機動戦士Ζガンダム異伝 エグザベ・オリベ戦記   作:1スレ130番より愛を込めて

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撃たれた。

そう思ったのは僕の後ろに建てられていたパネルの破片が後ろから左耳を掠ったからだ。それが見えた。
訓練って大事だ。それを再確認できた。
咄嗟の際に屈む訓練は、負傷を右腕だけで済ませてくれた。2発目も3発目も当たらず、掠めるだけに済んだ。

なんか、直撃してないはずなのに……腕が穴だらけだな?弾数よりも多いんだけど、まあ、止血すれば問題ないか。とりあえず、壇上にあった飾り付け用のリボンテープでいいか。止血帯にして立ち上がった。
追悼式の衛兵を任されていた陸兵隊が、動き出したのが見える。それなら、狙撃手の位置はもうわかったのだろう。エリフが見つけてくれたのかな?

有難い。これで講演を続けられる。
聴衆は、そうか。彼らは訓練を受けていない。
ただ、呆然と立ち尽くして、周囲を見ていた。人が撃たれる、という恐ろしさを知らない人たちだ。

「…ジオニズムがサイド3、そしてアクシズにもたらした選民思想の結果が、コレです。あなた方は安全地帯にいるつもりでしょう。目の前で、銃弾に当たった人間を見ても、自分たちだけは安全だと思っている。自分たちが選ばれた人間だから、死なないと、恨まれないと思っている。僕を撃った弾丸が、あなた方の誰かを巻き添えにするなんて考えつかなかったんでしょう。ジオニズムはあなた方の生命を保証しない。選民思想があなた方ご自身を排除しないと、コレを見て、どうして思えるんですか?」

聴衆の彼らは跳弾の可能性も、巻き込まれて死ぬ可能性も全く考えていない。だから、逃げないし、犯人に怒りもしない。
壇上の僕と、違う世界に居るつもりでいる。たった数メートルの違いに壁があると思っている。社会から隔絶され過ぎている。

彼らを、人類社会に戻すことが『英雄』エグザベ・オリベの使命だ。仕事だ。
まあ、だから。
ちょっと愚痴を足してしまったが、僕は予定通りのジオニズム批判の講演を終えた。




平和への階段

 

 

 

 

 

北アメリカにある、グレートレイク海軍基地。

そこは、旧世紀以前から長年アメリカ海軍の新兵訓練所だったのだ、と以前パプテマス・シロッコから聞いた。カミーユが進学先を迷っていた頃だ。

 

カミーユとファは身の安全のためにも、一度地球に降りて身元を誤魔化した方が良い、と僕は考えていた。ニュータイプである、とシャア・アズナブルを通じて、その一派と残党に知られている可能性が非常に高かったからだ。特にカミーユは一時、ブレックスとシャア・アズナブルに非常に近い位置にいた。1年戦争後のアムロ大尉と同じように、残党による誘拐の危険性は高い。

 

そう心配する一方で、宇宙に点在するコロニーや月面都市よりも地球の広さが2人の守りになる、と確信があった。戦後もジオニズムを妄信する残党共だ。

彼らは地球にニュータイプがいる、などとは考えつかない。彼らの信仰上、それはあり得ないことになっている。

 

地球上の、軍の管轄内にある大学を僕とヌー曹長がピックアップし、喧々諤々とカミーユもファもハマーンもセーラさんもマシュー君も含め話し合ったのは、それが僕ら全員の共通認識だからだった。

 

結局、カミーユ達とハマーン達にはヒューストンの軍大学とその周辺基地に降りてもらったのだが、宇宙と距離が近いのが僕としてはとても心配だった。テキサス州には宇宙と地球を繋ぐ輸送船や宇宙ロケットの発着場がある。

グラナダと同じだ。ここもいわゆるハブ港だ。人の出入りが多すぎることが僕の不安だった。

 

しかし、そんな僕の心配もよそに、ヌー曹長とカミーユはグラナダへの直行便があることを喜んでいた。というか、それが進学先の決め手だった。志望動機が不純なんじゃないだろうか?

