機動戦士Ζガンダム異伝 エグザベ・オリベ戦記   作:1スレ130番より愛を込めて

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月面都市アンマンにて。



エグザべ・オリベ 着任

エグザベ・オリベは、内心自分のことを褒めていた。よく、僕は先ほど平静を保っている様に見せかけることができた。本当によくやった。

 

エゥーゴの新造艦アーガマ。処女航宙から帰って来たばかりだというこの強襲用宇宙巡洋艦は、既に僚艦であるサラミス改型巡洋艦モンブランをティターンズとの戦闘で轟沈され、続く月面での激しい戦闘の結果、なんとかこのアンマンに到着したとのことだった。着任の挨拶の時、ヘンケン艦長から直接聞かされた。

そう、1人の少年をMSで戦闘に参加させ続けた結果、アーガマは無事だった。

 

よく僕は、先ほどヘンケン艦長やクワトロ大尉に殴りかからなかったものだ。新任の頃の自分なら果たして我慢できただろうか?いや、我慢するしか無かったか。

 

月面都市アンマンにおいてアーガマに着任し、即時、戦闘記録と航宙記録を引き継ぎのために確認するのは当然の軍務だった。

例えそれが想定外の着任で合っても、軍人ならば当然のことだった。

 

「……こんな、子供を、最前線に。」

 

かれこれ記録を5度は読み直しただろうか?しかし、目の前の現実は変わってくれない。

 

カミーユ・ビダン。16歳。勿論、士官学校の生徒ではないし、軍への志願兵でもない。例え志願兵であろうと、何の教育課程も終えないまま、前線に配置されるなどと言うことは合ってはならないことだった。一年戦争は、そういう戦訓を残している。

戦訓とは、戦友たちと英霊の血と涙と骨で書かれたものだ。軽視するなど、あってはならない。そう、軍では習うものだ。

 

「……グリーン・ノアの、カミーユ。」

 

そう。カミーユ・ビダンは、グリーン・ノアの宇宙港ですれ違った子供だった。

あの日、壊滅した故郷と共に二度と会えなくなってしまった親友と同じ名前の子供。彼は、僕とすれ違ったことを覚えていた。

なぜだろうか?僕のような、どこにでもいる人間を彼は覚えていて、そして、驚きを隠せずにいたようだった。僕が名前と階級を自己紹介した後、彼、カミーユは与えられた自室に戻ったとは、ヘンケン艦長とクワトロ大尉の横に控えていたエマ中尉の言だ。

 

「ひとり部屋か。配慮されているのか、そうでないのか。」

 

まるで、艦長と大尉の真意が読めない。艦にはそれぞれ、その艦特有の空気と慣習がつきものだが、アーガマのそれは肌に馴染みそうにない。いや、こんなものに馴染んではいけないか。

 

「…彼の代わりになるパイロットを派遣してもらえないか、陳情するしかないか。」

 

果たして、艦長を飛び越えて連邦軍上層部に陳情書が届くかどうか?まぁ、打てる手は全て打つしか無い。

後は、MS隊と交渉か。クワトロ大尉はカミーユを前線に出す事に意欲的だ。ゾッとする程に本気で続けるつもりでいる。他のパイロット達が彼を前線に出す事に反対してくれれば良いが。

 

兎にも角にも行動を起こさなければ。

月面都市アンマンに入港したアーガマの乗組員は恐らく、久々の休暇で出払っているだろうが留守要員もいる。パイロットなら特に全員が一斉に休暇を取ることは無い。無いはずだ。

 

いや、その前に、カミーユ・ビダンに事実確認をすることが先だろうか。辛い体験だ。僕は子供にあんな辛い体験を思い出させ、供述調書を取らなければならない。あんな、子供に。

 

しかし、アーガマの記録は全面的に信用できなかった。あまりに非常識すぎるからだ。信用したくもない。できれば、何かの間違いであってほしいとさえ思う。

確かめるためにも、僕はカミーユ・ビダンから話を聞く必要があった。

 

カミーユ・ビダンの自室前に着くと同時に、部屋に飛び込んだのは咄嗟のことだった。エマ・シーン中尉がカミーユの頬を張ったのが彼女の後ろからでも見えた。女性とはいえ、大人が子供に張り手をするのか!アーガマは!!

