機動戦士Ζガンダム異伝 エグザベ・オリベ戦記 作:1スレ130番より愛を込めて
戦災は、俺を逃がしちゃくれなかった。
俺の大切な家族も、友人も同僚も見逃してくれやしなかった。顔見知りの犬や猫だって。
災いってやつは、そうなんだ。そうだから、災いなんだ。
いくら俺達が無関係だったって、いくら俺達が遠くへ逃げたって、向こうからやってくるから災いなんだ。
関係ない、などと思っていたのが間違いだった。
戦争が起こっても、俺達は大丈夫、なんてあの頃は言っていた。
何の、根拠もなかったのに…
災いは誰にでも訪れることさえ、忘れていた。
エグザべ中尉が自室を追い出されて、艦長室の近くの空き部屋に押し込まれたというのは本当だったのか。俺は、アムロ・レイは件の部屋の扉が開け放してあるのを見て、少し驚いた。
エグザべ・オリベ中尉がジオン共和国から来た義勇兵と言う話はついこの間、聞かされた。ブライトからだ。
アーガマの艦長で、実質エゥーゴのトップだというのに、憲兵と情報部と連邦軍上層部はエグザベ中尉の身元を軍機指定にしていて、ブライトにすら明かしていなかったらしい。
ブライト本人は、エゥーゴ設立の経緯とアーガマの艦長に着任した経緯に問題があったと言って、自戒をしていた。
俺は、そのことに何も言える立場じゃない。階級も権限もそうだ。所属も、立場も、屋敷から香港に向かった経緯も。
もっと酷かった。正直、ブライトが俺に対して、エグザべ中尉が義勇兵だと明かした時に懲罰を食らってないことが不思議なくらいに酷かった。
俺はしばらく、まあ、最低でも半年ほどはグラナダ基地から出られないから見逃されただけだろう。いい機会だからと、エゥーゴ情報部も軍の人事課も再教育の機会や軍大学でのMS研究等に充ててはどうか、と提案してくれてもいた。
「今、時間いいか?エグザべ中尉。」
声をかけたのは、話したいことがあったからだ。護衛の憲兵も少しの時間ならば、と許可してくれた。ブライトとカツの話をした帰りに、エグザベ中尉の書類部屋に案内してくれた。
扉の近くにデスクが置いてあった。1人、副官だろうか?護衛かもしれない誰かが、エグザべ中尉の部屋に詰めていた。
「お久しぶりです、アムロ大尉。時間は、大丈夫です。どうぞ、こちらに。」
書類を読み込んでいた彼は、俺の姿を見ると立って椅子まで出してくれた。詰めていた1人にも退出と扉を閉めるように指示もしてくれた。憲兵はいるが、俺に気を遣ってくれているのは分かる。
「いつも、急にすまない。」
「構いません。僕もそろそろ休憩を強制されるところだったんです。昨日、1時間に5分も休憩するように決められてしまって。」
そう言って苦笑するエグザべ中尉の顔には少し、疲労が見えるような気がした。俺の気のせいだろうか?
エグザべ中尉はさりげなく、読んでいた書類を伏せた。MSの設計図のように見えた。
MSのことならば、俺も少しくらいは中尉の力になれる。が、それを話すのは、今じゃない、か。
「一昨日までドゴス・ギアに行っていたと、ブライトとカミーユから聞いた。中尉のことを心配していた。帰りが遅いということと、サイド4に…いや、また無理をしているんじゃないかと。」
俺も心配していた、とまでは言えなかった。何度も話を聞いてもらっているのに、それを言う、いや、言える関係ではないだろう。俺と、エグザベ中尉は。
「ブライト艦長には、いらぬ心配をかけてしまいました。カミーユにも。特に、僕はカミーユには怒られてばかりです。また1発、重いのをもらいました。アムロ大尉ですね、訓練を付けたのは。」
「カミーユは訓練熱心だ。良い筋をしている。」
そう言うと、エグザべ中尉は困ったように笑うだけだった。カミーユの拳が痛かったのであれば、もっと俺に怒るとか文句を言うとか、すればいいだろうに。
…怒られたいのか?俺は。
そうか、そうなんだろう。きっと。
シャイアンから、連邦軍から俺は脱走した。カツまで巻き込んで香港へ。
グラナダ基地では、情報部と憲兵、基地司令部だって俺を怒りはしなかった。連邦軍の失態が招いた事態だと、説明不足が原因だったと、謝りさえされた。ブライトも俺の無事を喜んでこそくれて、深くは尋ねてくれない。
