機動戦士Ζガンダム異伝 エグザベ・オリベ戦記 作:1スレ130番より愛を込めて
オリーブを咥えた白鳩が、それを教えてくれたのだ。
もう、神罰は過ぎ去ったのだ。
「ダイクンの遺志を継ぐ者?ジオン・ズム・ダイクンのことか。…地球圏のゴシップ記事にも1年に1回は出る話題だな。シャア・アズナブルは、ダイクンの遺児キャスバル・レム・ダイクンだ、とかいう。ジオン共和国成立時にも、キャスバル・レム・ダイクンを探して公王の座につける、と言い出す政治派閥が現れた。ほぼ全員、戦後の軍事法廷で死刑判決が下ったけど。」
当たり前に、シャア・アズナブルがキャスバル・レム・ダイクンだという話を信じる者は少ない。なんせ、ゴシップ記事だ。
キャスバル・レム・ダイクンは幼くしてザビ家によって暗殺された、と言う話がまだ現実的で定説だ。
シャアがキャスバル・レム・ダイクンだ、と信じている人間は、地球人の先祖が宇宙オオトカゲだという戯言を信じている者たちと数では大差ないだろう。あれ?結構いるのか?
共和国にいた『戦後ダイクン派』に死刑判決がでたのは、彼らがザビ家の行った虐殺行為に参加していたからだ。指揮する立場の人間だった。ジオン公国の、ザビ家の側近はそういう、権力者や権威におもねる者たちばかりだった。
「アステロイドベルトから地球圏までは1年弱くらいかな?アクシズは大きいから、時間がかかっただろうけど。戦艦なら、0084年内には地球圏にたどり着く。デラーズ紛争の1年後くらいになるか?その頃のアクシズはどんな様子だったんだ?ハマーン。」
デラーズ紛争は、0083年10月から11月にかけて、ザビ家の残党デラーズフリートが、核弾頭を使い地球連邦軍を襲撃し、コロニーを再び地球に落とした紛争だった。コロニーを地球の穀倉地帯に落として、地球圏全体の人間を飢え死にさせるのが目的の紛争。
公的記録にはコロニー移送中の事故とされたが、共和国政府も共和国軍も真相は知っていた。地球連邦政府の情けをかけられたことも。
僕にとっても馬鹿馬鹿しいと思えることだが、ジオン共和国は紛争が起きるまで何も、本当に何も知らなかったのだ。
敗戦後の混乱を治め、懲罰的な禁輸措置や輸出入等の赤字や戦時国債の返還や脱走兵による物資や金品等の盗難・強盗やテロリストの跋扈、ついでに傷痍軍人や軍人遺族問題も含めて、様々な国家存亡の危機に対応していて本当に気づけていなかった。
あまりの間抜けっぷりに、地球連邦政府も地球連邦軍も共和国を無関係としてくれた。追加懲罰が行われていたら共和国も共和国国民も死んでいただろう。
まあ、その代わり、共和国は公国の残党狩りに予算と人材を充てざる得なくなった。つまり、ギャン部隊を始めとする残党狩り用の軍人育成だ。
「0084年末から、デラーズフリートを名乗るならず者たちがアクシズに来た。戦艦に自分たちの家族を乗せて、アクシズでザビ家の再興をするのだと抜かしながら、アクシズの少ない蓄えや穏健派の排除にさえ手を付けようとした。父の時代から貯蓄していた、緊急時のための食糧全てを切り崩さなければ、アステロイドベルトで殺し合いをする羽目になっていた。」
ハマーンは、当時のことを思い出したのだろう。少しだけ、顔をしかめた。
デラーズフリートの残党がアクシズに着くまでの期間が短いことが僕は気になった。シャア・アズナブルが地球圏について1年経たないうちに、アクシズに残党が辿り着いている。
「ハマーン、できれば落ち着いて聞いてほしいんだが。アクシズを開拓していたという話は、共和国では聞かなかった。小惑星の開拓事業があったことは聞いている。でも、公国時代の命令は大部分が機密で処理されていて、ソロモンが陥落したことで公的記録も乏しい。アステロイドベルトへ反ザビの派閥を追放していたという証言と命令書はあっても、詳細な場所までは地球圏からは分からない。アクシズの記録は、ザビ家の残党に破棄されてしまっていて、詳細な位置までは共和国も分かっていなかった。」
