走り屋たちの外伝集   作:下戸摺り半

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前回までのうらすじ

 瓜坊を轢きそうになりながらも何とかシルビアを躱し、先を急ぐも、タッチの差で白石邸の門限には間に合わず、さらにはあずかり知らないところで狂犬という有難いんだが有難くないんだかよくわからない呼び方をされる仁志であった。


朝飯前の一仕事

 草木も眠る丑三つ時。狂犬の朝は早い。今日は特に早く起き、政志から言われた仕事に掛かるため、顔を洗い、平服に着替え、ガレージに降りる。近所の四方(しかた)内科医院から預かった日産スカイラインの周りを一周し、目視点検をする。

 

「おはよう、仁志。よく眠れたか」

「おはよう、オヤジ。俺はいつだってギンギンだ」

「ところで、今日の試運転だが、四方先生によると、クルマの浮き沈みの時に動きが落ち着かなくなったらしくてな。秋名行って様子見てくれ」

「あ、それで昨日組み替えたタイヤじゃなくて鉄チンホイール履いてるのか。了解。ちょっと意地悪テストしてみるよ」

「程々にな」

 

仁志は鍵を預かり、スカイラインのドアを開け、シートを後ろにずらして乗り込む。キーをひねると、少しヤレたセルスターターの作動音に続き、直列六気筒の整った鼓動が響く。オートマか、意外とスカイラインはこういうのも良かったりするんだよな、と仁志はセンターコンソールを確認して胸のうちで呟く。セレクターをDレンジに合わせ、ガレージからスカイラインを出し、最後に行ってからさほど時間が経っていない秋名道路に向かう。

 

 少し経って秋名道路では、仁志の運転でワインレッドのスカイラインセダンがタイヤを軋ませながら登っていた。秋名道路の入り口でセレクターレバーに付いている小さなボタンを押してから、メーターにはオーバードライブオフを示す橙色のランプが光り、直列六気筒が唸りを上げていた。先程から直線路ではキックダウンとブレーキを繰り返し、このクルマのコンディションを探る。そのまま急な左カーブに差し掛かると、敢えて大きな動きでロールを誘発するようにハンドルを切る。旋回に入ると、車体が限界まで大きく傾き、限界まで縮みきった右側のショックアブソーバーがメコメコと音を立てた。

 

「あ、ショックが抜けてんだ。まっすぐの動きはまだ問題なかったし、限界まで攻めなければまだ特に問題ないみたいだけど…」

 

多分、普段の安全運転だけで違いがわかる人だからなぁ、と仁志は推測する。このお客さん、クルマには相当詳しいと見える、と踏んだ仁志は、ショックアブソーバーの交換を提案しようと決めた。そのまま、意地悪テストと高速コーナリングを繰り返しながら料金所跡まで登り、下る準備をする。

 

 ふと視界の端に、昨夜見た黄色いRX-7と他数台が見えた。あれ、アカギレ軍団まだ走ってたのか、と仁志は胸の内で呟き、見つかって絡まれたりしたら面倒だ、と気配を消しながらその場を後にする。

 

 「あれ、涼介さんは?」

「兄貴ならもう帰ったよ。俺も帰ろうかな。もうガスねーや」

 

仁志にアカギレ軍団と覚えられた赤城レッドサンズの副長、高橋啓介ほか数名の構成員が、帰り支度をしていた。

 

「最後一本下って、そのまま帰るかな」

「一台、恐らく一般車でしょう、登ってきてからUターンして帰りましたよ」

「そうか…下手に追いつくと厄介だ。少し経ってから降りよう」

 

 仁志はスカイラインセダンを右へ左へ大きくロールさせ、タイヤを軋ませながら秋名道路を駆け下る。ショックアブソーバーのヘタリが少し見られるとはいえ、サスペンションの基本性能の高さに仁志はついスピードを上げてしまう。

 

「駄目だな。やっぱりショックが抜けてて余計な一突きが出る。しかし抜けてるにしちゃこの走りは上出来だ!901計画は伊達じゃねえぜ!」

 

 その頃、少し上の方を下っていた啓介は、誰もいなくなったバックミラーを見やる。

 

「ちょっと飛ばすと付いて来れねぇか。まだまだだな、アイツらも。ちょっと緩めて待っといてやるか」

 

