走り屋たちの外伝集   作:下戸摺り半

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全開のうらすじ

 一年(サザエさん時空突入後と考えると実質二〜三年?)くらい後に懲りずに秋名にやって来る、サーキット好きのあの二人が首都高に出没したようである。


東京の二人組

 仁志が用を足し終え、サニーに戻る数分前、銀色の日産・シルビア、S14型前期型が箱崎PA(パーキングエリア)に入る。運転席には小太りの男が傲然とハンドルを握り、助手席ではチワワを思わせるような黒縁眼鏡の男がまるで太鼓持ちのように運転席の男をおだてている。箱崎PA駐車場の薄闇の中、二人は車内から辺りを見回す。人も車も(まば)らで、停める場所には困らない状況であったが、外からの光を反射して止まる黒い日産・サニーを目敏(めざと)く見つけると、互いに目を合わせ、馬鹿にしたようにクスクスと笑いながら右隣にシルビアを止める。

 

「高速道路で乗る人の気がしれないねぇ、こんな骨董品」

 

小太りがクスクスと笑いながらメガネに言う。

 

「僕には無理だよ。エンコして渋滞でも起こしたら恥ずかしいもん」

 

メガネが相槌を打つ。小太りが窓越しにサニーの後部にロールバーが組まれているのを見つける。

 

「出た、ロールバーまで組んでるよ!昔流行ったマイナーツーリングに今でも憧れてるのかねぇ?」

 

「やめなよ、好きなんだろうからさ(笑)」

 

「同じようなクルマ同士ではそりゃ速かったんだろうけど、僕のS14(イチヨン)の敵ではないよね(笑)」

 

隣のサニーを好き勝手に扱き下ろして笑い合う二人である。この二人、最近サーキットに通いだし、本人は上手くなったつもりであちこちの走り屋スポットに出没しては運転技能や自動車知識のマウントを取りたがり、煙たがられていた。二人にとって幸か不幸か、今まで出没したいずれのスポットでも、そこのヌシと呼べるレベルの走り屋とは今まで遭遇していない。そもそもサーキットにおいても、初心者クラスの走行枠には些か高性能な日産・シルビアのターボモデルを持ち込んでおり、車の差で他の参加者を圧倒しているに過ぎなかった。

 

「あっ、多分オーナー来たんじゃないの?」

 

助手席側にいたメガネが気付く。薄暗さと屋根の死角で相手の顔はよく見えていない。

 

「話しかけよう!ついでに教育的指導の時間だ!」

 

二人は急いでシルビアから降りる。その様子にサニーのドライバーはすっかり警戒し、ドアを施錠して急いで出ようとする。小太りは愛車の前を回り込み、サニーの右側に取り付くと、窓をノックし、巻き下げるように合図する。

 

 

 仁志は警戒していた。右側に立つ二人組の手元を用心深く確認すると、どうやら何も持っていないらしいことがわかったので、二センチだけ窓を巻き下げる。開いた隙間から小太りの男が馴れ馴れしげに話しかけてきた。

 

「やぁ、君。これ、君のクルマ?ロールバーまで組んじゃって本格的じゃない」

 

「そりゃどうも…」

 

「いやぁ、首都高には走り屋がいるって聞いて来てみたんだけど、思ったより少ないねぇ。…だからロールバー組んだクルマ見ただけでも嬉しくってさ」

 

日曜の明るい時間にはそりゃいないんじゃないのか、と仁志は腹の中で思うが、面倒くさそうな予感がしたので黙って聞き流すことにした。

 

「ところで君、サーキット走ったことある?公道だけしか走ってないと知らないかもしれないけど、サーキットでしか身に付かない感覚ってあるんだよね」

 

仁志は警戒感を強める。小太りがなおも続ける。

 

「よかったらさぁ、これから一緒に走らない?」

 

「いや、結構」

 

仁志は出来る限り抑揚のない声で答える。小太りが食い下がる。

 

「まぁね、君のドラテクだとあっという間に僕が千切っちゃうと思うけど、本当の走りってやつがどんなものか勉強になるんじゃないの?」

 

「俺の運転の上手い・下手と、あんたら二人と、何か関係あるのか、あぁ?」

 

小太りの横に立っていたメガネは小太りよりも背が低く、小太りよりもサニーの中が奥まで覗き込めた。よって、仁志が顔を窓の外に向けながら訊いた瞬間にその怒気を孕んだ横顔を見てヒュッと喉笛を鳴らすと、小太りに耳打ちする。

 

「ヤ…ヤバいよ…それくらいにしとこうよ…」

 

「どうしたの、急にそんな顔して…」

 

「怒ってるよ、この人…」

 

