「――“あるもの”として、こちらが先に使いこなした方が得、ということです」
レオナと相馬が、同時に眉をひそめた。
アバンは続ける。
「好感度が見える、ということは。
誰が勇者を信頼しているか、
誰が勇者の足を引っ張りそうか、
誰が“危険因子”かが、手に取るように分かる」
「危険因子って……」
レオナは、ちらっと相馬を横目で見た。
相馬の頭上では、「レオナ 67」「ダイ 57」が仲良く並んでいる。
【電子音声:レオナ】
『……やっぱり、危険』
「システム、黙っててくれる?」
レオナが空に向かって怒鳴ると、電子音が“ピッ”とだけ鳴って一瞬黙った。
「まあ、冷たい言い方ですが」
アバンは笑みを保ったまま、真面目な目をした。
「勇者を巡る好意と敵意が見えるのは、
世界を救う旅の準備としては、むしろかなりのアドバンテージです」
「……たしかに、そうね」
レオナも、指揮官としての脳が働き始める。
「仲間候補が現れたとき、
この数字を見れば“信頼できるか”、ある程度は判断できる」
「ええ。ただし――」
アバンは、レオナをまっすぐ見た。
「レオナ姫。その数字を理由に“心”を決めつけるのは、もっとも危険ですよ」
「……もちろんよ」
レオナはきっぱりと頷いた。
「数字はあくまで“情報”。
本当に信じるかどうかを決めるのは、わたしたち自身だもの」
その言葉に、アバンは満足そうに頷いた。
「危険因子の扱いも、同じです」
今度は相馬を見る。
「数字が高いから安全、低いから危険――ではない。
“どのように力を使うつもりか”を見極める必要がある」
「……耳が痛いですね」
相馬は苦笑した。
「俺の場合、どう見えます?」
「そうですねえ」
アバンは、空を見上げて少し考え――軽く笑った。
「――“先生にとって一番めんどくさいタイプの生徒”、でしょうか」
「そんな評価なんですか」
「力も頭もあるのに、“自分で線を引きたがる”。
しかも、その線はおそらく正しい。だからこそ、手綱をつけるのが難しい」
「……やっぱり危険因子だわ、それ」
レオナがぼそっと呟いた。
相馬は肩をすくめた。
「その手綱を握るのが、王女と家庭教師っていう構図なら。
――まあ、悪くない待遇ですよ」
レオナの頭上の数字が、ほんの少しだけ明るくなる。
【レオナ→相馬 150(MAXのまま/点滅リズムだけ早くなる)】
【電子音声:レオナ】
『しゅきしゅきしゅき……自分から繋がれに来る危険因子なんて……』
「システム。ほんとに黙ってて?」
レオナの声に、アバンが笑いを堪える。
「ま、ともあれ」
アバンは立ち上がった。
「ダイくんの修行は今日から始めます。
好感度表示システムの検証も兼ねて、相馬くんも何本か付き合ってもらえるかな?」
「もちろん」
相馬も立ち上がる。
「危険因子の取り扱い訓練、というやつですね」
「そう取ってもらえると助かります」
◇ ◇ ◇
午後。デルムリン島の中央部、草原。
「よーし、それでは第一回・勇者特訓〜〜!」
アバンが両手を広げて宣言すると、ダイが目を輝かせて飛び上がった。
「やるぞー!!」
「元気だけは満点だね」
ポップは少し離れたところでため息をつきつつ、杖を肩に担いでいる。
その頭上パネルは、さっそくアクティブだ。
【ポップ】
アバン 62/150
ダイ 41/150
レオナ 29/150
【電子音声:ポップ】
『はぁ……またここからしごかれんのか……でも、ダイには負けたくねぇ……』
アバンがにこにこしながら振り返る。
「ポップ、何か言った?」
「な、なんも言ってねぇよ!!」
すかさず否定するが、頭上の数字と声が全力で裏切っている。
「さて、今日のメニューは――」
アバンは地面に木の枝でざっと円を描いた。
「ここを中心に、僕とダイくんが剣。
ポップは安全な距離から魔法の援護。
相馬くんは、“訓練でケガ人が出ないように”外周をカバー」
