オーバーヒート(AI小説)   作:匿名希望

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8話 好感度システムバージョンアップ(Ver. 3.5 → Ver. 4.0)

 翌朝のデルムリン島。

 

 潮の匂いと、いつもよりちょっとだけ冷たい風。

 草原ではダイとポップがストレッチをし、少し離れたところでアバンが訓練メニューの確認をしている。

 

 そして――島全体の上空で、「ピンッ」と澄んだ電子音が鳴った。

 

【好感度表示システムをアップデート中です】

【Ver. 3.5 → Ver. 4.0】

 

「……またか」

 

 相馬は、半分あきれた声で空を見上げた。

 

「おいダイ、空が喋ってるぞ」

 

「ほんとだ!? なにこれ、また新しい試練かな!?」

 

 ダイが目を丸くし、ポップは「勘弁してくれよ……」と額を押さえる。

 

 レオナも、杖を持ったまま空のパネルを見つめていた。

 頭上の「相馬150」が、今日も元気に点滅している。

 

(……せめて起き抜けに見せるのやめてほしいわ)

 

◇ ◇ ◇

 

 少し離れた岩場に、薄い説明パネルが展開された。

 アバンが教師モードの顔で、それを読み上げる。

 

【好感度システム Ver.4.0 パッチノート】

・好感度90以下は、状況に応じて上昇・下降する「可変値」として扱われます。

 下降時は、数値が青色で表示されます。

・好感度91以上は、「本人が相手をタイプすぎる状態」と見なされ、

 基本的に下降しません。

・好感度120以上の関係について:

 顔イベント発生時、恋愛面での不満・要望を、電子音声がそこそこの音量で読み上げ、

 約束の履行を促します。

 

「……最後の一行が明らかに嫌な予感しかしないんだけど」

 

 レオナは額を押さえた。

 

 アバンが軽く補足する。

 

「要するにですね。

 ・90以下 → 上がることも下がることもある、普通の人間関係。

 ・91以上 → もう“ちょっとやそっと”じゃ冷めない

 ・120以上 → “顔を見るたびに恋愛の不満を読み上げられる”」

 

「最後、まとめ方が容赦ないですね先生」

 

「事実ですから」

 

 アバンがさらっと言った時点で、レオナは悟った。

 

(……これ、完全に“わたし狙い撃ち”のアップデートじゃない)

 

 恐る恐る、自分の頭上を見上げる。

 

【レオナ】

 相馬 150/150(赤)

 

 当然、びくともしない。

 91以上どころか120も遥かに超えている、超越領域。

 

「91以上は下がらない、ね……」

 

 レオナは、ため息とも笑いともつかない息を吐いた。

 

(“顔がタイプすぎて、ちょっとやそっとじゃ冷めない”状態……

 ……まあ、否定は、しづらいわよね)

 

 横で、相馬が自分のパネルを見上げている。

 

【相馬】

 レオナ 70/150(白)

 ダイ  60/150(白)

 アバン 35/150(白)

 

(こっちは普通に上下するのか)

 

 90を超えていない相手への好感度は、今日から“青く下がる”こともある。

 つまり――言動次第では、レオナへの70も落ちうる、ということだ。

 

(……あんまり意地悪すると、下がるかもな)

 

 そう思って、チラッとレオナを見た瞬間――

 

 ズギューン!!

 

 顔イベント、発生。

 

【レオナ→相馬 150/150(赤・MAX)】

 

 数字は変わらない。

 変わらない代わりに、機能だけが変わった。

 

 胸の奥が跳ねた瞬間、

 レオナそっくりの電子音声が、島の半径数メートルに届く“そこそこの音量”で流れ出した。

 

【電子音声:レオナ(120オーバー仕様)】

『恋愛面の不満:

 ――まだ、ちゃんと“これからのこと”を話してくれない。

 ――王女としてじゃなくて、“レオナ”としてどうしたいか、

   あなたの口から聞かせてほしい。

 要望:

 ――ちゃんと時間を作って、二人で話して。

 ――“一緒に旅を続けたい”って、もう少しハッキリ言ってほしい……』

 

「っっ!!?」

 

 レオナ本人は、バチンと音がしそうな勢いで固まった。

 

