進化したら人外系お姉さんになる雑魚モンスの俺、飼い主♀の性癖を破壊する   作:霧夢龍人

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絶望の聖女

決戦当日。

 

鉛色の雲が、空一面を覆っていた。

 

太陽の光は薄く滲み、まるで世界そのものが息を潜めているように静かだ。風も弱い。湿った空気だけが肌に張り付き、嫌な汗を滲ませる。学園都市の遠方から響く声は、聖女が居なくなったことにより住み着こうとする野良の危険なモンスターだ。

 

ヴァルヴォッサはノア=ハルベルトにより、実質的なメルトダウンに陥っている。街を支える殆どのモンスターを支配されているため、人々は凶暴化したモンスターから逃げることしか出来ないのだ。

 

そんな中、唯一支配されていないモンスター達がいた。

 

「あめ、キライ……晴れに、したい」

 

「アグニ、そんなことしたらバレちゃうよ?」

 

「んきゅ」

 

ヴェスティ率いるメル達だ。

メンバーはメルとモウガンにフォス、アマネとそのモンスター達に加えてイスフィとエリナスもいる。

 

リリアの残りの寿命は後二日。

無事に動ける日数を加味すれば、それほど時間は残されていない。各々抱く思想や考えは違うものの、メルやイスフィの抱く思いは一つだ。

 

『また、三人で遊びに行きたい』

 

たったそれだけの理由。

しかし、二人の中では言葉以上の価値がある。

 

開戦の合図は、やはり音もなく始まるのだ。

 

 

 

───☆

 

 

 

聖堂学園前で、俺とアグニは佇んでいた。

 

耳元からはご主人様とアマネの声が聞こえてくる。【核分裂】によって増やした俺の複製体による擬似的なインカムだ。通信を傍受される恐れ、それによる俺を含めたモンスターの支配の可能性を限りなく減らすためだ。

 

ノア=ハルベルトを倒す。そして、リリアを助ける。これが俺の掲げる絶対条件。例外はない。

 

「メル。準備、できた?」

 

「んきゅ」

 

隣にいるアグニがニヤニヤしながら話しかけて来る。ミツルとの戦闘で一度煮え湯を飲まされた彼女からすれば、今回は雪辱戦でもあるのだろう。

それを証拠に、アグニの身体から紅焔が嬉しそうに揺らめいていた。

 

視線の先には、ノア=ハルベルトの根城となった聖堂学園。既に避難は完了しているため、人の気配は無い。

 

だから──。

 

「「 大 滅 劫 」」

 

白色の焔がビームのように、俺たちから放たれる。俺とアグニの前方から放たれた超高熱の奔流は、もはや“炎”という領域を逸脱していた。圧縮された破壊そのものが一直線に解き放たれ、聖堂学園の正門を中心に、大地ごと空間を抉り飛ばす。

 

遅れて轟音が響く。

 

空気が震え、地面が悲鳴を上げ、周囲の窓ガラスが一斉に砕け散った。爆風によって黒雲が裂け、僅かな陽光が焼け爛れた大地へ差し込む。

 

オウヒへ放った時とは比較にならない規模。出力を一切抑えていない、純粋な殲滅攻撃だった。眼前に広がる光景は、ポッカリと空いた大穴のように見える。

 

そして、崩壊した校舎の残骸が赤熱しながら崩れ落ち、その奥で──。

 

「……カカッ。煙草の火にゃあちょっと強すぎるかねぇ?」

 

女の笑い声が響いた。

 

揺らめく熱気の向こう側。

黒い水溜まりが広がり、その中心からノア=ハルベルトがゆっくりと姿を現す。灰色の髪は雨に濡れ、口元には歪んだ笑み。その隣には、焦点の合わない瞳をしたリリアが人形のように立っていた。

 

気分が悪い。

俺達の友人を傀儡のように操り、あまつさえ見せつけるように姿を晒すことが。

 

ただでさえ腸が煮えくり返りそうなのに、触ってはならない逆鱗を思い切り踏み締められた気分だった。

 

「んきゅきゅ」

(アグニ)

 

「ん」

 

アグニの名を呼ぶ。

 

短い返事を返した彼女は、全身から立ち上る炎を聖堂に向けて解き放った。暫くすれば、大穴が空いた大聖堂がマグマのように溶けていくのが見える。配置されているかもしれないマイクやスピーカー、監視装置といった媒介を徹底的に潰すため。

