機動戦士Ζガンダム異伝 エグザベ・オリベ戦記 作:1スレ130番より愛を込めて
赤い彗星らしさ、とは。
医務室で通達されたグラナダへの出撃命令は、余りに唐突であった。出撃命令を医師から聞かされるというのも珍事ではあった。
いや、記録から読み取れるエゥーゴらしくはある。杜撰という言葉でさえ、もの足りない表現だ。
取り合えず、僕は落ち着いたカミーユを一度部屋に戻らせようとした。ペットロボットも持ったままだったし、本当に医師の言う通り、戦闘が行われるのであれば部屋に保管していた方がいいだろう。
僕はカミーユと連れ立って居住スペースに向かうつもりで医務室を出た。
が、エマ中尉に阻まれ、クワトロ大尉には苦言まで呈された。2人とも何か話しながら医務室近くの廊下まで、僕とカミーユを迎えに来ていたらしい。僕の想定より早い出撃になるとでも言うのだろうか?
戦艦の中だというのに黒いサングラスをかけたまま、既にパイロットスーツまで着用したクワトロ大尉は、エマ中尉のほうに身体を向けたまま、顔だけを僕に向けた。
「軍にいる以上、何が命取りになるかわからん。殴られたくなければ、ミスをしないことだな。」
「はい、了解しました。クワトロ大尉。エグザベ・オリベ、必ず大尉の期待に応えます。」
軍式に応えると、満足したのかクワトロ大尉は身をひるがえして格納庫の方にむかう。その背中に僕は声をかけた。
「クワトロ大尉!ブリーフィングは何処で行われるのでしょうか?」
「ブリーフィング?そんなものをしていては戦場の空気に乗り遅れることになる。」
クワトロ大尉はこちらを振り向くことなく、そんな事を嘯く。
その発言に、僕は恐らく宇宙を見たのかもしれなかった。
いや、実際にはアーガマの廊下の天井を見た。
「公国式か。」
「エグザベ中尉、何を言っているの?公国式って。」
残ったエマ中尉が怪訝そうな顔でこちらを見ている。エマ中尉はまだパイロットスーツを着ていない。恐らくだが、カミーユをガンダムMk-Ⅱのコクピットに押し込むように命令を受けているのだろう。咄嗟のことだったが、カミーユとエマ中尉を遮るような位置に立って良かった。
あんな事があったのに、エマ中尉と会ってもカミーユは表面上、冷静を保てていた。強い少年だ。しかし、彼は少年なのだ。
「ブリーフィングの軽視が公国で横行していた事、士官学校の講義で習いませんでしたか?」
エマ中尉からカミーユを隠すように対峙する。出撃目的も目標も周知しないまま動く上官を肯定するエマ中尉に、現状の異常さを理解してほしかった。
「でも、大尉は!連邦の軍人です。」
「しかし、連邦軍人ならブリーフィングは軽視しません。出撃に置ける手続き上、まぁ緊急出撃は別として、出来ないように制度が整えられています。」
そう、アーガマが肌に馴染まない理由の一つだ。ブリーフィングをした記録が驚くほどにない。手続きが大幅にカットされ過ぎている。そして、皆それに慣れきって、当然の様に動かされている。
「エマ中尉。自分は、エゥーゴを不良軍人の溜まり場とは考えたくありません。大尉に、ブリーフィングを陳情してください。」
僕の陳情は今さっき却下されたのだ。戦場の空気に乗り遅れる、という理由で却下されたのは初めての経験だった。複数人で大尉を説得しなければならない。
ブリーフィングのないまま戦闘をするなど、あってはならない。敵味方の規模も作戦目標も作戦計画も全く分からないまま戦闘を行うなんてことはあってはならない。士官の義務でもある。戦訓でもある。
真っ暗闇の中で目隠しをして手足を縛られて戦え、と言われるよりもなお酷い。
エマ中尉は僕の言葉に一理あると考えてくれただろうか?いや、エマ中尉はもともとエリート部隊であるティターンズに所属していた。らしい。当然のようにブリーフィングの重要性は知っているはずだ。そのはず…
「……今回の出撃には間に合わないでしょうけど、作戦終了後であれば。」
長い沈黙の後、エマ中尉からその言葉を聞けたときには安堵で肩から力が抜けたような気がした。
「でも、まずは今作戦です。カミーユ、貴方ガンダムMk-Ⅱに急いで!」
いや、違う。まだ状況は終わってなかった。油断が過ぎるぞ、エグザベ・オリベ!!