そう、ただ小惑星帯と一言で言っても、広すぎるのだ。火星と木星の間にあるアステロイドベルト。その中から、たった一つの小惑星を目指すなど砂漠で一粒の宝石を見つけろと言われているようなものだろう。
「気にしなくていい。私も分かっている。おそらくは、シャア・アズナブルが、デラーズフリートの残党を、いや、ダイクン派や他派閥も含めたジオン公国の残党を、アクシズへ扇動していた。奴が、地球圏に残していた部下を使って行っていたのだろう。あの時期に地球圏へ出て行ったのも、地球圏に手駒がいて情報を得ていたからだと考えれば辻褄が合う。……これはアクシズにいた頃から、分かっていたことだ。続々とアクシズに集まってきていたダイクン派閥とザビ家派閥は水面下で殺しあってはいたが、大規模な内乱にまでは至らなかった。理由は想像がつく。俗物のすることだ…」
そこまで言って、ハマーンはミネバのほうを不安げに見た。いや、そこまで言われれば僕だって分かるよ。
両派閥は、シャア・アズナブルとミネバ・ラオ・ザビの婚姻で手を打った。
シャアはアクシズのダイクン派閥を握って、そして自分に不要だと感じた人間をアクシズと共に放り出した。地球圏に帰ってきてからは、同じく自分に不要と感じた地球圏のジオン公国の残党をアクシズに送り込んだんだろう。
そう、ゴミをゴミ箱に捨てるように。
派閥間の権力抗争を収めるために、アステロイドベルトで争わないために、アクシズはシャア・アズナブルを必要とした。それが、気に食わなかったシャア、お前は人を、命がけで小惑星を開発して生きていた人間たちをゴミのように扱ったのか。
その、壮絶な悪意の蟲毒、アクシズ。それでも、
「アクシズは、ハマーンとセラーナさん、ミネバちゃんを護って地球圏まで戻って来れた。」
そう、マハラジャ・カーンのアクシズは、娘たちを地球圏まで送り届ける役目を果たした。僕はそう感じた。
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地球圏まで、父が、父の開拓したアクシズが私たちを護った?アクシズが、私たちを送り届けてくれた?
あの壮絶な日々、絶望と苦しみと喪失の象徴、アクシズ。
アクシズのハマーン・カーンであれば激怒し、このエグザべ・オリベを殺していたかもしれない。
しかし、私は、ただのハマーン・カーンは右頬に熱いものを感じていた。
私が、小娘のように人前で涙を流すなど許されるのだろうか。マハラジャ・カーン、父よ!!お父様!!
「私は、私たちは、本当に生きて、地球圏に帰って来れたのか。父のアクシズで、あの箱舟で。」
ならば、もう、アクシズは役目を果たしたのか。父の願いが、私たち姉妹とミネバの地球圏への帰還であったのであれば、それは叶えられた。
「少し、先走った話にはなるけれど、ハマーン、貴女たちは地球に住んだほうがいい。このアーガマが帰還する月面のグラナダ基地は地球連邦軍の憲兵によって、大掃除が終わった所だけれど。あまり長居をするべきではないと思っている。地球のほうが安心して過ごせるだろう。その方向で地球連邦軍も手配するだろうし。」
エグザべ・オリベ、お前は地球に私たちを導くのか。地球に私たちの居場所を作る気でいる。
「グラナダをエゥーゴの基地にしているなど、終ぞ聞こえてこなかった話だ。」
グラナダは、かつてジオン公国により占領されていた。シャア・アズナブル大佐の名があれば、エゥーゴの物になっていても不思議ではなかったのに、思い至らなかった。
いや、思い至らないのは当然だ。地球圏にジオン公国の帰りを待つ人間など居るはずがないのだから。ザビの忠実な部下、シャア・アズナブルが歓迎されるなどと思うのが、まやかしだった。
「まぁ、あまり褒められた作戦でもなかったし、地球連邦軍としてはいい迷惑だっただろうから軍機だ。むしろ、アクシズに知れていたら大変だったよ、エゥーゴの情報部も憲兵も。」
軽く笑ってエグザべが言うが、お前以外の人間の顔は引き攣っている。今、軍機と言ったか?