進学先の軍大学周辺は空軍戦力もMS部隊も陸軍戦力も地対空ミサイルも十分にあるのだから大丈夫だと、ハマーンにもパプテマス・シロッコにもゲーツ大尉にも説得されては僕は反対することもできなかったけれど。

 

こことは旧USAの国土の挟んで南北に分かれている。たった3年程度で僕が地球に、グレートレイク基地に降りることになるなんて思いもしなかった。もう少し近ければ会いにも行けるんだろうけれど、まあ、共和国と違ってテレビ電話ができるようになるはずだから、カミーユとファにはそれで許してもらおう。

 

まあ、カミーユの進学先を模索していた時の僕はヌー曹長相手に色々文句をつけたけれど、北アメリカの軍基地ほぼすべてが今でも現役で最精鋭部隊で構成されているのは疑っていなかった。北米大陸はデラーズフリートを経験した後でさえ、軍の訓練施設も訓練のノウハウも保持し、ありとあらゆる最先端技術の研究開発の中心地でもある。もちろん、医療技術も含めて。

医者を目指すカミーユにとっても北米は悪い選択ではなかった、と思う。

 

ここ、グレートレイク海軍訓練基地も基地として現役だからこそ、僕とパプテマス・シロッコはこの海軍基地内に設立された軍大学に教育を受けに来た。

アクシズ戦争終結から3年、先任や上官のサポートでなんとか誤魔化していたけれど、流石に僕も共和国軍も限界を感じはじめていた。僕の知識と経験の少なさがそれを感じさせてしまってもいた。

 

僕には知識と経験が足りていない。

それは教育が足りていないということだ。ついでに箔も。サイド3国民に対してハッタリが足りていない。権威主義者と血統主義者ばかりで構成されているサイド3だ。仕方ない。

 

まあ、教育は簡単な話だ。軍で受ければいい。

佐官教育、つまり指揮幕僚課程と言うものを受ければ、僕はジオン共和国軍の将官になる資格と箔がつく。大学と言う研究機関の権威も学閥もつく。早い話、ジオン共和国軍をコントロールできるだけの権限も早期に手に入れることができる。学歴や資格について文句をつけてくる共和国政府の横槍を退けることもできる。

 

地球連邦の軍大学に留学することになったのは、まさにその共和国政府に対しての牽制の意味合いもあった。共和国軍の『英雄』は地球連邦軍と繋がりが深いし、連邦の大学の後ろ盾を得られている、というアピールだ。

 

パプテマス・シロッコの事情は僕よりもっと単純だった。既にヴェルザンディの総統と中佐という職責に立っている彼は長年、地球連邦軍とパプテマス・シロッコ本人が保留扱いにしていたキャリア取得のために来た。

 

現場からの「叩き上げ大佐」が許されるような時代では無くなったのを地球連邦軍もパプテマス・シロッコも忘れたフリをしていたが、流石に地球連邦軍は巨大な組織だ。彼らの足を引っ張るためだけに言及してくる連中が山ほど湧いた。

彼らを黙らせるためだけに、パプテマス・シロッコは僕と宇宙から降りてきたのだ。地球連邦軍もそれを許可し、更には地上から『ゼウス』と『ヴェルザンディ』の大まかな運営に関する発言権の継続も確約した。

 

まったく。時間の有効活用だ、とか言って、負傷兵の僕を地球に投下したジオン共和国軍は見習ってほしい。

僕はつい1か月ほど前に戦没者追悼式における講演中にダイクン派残党からライフル銃で狙撃されて、右腕に全治1か月半の重傷を負ったばかりだ。

 

腕のリハビリは順調ですぐに元通りに動くようになる、とヴェルザンディの医者は言うけれども、リハビリも途中で、これから1年と半年。僕は軍大学生になることが参謀本部によって決定されていた。当然、行軍訓練の科目もある。

リハビリって何だっけ?