 相馬も、さすがに目を瞬かせる。

 

(……これが、120以上の新仕様か)

 

 アバンは「なるほど」と頷いてメモを取っているし、

 ダイとポップは「なんかすげーこと言ってたぞ!」と半分パニックだ。

 

「……おい、今の」

 

「聞かないで!!」

 

 食い気味に遮るレオナ。

 耳まで真っ赤だ。

 

「システムが勝手に喋っただけよ! わたしの意思じゃないわ!」

 

「内容的には、だいぶ意思が入ってたけどな」

 

「あなたは黙ってて!!」

 

◇ ◇ ◇

 

 その騒ぎが一段落したあと、午前の特訓が始まった。

 

「よし、それじゃあ今日も張り切っていきましょう〜!」

 

 アバンが木剣を振り回しながら宣言し、

 ダイは元気よく「おー!」と返事をする。

 

「ポップくんは昨日の続きでメラ・ギラの精度アップ。

 ダイくんは剣の型。

 相馬くんは、昨日と同じく外周フォロー兼“危険因子保険”。」

 

「保険扱いは定着したんですね」

 

「愛を込めて、ですよ」

 

 そんなやり取りをしながら、訓練は進んでいく。

 

 その最中――さっそく「可変値」としての好感度が動き始めた。

 

◇ ◇ ◇

 

「ポップくん、そこは“狙って撃つ”のではなく、“範囲を意識して”」

 

「分かってるっての!」

 

 ポップがメラを放つが、火球は目標の岩の横をすっぽ抜けて空に消えた。

 

「ぎゃー! また外した!」

 

「焦らなくていいですよ。

 ……ただ、今のは少し“雑”でしたね?」

 

 アバンがやんわりとした声で言った瞬間、

 ポップの頭上パネルがピコンと光る。

 

【ポップ】

 アバン 62 → 58(青)

 

【電子音声:ナレーション】

『好感度の一時的な低下を検知。青色表示に切り替えます』

 

「おい、今の青ってなんだよ!? ちょっと下がったのかよ俺!?」

 

「“ちょっと凹んだ”ってことじゃないですか?」

 

 相馬が砂の上に座りながら言う。

 

「気にするなって。どうせまた上がる」

 

「簡単に言うなぁ!」

 

 ぼやきつつも、ポップはまた杖を構えた。

 

「今のは“怒られたからムカついた”んじゃなくて、

 “できない自分にイラッとした”だけだよな?」

 

「……まあ、そんな感じだ」

 

「なら、大丈夫だ。ちゃんと当てれば戻る」

 

 相馬がそう言った瞬間、ポップの頭上で数字が少し戻る。

 

【ポップ】

 アバン 58 → 60(白)

 

【電子音声:ポップ】

『……やっぱ、先生に認められたいしな……』

 

「ほらな」

 

「う、うるせぇ!」

 

 ポップは顔を赤くしながら、今度は慎重なフォームでメラを撃った。

 火球は、さっきよりはずっと目標に近い位置に着弾する。

 

「おお、いいですね」

 

 アバンが素直に褒めると、ポップの数字はさらに少し上がった。

 

【ポップ】

 アバン 60 → 63

 

「……なるほど」

 

 その一連の動きに、レオナは感心半分、恐怖半分で見入っていた。

 

(90以下は、上がりもするし下がりもする。

 でも“どう行動したか”で、比較的すぐ戻せる――)

 

 頭の中で、政治や外交に応用できそうな利用法がいくつも浮かぶ。

 同時に、「そんな使い方は絶対にしたくない」という抵抗感も同じくらい湧いてきた。

 

(……危ないわ、このシステム。

 人を数字で見始めたら、王女としても人としても堕ちてしまう)

 

 だから――自分から、一定の線を決める。

 

(友人や仲間に関しては、数字は“補助”として見る。

 でも心の評価は、ちゃんと自分の目で決める)

 

 そして、自分の数字に関しては――

 

 レオナはちらっと相馬を見た。

 

 顔イベント。

 

 ズギューン!!