エマ中尉の言葉に促されたのか、格納庫に行こうとするカミーユの腕を軽く掴んで止める。
「カミーユ、行かなくていい。」
「大丈夫です、エグザベ中尉、エマ中尉。」
気丈にもカミーユはそう言ってのけた。
カミーユを振り返り、僕は子供の前で大人の争いを見せてしまったことを知った。
違う!子供をコントロールする為に大人がいるわけではない。だが、僕には何を言えばいいのか、分からなかった。
こんな、孤独な子供の前で争いをして見せれば、彼は例え戦闘が間違いだと、大人の過ちだと分かっていても戦場へ向かう。痛々しいくらいに必死に生きている。生きていく為に必要な事なんだと自分を騙してまで。
僕の失態だった。子供にそんな思いをさせてしまった。カミーユに戦闘が必要な事だと思わせてしまった。この戦艦で、アーガマで生きていくためには必要なことなんだ、と。酷い過ちを犯してしまったのだ。
否定するために、口を開こうとした時だった。カミーユが言葉を紡ぐ。
「心配しないでください、エグザベ中尉。これでも一応、白兵戦ってやつを経験したんです。昨日の事です。身体がきっと覚えています。」
「はく、へいせん?……きのう?」
突然のカミーユの言葉が頭に入って来ない。僕はこんなに阿呆だっただろうか?彼は少し皮肉気に笑ってさえ見せた。僕を気遣ってみせたのだ、と分かる。
「カミーユには才能があります。昨日のカクリコンの襲撃も見事に躱して、私を助けてくれたんです。アンマン近くのコロニーデブリを利用して。」
続けて、エマ中尉までそんなことを言う。
「きのう??…しゅうげき?」
いや、僕は悪夢を見ているんじゃないか?或いは幻聴が聞こえている、とかだったりしないかな?子供を戦場へ出すことを厭わないどころか積極的な軍人など、悪夢以上の悪夢だ。その悪夢以上に、とてつもない危機が目前にあった。
どうすればいい?今日着任したばかりの僕にできることがあるのだろうか?たかが中尉だ。MSパイロットでしかない僕に?
困ったときは兎に角、深呼吸をする事にしている。昔、母からそうすると良いと言われてからついた癖だった。目を瞑ることなく、大きく3回深呼吸をした。酸素が、血液が脳にめぐるイメージを意識して行っている。
「……昨日、エマ中尉とカミーユはここアンマンの近くで、カクリコンと言う軍人から襲撃を受けたって事で認識は合ってるかい?そのカクリコンがティターンズ所属なのも間違いはない?」
カミーユもエマ中尉も頷いてみせた。…僕としては、間違いであってほしかったけれど。
つまり、だ。
「アーガマがアンマンに潜伏していることは既にティターンズに知られているってことか。これを知ったうえで、クワトロ大尉は出撃を?エマ中尉、作戦内容はどうなっているんです?」
「大尉は詳細を省かれます。大胆な方です。」
エマ中尉の言葉を聞けば、赤い彗星が頭を過ぎる。1年戦争で名を挙げた赤い彗星。
考えなければ、いや、クワトロ大尉に真意を確かめなければ。
まさか、敵は愚かで間抜けなどと考えていないだろうな?いや、これは上官侮辱罪にも問われかねない。特にこのアーガマ、いやエゥーゴ内部では。考えるな、エグザベ・オリベ。
ティターンズは、敵は月面にある都市の中から、見事アンマンにいるアーガマを見つけ出したのだ。狡猾で準備も警戒も怠っていない有能な敵だ。手強い。
既にこちらの動向は監視されているのは間違いない。
「敵の狙いはアーガマか。グラナダへの出撃が予想されている可能性もある?いや、違うか。」
グラナダ市の地球連邦軍基地はティターンズ宇宙艦隊の補給基地だ。襲撃を予想しているのならば、もっとグラナダ周辺に敵戦艦が集まってくるはず…そうであれば、MSで出撃など、たとえ、もし、万が一、赤い彗星であっても。…いや、自分を騙すのは止めよう。
クワトロ・バジーナ大尉を名乗るシャア・アズナブルであっても出来はしまい。
「アーガマが?」
カミーユの顔に焦りが浮かぶ。気持ちはわかるよ。有能な敵なら今この瞬間にでも、月面都市アンマンを人質に、この港を犠牲にする事をルナリアン達に納得させてしまうだろう。カミーユをどうやって逃がす?どこに?
