機動戦士Ζガンダム異伝 エグザベ・オリベ戦記 作:1スレ130番より愛を込めて
君に本物のコーヒーとチョコを
アーガマで与えられた自室で仕事をしているとき、ドアを開けたままにしておくことはここ最近の常だった。何分エゥーゴは人手不足で、人員の入れ替え補充もよくある。新任の挨拶や回ってくる書類の提出で来る乗組員たちに一目で在室を分かってもらうには1番楽だったからだ。
今は先の戦闘でのカミーユのガンダムMk-2の動きを確認していた。歴戦のパイロット並の操縦技術であり、敵にいち早く反応し対応出来ている。本物の才能と言うものだろう。
……彼は、両親と言う保護者を失ったばかりの民間人だと言うのに僕は一体何をさせているんだ。彼の復讐心に付け込んで戦闘をさせて、彼が人を殺してしまうことを止められない。
出来ることと言えば、戦闘中の動きの改善案を出す事とシミュレーションの相手くらいなものだ。彼を平穏な日常に帰すための行動とはほど遠い。息抜きにでもなればと運動に誘ってはいるが、あまり芳しい結果は得られなかった。
「……エグザベ中尉、失礼します。僕です。カミーユ・ビダンです。今、お時間ありますか?」
とりあえずの改善案をまとめている時に開いてるドアの外から声をかけてきたのは、今まさに考えていたカミーユだった。声にいつもより覇気がない。表情も暗い。
「ここにいる時なら、いつでも時間は大丈夫だよ。前にも言っただろ?疲れてるみたいだな。今、椅子を出すから座ってくれ。あ、ドアも閉めておくか?」
カミーユは、何も言わずただ頷いた。ドアを閉めるついでに秘蔵のチョコを渡した。最後の1個だ。来週迄は手に入らない。
カミーユは力なく椅子に座って俯いていた。渡したチョコは手持ち無沙汰に彼の両手に包まれていた。
頭のなかで何かを探そうとしているような、言葉にできる物を選びかねているような顔をしていた。
僕は、カミーユが探し物を見つけるまで待つことにした。それも大人の仕事だからだ。
彼の言葉を待っていた。
「……エグザベさんは、中尉はアムロ・レイと言う人を知っていますか?」
俯いたままのカミーユのそれはまるで呟くような、押し潰されて漏れ出たかのような辛そうな声だった。それに、僕にとってはまるで想定していない話題だった。アムロ・レイ。
「うん。士官学校の講義ではアムロ・レイの戦果は避けて通れないからね、連邦でもジオンでも。彼のMSパイロットの技術は理想的と言っても良い。何度も戦闘記録映像を見せられたよ。僕も参考にしてるところはあるけど、アムロ・レイ程の技術は再現できないし、再現してる人間にも会ったことないな。……あ、あぁ、いや違うか。そうだな。僕は、アムロ・レイという人には会ったこともないし、どんな人かも知らない。」
「………最近、艦長や大尉、皆が僕をアムロ・レイみたいだ、アムロ・レイの再来だって言うんです。」
初耳ではあった。書類仕事に忙殺されて、僕自身がカミーユに対して疎かになっていたというのか。
「カミーユ、君はアムロ・レイではないよ。」
咄嗟に出た声が震えていないのは上出来だった。目を合わせようとしないカミーユは、何かに怯えるか潰されているかのように小さく見えた。
「でも、皆、アムロ・レイにいて欲しいんでしょう!アムロ・レイなら、もっとうまくやって見せただろうって。僕に、僕みたいな子供に、アムロ・レイのようなニュータイプになって、それで、戦って、戦って地球の重力に縛られた人達を!」
様子のおかしさにカミーユの肩を掴んだ。顔をあげたカミーユと目が合った。そこには、孤独な子供しかいないのに。誰だって見れば分かるだろうことを、僕は分かるしかなかった。
「カミーユ、君は、アムロ・レイにならなくて良いんだ。」
カミーユの肩に手を置いたまま、ゆっくりと、そしてはっきりと言葉にした。僕自身にも言い聞かせるように、だ。
「まったく。アムロ・レイとニュータイプに皆、夢を見すぎているなぁ。」
エゥーゴがニュータイプに期待しすぎている組織だということは重々承知しているつもりだった。しかし、こんな一人の少年を、子供を思い詰めさせるまでとは。
「夢?夢を見すぎている?……でも、中尉、エグザベさん、アムロ・レイの戦果やニュータイプは確かなものなんでしょう?講義にだってでてくるって言うし、皆、当たり前のように、僕がアムロ・レイになれるって。…僕だってアムロ・レイのことは軍関係の雑誌で知っています。伝説のニュータイプで、パイロットで、奇跡だっておこせる…」
