機動戦士Ζガンダム異伝 エグザベ・オリベ戦記 作:1スレ130番より愛を込めて
チェス?いや、別に好きじゃない。
便利だけど、な。
アレはお高い奴貰ったから、ついでに使ってただけだ。
別に駒も盤面もいらないだろ?覚えてれば、無くてもできる。
俺が考え事してる時に、邪魔してくる人間が多いんだよ。
教師も、クラスメイトも、馬鹿どもも。
10分程度、黙らせるのにチェスは便利だった。それだけだ。
まあ、あいつは気に入ってたんじゃないか?教本まで買ってたし。
……1度だけ、負けてやった。この俺に勝てたってのに笑いもしなかったな。
苦虫かみつぶしたような顔してたぜ。
勝てた理由が分からないと、人間ってあんな顔するんだな。
せっかく、俺が勝たせてやったのに。
「ほらよ、チェックメイトだ!」
その言葉に、思考が戻ってくる。駒が盤面を移動した軽い小さな音もした。
目の前のチェス盤の上で、黒のポーンが白のキングを取ったのを見た。白いキングが盤面に転がった。僕の負けだ。
食堂の隅のテーブルで、僕とチェス盤を挟んで座っていたのはヤザン大尉だ。大尉はMS訓練に出ていたはずだけど。
もう、ディナーの時間になってしまったか。食堂に居座りすぎたな。士官食堂の方に移動した方が良いだろうか?それとも、医務室あたりを借りるかな?
ここ数日、僕はパプテマス・シロッコの指示通りに休息を取っている。
つまり、シミュレーションに専念していた。ギャン改-Ⅱのシミュレーターはドゴス・ギアにはない。自室でのシミュレーションは、パプテマス・シロッコに禁止された。彼は、本当に僕に甘い。心配をかけてしまっている。人目のある場所にいるように正式に指示までされてしまった。
「チェス・プロブレムたぁ、ずいぶん大人しい趣味じゃねえか、エグザべ中尉。」
「ヤザン大尉もご存じなんですね。…チェスは、僕の幼馴染の趣味なんです。僕はてんで、弱くて。彼には連敗していました。頭をスッキリさせることができる悪くない遊びなんですが、集中し過ぎました。お恥ずかしい。」
ヤザン大尉に噓をつく必要はない。正直にそう、言った。
「チェス盤の前で考え込んでいる自分の邪魔をできる人間は誰もいない、とあいつは僕と親友たちに豪語したんです。正直、それを聞いて高校生の僕は頭に来ました。本当に、あいつは何かあると、おもむろにチェス盤を机の上に置いて考え込むんです。でも、先生も生徒も親友たちも誰も、本当に邪魔できなかった。チェス盤の前のあいつに話しかけられなくなったんです。不思議なんですけど、誰も注意もしないし、話しかけないんです。だから、ムカついて僕は邪魔してやるつもりで、一生懸命、チェスを覚えました。馬鹿馬鹿しい話でしょう?」
カミーユ、あいつは本当にそういう人間だった。チェスを覚えるまでの僕も、どうしてかあいつに話しかけるのを躊躇ってしまった時期がある。
「いや、最高に面白い話だぜ!チェスなんて、上等でお上品な趣味だとしか思ってなかったが、エグザべ中尉の話を聞くと悪かねえな。」
ヤザン大尉は明るく笑い飛ばしてくれる。救われるような思いがした。
正直、自分でもチェスを始めた動機が、どうしようもなく子供っぽくて気恥ずかしかったのだ。
「最近、ドゴス・ギアではチェスが流行ってるんだぜ。」
ヤザン大尉が意外なことを言う。
「カードゲームではなく?チェスが?」
共和国軍、というか士官学校ではトランプゲーム、例えばポーカーとかバカラが人気だった。お金や物を賭けたことはないけれど、僕の勝率はまあまあ高かったと思う。