あっという間に見えなくなった仲間を待つため、愛機アンフィニ・RX-7のアクセルを緩め、しばしクルージングを楽しむ。すると、バックミラーに反射するヘッドライトが段々と大きくなり、啓介の目元を照らす。

 

「一台来た。レッドサンズか、スピードスターズか。…リトラのクルマか。ウチのクルマじゃねぇな。あまり大きな車じゃねえ。180か、MR2か」

 

緩めのカーブをいくつかやり過ごしながら様子を見ていると、そのヘッドライトの主はぴったりと背後に追走し、時折左右に車体を振って追い抜くような素振りを見せる。

 

「上等だ!コーナー三つも抜ければバックミラーから消してやるぜ!」

 

啓介はギアを一つ落とし、アクセルを床まで踏み込む。回転計の針が待ってましたと言わんばかりにレッドライン目掛けてミズスマシのように滑らかに回る。目の前のカーブ手前、ブレーキを踏み、前のめりのままステアリングを切り込み、ドリフト状態でカーブに突入する。背後の未確認機は啓介のRX-7の横に並びかける。ドアウィンドウに目を振った啓介は、それが一台の古びた白いトヨタ車であることを確認する。

 

「ハチロクだと!?」

 

トヨタ・スプリンタートレノ。昭和58年製の小型ハッチバックである。ハチゴーと呼ばれる廉価版でグロス値83馬力、それ以外のハチロクと呼ばれるものでもグロス値130馬力。啓介が駆る、平成の世に生まれたRX-7の敵にはなり得ない車に思われるが、まさに今、啓介はその古い小型ハッチバックに追撃を受けていた。啓介はカーブの立ち上がりでアクセルを踏み込む。ロータリーエンジンゆえ、トルクは30kgf・m程度に留まるが、それでも背後のトレノと比べれば充分な加速を見せる。この先には秋名道路の隠れた難所、トリッキーな連続カーブがある。そこまでに距離を空ければ、この先の連続カーブでスピードが落ち、その先の加速で勝負はつくように思われた。

 

 啓介は緩い右カーブを見て、ブレーキングに入る。このまま背後のトレノも背後でブレーキングするとみて、その先に備えて左側いっぱいでブレーキを踏む。しかし、トレノはそのまま右車線から啓介を抜き去り、右カーブに突入する。

 

「コイツ…!先を知らねぇのか!この緩い右コーナーの後はキツい左だ!」

 

ブレーキトラブルか、それとも道を知らずに飛び込んだか、啓介の想定は最悪のビジョンを描いた。目の前ではトレノの後輪が遠心力に負け、軋みながら左に滑り始めている。

 

「遠心力でリアが出ている!言わんこっちゃねぇ…!」

 

啓介は、この右カーブをアウト・イン・インで走って次の左急カーブに備えるラインをキープする。トレノの動きは、コントロールを失ったままその走行ラインから外れていくように見えた。しかし、次の瞬間、道路の真ん中辺りでトレノは一瞬ブレーキランプを光らせると、振り子のようにテールを右に振り、そのまま次の左カーブをドリフトしたまま駆け抜けていく。

 

「慣性ドリフト…!?」

 

啓介は自分の知らない車の動きを見せるトレノに、一瞬目を疑う。我に返り、トレノを抜き返そうと左急カーブに予定よりも速い速度で突入するが、元々そのような想定で走行ラインを組み立てていなかったのと、未経験のスピードで曲がろうとしたため、路面に墨痕(ブラックマーク)を残し、左側の土手を向いたまま止まってしまう。何とか無傷で止まった車内で、自分は秋名道路で事故死した走り屋の幽霊を見たのかと啓介は自問するしかなかった。

 

 先に下り始めていた仁志にも、先程啓介を抜き去ったトレノが接近しつつあった。

 

「まぁ、あの医者の安全運転なら、直ちに影響ないはずなんだが、それでもわかるってあの爺さん何もんなんだぁ?まさかこのオートマセダンでこういうことやってんじゃねぇだろうなぁ?」

 

ブレーキで緩やかに前傾姿勢を作り、僅かにドリフトさせながらアクセルを入れ、後輪に車重を移す。ガスの抜けかけたダンパーがメコメコ言う以外は完璧だと自賛していると、バックミラーにヘッドライトが光り、接近してくる。

 