 

「リハビリって、もっと安全に行うものだと思ってたよ。パプテマス・シロッコ、違ったかな?」

 

「ジオン共和国より安全で手厚くはあるだろう?」

 

パプテマス・シロッコの言う通りだ、というのが悲しい限りだ。

彼も僕の隣で、僕と同じように窓の外を見ていた。

 

ここはイリノイ州の連邦軍専用の空港だ。

 

目の前にある窓、というより巨大なガラスの壁。そのすぐ外側には僕の背丈より高く分厚く積もった雪の壁が張り付いている。白い雪の壁は僕にとって現実感が無かった。屋内はコロニーと変わりなく過ごしやすい。建物の内部は暖房が効いている。巨大スクリーンで映像を見ているかのような、そんな感覚が離れない。身体全体が薄い透明な膜に覆われているような、そんな現実感の無さだ。

 

ヌー曹長が用意してくれた重装備の防寒具もまだ必要ではないのかな。

いや、本来なら共和国軍が、正式な装備と制服として用意すべきなのだろうけれど、予算が下りなかった。サイド3の人間は冬の厳しさを想像できていない。以前、ニューヨーク州に降りた際の報告として地上の冬を想定した制服の制定を具申していたのに、共和国軍参謀本部に却下され続けている。

曰く、冬用の装備の制定など連邦軍の感情を刺激するようなことはしたくない、そうだ。そんな共和国軍の事情は分かるけれども、しかし、僕にはどんな季節の地上だろうと、観光目的で季節設定されているコロニーだろうと考慮されずに派遣されている現実がある。せめて、最低でも厳冬期用コートくらいは命の安全のために用意してほしい。そう、再度要望しなければ。

 

もう一つ制服に関しては大きな問題がある。

ヌー曹長に依頼すると全て地球連邦軍の装備になる、ということだ。制服も防寒具も装備一式も当然、地球連邦軍で制式採用されているものが送られてきた。軍大学で目立たないからいいかもしれないけれど、共和国軍としてはどうなんだ?このままだと、ジオン共和国から来た初の留学生は地球連邦軍の制服を着て卒業することになるんだけど。

地球連邦軍中央参謀本部所属特殊情報工作員の僕としては非常に困る。なんせ、既に現時点で僕を連邦軍のスパイ扱いしてくる報道誌は数冊ある。それを信じてしまう人間もそれなりに居るから、実際、僕も負傷兵になっている。

 

そういう僕の立場は考えてくれているんだろうか?

 

それに、地球に僕を投下する時期も今で良かったのだろうか?こんな、厳冬期で。

正直、雪が降るこの空港まで辿り着けたのも奇跡としか言いようがなかった。宇宙育ちの僕にとっては。

僕とパプテマス・シロッコはロサンゼルス空港で落ち合い、そこから地球連邦軍の大型輸送航空機に同乗させてもらったのだが、気圧差と突発的な強風のために機内は宇宙では経験したことも無い程、揺れに揺れた。縦にも横にも、だ。

機内で体調不良に陥る人々も多かった。長年、航空機に乗っていても、酔うときは酔うのだ、と彼らに教えてもらった。

 

そこまでは、まだいい。僕も理解できる。コロニーと違って、地球の大気と言うものは不安定なのが常態だ、と知識で知っているから。

問題は、着陸時にコクピットのパイロット達が歓声をあげていたことだ。どうも新人パイロットの研修も兼ねていたらしい。それは機内放送で知った。

いや、何事も誰であっても「初任務」というものはあるけれども。結果的に無事に着陸できたけれども。

 

…ヌー曹長にクレームでも入れるかな?旅程の手配も入学の手配も、彼が策定したんだし。いや、あんまり意味ないか。

ヌー曹長と彼の部下達は僕の苦情に対する対応マニュアルを制作している。それはハマーンから聞かされていた。実際、そのマニュアルに沿って流されるまま苦情を有耶無耶にされている僕を見ていたらしい。ハマーンはそんな僕を憐れんでくれたのか、マニュアルの存在を教えてくれたのだ。

大人として、僕はとても恥ずかしかった。大体、そんなに苦情を入れた覚えもないのにマニュアルまで作られているだなんて。僕がクレーマーみたいじゃないか。

そもそも、地球連邦軍の中央参謀本部がヌー曹長を連絡員として指定してるのだから苦情くらい、まともに受け付けてほしい。

 

まだ午後4時頃だというのに、外はもう暗かった。黒い空から白い雪が降ってくるのは見慣れない不思議な光景だ。

ガラス越しのすぐ向こう側が死に至る寒さだというのに、どうして外の寒さに実感が湧かないのか。

まあ、僕が鈍いからだろうな。前にニューヨークの雪を体験したときも屋外に出るまで、人が死に至る寒さの実感が湧かなかった。

あの時はパプテマス・シロッコも一緒に、ヌー曹長に怒られたな。防寒帽なしで外に出れば命に係わると叱られた。

 

「まだ降っているようだな。この光景、サラたちやハイファンたちにも見せたかった、と思う私は可笑しいか?」

 

そう言いながらパプテマス・シロッコはコーヒーを渡してくれた。手持無沙汰に外を眺めていた僕を見て、自販機で買ってきてくれたらしい。紙のカップが異様に熱く感じる。と言うことは僕の手は意外と冷たくなっていたのかな?屋内に居るのに?

