走り屋たちの外伝集   作:下戸摺り半

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レッドサンズ交流戦

 「…5,4,3,2,1,Go!」

 

ギャラリーポイントで誘導棒を持って立つレッドサンズ構成員の無線機からカウントダウンが聞こえる。次いで、排気音とタイヤの軋む音が漏れ聞こえる。

 

「始まったらしいな」

「だな。トシはどっちが勝つと思う?」

「多分AE86(ハチロク)だ。あれはマトモじゃないからな」

「あ、目で見た通りの率直な感想って感じ?」

「シャーはどう見る?まぁそもそも興味ないか…」

「あっ、そういう言い方ないと思うなぁ。トシが真っすぐ帰りたくないって言うから付いてきたのに」

「頼んじゃいねぇよ。…で、それならどっちが勝つと思う?」

「そうさなぁ…。ところでそのハチロクってやつじゃない方はどんなやつなんだ?」

 

仁志は白けたように首を振る。同じギャラリーポイントにいた誘導棒の男と、スカイラインの周りの男たちが一斉にずっこけるような仕草をするのが視界の端に映った。仁志は、まぁそうだよな、そこからだよな、と呟いてから淳二に相手の情報を伝える。

 

「相手は普段、赤城山で悪さしてるヤツだな。クルマはマツダのRX-7だ」

「なら普通に考えてRX-7の方だと思うよ」

「そうか…」

「素っ気ない返事ですこと」

「これ以上になく平凡な答えだったからな」

 

 時を少し戻し、料金所跡では『藤原とうふ店』のレタリングが刻まれたトヨタ・スプリンタートレノのドアが開き、藤原拓海が現れた。秋名スピードスターズのリーダー・池谷浩一郎は唖然とし、待ちぼうけを食った挙句に原動機付きスクーターでここまで登って来ていた武内樹は拓海の頭を引っ叩き、しかし五年前から拓海が豆腐の配達をしていることがわかると池谷は拓海にタイムアタックを任せるのであった。

 

 カウントダウンの後、同時に二台は急発進し、約二倍のトルク差で高橋啓介のマツダ・RX-7が拓海のスプリンタートレノを置いて一気に加速すると、これまた約二倍の馬力差で引き離す。下り始めて最初の左カーブをRX-7が荒削りながらも基本に忠実なアウト・イン・アウトで素早く駆け抜ける。ここで見ていた観客が歓声を上げながら、次の右カーブに消えるRX-7のテールランプを見送る頃、後から追ってきたスプリンタートレノが、車体を大きく外に傾け、オンザレールよりもやや大きい角度で横滑りしながらガードレールすれすれに左カーブを抜ける。そのまま反動で一気に向きを変え、一瞬で右カーブの向こうに消えると、今まで騒いでいた観客は愕然として黙り込んでしまった。

 

 秋名道路の各地点には、レッドサンズ下層の構成員が誘導棒を持って立っており、持たされた無線で状況報告をしている。無線同士は周波数を同じくしているため、状況は料金所跡に陣取る高橋涼介だけでなく、全ての地点の構成員に共有されていた。最初は啓介のいつも通りかそれ以上の走りに期待を寄せる声が届くも、拓海のスプリンタートレノが通過するとその速さに驚愕する声に変わり、さらには地点報告のたびにスタートダッシュで付いた差が縮まり、ついには啓介が拓海に煽られるという悪夢のような状況を伝える。その報告に料金所跡で待つスピードスターズの面々は歓喜し、レッドサンズ首脳陣は沈黙するのであった。

 

 スプリンタートレノの運転席で、藤原拓海は思考を巡らせていた。前を走る黄色い車のドライバーは以前、配達帰りに遭遇した時よりも腕前を上げてきており、隙がなくなっている。真っすぐな加速においては加速の差が大きく、そこで差が開く。しかしカーブでは負けていない。拓海は、一昨日の夕刻のことを思い出す。

 

 

 

 夕刻、拓海は帰宅すると、日曜日に車を借りることを父親である藤原文太に伝える。

 

「あのさー、ちょっと言っとくけど、今度の日曜日、俺クルマ使わしてもらうからな…」

「日曜…?駄目だ!」

 

文太は即答で断る。拓海は、いいじゃないか、土日の朝の配達も行くからと食い下がるが、文太は日曜日に商工会の寄合に乗って行く都合があると言って断る。文太は、拓海が珍しく食い下がるのを見て、何事かを察した。

 

「ハハーン、さては女だな?一丁前に色気づきやがって」

「いいだろ、何だって。勿体ぶらずに貸してくれよ。どうせボロいクルマなんだから」

 

取り付く島もない様子の文太に、拓海は勝手に乗って行くぞと宣言し、部屋に上がりかけるも、キーがなきゃ車は動かせないと文太に言い返される。盗めないように紐を付けて首からぶら下げておくと追撃する文太に、拓海は困り果てた。茂木なつきとの海デートは日本海側、新潟県柏崎市まで行く予定のため、どうしても車が必要だった。

 