「詳しい話はしないからセーフだよ。それより、全員の新しいプロフィールを考えておいてほしいな。情報部で新しい戸籍を作ってもらおう。コロニーからの難民なら、簡単な審査と忠誠で認可が降りるはずだ。認可を遡らせて5年前辺りに設定してもらうと、より確実になる。暮らし向きは、君たちが渡してくれるアクシズや戦艦のデータ、MSのデータ、アステロイドベルトの勢力図、まあ、その他もろもろと引き換えで保障されるよ。……特にミネバちゃんは生涯、護衛と監視がつくだろうけど、生命の安全は確実だ。」
そう、エグザべは最後の一言を小声で言った。アクシズでの日々を想えば、天国のような待遇だった。
「ミネバを、普通の子供にしてあげたい。可能か?」
「ミネバちゃんは普通の子供だよ。学校にだって行けるだろう。まあ、連邦軍基地の軍人関係者居住地にある学校ならだけれど。高等教育は民間の学校にできるかどうかは、情勢次第だ。…違うよ、ハマーン。ミネバちゃんは、貴女とセラーナさんと一緒に生きていけることが分かったから、普通の子供なんだ。これからは、ハマーン、貴女がミネバちゃんのそばに居てあげてほしい。」
小賢しい男だ。だが、言っている意味は分かる。私1人、そう、軍人でもないただ、MSの操縦が上手いというだけの人間1人で情勢など動かせるものではない。
「では、ハマーン様にかわり、このマシュマー・セロが!!」
部屋の隅でミネバの護衛をしているつもりのマシュマーが声をあげるが、手をあげて黙らせた。
「17の貴様に何ができる?私の名代でもするつもりか?貴様程度で?」
「え?17歳?カミーユと同じ年じゃないか?!」
エグザべが驚きの声をあげ、マシュマーに振り向いた。
私も驚く。カミーユ、もう少し幼いように見えた。何故、戦艦に乗っているのか不思議なくらいに。
「え、ああ、ごめんな、不躾に見てしまって。背が高いから、とっくに成人しているんだと思いこんじゃって。」
背が高いと言われて喜ぶな、マシュマー。馬鹿な子だ。
「カミーユ、宇宙へ出て来た少年。あの子はどうして戦艦なんかに。」
エグザべと一緒に、私へ手を振って見せ、にこやかにおかえりなさいと言ってくれた、優しい少年、カミーユ・ビダン。強い子供でもあった。
「一言で言えば、シャア・アズナブルが原因だ。僕の友人は、奴が強化人間を作ろうとしていたと見ているよ。カミーユはその素体に選ばれ、戦艦に乗せられた。降りられないのも、まだシャア・アズナブルが捕縛されていないからだ。」
ブライトの顔が見えないのか、エグザべ・オリベ。先ほどから青を通り越して白くなっているが。
「強化人間の実験なら、アクシズのザビ派閥が主導していたはずだ。詳細も聞かされてはいた。奴らに予算を渡さなければ内乱になっていたからだ。強化人間をクローン化して量産し、兵士として運用する案にダイクン派閥も特に反対してはいなかったこともある。」
そう、アクシズの強化人間の実験では何人もの子供が実験台になり、死んでいったと報告を受けていた。強化人間に適さないと判断された子供が何人も犠牲になっていたことに、私は目を瞑っていた。アクシズで生き残るためには、目を瞑るしかなかった。ニュータイプと確定していたセラーナとマシュマーに手を出させないために、私は顔を知らない子供を切り捨てた。アクシズにおける摂政など、その程度のものだった。
「薬物と催眠とサイコミュの研究が必須だって聞いたんだけれど。……ああ、そうか、公国時代はキシリア派閥がサイコミュを主導していたんだったか。エルメス?とかジオング?とか、なんかそう言う名前の。」
アクシズのサイコミュ実験、それは私のキュベレイが完成形を示している。
情報部にも、憲兵にも明かしていい。アクシズの構造も、研究施設の場所も、モウサの構造も、物資の保管場所も、脆い場所も、全て。