自分の罪を、追及されないことが辛い。過ちを謝罪できないことが、巻き込んで死なせてしまった人たちにさえ謝ることが許されないことが、惨めだった。
俺は、俺に怒りを見せてくれる人を探しているだけか。だから、言えなかったのか。俺も心配していた、と。
たった一言、なのに。
「僕は、対人格闘が苦手で、教導できるほどのレベルに無いんです。アムロ大尉にはお礼を言いたいと思っていました。ありがとうございます。」
相変わらず、エグザべ・オリベ中尉は素直な人だ。律儀に頭まで下げてくる。こんな人に、俺は何をさせようと…こんな、挑発と変わりはしないことを言ってしまって。
やっぱり、少しバツが悪いな。
3日程度とはいえ、だいぶ俺もカミーユの格闘訓練に熱が入ってしまっていた。あの訓練に根をあげなかったカミーユは、本当に優秀な生徒だと俺も思う。
エグザべ中尉を『修正』しなければならない、と真剣な眼でカミーユが言って来た時は、俺でも少し焦りもしていたからだ。カミーユの焦りが俺にも伝わっていた。エグザべ中尉の様子を、この目で確認しておきたいと思うほどには。
何日か前、サイド4の方角で短時間だったが、ニュータイプの激しい殺意の交わりを感じた。中尉のものだけではなかった。他にも何人もの、殺意を。
シャア、シャア・アズナブルの殺意も、俺は感じた。
だが、それはあくまで、俺の感覚だった。ニュータイプの感覚がそう、感じさせていた。
エグザべ中尉はニュータイプに対して否定的だと、ブライトは言った。だが、俺は感覚で、エグザべ・オリベがニュータイプだと確信していた。その証拠に、
「僕はただのパイロットです。事態がここまで進めば、MSに乗って戦うことしかできません。」
エグザべ中尉はそう、俺の顔を見ながら言った。俺は何も言わなかった、それなのに。
「…俺は、もう、ガンダムには乗れないだろう。いや、違うな。MSで戦うことも、シャアを殺せもしない。」
かろうじて、返せた言葉はただの泣き言だった。俺はエグザべ中尉に泣き言を言いに来たのか。忙しい軍人を捕まえておいて、おまけに彼はジオン共和国からの義勇兵だというのに。
俺は、子供のようなことをしている。数回しか顔を合わせたことのない、俺より軍歴も階級も低い彼にしている。
俺が、泣き言を言ってどうする。俺に泣き言を言う資格なんてないだろうに。
そんなこと、分かってはいる。頭で分かっていたって、理解していたって、出てきた言葉は取り消せやしない。
なかったことにはしたくもない。俺がもうMSに乗りたくないという思いも、戦場へ行きたくないという思いも。
エグザべ中尉にぶつける思いではない。でも、彼には、分かってほしかった。
もう、アムロ・レイは戦えないということを、分かってほしかった。
「僕は、アムロ大尉はそれで良いと思います。そもそも、戦場に行きたい人間はいないですから。人を殺したい人間も。敵でも顔を、声を知ってしまえば、僕だって戸惑います。」
思い違いをするな、アムロ・レイ。
そう。俺はエグザベ中尉に許されたわけじゃない。許されなかったわけでもない。ただ、受け止められただけだ。
俺は知っている。
エグザべ中尉は、シャア・アズナブルを殺すつもりだ。俺が、ア・バオア・クーでできなかったことを、彼が、する。そのつもりでいる。それが、分かっていた。
許すも許さないも、俺とエグザベ中尉の間には何もない。それなのに、俺がなすべきだったことを、彼がする。
「カミーユにも言ったんです。まだ、分かってはもらえていないんですが。…僕は、自分の意志で軍人を選びました。アムロ大尉とは違います。僕が戦場へ行くのは、敵を殺すのは、僕自身が決めた道です。軍に志願した際に戦場で死ぬ覚悟も決めました。軍への忠誠も誓いました。そういう人間なんですよ、僕は。だから、アムロ大尉も僕に負い目に感じられることは何もないんです。」
それを聞いて、何も、考えられなかったのは、カミーユのことを想ったからだ。あの、ガンダムに乗った少年のことを。俺に助けを求めて来たカミーユのことを、これを聞かされた、カミーユのことを。
カミーユが感じた哀しみを、俺も感じた。
何も、何もない自分の両手のひらを、見つめてしまっていた。カミーユに俺は教えたんだぞ。カミーユは、中尉を助けるために、俺に訓練をつけてほしいと、頼んできたのに!
