走り屋たちの外伝集   作:下戸摺り半

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前回のあらすじ

 ガソリンスタンドでの欠員補充を機に、何故か仁志の将来のことにまで話が及ぶ政志と仁志であった。


夜八時の訪問者

 白石は鈴木整備工場の前で足を止める。二つあるシャッターの片方が、風通しのために開いているのを見て、恐らく仁志が車の整備をしているのだろうと考える。閉まっている方のシャッターをノックし、声を掛けた。

 

「お邪魔します」

「邪魔するなら帰って〜」

 

昨年、関西へ修学旅行に行った仁志が唯一覚えて帰ってきたのがこの返事である。金閣や銀閣の正式名称などは全て忘れて帰ってきた。

 

「忙しい?」

「逆に忙しくないように見えるか?」

「少なくとも仕事ではないでしょ?」

「まあな。ところで、藤原拓海ってのは委員長の好きな奴ってことで合ってるか?」

「どうしてわかったの…!?」

「やっぱりそうか。委員長と同じ学校に通ってて、三年生で、上の名前が藤原。まあそうだろうなとは思ったよ。今日オヤジのツテでヘルプに行ったガソスタで知り合ってさ」

「なぁんだ…」

「で、今日もその藤原拓海のことで俺に吐き出しに来たのか。すまんな、今日はドライブには行けないぞ」

「それは残念ね」

 

白石は全く残念そうではない口調で呟く。そして続けた。

 

「なつきが週末、藤原君と海に泳ぎに行くらしいの」

「そうか、言わんこっちゃない。うかうかしてるから…」

「何よ…」

「吐き出しなよ。作業しながらでいいなら聞くから」

 

仁志は取り外したウェバー製ツインバレル・キャブレターのスロットルを指で動かし動作を確認しながら続きを促す。腐ったガソリンを洗い流し、消耗品を交換した結果、このウェバーはどうやら再利用が可能らしいことがわかった。

 

「楽しそうにウキウキしているなつきを見てると、私が間違ってるんじゃないかって思うの」

「自分の黒さが…許せないって…ことか」

「でも、それじゃ私のお父さんとお金でデートしてるなつきは何なのって」

「身内が…そんなんじゃ…キツいよ…なッ」

 

言いながら仁志は目の前のA12型・直列四気筒エンジンを解体し始める。タペットカバーが外れ、次いでバルブヘッドを取り外しにかかる。昔ながらのOHVなので、この辺の機構は極めて単純であった。

 

「今日の門限は自分で気をつけてくれ。俺は知らぬ存ぜぬを通す」

「何よ、その言い方…」

十二時(テッペン)回るまでにはコイツをバラバラにして、明日は消耗品を交換して組み直したいんだ。だから少し素っ気なくなるのは許せ」

「ふぅん…」

「マグロの解体ほど興味は持てないかもしれないが、見ててもいいぞ」

 

仁志は白石の憂鬱が少しでも晴れはしないかとそれなりに心配していた。エンジンの解体を見て退屈しない女は工業高校にしかいないだろうと思いつつも、そんなことを言ってみる。

 

 エンジンの解体は思ったより早く終わった。競技車両の研究のために買われただけあって、ピストン、コネクションロッド、果てはクランクシャフトまで鍛造品に交換されている。仁志はおもむろにピストンを手に取ると、ノギスで直径を測ってみせる。

 

「ピストンってやつは、今測って読み上げた通り、完全な円形ではないんだ」

「完全な円は作れないでしょうけど、二つの方向で同じくらいずつ直径が違うのね」

「流石優等生、気付いたようだな」

「何か理由があって敢えてそうしているってこと?」

「その通り。コンロッドとピストンをつなぐピストンピンの周りは、熱が溜まりやすく、ピストンピンと直角方向の部分と比べて膨張しやすい」

「膨張しやすいから膨張し過ぎないように敢えて小さくしてるってこと?」

「御名答だ。委員長に三千点。コイツは熱が入って膨張すると、イイ感じに円くなるのさ。短く作ってまぁ〜るく収めまっせ、ってね」

 

仁志はなるべく白石の気が紛れるように、普段は絶対にしないであろう道化を演じている。日曜日の昼間にやっている法律番組の司会者の物真似まで持ち出したが、どうにも上手く行かず、耳を赤くした。

 

「面白いわね。モノマネはそんなにだけど」

「ごめん、最後のなしで」

「もう手遅れよ」

「…俺も学校でこれを初めて習った時は感動したよ」

「凄いわよね、これを最初に思いついた人って、どうやってこの答えにたどり着いたのかしら?」

「多分、最初は完全な円形に近い形で作ってたんじゃないか?それでエンジンが何個も焼き付いてサ。そのうち誰かが、どこが焼き付くのか検証した時に、いつもピン方向ばっかり焼き付くから、それで気付いたんだと思う」

