オーバーヒート(AI小説) 作:匿名希望
デルムリン島の朝を切り裂くように、空から電子音が落ちてきた。
【好感度表示システムをアップデート中です】
【Ver.4.0 → Ver.4.5】
「……また上がったな、バージョン」
相馬は、まだ伸びも終わっていない状態で空を見上げてぼそっと言った。
草原ではダイが木剣を振り回し、ポップが半分寝ぼけた顔でストレッチをしている。
少し離れたところでは、レオナとパプニカ兵、アバンが今日の訓練メニューの相談をしていた。
「なんだなんだ、今度は何が増えたんだ?」
ポップが頭の上をバンバン叩きながら騒ぐ。
空中に、薄いパネルが展開される。
【好感度表示システム Ver.4.5 パッチノート】
・好感度90以下は、状況に応じて上昇/下降する可変値として扱われます。
下降時は、数値が青色で表示されます。
・好感度90に近づいた対象に対して、「集中力・生産性低下のおそれ」を
電子音声で警告します。
・ただし、警告しても無駄なほど「タイプすぎる」相手に対しては、
警告を行いません。
・好感度91以上は、基本的に下降しません。
・好感度120以上:顔イベント発生時、恋愛面での不満・要望を
電子音声がそこそこの音量で読み上げ、約束の履行を促します。
・音声トーンの改善:
本人の恋愛感情の状態に応じて、声のトーンが変化します。
内心ラブラブモード時は、甘ったるい声になります。
「……今の最後の一行、完全にわたしを殺しにきてるわね」
レオナは、こめかみを押さえた。
(内心ラブラブモードって何よ……
“外見は王女モード”でがんばってるの、完全に台無しじゃない)
アバンが、いつもの微笑みのまま腕を組む。
「要するに、“90以上は危険水域、120以上は手遅れ”ということですね」
「爽やかにまとめないでください先生」
相馬が、心底疲れた顔でツッコんだ。
◇ ◇ ◇
「というわけで、まずは現在の確認から行きましょうか」
アバンがぱんと手を叩くと、全員の頭上パネルが少しだけ強調表示された。
【レオナ】
相馬 150/150(赤)
ダイ 60/150(白)
【相馬】
レオナ 73/150(白)
ダイ 62/150(白)
アバン 35/150(白)
【ダイ】
レオナ 60/150(白)
相馬 62/150(白)
アバン 49/150(白)
【ポップ】
アバン 63/150(白)
ダイ 43/150(白)
レオナ 29/150(白)
相馬 26/150(白)
【アバン】
ダイ 49/150(白)
ポップ 62/150(白)
相馬 35/150(白)
数値だけ見れば、危険水域にいるのは一人だけだった。
「……あの、先生」
レオナが小声でアバンにささやく。
「“90に近づいたら警告”って仕様、
わたしにはもう意味ないわよね?」
「そうですねぇ」
アバンは、レオナの頭上で赤く点滅する「150」を眺めた。
「姫の場合は、“90に近づいたら”ではなく、“90を踏み越えてだいぶ経ってる”状態ですから。
警告したところで意味は薄いでしょうね」
「最初から手遅れ扱いってこと?」
「言い方を変えれば、“今さら止めても仕方ない”とも言えます」
「全然フォローになってないわよ!?」
レオナが半泣きで抗議した瞬間、顔をそむけた先に偶然相馬がいた。
視線がぶつかる。
――顔イベント。
ズギューン!!