 

「いや、パプテマス・シロッコらしいよ。美しいモノを独り占めにしたくないんだろう?君はいつも人のことを想っているから。」

 

それは僕の実感だった。いつだってパプテマス・シロッコは人類のことを考えてくれている。最善を尽くす為に『ヴェルザンディ』も『ゼウス』も抱え込んで、地球連邦軍内部の改革にまで着手し始めている。

パプテマス・シロッコなりの優先順位は当然あるけれど、それは僕も普通の人も同じだ。

 

パプテマス・シロッコは窓の外を見た。僕とパプテマス・シロッコの視線の先には黒い空がある。白い雪が降る黒い空だ。

 

この雪のおかげで僕らは空港に籠城だ。除雪車が道を整え、迎えの車が来るまで3時間、僕とパプテマス・シロッコは空港のロビーで待機することになる、と護衛に言われた。変に緊張した顔で報告されて、僕は正直戸惑った。気候の急変は仕方ないことではないのだろうか?ここは地球だ。宇宙では、コロニーではない。

 

「…今、変なこと言っちゃったか。雪景色を美しく感じてしまったから、つい。」

 

屋内から見る黒い空は宇宙とは全然違うのに、僕はそこに宇宙を見てしまった。宇宙のずっと手前にあるはずの雲に。白い雪が星に見えてしまってもいた。星のように煌めいたり瞬いたりもしないのに。宇宙を思ってしまったから、雪景色まで美しいと思ってしまったのかな?

それとも、最近忙しすぎたからかな?部下も増えたし、負傷後も会見と士官学校での講演もあったし、広報の仕事もMS部隊の訓練の代わりと言わんばかりに増えた。

 

他人の心から離れすぎてしまったか。

共和国軍の『英雄』をしすぎたかな?

 

「ここに住む人々にとって雪は悩みの種だというのに、ね。いま、僕は雪景色を美しいと思ってしまった。この雪のせいで明日の予定も経たないって言ってる人々がたくさん住んでいるのに。」

 

目線を落としたのは、宇宙の幻覚を振り払いたかったからだった。罪悪感も当然あった。この、極寒の雪の中でも暮らしている人々の困難と苦労から目をそらしてしまった罪悪感だ。

 

「このパプテマス・シロッコも、エグザベ、お前と同じように地球の黒い空も雪景色も美しいと思った。私とお前の心のありようをお前が否定するのか?」

 

言われて気づく。また、思考が走りすぎたか。

すぐ横に居てくれている親友さえ、パプテマス・シロッコさえ、また置き去りにしてしまうところだった。

 

「君は時々、言い方が意地悪だよ、パプテマス・シロッコ。いや、今のは僕が悪かった。ごめん。君の気持ちまでも否定してしまった。」

 

「少し、休め。エグザベ。今、お前も私も制服を着ていない。」

 

そう言うと、パプテマス・シロッコは彼のデバイスを僕に渡してくれた。

 

「私に代わり、カミーユ・ビダンの相手をすると良い。エグザベ、カミーユに地球に降りる連絡をするのを忘れていたな?悪い保護者だ。」

 

代わりに、僕が胸ポケットに入れていたデバイスを持っていかれた。まあ、パプテマス・シロッコだから別にいいけれど、僕のデバイスなんか何に使うんだろうか?