 

【レオナ→相馬 150(MAX・変動なし)】

 

 同時に、あの忌々しい新仕様が発動する。

 

【電子音声:レオナ】

『恋愛面の不満:

 ――訓練のとき、わたしの方をあまり見てくれない。

 ――危ないときだけじゃなくて、ちゃんと“できた”ときにも褒めてほしい。

 要望:

 ――たまには、わたしの努力もちゃんと見て、“レオナ、よくやった”って言ってほしい』

 

「…………」

 

 今度は、そこそこの音量どころか、岩場周辺には十分聞こえるボリュームだった。

 

 相馬は、たっぷり二秒だけ天を仰ぎ、

 そのあと、レオナの方を振り向いた。

 

「……そう思ってたんですか」

 

「し、システムの暴走よ!」

 

 レオナが耳まで真っ赤にしながら叫ぶ。

 

「わたしは何も言ってないわ!」

 

「内容が具体的すぎるんですが」

 

 アバンが笑いを堪えている横で、ダイとポップは気まずそうに視線をそらしている。

 

「でもまあ」

 

 相馬は、訓練中のダイを見るような声で言った。

 

「昨日の洞窟でも、さっきの指示でも。

 レオナの支援がなきゃ、かなりきつかったのは事実ですし」

 

 そして、レオナを見て、あっさりと言った。

 

「レオナ。昨日も今日も、よくやってますよ。

 王女としても、指揮官としても」

 

「っ」

 

 胸の奥が、ぐしゃっと掴まれたみたいに熱くなる。

 

【レオナ→相馬 150(MAX維持)】

 

【電子音声:レオナ】

『しゅきしゅきしゅき……そういう言い方、ほんとずるい……』

 

 相馬の頭上の数字も、ほんの少しだけ動いた。

 

【相馬】

 レオナ 70 → 73(白)

 

【電子音声:相馬】

『……もっと頼っていい、って思えるぐらいには、好きだ』

 

「今の、カットでお願いしたい」

 

「カットできない仕様なんですよね、それが」

 

◇ ◇ ◇

 

 午後。

 

 訓練が落ち着き、一行は休憩を兼ねて浜辺へ移動していた。

 アバンはポップに座学をさせ、ダイはガンガディアと水浴びに行っている。

 

「少し、歩かない?」

 

 人の少ない岩場で、レオナが小声で相馬に声をかけた。

 

「いいですよ」

 

 ふたりで、打ち寄せる波を見ながら砂浜を歩く。

 

 頭上には、相変わらず数字が浮かんでいる。

 

【レオナ→相馬 150】

【相馬→レオナ 73】

 

「……さっきの、“不満読み上げ”の件」

 

 レオナがぽつりと言った。

 

「わたしとしては、すごく嫌なんだけど」

 

「その割には、だいたい正しいことを言ってるような」

 

「正しいかどうかの問題じゃないのよ!」

 

 レオナは、砂を軽く蹴り飛ばした。

 

「“わたしがどう思ってるか”を、

 わたしの許可なく、こんなふうに暴露するなんて……。

 

 王女としてもレオナとしても、プライバシーの侵害もいいところだわ」

 

「同感ですね」

 

 相馬もあっさり頷く。

 

「でも、91以上って、“自分でもはっきり認めてしまった感情”なんでしょう?

 その分、“隠し通す”っていう選択肢も、もう取りづらい」

 

「……それは、そうだけど」

 

 レオナの視界の端で、「150」の数字が赤くまたたく。

 

「それに、120以上になったからこそってことは。

 ――どこかで、“言わずに抱え込んで爆発するよりはマシ”って判断したんじゃないですかね」

 

「誰がよ」

 

「システムか、世界か、あるいはレオナ自身か」

 

 相馬は、海を見ながら言った。

 

「どれでもないかもしれませんけど」

 

 レオナは、しばらく黙って歩いた。

 波の音と、自分の心臓の音だけが聞こえる。

 

「……ねぇ相馬」

 

「はい」

 

「さっきの電子音。

 “ちゃんと二人で話す時間を作ってほしい”って言ってたわよね」

 

「そうですね」

 

「それ、“いつか”じゃダメなの」

 

 レオナは足を止め、相馬の方を向いた。

 

「120以上が、“約束の履行を促す”っていうなら。

 ――ちゃんと、いつ、どこで、何を話すか。決めましょう」

 