アンマンにはツテがない。エゥーゴの幹部であれば別だろうが。
「エゥーゴ、そうか。エマ中尉、さっき道で会ったのはアナハイムエレクトロニクスのウォン・リー氏で間違い無いんですね。」
「ええ、そう、大尉から伺ってます。それがどうかして?」
「アーガマの補給は完全ではありません。今後の予定は全く分かりませんが、足りていない事だけは確かです。一方、グラナダには少なくとも3隻は補給を待っている船がある。」
3隻の戦艦。それはアンマン港にアーガマが到着する直前に行われた戦闘で確認された艦の数だ。僕はアーガマの戦闘記録からではなく、着任する前に見た報道でそれを知っていた。
「そうか!敵の補給を奪えば!」
カミーユが気づく。賢い。
「アナハイムがそれを示唆した。ウォン氏は連絡員をしてくれているのか。なら、この港ごとアーガマが落とされる心配はしなくて良い。」
一つ、問題が片付く。この港が今すぐ爆破される心配が無くなっただけだ。それだけでしかない。
「クワトロ大尉はグラナダへ敵の補給を奪取しに向かう予定でいる。一方、こちらの戦力が敵に知られているのは確実で、恐らくアーガマを落とすつもりの戦力で待伏せをしている。このあたりはデブリも多い。隠すのなら戦艦ではなく、MS部隊か陸兵だ。グラナダへ出撃する大尉を追って、敵の戦力が二分されるかどうか。」
「クワトロ大尉が危険と言うことですか?」
カミーユが険しい顔をしている。
「僕ら全員が、危機的状況なんだ。」
誤魔化したところで、何にもならない。ブリーフィングはそう言う認識を統一する場でもある。
「大尉のMS部隊はもう出撃しています。信号弾で呼び戻しましょう。」
エマ中尉のその提案も、ブリーフィングで聞きたかったな。
「今呼び戻せば、更に危うくなります。敵に、僕らが気付いたことを悟られる。アーガマは補給も出来ないまま、アンマンを出航後に艦隊戦を強いられることになる。」
僕だったらどうするか?いや、違うな。有能な敵はどうするか?敵の補給が万全だろうと、そうでなかろうと囲んで叩くことを考えるだろうな。こちらはアーガマと13機のMS程度の戦力しかない。推進剤もミサイルもそんなに消費しない。なんせ待伏せだ。アーガマがアンマン港から出てくるのを待つだけでいい。
「ガンダムMk-Ⅱなら大尉に状況を報せに!まだ、間に合います。」
「機体の性能は理解してる。でも、1機で月面を駆けるのは駄目だ。というか、させないぞ。」
カミーユの腕は掴んだままだ。離せばすぐにガンダムMk-Ⅱのコクピットに乗り込むだろう。それが分かっていた。過ちを繰り返してはいけない。
「カミーユ、君には悪いがガンダムMk-Ⅱには僕が乗る。ガンダムが出撃すれば敵は、アーガマを侮る。地球連邦軍もティターンズも『ガンダム』を重視しているからな。クワトロ大尉には悪いが、僕はグラナダから反転して敵を挟み撃ちにさせてもらおう。なに、アナハイムが味方なら、敵補給の奪取は約束されているんだ。」
アナハイムがエゥーゴの味方である。これは重要な懸念事項でもあった。地球連邦軍にMSを売りつけているアナハイムが、地球連邦軍の組織であるティターンズに反抗をする。
反ティターンズであるエゥーゴとしては有難いが、それは騒乱そのものであった。
ブリーフィングがない、ということ。