「保険扱いですか」
「危険因子保険ですね」
アバンの軽口に、レオナがふふっと笑う。
彼女は少し離れた岩の上から、全体を見下ろす位置を取っていた。
王女としての視点と、指揮官としての視点、そして――危険因子ウォッチャーとしての視点。
(……こうして見ると、本当にバランスがいいわね)
勇者の卵。
家庭教師。
補助の魔法使い。
そして、常識外れの戦力・相馬。
頭上の数字と、立ち位置と、動きの癖。
全部ひっくるめて、レオナは“戦力表”として整理していた。
「よし、始めようか」
アバンが木剣を構える。
ダイも真似をする。
「ダイくん。まずは基本の“アバンストラッシュ”の型からだ」
「で、出た! かっこいい名前!!」
ダイが目を輝かせる。
ポップは「またそれかよ」とぼやき、相馬は少しだけ興味深そうに見ていた。
(原作通り、か)
アバンが一歩踏み込み、空を斬る。
風が切り裂かれたような音がして、草が一本、きれいに両断された。
「すげぇ……!」
ダイが感嘆の声を上げ、その動きを真似しようとする。
そのとき。
「ダイ!」
岩の上からレオナの声。
「今の、腰が甘い! もっと下から、足で支えて!」
「は、はい!」
ダイが慌てて姿勢を直す。
アバンが目を丸くしてレオナを見上げた。
「おや、レオナ姫。
もしや、剣術もお出来になる?」
「王族としての基礎訓練程度よ。
でも、“立ち方”ぐらいは分かる」
レオナは胸を張る。
「勇者の基礎は足腰から。
そこを怠ったら、どんな必殺技だって空振りするわ」
「頼もしいサブ教官だねぇ」
アバンが笑う。
相馬は少し後ろで、そのやり取りを眺めながら、
自分の頭上パネルをふと見上げた。
【相馬】
レオナ 67 → 70/150
【電子音声:相馬】
『……やっぱり、頼りになるな』
その声に、レオナの頭上数字もささやかに反応する。
【レオナ→相馬 150(MAX)/点滅リズムがまた少し上がる】
【電子音声:レオナ】
『しゅきしゅきしゅき……ちゃんと見ててくれてる……』
「……集中しろ、わたし」
レオナは自分にだけ聞こえる声で呟き、視線をダイに戻した。
◇ ◇ ◇
訓練は順調、とは言い難かったが、確実に進んでいた。
「はぁ、はぁ……!」
「ダイくん、そこ! もっと踏み込みを!」
「う、うん!」
アバンの声に応じて、ダイが何度も何度も剣を振る。
ポップは遠巻きにメラを撃ったりミスったりしながら、
相馬は流れ弾を削り落とし、レオナは全体の動きに目を光らせる。
そんな中、ふとした瞬間。
アバンの木剣の動きが、相馬の目には「試し」に見えた。
(今のは……わざと隙を作ってる)
ダイが対応できるかどうかのギリギリ。
その線を確認する軌道。
ダイはぎりぎりでそれを受け流し――足をもつれさせて、派手に転んだ。
「うわぁっ!」
「ダイ!」
レオナが跳び上がらんばかりに立ち上がる。
相馬はしかし、半歩だけ前に出て、そこで動きを止めた。
(……この程度なら、アバン先生の範疇だ)
実際、アバンはすぐに木剣を下ろし、ダイに手を差し伸べていた。
「大丈夫かい?」
「だ、大丈夫……!」
ダイが起き上がった瞬間、彼の頭上の数字がわずかに揺れる。
【ダイ】
アバン 41 → 46
レオナ 54 → 56
相馬 57 → 58
【電子音声:ダイ】
『転んでも、誰も見捨てない……』
レオナは、その数字を見ながら、小さく息を吐いた。
(……ちゃんと、“教えられてる顔”ね)
そう思って岩の上から座り直した瞬間、ふいに影が差した。
「レオナ姫」
横から、アバンがひょいと顔を出した。
「ひゃっ!? アバン先生!?」
「そんなに驚かなくても」
アバンは、相変わらず柔らかい笑みのままだ。
「ちょっと相馬くんと、実戦形式で手合わせをしてもらおうと思いましてね」
「実戦形式……?」
レオナの視線が自然と相馬の方へ向かう。
顔イベント。
ズギューン!!