 拓海が何とか車を借り出す方法を考えていると、文太が条件を出した。その条件とは、土曜日の夜、赤城最速を自称し、秋名山に悪さをしに来た若者とのストリートレースに勝って来いという、拓海にとっては聞いたことのないものであった。唖然とする拓海であったが、車を貸す上にガソリン満タンまで付けると文太は続ける。柏崎までの往復距離と拓海の懐事情を考えるとあまりにも魅力的な提案に、結局拓海は土曜日、秋名山へと赴くのであった。

 

 

 そして今に至る。拓海は目の前を走る黄色いRX-7の隙を窺っていた。以前、豆腐の配達の帰りに遭遇した時は、きつい左カーブに続く緩い右カーブで早めに減速したところを一気に右から追い越したのだが、今夜は追いつく前にそのポイントは通過してしまった上、相手が上達しており、隙がなくなっていた。それどころかもはやタイムアタックを忘れ、守りのラインに徹している有様である。

 

(やっぱり抜かねーと勝ったとは認めねーだろうな、あのオヤジ…)

 

どうしても車が必要な上、ガソリン満タンが喉から手が出るほど欲しい拓海である。文句なしで勝ちを認めさせるためには前に出たい状況。いつものどこか遠い目をした表情とは裏腹に、内心では目が円マーク(¥)になっている。

 

(しょうがねぇ。やるか、アレ。仕掛ける先は、この先の五連続ヘアピンカーブ…!)

 

 仁志と淳二が待つギャラリーポイントに、軋むタイヤが発する金切り声と排気音が近づいてくる。

 

「来たようだな…RX-7(セブン)め、煽られてやがるな」

「マジかよ、トシの言ったとおりだ」

 

誘導棒を持った男が無線で状況報告するが、スプリンタートレノのあまりの速さに驚愕し、もはや報告の体を成していない。仁志と淳二が必死に目で追うスプリンタートレノの右ドアには、確かに『藤原とうふ店(自家用)』のレタリングがあった。

 

「やっぱりあの豆腐屋だったか…」

「マジだな、マジで豆腐屋さんのクルマだった…!」

「ここでやるつもりだな…」

 

仁志が睨みつける先、五連ヘアピンに突入する。アウト・イン・アウトのラインを取るため、RX-7が左車線でブレーキを掛ける。スプリンタートレノは右車線からブレーキを大きく遅らせて突入した。誘導棒の男がブレーキの故障を案じて叫ぶ。

 

「ゲームオーバーだ」

 

仁志が呟く。スプリンタートレノが右側の路肩に吸い付くようにヘアピンカーブの向こうに消えた。道はギャラリーポイントの外の崖下に続いており、前後が入れ替わった二台が次のヘアピンに突入するのが見えた。

 

 この非合法レースの結果はそれからすぐに麓のゴール地点から伝わっていった。スプリンタートレノが先にゴール地点を通過。RX-7は実に七秒もの差をつけられ、大敗を喫したとのことであった。

 

 五連ヘアピン周辺では、白い車が見せた不思議な旋回技術に今宵の観客がざわめいていた。

 

(俺にはわかった…あのAE86が何をしたのか…。バカバカしいことだが、あんなことは絶対誰にも真似できねぇ…。しかもこの秋名でしかできないことだ…)

 

中里毅は側溝を使ったスプリンタートレノの機動を見抜いていた。静かに五連ヘアピンでの動きを思い返し、秋名のハチロク撃墜を誓う。

 

(とんでもねえバカが世の中にはいる…。楽しみがまたひとつ増えたぜ。秋名の下りスペシャリスト…アイツを仕留めるのは俺だ)

 

 淳二は仁志に、先程の顛末を尋ねた。

 

「なんか不思議な動きしてたよな。イカサマくさいと言うかなんと言うか…」

「路肩って水はけのために斜めになってるだろ?あのヘアピンは特にその傾斜が深くてな」

 

仁志は先日自分がその『溝落とし』にやられた時のことを思い出し、苦い顔をする。

 

「内側のタイヤがあのAE86(ハチロク)くらい細ければ、引っ掛けて曲がれるんだよ」

「イカれてやがるな…何でわかったんだよ?」

「俺も先週アレでやられたからだよ」

 

 帰りかけた毅は近くで仁志が淳二に説明するのを小耳に挟み、ほう、と感心する。

 

(アイツ、気づいたのか…。中々やるじゃねえか)

 

仁志が『溝落とし』で抜かれたくだりは聞こえていないため、仁志があの瞬間に気づいたものだと勝手に思い込み、愛車の元へ向かう。

 

「帰っちゃうんですか、毅さん?まだ上りのアタック終わってないけど…」

「興味ねぇな、上りは。あんなすごいもん見せられた後じゃな」

 

毅は仲間からの問い掛けに答える。重力の作用で操縦が難しくなる下りと比べれば馬力さえあれば勝てるに等しい上りでレッドサンズが勝ったとて、それは五分の引き分けとは言わない、と毅は仲間に語った。

 

(やま)の走り屋は下りが上手くなきゃ本物じゃねぇよ。今日の交流戦はレッドサンズの負けだ!」

 

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