「カミーユ、雑誌なんて売れればどんな馬鹿げた事だって書くよ。戦後に出た赤い彗星の元カノ元カレ直接インタビューなんて記事はバカウケして未だに売れてる。そんなもの、君は信用するのかい?」
「そんなわけないでしょう、馬鹿馬鹿しい記事です!赤い彗星はベッドの上でも仮面を取らなかっただなんて。」
あの記事を読んでいる事は少し意外だった。彼のような潔癖なところがある男の子は避けるような話題だと思い込んでいた。しかし、今は役にたったようだ。カミーユの口の端が少し上がったような気がした。
カミーユの肩から手を離してもよさそうだ。
「すみません、取り乱しました。みっともないところを。」
「みっともないなんて事はないさ。むしろ謝らないといけないのは、こっちの方だ。アムロ・レイの伝説に取り憑かれた人間から君を護れていない。君の負担にも、悩みにも。気づくのが遅れて申し訳なかった。」
立ち上がり頭を下げる。僕が頭を下げたところでなんにもなりはしないが、そうしないでは居られなかった。
「やめてください、中尉。僕は、…僕だって、」
手を軽く挙げて、カミーユの話を止めたのは、それ以上を言わせない、決意させない為だった。
それに、カミーユの求めているものは、彼が本来居るべき場所はそこにはない。探し物がそこにないのなら、別の場所に促すのも大人の仕事だ。
「昔、僕の同期にミゲルってやつがいてね。カミーユ、君と同じで軍関係の雑誌や戦史研究が好きだった。………ミゲル、そいつに言わせると、アムロ・レイは不運の人だって言うんだ。激戦区を転戦させられて伝説を作らされてもなお生き残ってしまった、不運な人だと。」
カミーユの顔が怒りに歪んだようだった。いや、怒らせるつもりで話したわけではなかった。思いがけないカミーユの反応に、僕は少し居心地が悪かった。
「そんな、そんな酷い言い方!あんまりだ!生き残る事が不運だなんて冷たい言い方されるような……」
「そう、僕だってその時はミゲルに怒ったよ。不謹慎なことを言うもんじゃないって。……しかし、カミーユ。僕はアムロ・レイと会ったことも話したこともないんだ。君も。」
不意を突かれたような顔だった。まるで、ぼーっと歩いていたところに後ろから急に声をかけられた時の顔だ。
「……彼は、いや、アムロ・レイは、不運だと思ったかも知れない……そう感じている?英雄アムロ・レイが。」
「それは会って話してみないと分からないことだ。勝手に推測して哀れに思うのも、英雄や伝説扱いしてしまうのも、どちらも彼にとっては迷惑なことだよ。」
僕は考え込んだままのカミーユの両肩を掴んで顔を覗き込んだ。もう、不安そうな目はしていなかった。
「だから、君は、アムロ・レイにならなくて良い。僕も、カミーユをアムロ・レイにはさせないよ。」
安心してくれたのだろうか、カミーユはおもむろに手にしたチョコを口に入れた。眉間に皺を寄せて難しい顔をしている。
「エグザベ中尉のくれるこのチョコ、いつも思うんですけど、甘すぎるんじゃないんですか?歯が溶けそうです。」
「ハハ、まぁ、軍特性の疲労回復用だからな。歯磨きは忘れるなよ。」
「今度はもう少しビターなやつが良いです。あるんでしょう?メリジ社が出してる本物のカカオを使ったレーション」
それも軍関係の雑誌から知った情報なのだろう。地球連邦軍の内部では最近トレンドになった話題のチョコのレーションのことだ。
「存在はしているらしいよ。でも、たかが中尉には手に入らないから、チョコはこれからもその味だ。」
甘いものを食べているのに、苦虫を噛み潰したような顔をカミーユがしている。
「ケチ臭いところなんですね、軍ってやつは。」
「そう、ケチ臭いところなんだ、軍ってやつはね。」
コーヒーでもいれてやるか。インスタントで泥水のような味がするが、これがコーヒーだと言われたら受け入れるしか無い。軍はそういう所だ。
「カミーユ、君が本物のコーヒーとチョコを食べに行けるように。」
最近のカカオとコーヒー、値上がり激しくないですか?
各企業もチョコ風味お菓子を作り出す日も遠くないかもしれない…
いつまでも、本物のコーヒーとチョコを楽しめる世の中になりますように!