 

借りたデバイスが着信を告げたのはすぐだった。カミーユからだ。パプテマス・シロッコは連絡を忘れていた、と言うけど、僕は忘れてない。ちゃんと手紙にして送ってる。まあ、今回は急すぎてまだカミーユに届いていないのかもしれないけれど。

 

パプテマス・シロッコが律儀にカミーユの名前と連絡先もデバイスに登録してくれているのは不思議ではないけれど、彼の仲介なしに電話にでるのは不思議ではあった。

カミーユと僕はお互いにそういう立場にある。家族であっても直接の電話のやりとりはできない。僕のデバイスではセキュリティに問題がある。もちろん、ジオン共和国だから、でもある。

 

地球に降りる日程の連絡だってそうだ。お互いの安全のために手紙でしかできなかった。パプテマス・シロッコだって、そういう僕らの事情はよく知ってるだろうに。

 

でも。

 

「まあ、怒られるしかないか。…会いに行けたらいいんだけど。」

 

 

 

 

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エグザベが負傷してからのカミーユ・ビダンは精神と行動が不安定になっている。相談相手を務めるのは、このパプテマス・シロッコでさえ少々、骨が折れると感じていた。単純に通信の回数の多さも、通話時間が長さも問題であった。

 

私も、このパプテマス・シロッコも人の子だ。カミーユの言い分も、苛立ちと悲哀の感情も分かる。彼の言うエグザベ・オリベの早期地球連邦への帰還に賛同もしているし、勉学に関しても手を貸してもいる。

だが、いくらエグザベ本人と直接の連絡が取れないから、と怒りと悲しみの感情をむき出しにしたままに話されては、この私でさえ内容の理解に手間取ることになる。

 

カミーユはまだ、自分の感情にまっすぐな少年のままだ。他者の影響を受けやすいのも変わりはない。20歳は越えたはずなのだが…

エグザベを始めカミーユの周囲には彼を甘やかす大人が多い。良い影響も悪い影響も素直に受けいれているのだろう。

 

頭が痛い問題でもあるが、サラとシドレのカミーユに対する暗躍と仕打ちを思えば、私とて強くも出られない。

カミーユの周りにいる不審人物を排除する程度くらいのことしかできん。

 

このパプテマス・シロッコがエグザベのデバイスから通話をかける先は、カミーユに間違いない悪影響を与えている人物だ。

物も話も分からない男、ヌー・ハーグだ。

 

1秒も経たぬうちに通信に出るのは良い心がけだ。

 

「私だ。」

 

『は!はい、いいえ。しょ、小官はヌー・ハーグ曹長ではありません!曹長は所用で離席して…』

 

ヌー・ハーグ。エグザベのデバイスからの通信に出ないとは。

良からぬ仕事でもしているのであろう。それが分からぬ私ではない。

 

「もう一度言う。そこに居るヌー・ハーグに伝えるといい。エグザベではなく、私、だ。」

 

少し離れた場所で、神妙な顔をしてカミーユの怒った声に耐えているエグザベを見れば、先ほどより顔色は良くなっているように思う。

 

『……はい、通信、変わりました。サー。こちらヌー・ハーグです。うちの若いのが失礼いたしました。現着されましたかね?予定では、宿舎に入られている時刻のはずなんですが、宿舎の衛兵から連絡がなくて待ってましたよ。大尉に何か?それとも、装備に不足でもありました?貴重品の管理は宿舎の管理人の指示に従ってくださいよ。あ、それとも地上用のデバイスの話ですか?大尉のそのデバイスは宿舎の衛兵に預けるように伝言してましたけど、もしかして衛兵が忘れてましたかね?』

 

相変わらず口数だけは多い男だ。

エグザベはこの口数の多さに惑わされて流されているのだろうが、私に通用すると思うな。

 

「ヌー・ハーグ、私はこの度のお前の不手際に怒りを覚えている。」

 

『はい。サー。はい。まったく、サーのおっしゃる通りで、最近、不手際が多すぎてね、どの不手際の事か分からないくらいで。本当に申し訳ありません。正直ね、自分でも引退を考えちゃいましたよ。…ああ、まだ、現着されていらっしゃらないようですね。天候不順、はともかく。パイロットのロスト、除雪車の故障、管制官と衛兵の連絡不備、ね。………大っ変、失礼いたしました、サー。北米も一枚岩じゃないんでですね、多少のご不快は多めに見てもらえるとね、俺達としては助かります。まあ、ご不快ついでにあと24時間だけもらえればですね、サーのご要望、ご命令通りの働きをしてみせますよ。この前ようやく、ジオンの軍病院とサイド3の医薬品工場を抑えられましたからね。ついでに主犯も。明日からは、ジオン軍の医薬品医療設備は地球連邦製品になりますんで。しばらく、問題は起きないかと。あ、ついでにジオンの制服軍服も全面的に連邦製に変えさせますか?まだ、間に合いますが?』

