機動戦士Ζガンダム異伝 エグザベ・オリベ戦記   作:1スレ130番より愛を込めて

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ニュータイプの持つ感覚のことをエグザベ・オリベは「思考が走る」と、言う。

頭が混乱しているのと変わりはない、とまで言う。

それは、身を護る術であった。

自分を此岸に留めるための術だった。




かつて偶像を崇拝する信仰があった。
かつて偶像崇拝を禁止する信仰があった。
それらが必要とされた理由をエグザベ・オリベは学んだことがあった。


走る思考

足の小指をタンスにぶつけた時、まず最初に感じるのは耐え難い痛みだ。身体をどれだけ鍛えた人間だって、思わず呻くほどの痛みが走って、その後にようやく思うのだ。何故、自分はもっと周囲に注意を払わなかったのかって。

 

だから、僕は、エグザベ・オリベはアムロ大尉に思いっきり腹を殴られて、痛みを自覚したあと周囲に注意を払ってなかったことに後悔を憶えたのだ。

 

「あ。」

 

と、殴られてふらつきながらも、その事に思い至った時、2撃目がきた。カミーユからだった。左の頬に良いパンチが入る。強い。

カミーユは歯を食いしばって泣いていた。3撃目も4撃目もその次も。僕は、ただ受けるしか無かった。

当たり前だ。僕がさせている事だから、僕が受け止める義務がある。僕はカミーユが、僕を殴り疲れて、泣きながら僕に寄りかかってくるまで、ただ耐えた。

 

「ごめん。ごめんな、カミーユ。」

 

抱きとめたカミーユにそう言うが、応えはない。そうだよな、僕はもっと周囲に気を使うべきだった。まず、第一にカミーユに。

 

死ぬつもりは無かった、なんていう言葉は運良くアーガマに帰ってきたから言えるのだ。

必ず帰ってこれる立場でもないくせに。

エグザベ・オリベは軍人のくせに。

でも、

 

「カミーユと約束しただろ。必ず帰るって。」

 

本当はカミーユにとって、それが何の慰めにもならない言葉だと知っている。僕が軍人である限り、いずれは破られる約束だからだ。

 

しかし、僕にとっては大事な約束だ。

 

だからこそ、どんな悪足掻きでもしてみせようと思ったのだ。敵MSを盾にした。リック・ディアスが追いつけないほどの、自壊するほどの動きをさせた。仲間の誘爆で彼らを殺そうとすらした。まぁ、誘爆を恐れず、しがみついてくるとは思わなかったけど。

 

「帰ってくるよ。次も必ず。何をしても。」

 

そうしなければ、カミーユを、ファさんを、子供たちを戦場から引き離せないのなら、僕はやれることをやるだけだ。やるしかない。

 

 

 

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もはや廃棄されるしか無いリック・ディアスをエグザベさんは見上げていた。

カミーユはそれをずっとエアハッチの中から見ていた。

 

エグザベさんはアーガマに帰ってきて、二言三言くらい、カミーユと言葉を交わしたあとは、格納庫の邪魔にならない所で、ずっとそうしていた。

カミーユが、僕が見ていることも気づかないくらい。長い間。

目線は壊れたリック・ディアスにはない。ずっと、ずっと遠くにある。それが分かった。

 

エグザベさんの思考が走りすぎている。パプテマス・シロッコの会談の時、理解したあの恐ろしい感覚を制御しないまま、走らせ続けている。あの、人間を彼岸に連れて行く感覚。制御できなくなれば、そう、死ぬしか無い。

 

どうしようもないほど、動けなくなるほど、頭と胸をかきむしりたくなるほど、怖かった。怖い。だって、僕には、カミーユ・ビダンには止め方が分からない。エグザベさんは僕じゃないから。

 

思考が走る、のは怖い。怖いと教えてくれたのはエグザベさんなのに。どこか、僕の分からないどこか遠くへ思考を走らせて、ここに、居ない。

 

思考が走るのを止めてくれなければ、誰かが止めなければ、ここからいなくなってしまう。

 

死んでしまう。…エグザベさんが、死んでしまう!母さんと父さんのように!ライラさんやジェリドやカクリコンのように!