 

僕が着いてきている事に気付かなかったであろう、部屋の入り口に立つエマ中尉を押しのけ、カミーユと彼女の間に割って入る。

 

「エマ中尉!何してるんですか?!」

 

もしかしたら二発目を張ろうと思ったのかも知れないエマ中尉を押し留めように手を広げた。狭いこの部屋なら、少しは牽制になる。

 

「あなた、エグザベ・オリベ中尉でしたか?どいてください。カミーユは集合の号令を無視したんです。」

 

「僕は、軍属じゃありませんよ!」

 

背後からカミーユ・ビダンが声を上げる。そう。彼はまだ正式には軍属ではないし、軍人ではない。だからこそ、僕は彼を自室に呼び出さなかった。

 

「あなた、パイロットなのよ!」

 

「待て待て!カミーユの言ってることは正論だろう?!彼の扱いは、民間人のままだ。パイロットとして扱う事は軍規の上で許されないぞ!」

 

迫るエマ中尉を押さえながらそうは言ったが、果たしてこのアーガマで軍規と言うものがどれだけの効力を持っているのか。

 

「エグザベ中尉!先任の命令です。艦長とクワトロ大尉も同意の上のこと!カミーユをこちらに!」

 

「な、本気なのか?」

 

軍隊において先任とは、先に軍務についている者を指す。階級が同じならば、先任の命令と意見が優先されるのだ。それは勿論、普通ならば。

 

「僕は行きたくありませんよ。」

 

足元を緑色のボール型のペットロボットが転がった。

彼の持ち物にこんな物があった報告はなかったはずだが。アーガマがアンマンに帰港してから購入されたものだろうか?その割には、ずいぶんと旧型のペットロボットだ。外見に傷も多い。

 

これだけでも、アーガマ、いや、エゥーゴは報告と人員、積載物の管理も疎かにしていることがわかる。本当に軍なのか、ここは!?

 

「ここは軍なのよ、弁えなさい。」

 

今度はエマ中尉が僕を押しのけ、カミーユの腕を引くと足早に部屋を出ていく。油断した!冗談じゃない!

僕の足にまとわり付きながら転がるペットロボットを拾い上げると、2人の後を追った。

 

本当に!冗談じゃない!!

 

カミーユのような少年を、民間人を、パイロットとして集合にかけるなんて。非常事態だろうがあってはならないことだ。

ましてや、ここはアンマンだ。月面都市で反ティターンズ組織であるエゥーゴの本拠地だ。ティターンズに命を狙われているであろうカミーユ・ビダンをアーガマから降ろして、この都市で保護するというのならともかく、パイロットとしての集合?!正気か?

 

この時、2人を追いかけた自分を僕は本当に心から褒めてやりたい。アーガマの外に出た2人は艦長と大尉、それから恐らくエゥーゴの関係者の誰かが乗ったエレカに出会した。

 

まさか、その関係者の男性が出会い頭にカミーユを殴り飛ばすなんて思いもせず、僕は子供が殴り飛ばされるのを見た。また、子供が、大人に殴られるのを止められなかった。間に合わなかった!

 

慌てて割って入り、男性をカミーユから引き離すが、なんだこの人?力が強い。

 

「ま、待ってください!!あなた、何を?この子が何をしたと!」

 

殴り飛ばされ、地面に倒れるカミーユに近づけないように両腕を広げ立つが、彼も怯みはしなかった。当たり前か。僕には迫力とか気迫とかがないと、士官学校時代から皆に言われてる。

 

「彼はニュータイプのパイロットなのだろう!遅刻をして謝りもしない!増長したその精神を修正する!!軍なら当然のことだ!」

 

「待ってください!彼は民間人です!」

 

本当に待って欲しかった。クワトロ大尉もエマ中尉もヘンケン艦長も、この男性を残して建物の陰に隠れている。そんな事ってあるのか?子供を生贄にしているとでも?

 

「君は何だね!軍人ならば、修正される事の必要性を理解できんのか?!」

 

本気で言っている。この男性は本気で、自分の行動が正しいと、必要な暴力だと思っている。それを理解してしまえば、覚悟はできた。

生唾を飲み込んだ後、両腕を後ろで組み姿勢を正した。軍で必要な制裁を受ける時の姿勢だ。腹に力を入れる。

 

「自分はエグザベ・オリベ中尉であります!彼、カミーユ・ビダンが今回の集合に遅れたのは自分の指導力不足に原因があります。修正!願います!!」

 

言い終わるや否や、腰の入った重いパンチが顔に入る。続けざまに腹にもだ。定石だ。足にも腹にもキックが入るが、倒れるわけにはいかなかった。

 

子供が大人に殴られるなど、それも、恐らく彼には理解できない理由で殴られるなどあってはならない。

 

