『秋名のハチロク』と『中里GT-R』との対戦の翌日、午後三時の首都高速道路を、鈴木仁志がサニーで走っていく。基本的に無免時代から教習所、路上教習から現在に至るまで、群馬県内の道しか知らない仁志にとって、昼の首都高速道路はカルチャーショック以外の何物でもなかった。
渋川伊香保
美女木料金所から首都高速道路5号池袋線に入る。外環道の時点で美女木付近で既に様子がおかしくなり始めた道路の様子が、首都高速道路に入ると途端にカオスとなって仁志に襲い掛かる。高速教習と同じような高速道路である関越道では、まっすぐ続く道に対し常に左側から合流・左側へ流出していた道路の構造が、首都高速ではビル群の谷間を縫うように曲がりくねりながら、恐らく国道バイパスの上を高架で駆け抜けていく。そんな立地のため、地上の国道からの流入の関係や、空いたところに必要なものを配さねばならない用地の制約により、右側にも左側にも入口と出口があり、ジャンクションの合流も同様の様子である。仁志は首都高速では今のところ常に本線側にいたが、横目で見る入口合流の加速車線の短さに閉口していた。俺のサニーで無事に乗れるのかな、などと呟いていたら竹橋JCTから都心環状線(C1)への合流で内回り線に行くはずが間違えて外回り線に迷い込み、短い加速車線から交通量の多いC1への合流では案の定合流渋滞を作り、緑色の案内看板を見ながら何とか目的地へと向かおうとする。
話は、ハチロク対GT-Rの対決から明けた朝に遡る。眠い目を擦りながら起き出し、ツナギに袖を通した仁志は、政志が表に出したいすゞ・エルフの積載車にカローラレビンを積み、政志の知り合いの中古車センターに持って行った。その帰り、政志はサニーの部品調達で世話になった山本自動車に挨拶に行くようにと仁志に言う。
「交換した部品は全部、山本のツテで仕入れたんだ。礼を言いに行け」
「手紙書いて挨拶しようとは思ってたけどな」
「手紙で礼をするのもいいが、動くようになった報告を同時にするなら、サニーで直接出向くのが一番だ」
「まぁ丁度いいのかな。首都高速なんて、群馬にいたら滅多に走れないだろうし」
「目的を忘れるなよ。走る時に目指すことは、目的地で用を済ませた後、無事に帰ることだ。…山本も多分同じことを言うはずだ」
「それはもちろん忘れないよ」
山本自動車を目指す仁志はC1外回りを走らせながら、急速に様々な気付きを得ていく。
(目の前のテールランプだけ見てたら、目の前のクルマが事故った時に道連れになるよな…。数台前のクルマを見るんだ…。そうか、『広く遠くを見る』ってのはこういうことか…)
広く遠くを見たことで、緑色の案内看板への対応も変わる。
(次は…右車線から右に逸れてC1か…。C1はC1でずっと本線みたいにしといて欲しかったよな…。何でこういうとこ全部脇道に逸れるみたいにしちゃったんだ…?)
江戸橋JCTをC1に入ると、すぐに左車線に移る。そのまま右車線に居続けると右車線は東銀座の出口になる。距離で言えば左端から斜め左に流出する
その後、銀座出入口付近のかつて川底だった区間で並行する二つの車線のど真ん中に建つ古い橋脚をやり過ごし、浜崎橋JCTから1号羽田線に入る。左手に羽田空港行きのモノレールを見ながら羽田線を下る。都心環状線と同時期に東京五輪に合わせて造られただけあって、高速レイアウトでありながら右にも左にもランプウェイを持つ無秩序な路線である。処刑場のあった鈴ヶ森を過ぎ、大井競馬場のオーバルに沿って曲がる左カーブの先に、上り線の平和島PAの下をくぐり抜けながら、平和島出口は左に分岐する。分岐した先の二股で更に左へ行けば出口、右に行けば下り線の平和島PAである。上り線と比較すると収容台数が少なく設備も見劣りするのが玉に瑕である。仁志は左、左、と進み、高速道路から降りる。旅の目的地、『山本自動車』は平和島で降りた先、物流倉庫街の中にあった。
(なるほどね。ここなら昼夜問わず爆音出し放題だ…)
チューニングやレース活動をメインにしてしまうと、ただでさえ普通の車と比べてうるさくなった客の車やデモカー、更には競技車両を、セッティングなどのためにアクセルを大きく踏み込んでエンジンをぶん回さなければならないことが多い。よって、チューニングショップやレースチームは郊外や工業地帯、または高速道路や国道バイパスの近くの宅地化に適さない地域に拠点を構えることが多い。かつ、試走や移動に便利な場所が選ばれることが多く、サーキットの近所や高速道路入口の近くに拠点を構える場合もある。『山本自動車』は今でこそ一般整備や法定整備で営業しているものの、元はれっきとしたチューニングショップで、平和島PA近くの立地もその時代の名残と言えた。反面、普通の整備業者としての立地条件はそこまで良いとは必ずしも言えるものではなかった。