 

これ以上邪魔されたら敵わないからな。それに、次は絶対に逃がしたくない。

 

「準備万端ってワケかい。カカッ、いいねぇ……ミツル、出していいよ〜」

 

遮蔽物をなくされたノアは面白そうに笑うと、足元の水溜まりに話しかける。

 

その瞬間だった。

 

ドバァッッッ──!!と勢いよく水が広がった。いや、広がったなんて生易しいものじゃない。まるで津波だ。

 

黒い濁流が地面を埋め尽くし、俺とノアの間へ巨大な水壁を形成していく。高さ十数メートルにも及ぶ水塊が蠢き、その内部で無数の影が蠢いていた。

 

やがて、水がゆっくりと引いていく。

 

そして──現れた。

 

数万。否、それ以上。獣型、虫型、飛行型、水棲型、etc・・・あらゆるモンスターたちが、学園都市を埋め尽くさんばかりに並び立っていた。

 

軍勢。あるいは群れ。

まさしく絶望の化身だろう。

 

耳元ではイスフィに渡したスライムから、悲鳴にも近い声が聞こえてきた。

 

『メルちゃん!そっちの方で一気にモンスター達の気配が出てきたで!?モウガンさんとアマネさんも近くのモンスター倒してくれとるみたいやけど、処理速度が間に合わんッ!』

 

「んきゅ」

(大丈夫だ。アイツらなら処理できる……処理するしかないんだ。イスフィはそのまま他に動きがないかオペレートしてくれ)

 

『えぇ!?……っ、わ、分かった!淵は──』

 

言い終わる前。

 

俺の足元に広がった水溜まりから、毒々しい水槍が爆発的に吹き上がる。

 

咄嗟に跳躍。何とか寸前で回避したものの、頬を掠めた水滴がジュウ、と音を立てて地面を腐食させた。

 

──危険だ。

 

やはりただの水じゃない。軍勢に加え、“個”として厄介極まりない淵までいる。この状況でノアとリリアを相手取るのは、流石に楽観視できない。

 

その全てを相手取るのは至難の業だ。

 

「カカッ!油断しちゃあ駄目だっちゅ〜に。まだまだこれ以上の絶望があんだよぉ〜?」

 

「だま、れ」

 

アグニが吠えた。

 

紅焔が一直線にノアへ襲い掛かるが、ミツルが生み出した水壁とモンスターの群れが盾となり、威力は大幅に減衰。焔はノアへ届く前に掻き消されてしまう。

 

「いいねぇ。血気盛んでお姉さんは嬉しいよぉ〜?それじゃ、もひとつ──聖女リリアくん、本気であの二人を殺しにいきなぁ〜!」

 

リリアは瞬き一つしない。

だが数々の修羅場を踏み越えてきた俺ですら震え上がりそうな覇気が、齢十六の少女から放たれていた。

 

不味い、嫌な予感がする。

 

そして、その予感は最悪の形で的中した。

 

「来るッ!」

 

アグニが叫ぶ。

次の瞬間、リリアの姿が掻き消えた。

 

「ッ──!?」

 

視界から完全に消失した訳じゃない。速すぎるのだ。

 

空気を裂く轟音に何とか反応し、俺が反射的に身体を捻った直後、さっきまで立っていた場所が爆ぜ飛んだ。石畳が砕け、大地が陥没し、遅れて衝撃波が周囲を薙ぎ払う。

 

(おいまじか、聖女って闘えんのかよッ!?)

 

そんなツッコミすら届かず、次なる一手がリリアから繰り出される。【五感超倍増】による視力の強化で動きを追おうとするが──あまりにも早いッ!

 

「ッきゅ!?」

(やべッッッ、避けきれな──ッ!?)