エゥーゴの男性は顔、腹、膝、肩。僕の身体のあらゆる箇所をパンチやキックで殴り続けてくる。腰の入った熟練の暴力だった。

 

うめき声をあげ、痛みに耐えながらも僕が考えたのは、この人が殴り疲れないことに対する感心だった。エゥーゴの関係者だけあって、いざという時に備え生半可に鍛えては居ないのだろう。素直に努力の人なんだなと思えた。同時に早く疲れてくれないかな?とも。

 

「やめてください、暴力は!!」

 

後ろでカミーユが声を上げたようだ。

 

だが、暴力を彼に向けさせるわけにはいかない。

 

「いえ!自分にはまだ、修正が必要です!」

 

「吠えたな!」

 

まさか、僕の人生に、道端で顔面ドロップキックを食らうと言う珍事が起こるとは思いもしなかった。

 

 

 

 

 

気がつけば、アーガマの医務室にいた。手当が終わり次第パイロットには戦闘準備に入ってもらうことになっていると医師から聞かされる。戦闘準備?ティターンズか?医師に尋ねても返答は返ってこなかった。あげく、僕を無視するように医務室から出て行ってしまった。何なんだ、アーガマという戦艦は。

 

起き上がり横を見ると、ベッドのカーテンの陰にカミーユの姿を見た。緑のペットロボットを抱え、俯いて医務室の硬い椅子に座っている。あの後、また、殴られたのかも知れない。顔に湿布が張ってあった。 

 

ベットから立ち上がって、カミーユ・ビダンに頭を下げた。

 

「君のことを守りきれず、申し訳なかった。すまない。」

 

カミーユは何も言わなかった。呆れているのかも知れない。大の大人が、一方的に殴られ続ける様子を見せ付けられて精神的にも参ってしまっただろう。咄嗟だったとはいえ、彼を逃がしてからにするべきだったか。

 

「怪我の具合を聞いていいか?恐らく、君にとって不幸な事だけど、今回の件は不問にされるだろう。艦長と大尉があの場にいたから。」

 

「…そう、でしょうね。あの人、ウォン・リーさんって言うエゥーゴの出資者の人もそんな感じのことを言ってました。」

 

顔を俯かせたままカミーユが応える。緑のペットロボットはハロハロと声を上げていた。大事にしているんだな。

足元にまとわりついて危ないから、あの時は抱えて持って行ったけれど、このペットロボットがカミーユの心の支えであったのであれば、あの行動は正解だったかもしれない。

 

「しかし、記録には残すよ。協力して欲しい。」

 

僕の要請にカミーユは頷かなかった。

まあ、今日、会ったばかりの人間だ。エゥーゴの大人たちがあんな様子だったのでは、僕なんか簡単に信用されはしないだろう。少しずつ、信頼を重ねていければいいのだけれど。

 

5分ほどの沈黙の後、カミーユが喉の奥から絞り出したような声で紡いだ言葉は、僕の思考ではまるで思いつかないようなものだった。

 

「………あなたは、エグザベ、中尉。あなたは敵なんですか?」

 

敵?敵って何のことだろうか?

 

「いや。違うけど。…なんで?」

 

心から疑問だった。彼の尊敬するクワトロ大尉に無礼な態度をとったからだろうか?しかし、殴られた子供を見捨て隠れられれば、誰だって睨むくらいはするだろう。

物陰から、子供が大人に殴られる様子を見ているだけの軍人なんて、人でなしでしかない。いや、任務上必要であれば僕だって人でなしになってもみせるが、それでも、越えてはならない一線というものがある。

 

カミーユは、ずっとペットロボットを見ている。こちらをちらっとも見ずに。まぁ、他人の怪我を積極的に見たがるのは医者くらいなものか。

彼は僕を見ないから、意外と僕の傷が軽いことにも気づいていないんだろう。

殴られるときにコツがある。コツを掴むまではとても苦労したが。

 

「……大尉が、クワトロ大尉って、少し回りくどくて抽象的なところがあるんです。分かってもらえますか?」

 

ああ…クワトロ大尉はそういう感じの人なのか。たまに居る言い回しが独特な人。命令は復唱確認が必須だな。

 

「似たような人には会ったことあるよ。」

 

「大尉の言う事を僕なりに簡単に、まとめると」

 

「大尉は僕が、アーガマの敵だと思ってると言うことか?」

 

「違います。僕の敵、という意味なんだと。そう言っていると感じました。」

 

