オーバーヒート(AI小説) 作:匿名希望
デルムリン島の夕方は、今日も風が気持ちよかった。
草原での特訓が一段落し、アバンの号令で「解散〜〜」となったあと。
ダイはその場に大の字で転がり、ポップは木陰でへたり込み、魔物たちはそれなりに勝手に盛り上がっている。
その少し外れ。
火を焚くにはまだ早い時間帯の岩場で、レオナと相馬、それからアバンが地面に円を描くように座っていた。
頭上には、いつもの“ソレ”が漂っている。
【レオナ】
相馬 150/150
ダイ 56/150
アバン 23/150
【相馬】
レオナ 70/150
ダイ 58/150
アバン 31/150
【アバン】
ダイ 46/150
ポップ 62/150
相馬 35/150
(……見たくないわけじゃないけど、見たくないものね)
レオナは、自分の「150」を見なかったことにしようと、わざと海の方へ視線を逃した。
(平均がどれくらいなのかすら分からないのに、“天井”に張り付いてるのはさすがにどうかと思うわ……)
しかも、その意味すらまだ知らない。
ただでさえ危険因子だらけの状況で、情報不足は致命的だ。
そこで――
「それじゃ、そろそろやってみましょうか」
アバンが、いつもの柔らかい微笑みで言った。
「“好感度表示システム先生”、自己紹介をお願いできますか?」
「あの、それ本当にそういう名前なんですか?」
相馬が真顔でツッコむ。
次の瞬間、彼らの目の前の空中に、薄いパネルが新たに一枚、スッと広がった。
今まで頭上に浮かんでいたものと似ているが、表示される内容は違う。
《HELPMENU:好感度可視化システム》
この世界における「好感度」は、0〜150(理論上は…それ以上)の数値で表されます。
以下は、その目安です。
レオナは思わず前のめりになる。
「……来たわね」
「説明書、的なやつですね」
相馬も興味深そうに身を乗り出した。
アバンが、教師らしく読み上げていく。
⸻
0以下 嫌い
0〜10 初対面
10〜20 知人レベル
20〜40 友人レベル
40〜60 “気になる”
60〜75 異性として明確に好き
75〜85 恋人、夫婦レベルの好意
85〜90 人生におけるラブラブ期
(普通の人は一生で上がってもここまで)
90〜100 ストーカーになるレベル
100〜120 超越領域、その人のためならたいてい何でもできる
120〜 一言では説明語句が見つからない領域。
ストーカーにも、夫婦にも、愛の虜にも――
この領域になると何にでもなりうる。
※同性同士の好感度は友情的な意味を含みます。
⸻
「……………………」
レオナは、しばらく声が出なかった。
相馬も、珍しく言葉を失っている。
「えー、まとめるとですね」
アバンが、教師らしい口調で淡々と続けた。
「40〜60が“気になってる”、60〜75が“異性としてはっきり好き”、
75〜85が“相思相愛・恋人・夫婦クラス”、
それ以上は――まあ、“人として危ない領域”ってことですね」
「丁寧にまとめないでください先生」
相馬が即座にツッコむ。
(待って、待って。ということは――)
レオナは、恐る恐る自分の頭上を見上げた。
【レオナ】
相馬 150/150
「……………………」
説明文を、頭の中で自動的に当てはめてしまう。
120〜 一言では説明のつかない領域。
ストーカーにも、夫婦にも、愛の虜にも――
(……いやよ。説明はつけなくていいけど、そんな候補の中に放り込まれたくない……)
顔から血が引くのか、集まってくるのか、自分でもよく分からなかった。
「レオナ姫。大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫よ」
声が裏返った。
「少なくとも、“危険因子”がどこにいるかは、これでよく分かったわ」
「いや、人の頭の上指さして言わないでください」
相馬が苦笑する。
アバンは、少し申し訳なさそうな顔をしながらも、内容を確認するように続けた。
「ちなみに、レオナ姫の“相馬くんへの数値”は150。
完全に“120超の何にでもなりうる領域”ですね」
「言わなくていいです!!」
今度ははっきり叫んだ。
「じゃあ、相馬の方は?」
「いや、そこは見なくていいから!」
レオナが慌てて止めようとするより先に、アバンはさらっと目をやる。
【相馬】
レオナ 70/150
「ふむ。
“異性として明確に好き”(60〜75)の真ん中くらい、ってところですね」
「先生!!!」
レオナの悲鳴と、相馬の呻き声が同時に上がる。
【電子音声:レオナ】
『しゅきしゅきしゅき……でもそんなハッキリ言わないでぇぇ……』