【レオナ→相馬 150(MAX・赤)】
数字は変わらない。
変わりに、声が変わった。
【電子音声:レオナ(甘々トーン)】
『……おはよう、相馬。今日は、ちゃんとこっち見てくれてる……?』
「声、甘っ!?」
ポップが素で叫んだ。
今までの電子音より、明らかにトーンが柔らかい。
息が多く、語尾が少し伸びる。
完全に「本気で好きな人にだけ向ける声」だった。
「~~~~っっ!!」
レオナは両手で顔を覆い、その場でうずくまりそうになる。
「こ、これは違うのよ!? システムの悪ふざけよ!!」
「システム、問答無用で本音を拾う仕様ですからねぇ」
アバンが申し訳なさそうな笑みを浮かべる。
相馬は、若干だけ視線をそらしつつも、平然とした顔を保っていた。
(甘ったるい声まで晒されるのは、確かに気の毒ではある)
ただ――
【相馬】
レオナ 73 → 75
【電子音声:相馬】
『……自分宛てに、ああいう声出されるのは、嫌いじゃない』
「今のは聞かなかったことにしてください」
「無理だよ!!」
ポップのツッコミが、草原に響く。
◇ ◇ ◇
午前の訓練が始まると、好感度システムの「警告機能」が、さっそく仕事をした。
対象は――ポップだった。
「メラ!」
ポップの火球が、今日は珍しく的の岩にどんぴしゃりで命中する。
「おおっ!? やればできるじゃねーか、オレ!」
「いいですね、ポップくん」
アバンがにっこりと微笑む。
「魔法は才能だけでなく、“あきらめない根性”がものを言います。
君はその点、なかなか優秀ですよ」
「せ、先生ぇ……!」
ポップの頭上の数字が、ぐいっと跳ねた。
【ポップ】
アバン 63 → 70 → 76/150
【電子音声:ポップ】
『やべぇ……やっぱ先生すげぇ……! オレ、ずっとついて行きてぇ……!』
「……おいおい」
相馬が苦笑する。
「尊敬がだいぶ混ざってきてるぞ」
「うっせ!」
ポップが真っ赤になって怒鳴る。
さらに訓練が続く。
アバンの助言が的確である度に、ポップの数字はじりじり上昇していった。
【ポップ→アバン 76 → 81 → 85】
そして――
【注意:好感度が90に近づいています】
【対象:ポップ → アバン】
【コメント:このままでは、思考の大部分が“師匠”に割かれ、生産性が低下するおそれがあります】
「はあぁっ!?!?」
空からのアナウンスに、ポップが絶叫した。
「おい、なんだよ“生産性低下”って!!」
「つまり、“先生のこと考えすぎて他に頭が回らなくなりますよ”ってことじゃないですかね」
相馬がわりと真面目に解説する。
「うるせぇ!! 別に恋愛的な意味じゃねーし!!」
【電子音声:ポップ】
『でも、先生がいなくなったらって考えると、マジで胃が痛くなる……』
「ほら見ろ」
「システムは黙ってろぉぉ!!」
ポップの頭上に、さらに小さなサブパネルが浮かぶ。
【推奨:
・師弟関係の線引きを意識しましょう。
・自分自身の目標や夢にも、意識を割きましょう。】
「説教までし始めたぞ、このシステム!?」
アバンは苦笑しつつも、少し真剣な目をした。
「……でも、あながち間違いでもありませんね」
「先生まで!?」
「君は、すぐに自分を低く見積もってしまう傾向がある。
“先生さえいれば自分は何者でもいい”という考え方は、少し危険ですよ」
「……っ」
ポップが言葉を詰まらせる。
アバンは、静かに続けた。
「僕は、“自分で立つ弟子”が欲しい。
依存ではなく、尊敬と信頼の上に立つ関係が、理想です」
その一言で、ポップの頭上の数字が少しだけ揺れた。
【ポップ→アバン 85 → 83(青)】
【電子音声:ポップ】
『……先生の言うこと、分かるけど……ちょっとだけ寂しい……』
「青くなったぁぁぁ!」
「下がったからって、“好きじゃなくなった”わけじゃないですよ」
アバンは優しく笑った。
「“自分を甘やかさない方向に、一歩動いた”だけです」
レオナは、そのやり取りを岩の上から見下ろしていた。
(なるほど……90に近づくと、システムが“警告”を出す。
でも、その警告をどう受け取るかは、本人次第)
そして、自分の頭上にもちらっと視線を向ける。
【レオナ→相馬 150】
何の警告も出ない。
むしろ、「警告不能」の小さなアイコンが、隅っこでひっそり点灯していた。
【この対象は“タイプすぎる”ため、警告は無効化されています】
「……システム、喧嘩売ってる?」
レオナは、心の中で静かに問いかけた。
◇ ◇ ◇
昼過ぎ。
陽が高くなり、休憩を兼ねて少し早めの食事が取られることになった。
パプニカ兵と魔物たちが簡単な料理を作り、丘の上で小さな輪になって座る。
「お疲れさま、相馬」
レオナが木皿を手に近づいてきた。
「途中から、ポップの“師匠メーター”を見る係になってたわね」
「まあ、見逃したら炎が飛んできますからね」
相馬は受け取った皿を膝の上に置きながら、
レオナの頭上に目をやりそうになって、寸前でやめた。
(見たところで、150から動く気配はないしな)
代わりに、レオナの顔を見る。
それだけで、顔イベントが発火した。
ズギューン!!