「金を賭けねえように見張る方も大変だぜ?」
よくある問題だ。風紀も乱れるし、後から揉め事になるから注意して部下の様子を見なければならない。どうしても賭け事を辞められない人間が軍にもいるからだ。賭け事にのめりこんで、犯罪を犯す人間も出てくる。上官としては、そうならないように目を光らせるのも役目だ。
「航宙が長いとよくあることですが。金銭は問題ですね。部隊間の連携にも、罅が入ります。」
「だよなぁ!わかってるようで何よりだ。こういうのは息抜き程度で終わらせるもんだからな。それで、俺は景品をエグザべ中尉にしてやったぜ。」
ちょっと、ヤザン大尉の言っていることが分からなかったのは、まあ、僕がまだ人間だからだろう。
「3日後の補給艦とのランデブーするだろ?そのタイミングで、チェスの勝ち抜き戦をさせる。優勝者は、エグザべ中尉と対戦だ。最高だろ?」
「それは、対戦とは、MS戦ではなく?」
「チェスに決まってんだろ?」
「僕は強くはないんです、ヤザン大尉。優勝者を失望させてしまいますよ。」
そもそも、チェス盤の前で、あいつが考え込んでいたのは、考え込んでいたがったのは悪知恵を働かせたいときとか、誰かへの嫌がらせを考えている時だった。あいつの親友たちと僕だけが、それを知っていた。
知っていた中で僕だけが、あいつの邪魔をしていた。
「自信を持てと言っただろ?エグザべ中尉。例えチェスだろうとな、お前を負かせたらドゴス・ギアの英雄だぜ?当然、俺は殿堂入りだろ?いつでも、挑戦を受け入れるぜ!」
嬉しい言葉だが、微笑むしかできなかった。
チェス盤を見る。僕は、あいつに負け続けていた。
1勝しかできなかった。あいつが部活で疲れててミスしたから、1度だけ勝てた。本当に、たった1度だけだ。あの時の、あいつの嫌そうな顔は今も覚えている。悔しそうではなかった。迷惑そうな顔をしていた。堂々と僕に向かって舌打ちまでしたんだ。それも、覚えている。
チェス盤を駒を拾い集めた。白と黒に選り分ける。
「ヤザン大尉、最初からお願いします。」
「いいぜ!だが、何度やっても、俺の勝ちだぜ?」
盤面の上の戦争遊戯。ただのゲームだったチェス盤を他人に荒らされることを、あいつは嫌った。チェスプロブレムを解くでもなく、チェス盤の前に1人で、戦争遊戯に勤しんでいた。
チェス盤の前で、誰と争っていたのか?誰への嫌がらせを考えていたのか?
今になって思う。僕はもっと、あいつと、カミーユと話をしておくべきだったんだろう。話して、いたかった。
あいつのチェス盤なんか取り上げて、顔を合わせて話をしていたかった。そうするべきだったんだろう。確信で、後悔だった。
「チェスも、対戦相手がいないと面白くありませんからね。胸をお借りしますよ、ヤザン大尉。」
ゲームは、相手が居るからこそ成立する。人と人のコミュニケーションの手段だった。
ギャン改-Ⅱの動きは悪くはない。パンジャンドラムも。
だけど、遅い。反応が悪い。
思考を走らせて、相手の動きを読んで、なんとか間に合わせている。また、パプテマス・シロッコに怒られるかな?
目の前の5機のマラサイ部隊、乗っているパイロット達は凄腕だな。僕のギャン改-Ⅱの動きについて来れている。正確には、僕に抜かれても慌てずに背後から追撃してくる。
時間差で、ヤザン隊が襲ってくるのにも気づかずに。
背後からのビームライフルも見えている。アムロ大尉が言っていた、後ろに目を付けるとはこういうことか?