【電子音声:相馬】
『……否定は、できない、のがまた面倒だな……』
本人達の声が、微妙に小声で洞窟(※じゃないが)に響いた。
「おや、素直でよろしい」
アバンは、いい笑顔で頷いた。
「レオナ姫の150と、相馬くんの70。
数字だけで言えば、“明らかに釣り合っていません”」
「二度と言わないでほしいわ、その一文」
レオナは膝を抱えてうずくまりたくなったが、王女のプライドがぎりぎりそれを止めた。
(……そもそも、これは“今の状態”の数字であって、“これからどうするか”の話とは別よね)
そう自分に言い聞かせて、どうにか顔を上げる。
◇ ◇ ◇
「……で、先生はこの数字をどう使うつもり?」
レオナが深呼吸をしてから、アバンに訊ねた。
「私としては、正直、このまま放っておくのは危険だと思うわ」
「主に自分の数値のせいで?」
「主に、って言わないで」
アバンは笑い、指を二本立てた。
「まず一つは、“勇者の周りにいる人間の、本当の矢印を知る”こと。
ダイくんを利用しようとする者、守ろうとする者、そのどちらも数字である程度は見える」
「……60を超えてると、“明確に好き”ってことは。
敵対勢力が60以上を持って近づいてきたら、要注意ってことね」
「その通り」
アバンの瞳が、一瞬だけ鋭くなる。
「二つめは、“自分自身の危険度を自覚する”ことです」
「自覚、ね……」
レオナは、思わず自分の数字を見上げた。
【レオナ→相馬 150/150】
(自覚したくない……)
「超越領域(100〜120)は、“その人のためなら何でもできる”状態。
普通は一生のうち一人いるかどうか。それでも危うい。
それをさらに超えて120以上となると――」
「“何にでもなりうる”。ストーカーにも、夫婦にも、愛の虜にも」
相馬が代わりに言った。
「ようするに、“本人次第で、どの方向にも暴走しうる危険な愛情”ってことですね」
「言い方!」
レオナがジト目で睨む。
だが、言い方を変えたところで意味は同じだ。
「……だからこそ、ですね」
アバンが、今度は優しい声でレオナを見る。
「レオナ姫。
その数字を恥ずかしいと感じるのは、人として健全です。
怖がるのも、当然です」
「……」
「でも、だからこそ“王女として”自分に手綱をつけられるのは、あなたしかいない」
「“王女として”ね」
レオナは、少しだけ目を伏せた。
(そうよ。
危険なのは、数字じゃない。わたしの感情が、“王女”を食い破ること)
そして、横目で相馬を見る。
相馬は、妙に落ち着いた顔で海の方を見ていた。
(この人は、きっと自分の60〜70を理由に、わたしを振り回してくるタイプじゃない。
それが分かるから、余計に危険なのよね……)
頭の中で、“危険因子”のラベルが二重三重に貼られていく気がした。
◇ ◇ ◇
視線の先。
草原では、ダイとポップが、アバン不在の隙を見計らって休憩中だった。
「なあなあ、ポップ」
「なんだよ、ダイ」
「オレの数字、今どんくらい?」
ダイが自分の頭の上を見上げて、少し首をかしげる。
【ダイ】
レオナ 56/150
相馬 58/150
アバン 46/150
ポップ 43/150
「お前、オレへのやつだけやたら高くない?」
「え、そうかな?」
ポップは自分のパネルを確認する。
【ポップ】
アバン 62/150
ダイ 43/150
レオナ 29/150
相馬 26/150
「アバン先生62って、けっこうやべぇな、オレ」
「60から“明確に好き”なんだっけ?」
「うっせ! 尊敬だよ尊敬! 異性じゃねーからセーフだろ!」
【電子音声:ポップ】
『いやでも、先生に見捨てられんのはマジで嫌だし……』
「本音ダダ漏れだぞ、ポップ」
「うるせえ!!」
ダイは笑いながら、ちょっと真剣な顔になる。
「でもさ……
オレ、レオナと相馬に対して、どっちも“60近く”なんだよね」
「お前もなかなか節操ねーな」
「そうかな?」
ダイは、自分なりに考えて言った。
「レオナも相馬も、オレにとって“守ってくれる人”ってだけじゃなくて、
一緒に戦ってる感じがするんだ。
だから、どっちも“すげぇ好き”なんだと思う」
頭上の数字が、ほんの少しだけ明るくなった。
【ダイ】
レオナ 56 → 58
相馬 58 → 60
【電子音声:ダイ】
『二人とも、オレにとって大事な人だ』
(60……)
少し離れた岩場から、その数字を見たレオナは、
“異性として明確に好き”のラインに乗った数値を、複雑な気持ちで眺めた。
(ダイにとって、わたしと相馬は、同じくらい“大事”ってことね)
王女としては、少し誇らしい。
レオナとしては、ちょっとだけ胸がチクリとした。
