進化したら人外系お姉さんになる雑魚モンスの俺、飼い主♀の性癖を破壊する   作:霧夢龍人

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魔女の本懐

世界は、“異常”を嫌う。

 

自然界とは本来、均衡によって成り立っているものだ。強過ぎる力も、歪み過ぎた進化も、環境へ適応出来なかった存在も──やがて淘汰される。

だからこそ、他個体とは明らかに異なる進化を遂げた存在は、生存競争の中で排除されやすい。

 

群れから弾かれ、環境へ適応出来ず、あるいは“異物”として狙われ……普通ではない個体ほど、長くは生き残れない。それは人間も同じだ。

 

つまるところ私は、他の人間と違うという理由で淘汰されかけた。

 

齢四歳。

 

物心が付き始めた頃の私は、モンスターという生き物が大好きだった。親を知らなかった私にとって、唯一心を許せる相手だったから。

 

顔も知らない両親から受け継いだ灰色の髪は、孤児院では気味悪がられていた。薄汚いだの、不吉だの、化け物みたいだの。そんな言葉を投げ付けられるのは日常茶飯事だった。

 

街へ出れば、大人たちはもっと酷い。

 

「汚いガキが近寄るな」

 

そう言って蹴飛ばされたことも、一度や二度じゃない。でも、モンスターは違った。私の髪色なんて気にしない。触れれば擦り寄ってくるし、『お願い』すれば大人しく言うことを聞いてくれる。

 

だから私は、モンスターが好きだった

 

そう、だった。

 

十二歳頃だっただろうか──私に、“モンスターを従わせることが出来る”という異常性が露見したのは。

 

切っ掛けは些細なものだった。

院長の飼っている小型モンスターが暴れだした。理由は分からないが、いつものように大人しくするように命じた。するとやはり、モンスターは傀儡のようにピクリとも動かなくなる。

 

その瞬間を、孤児院の子供たちに見られてしまった。

 

最初は偶然だと思われていたが、一度知られてしまえば終わりだ。何度も確認され、観察され、試される。そして人々は理解した。

 

私は普通じゃない、と。

 

モンスターは本来、人に従わないらしい。幼い私は知らなかったが、恐怖で怯ませることは出来ても、何でもかんでも言うことを聞かせることは出来ない。心を許すことはあっても、大した関係値を築けていないモンスターに命令できるなんて常識外れもいいところだった。

 

だから皆、私を見た。

 

気味悪そうに。

恐ろしいものを見る目で。

あるいは、“利用価値のある何か”を見るように。

 

世界は異常を嫌う。

 

他と違うものを恐れ、排除しようとする。生態系から外れた変異種を淘汰するみたいに、人もまた“普通ではない存在”を受け入れられない。

 

その時、私は初めて知った。

自分は人間なのに、人間側じゃないのだと。

 

それから私は孤児院を飛び出し、アレだけ大好きだったモンスターを殺して回った。

 

当たり前だ。

かのモンスターのせいで、もう二度と普通の生活は送れないのだから。自分を“異常”と認識してしまったら、残るのは信頼出来ない人間しかいない。私と仲良くなってくれると思っていたモンスターも、所詮は支配という仮初に過ぎない。

 

友情でも愛情でもない、支配による従順さを“絆”と呼べるほど、私は私は馬鹿じゃない。ならば最初から、モンスターも人間もいらない。

 

だから決めたのだ。

 

最初から、何も要らないと。

 

人間も。

モンスターも。

期待も。

信頼も。

 

全部、いらない。

そうして私は、ただ生き残るためだけにモンスターを狩る化け物になった。

 

──なのに。

 

「カカッ、聖女ねぇ……?」

 

『聖女』という存在が、私の心をぐちゃぐちゃに掻き乱した。

モンスターを従え、より凶暴なモンスターを鎮圧し、人々の平和を守るという、まるで物語のヒーローのような存在。

 

私は同じようにモンスターを従えても、化け物と呼ばれた。

 

けれど聖女は違う。

 

皆が笑うのだ。

 

「すごい」

「素晴らしい」

「流石、聖女様だ」

 

──ふざけるな。

 

私と何が違う?まったくもって同じだろうが。

 

同じようにモンスターを従えている癖に。

同じように、人間ではない力を持っている癖に。

なのに、どうして──どうしてアイツだけ、“愛される側”なんだ。なんで私を愛してくれる存在は居ないんだ。

 

生まれが悪いのか?

それとも性格か?

あるいは顔か?

産まれてこなければ良かったとでも言うのか?

 

もしくは──全てか?

