走り屋たちの外伝集   作:下戸摺り半

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前回までのあらすじ

 門限を守るべく先を急ぎたい仁志。五連ヘアピンで秋茄子軍団こと秋名スピードスターズの二台に牙を剥き、何とか一台を攻略するも、依然としてもう一台が前に立ち塞がるのであった。


狂犬

 先頭を走るシルビアのドライバー、池谷浩一郎は焦っていた。先程から付いて来ていたレビンに、真後ろにいた僚友、健二が抜かれ、レビンのさらに後ろからも妙に速い誰かが付いて来ていたからである。対向車をやり過ごし、クリアになった五連ヘアピン三つ目の右カーブの内側目掛けて切り込む。後に続くレビンは左車線キープのまま旋回を開始する。池谷は立ち上がりに出したアンダーステアをアクセルを踏み足しパワースライドで誤魔化しながら立ち上がる。そのロスで一瞬、レビンとの差が詰まるが、そこはCA18DETの加速が勝り、すぐに差が開き始める。

 

 仁志は焦っていた。何とか対向車のおかげで180SXはパスできたものの、怪しい車二台に前後から挟まれているからだ。前を走るシルビアのブレーキが早まり、かつ自分に続いて180SXを抜いてきたRX-7のブレーキが遅れれば、今度は自分が挟まれる恐れがある。三つ目の右カーブの立ち上がりは前で何かあってもギリギリ対処できる距離を保ち、四つ目の左ヘアピンでシルビアが右車線に振ることを期待する。しかしシルビアはセンターラインを僅かに跨ぎ、左タイヤを左車線に残したままブレーキランプを光らせる。

 

「あの野郎、思ったより対人戦に慣れてやがるな」

 

仁志はシルビアが使ってきたまさかのディフェンシブラインに半ば呆れ、半ば舌を巻く。

 

「どうせ左のドアミラーで俺を見ているはずだ…ならばこれはどうだ」

 

仁志はレビンのヘッドライトをハイビームにする。思った通り、シルビアの挙動が乱れ、隙ができた。仁志はそのままシルビアに並びかける。左ヘアピンを立ち上がり、何とか加速を始める。その瞬間視界に飛び込んできたのは、仁志のいる左車線からシルビアのいる右車線の方に道を横切る、猪の親子であった。

 

 池谷は今夜一番驚いていた。いきなり左ドアミラーから少し黄ばんだ閃光が見えたかと思うと、後ろのレビンに並ばれたまま猪の親子に突っ込みかけていたからである。自分のいる右車線には親猪がおり、そのまま轢いたらラジエーターが破壊される恐れがあった。この勝負はお預けか…そう思い、ブレーキを踏む。

 

「嘘だろ…!」

 

左車線にいたレビンは、まだ左車線にいた瓜坊(うりぼう)目掛けてそのままアクセルを踏む。逃げ遅れた一頭を除き、瓜坊たちは散り散りに逃げる。

 

「アイツ…!」

 

池谷は怒りを覚える。いくら人間ではないとはいえ、生き物を、しかも子供を目掛けてアクセルを踏み込むその神経が理解できなかった。視線の先、逃げ遅れた一頭がレビンの下で身を縮めてやり過ごしたのを確認し、ほっと一息つくのであった。

 

 「アイツ…!啓介さん、アイツには人の心とかないんですか!?」

「俺もそう思ったが、純正の高い車高なら跨いでやり過ごせると判断したようにも見える。いろんな意味であまりにも危なすぎて俺は絶対やりたくねぇが、な」

 

一部始終を目撃していた啓介と賢太は、仁志の常軌を逸した運転に衝撃を受けていた。啓介は常に賢く冷静沈着な兄、涼介の言葉を思い出していた。

 

「野犬のようなヤツ?兄貴、あれはまるで狂犬だ…。賢太、もうV止めろ。撮れ高はもう十分だろ」

 