 

背後に迫る殺意。

気付いた瞬間にはもう遅かった。銀白色の光を纏った拳が、俺の脇腹へめり込む。

 

「んぎゅッ!!?」

 

迸る衝撃。まるで巨大な隕石に叩き付けられかのように俺の身体が砲弾の如く吹き飛び、崩れた校舎を何棟もぶち抜いていく。壁が砕け、瓦礫が宙を舞い、最後は地面を何十メートルも転がってようやく止まった。

 

生憎と俺は物理攻撃を通さない。だが衝撃によるダメージは着実に身体に響いてしまう。身体の芯まで響く破壊が、確実に蓄積していく。

 

焼けるような痛みの中、脳裏にまるでゲームのフレーバーテキストのような言葉が浮かび上がった。

 

──《“希望の聖女”が降臨しました》

 

頭の奥で、鈴のような機械音声が鳴る。いつぞの俺の進化の時にも鳴り響いた声色だ。3Rをプレイした者たちなは聞き慣れているモノだが、その声は途中から不自然に歪み始めた。

 

──《キボウの聖女がコウリンしました》

 

ノイズが混じる。

 

砂嵐のような雑音と、耳障りな破裂音。まるで無理矢理表示を書き換えているみたいに、バグった表示が着いては消えを繰り返していく。

 

リリアは変わらずその場に佇んでいるが、その身体を白色の膜が覆う。まるで蛹から羽化する蝶のように神々しい光景は、更なる違和感を加速させた。

 

──《キボ、せい……こう、り……》

 

ついには音声が途切れてしまった。バグった画面の文字列は乱れ、視界の端で赤黒いノイズがちらついた。明らかにおかしい状況に嫌な汗が背筋を伝う。

 

そして……ぐちゃり、と。

何かが潰れるような湿った音と共に、声が変質する。

リリアを覆っていた白色の膜は、内側から何かが這い出るように膨れ上がり、パキリと乾いた破裂音を立てて砕け散った。

 

膜の破片が、まるで剥がれ落ちた繭殻のように宙へ舞う。

 

その中心から、“ソレ”は姿を現した。

 

──《“絶望の聖女”が降臨しました》

 

まるで世界そのものが“ソレ”を歓迎したかのように、鉛色の雲がゆっくりと裂ける。曇天の隙間から、一条の陽光が差し込んだ。本来なら温かく、優しいはずの光だが、今だけは違う。

 

それはまるで、舞台を照らすスポットライトだった。

 

破壊され尽くした学園都市。

崩れた校舎。

燃え盛る炎。

瓦礫と死臭に満ちた戦場。

 

その中心で、聖女の装いを纏ったリリアだけが、神々しいほど美しく照らし出されている。濡れた銀髪が陽光を反射し、虹色に煌めいた。

 

「……ぅ………ぁ……」

 

陽光を背負ったリリアが産声をあげる。

あまりにも小さいその音は、赤子が初めて世界に触れたようなか細い声だ。だと言うのに、背後の大勢のモンスター達は恐れ戦いている。

 

いや、俺でさえ恐怖が隠せない。

 

吹き飛ばされた俺を庇うように前に立つアグニすらも、僅かに汗を滲ませていた。

 

獣型は喉を潰したような呻きを漏らし、虫型は脚を痙攣させ、水棲型ですら本能的な恐怖から水面を荒立たせていた。

 

いや、違う。

恐れているのは、モンスターだけじゃない。

 

「…………ッ」

 

喉が張り付く。

 

呼吸が浅い。

 

吹き飛ばされた痛みとは別種の悪寒が、背骨をゆっくりと撫で上げていく。

 

俺でさえ、理解してしまった。

 

アレは、もう“リリア”じゃない。

 

吹き飛ばされた俺を庇うように前へ立つアグニですら、額にじわりと汗を滲ませていた。彼女の紅焔は激しく燃え盛っているのに、その炎がまるで怯えるように揺らいでいる。

 

「カカカッ!!! まったくサイコーに愉快ッ!これぞ聖女の真の姿ってワケかねぇ〜?」

 

ノアが腹を抱えて笑う。

 

その笑い声に反応するように、リリアの首が、ぎぎ……と音を立てながらゆっくりこちらへ向いた。

 

「……メ……ル……ちゃん……」

 

掠れた声で俺の名を呼ぶ。

 

聞き間違えるはずがない。それは確かに、リリアの声だった。だが次の瞬間には、ぶつん、と糸が切れたみたいに彼女の口元が不自然なほど大きく吊り上がる。

 

「……私を、一人にしないよね?」

 

優しい声だった。泣きそうなほど弱々しくて、縋るような声音。もうすぐで寿命が訪れるという虚しさが込められた、年相応の嘆き。

 

