走り屋たちの外伝集   作:下戸摺り半

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前回のあらすじ

 十八歳を迎え、運転免許を取得した仁志に対し、政志が用意したプレゼント。仁志は引き寄せられるようにそれを手にしたのであった。スクラップヤードに眠っていた日産・B110型サニークーペ。復活に向けて動き始める。


徹夜明けの月曜日

 月曜日、仁志は寝不足の目を擦り、大あくびを繰り返していた。サニーのエンジンとミッションを降ろし、燃料タンクと配管を外し、さらにはブレーキ系統の点検まで行った辺りで日付が変わり、深夜二時を回ったところで遂に政志から、作業は夜十二時までとお達しが出たのである。

 

「よぉ、トシ。今日はまた一段と寝ぼけてるな。いいズリネタでも見つかったのか?」

「馬鹿野郎…」

 

挨拶代わりに軽口を叩く淳二を軽くいなしたところでまたひとつ大あくびをする仁志である。

 

「何だ、マジの恋煩いか?お前みたいにマトモな人との関わりを避けてきた奴ほど、一度入れ上げるとまっしぐらだからなぁ」

「いい加減下半身から離れろ、シャー。まぁ入れ上げてるのには違いないか…」

 

淳二は軽妙な調子で絡み、仁志は眠そうにしながらもしっかり受け答えをしている。人間不信の仁志と数少ない心を許した人間である淳二との雑談であるが、周囲の同級生は皆ハラハラしながら様子を窺っている。それは主に寝不足の時の仁志の人相のせいである。本人は寝ぼけているだけなのだが、普段の険しい目つきが、寝不足による隈と重くなった瞼のせいでより凶悪な雰囲気になっているのである。

 

「とにかく、寝ぼけるなら寝ぼけた顔で寝ぼけてくれない?みんな怖がってるから」

「悪かったな、顔面凶器(このかお)は生まれつきだよ。てかみんなって誰だよ、あぁ?」

 

仁志が周りを見回すと全員が顔を背けた。

 

「やめろって」

「冗談だよ、ったく…」

「真顔でボケるなって。シャレんなんねーよ」

 

その後、眠気に耐えかねて机に突っ伏したまま沈黙した仁志であった。教室には平和な午前が訪れるも、午後の実習棟では間違えて覚醒剤を食べた野犬のようなギラギラした目つきで元気に作業を行う仁志にクラスメイトたちは約一名を除き再び恐怖のどん底に叩き落とされたのであった。

 

 放課後、仁志は寄り道をしていた。

 

「あぁ、クソ。寝過ごした…」

 

帰宅するバスの車内で寝過ごし、目が覚めた時には丁度、仁志の(ねぐら)でもある政志の整備工場の最寄りのバス停を出発するところであった。やっちまった、と頭を抱えながら、仁志は降車ボタンを押し、次のバス停で降りたのである。

 

(そういや、藤原とうふ店ってこのバス停だったよな…)

 

仁志は、乗り過ごしたついでに豆腐を買うことにして藤原とうふ店へと歩いた。

程なくして、目当ての店が現れる。その前には見覚えのあるライムグリーンツートンの日産・シルビアが停まっていた。ふとその近くを見ると、店舗兼住居の隣にあるカーポートに駐車しているトヨタ・スプリンタートレノと、その前に佇むヨレヨレのポロシャツを着た男が見える。仁志はその男に見覚えがあった。仁志は近くの路地に身を隠すと、そのまま気配を消す。

 

(マジかよ、秋茄子軍団のS13って池谷さんだったのかよ)

 

立花祐一のガソリンスタンドには、二輪免許を取り、ホンダ・ドリーム50を堂々と乗り回せるようになった頃から給油に訪れていた。仁志は池谷をそこのアルバイトリーダーとして認識していたが、それがなぜここにいるのかわかりかねていた。池谷はしばらくトレノを眺めたあと、独り首を横に振り、シルビアに乗り込もうとする。すると、仁志が隠れている路地の前を制服姿の少年が通り過ぎ、店の入口でふと池谷に声を掛ける。

 

「あれっ、池谷先輩。どうしたんですか、こんなとこで?」

「拓海!?お前の家ってここか」

「そうだ、俺これからバイトなんですよ。送って行ってくれませんか?」

 

(マジかよ、確か委員長の高校の男子の制服ってアレだよな…まさか委員長の片思いの『藤原くん』って藤原とうふ店の息子の『藤原くん』だったのか?)