【レオナ→相馬 150】
【電子音声:レオナ(甘々トーン)】
『……ありがとう。今日もちゃんと、“危険因子”を見張ってくれて』
「……今の、“ありがとう”は本音なんですか?」
「システムが勝手に喋っただけよ!」
レオナは慌てて否定するが、声はどこか柔らかい。
「でも、まあ……」
少し視線をそらしながら続けた。
「90に近づいたら警告してくれるのは、悪くない仕組みだと思うわ。
自分の気持ちを、数字の上でもう一回見直せるから」
「レオナの場合、そのフェーズはもう通り過ぎてますが」
「その話はやめて!!」
周囲のパネルをざっと見渡せば、
・ダイ→レオナ/相馬:60台前半
・ポップ→アバン:80前後
・相馬→レオナ:73
といったあたりが“高めの数字”だ。
(……いずれ、誰かが90に届くこともあるのかしら)
レオナは、少しだけ不安と期待を混ぜながら、
頭上に並ぶ数字の森を眺めた。
◇ ◇ ◇
午後の訓練メニューは、実戦に近い模擬戦だった。
「今日は、ちょっとシビアに行きましょう」
アバンは木剣を肩に担ぎ、全員に視線を巡らせる。
「敵役は――僕です」
「えっ」
ダイとポップが同時に声を上げる。
「僕一人 vs ダイくん、ポップ、相馬くん。
レオナ姫は、後方からの指揮と支援」
「つまり、“本番を想定した動き”ってことね」
レオナは、真剣に頷いた。
(勇者、魔法使い、危険因子。
そこに、王女としての指揮を乗せて――)
自分の役割を意識すると、自然と背筋が伸びる。
「いい? アバン先生は、本気で“敵”として動くわよ。
ダイ、ポップ、相馬。勝てなくてもいいけど、“負け方”を間違えないで」
「負け方?」
ダイが首を傾げる。
「全部自分で抱え込んで倒れるのは、最悪の負け方ってことよ」
言いながら、自分で自分の言葉に内心刺される。
(……一番危ないの、わたし自身なんだけど)
相馬が、そんなレオナを横目で見た。
【相馬】
レオナ 73 → 76
【電子音声:相馬】
『――やっぱり、この人に指揮官やってもらう方が安心だ』
「今のは聞かなかったことにしていい?」
「どこからどこまでの話ですか」
「もう全部」
二人がそんなやり取りをしている横で、アバンが木剣を構えた。
「それでは――開始!」
青い光が、草原の上を走った。
アバンが一歩踏み込む。
その速度と間合いは、さっき相馬とやり合ったときよりも一段階鋭い。
「ダイ、右!」
「うん!」
レオナの声に反応して、ダイが右側から回り込む。
ポップは一拍置いてから、少し離れた位置に陣取った。
「ポップ、下がりすぎ! 射線確保して!」
「分かってるよ!」
背中越しに飛んでくるレオナの指示。
それにあわせて、ポップは位置を調整しながらメラを準備する。
一方、相馬は――
(アバン先生の狙いは……)
片手に杖を持ちながら、動きを観察していた。
(最初の数合いで、“誰が一番崩れやすいか”を見ている)
実際、アバンの視線はさりげなくポップに流れ、その次にダイへ、最後に相馬へと移っていた。
「相馬!」
レオナの声。
「あなたは、“崩れたときのフォロー”に専念して!
前に出すぎない!」
「了解、指揮官」
相馬は素直に従い、一歩下がる。
「そこ、聞き分けがいいのね……」
レオナが思わずつぶやいた瞬間、
頭上の数字がぴこっと点滅した。
【レオナ→相馬 150】
【電子音声:レオナ(甘々)】
『……そうやって、ちゃんとわたしの言うこと聞いてくれるところ、好き』
「戦闘中に甘い声出さないでくださいシステム!」
「本人に言いなさいよ!」
そんな掛け合いをしながらも、戦いは続く。
アバンが軽く木剣を振るたびに、ダイが弾かれ、
ポップのメラがかすりもしない。
相馬は適切な位置からバギでフォローし、
レオナが的確に状況を叫ぶ。
「ダイ、今のは踏み込みすぎ!
ポップ、撃つタイミングが早い! 相馬、ダイの右側カバーして!」
指示を出している間中、
レオナの頭の中のかなりの割合は、実は別のことで占められていた。
(――アバン先生、相馬の力を“どこまで”計ってる?
どこまで本気で、どこから“弟子用の顔”なの?)