仁志は『山本自動車』の前に車を止める。普通の整備工場に見えるその佇まいに、本当にここで合っているのか不安になりながら車を降りる。
「ごめんください。今朝電話した鈴木です」
仁志はガレージの奥に向かって声を掛ける。
「あぁ、君が政志のとこの…」
「初めまして。鈴木仁志です」
「山本和彦だ」
「部品の手配とかでお世話になりましたのでそのお礼と、クルマが走るようになったんでご報告に来ました」
「わざわざ、遠くからありがとう。…うまく仕上げたようだな」
「こちらこそ、ありがとうございます。まだ慣らし中ですが…」
「なら丁度いい。帰りに首都高を何周かして行けばいい。途中の料金所さえ避ければ六五〇円で回り放題だからナ」
「そんな乗り方も出来たんですね」
「回れるルートを選ぶのサ」
ここからであれば平和島から北上し、浜崎橋JCTでC1外回りに入る。そのままC1を回ってもいいし、江戸橋JCTから6号向島線を箱崎JCTに抜け、箱崎から9号深川線を辰巳JCT方面に走らせてもよい。辰巳JCTからは湾岸線を横浜方面に下る。有明JCTで11号台場線(レインボーブリッジ)に分岐すれば浜崎橋JCTの左側二車線に戻れるし、海底トンネルを抜けてすぐ大井JCTから分岐すれば羽田線上りに合流できる。
「まるでサーキットだな…」
「そうだな…。突貫工事の欠陥道路だが、俺達のような人種にはひどく魅力的に見えたものだ」
「…今は走ってないんですか?」
「自己正当化が嫌になって降りた…。見たところ、君ならいつかわかる日が来るかもしれないな、この感覚は…」
「自己正当化…」
わかるような、わからないような、そんな感覚が確かに仁志の中にもあるような気がした。
「ところで…君のサニー、少し乗ってみてもいいか?」
「いいですよ、
『山本自動車』前の、一車線がやたら広い、産業エリア特有の名もなき片側一車線道路を、山本が仁志のサニーで加速する。仁志が先に伝えた3,000rpm縛りを守りつつ、いきなりアクセルを大きく踏み込んで、一気に80km/hまで加速する様子に、仁志は助手席で舌を巻く。初めて乗る車、しかも見ず知らずの高校生が作った車をよくいきなりここまで信用できるなと感心する。工場前の一本道を一区画分走れば十分な距離があり、交通量自体も多くはないので方向転換もやり放題である。
「悪くないナ…。慣らしが終わったらまた乗せてほしいくらいだヨ」
「ありがとうございます」
「
「確かに、今は
「ちなみにどんなキャブを?」
「ウェバーのφ40を二連で使ってます」
「大変な方のヤツか。コンスタントに80点出すならソレックスの方が得意だと言われてたからな」
「そうなんですか?」
「そうだ。ウェバーはスイートスポットが狭いなんて言われてたし、実際にその傾向はあったヨ。そのかわりツボにハマった時は速かった」
「オールマイティな秀才と天才型の問題児ってところか…。最初から付いてたのがこれだったから特に意識はしてなかったです」
「絶妙な例えだな(笑)…ウェバーならセッティングを通して確実に腕は上がるヨ。頑張りな」
工場前に戻り、サニーを止める。いつの間にか、工場前には黒いBNR32型・スカイラインGT-Rが止まっていたので、山本はその後ろにサニーを付けた。仁志は山本が抜いたキーを助手席で受け取ると、山本に一歩遅れて降車する。山本がGT-Rの主と何事か話している。GT-Rの主は背が高く、スラリとした美女であった。仁志は初対面のはずのその女の面影に、何故か見覚えがあるような感覚を覚える。
(あんな知り合いはいないはずだけどな…。誰だ…?)
仁志は続けて視線をGT-Rに向ける。熱で焼けたステンレス製のマフラーは、純正とは異なり、曲がりを減らすためにエンジンから最短距離でテールエンドまで引かれている。サイレンサーも管径の変化を出来る限り少なく抑えた砲弾型である。足回りは車高を過度に落とし過ぎず、重心位置を適正化しつつ動き代をしっかり確保しているように見えた。ホイールを拡大し、前後にホイールに収まるギリギリまで拡大された対向ピストン式のキャリパーとスリット入りのディスクローターが見えた。同じBNR32型でも昨夜見た中里毅のそれとは異なる種類のオーラが見える気がした。
(あの女、ただのニワカミーハー女ではないな…。山本さんが本気で作り込み、整備しているこのクルマを乗り回す、この謎の女を俺は何処かで見ている…!?)