 

「多少、ではない。愚物。」

 

甚だ不快だった。

 

20日前にズムシティで行われたアクシズ戦争における戦没者追悼式。ジオン共和国軍は共和国民の民意を引き寄せるために、『英雄』エグザベ・オリベに講演を行わせた。地球連邦政府と共和国軍との共同で制作された内容の講演中、エグザベは、ズムシティ庁舎内に潜んでいた狙撃手に撃たれた。

重傷で済んだのは不幸中の幸いだった。私でさえ、そう思う。使われたのはホローポイント弾だ。直撃弾が無く、今、エグザベの右腕が切断されていないことさえ、奇跡的であった。

 

止血だけで講演を続けたエグザベの正気を疑ったのは今でも、このパプテマス・シロッコの生涯の不覚だと言える。

結果、地球連邦と共和国軍は共和国政府に勝利した。次期閣僚は共和国軍に対して大きな態度を取れないだろう。

 

しかし、問題はそのような些末なことではない。犯行に使われたホローポイント弾などという旧世紀の遺物は、地球以外で生産されておらず、需要もない。甚大な獣害被害が起こった際にしか使用が許可されておらず、危険性から弾数も管理されているはずのものが、宇宙の、サイド3のズムシティにあった。人間に対して、使われた。

狙撃手は共和国軍の陸兵隊に捕縛され、射撃訓練を行っていたコロニーは私のヴェルザンディが徹底して捜査を行った。だが、弾丸の生産工場は見つからず、残弾が10発押収できたのみだ。改造されたホローポイント弾だった。一層、弾丸が脆くなるように削られていた。

スペースノイドには、ダイクン派の残党にはホローポイント弾の仕組みが理解できなかったようだ。おかげで、犯行に使用された3発の弾すべてが、エグザベから外れた。

 

地球連邦とジオン共和国。

どちらにも顔が利く下郎がいるようだ。それも、戦乱の世界を求める下らぬ鼠が。

 

『はい。サー。今、お使いになられているデバイスへはこれ以上の情報が通信ができません。ご理解ください。連邦も、北米も一枚岩ではありませんが、サーと大尉の命の安全は自分と自分の上官がお約束いたします。不快な思いはされるかもしれませんが、それ以上はありません。させません。』

 

「当たり前のことを。」

 

その鼠は、執念深い。ジオン共和国の医薬品工場を抑え、共和国軍へ納める鎮痛剤と抗生物質に手を加えていた。

エグザベが生き延びた場合を考えた挙句、他の共和国軍人の命を巻き添えにする選択を行った。

実際、巻き添えになった犠牲者がジオン共和国の軍病院いたからこそ、エグザベは、私の友は生き延びることができた。『聖都』で治療を受けさせることができた。

 

『大尉が完遂された講演は、地球連邦政府でも地球連邦軍でも好意的に受け入れられています。上層部でも、現場でも、です。ただ時間が、時間だけがね、必要なんですよ。感情を処理する時間だけ、いただけませんかね?人間って結局、己の実体験以上の感覚って分かんないんですよね。オールドタイプだろうがニュータイプだろうが。そうでしょう?サー。スペースノイドとアースノイドは敵同士ではない、少なくとも大尉とサーはアースノイドを敵視していないってね、馬鹿どもでも理解できる時間を頂けませんかね。少々、地球と軍のはぐれ者がうっとおしいでしょうがね。』

 

「他人を使い潰す側は、気楽でいいものだな。ヌー・ハーグ。」

 

品性のない者がこの世に多すぎる。どこまで、他人任せに、『英雄』任せにし、私の友を使い潰す気でいる?