「アムロ大尉が戦場に行かないのであれば、僕も安心できます。カミーユとファさんのことをお願いできますから。もうすぐ、彼らも軍属から離れられます。でも、ここに、グラナダ基地に、しばらく留め置かれるでしょう。頼れる大人が彼らの周囲にいてくれるのなら。…いえ、良かったら彼らの話し相手になってあげてください。お願いします。」
無茶を、言わないでくれ。止めてくれ!
俺は、カツだってまだ1年戦争から連れ戻せていない、何もできていない人間なんだぞ!そんな情けないアムロ・レイに、カミーユとファまで抱えられるわけがないだろう!
「なんで、俺なんかを頼む?俺は、泣き言しか言えない、ただの人間なんだ。」
こうやって情けなく、シャア・アズナブルを殺し損ねた後始末を押し付けた相手にさえなきついて、そのエグザべ中尉の願いにさえ報いる自信も無い、ただの人間なんだ。
ニュータイプ。そうだ、ニュータイプなんてものは、俺は普通の人間にでも、できるだろうこともできない。心配していた、の一言すら言えなかった。
「アムロ大尉が、誠実な人だからです。子供たちに対しても、僕に対しても。カツと、彼と話をしてくれましたね。アムロ大尉は、僕の言ったことを覚えていてくれて、そして、カツの話を聞きに行ってあげてくれた。カミーユにも訓練をしてくれた。カミーユから聞いたんです。大尉がカツを大切に思って、彼の力になるために、ブライト艦長とも何度も相談をしていると。アムロ大尉は、ご自分のことを卑下されましたが、違います。他人の心を支えようと、真面目に話を聞こうとするって結構難しいことだと、僕は考えているんです。自分と誠実に向き合ってくれる相手にしか、話せないことってたくさんあります。」
アムロ・レイは、そんな大した存在じゃない!!そう、悲鳴をあげたかった。
俺の周りを見ろ!エグザべ・オリベ!俺を、見ろ!
この7年間俺の周りにいたのは、かつての戦友と俺にニュータイプの力を求めてくる夢想家たちだけだ!その戦友も多くはニュータイプの力に惑わされて…
俺に残されているのはブライトとブライトの家族とカツ、たったそれだけなんだよ。俺が、カツを見捨てられるわけないだろう!!孤独なアムロ・レイは、カツにさえ縋っているだけなのかもしれないと、何度思ったことか!誠実?
カツと、ブライトと、傷をなめ合っているだけの俺が誠実な人間か?!人の話だって真面目に聞くのは当たり前だろう!みんな、当たり前にしていることじゃないか!
誰だって、支え合って生きているんだから。当たり前のそれを、忘れていた俺が、言えたことではない、か。
「俺が、誠実な人間なら!そうだったら、…よかった。本当にそうだったなら、俺はエグザべ中尉を戦場へ行かせずに…いや、間違いだらけだ。ずっと、俺は間違い続けているんだ。ブライトと一緒に。せめて、シャアが俺の誘拐を告白した、あの時に、あいつを殺しておくべきだった。」
「いいえ、アムロ大尉が手を汚されることはありませんよ。せっかく、戦場から戻ることができたんです、大尉は。…シャア・アズナブルには、彼には法の裁きを受けてもらいます。僕が、彼を殺さずに捕えられたなら。いや、僕ができなくてもパプテマス・シロッコがシャア・アズナブルを捕らえてくれます。僕の親友なんです、パプテマス・シロッコは。」
俺も、ハヤトとは親友だった。ずっと、そう、思っていた。許されるのであれば、今でも、そう、思っている。
ハヤトは、内乱罪で起訴されている。1年戦争の英雄だったことも、ホワイトベースのクルーで最前線を戦ったことも、ハヤトを守ってくれなかった。
地球連邦軍上層部ですら庇えない、カラバ発起人の1人だったからだ。
戦争博物館の館長と言う立場を利用してカラバの発足のために暗躍し、地球のルナリアンと言われるルオ商会とも地上のNT研究所とも深い親交があったことが原因だと、憲兵からは告げられた。決して、俺の身代わりに、見せしめになったわけではない、と告げられた。
誰かの優しさに、俺は傷ついてばかりだ。いや、傷つけられた気分でいるだけか。その方が、楽だからか、アムロ。
ララァ・スン、優しい彼女は、俺が戦場で殺した。