聞き耳を立てると、どうやら山本はこの車体を白く塗り替えたいようで、しきりに全塗装を薦めている。
(確かに夜中走るなら白の方が周りからは見やすいが…しかし必死すぎるだろう…。女に承諾させるためなら塗料代から工賃まで全部自腹でやりかねん…)
仁志はこれ以上の長居は無用と判断する。
「山本さん、お忙しい所、ありがとうございました。今後とも宜しくお願いします」
「もう帰るのかい?」
「えぇ。今日はこれにて失礼します。…慣らし終わったらまた来ます」
「気を付けてな」
仁志のサニーが、乾いた排気音を唸らせて去っていくのを見送り、女が口を開く。
「山本さん、今のは誰?」
「俺の昔の知り合いの倅だヨ。あのクルマの部品調達に協力したら群馬県から挨拶に来てくれてサ。組み上がりました、って」
「ふぅん…。じゃあお邪魔だったかしらね、アタシ(笑)」
笑いながら言うこの女の名は
『山本自動車』社長・
首都高速道路、都心環状線(C1)外回りを、仁志はサニーで巡航する。建前上、50km/h〜60km/h制限の区間なだけあり、合流渋滞や急カーブによって速度域が変化する。結果的にギアを使い、使用する回転数に変化を持たせることが出来ていた。ちなみに紙コップは念のため持参していたものの、脳内のイメージだけにしていた。区間も距離も秋名道路の比ではなく、あちこちに減速帯だけでなく橋桁のつなぎ目まであり、ましてや昼間の交通量と仁志と同じような『おのぼりさん』の運転による予測不能な動きをする車をやり過ごしながら紙コップまで気にするのは不可能である。しかしながら、既にC1を三周し、余裕が出てきていた仁志は、
(アレにひと睨みされたら堪ったもんじゃないな…。さっき山本さんに教えてもらったコースだけでも確認しておこう…)
江戸橋JCTから箱崎方面、箱崎JCTから9号深川線に入る。江戸橋JCTは6号向島線の起点になっており、C1外回りから来た二車線と内回りから来た二車線がそれぞれ右側、左側から合わさって、江戸橋JCTから箱崎JCTまでの数百メートルが四車線になっている。この四車線が箱崎JCTで分岐し、中二車線が6号向島線として堀切JCTへ向かう。外の二車線は登りながら大きく右にカーブし、向島線の右上で合わさって二車線になる。この登り口からが9号深川線である。
(本当に狭いところに無理矢理詰め込んだんだな…。ちょっとごめんなすって)
仁志は胸の内で詫びながら、車線を二つ左に移動する。向島線の左車線である。このまま両脇に深川線を見ながら、向島線に入ってすぐの左分岐を下る。箱崎JCTの最下層には箱崎ロータリーと呼ばれる小さな周回路があり、このロータリーの入口には全て信号機が備えられている。
用を足し終わり、便所から出た仁志は箱崎ロータリーを眺める。TCATから重い車体を引き摺り、しんどそうに這い出してきた白とオレンジ色のリムジンバスが、羽田空港や成田空港に向かって走り出すのが見えた。仁志は大きく伸びをすると、サニーに向かって歩いた。仁志以外に利用者がおらず、いくらでも駐車スペースが空いていたはずなのに、何故か右隣に銀色の日産・シルビア、S14型の前期モデルが止まっているのを見て、仁志はうんざりしながらサニーのドアを小さく開け、運転席に潜り込む。何故か仁志がサニーの右側ドアを閉めたタイミングで隣のシルビアの車内で誰かが動くのが見え、ドアが開いたので、仁志は慌ててサニーの二枚のドアを施錠する。そのままセルをオンの位置まで回し、アクセルを小突きながらイグニッションを回す。そうしてエンジンが掛かるタイミングで右側の窓をコツコツと叩かれた仁志は、うんざりしたような目を右上に向ける。
そこには、小太りの男と、少し背の低い黒縁メガネの男がニヤニヤしながら立っていた。何事かを話しかけようと、窓を下げるようなジェスチャーをしている。仁志は手回しハンドルを回し、窓を一センチ程巻き下げる。隙間が開いた瞬間、小太りの男が話しかけてくる。どうやら薄暗くて仁志の人相までは見えないらしい。
「やぁ、君。これ、君のクルマ?ロールバーまで組んじゃって本格的じゃない」
湾岸線南行から大井JCTで横羽線上りに移動する通称『大井Uターン』は現存しない。現在、大井JCTは新設された中央環状線(C2)に接続している。
また、箱崎ロータリーに入る信号機は現在撤去されており、一時停止標識が設置されている。箱崎PAに入る車の動線と向島線上りからの動線が交差する上、向島線から一時停止をヌルヌルと無視したまま入るドライバーが多い危険地帯である。
今回は出来の悪い観光案内みたいになっちまった…。