 

『誉め言葉として受け取りますよ、サー。俺は使い潰される側だって自認してますからね。サーと大尉と俺はお仲間ですよ。もうお互い逃げられませんし、ね。…サー、出世ですよ出世。使い潰されたくなかったらね、他人を導きたかったらですね、結局、出世して上に上がるしかないんですよ。才能がある奴がね、有能な人間が下で満足してんのは怠惰で、有害ですよ。罪ですよ。それを理解していただくためにね、サーと大尉にも時間が必要なんでしょう。皆様が出世するための時間は俺達が稼ぎますんでね、それで勘弁してください。この時代に教育を受けられるのは贅沢な話ですよ。勉強したくてもできなくて死んでいった連中は、それこそ星の数ほどいるんですよ、サー。贅沢に、吐くほど勉強して、俺らが呆れるくらいに出世してください。…サー、大尉に伝言、願います。「マム」からです。「子供たちに未来を。」と。』

 

ハマーン・カーン。名前を変えたとて、変わらず過保護な真似をする。エグザベを諫めているつもりなのだろう。いや、このパプテマス・シロッコをも、か。

度胸だけは認めよう。あのどさくさに紛れ、数多のライバルを蹴落としジオン共和国の医薬品会社の株を制圧したのは見事な手腕だった。よく、己の身分と名前を出さずに手中に収めたものだ。

 

「変わらず鬱陶しい男だ。貴様こそ、行動で示せ。」

 

『はい、サー。当然ですよ、俺ら兵士は手足ですからね。上手に使ってくださいよ。命、預けてますんでね。』

 

私が気に食わない、調子の良い男だ。他人と自分を自己の価値観の天秤にかけ量りたがり、それによって態度をすぐに変える。

が、エグザベはヌー・ハーグを気に入っているらしい。カミーユも懐いている節がある。何かと口うるさいロンド・ベルのゲーツ・キャパとアムロ・レイとブライト・ノアの全員を黙らせることができるのは、この男くらいなものか。ハマーン・カーンの無茶ぶりにもよく応えている。

それを思えば、切り捨てることもできない手足だ。

 

通信を切れば、エグザベが困った顔でこちらに片手をあげて私を呼んでいた。通話口を防ぎながら小声で話しかけてくる。

 

「僕にはお手上げだよ、パプテマス・シロッコ。カミーユが凄く怒ってる。君にもかなりの回数、電話をかけたんだって?教えてくれれば良かったのに。…カミーユ、それは確かに僕が悪いんだけれど、だからといってそういう事を言い出しちゃダメだよ。君がパイロットに立候補したところで状況が変わるわけではないんだよ。MSで戦争が防げるわけじゃない。本当は分かっているんだろう?」

 

カミーユの怒号が私にも聞こえる。ここ最近、聞きなれているが、本来これは保護者が聞くべきものだろう。エグザベ、これがお前の、真実なすべきことだ。

 

「本来なら入院しているはずの患者が、あちらこちらに行っていたので、な。伝える暇もなかった。生存確認だけしか報告してこない不良患者だ。…マムから伝言を預かった。「子供たちに未来を。」だそうだ。」

 

伝言を聞いたエグザベは見捨てられた犬の顔をしているが、パプテマス・シロッコとて今回は手を出さない。出すつもりもない。存分に、カミーユの気が済むまで怒鳴られていればいい。

 

「分かるよ、カミーユ。…僕が分かってる。でも、人類は全員が生存権を有している。生きる価値と権利を持ってる。僕が嫌いな人間だってそうだ。…いや、当然いるよ。僕だって、嫌いな人間くらい。……うん。ごめんな。でも、そいつらだって生きていく権利を持っているし、全く無価値な存在ってわけでもないんだよ。嫌いだからって犯罪者だからって簡単に消してしまえば解決するって言うのは物語の世界だけなんだ。だからね、……カミーユ、ヌー曹長の価値観は特殊だから全面的に信用しちゃだめだよ。赤の他人との会話に持ち出すのも良くない。……うん。理解してくれて嬉しい。……そうだよ、全人類に生きる価値と権利がある。僕はそう信じているから、大丈夫だ。カミーユもファもみんなが近くに居てくれてるからね。そのためになら、僕にできることはしていくよ。わかるだろう?」

 

それが答えか。私の親友、エグザベ・オリベの答え、か。

全人類に、価値がある。

全人類に、生きる権利を認める。

旧世紀から続く、当たり前の常識が、倫理が、過去の人類が築き上げてきた価値観がエグザベ・オリベをエグザベ・オリベ足らしめている。

 