「何回も当たりが強すぎて傷付いて、それで一番いい関係に収まったのね…」

「そう考えると人生みたいだよな」

「そうね。みんな何度もぶつかって、それで少しずつ自分を社会に合わせて変えていくのかな。鈴木君はもう少し積極的に人と関わらなきゃ、尖ったままだと思うわ」

「それ委員長が言うか?片思いの彼に、もう少し積極的にアタックして、丁度いい関係に収まればよかったんじゃないの?」

「言わないで、それは」

「俺も委員長も人間関係ヘタクソだよ、ホントに…」

 

言いながら仁志は、解体した部品を灯油で洗い始めるのであった。

 

「門限あるだろ?怒られないように勝手に帰っていいぞ」

 

仁志はブラシでピストンを擦りながら背中越しに声を掛ける。すると住居部の戸が開き、政志が現れた。

 

「送って行ってやれ、仁志。夜中だぞ」

「そうよ、そうよ。か弱い乙女を一人で歩かせる気?」

「オヤジ、いたのか?というか委員長もノるな」

「全く、仁志はそういうところがわかってない」

「いやいや、来る時は一人で来たんだろ?というか、委員長の家はすぐそこだろ」

「すぐそこなんだから送っていってやってもいいだろ。作業時間がそんなにガッツリ減るわけじゃなし」

「しょうがねぇな…」

 

仁志はピストンを洗い上げると、手洗い場に向かう。そのままピンク色の粉末(ハンドクリーナー)をひとつかみ手に取り、手を擦り洗う。

 

「委員長の親父さんの性格からして、機械油(オイル)で汚れた男は一番嫌われそうだな。ちょっと待ってろ」

 

仁志は洗剤を洗い流し手を拭くと、一旦住居部に引っ込み、ツナギから平服に着替える。

 

「送るから帰りな」

「まだ余裕はあるけど…」

「二夜連続で門限破るよりはいいだろ。前回門限破ってるなら、今回は早すぎるくらいが丁度良いんだよ」

 

 夜空の下、白石に壁際を歩かせ、仁志は横に並ぶ。残業帰りであろう近所の車が仁志の右側を通り過ぎていく。歩きながらでも話は出来るだろう、と仁志は切り出す。

 

「オヤジが言うんだよ、オヤジの整備工場継ぐよりも自由に生きてみろってサ」

「いいお父様じゃないの」

「でも俺はずっと、拾ってくれたオヤジや、気にかけてくれた周りの人達に恩返しするって、そればかり考えて生きてきたから、あの工場守る以外でどうすりゃいいのかわからないんだ」

「あなたは複雑だもんね」

「だからこうして委員長の悩みも聞いてる」

「あら、優しいのね」

「小学校ではイジメられてた俺を助けてくれてたからな。…でも何で今はそんなおしとやかになっちゃったんだろうな?」

「女のコだから、よ」

「ふぅん…。委員長こそ、もっと自由に生きてみたほうがよさそうに思うけどな」

「誰でも自由に生きる権利はあるわ。境遇によって出来ることは違うけど。あなただって、本当にやりたいこととかないの?」

「俺はオヤジの整備工場を守りたいだけさ」

「クルマは好き?」

「あぁ、クルマは好きだ。というよりエンジンで動くものが好きだ」

「なら、あのおじさまのお仕事が自動車整備じゃなかったら、同じように後を継ごうと思った?」

 

 仁志は言葉に詰まる。もし例えば政志の稼業が八百屋だったら?床屋だったら?大工や鳶職人だったら?俺は果たしてそれを継ごうと思っただろうか?逆に普通のサラリーマンだったら?俺は何を目指しただろうか?

 

「…わからない。オヤジは多分それでも俺に何かを手伝わせただろうから、その流れで手に職つけてそのまま継いでいたような気もする…」

「自信を持って言い切れる?」

「………」

 

仁志は政志の仕事が何であっても継げる仕事なら継いでいた、と確信を持つことが出来なかった。そして、それを認めたくなかった。認めてしまえば、自分が恩返しにかこつけてまんまと好きなことを仕事にしようとする、身勝手で腹黒い人間であると認めるような気がした。

 

「なら自由に生きたらいいじゃない。クルマが好きなんでしょ?」

「もういい、やめてくれ……俺はそんな人間のクズではない……」

「どうしたの、急に……ちょっと待って、歩くの速いよ」

 

仁志は一刻も早く白石から解放されたかった。政志との話を白石に話したことを後悔していた。

 

「着いたな。今日の門限は?」

「十時にしてもらって来た」

「今日は九時半…上出来だ」

「ねぇ本当にどうしたの?」

「え?」

「さっきから落ち着きがないよ?」

「いや……そんなことないだろ……」

「そう……ならいいけど…帰り道、くれぐれも気をつけてね。おやすみなさい」

「あぁ……おやすみ……」

 

 仁志は白石邸に白石を送り届けた。どうやって白石を送ったのか、そしてどうやって整備工場に帰ったのか、仁志は覚えていなかった。

 




 白石からの一言は、仁志に自らの人生に対する新しい視点をもたらした。しかし、その一言は仁志にとっては痛いところを責め立てられるようなもので、それによってもたらされる視点もまた、仁志にとっては出来れば直視したくないものであった。
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