なのに、怖い。

本能が全力で警鐘を鳴らしていた。

 

「メル、下がってッ!!」

 

アグニが叫ぶ。

 

同時に、紅焔が爆発した。轟音と共に放たれた灼熱の奔流が、一直線にリリアへ襲い掛かる。地面が融解し、周囲の瓦礫が蒸発するほどの超火力。属性的に有利な桜ですら、直撃すればひとたまりもないだろう。

 

音よりも雷よりも早く到達した焔は、リリアに牙を剥かんと轟音を立てながら迫る。

 

「……なんで?」

 

なのにリリアは、動かなかった。

避ける素振りすらない。

 

ただ、白銀の睫毛がゆっくり伏せられかと思うと──次の瞬間、紅焔が“消えた”。

 

「……きゅ?」

(……は?)

 

思わず間抜けな声が漏れる。

 

相殺された訳でもなく、防がれた訳でもない。燃えていた炎そのものが、まるで最初から存在しなかったみたいに掻き消えたのだ。

 

「ッ!?う、そ……」

 

アグニの顔から笑みが消える。

 

あり得ない。

コイツの炎は、概念にすら干渉する特異な焔だ。ただの防御や属性相性でどうにか出来る代物じゃない。それが、瞬き一つで容易く鎮火されてしまった。

 

到底理解のできる所業じゃない。

あまりの出来事に惚けていると、視界の先からアグニが消えていた。

 

遅れて鼓膜を叩いたのは、衝撃。

 

気づいた時には、アグニの身体が吹き飛ばされていた。紅焔を撒き散らしながら、アグニが数百メートル先の校舎へ突っ込み、建物ごと崩壊させる。

 

(……見え、なかった)

 

【五感超倍増】を最大まで引き上げていた。それなのに何をされたのか、一切分からない。瞬間移動とか超スピードとか、そういう次元じゃない。

 

音、光、認識すらも置き去りにするような、恐ろしい何かの片鱗を垣間見た。

 

「きゅ……きゅ……!」

(アグニ!無事か!?)

 

返事はない。瓦礫の山から紅い炎が僅かに漏れているだけだ。彼女も物理攻撃は効かない筈だが、戦闘の続行が不可能なのは一目見れば分かる。

 

──冗談だろ。あのアグニが、たった一撃で?

 

思考が凍り付いた。そんな俺を見て、リリアは小さく首を傾げる。

 

「……どうして」

 

一歩。

 

リリアが前へ出る。

 

その瞬間、周囲のモンスター達が一斉に後退した。

 

周囲を埋め尽くしていたモンスター達が、一斉に後退する。

 

獣型の巨体が喉を引き攣らせながら地面へ腹を擦り付け、牙を剥くことすら忘れたように鼻を鳴らす。鋭利な外殻を持つ虫型は羽音を止め、脚を痙攣させながらその場で硬直していた。濁流の中を蠢いていた水棲型に至っては、逃げ場を求めるように黒い水の奥へ奥へと潜り込み、波紋だけを水面へ残していく。

 

それは、服従なんかじゃない。

 

強者へ頭を垂れるような単純な上下関係ですらなかった。

 

そんな周囲の恐怖など何も知らないみたいに、リリアは寂しそうに目を細めた。陽光を背負った銀髪が、ふわりと風に揺れる。

 

虹色の光を反射するその姿は、壊れ果てた戦場にはあまりにも不釣り合いで、まるで舞台の上へたった一人取り残された悲劇の聖女そのものだった。

 

頬には薄く泥が付着している。聖女服の裾も破れ、白い肌には赤黒い傷痕が走っていた。それでも、綺麗だった。

 

綺麗すぎて、だからこそ怖い。

 

人の形をしているのに、中身だけが別の何かへ置き換わってしまったような、言葉に出来ない違和感が全身を這い回る。

 

やがてリリアは、小さく首を傾げる。

 

こきり、と。

 

細い首から鳴ってはいけない音が響いた。それでも彼女は、泣きそうな顔のまま俺を見つめていた。

 

「……どうして、逃げるの?」

 

「…………っ」

 

唾を飲み込めない。

 

返事をしようと口を開いたはずなのに、肺が上手く動いてくれなかった。空気が重い。まるで見えない海の底へ沈められたみたいに、呼吸をする度、胸の奥へ冷たい圧迫感が沈み込んでいく。

