走り屋たちの外伝集   作:下戸摺り半

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決戦!中里GT-R(前編)

 スプリンタートレノの運転席から降りた藤原拓海の姿に、中里毅は面食らう。てっきりずっと歳上の、見た目にも経験豊富なドライバーが出てくるかと思えば、免許を取ってからさほど年月が経っていない若いドライバーが出てきたためである。互いに名乗り合い、スタートラインに車を並べる。右車線にトレノ、左車線にスカイラインGT-Rが並び、合図を待つ。毅のGT-Rにはトリプルプレートのクラッチが装着されており、シャリシャリと怪音を響かせながらスタートラインに付いた。

 

 

 道路脇の広場で見ていた高橋涼介が弟・高橋啓介に声を掛ける。

 

「啓介、FCのナビシートに座れよ。特等席から今日のバトルを見物させてやるよ」

 

乗り込みながら、もう始まるから急げと続ける。啓介は言われる通りに兄の隣に乗り込む。

 

 それを見ていた武内樹が、鈴木仁志に話し掛ける。

 

「トシ、隣に乗せてくれよ。俺達も追っかけてみようぜ」

 

「すまんな、武内さん。まだ慣らし運転中で3,000rpmまでしか回せないんだよ。それに、仮に回せたとしても俺じゃ拓海は追いきれんよ」

 

仁志は、すまないという言葉と裏腹に然程すまないとも思ってなさそうな調子で答える。

 

 「それじゃカウントいくぞ!」

 

ナイトキッズ中里派の末端構成員がカウントダウンを始めた。カウントゼロと同時に二台はタイヤを軋ませて急発進する。同時に、広場でも涼介のサバンナRX-7がタイヤを軋ませて発進し、本線を通過した二台の後ろに付くと、集まっていた観客がどよめく。観客の目には、高橋涼介の乱入により群馬県最速を狙う三つ巴の決戦が始まったようにも見えた。

 

 最初の左カーブまでは直線が続く。GT-Rから一車身を空け、トレノが付いて行く。観客はGT-Rとトレノの加速が互角だとざわめく。トレノから二車身半を空けて追跡する涼介のサバンナRX-7の車内で啓介は、中里がアクセルを緩めてトレノを待っていると指摘する。兄弟揃って思うことは同じである。その余裕が後で命取りにならなければいいが、と。

 

 

 拓海は前を走るGT-Rの毅がアクセルをちゃんと踏んでいないことに気付く。俺を待ってるのか、と思い当たると同時に、その目つきが鋭く変わった。

 

 

 仁志は最初の左カーブの方向を睨む。隣では樹が、GT-Rとトレノが互角の加速をしていると喜びの声を上げる。仁志は言う。

 

「違うな。あの中里の何某(なにがし)が本気で踏んでないだけさ。…あの野郎、味な真似しやがる」

 

「えっ…それって結局拓海は苦戦するじゃん…」

 

「安心しろよ。あのハチロクは俺と拓海の親父さんでキッチリ調整した。ピラニアみてぇに喰らい付いて、どつき回してやるさ」

 

 

 毅はリアビューミラーに映るトレノのヘッドライトをちらりと見やり、アクセルで車間を調整する。ストレートで引き離しては勿体ない。俺はバトルがしたいんだと、速度を合わせたままブレーキを踏み込み、左カーブの内側いっぱい(クリッピング・ポイント)に車を向け、縁石を舐めるように通過するとアクセルを踏み込み、ここから全開加速に入る。ふとリアビューミラーを見ると、スプリンタートレノとサバンナRX-7がドリフトしながらついてきているのが見えた。そんなオーバーアクションなドリフト(カニ走り)でついてこられるわけがない、と毅は吠えながらアクセルを踏み込んでいく。続く右カーブは外側が擁壁、内側が谷になっており、谷側にはガードレールがある。拓海が右カーブをドリフトで抜ける。内側のクリッピングポイントでバンパーとガードレールの隙間はわずか一センチメートルしか残さず、立ち上がりでは外側の路肩の際を砂煙を上げながら駆け抜ける。ここから先、拓海は全てのカーブで前後バンパーが内側と外側の擁壁やガードレールに当たる寸前まで道幅を使い、前方に紅く輝く丸い四つのテールランプを追いかけるが、毅のGT-Rとの差は徐々に開いていく。しかし序盤戦、比較的曲率も勾配も緩い、小排気量車にとっては比較的不利な区間が終わろうとしていた。

