機動戦士Ζガンダム異伝 エグザベ・オリベ戦記 作:1スレ130番より愛を込めて
君は『モノガタリ』を無力だと思っているようですけど、僕はそう、思いません。
『モノガタリ』には力があるんです。
人間の心を動かす力です。
だから、救いも、導きも、人間は『モノガタリ』の中で語り継いできました。
言葉の集積が、『モノガタリ』なんです。
世界を作った言葉には強い力が宿るんです。
力があるからこそ、次の人類のために『モノガタリ』を創るつもりでした。
戦争をこの世からなくすくらいの強い力のある『モノガタリ』を。
悲劇的な『モノガタリ』を。
戦争が無意味で酷いものだと知れば、戦争を避けたがる人類が誕生してくれるはず。
今もそう、思っています。何かとあれば争いたがる人類の、闘争本能を鎮めることができたならば、人間は争わずに生きる生命体に、『良き生命体』に成れるはず。
……それは、本来のニュータイプの目的、『まっとうき全体』に人類を導くために必要な準備なんです。
『まっとうき全体』は人類すべてが肉体を持ったまま、ニュータイプへと進化した世界のことです。すべての人々が、誤解なき相互理解を得られれば、争いや苦悩から解放されることでしょう。
憎しみ合ったり、卑下し合ったり、弱いモノ虐めをすることもしなくていい。世界は優しく美しい世界になるはずでしょう。
人類が『まっとうき全体』に至れば、『聖/正』なる存在へと至れば、これまでの人類の過ちも苦しみも悲しみも怒りも全てが、昇華できるでしょう。
正当な、そして必要な過程だった、と肯定できるでしょう?
人類がしてきたこと、失った数多の生命たちは無駄ではなかった、と思えるでしょう?
そう、ならない人類は、どうして生きていけるのです?生きることを肯定できるのです?
赤い巨人、と君やパプテマス・シロッコは、私たちのことを呼んでいますが、少し違います。
赤い巨人に宿る残留思念集合体が正しい呼称です。
集合体なんです。
1つではない。たくさんの意思が集まって、無限のエネルギーを行使しています。君が言ったように、「死なないため」に。
たくさんの意思は、結局、生存本能に流されるまま生きている。
だから、僕個人の思い通りに動かせるわけではなく、臨機応変に対応できるわけでもないんです。『良き生命体』のために、『まっとうき全体』のために全てを、差し出すこともできません。
できないから、君が生きていることにも、すぐに対応ができませんでした。実際、君は生きて、とうとう赤い巨人の集合体の中に居た僕まで見てしまった。
本当ならば、僕が想定していた『モノガタリ』の中では、君はとっくの昔にルウムで死んでいて、カミーユ・ビダンは優れたニュータイプとして戦場の中で孤独に狂って死んでいくはずでした。彼の記憶は、戦争は悪いものだ、と次の人類の無意識に刻み込むための『モノガタリ』になるはずだったんです。
戦争は悪いものです。人類はもっと争いを嫌悪すべきなんですよ。そのためには苦痛や悲劇が必要なんです。人類の全てが、ありとあらゆる争いと闘争を否定する本能を持つために、悲しみや苦しみ、過ちをもっとたくさん用意してあったんです。
カミーユ・ビダンはそれを表現するためのニュータイプになるはずだったのに。彼の『モノガタリ』は次の人類に共感と同情を抱かせ、人類の過ちを止めるためのものになるはずだったのに。
カミーユ・ビダンが心を傷つけながらも殺すはずだった人々も、君が殺さなくていいようにしてしまって、僕はとても困りました。次の人類のためには『悲劇的なモノガタリ』が必要なのに、こんな勝手をしてしまっては。
『まっとうき全体』へ至るには遠すぎます。そこに到達する前に、また人類は地球や宇宙の資源を根こそぎ食い荒らし、相争い、憎しみ合い、分かり合えない絶望の中で朽ちていってしまいます。
『モノガタリ』が必要なんです。悲劇的で、象徴的な『モノガタリ』があれば、人類が共有できる『モノガタリ』があれば、『まっとうき全体』への大きな足掛かりになれるはずなんです。
だって、誰だって救われたいでしょう。報われたいでしょう。
誰だって、死者に報いたいはずです。人類が争いで失ってきた生命に、いや、人々に報いたいと思うのは『正しい感情』でしょう。正義のはずです。
正しいのであれば、戦争で失われた命に報いるために、彼らの犠牲を無意味なものにしないために、人類は『まっとうき全体』へ至らなければなりません。
戦争をせず、他者を傷つけずに生きられる存在へと変わらなければなりません。
それは人類が『救われる』道でもあるはずです。かつて、数多の宗教が語り紡いできたような『救済』と『悟り』と『天国』の訪れであるはずです。
人類が『まっとうき全体』へ至ることができたのであれば、全ての生命がその方法を広げることが、きっとできるはずです。
『良き生命体』の礎に、人類はなるべきです。次の人類のために。生命のために。
それが、報いるということでしょう?
