走り屋たちの外伝集   作:下戸摺り半

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前回までのあらすじ

 文太から聞かされた衝撃事実。五年前から豆腐屋ハチロクによる豆腐の配達は文太の一人息子・拓海が無免許でしていたというのである。政志は仰天するも、五年前からのハチロクのセッティングへの注文の変化に納得したのであった。

 一方、仁志は級友の西田淳二と秋名道路でツーリングをしていたが、やはり未明に見た豆腐屋ハチロクが頭の隅で仁志を苛立たせ、淳二を心配させるのであった。


ポンコツ車のススメ

 日曜日、仁志は政志に呼ばれ、テーブルにつく。18歳になり、免許を取ったので、この話をするにはいい機会だというので、何だろうと考えながら、次の言葉を待っていると、目の前に預金通帳と印鑑が置かれる。

 

「これは…何?」

「仁志も18で免許も取った。半分大人みたいなもんだ。この通帳をお前に渡すにはいい機会だと思ってな」

「俺、ここに来た時は素寒貧だったはずだぜ。お袋を囲ってたジジイからの手切れ金は親戚に喰い尽くされたし、あのクソジジイが死んだ愛人の子供に仕送りするようなヤツだとも思えないんだけど」

「そんなんじゃないさ。ウチの工場でタダ働きさせるわけにもいかんから、お前の給料分、ずっと積み立ててたのヨ。全部お前のだ」

「オヤジ…」

「お前が放課後の時間も全て費やして稼いだ金だ。疎かには使うなよ」

「ありがとう、オヤジ…」

 

仁志は絞り出すように礼を告げる。これ以上声を張ったら涙が溢れそうだった。

 

「ところで、渡すものがもうひとつあってな。免許取った祝いといっちゃなんだが、裏のヤードの隅の方にあるクルマを一台、お前にやろうかと思ってな。売り物にならなそうなヤツで申し訳ないが、好きなヤツを選んで起こして乗ってみたらいい。勉強にもなるはずだ」

 

それを聞いて仁志の涙腺は決壊した。

 

「ありがとう…本当にありがとう…!絶対にこの恩は返すから…!」

「仁志、男がそんな風に泣くもんじゃない。…お前はお前の生きたいように生きたらいい。普通の子と同じようにナ…」

 

 数時間後、ひとまず落ち着いた仁志は顔を洗ってから、政志から言われたヤードで車を選んでいた。どれも見た目の状態は悪く、レストアには時間がかかりそうだが、仁志は政志のプレゼントに心を躍らせていた。

 

「これ殆ど競技車両ばっかりだよなぁ…やっぱりあの豆腐屋のオヤジさんが使ってたのかな?」

 

ヤードの隅、防風林との境目で、役目を終えたN2仕様のAE86型カローラレビンやフレッシュマンレース仕様のKP61型スターレット、ブロックタイヤを履いた二枚ドアセダンのAE86型カローラレビンなどが土に還ろうとしている。競技車両は殆どトヨタ車である。あの豆腐屋さんはトヨタと強いつながりがあったのか、と仁志は考察する。競技車両なんてどのみち手に負えなさそうだ、と仁志は競技車両の墓場のようなその一角から隣に目を移す。ふと、こっちへおいでと呼ばれた気がした仁志は、その方向を振り向く。振り向いた先で、二つの濁った丸い目と目が合った。

 

「お前だったのか」

 

私だ、と言われた気がしたので仁志は呟く。日産・B110型サニー。その白い車体は長い年月をかけて汚れ、苔むしていたが、状態は悪くないように見えた。

 

 「オヤジ、決めたよ。サニーにする」

 

仁志はヤードから整備工場に戻り、政志に告げた。バンパーにぶら下がっていた、恐らく既に失効しているであろうナンバーを伝える。政志は金庫からキーを取り出す。

 

「そうか、これだな…。ほれ、キーはこれだ」

「ありがとう。でも一台だけ日産車ってのは何か理由が?」

「うーん、俺も実物見るまでは思い出せないな。サニーなんてウチにあったっけ?」

「マジかよ、大丈夫かな…。失敗したかな、クルマ選び…」

「どれだ、案内してくれ」

 

 仁志は政志を連れ、サニーの元へ歩く。現物を見た政志が声を上げた。

 

