走り屋たちの外伝集   作:下戸摺り半

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反抗期の終わり

 上りのタイムアタックは赤城レッドサンズの代表が秋名スピードスターズ代表の健二に対して車一台分の差での勝利となった。下りで負けた以上、妙義ナイトキッズの中里毅が言うところの『出力差だけで勝てる』上りで勝ち、数字上は一勝一敗としたところで、レッドサンズの面目は保てなかった。上りのレッドサンズ側代表に主将の高橋涼介から伝えられた指示は、スピードスターズ代表よりも前でゴールせよ、レコードタイムは狙わなくてよいという、数字上の体裁を整えつつ無用なリスクを負わないという点に尽きるものであった。むしろ、肩の荷が下り、先程までの過度の緊張から解放されたスピードスターズの上り担当・健二の方が、この消化試合に等しいアタックで自己ベストを更新する。レッドサンズ主将・高橋涼介は己の誤算を悔み、自身の手での雪辱を誓うのであった。

 

 その頃、ナイトキッズ中里派の面々が帰ったギャラリーポイントには仁志と淳二、そして誘導棒の男だけが残っていた。上りアタックの二台はとっくに通過し、無線で漏れ聞こえたところによると既にゴールした様子であった。

 

「下りを落としたレッドサンズ側は、上りで記録出しても意味ないからって、最低限の勝ちだけ拾いに来たんだな…」

「トシ…」

「くだらねえチームオーダーだ。勝ちだけ拾うより、降参ですって言ってそのまま帰った方がむしろ格好がついただろうに」

「トシ…?もしも〜し」

 

仁志はレッドサンズの行動をにべもなくこき下ろした。誘導棒の男は黙って交通整理に徹しているが、こめかみには血管が浮き出て見えた。

 

「しかしさっきまでそこにいた男、まさかあんな重いクルマでここを下る気か、AE86(ハチロク)相手に?」

「トシ?聞こえてるか?」

「シャーはどう見る?…っても興味ねぇか」

「トシ、満足した?帰るよ」

「…」

「そんな予防接種直前の犬みたいな顔しない」

「わかってる。わかってるよ。それが嫌で色々喋ったけど…」

 

終わってしまった交流戦。つまりこれから政志に謝りに帰らなければならない。この交流戦を分析してしゃべり続ける仁志を、淳二は無慈悲に現実へと引き戻す。

 

「動かなかったら首にエリザベスカラー付けてでも連れてくよ」

「要らんよ。…普通は首輪だろ?俺去勢されるのかよ?」

「トシ、スグカエル、サモナクバ、アソコ、チョキチョキ、タネナシ」

「わかったから変な外人を降臨させるな」

 

 それからしばらくして、政志の整備工場兼住居前に、仁志と淳二がたどり着いた。

 

「ただいま…」

「お邪魔します」

「お帰り」

「オヤジ、まずは心配かけてごめん」

「そうだな。丸一日だ。まあ、祐一に電話したらスタンドの手伝いはちゃんとこなしてたらしいから、そこまでは心配してなかったよ。こんだけ遅くなるとは思わなかったが」

 

政志は政志なりに仁志の身を案じ、知り合いに電話を掛けて回っていた。

 

「鈴木さん、トシも色々考えて、それで秋名で頭冷やして帰るって、それでこんな時間になっちゃったんです」

「そうか…ちゃんと仁志を保護して連れて帰ってくれたのか…」

「保護って…俺は犬か何かか?」

「吠え癖が凄かったですよ〜」

「全くお前は…西田さんのところにも厄介になって。後で礼を言わねばならんな…」

 

時間はすっかり夜更けである。淳二は帰宅するため、政志に挨拶する。

 

「それじゃ鈴木さん、俺はこれで失礼します」

「もう帰るのかい?上がって茶でも飲んで行かないか?」

「お気持ちだけありがたく頂戴します。また今度、明るいうちに寄らせてください」

「あぁ、是非。うちの仁志をこれからもよろしく頼むよ」

「あ、シャー、ヘルメット返す。ありがと」

「おう。また来週、学校でな」

 

淳二はジョルノに跨り、国道に向かう路地を抜けて行った。その背中を見送り、仁志と政志は家に入る。

 

 「全くお前は…。今日は風呂入って寝ろ。昨日ずっと入ってないだろ」

「その前にちょっといいか、オヤジ?」

「何だ?」

 

仁志は先日の白石との会話の中で訊かれたことを語る。

 

「前、委員長に訊かれたんだ。もしオヤジの稼業が整備士じゃなかったら俺はオヤジの工場を継ぐ気になってたかって」

「委員長…あぁ、白石さんとこの娘さんか。そんなこと訊かれてたのか」

 

仁志は頭を下げ、政志に詫びる。政志は、むしろ安心したかのように仁志に語りかける。

 

「すまない、オヤジ。正直に言うと俺はオヤジが整備士だったから跡を継ぎたいと思ってた。恩返しにかこつけた俺のわがままだったよ」

「…安心したよ。お前が俺に気を遣ってお前の人生を犠牲にしてるんじゃないかと心配していたからな」

「恩知らずなガキでごめん」

「それは恩知らずとは言わん。お前が幸せになることが何よりの恩返しだ」

 

仁志が詫びるも、政志は詫びる必要がないことを告げる。

 

 そして仁志は自分の本当の希望を口にした。

 

「もうひとつ。俺は整備士になりたいわけでもないらしい」

「…何になりたい?」

「チューニングをやりたいんだ」

「…だろうな。薄々気付いていたよ」

「いつから?それにどうして?」

「お前、中学くらいの頃か、自己嫌悪を拗らせて無免のまま単車やクルマで自暴自棄な運転するようになったろ?」

「あぁ…俺のなかったことにしたい記憶だ」

「気付いてたか?すぐにタイヤの減り方が変わり、売れない中古車でも一通り整備してから出るようになったんだ、お前は」

「タイヤの減り方か。考えたこともなかったよ」

 

仁志は政志の観察眼に内心驚いていた。

 

「もうひとつ。サニーをただ公道で走らせたいだけなら、とっくに整備は終わっているはずだ。お前の整備技能が未熟なだけではない理由で時間がかかっている」

「そりゃオヤジに比べりゃまだまだだよ、俺は」

「あのサニーがレース仕様の研究用に買われたと聞いてお前、興奮を隠しきれてなかったぞ」

「マジかよ…」

「だからバルブの摺合せにまで手を出した。…摺合せ終わってから言うのもアレだが、バルブシートは交換しろ。アレは有鉛仕様だ」

「マジかよ…二度手間じゃねぇか」

「練習だったと思いな」

 

 政志はそこで言葉を切る。車の話題から離れなければならないと、一呼吸置いて切り出した。

 

「いずれにしろ、人と社会を憎んだままではお前は生きて行けないだろう」

「そうだよな…。シャーのとこのじいさんにも言われたよ。…工場を継ぐかたちでの恩返しができないなら代わりにこれから出会ういろんな人に恩送りしろってさ、とにかくそれに値するかどうかは考えずに」

「人を憎んだままでは難しいな」

「とにかく、少しずつやってみるさ」

「そのことだが、まずは人に慣れろ。週に何回か、祐一のスタンドで働けばいい」

「でも工場はどうする?」

「どうせ殆ど暇だ。どうにでもなるさ」

「わかったよ…」

「さ、風呂入って寝ろ。明日も朝からバイトだろ」

 

よっこらせ、と立ち上がる政志に、仁志は声をかけた。

 

「心配かけてごめん」

「いいってことよ…。しかし、短い反抗期だったな」

 

政志は短く笑いながら寝床へと戻っていった。

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