仁志はコソコソと話す二人に逆に問いかける。

 

「何を人様の目の前でコソコソ耳打ちしてやがる?用件が済んだんなら俺はもう行くぞ」

 

小太りは絶妙な背丈のせいで仁志の顔が見えないため、全く怯えた様子がない。

 

「アレ、怒っちゃったの?君にとっては勉強になるかと思ったんだけど…」

 

「慣らし運転中であんたらとは遊んでやれないんだ。すまんが他当たってくれ」

 

「慣らし運転?…あ、ひょっとしてポンコツ過ぎて耐えられないんでしょ?ロールバーまで組んでいても時の流れは残酷だねェ」

 

付き合いの悪い仁志に対し、小太りが急に我が意を得たりと言わんばかりに言う。コイツらどうやって殺してやろうか、と仁志は一瞬本気で考えかけるが、慣らし運転が終わったら軽く蹴散らしてやろう、と咄嗟に思考を切り替える。

 

「そういうこと。下手に関わると色々伝染(うつ)るぜ」

 

そう言うと仁志はギアを入れ、クラッチをつなぐ。駐車場の薄闇の中を回り込みながらリアビューミラーを見ると、さっきの二人組が慌ててシルビアに乗り込んだのが見えた。まだ明るい空の下に這い出ると、箱崎ロータリーの合流で一時停止し、安全を確認する。合流しながら再びリアビューミラーを見ると、シルビアがすっかり真後ろにいた。

 

(アイツら…俺にビタ付けしたまま一時停止をチョンボしやがったな)

 

こんな時に限って居合わせない警察に、仕事しろ税金泥棒共め、と仁志は胸の内で毒づく。

 

 

 シルビアの車内で、小太りがブツブツと独り言を言う。どうやら仁志のつれない態度に腹を立てているようである。

 

「せっかくこの僕が、公道しか知らない走り屋相手にフレンドリーに話しかけてあげたってのに、あの態度はないんじゃない?こうなったらサーキット仕込みの僕の運転技能(テクニック)でギャフンと言わせないと気が済まないよ…」

 

「でも、あの人だけはやめといたほうがいいかもよ…怒らせたら駄目な人種だと思うし…」

 

「君まで何言ってんの?あぁいう失礼な身の程知らずにはお灸を据えないとね」

 

「…こっちの方は下見してないんだし、気を付けてね」

 

さっき仁志の警戒感露わな顔を見たメガネは小太りを宥めようとしたが、小太りが宥めても聞かないモードに入っていたため諦める。今は仁志よりも独り言を垂れ流す小太りの方が色々な意味で危ない人間に見えた。

 

 

 仁志は深川線を辰巳JCT方面に下る。リアビューミラーとドアミラーで確認すると、三枚ともしっかり真後ろに銀色のシルビアを捉えていた。

 

(何やってんだか…)

 

本線上はそこそこの交通量で流れていた。センターラインがオレンジ色に変わり、進路変更禁止を示す。どのみち仁志は進路変更禁止を無視するつもりはなかったし、左右車線に千鳥状に満遍なく一般車両が走っており、サニーとシルビアの性能差が出しにくい交通状況である。ここから連続カーブ区間のため、平均速度が落ちる。

 

(左カーブの先、右から合流。左に木場(きば)の出口。…どっちが先だ?)

 

黄色い標識と緑色の案内を仁志は一瞥する。左車線の方が交通量が多い。左カーブの先、オレンジ色のセンターラインの右側に白い破線が現れ、右から左への進路変更が可能になると、さらに左車線に車が集まる。右側から福住(ふくずみ)入口の合流、そのすぐ先が木場出口。視界の端、ドアミラーの中で銀色の塊が動いた。後ろにいたシルビアが進路変更禁止を無視し、右側から一気に追い抜きを図る。次の瞬間、仁志の右耳に斜め後ろからけたたましいクラクションが響く。福住から入ってきたトラックにシルビアが引っ掛かり、咄嗟に鳴らした一発であった。

 

(逆ギレかよ!?そりゃねぇだろ)

 

 

 少し時を巻き戻し、シルビアの車内では小太りがサニーの動きを見て苛立つ。

 

「つまらないねぇ、本当にやる気がないってのかい?ずっとお行儀よく並んだままだよ」

 

「やめようよ。他当たればいいじゃん」

 

「この僕の親切を無下にしたこと、後悔させないと気が済まないよ」

 

コイツと友達やめよう。メガネはそう思った。しかし結局この後二年くらい小太りとメガネはつるみ続けることになるが、この時は誰もそれを知る由もなかった。

 