 

仁志は走り去るシルビアを目で追いながら考える。

 

(藤原タクミ、年齢は俺と同じ18歳。池谷さんと同じガソリンスタンドでアルバイトをしている。委員長の片思い相手で、最近は委員長の友達だというアバズレ女とイイ感じになりつつあり、委員長の悩みの種…。いけねぇ、これではまるでストーカーだ。物陰から聞き耳を立てて他人の周りを嗅ぎ回るなんざ、いい趣味とは言えんな)

 

仁志は豆腐屋に歩みを進める。ふと、先程まで池谷が眺めていたトレノが目に入る。

 

(AE86前期型、GT-APEX。同型のハイクラスグレード。シビエ社の角形フォグランプとワタナベ8スポークの15インチ、運転席ドアのレタリングが純正との相違点。オヤジがメンテナンスとセッティングを手掛けている。土曜日の未明に不思議な動きであっという間に俺を抜き去って消えた、秋名のヌシ…。コイツが…)

 

仁志の脳内に、秋名道路の五連ヘアピンで抜き去られた記憶がフラッシュバックする。一時期、ガードレールと無理心中するためだけに何度も試した溝落としを、速く走るために危なげなく使いこなすその姿は、あの夜から仁志の脳裏に焼きついたままである。ふと気配を感じ、豆腐屋の店先に意識を戻すと、丁度ドアが開き、政志の整備工場で時折見かけたこの店の主が、煙草を咥えながら現れる。

 

「おや、政志のとこの…」

「どうも、藤原さん」

「そんな恰好でどうしたんだ?政志の店は隣のバス停だろ」

「寝過ごしましてね」

「不用心なことだ。しかし、バス停は少し下の方だろ」

「せっかくの機会だし、焼き豆腐でも一丁、いただこうかと思って」

「そうかい。ウチの豆腐を買うなんざ、物好きなことだ」

「物好きって…。ウチそこそこリピーターなんですけど」

「そうかい。ちょっと待ちなよ」

 

文太は店に戻ると、ショーケースから焼き豆腐のパックを取り、ビニール袋に入れてカウンター越しに仁志に手渡す。仁志は財布から丁度小銭を取り出し、文太に手渡す。

 

「ほい、百五十円」

「ありがとうございます」

「気を付けて帰んな。寝過ごすなよ」

 

焼き豆腐を受け取り、藤原とうふ店を後にする仁志。あの親父が昨日の夜明けに見た神憑り的なAE86のドライバーであるとはにわかには信じられないまま、バス停を目指して歩くのであった。

 




【NG編】

「とにかく、寝ぼけるなら寝ぼけた顔で寝ぼけてくれない?みんな怖がってるから」
「悪かったな、顔面凶器(このかお)は生まれつきだよ。てかみんなって誰だよ、あぁ?」

仁志が周りを見回すと全員が顔を背けた。しかしよく見ると、顔を背けたうち数名の肩が震えている。

「やめろって」
「冗談だよ、ったく…」
「真顔でボケるなって。シャレんなんねーよ」

「それはこっちのセリフだ、シャー。何でスッポンポンなんだお前は!?」
「いや、その…仁志が教室の空気をおかしくするから、和ませようと思って…」
「どう考えてもおかしくなってたのはお前のその格好のせいだろ!?」

ついに数名が堪えきれずに吹き出すのが聞こえた。淳二は満足そうな表情を一瞬浮かべると、いかにもやれやれといった口調で言う。

「悪かったよ。じゃあ上は着るよ」
「わかったならいいけど、早く着ろ。次実習だぞ」

仁志はやれやれ、と頭を振り、実習の準備を始めるが、ふと我に返って叫んだ。

「いや、むしろ下を穿けよ!」
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