 

視界の先では、リリアが不安そうにこちらを見つめていた。

 

置いて行かれた子供みたいな目だった。

 

泣き出しそうで、寂しそうで。

今にも壊れてしまいそうなくらい弱々しい。

 

なのに、その一歩ごとに恐怖が迸る。リリアが足を踏み出す度、濡れた石畳へ白銀の光が滲む。すると、そこを中心に空気が歪み、地面へ亀裂が走った。熱でも冷気でもない。もっと別の、理解できないナニかによって、空間そのものが耐え切れず軋んでいる。

 

まるで魔法だ。

 

そんな俺の考えを肯定するように、黒い濁流がざわめいた。

さっきまで俺達へ牙を剥いていた毒水が、まるで怯える生き物みたいにリリアから距離を取っている。

 

──あの淵が、恐れてる?

 

「一人で死ぬのは、怖いんだよ」

 

「………」

 

「メルちゃんも……イスフィちゃんも……みんな、どこか行っちゃう……」

 

震える声だった。

 

消えてしまいそうなほど弱々しく、助けを求める子供みたいな響き。

 

そのたびに、胸が締め付けられる。

 

知っているからだ。

あの子が、どれだけ“独り”を怖がっていたのか。

 

寿命が短いこと。

自分だけ置いて行かれる未来。

遊園地で笑っていた時ですら、リリアはずっと、心のどこかで怯えていた。俺に恋を教えて欲しいと思ったのも、死ぬ前の繋がりを求めていたからだろう。

 

そんな気がする。

 

だから──今、目の前にいる“ナニカ”は、確かにリリアの絶望そのものだった。

 

「……カカッ」

 

乾いた笑い声が響く。

 

ノア=ハルベルトだ。黒い濁流の中心で腹を抱えながら、心底愉快そうに肩を震わせている。

 

「最高だねぇ……ッ!絶望、孤独、死への恐怖!ぜーんぶ混ざり合って、ようやく完成したってワケだァ!」

 

ノアの足元で、水がどろりと蠢く。

 

黒い水面からゆっくりと現れたのは、人型を保ったまま半ば液状化しているミツルだった。全身から濁流を滴らせながら、虚ろな瞳でリリアを見上げている。

 

「……ノア様。アレは手のつけられない存在でしてよ。これ以上ここに居ると、私たちも巻き込まれますわ」

 

「カカッ、だからどうした?それに、お前の御相手はもう戦う気満々みたいだよぉ〜?」

 

「……冗談ですわよね?」

 

瞬間、轟く轟音。

 

後方の瓦礫の山が内側から吹き飛んだ。崩壊した校舎の残骸を突き破り、爆炎が空へ噴き上がる。融解した鉄骨が赤熱し、周囲の雨粒すら蒸発させながら、紅焔が戦場を焼き払った。

 

その中心から、アグニがゆっくり立ち上がる。

 

「あったま、きた」

 

低い声だった。

 

だが、その声音には今までにない熱量が混じっていた。

 

彼女の右腕は砕け、肩口は大きく抉れている。再生しきれていない傷口から白煙が立ち昇り、そこへ紅焔が無理矢理肉体を繋ぎ止めるように燃え盛っていた。なのにアグニは口元を吊り上げ、獣みたいに牙を覗かせながら笑う。

 

そして勢いそのまま、ミツルの元へと突っ込んで行った。

 

……そうだ。俺だって頭に来ている。

リリアをこんな目に合わせたノアに。

そして、原作知識に胡座をかいて対処していた自分に。

 

数万の軍勢と、最強の淵。そして、埒外の絶望の聖女。こんなのクソゲーだとかなぐり捨てて、すぐさまゴミ箱にポイするような展開だろう。リリアがかつて言っていた、俺が死ぬ未来というのも今の状況を見ればどんな馬鹿でも理解できる。

 

だから、だからどうしたと言うんだ。

 

俺はこのゲームが好きだ。

SNSで出会い、エロいモンスターに惹かれて始めたという下心ありきだが、個性的なモンスターや人、最後にはハッピーエンドという在り来りな展開が大好きなんだ。

 

だから信じている。

 

例え俺が死にかけても、死んだとしても……必ずハッピーエンドになると。

 

「私一人だけ死ぬのは嫌だよ……だから、一緒に死んで?」

 