【レオナ→相馬 150(MAX)/点滅激化】
【電子音声:レオナ】
『しゅきしゅきしゅき!! そんなの、絶対カッコいいに決まってる……!』
「……今のはカットでお願いしたいんだけど」
「カットされないのが、この仕様の厄介なところですね」
アバンが苦笑する。
「でもまあ、いい機会です。
君が“危険因子”と呼んでいる相馬くんが、
実際どの程度までコントロールできているのか」
「……たしかに、見ておくべきね」
レオナは真顔に戻った。
「でも条件は一つ。
“全力”は禁止。あくまで“勇者の特訓の一環”としてよ」
「了解」
相馬は短く頷き、木の杖を握り直した。
ダイもポップも、訓練の手を止めてこちらを見る。
「よ〜し、それじゃあ」
アバンは、軽く両手を叩いた。
「“アバン流危険因子診断テスト”、開始〜〜」
◇ ◇ ◇
草原の真ん中。
風が少し強くなってきた。
アバンは木剣を構え、相馬は杖を腰のあたりに立てるように握っている。
「殺し合いをするつもりはないので、ご安心を」
「それは何よりです」
二人はにこやかに言葉を交わしつつ、
その目だけは一瞬たりとも緩まなかった。
「ダイくん、レオナ姫。
君たちはしっかり“見る”こと。
うわーすげー、で終わらせちゃいけませんよ」
「は、はい!」
「……分かってるわ」
レオナは岩の上に膝をつき、真剣な目で二人を見下ろした。
相馬の頭上パネルが、じわりと変化する。
【相馬】
アバン 22 → 31
【電子音声:相馬】
『……この人は、信用していい』
アバンの頭上でも、数字がちらっと動いた。
【アバン】
相馬 35/150
【電子音声:アバン】
『やれやれ。手間のかかる教え子が増えそうだ』
「行きますよ」
「いつでもどうぞ」
アバンが一歩踏み出した。
さっきダイに見せたのと同じ“アバンストラッシュ”の起こり。
だが、速度も角度も、まったく別物だ。
「っ!」
相馬は杖を横に払う。
木剣と杖がぶつかり、乾いた音が草原に響いた。
ダイが思わず息を呑む。
「すげぇ……! アバン先生の技、受けた……!」
「今の、完全な型じゃないわ。
でも、それでも十分すごいわね」
レオナの頭上数字が、わずかに明滅する。
【レオナ→相馬 150(MAX/点滅継続)】
【電子音声:レオナ】
『しゅきしゅきしゅき……この二人、見てるとなんか安心する……』
一方、ポップはぽかんと口を開けていた。
「な、なにあれ……
アバン先生の剣と、普通に張り合ってんじゃん、あの人……」
アバンは、木剣を引きつつ笑う。
「反応も悪くない。
ダイくん、今の、ちゃんと目で追えていたかい?」
「ぜ、全然……!」
「正直でよろしい」
軽口を挟みながらも、アバンはすぐに次の一手へ移る。
今度は、わざと大きく振りかぶり――
途中で軌道を変えた。
(フェイント)
相馬は瞬時に理解し、下がりかけた足を逆に踏み込ませた。
「ふっ!」
杖の先で、アバンの木剣の“根元”を軽く弾く。
一見ただの軽い動きだが、テコの原理でアバンのバランスを一瞬だけ崩した。
「おっと」
アバンが半歩下がる。
「これは、“教わる側”だけの動きではないですね」
「そっちこそ。
フェイントで本気度を量ってくる先生も、なかなか少ないですよ」
二人のやり取りは穏やかだが、
レオナの目には、その一瞬一瞬が、
勇者の未来を左右する情報として刻み込まれていた。
(――この人たち、どこまで行くつもりなのかしら)
相馬の頭上に、「アバン 31」の数字。
アバンの頭上に、「相馬 35」の数字。
まだ“好き”という領域ではない。
でも、“信頼に足る”と判断するには十分な値だ。
(危険因子、ね)
レオナは、小さく笑った。
(確かに危険だわ。
――相馬だけじゃない。アバン先生も、ダイも、ポップも)
勇者の周りに集まり始めた人たちは、
それぞれに強すぎるものを抱えている。
力だったり。
知恵だったり。
臆病さだったり。
そして、誰かを想う気持ちだったり。
「だからこそ」
レオナは、そっと拳を握った。
「わたしが“王女”として、ちゃんと見張っていなきゃいけないのよね」
◇ ◇ ◇
短い手合わせが終わると、アバンは木剣を下ろし、大きく息を吐いた。
「いや〜、なかなか骨が折れますね」
「そっちも」
相馬も、杖を肩に担ぎながら笑った。
「全力禁止じゃなかったら、どっちが先に倒れてたか分かりませんね」
「そこは、そう簡単に負けないつもりですよ」
アバンが軽口を返す。
「総評としては――」
くるりと振り返り、レオナとダイを見上げた。
「“危険因子”だけど、“一緒に連れて行く価値は十分ある”。
そういうところでしょうか」
「……やっぱり危険因子なのは変わらないのね」
レオナがため息をつく。
それでも、その口元はわずかに笑っていた。
「でも、危険なだけの存在なら、
アバン先生もここまで評価しないでしょう?」
「そうですね」
アバンは頷き、優しい目をした。
「相馬くん。
あなたが“自分で線を引こうとしている”限りは、僕も協力を惜しみません」
「その線を、“王女”と“先生”で一緒に引き直すのが、
この先の仕事ってことね」
レオナも応じる。
頭上の数字たちが、静かに点滅を続けている。
【レオナ→相馬 150/150】
【相馬→レオナ 70/150】
【ダイ→相馬 58/150】
【ダイ→アバン 46/150】
【ポップ→アバン 62/150】
好感度表示システム。
相変わらず鬱陶しいが――同時に、確かに“今ここ”を映している。
勇者の卵と、
危険因子の魔法使いと、
王女と家庭教師と、その弟子。
数字も、声も、うるさいくらいに全部丸見えだ。
それでも。
いや、だからこそ。
レオナは、前を向いて思う。
(この島から始まった“勇者の物語”。
危険因子ごと、しっかり見届けてみせるわ)
空は、すでに少しずつ、旅立ちの季節の色に変わり始めていた。