 

今なら分かる。私はきっと羨ましかったのだ。日陰でしか歩めない私と、陽の光を歩むことができる聖女。まさしく真逆な生き方だろう。誰からも愛されるというのは、愛されなかった私からすれば喉から手が出るほど欲しかった環境だ。

 

そして、そんな妬み嫉みが募ったある日。

 

「……殺っちまったねぇ」

 

大雨が身体を濡らしながら、地面に広がる赤黒い液体を導きながらマンホールへ吸い込まれていく。モンスターの血でも私の血でもない。紛れもなく、私と同じ種族である人間の血だ。

 

私が殺したのだ。

馬鹿な男が私の灰色の髪を馬鹿にし、『魔女』と罵ってきたから──拳銃の引き金を引いてしまった。それだけのこと。

 

でもお陰で、人間の血の温さを知った。

 

熱かった。

 

雨に打たれながら転がる男の死体は、さっきまで私を罵っていた癖に、今はもう二度と口を開かない。頭部から流れ出した血液が雨水に薄まり、赤黒い筋となって排水溝へ吸い込まれていく。

 

硝煙の匂いが鼻に残っていた。

 

私の手には、まだ拳銃の感触が残っている。

 

「…………」

 

不思議と涙は出なかった。怖くもないし、吐き気もない。ただ変に静かで、ずっと耳障りだった雑音がようやく止んだみたいに清々しい気分だった。

 

「……あーぁ」

 

思わず笑みが漏れる。

 

これで終わりだ。

 

人を殺した。取り返しなんて付かない。もう普通には戻れない。でも──そもそも最初から、普通なんて場所に私は立っていなかったじゃないか。

 

化け物。

魔女。

異常者。

 

散々そう呼ばれてきた。

なら、今更何を失うというのだろう。

 

「カカッ……」

 

乾いた笑いが喉から漏れる。男の死体を見下ろしながら、私はゆっくりと空を見上げた。

 

酷い雨だった。

 

私の髪と同じような灰色の空。

私の心と同じような冷たい水滴。

私の瞳と同じように濁った街。

 

まるで世界そのものが、私を祝福しているみたいに見えた。

 

──あぁ、そうか。

 

私は最初から、人間になりたかったんじゃない。

誰かに“化け物じゃない”って言って欲しかっただけなんだ。誰かに抱き秘めて、私の冷たさを溶かして欲しかっただけなんだ。

 

雨は止まない。

 

冷たい雫が頬を伝う。

それが雨なのか、涙なのか、自分でももう分からなかった。

 

ただ一つ確かなのは、この日を境に私は完全に壊れてしまったということだけ。

 

「カカッ。これも全部、お前のせいだよ〜?聖女ちゃん」

 

目の前には、私に見事に支配されてしまった聖女の姿がある。やけに別嬪なその顔に傷を付けたくなるが、今は少しの辛抱だ。あの“メル”とかいうやけにクソ強いスライムと、焔の王種を仲間にするのにこいつは必要だから。

 

それまでは綺麗な顔を保たせてやってもいいくらい、今の私は非常に機嫌がいい。

 

私の能力では本来、聖女……もとい人間は支配できないはずだが、私は聖女への羨望と恨みを抱えて生きてきた女だ。過去の文献を読み漁り、聖女の起源について色々調べて来た。

 

どうすればあの聖女を排除出来るか。

 

ただそれだけの為に、日銭を稼ぎながら虎視眈々と聖女が姿を現すのを待っていた。かの女は学園都市だけでなく、他の都市にもモンスターや害獣退治に赴くことがあるせいで、中々足取りは掴みづらい。

 

それに調べて分かったことだが、まさか──聖女とモンスターの起源にあんな繋がりがあるとは思わなかった。

 

まぁ、そんなのは些細なことだが。

 

結果として今私は、聖女と淵を従えている。無人となった聖堂学園の最奥。

 

かつて生徒たちの祈りと笑い声で満ちていた礼拝堂は、今や不気味な静寂に包まれていた。色鮮やかなステンドグラスは割れ、雨雲に覆われた空から薄暗い光だけが差し込んでいる。

 

床には無数の水溜まり。

そこへ、ぽたり……ぽたりと天井から雫が落ちる音だけが響いていた。

 

「くくっ……カカッ」

 

笑いが漏れる。

 

気分は最高潮だった。だってそうだろう?世界から愛され、祝福され、光の中を歩いてきた聖女が、今や私の隣でまるで人形みたいに立っているのだから。

 

「サイコーの気分だねぇ〜……ホント。ミツル、君もそう思うよねぇ?」

 

復讐は何も生まない?そんなこと言うやつは、本当に酷い目にあったことがない甘ちゃんだ。

 

天井から滴る黒いシミにそう問いかければ、黒い水面が揺らぎ、淵がゆっくりと人型を形成した。焔の王種のせいでかなり負傷してるらしいが、次は必ず殺すと息巻いている。

 

「えぇ。全ては貴女様の思いのままに、ですわ」

 

なんて最高の気分なんだろうか。

もう友情も愛情もいらない。信用も信頼もできない。支配することこそが、私の生きる本懐なのだ。

 

こんな自分を見れば、他の人間は口を揃えてこう言うだろう。

 

『魔女』

『血狂い』

『化け物』

 

或いはそう──“モンスター”だと。

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