 

 

 仁志は気配を消したまま料金所跡待機組の傍に陣取る。ナイトキッズ構成員、レッドサンズの上位構成員、そしてスピードスターズの池谷に健二と走り屋予備軍の樹がそれぞれ混ざらずに固まっている。それぞれ秋名道路に満遍なく散らばった仲間と連絡を取り合っており、近寄って聞き耳を立てるだけで戦況を把握するには充分な情報が耳に入る。レッドサンズ陣営で三台の車が勾配と曲率が険しくなる中盤セクションに入ったことを聞くと、気配を消したままナイトキッズ陣営の近くに移動する。聞こえてくる情報によると毅のGT-Rは、GT-Rの基本にこれ以上になく忠実に、秋名道路を下っているようであった。

 

 

 毅はスタートからずっと、全てのカーブでGT-Rの基本に忠実な運転操作を行いながら下ってきており、その走りは極端なスリップアングルを付けず、カーブ手前から真っ直ぐにブレーキを踏み、制動力を一気に最大まで立ち上げてからリリース、リリースしながらハンドルを外の手で押し込むように切り、素早く向きを脱出コースに向けてアクセル全開、姿勢制御はアテーサE-TSに任せるというものであった。完全なるグリップを目指しながら、時としてオンザレールより後輪が若干外側に逃げることもあったが、後輪が空転してもアテーサE-TSを信頼してアクセルを踏んだままハンドルを微修正するに留めた結果である。BNR32型のアテーサE-TSは後輪の横滑りを検知してから前輪へのトルク配分を開始するという特性があったが、少なくとも今のところはGT-Rと毅とのコンビネーションに破綻をきたすことなく、後ろのトレノとサバンナを抑え、秋名道路を下っていた。左右に連続するS字カーブなどでは、四輪駆動への切り替えの遅れを利用し、わずかにテールを振りながら切り返すという、車体重量を感じさせない鋭い機動すら見せていた。少しの横滑りで前輪への駆動配分が入るため、パッと見では後輪を滑らせているようには見えないが、それ故に毅は不気味な鋭さをもってGT-Rを操縦しているように見えた。

 

 しかし、愛機GT-Rとその駆動システム・アテーサE-TSに全幅の信頼を置き、推定380馬力を全開にするその走りは、藤原文太・高橋涼介・鈴木仁志が言及した前輪もさることながら、後輪の方にも着実に損耗を蓄積していた。この損耗の蓄積が果たしてどの程度に達した時、毅の足元を掬うことになるのか。それは誰にもわからない。ひとつ確かなことは、その時は唐突に訪れるであろうということである。

 

 

 料金所跡の広場では池谷と樹が戦況を想像している。

 

「今頃はどの辺ですかね、池谷先輩?」

 

「かなりのところまで下ってると思うけどな。なんせ途轍もないスピードだからな」

 

樹は、中里毅や高橋兄弟のような群馬県内最速クラスの走り屋と互角に戦える拓海に対し親友ながら並ならぬ感動を覚える。対照的に、先程から健二はどこか意気消沈した様子である。

 

「健二先輩、何しょげてるんですか?」

 

樹が健二の様子に気付いて問い掛けると、代わりに池谷が答える。

 

「コイツ、ちょっとショック受けてるんだよ」

 

拓海を迎えに行った後、中里毅との決戦に向かう拓海を愛機である日産・180SXで追いかけながら秋名道路を登った際に、前を走る拓海が登りに入って一つ目のカーブで擁壁の向こうに瞬間的に消えるような鋭い旋回を見せた。一瞬呆気に取られるも、すぐに拓海に続けと健二もカーブに飛び込む。しかしカーブを抜けて直線に入ると、既にそこに拓海のトレノの姿はなかった。健二は、下りならまだしも登りで、ターボエンジン車に乗りながら、カーブひとつで振り切られたことが今だに信じられないのである。