自分が危険因子だと判断した相馬を、
アバンがどう扱うのか。
(王女としては、そこを見極めなきゃいけない)
その思考が頭を占めているせいか――
ふいに、こんな電子音が鳴った。
【軽度の注意:好感度が90に近づいています】
【対象:レオナ → アバン(友情/信頼)】
「……え?」
レオナは一瞬、何の警告か分からなかった。
頭上には、相馬150とは別に、
小さく「アバン23 → 32」の数字が青白く揺れている。
【コメント:
このままでは、“信頼しすぎて自分で考える余地が減る”おそれがあります】
「失礼ね!?」
思わず叫んでしまう。
(先生として信頼して何が悪いのよ!)
――が、その瞬間。
「レオナ姫!」
アバンの声が飛んだ。
「考えるのも大事ですが、目の前のディフェンスも大事ですよ!」
「っ」
ハッとして視線を戦場に戻すと、
ダイが危うく転びかけているのが見えた。
「ダイ、下がって!」
慌てて風の盾を飛ばす。
相馬も同時に動き、ダイの背中を支えた。
「悪い!」
「いや、今のは指揮官が一瞬考えすぎただけだ」
相馬がさらっとフォローする。
レオナの頬に、じわりと熱が差した。
(……たしかに、“先生がなんとかしてくれる”って、どこかで思ってた)
好感度が90に近づくと警告が出る。
それは、恋愛感情だけじゃなくて――
“誰かに頼りすぎる関係”にも適用されるらしい。
「システムのくせに、たまにはいいこと言うじゃない……」
小さくため息をつきながら、
レオナは改めて全体の動きに目を光らせた。
◇ ◇ ◇
模擬戦が終わる頃には、全員が汗だくになっていた。
「はぁ、はぁ……負けたぁ……」
ダイが地面に座り込み、ポップが隣で倒れ込む。
「完敗だな」
相馬は、杖を肩に担ぎながら空を見上げた。
アバンは、ほとんど息を乱さずに木剣を下ろし、
「よく頑張りました」と言って笑った。
【ダイ】
アバン 49 → 53
【ポップ】
アバン 83 → 86
【電子音声:ポップ】
『……やっぱ先生、反則級だわ……でも、いつか追いつきてぇ……!』
「追いついてもらわないと困りますよ」
アバンは弟子二人の頭を軽くぽんぽんと叩く。
その様子を見ているレオナの頭上で、
さっき青くなった「アバン30台」の数字が、
少しだけ落ち着いた色合いに戻った。
【レオナ→アバン 32 → 30(白/友情)】
【電子音声:レオナ】
『王女として、頼りすぎないように……でも、尊敬はしてるわ』
そして、自然と視線は相馬へ向かう。
顔イベント。
ズギューン!!
【レオナ→相馬 150】
【電子音声:レオナ(甘々)】
『……危険因子でも、わたしの指示にちゃんと従ってくれて。
そういうところ、ほんとに好き』
今度は、少し抑えた、けれど甘さの抜けない声だった。
相馬は苦笑する。
「危険因子って呼ぶ割に、褒められてる気もしますが」
「事実は事実よ」
レオナは、やっと少しだけ素直に言った。
「あなたが好きなのも、危険なのも、両方本当なんだから」
その言葉に、相馬の頭上の数字がもう一つだけ増えた。
【相馬→レオナ 76 → 80】
【電子音声:相馬】
『――この“好き”を、簡単には90まで行かせないようにしないと』
自分なりの線引きを、
改めて心の中で引き直すように。
◇ ◇ ◇
夕暮れ。
西の空が赤く染まり始めた頃、
デルムリン島の海の向こうに、黒い影がうっすらと見えた。
「……ん?」
相馬が、ふと視線を細める。
「どうかしました?」
レオナが隣に来て、同じ方向を見る。
遠くの海面。
白い帆船――ではない。
低く、重い影が、波を割って進んでいる。
「船……じゃ、ない?」
「モンスター……?」
ダイも、ガンガディアの背中から目を凝らした。
その時、空のシステムが、珍しく別種の通知を出した。
【外部からの強い敵意を検知】
【好感度システムの対象外存在:魔王軍戦力と思われます】
「……とうとう来たか」
アバンが、静かに目を伏せる。
レオナは、指揮官としての顔に切り替わった。
「全員、準備を。
――“好感度”どころじゃない事態が、そろそろ来るわよ」
頭上の数字は相変わらず騒がしい。
甘い声も、警告も、勝手に流れてくる。
それでも。
危険因子も、勇者も、王女も家庭教師も、その弟子も。
数字に振り回されながら、同時に数字を超えて――
デルムリン島を守る戦いへと、足を踏み出そうとしていた。