ガラスの、砕けたガラスのような煌めきがエグザベさんの頭の周囲で瞬いている様に見えた。

 

母さんと、父さんのように…ファの両親みたいに…いなくなって。どこにも、居なくなって…

 

 

 

 

怖くて動けない僕を助けてくれたのは、アムロ大尉だった。

大尉はアーガマがグラナダ港に着くと、憲兵に護衛されてブライト艦長のお見舞いに来てくれていた。でも、僕の顔色とエグザベさんの様子を見ると直ぐに分かってくれた。何も言わなかったのに。分かってくれて、僕をエアハッチから連れ出すと、エグザベさんに『修正』をいれてくれたのだ。

 

「あ。」

 

と殴られたエグザベさんは、しばらく後に間抜けな声をあげた。

僕はその声を聞いて安心できた。安心できたから、ようやく、エグザベさんに全力で殴りかかったのだ。

 

 

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「次からも、殴ればいい。」

 

アムロ大尉はカミーユに向かってそう、言った。いや、悪いのは確かに僕だけど。そこまで言われるほどか?僕の腕の中で泣いてるカミーユも明らかに頷いた。そこまで?そんなに大きく頷くほど? 

 

「え?……え?」

 

僕の戸惑う声に2人とも応えてくれない。いや、僕が悪いんだけど。

 

「アムロ大尉。僕に訓練をつけてください。僕はエグザベ中尉を殴らないといけないので。」

 

カミーユは掠れたか細い声でそう言った。その声を聞くと、本当に胸が痛んだ。罪を突きつけて僕を責める声。

僕が、したことだ。させたことだ。

 

「ああ、殴り方のコツも教える。さっきのパンチも悪くは無かった。良い鍛え方をしている。見込みがあるな。」

 

え?本気で?アムロ大尉から訓練受けてまで?本気で?いや、カミーユは優秀で真面目な生徒だし、アムロ大尉からは学ぶことも多いだろうけど。本気で?

 

「次が無いように、殴るんです。修正ってそういう事なんでしょう。そうでもしないと、この人、止まってくれないんならそうします。」

 

カミーユの応えを聞いた。

そう、そうか。止めてくれるんだな。

まだ、止まるわけにはいかないけれど。カミーユは、止めてくれるのか。

 

僕は、カミーユの温かい心を知った。知っていたけど、生きていれば何度も何度も知るのだ。生きているから、お互いが温かいと何度も知ることが出来る。走る思考の先では出来ないことだった。

 

生きていなければ。身体と心が生きていなければ。

 

「保護者の居ない子供は、少年兵にされやすいです。狙われています、常に。」

 

アムロ大尉の護衛の憲兵が周りの目を気にしながら、そう囁いてくれた。頷く。そう、僕がやらなければ、護らなければ。

 

それも、生きていなければできないことだ。

 

 

 

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僕はエグザべさんに支えられて、部屋に戻った。エグザべさんの部屋に。

なんでかっていうと、僕がエグザベさんにしがみついて離れなかったからだ。

 

リック・ディアスは本当によくアーガマまで戻って来れたと思う。左脚は膝関節部から下が折れたので、戦闘中にビームサーベルで斬って敵ハイザックに投げていたと、エマ中尉が言っていた。

エマ中尉の部隊が間に合わなければ、どうなっていたことか。盾もだ。敵MSの進路を妨害するために投擲したという。最終的にビームサーベル2本だけで味方の援護を続けていたらしい。機体のバランスが大きく変化してる。左側だけ軽くなってスラスターだって、姿勢制御装置だって、もう、使えないような有様だったはずだ。エグザべさんの訓練を受けたからわかる。

 

そんな戦いをしてもエグザべさんは、帰ってきてくれた。アムロ大尉がエグザべさんの止め方を教えてくれた。でも。それでも。もう、誰かを、家族のような誰かを失うようなことには耐えられなかった。

 

ファも僕と同じ気持ちだったんだ。エグザべさんの部屋に駆け込んできたファはその勢いのままに、エグザべさんの頬をひっ叩いた。僕よりも泣いていた。

 

「私は、カミーユの分まで泣くんです。カミーユが悲しんでるから!」

 

エグザべさんは、ごめん、とだけ僕たちに言う。だから、わかった。必要なら、何度でも何度でも繰り返すんだ、この人は。

 

エグザべさんは軍人だから。

それから、僕らのことを護りたいと思ってくれているから。僕らのことが大好きだから、そうしてくれるのだと。確信でもあり、実感だった。

 

泣いてすがる以外に何ができるんだ。

この人が、遠くに行きすぎてしまう前に、泣いてでも、縋ってでも、怒ってでも、殴ってでも、何やってでも引き留める。引き留めてみせる。

だから、今はファと一緒にエグザべさんに抱き着いて泣いてでも止めるんだ。

 





まあ、実際、両親を亡くした2人の子供を戦場へ連れて行くというのは、MSに乗せるというのは正気の沙汰ではない。

正気の沙汰ではないから、感情は処理できない。

クリスマスに1人更新する俺の感情も処理できない。

あんなに一緒だったのに…
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