「きゅ」

(いいよ、でもそれは今じゃない)

 

涙をうかべるリリアを見つめながら、戦闘準備を図る。

 

右手には心地よい温もりを宿す焔を。

左手には生命の輝きを感じさせる自然の恵みを。

 

恋や愛という温もりを知らず、生命の輝きを潰えようとしている目の前の少女に──教えなければならない。大人とは、おじさんとは、いつだって若人の手本にならないといけないのだ。

 

「んきゅきゅ」

(寂しさも悲しみも全部吐き出せ。俺が、俺たちが必ず助けるから)

 

 

 

───☆

 

 

 

ノア=ハルベルトは自他ともに認める魔女だ。

 

善悪の区別なんざ、とっくの昔に捨てている。

人の命も、モンスターの悲鳴も、愛も夢も、全部ひっくるめて“面白ぇ玩具”程度にしか思っちゃいない。

 

だからこそ、理解できなかった。

 

「……は?」

 

ぽかん、と間抜けな声が漏れる。

 

視線の先にいる絶望の聖女を前にしてなお、メルは逃げなかった。恐怖で腰を抜かすでもなく、泣き喚くでもない。勝てないと諦めるでもない。

 

あの怪物を見て、なお前へ出た。

 

しかも──。

 

「助ける、だァ?」

 

ノアの口角が引き攣る。

 

目の前にいるのは、世界すら軋ませる絶望だ。本来なら、理解した瞬間に逃げ出したくなる。関わるべきではないと、本能が警鐘を鳴らす。

 

聖女がモンスターであると見抜いていたノアですら、規格外の進化をしていた。

 

それなのに。

 

「カカッ……ッ、ハッ!意味わかんねぇ!」

 

理解ができない。

 

恋やら愛やら、そんなのはまやかしだ。ノアが殺してきた中にも、恋人同士と思われる人間達は多くいた。しかしその全てが片方を囮にして逃げ、もう片方は取り残された悲しみから絶望の悲鳴をあげる。

 

そんなやつらばかりだった。

 

だから目の前のチビスラが理解できない。自分が持ち得ない感情と行動理念を持つ存在に、脳が理解を拒んでいるのだ。

 

「……まぁいい。ついでに支配しようと思ってたけど、あの様子じゃ長くなさそうだしねぇ〜?」

 

遂には視線を逸らし、数メートル先で災害を撒き散らす二体の王種に意識を向ける。アグニは先程の傷で息も絶え絶えであり、ミツルはアグニとの戦闘の傷が癒えていない。

 

それでもなお、天と地を割る淵と焔の戦いは人が乱入出来るものではなかった。

 

「もえ、消えて── “殄・葬・滅《テン・ソウ・メツ》”」

 

「黙らせてあげますわ──“ 無窮落《ムラクモ》”」

 

被害規模で言えば、まさしく怪獣大決戦だろうか。

 

その中で唯一ノアだけが、口を大きく開けて笑っていた。彼女はこういう戦いが見たかったのだ。互いに傷を負いながら、命を賭して戦うという死線。

 

血と死をこよなく愛するノアにとって、極上の景色だ。

 

とはいえじっと眺めるだけなのも退屈だ。聖女のせいで怯えてしまったモンスター達もいるため、更なる被害を拡散させるべくもう一度支配の力を強めていく。

 

「さぁ行け、モンスター共。好き勝手に暴れちゃってくれよぉ〜?」

人気キャラクター 二部

  • メリュジーヌ (メル)
  • ヴェスティ=クラウニア(ご主人様)
  • モウガン (ツンデレ牛娘)
  • アグニール (クーデレ王種)
  • フォス (元気っ娘)
  • アルマ=メイソン(最近出番がないぞ)
  • ソルガ (残念系イケメン美女)
  • イスフィ(関西弁パパ系ガール)
  • リリア
  • アマネ(実はポンコツやれやれ系少女)
  • オウヒ (好感度が上がるだろうか)
  • ノア=ハルベルト (ラスボス系美女)
  • ミツル (眼帯系王種)
  • フルちゃん(アルマの貴重なツッコミ要因)
  • シスターカプノス (生臭シスター)
  • モルド=クラウニア (変態お兄さん)
  • タナカ・サトウ・スズキ・ヤマダ
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