「あぁ、これか。懐かしいな。昔、先代がどうしてもサニーに勝てないっていうんで研究のために買って置いてたんだ」

「先代って、つまりオヤジの親父さんか」

「そうだ。先代の頃はTSレース、つまりツーリングスポーツというレースがあってな」

「TSレース?」

「グラチャンの前座みたいなもんだ」

「今で言うシティカップみたいな?」

「まぁそんなとこだ」

「前座でハコのレースね」

「TSクラスはホンダのシビック、トヨタのスターレット、そして日産のサニーがガチンコでやり合ってて、後のレースを食うくらい人気があったんだぞ。ちなみにSTクラスはハコスカとRX-3が出てたクラスだ。とはいえ、この頃は日産はハコスカではなくGノーズの240ZにLY28を積んで出始めていた頃だが」

「へぇ。TSとSTか。ややこしいな」

「ウチは1個上のクラスでトヨタのTE27(ニーナナ)レビンを使っていたんだが、ツインカム8バルブで1600の2T-G(ツーテージー)よりも日産のA12の方がよく回ってナ。ピークパワーも1200のOHVのくせに、ものによってはウチの2T-Gよりも出ていて手強かったんだ」

「とは言っても、そもそもクラス違いなら直接脅かされることなかったんだし、放っといてもよかったんじゃない?」

「いや、いくらクラス内で勝てたって悔しいだろ、クラス下より遅かったら」

「それもそうだ…。ところでツインカムなのに8バルブ?2T-Gって2気筒だっけ?」

「いや、4気筒で1気筒にポートがふたつだ」

「4バルブじゃないんだ?」

「当時のトヨタはツインカムを燃焼室形状とプラグ位置の最適化に使っていてな。そこはトヨタと日産の考えの違いだろう」

「ウチのレビンにはオヤジが乗ってたのか?」

「まだ乗り出したばかりの頃だな。サニーがB310(サンイチマル)に変わり、トヨタがKP61(ロクイチ)のスターレットになった頃に俺は降りた」

「そんなに乗ってないんだ?」

「文太と出会って、俺はメカ一本で行こうと決めたんだ。ワッパ勝負じゃ絶対勝てないと思った」

「文太さん…あぁ、豆腐屋さんか。そんなに速かったんだ?」

「あぁ、ぶっ飛んだよ。あの頃は文太もいたし、土屋圭市(ドリキン)もいた。上には上がい過ぎるって思い知ったヨ」

「凄い時代だったんだな…」

「そうだ、このサニー起こすんだろ」

「そうだった」

 

仁志はキーを受け取ると、ドアを開ける。実習で解体したことがあるので慣れた手つきでボンネットを開ける。

 

「確か実習ではトラックのロングだったな。キャブはシングルだったっけ。クーペなら純正は日立SUの2個掛けだったよな」

「実習でサニーをバラしたのか」

「そうそう。おさらいみたいなもん…さ…!?」

 

仁志が浮き上がったボンネットを開けて固まる。ファンネルが4本並んでいた。

 

「これは…実習では見たことないな。俺の手に負えるかな…?」

「ウェバーか。そりゃ研究のために買ったんだからそうなるよな。まぁ中でガソリンが腐ってるはずだ。キャブは交換だろう」

「…オーケー、オヤジ、押してくから手伝って」

 

 仁志と政志はサニーを整備工場に持って行く。

 

「使える部品があったら、お前の貯金でこの工場から買って使え。キャブのニードルなんかは山ほどある。道具は好きに使っていいが、時間は5時から後だ」

「わかった」

「まずエンジンとミッションを降ろして、それからタンクを外せ。ガソリンが腐って固まってるはずだ」

「そうなると配管関係は全部引き直しか…」

「下回りやブレーキの異常は命取りだ。悪いが足の付け根が腐っていたらこのハコは諦めてくれ」

「そんな…まぁでもそりゃそうだよな…」

「別のをまたやるから。パーツ代は自分で払ってもらうが、ここにないものは言え。ツテがある」

「わかった」

「今日は日曜日だ。これから取りかかっていいぞ」

 

 こうして、仁志のサニー再生計画が始まった。

 




 仁志は、初めての愛車を選んだ。ほぼ草ヒロ寸前のB110型サニークーペ。自分の手を動かし、汚し、公道復帰まで漕ぎ着けることができるか。乞うご期待。
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