「君たちが君たちの未来を作っていく力を蓄えてもらう時間を稼ぐよ。僕たちが。うん、僕とパプテマス・シロッコが。だから、僕はそれを見るまでは大丈夫だ。平気だよ。カミーユ、泣かないで。」

 

『大人ってそれだから!!いいですか?そのご高説は結構ですけどね!僕のことを、子供のことを無視されたら堪んないんですよ!!いつになったら、僕はちゃんと家族と連絡が取れるようになるんです?!エグザベさんは、いつまでたっても手紙なんてアナログ手段で!僕はさっき、本当にさっき!この電話の直前に手紙読んだんだって言ってるでしょ!あんたたち大人は、勝手に!エグザベさんとパプテマス中佐のことです!本当に勝手すぎなんだよ!……シゲル!!親子の間に入るな!プライバシーッ!』

 

それっきり、カミーユの通信は途切れる。デバイスでも取り上げられたか、壊されでもしたか。相変わらず、カミーユ・ビダンだ。

 

「……直接、謝罪に向かうことを勧める。」

 

私からエグザベに言える言葉はそれだけだ。

 

「会いに行きたいよ、僕だって。前に会えたのだって半年も前だ。でも、週6日10時間以上の講義とどう、折り合いを付けたらいいのか…ヌー曹長に頼んでみるか。彼にはいつも苦労をかけてしまうな。」

 

「あの男に遠慮などすべきではない、エグザベ。情報と人を食って生きているような人間だ。手足のように使ってほしい、と本人も希望している。うまく使え。」

 

「人を使うって…僕は苦手なんだけど。そういうのはカミュの奴が上手だった。僕にあいつの真似ができるかな?パプテマス・シロッコ。」

 

ルウムのカミーユ、か。そうであろうな。

 

「木星へ行くのだろう。ならば、エグザベ、お前と私にできないことはない。」

 

「僕は君を信じるよ。パプテマス・シロッコ。君と僕にできないことはない。……カミーユの怒りを鎮めることもできる、よな?」

 

エグザベのその言葉に、首を静かに横に振ったのは、カミーユの言葉通り、親子の間に入るつもりはないからだった。

 

 

 

 





パプテマスが怒ってたのでちょい緊張気味に通信にでたヌーがだんだん調子こいていく様子 編


小ネタ集第2弾です。


今回の簡単な経緯

共和国政府「軍がずっと暴走してる、止めろ止めろ!話し合いの場を設けたければ、追悼式で講演をさせろ?まあ、仕方ないか。が『英雄』は止めろ出すな講演さすなボケ、ザビとダイクンの残党刺激すんな!止めろ。あ、撃たれた?!講演続行した、だと?!」この後政治的に負けた。

残党「キャスバルの仇!!命に代えても!」

共和国軍「やば!エグザベ大尉が撃たれた!生きてる!取り合えずヨシっ!連邦に逃がせ!あ、その前に予定してた仕事だけしてって。キャンセルすると残党が調子乗っちゃうから。あ、ついでに大学も行ってきて!コネクション作ってきて!優秀な成績も修めてきて!」

エグザベ「あ、撃たれた。よし、生きてるな。右腕のかすり傷程度か、止血して予定通りでOKだな。きついけど。」重傷

残党「くそが!二の矢だ。怪我人が絶対に使用する鎮痛剤と抗生剤に毒混ぜてやる!病人全員巻き添え?医療費の無駄じゃ。予算削減じゃ!」

連邦「言うてもジオンに所属した裏切り者では?」
「1人だけ?まじで1人しか送ってこないの?ジオンはまともな組織運営やる気あんの?」
「情報部かぁ……」「いや、まあ、連邦との仕事もまともにしてくれるし、ジオンが多少真っ当な組織になるならいいけど。軍大学に怪我人入れるの?」「宇宙人が出世するのムカつくからちょっと脅したろ、地球の厳しさ思い知れ。」「ジオンの制服軍服全面的に連邦製品に変えて辱めたろ。クソ共が。」「ジオンの医療技術と医薬品製造業、地球連邦政府の監視下に置くね、ついでに株ももらっていくから。そう、いわゆる『総会屋』をこれから君たちに仕掛けていくから……法律の制定、間に合うと良いね。」


………
頑張れ!本当に頑張れ!!
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