走り屋たちの外伝集   作:下戸摺り半

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家出の土曜日

 土曜日の朝、ガソリンスタンドの店長、立花祐一は本日の開店業務のためスタンドにやってきてギョッとした。仁志が事務所の建物に(もた)れて座って寝ていたからである。傍らには仁志のドリーム50が止まっている。

 

「おいおい、仁志...!こんなところで寝ていたら風邪ひくぞ」

「店長、おはようございます。今日もよろしくお願いします」

「あ、あぁ。おはよう…。しかし何故こんなところで寝てたんだ?」

「夜通しコイツで走ってたらガス欠になりまして、しょうがねぇからこうして開くのを待ってたんです」

「何でまたそんなことを…。とにかく、顔洗って制服に着替えろ。そしたらガソリン入れな」

「ありがとうございます…」

 

 土曜日は湯治客や観光者で賑わう渋川市内、ガソリンスタンドも土日は大盛況である。首元のギプスが痛々しい池谷浩一郎や渋高コンビこと藤原拓海と武内樹も合流し、来店者の注文を捌いていく。

今日の(ねぐら)はどうすっかな、と仁志は考えながら午前のピークを捌ききった。

 

「拓海、今夜の交流戦の件、忘れてねぇよな?」

「だからややこしいことになったって言ったろ、イツキ」

「お前んちのハチロク借りれねぇとかいう話じゃねえよなぁ?」

「だから借り出すことは出来るんだよ。迎えに行けるかは分からねぇってだけで。悪いけど夜八時に間に合わなかったら原付で行ってくれ」

 

傍らで渋高コンビが雑談しているのを聞いた仁志は、交流戦か、そんなのもあったな、と心のうちで呟く。どうせ帰れねぇし、行ってみるかと決心した後、樹に話しかけた。

 

「武内さんの親父さんだって、クルマ持ってるだろ、ここ群馬県だし?」

「だってオヤジの車ってFFでオートマで、おまけにディーゼルなんだぜ。あんなのクルマじゃないよ」

「結構なことじゃねえか。ちゃんと走るんならさ。燃料だって安いし」

「わかってねぇな。峠に行って楽しくなきゃクルマの意味がねぇだろ」

 

樹の力説を拓海が冷めた目で眺めている。また言ってるよと言わんばかりだ。

 

「走り屋か?やめとけ、武内さん。まず道交法違反と集団危険行為でしょっ引かれる立派な犯罪だ」

「ぐぬぬ…」

「第二に、そんな世界で本当に速いヤツは、手近にクルマやバイクがあれば何でも使っちまうんだ。そういうヤツには俺はもう何も言わない。俺が何言ったって走りに行くからだ」

 

樹は一瞬、言葉に詰まるが、すかさず論点をずらしにかかった。

 

「だったらお前は速くなってみたいと思わないのかよ?男ならそういうのに憧れるだろ?」

「色々事情があってな、峠をそういう輝ける場所としては見れないんだよ、俺」

 

仁志はどこか哀しげなトーンで答える。仁志にとって夜の峠は自殺願望を叶えるために走る場所だった。しかし、そんなことはおいそれと他人に話すようなことでもないので、当然ながら樹は知る由もない。

 

「何だよそれ…。お互い免許取りたてだろ?」

「まぁ俺も今夜行くけど、足がアレだからニケツはさせらんねぇ。許せ」

 

仁志はスタンドの隅に停めたドリーム50を顎でしゃくって言う。

 

「原付か…。拓海が来なかったらオレも原付で行こう…」

「親父さんのディーゼル車を出そうとはならないのか…」

「重くてかったりーだけだぜ」

「別にあんたが走るわけじゃないだろうに…。それにディーゼルは低速トルクが太いからヘアピンとかの立ち上がり加速は良いはずだけどな…」

「そういうもんかな…?いや、それはない!」

 

仁志の一言に一瞬納得しかける樹。ちなみに、後世とあるドイツの自動車メーカーがディーゼルターボエンジン車でフランスのル・マン24時間レースを席巻し、一大王朝を築き上げることを、二人ともまだ知る由もなかった。

 

 夕方、朝一番からいた仁志のシフトが一足早く終わる頃、見覚えのある黄色いRX-7が入ってきた。池谷浩一郎が対応する。

 

「いらっしゃいませ〜!」

「ハイオク満タンだ」

 

池谷は黄色いノズルを挿し、給油する。

 

「来るんだろ?例のユーレイは」

「…」

「クククッ、まあいいさ。俺はあれからたっぷり走り込んだ。今度は負けねぇって伝えとけ…ん?」

 

啓介は今まさに店長に挨拶をして奥に引っ込む仁志を見やる。

 

「ほぅ、アイツもいたのか。このスタンドには縁があるヤツが集まる…」

「ウチの鈴木仁志を知っているんですか、お客さん?」

「あぁ、昨夜秋名で気合の入った突っ込みを見せていたが、マシンが原付ではな…。終わったんじゃないのか、給油?」

 

啓介は一万円札を池谷に渡す。池谷が事務所へ戻り、釣り銭を持って戻ると啓介はそれを受け取り、RX-7を発進させる。そして右折で出ようとする仁志のドリーム50の左側に停車すると話しかけた。

 

「お前が今夜のバトル相手じゃないのがつくづく残念だぜ」

「あぁ、昨日の…」

「ところでノーヘルはやめとけ。マジで死ぬぞ。…まぁお前はそれでもいいらしいが」

「余計なお世話だ」

「……。兄貴が言ってた野犬ってのはお前のことかもしれないな…」

「兄貴…?何のことだ…?」

「話は変わるが、この道の向こうの方で検問やってたから気を付けろ。ノーヘルじゃパクられるぞ」

 

上流の赤信号で車列が途切れ、仁志は軽く左手を上げて謝意を伝えながら秋名山とは反対方向に走り去る。啓介は秋名山の方向に出る。

 

(食えねぇ野郎だ…)

 

啓介は仁志の去り際に一瞬向けられたジャック・ニコルソンのような口角だけが不自然に上がった笑みを思い浮かべながらそう思うのであった。

 

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