199X年、初夏。
群馬県内の工業高校に通う鈴木仁志は、近所に住む悩める優等生、白石の気晴らしのため、秋名湖畔へのドライブに誘った。一通り話を聞いたあと、門限に合わせて帰途につくのであった。
秋名道路、料金所跡から少し秋名湖寄りの路肩に、仁志のカローラレビンが止まる。
「なんじゃありゃ。困るんだよナ、ああやって道路塞いで立ち話されると」
「どうしたの、アレ?」
「族の集会だヨ」
前方を見ると、いわゆる走り屋らしき男達と、スポーツカーが溜まっており、数人が何やら話している様子だ。見つかっても面倒くさそうだし、しばらく待つしかないか、そう考え、エンジンを止めるとそのまま気配を消すことにした。
「あの人たち、何をしてるの?」
「知らん。少なくとも赤い羽根募金の活動って感じではないナ。大方、あのヤカラっぽい金髪のヤツのチームがカチコミに来たんだろう」
「あっ、なんか一人歩いてくるけど」
「嫌な予感するナ。こちとら気配消してたのにナ」
前方を見ると、黒髪で長身の男が一人、こちらに歩いてくる。そのまま茂みで立ちションでもして帰れ、こっちに気付くな、という仁志の淡い期待は打ち砕かれ、男は仁志の車の窓を叩く。仁志はドアハンドルを回し、覗き込んできたその男に先手を打って話しかけた。
「邪魔!」
「おっと、これはご挨拶だな。ここを走る走り屋の仲間かと思って声をかけたんだが」
「なわけあるか。族の集会なら道を塞がずにやってくれ。走り屋だが何だか知らねぇが、ここは公道だ。ハッテン場じゃねぇんだよ」
「お前は口の利き方を覚えたほうがいい。…俺は高橋涼介、赤城レッドサンズのリーダーをしている。秋名山で最速の走り屋と交流戦をしたくて来たんだが、迷惑をかけたなら謝る」
「交流戦か。赤くて交流戦するチームなんざ浦和のサッカーチームしか知らん。とにかく門限があるんだ。通してくれ」
仁志が涼介に噛み付いていると、料金所跡の付近から爆音が響く。どうやら赤城レッドサンズの面々が秋名道路を下るらしい。
「結果的に道開いたな…」
「これから週末の秋名スピードスターズとの交流戦に向けた練習走行をするんだ」
「そうかよ。俺は勝手に帰らせてもらう。族が好き勝手やってようが知ったことか」
「こちらとしても細心の注意は払おう。念の為、気を付けて通ってくれ」
「いらん世話だ」
「ところで、お前は面白い性格をしているな。…名前を聞いてもいいかな?」
「あぁ?さっきはアンタが勝手に名乗ったんだろ。こっちが名乗る義理なんかねぇよ。…ったく、俺は鈴木仁志だ」
「鈴木仁志か、覚えておこう」
「俺はアンタの名前なんざ帰ってセンズリかいて寝たら忘れちまうヨ。だからアンタも忘れちまいナ。ところでもう行っていいよな?お相手の秋茄子ナントカもみんな行っちまったぞ」
「あぁ、構わない。長々とすまなかった」
仁志はレビンのエンジンを掛けると、そのまま発進させる。搭載された3A-U型1.5リッターシングルカムエンジンがボンネットの下で泣き言を言うかのように唸る。テールパイプからはどこか情けない排気音を控え目に撒き散らし、秋名道路を下っていく。
「ごめん、委員長。門限ヤバそうだから少し飛ばすワ」
そう言うと、迫る左カーブに向けてブレーキを踏み、一気に減速する。ブレーキを緩めながらステアリングを切り込むと、車体が遠心力で大きく右に傾いた。荷重の抜けたリアタイヤが流され始める。仁志は逆らわずに手を緩め、カウンターステアを当てると左車線に車体を収めたままレビンをドリフトさせていく。
仁志が左カーブに突入する様子を、涼介は遠目に見ていた。人間シャーシダイナモの異名を持つその観察眼で仁志とレビンの走りを分析する。
(加速が鈍い。さらにあの地味な排気音。どうやら3A-Uを搭載するAE85だ。コンディションはそこそこだが、パワーはカタログとだいたい同じ80馬力程度か。…ほう。中々丁寧な荷重移動をするようだ。流れるに任せてカウンターステアを当てるか。ドリフトの基本は身についているらしい。ターンインだけでいえばスピードスターズのメンバーよりも上手いかもしれないな…。しかしあの若さでどうやってあんなターンインを身につけたんだ。老け顔だが声に張りがあった。まだ高校生か大学生くらいだろう…。本当にアイツは走り屋ではないのか…)
涼介は料金所跡に戻る。料金所跡には涼介の弟、高橋啓介とレッドサンズの広報担当、上有史浩、そして自称啓介の舎弟、中村賢太がいた。
「啓介、今回の相手についてどう思う?」
「カス揃いだ。これならウチの二軍でも勝てる。俺や兄貴が出るまでもねぇぜ」
「そうか」
「ところで涼介、さっき話しかけていたレビンのドライバーだが、このまま行かせてよかったのか?一応、ウチのメンバーには無線で注意喚起したが…」
「あぁ、一般車、しかもハチゴーだ。通してやってくれ。しかし一般車にしては腕が立ちそうだ。クルマが違えばスピードスターズよりも速いかもしれない」
「気のせいじゃねぇっすか?涼介さんが気に掛けるほどのもんじゃないですよォ」
「兄貴を甘く見るな、賢太。走りを見ただけでドライバーの癖どころかクルマの性能までピタリと言い当ててしまう、人間シャーシダイナモとまで言われるくらいだぞ」
「啓介、少し追いかけてみてくれ。賢太はハンディカム持って啓介の横に乗れ」
「…兄貴が言うからには何かがあるんだろう。賢太、カメラ飛ばすなよ」
「了解っす…」
「あぁ、それと二人とも、ヤツに敵対心は持たせるなよ。野犬のようなヤツだった」
秋名湖畔からの帰り、秋名スピードスターズと赤城レッドサンズの交流戦に出くわし、足止めを喰らっていた鈴木仁志。隣に嫁入り前の少女を乗せていたので関わり合いを避けていたものの、期せずして赤城レッドサンズの高橋涼介と面識を得てしまう。
運命の歯車は、寝起きの害獣の不機嫌な唸り声にも似た危険な音を立て、回り始めたのである。