行儀は悪いが、ベッドに腰掛け深くため息をついた。それしかできない。今日、着任したばかりだというのに。

 

「すまない。カミーユ君。僕にも、その、大尉の発言の意味が分からないよ。力不足で、本当に申し訳なく思う。」

 

カミーユは更に落胆したようだった。より強くペットロボットを抱え込んだ。彼は今までずっと、この艦で孤独のまま周囲に振り回されていたのか。

 

「…僕、さっき一度部屋に戻ったんです。エグザべ、中尉が持ってきたんですよね」

 

こちらを見ずに、カミーユは膝の上に置いていたのだろう書類の束を差し出した。ペットロボットで見えていなかったが、それは僕が彼の供述調書を取るために用意した資料だった。

慌てすぎたせいで、咄嗟に彼の部屋に置いてきてしまっていたか。

 

「わざわざ持ってきてくれたのか。ありがとう。ちょっと抜けがないか確認してもいいか?」

 

カミーユは何も言わず俯いたまま頷いた。

 

「………あなたは何を思って…その最後の資料を?」

 

資料は一通り、カミーユによって確認された後のようだった。悪いことをした。本調子でもなく、疲れ切っていただろうに、こんな物を。彼に辛い事を思い出させてしまった。

 

「君に、不用意に見せるつもりではなかったんだ。君と話をして、様子を見ながら提案するつもりだった。」

 

1番最後の資料。それはアンマンにある葬儀社のリストだ。彼の目の前で亡くなった両親を弔う為の葬儀社を僕はピックアップしておいた。今の僕にできることは少ない。この程度のことしか、出来なかった。

 

「僕の不注意だ。殴ってくれても構わない。」

 

その発言すらも、彼、カミーユを傷つけたようだった。

 

カミーユは俯いたまま、声もあげずに涙を流した。

 

彼も男の子なんだな。ふと、親友のカミーユの姿が脳裏に浮かんだ。

あぁ、そうだ。あいつも、昔はこんな泣き方をしていた。僕らが子供の頃だ。なんで泣いていたんだったか?いや、あの頃はしょっちゅう泣いたり笑ったりしていたか。本当にしょうもない事で、それを僕らはしていた。

思い出し、ベッドの上の掛け布団をグリーン・ノアのカミーユに頭から掛けた。

 

あいつも泣いてるところを見られるのは嫌がった。きっとこの少年もそうだろう。

 

「こんな事しか出来なくて、ごめんな。」

 

「!誰も、誰も!!……!」

 

それ以上は言葉にならないようだった。カミーユの近くに椅子を寄せて座った。

軽く掛け布団越しに肩をたたく。

 

「ここにいるけど、僕は寝ているから何も聞こえないよ。」

 

無力な自分には、それしかできることはなかった。孤独ではないと伝える事しか。

 

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「!誰も、誰も!!……!」

 

あなたには、こんな事してくれなかったんじゃないですか?!

 

それを言ってしまえば、僕は、エグザベ中尉を傷つけてしまう。きっと。歯を食いしばって、喉を潰すように声を押し殺した。

 

「ここにいるけど、僕は寝ているから何も聞こえないよ。」

 

右隣に座っている中尉は、そう言うとそれ以上は何も言わなかった。

 

誰も、あなたには、こんな事してくれなかったんじゃないですか?!誰も、あなたが家族を故郷を友人を、平穏を失った事に寄り添ってくれなかったんでしょう。なのに、なんで!!

 

湧き上がる思いに根拠はなかった。ただ、それだけを感じた。確信だけを感じていた。

 

掛け布団のエグザベ中尉が座っている方だけが、暖かなことが遣る瀬無かった。この人も今、暖かさを感じてくれていればいいのに。失ったものを埋める事はできなくても、せめて、この人には人間は暖かいと言う感覚を忘れて欲しくなかった。

孤独ではないと、感じていてほしかった。






1話でロベルト中尉とアポリー中尉が発言しているんですが、2人はリック・ディアスの完熟訓練が終了していないようです。しかも、正規訓練でもなく、「まともに動かす」ことすら実地訓練中と、俺は受け止めました。

え?でも、そのやりとりのすぐ後に、クワトロ・バジーナはグリーン・ノアのコロニーに穴開けて、敵勢力ティターンズの規模が分からないのに強襲しただろうって。そうですね、しました。
アポリー中尉とのやり取りを見ると、「ガンダムMK-Ⅱ奪取」は予定外の行動だったようにも思えるのですが……
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