目の前の、このエグザべ・オリベもいつかは戦場で死ぬだろう、と自分で語った。子供を、カミーユを戦場から帰す為に奮闘していた優しい人間が、戦場で死ぬ。
カツだって、エグザべ・オリベが止めてくれなかったら、いつか、戦場で死んでいた。生まれてくる赤ちゃんを想う優しい子供が。俺が、戦場へ連れ出してしまった子供が、戦場で死んでいたかもしれない。
「…これ以上、俺を惨めにしないでくれ。」
「……大丈夫ですよ、アムロ大尉。大尉を支えてくれる人はいます。憲兵も連邦軍の上層部も、アムロ大尉とブライト艦長のことを気にかけてくれています。そうでなければ、大尉は僕の部屋にまで来られなかったでしょう。アーガマにだって入れませんよ。ここで、顔見知りになった人もいらっしゃるでしょう?…それに、これから先、アムロ大尉はびっくりするくらいに、たくさんの人たちとも会えます、間違いなく。MSの開発に専念されると、伺ってます。研究者たちは意外と広いネットワークを持ってるんですよ。」
そう、このグラナダ基地で俺はこれからMSの開発をすることになる。エゥーゴの情報部が連邦軍上層部に掛け合ってくれて、そうなった。俺の希望を、聞いてくれた。
カツの後見人にもなれた。カツは今、グラナダの少年鑑別所にいる。これからの判決次第では、成人しても刑務所か精神病棟へ移送されることになると聞かされた。俺が後見人になった所で、それは変わらないだろうが、孤独ではないと伝えられる方法は今の俺では限られていた。
カツのそばに居るために、グラナダ基地に居るためにMS開発に志願した。
それだけしか、できなかった。まだ、それだけしか。
「そんなに、急がなくてもいいんですよ、アムロ大尉は。」
俺の目の前に、生き急ぐ人間がいる。
死にたくない、とさえ言ってくれない人間がいる。
戦場へ行く覚悟を決めた人間がいる。
泣き縋る子供たちから手を放して、逝ってしまう人間がいる。
俺の手の届かない、その先に。ただMSの操縦が得意なだけの人間では届かない場所に。
「俺は。……戦場では、後ろにも眼を付けていた。」
「後ろに、眼を。…頭に入れておきます。アムロ大尉のアドバイスです。生かしても見せます。」
今の俺が差し出せるものは、その程度だ。
本当なら、時間が欲しかった。彼に訓練を施す時間が。俺が、納得がいくまで、きっと戦場から戻って来れると確信できるくらいの操縦技術を身に着けさせる訓練を施す時間が欲しかった。
カミーユを、ファを、安心させるための言葉をかけられる根拠が欲しかった。
アムロとエグザベはパパ友 編
弊SSはハッピーエンドです!!
この部分書いてる時に、スレの皆が「なんでエグザベ中尉がこんな辛いことをしないといけないのか?」「子供を護ろうとする人間が手を汚す必要はない」「戦争でエグザベ中尉が正気を失っている」等のコメントを頂きました。嬉しかったです!
大丈夫です!!弊SSのエグザベはこの時点ではまだ正気です!フツーフツー!
俺も大変嬉しかったので、真面目に皆のコメントに対して「良いですか?良い子の皆さん。エグザべ中尉が手を汚さないってことは、代わりに誰かが手を汚すってことなんですよ。その、代わりの誰かって誰です?パプテマス・シロッコは共犯者なので除外します。」と返しました。俺達、仲良し!!
今、この時も、真面目に人が嫌がる仕事をしてくれる人たちがいます。世界はその人たちがいないと回りません。別に軍人だけじゃないです。なんとなく、自分にできないこと、したくないこと、分からないことを誰かにお願いして、誰かが代わりにしてくれることで世界は回っています。
感謝しながら生きていきましょうね!
あ、そうそう。これはもう書かない裏設定です。
ハヤト・コバヤシの妻フラウ・コバヤシさんですが、親権を失いました。養子、実子を含めて。レツとキッカは養護施設と精神病院を往復することになるでしょう。実子は、身元が確かな夫婦の下に引き取られました。面会権すらないフラウさん本人は日本で監視付き一人暮らしです。牢獄に入れられないだけ、寛大すぎる処置。
まあ、牢獄満杯だからじゃね?(適当な言い訳)