 

「下りで歯が立たないのは分かってたけどさ、1,600cc(テンロク)のノンターボに登りであんなに差をつけられちゃうとさ…」

 

落ち込む様子を見せる健二を池谷が慰める。拓海は俺達よりもキャリアが長いと、何故か嬉しそうですらあった。

 

 仁志は聞くともなしに三人の会話を聞きながら、先日の拓海との邂逅(かいこう)のことを思い出す。いくらこちらが慣らし運転で3,000rpm縛りがあったとはいえ、拓海は拓海で豆腐(コワレモノ)を積んでいたので条件はほぼ同じとして、それでもあっという間に振り切られた。両者とも紙コップに水を入れて置いていたが、仁志の方は今立っている広場の辺りに着く頃には水を半分以上失っていた。

 

(あの時も拓海は一滴も溢していないはずだ…。今日は紙コップもないだろうからペースは恐らくそれ以上…。あの健二っていう人がショック受けるのも無理はないな…)

 

仁志がスピードスターズ陣営の方に意識を向けると、丁度健二が、拓海は秋名道路以外ではどんな走りをするのか、という問いを池谷と樹に投げかけていた。運転技能そのものの高さでどこへ行っても適応できるのか、それとも秋名道路でしかその速さは発揮されないのか。意見は二分していた。仁志は考え込む。

 

(紙コップの水を溢さないためには、全ての運転操作に境目を作らず丁寧にやるだけじゃなく、路面が荒れた箇所や減速帯みたいな跳ねるポイントを全て覚え、しかも昨日までなかった新しい穴が開いていたりしないか瞬間的に路面を見極める必要があるんだろうな…。ある意味では秋名道路に特化したドライバーなんだろうが、荷重移動と瞬間的な見極めはどこでも通じるだろう…)

 

拓海は秋名道路以外の下りでは速く、秋名道路ではもっと速い。仁志はそう結論づけた。

 

 

 毅のGT-Rを追う拓海は、早朝の配達の時とトレノの動きが違うことに気付いた。早朝と比べ、アクセルを踏み込んだ時に後輪が外に逃げにくく、前に向かって滑るように変化していた。文太が臨時休業してトレノをどこかに持っていったのはこのためかと思い至る。拓海の辞書にはまだトラクションという言葉こそなかったが、これはこれでいい感じだ、と胸の内で文太に感謝し、アクセルを踏むタイミングを早め、水はけ用の溝にはどんどんタイヤを引っ掛け、GT-Rを追い込んでいく。

 

 毅と拓海を追走するサバンナRX-7の助手席で、啓介は改めて自身を抜き去り、そして破った『溝落とし』を目の当たりにする。後ろから見るトレノはカーブ頂点から一気に消えるような機動を見せており、啓介は拓海をもはや速い・遅いの評価軸では語れない狂気の存在であると認めていた。ふと右隣を見ると、先程まで前を走るトレノとGT-Rの走りを分析し、解説していた涼介が、無言のまま前を睨み、修正舵を繰り返しながら二台を追っている。その様子は、どのような相手にも全力を出さずして勝つと言われる涼介が本気になったかと、啓介がつい誤認する程であった。

 

 毅はバックミラーを見た。先程突入した急勾配・急カーブが続く区間でトレノが差を詰めて来ていることに気付き、一瞬だけ愕然とする。毅の中で、相手が八〇年代前半の旧型車だという意識はなくなった。後ろを走るトレノを最高のダウンヒルマシンと認め、久々の強敵出現に毅は歓喜する。そのまま更に闘志を漲らせ、徹底的に前輪を押し潰すターンインと全開加速で引き離しに掛かる。これによりカーブでは二台が急接近し、直線ではGT-Rが引き離す展開が続く。下るにつれて勾配はきつく、カーブの密度は上がる。両者が接近する時間はどんどん延び、毅の闘志は危険なレベルまで高まっていた。その闘志剥き出しのドライビングは、確実にGT-Rを消耗させ、追い込んでいく。

 

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