正面のアレキサンドリア級戦艦から、更に直掩のMS部隊が出てくるのが見える。これは自分の視界で見えた。
パプテマス・シロッコに情報をもらっている。バーザムか。ガンダムMK-Ⅱの設計を参考に開発されたティターンズの量産機。それが5機か。
アレキサンドリア級の戦艦の弾幕と、マラサイ部隊、バーザム部隊の連携で、僕を落とすつもりか。
僕を挟み撃ちできるつもりでいる。ジャミトフの渾身の策かな。
悪くはない。ギャン改-Ⅱには大型ビームサーベルくらいしかないのだ。ビームと弾丸の雨を逃げるのは、少し前の僕には無理だった。
「ここだっ!!」
ギャン改-Ⅱを急上昇させる。全ての攻撃を置き去りに。
追ってくる攻撃も避けられる。コクピット内部で僕の体は、振り回されることもない。見えるからだ。
だから、パンジャンドラムの推進機構で迂回して、バーザム部隊の背後に突貫もできる。通り過ぎざま、2体のバーザムを切り捨てた。マラサイも戦艦もバーザムを巻き込む攻撃はしてこない、が、残りのバーザム3機が追ってくる。
焦ったな。
僕を、ギャン改-Ⅱを追ってきたら、マラサイも戦艦も君たちを援護できないのに。
マラサイの位置も分かる。ずっと見えている。急制動と反転、もう、得意技だ。
追ってきたバーザム3機に直進的に向かう。ビームライフルも当たらない。真ん中の1機のコクピットを突き刺し、衝撃とバーザムの重さで速度を落とす。目の前をマラサイのビームライフルが通り過ぎる。
そう、見えていた。バーザムを囮に僕を落とそうという思惑は見えていた。
パンジャンドラムの最大加速。ギャン改-Ⅱの背中を、バーザムのビームサーベルとバルカンが掠る。いや、掠りもしなかったか。
5機のマラサイのビームライフル。狙いが正確過ぎる。戦艦からの援護も生かせないのならば、
「死んでもらう!」
バーザムの背後からのビームライフルも見える。見えるのなら、避ければいい!マラサイ部隊の目前で急降下と急上昇を行う。
マウスピースが、また駄目になったか?だが、上昇と共に回転して3機を同時に切り捨てることができた。と、右後ろ下方に移動する。戦艦からの弾幕だ。
MS部隊ごと切り捨てる決断をしたのか。遅い!!
マラサイ2機、バーザム2機の残存部隊が戦艦とギャン改-Ⅱの間に来るように調整する。
僕の白いギャン改-Ⅱは目立つだろう。そして、憎いはずだ。
追って来い!
アレキサンドリア級戦艦の後方に回るようにパンジャンドラムとギャン改-Ⅱのブースターを全開に移動する。戦艦からの弾幕も僕を追ってくればいい。
まだ、被弾していない僕は、お前らにとって脅威だろう?恐怖の対象のはずだ!
素直に僕を追ってくるマラサイと、バーザム!ビームライフルが避けられるのは恐ろしいだろう!
恐怖が、お前らの隙になる!
戦艦を背後に盾にする。が、止まることはしない。残存部隊の下方を迂回するように接近する。下方にいる敵を撃つというのは意外と難しいだろう?なんせ、MSの足が邪魔だ。足の裏にカメラは無い。
急上昇、バーザム1機を縦に両断した。爆破に紛れるように急停止し、近くのマラサイのコクピットを切り捨てた。
僕の前に、マラサイとバーザムが1機ずつ。ビームサーベルを両手に装備している。今更、防御を捨てたところで。
「もっと、君たちは戦艦と連携するべきだったよ。」
近接戦闘に特化した僕にとって、それはとても拙い動きに過ぎなかった。左右から仕掛けてくるのは悪くはないが…
戦艦が轟沈した。ヤザン隊が成功したか!
コクピットだけを切り捨てたマラサイとバーザム。爆破することもなかった。
ジャミトフの懐刀のような部隊だったのだろう。最後まで諦めなった。ギャン改-Ⅱを殺せば、全て好転するわけでもないだろうに。粘り強く、諦めることなく、僕を追ってきた。
「ジオン公国に与してまで、僕を殺したいのか?ティターンズ。」
不思議ではなかった。僕はグラナダ基地を襲撃したし、フォン・ブラウン市ではティターンズのMS部隊殲滅作戦を提案し、実行した。
恨まれる理由は、数えきれないほどあった。
つまり、身から出た錆ということだ。
宇宙を漂うマラサイとバーザム。
何時か、ギャン改-Ⅱも宇宙をこうして漂うんだろう。
そう、遠くない日に。
ヤザン大尉はどれだけ格好よく設定盛っても許される 編
エグザべ・オリベはまた、食堂でチェスプロブレムしている振りをして脳内シミュレーションしていました。懲りないな、エグザべ。
パプテマス・シロッコ艦隊とヴェルザンディのトップだから忙しいことをいいことに…
ヤザンは、チェス盤に勝手に手を出してくれて、エグザべを現実に戻しました。友情と面倒見の良さから、手を出してくれました。ヤザンはカッコいい!いくらかっこよくしてもカッコいい。
弊SSのエグザベはチェスはそこそこ強いです。プロも夢じゃなかった、と言われるくらい。