一方で、相馬の頭上の数字も、同じ60に達していた。
【相馬→ダイ 60/150】
(勇者の卵に好かれてんのは、悪い話じゃないけど……)
相馬は、頭の片隅で苦笑する。
(60ってことは、俺の方も“かなり好き”ってことか)
それは恋愛ではない。
けれど、ダイの成長を見たいという気持ちは、数字で測っても高いらしい。
◇ ◇ ◇
「……ねぇ相馬」
しばらく各々が数字を見て騒いでいたあと。
岩場で一息ついた頃合いで、レオナがぽつりと声をかけた。
「はい」
「さっきの話。
“60〜75が、異性として明確に好き”っていう説明」
相馬は、内心で「あー」と思った。
「そういう仕様でしたね」
「ええ」
レオナは、海を見たまま続ける。
「あなたの“70”って数字。
――それを踏まえても、“今のまま”でいいと思ってる?」
「“今のまま”というと?」
「パプニカの王女と、どこの国のものとも知れない危険因子が、
この数字つけたまま一緒に旅に出るって話よ」
言いながら、自分の「150」はあえて触れない。
触れた瞬間、この会話は崩壊する気がしたからだ。
相馬は、少しだけ考えてから答えた。
「……正直に言うと、“今のままでは良くない”と思ってます」
「っ」
それが、思ったよりも真っ直ぐな言い方だったので、
レオナは心臓を撃ち抜かれたような気分になった。
【レオナ→相馬 150(MAXのまま/点滅パターンが一瞬乱れる)】
【電子音声:レオナ】
『しゅきしゅきしゅき……そんな言い方ずるい……』
「ただ」
相馬は続けた。
「数字を“下げる”方向に調整するつもりは、今のところないです」
「……どういう意味?」
「60〜75が“明確に好き”。
だからって、それを全部なかったことにした方が、
たぶん旅先で余計にややこしくなる」
レオナは、ゆっくりと彼を見た。
相馬の目は、妙に穏やかだった。
「俺は、レオナのことを“異性として好きだ”という自覚ぐらいは持つ。
その上で、“王女としてのレオナ”と、“一人の女の子としてのレオナ”の両方に、
できるだけ誠実に付き合う。
――その線を、自分で引いておきたい」
「……ずるい言い方ね」
レオナは、苦笑にも似た微笑を浮かべた。
「“数字を下げない”って言っておきながら、“線は引く”なんて」
「危険因子ですから」
相馬は肩をすくめる。
「ただ、さっきアバン先生も言ってたでしょう。
この“数字”の一番危険なところは、“自覚してないのに高くなっていく”ことだって」
「……そうね」
「だから、少なくとも俺は自覚しておく。
“王女レオナが好きだ”って。
その代わり、“好きだからこそ勝手に振り回さない”って約束も、自分に課しておく」
レオナの頭上で、「150」が、いつもより柔らかく瞬いた。
【電子音声:レオナ】
『しゅき……そんなふうに言われたら、もっと好きになるに決まってるじゃない……』
「……王女としては」
レオナは、少しだけ意地悪い口調で言った。
「自覚した危険因子を放っておくのも、どうかと思うのだけれど」
「手綱はお任せしますよ」
相馬は真顔で返した。
「王女としてのレオナに、ね」
そのひと言で、
レオナの中の「王女」と「少女」の境界線が、少しだけ楽になるのを感じた。
◇ ◇ ◇
そのとき、丘の下からダイの声が響いた。
「レオナー! 相馬ー!」
「はいはーい!」
レオナが立ち上がる。
相馬も腰を上げた。
見下ろすと、草原ではすでに
アバンとポップと魔物たちが、夕飯の準備を始めている。
「今日のメシ、ポップが手伝ってくれるってよー!」
「なんで勝手に決めるんだよダイ!!」
にぎやかな声が、風に乗って届く。
レオナはふっと笑って、相馬に向き直った。
「――危険因子も、好感度も、勇者も全部。
まとめて面倒を見る覚悟は、もう決めたわ」
「頼もしい限りです」
相馬も笑う。
頭上の数字は、今日も勝手に点滅を続けている。
0〜150のスケールに、彼らの今が乱雑に割り振られている。
好き、嫌い。
信頼、不信。
友情、恋情、その他なんとも言えない感情たち。
その全部を、レオナは王女として、少女として見届けようとしていた。
(……120を超えた“何にでもなりうる領域”?)
自分の「150」を見上げながら、レオナは少しだけ肩をすくめる。
(だったら、その可能性の中から“まっとうな選択肢”を引き当ててみせるわ)
危険因子の魔法使いと、勇者の卵と、家庭教師と、その弟子と。
そして、世界のどこかでこの数字を眺めて笑っているかもしれない、“観察者たち”ごと。
デルムリン島の空は、今日も少しだけ高く、
そして、明日へ続く色に染まり始めていた。