 左側に車が集中しているのを見た小太りは、進路変更禁止を示すオレンジ色のセンターラインを無視して左カーブに進入する。そのまま仁志を含む数台の車を一気に右側から抜き去ろうとアクセルを踏み込んだ瞬間、福住から深川線に乗ったトラックがその巨体を必死で加速させながら目の前に合流してくるのが見え、クラクションを鳴らしながら急ブレーキを踏み込む。

 

「ドッヒャア〜、動揺した…!」

 

サニーの前と後ろにも一般車両が列を作っており、皆の迷惑そうな視線がシルビアに集中する。メガネは呆れる。

 

(うわ、カッコ悪…)

 

 サニーの前後にいた一般車両の多くが左側の木場出口に流出していくと、小太りは再びサニーの真後ろに戻り、先程のトラックを左車線から追い抜く。そのままサニーに続いて右カーブに突入すると、オレンジ色の線を無視して内側の導流帯まで切り込む。

 

 

 右カーブで左車線を走る仁志からは右カーブの出口付近、右車線に一台の一般車が見えた。今は行くなよと後ろにいるシルビアに祈るが、祈りつつリアビューミラーを見るとシルビアがいなくなっている。まさかと思いながら右を見ると右車線のさらに内側、導流帯にガッツリ入り込みながら前に出ようとするシルビアが見えた。丁度サニーとシルビアが並んだ辺りでシルビアはなくなりかけの導流帯でコンクリート製の防壁と一般車に挟まりかける。仁志はそのまま一般車をやり過ごし、シルビアは急ブレーキをかけて一般車の後ろに回ると、左車線に大きく振って一般車を抜き、その先の左カーブに入る仁志に右から並びかける。仁志にやる気がなく、ずっと80km/hで走っているからこそ、この東京の二人組は追いつくことができた。そしてそれが東京の二人組を勝手にヒートアップさせていた。

 

(この左の先は右か…。一般車…多分なし。勝手に抜いて行ってくれ)

 

左カーブの先には右カーブがあった。内側と外側が入れ替わり、シルビアは一際大きく排気音を響かせ、仁志のサニーを抜きにかかる。本来はサニーが左側にいるためアクセルを全開では踏めないはずだが、仁志は実勢速度を保っていたため、速度差でシルビアが前に出始める。そして無理矢理アクセルを踏み、シルビアは仁志のサニーの鼻先を掠めるように割り込みながら強引にサニーを抜き去る。右カーブ出口に一般車はなく、シルビアのテールランプが離れていく。

 

(やっと行ったか…。クルマが仕上がって、また縁があったらその時は覚えとけよ…)

 

出来ればそんな縁はないに越したことはないが、と思いながら仁志が見送る銀色のシルビアの先で、赤い閃光が一瞬光った気がした。

 

(…?)

 

少し遅れて仁志が、光った地点を通りかかる。左側のコンクリート製防壁に切れ目があり、開け放たれた門の向こうにパトロールカーが数台と飾り気のない四角いビルディングが見えた。仁志は詳しくは知らないながらも警察関係の建物であることは見て取れた。そしてその門の端に、丸いカメラレンズと四角いフラッシュライトが備えられた白く四角い機械が据えられ、本線上に睨みを効かせていた。ここは木場の交通機動隊であり、銀座のそれと同じく出動ゲートには当然のように自動速度取締機(オービス)が備え付けられている。都外在住の仁志はここまで詳しく知る由もないが。

 

(危ねえ!慣らし運転中でよかった〜)

 

仁志はシルビアの二人組の挑発に乗らなくてよかったと安堵する。同時に、赤く光った気がしたことが気になった。

 

 その答えはすぐに明らかになった。80km/hでの慣らし運転を続けていた仁志の目の前に、さっきまでの威勢が嘘のように本来の制限速度である60km/hでトボトボと走るシルビアが現れる。

 

(あっ…ふ〜ん…)

 

仁志は全てを察した。辰巳JCTで湾岸線の南行に合流するため、右車線に進路を変更し、シルビアを追い抜こうとするが、シルビアはブロックする気配を見せない。とうとうキャビン同士が横並びになったのでチラリとシルビアを見やると、さっきの二人組がまるでお通夜のような雰囲気のまま、死人のように真っ白な顔と焦点の合わない目で前を見つめているのが見えた。

 

(あ〜あ、お気の毒…)

 

仁志はそのままシルビアを抜くが、もはや追いかけて来る気配もなかった。箱崎PAで色々言われて先程まで静かに苛ついていた仁志であったが、その二人の処刑前の死刑囚のような横顔を見たこと赤い閃光赤い閃光(オービス)に免じて許そうという気持ちになれたのであった。

 

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