走り屋たちの外伝集   作:下戸摺り半

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タイラップデスマッチ!?

 鈴木仁志は困っていた。妙義ナイトキッズ構成員の一部を痛めつけ、痛めつけた構成員には残党が戦意を失うような形の痕跡を残し、中里毅には主将の資格なしとしてチームの解散を迫った。はっきり言うと、ナイトキッズの存亡は仁志には然程問題ではなかった。『秋名のハチロク』こと藤原拓海の周りを危険に巻き込む前例ができ、自分に火の粉が降ってくる事態さえ回避できれば、仁志にとっては十分な戦果と言えた。渋川に帰る途中の道の駅に寄り、便所の洗面台で顔を洗うと、固まりかけた血が水を赤黒く染める。水と手が触れた不快な刺激に顔を顰めながら、仁志は備え付けられた鏡を見る。

 

「あーあ、どうすんだよ、これ…」

 

つい胸の内に納まりきらない呟きが漏れる。単身で多数の人間を相手に暴力沙汰を起こし、無傷で済むはずがないことは覚悟していた仁志であるが、普段から人目に触れる顔面に一撃を喰らい、隠しきれない痕跡が残っていた。左目は瞼の腫れではなく眉の上が裂けて流れた血によって一時的に塞がっていただけらしいことがわかり、どうにか運転は続けられそうだと安堵する。

 

(オヤジに見られたら何て言えばいいんだ…)

 

 仁志としては極めて冷静に、紛争解決のための手段として暴力を選んだつもりであったが、父親の代わりである鈴木政志がそれを知ってどう思うかまでは頭が回らなかった。つまりそれなりに冷静さを欠いていた。

 

(でもよ、国同士の外交だって、平和的な対話は背後に軍隊があってこそ出来るもんだし、手を出す一秒でも前に宣戦布告さえすれば戦争だって正当な外交手段になるんだろ?だったら今回のこの件だってしょうがないよな…。大体、いきなりクルマぶつけてくるような相手に人間の言葉が通じるわけねえし。出来得る対話を先に全部すっ飛ばしたのはどっちだって話だよ)

 

中途半端に聞きかじった現代社会の授業の内容を思い出しながら内心でぼやくが、仁志はそもそもの内容を色々と間違って理解していた。

 

 

 結局、渋川に戻ったものの、まっすぐ帰る気にもなれず、仁志は秋名道路にいた。

 

(拓海の野郎、多分今夜の妙義の連中並みに殴ってもガムテープデスマッチ辞めねぇんだろうな)

 

仁志には短い付き合いでも何となく、拓海の頑固さが見えていた。風の噂に、サッカー部で上級生を殴打して退部になるという、体育会系では通常考えられないような蛮行についても小耳に挟んでいた。

 

(そんな頑固な乱暴者を殴ったって逆効果に決まってるよな…。しょうがねぇや。打開策だけ考えてやるか…)

 

仁志は自分の凶暴性など棚に上げてぼやく。暴力を背景にした交渉の限界を無意識に自覚しつつ、山頂側の広場で下りの方向にサニーを向け、時計で言う二時の位置に右手を置く。車内を探ると何故かタイラップが数本見つかった。妙義で碌でもない使い方をしようと持ってきたが必要がなかったため、丸々一袋余っていた。

 

(これでいいや)

 

そのままタイラップを一本取り出し、ステアリングと一緒に握り込むと、指先を締結する。ガムテープではないが、即席でハンドルに右手を縛り付けた仁志は、そのままサニーを発進させる。そのまま加速し、最初のカーブに勢いよく突入すると、ブレーキを強く踏み込み、拳ひとつ分ステアリングを切り込み、荷重の抜けたリアタイヤに滑り出すきっかけを与える。そのままステアリングが逆に回ろうとするのを感じ、カウンターステアを当たるに任せて当てようとし、愕然とした。

 

(ヤバい!これ思ったより丁寧に行かなきゃ駄目なヤツだ!)

 

明らかにカウンターステアの舵角が足りない。ステアリングは更にセルフカウンターを当てようと回るが、タイラップで留められた仁志の右手が邪魔をしていた。逆に、仁志の右腕はセルフカウンターを当てようとするステアリングに引っ張られ、タイラップが食い込む。仁志は右肘の内側を左手で強引に押し下げ、どうにかカウンターステアの舵角を稼ぐ。そのわずかな悪あがきが奏功し、スピンしかけたサニーはどうにか最初のカーブを抜けた。

 

「ギャァァァァッ!!痛えぇぇぇぇぇぇ!!」

 

仁志は堪らず汚い悲鳴を上げる。悲鳴と一緒に漏れかけた吐瀉物はどうにか気合で呑み下し、最低限の尊厳だけは守ってみせた。しかし現在走っているのは峠道である。次のカーブは非情にも仁志の回復を待たずに引きずり込む。

 

「ぎぇぇぇぇぇぇぇ!クソったれがぁぁぁぁ!!!」

 

仁志は車内にガムテープがないことを心底呪った。このままでは麓に着くまでに指が全部腐り落ちてチューナー生命が始まりもしないうちに終わるのではないか。そんな不安がよぎる。

 

(もっと丁寧にやらなきゃダメだ。今のままじゃセルボが勿体ないことになった時と殆ど同じだ…!)

 

丁寧な操作というキーワードが、消し炭になったセルボの熱で歪んだフレームと、自分の小便を湛え掌に不愉快な温もりを伝える紙コップを、仁志の脳裏に同時に思い出させる。

 

(紙コップの特訓がまさかここで繋がってくるとはな…!)

 

そのまま一本、二本と下りきるうちに、痛みを感じるのはカーブ突入直後のカウンターステアを当てる瞬間のみとなった。三本目にはカウンターステアの舵角が小さくなり、殆ど痛みは感じなくなった。

 

(大丈夫だ…、多分…!舵角を必要としない乗り方を身体が教えてくれただけだ、多分…!…いや、早く降りてタイラップを切りたい!)

 

仁志の脳裏に、小学校の図書室で昔見た、指先が全部壊死した登山家の写真が一瞬よぎる。指先に痛みを感じなくなったことで、仁志は逆にパニックを起こし始めていた。

 

(落ち着け、俺…。今パニック起こしたら死ぬ…。命だけでも持って帰るんだ…!)

 

 

 麓の広場に、仁志のサニーが転がり込み、盛大にブレーキをロックさせながら急停止する。そのキャビンの中で、仁志は必死でニッパーを探す。左手の先にニッパーが当たると、必死で手繰り寄せ、右手の指先をステアリングに縛り付けるタイラップを切る。タイラップが切れ、右手をステアリングから離そうとした仁志は、指が強張って動かないことに半ばパニックを起こしながら、左手で右手の指を一本ずつ伸ばし、ステアリングから右手を離す。変色した指先に血が流れ込み、痺れるような痛みが仁志を襲うと、指先の痛みと、まだ指先に感覚が残っていたことに対する安堵で仁志は嗚咽を漏らしながら、何度も拳を握ったり解いたり、左手で右手を揉んだりして右手の機能を復活させようと躍起になる。本調子ではないものの何とか右手の感覚が戻ると、右手でドアを開け、車内から転がり出ると同時に胃の中身をゲゲーッと全てぶちまけたのであった。

 

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