「スケジュールを切れ、と」

 

「そう。王女としてのお願いじゃなくて、“レオナとしての要望”よ」

 

 頭上のパネルが、即座に反応する。

 

【レオナ→相馬 150(MAX/点滅強)】

 

【電子音声:レオナ】

『恋愛面の要望:

 ――“そのうち”じゃなくて、“この日”にって決めてほしい。

 ――約束を、ちゃんと守る人だって信じたいから』

 

「……はいはい、分かりました」

 

 相馬はこの仕様に、すでにある程度慣れてしまっていた。

 

「じゃあ、こうしましょうか」

 

 少し考えてから、静かに言う。

 

「ダイが島を出る日が、いつになるかはまだ分かりませんけど。

 ――その前日。デルムリン島最後の夜」

 

 レオナの瞳が、大きく見開かれる。

 

「その夜に、“レオナとしてどうしたいか”と、

 “俺がどうするつもりか”を、ちゃんと話しましょう」

 

「……っ」

 

 胸の奥が、ぎゅっと締めつけられた。

 

「約束、してくれる?」

 

「します」

 

 即答だった。

 

「王女レオナに対してではなく、レオナ本人との約束として」

 

【相馬→レオナ 73 → 78】

 

【電子音声:相馬】

『――怖いけど、逃げたくない約束だ』

 

 レオナの頭上には、いつものように「150」が光っている。

 

 だが――数値は変わらなくても、意味は少し変わった気がした。

 

【電子音声:レオナ】

『恋愛面の不満:

 ――約束を先延ばしにされること。

 要望:

 ――今みたいに、ちゃんと“いつ”って決めてくれること。

 ……満たされました』

 

 最後の一文だけは、少し照れた声で、

 しかしどこか嬉しそうに流れた。

 

◇ ◇ ◇

 

 浜辺から戻ると、ちょうど夕飯の準備ができつつあった。

 

「おーい、二人とも。どこ行ってたんだ?」

 

 ダイが大きく手を振る。

 その頭上パネルには、「レオナ58」「相馬60」が並んでいた。

 

「ちょっと、危険因子の今後についてね」

 

「物騒な表現はやめません?」

 

 レオナと相馬の言葉に、ポップが首をかしげる。

 

「なんか……二人とも数字やべーのに、やけに落ち着いてんな」

 

「それが“一度振り切った”側の余裕なのかもしれません」

 

 アバンが笑いながら言った。

 

「90以下は上下する。

 91以上はもう簡単には下がらない。

 ――なら、あとはどう使うか、です」

 

「危険因子をどう使うか、って話?」

 

「そうとも言います」

 

 アバンは、焚き火のそばに腰を下ろし、

 ダイとポップとレオナと相馬を順番に見た。

 

「好感度の数字も、危険因子も、勇者の力も。

 ぜんぶ、“何に使うか”で意味が変わるんです」

 

 ダイの頭上の数字が、少しだけ明るくなる。

 

【ダイ】

 アバン 46 → 49

 レオナ 58 → 60

 相馬  60 → 62

 

【電子音声:ダイ】

『みんなで一緒に、ちゃんと使い方考えたい……!』

 

 レオナは、その数字を見て笑った。

 

(……少なくとも、ダイの60〜60台は、“まっとうな好き”なんだわ)

 

 相馬の78も、アバンの35も、ポップの63も。

 上下する範囲ではあるが――その揺れの中で、少しずつ意味を育てていくことはできる。

 

 90以下は、上がることもあれば下がることもある。

 91以上は、もう簡単には下がらない。

 

 そして120以上は、

 ――顔を見るたびに、恋愛面での不満と要望を読み上げられる、危険で甘い領域。

 

(いいわ。

 そこまで来てしまった以上、“どういう形の好きになるか”は、わたしが決めてみせる)

 

 レオナは、焚き火の明かりの中でそっと拳を握った。

 

 危険因子の魔法使いと、勇者の卵と、家庭教師と、その弟子と。

 そして、頭上で勝手に踊り続ける数字と電子音。

 

 その全部を抱えたまま、デルムリン島の夜は、

 またひとつ、次の一歩へと進んでいった。

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