今、君を助けようと、君の命を救おうと、それなりの人数の人が僕と君を探しています。
戦場で無残な死を遂げ、多くの人にその死を悲しまれるだろう君に関する記憶ならば、僕が予定していたカミーユ・ビダンの、ニュータイプの『悲劇的なモノガタリ』の代わりになれるでしょうか?
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「ザビエル、そろそろ、こっち来れるんじゃね?」
「マジ?やっとかよ!ほんと待たせやがって…で?あいつの歓迎会、何する?木星の巨人に流星群でも落とす?それとも、磨り潰して悲鳴でもあげさせる?」
「つーか、エグザべ、まっすぐこっち来れるのか?あいつ、巨人なんかに律儀に付き合ってるから、そのまま飲み込まれないか?ちゃんと、飲み込めるか?エネルギーの使い方もまだよくわかってないぜ、あいつ。」
「じゃあ、俺達で飲み込まれないようにしてあげれば良いだけでしょ。そもそも、あいつが巻き込まれたから、わざわざカミーユが喧嘩売りに行ったんだし。」
「ザビエル、かわいそぉ!」
「怪獣大決戦じゃん。いや、最前列で見れても羨ましくねえわ!カミーユのやつがウキウキで喧嘩売りに行ったの、俺マジ、まだ笑えるんだけど。何?エグザベのやつ、人生呪われてないか?」
「それな。俺らの中で1人だけ遅刻するし、チェスは相変わらずカミーユに負け越してるし。前世で惑星でも焼いたんじゃないか?」
「オリベなら可能性はある。それで、俺は何をすればいい?」
「お前、暇なら子供泣かしてきたら?そうすれば、あいつも巨人なんかに付き合わなくなるよ。あいつ、ほんとに年下には甘いよね。」
「え?俺、1か月年下なのに甘やかされた記憶ないけど?あいつ、16回しか宿題写さしてくれなかったよな?」
「子供泣かすの、ウケる。ちっこいのが泣いたら、ザビエル、こっち来れるかな?」
「さあね?遅かれ早かれ、こっちには来るでしょ。」
「早く会いたいんだよなぁ。近くに居ても鈍いから気づかねえし。誰かが迎えに行った方がいいんじゃないか?」
「全員で迎えに行けばいいだろ?あいつビックリするぜ。最初に何言うか賭けるか?」
「そういうことはさ、子供泣かしてきてから考えたら?」
「1分掛からない。オリベに甘やかされた子供だからな。」
純粋なる願い事 編
戦争をカッコいいものとして子供たちに魅せてしまった罪悪感
人類の可能性であるニュータイプを示して終わったはずのガンダムの世界を再び描くとなった時の絶望感
描くのであれば、子供たちの人生の指標にさえなる作品を出さなければならないという焦燥感
アムロとシャアを描かなければ続編にならないというガンダム世界の閉塞感
全てが、もう行き詰っていたんだろうな。それでもZガンダムだけでなくZZガンダムや逆襲のシャアまで作った富野監督は本当の天才。俺程度では越えられないのは当たり前。
ルウムのカミーユ周辺は性格悪いのが集まってる。クラスメイトもほんのり全員、ちょっとずつ性格が悪かったんだと思う。類は友を呼んじゃった。
でも、クラスメイト全員、番外編の通りに仲いいし、楽しい青春を過ごしてた。
そういや、卒業式の季節ですね。皆さんyoutubuとかニコニコ動画、Xに上がっている卒業を迎えた高校生や大学生たちの青春の輝きをご覧ください。
それが、弊SSのエグザベやカミーユ、クラスメイトが迎えることのできなかった世界です。永遠に取り戻せない世界です。
悲しいね。