それは懺悔にもならない。償いにもならない。だが、地球圏でも同じことを許したくはなかった。人体実験は二度と。
それを可能だと、この私に思わせるお前は、
「もう、共和国軍人としての身分を明かしていいのか?エグザべ・オリベ。」
挑戦的に笑って、エグザべに言って見せた。そう言う余裕も出て来た。
お前は人を恐れない人間か。ならば、私もお前を恐れない。
「今は、共和国と地球連邦の蜜月だよ。ようやくだ。共和国軍が力を入れて来た残党狩りも無駄に終わらなくて良かった。」
艦長室の中、何人か驚いている人間もいるのだが、気にもしないのか。
いや、そうか、お前は自分が気にかけられるような存在ではないと思っているのか。馬鹿な男め。
「僕の身分は、憲兵も情報部も知っていることだから今更だよ。パイロットとしての本分を果たせばいいだけだから、アクシズのハマーンほどの責任もない。大したこともしてない。」
ブライトが胃を押さえて倒れた。介抱する様子は手慣れたものだな、エグザべ。自分をただのMSパイロットに押し込めるのは、もう辞めたほうがいい。
地球連邦とジオン共和国の為にも、ブライトの為にも。何よりカミーユ・ビダンの為にならない。それを分かると良い。いや、私の言うことではないか。
いま、私が真っ先にすべきことがあった。一番大切なこと。
「ミネバ、私と一緒に貴女の新しい呼び名を考えましょう。これから、ずっと一緒にいるために、家族になるために。」
セラーナのところにいたミネバに呼びかける。
「ハマーン!!お母さまって、お母さまってハマーンのこと、よんでもいいの?」
憶えていてくれたのね、ミネバ。もう、5年も昔のことを。ほんの少しの時間、5分だけ2人きりで過ごせた時のことを。ミネバは私を母と呼んでいいか、呼びたいと言ってくれた。
断ることしかできなかったのは、私が弱い女だったからだ。
「もちろんです、ミネバ!」
私の腕の中に、ミネバが飛び込んできたのを抱きしめた。温かい。愛し合うということは温かいことだった。
戦後すぐの日本を考えてもらえば分かると思うんですが、まあ、敗戦国の政府機能なんてね、ちゃっちいものですよ。お粗末なんですよ、はっきり言えば。
それでも日本は、断然、幸運でGHQさんが食料売ってくれたり、安全保障の代替をしてくれたり、円ドルの関係を円滑にしてたからまだマシで。
労働者になってくれる人材も満州やら朝鮮やら台湾から帰ってきてくれて、日本国内の労働人口も大幅には減ってない。
いや、俺GHQ嫌いだけど。
マジもんの敗戦国は亡国の連続。ジオンにはGHQになってくれる組織も来てないっぽいし。
そもそも、戦死した若者や労働者の補填が利かない。ジオン公国に友好的にしてくれるコロニーなんて、どこにある??労働に来てくれる移民なんかいないだろ。各サイド壊滅的ダメージ喰らってるんだから。
日本はまだ、地政学的に反共対策で国ごと残す意味があったけど、ジオンなんて残す意味ある??地球が輸出入の赤字まで気を遣ってやる意味が、暴発防止くらいか?
地球は地球全土が被災地なので、当然余剰の救助や支援物資すらない。多分正確な死者数も分からない。都市が壊滅してインフラ消えて、天候も異変だらけで、戦後7年間、1年戦争関係の死者は増えるだけ。
コロニー落としのせいで起きた津波で海岸線や平地は、おそらく塩害で田畑が壊滅。建築物も塩害で大規模修復か撤去が必要。俺ら日本人なら、当然分かる話。
コロニーの修復や再建も同時進行で行わないといけないのに、人口は半減してて、携わる人材のそのほとんどが戦争の被災者。もしかすると、家も財産もない被災者。
おまけにコロニー落としやら衛星落とし対策にも予算採られて……
地獄…宇宙世紀は、地獄です。