午後六時。ガソリンスタンドでのアルバイトが終わり、鈴木仁志は西田淳二に声をかける。
「待たせたな。着替えたら行くからもうちょっと待ちな」
「ごゆっくり〜。どっちかっつーと喋り疲れたぜ、今日は」
「…だろうな」
結局、無免許運転が仁志にあっさりバレた淳二ではあったが、元々午後はこのスタンドで武内樹や藤原拓海と喋り倒すつもりだったらしく、特に気にしている様子も見られなかった。ロッカールームで仁志は拓海と樹に詫びる。
「すまんかったな、俺の連れがずっと邪魔してて」
「気にすんなよ、トシ。俺も楽しかったし」
主に喋り相手になっていた樹が答える。仁志は、これから拓海と淳二の家にミニを届けに行くと樹が仲間外れになるような気がした。
「俺と拓海はちょっとシャーのとこに寄ってから帰るけど、レビンでついて来るかい、イツキ?」
「へ?そりゃまたどうして?」
樹に訊かれて仁志は一瞬、言葉に詰まる。樹は純粋で裏表がないが、それ故に隠し事が出来そうには見えなかった。どうするかな、と答えあぐねていると、拓海が代わりに答える。
「淳二さんのクルマに乗ってみたいんだって」
拓海ナイス!と、仁志は胸中でサムアップする。
「そうなんだよ。俺のわがままに付き合うついでにドライブして帰ろうや」
「くぅ〜ッ、いいねぇ。拓海は俺の横乗りか?」
「いや、拓海には俺のサニーで付いてきてもらう」
「そりゃまたどうして?」
「一旦サニー取りにスタンド戻るのもダルいだろ?」
仁志は言いながら、これは無理筋だったかなと心配する。淳二が無免許なのを知らない者には、ドライバーは足りているように見えたためである。
「そういうことならわかったよ」
「すまんな」
幸いにして、樹は特に違和感を表すことなく納得した。仁志は内心で胸を撫で下ろすと、拓海にサニーのキーを渡す。
「申し訳ないけど3,000rpmから上は回さないで。それだけ」
「わかった…」
仁志は拓海がサニーに乗り込んだのを確認してミニの方に歩きかける。すると背後から長々とセルモーターの回る音が聞こえ、続いて拓海が声を掛ける。
「トシ?掛かんねぇんだけど…」
そうだった、と仁志は自分の額を叩く。
「それキャブだから、二回くらい右足でアクセル突いてから三割くらい踏み込みながらセル回してあげて」
それを聞いた拓海は言う通りにアクセルを二回小突く。
(後ろで聞こえてた空気を吸い込むみたいな音がしなくなった…?水か何かがちゃんと入ったみたいな音だ…)
三割は…これくらいか、と拓海は重いアクセルを少し踏みながらキーを捻る。エンジンが目覚め、乾いた音を響かせ始めた。
(こんなクルマもあるのか…)
拓海は感心していた。仁志から預かったサニー、前には淳二のミニ。後ろには樹のカローラレビンがついて来る予定である。色々な車があって、どれも慣れ親しんだスプリンタートレノとは細かい部分が違っていた。以前の拓海なら気にもとめなかった車の違いを、面白いと感じ始めていた。
仁志は今度こそ淳二のミニに乗り込む。意外にも中は広かった。
「ハンドルはここで固定か…悪い、シャー。ちょっと椅子動かすぞ」
古いミニにおいては、純正シートをもってしても調整できる部分はシートの前後位置だけである。さらには
「シートを上げるか、ステアリングシャフトにユニバーサルジョイントを仕込むか、もしくは上まで手が届くように少しハンドルを小さくするか、だな」
仁志が言うと、
「やっぱりそこ気になるよね~」
と淳二が暢気に答える。
「掛け方は?」
「セルをオンの位置で二秒くらい待って。燃料タンクが静かになったらそのままセル回しちゃえば掛かるから。アクセルは要らないヨ」
怪訝な顔をしながら言われる通りに仁志がセルモーターを回すと、ローバー製・A+シリーズ・直列四気筒OHVエンジンが目覚める。
「あれ、これインジェクションか?」
「そうだよ。見てくれは古いけど元号で言ったら平成だよ、これ」
「マジか」
「ごめんけど暖気が要るからあと一分待って」
まぁお互い様だな、と仁志は背後にいる自分のサニーを想う。
「回転数は?慣らし中だろ?」
「
暖気が終わり、開いた窓から手で後ろに合図した仁志はミニを発進させ、国道を走らせる。意外に野太い音を響かせながらミニは快調に走る。
「しかし、まさかお前が無免運転やらかすとは…」
「おかしいなぁ〜。しれっと運転すればバレないはずだったんだけどな〜」
「万が一のことがあったらどうすんだよ?相手がいたらどうする?一生背負えるのか?」
「気を付けて乗ったらどうにかなるかなって…」
「クルマに絶対はないって、自車校行ってなくても学校で散々言われただろ!ましてやずっと乗りたかったクルマで念願叶って浮かれてる時に!」
「でも意外と気付かれなかったぜ」
「…だろうな。信号標識なんかの知識は二輪免許の時に出来てるんだろうからな」
説教マシンと化した仁志がミニを運転しながら無免許だけは絶対に駄目だと淳二に言う。
「ったく…。大体、車検とか名義とかは親か祖父さんの名前にしてあるんだろうからな。何かあったらそっちにも累が及ぶだろ。保険だって、任意どころか自賠責だって無免じゃ下りねえだろ」
「あの…実は車検がまだで…。このナンバーも前付いてたやつのままなんだよね」
それを聞いた仁志は目を見開く。
「馬鹿じゃねぇの!?天ぷらナンバーかよ!?それじゃ自賠責もねぇだろ!」
「そうなんだよ。ちょっとハラハラしたよね〜」
「笑い事じゃねえんだよ!何かあったらお前も相手も一生棒に振るからな、マジで!」
「あんまり怒るなって。免許取るまでもう乗らないから」
「当然だ!」
仁志は今日だけで何度目かのこめかみを抑えた。
「全く、次やったらお前が無免だってガソスタで情報共有するからな」
「そんな殺生な!」
珍しく淳二が慌てる。
「当たり前だろ!あのガソスタを潰す気か!?」
仁志はスゥーッと息を吸い込み、冷静さを取り戻す。
「とにかく、無免であのガソスタには来るな。迷惑だ」
「今日は珍しくトシに反論できない…」
「俺が見てないところで何をやらかそうがそれは俺の知ったこっちゃねぇ。ただし、悪だくみしてるんなら実行する前にさだまさしの『償い』を百回聴け」
仁志の説教は淳二の家に到着するまで続いた。国道を一本外れ、市道を走った先のそこそこ広い敷地に車を入れる。仁志はエンジンを切り、キーを淳二に返す。
「コイツ自体は悪くないクルマだ。免許取るモチベーションにはなるだろ」
あまり他人の行動に口出しをするのは柄に合わないと思い直した仁志は、話を切り上げることにした。同時に、淳二のことだからガソリンスタンドには来なくなっても無免許運転自体はこっそり続けるのだろうという予感はしていた。
「コイツのためにも、後ろめたくない乗り方をしてやってくれ」
半分以上はかつての自分自身に言うような気がしていた。
道路交通法や道路運送車両法への違反を奨励する意図は一切ありません。天ぷらナンバーはやめましょう。