 まだ辛うじて害獣にならずに済んでいる狂犬、もとい、仁志は安堵する。メカにダメージを与えないとはいえ、動物を轢くのは気分が悪い。まして、後で自分が整備をしなければならないとなれば尚更である。政志の手伝いの時、何度か動物を巻き込んだ車に当たったことがある。巻き込んで間もなければ車体下やエンジンベイで赤い血糊に浮かぶ中途半端に原形がわかる肉片とゼロ距離で目が合い、時間が経っていると蛆虫が涌いて腐臭を放つ物体に鼻が曲がりそうな距離で行き当たる。何度か引き当てて慣れても、やはり嫌なものは嫌なのである。

 

「どうにか狙い通り、跨ぎ越せたな…。初めてやったけど」

「信じらんない!あなたがそんな危ない人だったなんて!」

「怒るなよ…。下手にハンドル切ったりするほうが危ないんだぞ」

 

轢いた時に特有のグモモ、という湿り気が籠ったような音は聞こえなかった。いつの間にか、追跡者もいなくなっている。シルビアと180SXを抜くために限界まで上げていたペースを、常識的なペースに戻したレビンの車内で、白石が仁志に涙目で食ってかかる。

 

「というか目ぇ瞑っとけって言ったのに全部見てたんだな」

「瞑ってたら酔うでしょ!何も見えなくてこれだけ揺さぶられてたら!」

「出来れば瞑ってて欲しかったんだが。あまり褒められた運転じゃなかったし」

「でも少し楽しかった…夜のジェットコースターみたいで。…あなたがあの子たちに突っ込むまでは、だけど!」

「不可抗力だし結果オーライだったろ?」

 

 秋名道路を抜け、市街に入ると、仁志はレビンの速度を落とした。いつの間にかラジオからは甲高い歌声の女性歌手と少し鼻に掛かった声の男性ラッパーのバラードが聞こえている。

 

「最近流行ってるらしいな、この人たち」

「moveでしょ?知ってる」

「委員長も知ってるのか…」

「寝る前、勉強中にラジオつけてるとよく掛かってる」

「夜のラジオとか聴くんだな。意外かも」

「無音よりも多少の雑音があったほうが捗るのよ」

「それはわかる気がする。そうか、普段はお勉強の時間か…。ごめんな、門限間に合わなかった」

「ううん、いいの。気晴らしになったし。親には私からフォローしとくから、気にしないで」

 

 午後十時十五分、白石邸前に到着し、仁志は玄関で何故か応対に出てきた白石の父親に頭を下げていた。

 

「全く、うちの娘に門限を破らせるとは、いったいどういうつもりだね?」

「すいません。途中何故か渋滞しているところがございまして、それでもまぁギリ間に合うかなと思ったんですが、間に合いませんでした」

「うちの娘は受験が控えているんだ。大事な時期に悪い遊びに誘わないでくれ」

 

じゃあアンタと娘さんの友達がやってんのはどんな遊びなんだっけ、という言葉を飲み込み、神妙そうな顔を取り繕う仁志。

 

「お父さん!私から頼んだの、ドライブ連れてって、って言って」

「まさか、娘を傷物にしていないだろうね?」

「滅相もございません。クルマに乗りながらお互いに愚痴を言い合っただけです」

 

てめえの娘と歳が変わらない他所の娘さんを金で釣って傷物にしてる奴が何言ってやがる、という言葉が喉まで出掛かる。仁志はそれを必死に呑み込み、神妙そうな態度を保ち続ける。

 

「以後、気を付けて節度ある関係を続けてほしいものだね。今日はもう帰っていい。早く寝なさい」

「失礼します。おやすみなさい」

 

アンタは日も高いうちからしこたま寝てるだろうけどな、いろんな意味で、と心の中だけで捨て台詞を吐き、仁志は白石邸を後にする。まさか口から出てないだろうか、と一瞬不安になりながらエンジンを掛け、帰途についた。レビンの車室が、何故か広く感じた。

 

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