「上にいたアカギレ軍団かな?まぁ秋茄子軍団と比べりゃ格段に上手いだろうし、先に行かせてもいいか…。まぁ放っといたって抜いてくだろうし、このまま走っときゃいいか」

 

先程レビンで隣に白石を乗せていた時と違い、特に急ぐ用事もないが、このスカイラインの運転が楽しくなってきたので、仁志はこのままの車速を保つことにする。

 

「あれ、単独犯だ…」

 

後ろのヘッドライトの主は直線路では離れるが、カーブを抜けるごとに大きく接近してくるため、カーブを二つ抜けた頃には台数がわかるくらいの距離に近付いていた。レッドサンズは三人くらいが残っていたため、単独犯ならレッドサンズではなさそうだと仁志は結論づける。

 

「まぁここまでだろうな」

 

次のカーブで譲ろう、と決めて仁志は次のカーブで左に寄せる。後ろにいたヘッドライトが右に動き、そのまま仁志の右側をすり抜ける。

 

「ハチロクだ…。おい嘘だろ…!」

 

仁志を抜いていったのは白いトヨタ・スプリンタートレノであった。仁志が驚いたのはそのスピードであった。

 

 かつて仁志は破滅願望を持っており、子供の頃は自転車、中学二年の時に無免で原付オートバイ、続いて自動車で暴走行為を繰り返しており、その頃は毎回、ここで死んでも構わないと思いながら全てのカーブや交差点に限界の速度で飛び込んでいた。

 

 しかし、目の前のトレノの旋回速度はその頃の自分よりも数段速いのである。

 

「マジかよ、クルマってあんなスピードで曲がれるのか!?」

 

あの頃の俺の生傷を返せ、と仁志は内心でぼやく。しかし同時に、目の前のこの白い車に俄然興味が湧き、追跡を試みることにした。次のカーブに差し掛かる頃には、脱出速度の差でついたギャップが排気量の差で埋まる。仁志はトレノのテールランプを睨みつける。ブレーキランプが光ると同時に仁志もブレーキを踏み、同じタイミングでドリフト状態に入る。次の瞬間、前輪の接地感が抜け、ステアリングがブルブル振動する。仁志は咄嗟に左足でブレーキを軽く小突き、衝突を回避する。

 

「あのオヤジ、どうせ試運転だからって賞味期限切れのスタッドレスなんか履かせやがって…!」

 

そのままトレノの背後を躱し、ギリギリのアンダーステアでカーブを脱出してアクセルを踏む。コンバーターがキックダウンし、エンジンが高く唸る。盛大にとっ散らかったため、トレノには置いていかれていた。

 

「次は五連ヘアピンか…ここの真っ直ぐで追いついて今度こそ…!」

 

排気量の差で前を走るトレノが近づいてくる。一つ目の右ヘアピン、一台分を空けてトレノに続き、セレクターレバーをLレンジに入れ、アンダーステアに気をつけながら突入する。少なくとも三年もののスタッドレスタイヤを軋ませながら何とか立ち上がり加速の差で距離を詰めたまま、二つ目の左ヘアピンを抜け、仁志はついにトレノの左側に並びかけた。

 

「捕まえたぜ」

 

仁志の脳裏に浮かぶビジョンが勝利を確信する。タイヤの差でハチロクが先に突入するが、旋回速度をできるだけ落とさずにハチロクのリアバンパーをかすめてインサイドに付く。そのままクロスラインで並びかける。このシザーズ機動を我慢して三回繰り返せば五連ヘアピンが終わり、加速の差で前に出られるはずだ、と確信し、ブレーキングを開始した。

 

「さて、ここからが大勝負だ…えぇ、何それは…」

 

仁志の想定に反し、トレノはそのまま前に出る。そのまま何故か内側の路肩に付いたままくるりと回り、唖然とする仁志を置いてそのまま四つ目の左ヘアピンの向こうに消えていった。同じ市販車で同じように曲がれば付いて行けるはずが、予想外の機動を見せつけられた仁志に、もはや戦意も為す術も残されてはいなかった。

 

「かなわんな、かつての俺みたいな破滅願望持ちの病んだ奴よりもキレた走りされちゃ…」

 




 未明の秋名道路を下る啓介と仁志の前に突如現れた小さな白い車。その神憑り的なスピードに圧倒され、啓介と仁志は茫然とするしかないのであった。
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