進化したら人外系お姉さんになる雑魚モンスの俺、飼い主♀の性癖を破壊する 作:霧夢龍人
モウガンとフォス、そしてアマネは手を焼いていた。
眼前を埋め尽くす野良モンスターの群れに、処理速度が間に合っていないからだ。
「ちっ、数が多すぎる!」
自分と絆を結んだパートナーモンスターに指示を出しながら、アマネは舌打ちを零す。既に何百体と倒してはいるが、野良のモンスター以外にもノア=ハルベルトの支配するモンスターが残っているのだ。このまま戦い続けても多勢に無勢である。
「うがっ!」
フォスが鋭く鳴いた。
両手に備わる狂爪を振りかざし、小さな身体が残像を引く。飛び掛かってきた獣型モンスターの首元へ潜り込み、そのまま勢いよく蹴り上げた。骨が砕ける鈍い音と共に巨体が宙を舞い、後続のモンスターを巻き込みながら吹き飛んでいく。
しかしその空いた空間も、瞬き一つの間で埋まってしまった。
「この数は厄介ね……」
とっくのとうに傷だらけになっているモウガンもハルバードを振りかざすが、振る速度よりも敵が迫ってくる速度の方が僅かに早い。それでも尚倒れずにスタミナを維持できているのは、決戦前に害獣退治のために洞窟に籠っていた成果だろう。
ハルバードが唸る。
振り下ろされた刃が獣型モンスターの頭蓋を砕き、その勢いのまま地面へ叩き付ける。衝撃で石畳が割れ、周囲の個体が纏めて吹き飛んだ。
だが、それでも足りない。やはり空いた空間を埋めるように、新たなモンスターが押し寄せる。飛行型が頭上を旋回し、虫型が大型モンスターの身体を這い回りながら隙を狙い、獣型が地面を埋め尽くす。
まるで終わりが見えなかった。
「フォス!後ろだッ!」
「うがっ!」
アマネの声と同時。
フォスが身体を反転させる。
背後から飛び掛かってきた狼型の顎を狂爪で弾き飛ばし、そのまま喉元へ爪を突き立てた。鮮血が噴き出し、フォスの身体を血で染めるがこの程度で休む暇はない。
次の瞬間には別個体が迫っているのだ。
戦闘が開始して約三十分ほど。
その間ずっと数多のモンスターを沈め、傷を負いながら戦力を削っていく。特にモウガンは消耗が酷い。奇襲を受けそうになったフォスやアマネを庇っているからだ。
『グレートモー』から『カウガール』に進化した彼女だが、その身体はグレートモーの特性として、重厚な筋肉を動かすために血流が隅々まで迅速に駆け巡っている。その証拠として、血に染った身体の隙間から、仄かに赤くなった素肌が見え隠れしていた。
この状態は言わば“本気モード”。身体能力が向上する代わりに、早めに戦闘を終わらせなければ身体に籠った熱を発散出来ずに自滅するという、諸刃の剣だ。
つまり、長期戦闘は本来不向きな種族なのである。
それでもモウガンは立っていた──自身の“誇り”と“意地”のために。
「あっついわねぇほんとッ!私は人混みが苦手なのに!」
悪態を零しながら虫型モンスターの節足を砕き、モウガンはそのまま回転するようにハルバードを薙ぎ払った。鋼鉄すら断ち切る刃が甲殻を紙のように切り裂くと同時、硬質な殻が砕け散り、緑色の体液が飛び散った。
熱い、あまりにも熱すぎる。
モンスターの血と自身の熱で倒れそうになりながらも、戦果をあげるべく奔走するモウガン。
彼女は理解しているのだ。自分が一番“才能がない”ということに。
(ご主人様のパートナーの中では、私がフォスを除いて最弱。そのフォスも、今じゃとんでもないスピードで成長していってる……ほんと理不尽ね)
アマネは名家の才媛でありながら、モウガンの才能に嫉妬した。しかしそれ以上に、モウガンは更なる化け物たちに常日頃から打ちのめされている。
フォスは『モグラワンコ』に特殊進化し、中位属性ではあるものの炎と岩属性の二つを操れる上、モウガンを上回るスピードで駆け巡ることが出来る瞬足を持つ。
アグニは言わずもがな。
メリュジーヌにも手も足も出ないだろう。
そんな化け物と一緒に過ごしていくうちに、劣等感を感じしてまうのは当然。彼女の種族は、強いものを好む。しかし自身が弱いのは論外だと考える種族でもあった。
だからこそ、モウガンは鍛えた。
来る日も来る日も誰よりも早く起きて、誰よりも長く武器を振り、誰よりも多く傷を負った。才能がないなら積み重ねるしかない。特別な力がないなら身体を酷使するしかない。
王種のような理不尽も、特異個体のような奇跡も、何もかも自分にはない。だから──努力だけは、誰にも負けたくなかった。そんな彼女が学園をつまらないと感じるのも、当たり前だ。
(アンタ達と違って私の一歩は小さい。でも、足跡の数は私の方が多いわ。追い縋って、洞窟に潜って……私に負けたアマネとかいう子供も、私に勝つことを目標にして付いてきた)
弱い自分に対しても気安く接してくるメル。
数多いるモンスターの中から自分を選んでくれたご主人様。
才能がない自分に対抗心を燃やしてくる変な子供、アマネ。
むず痒く感じるこの生活を、モウガンは悪くないと思ってしまっていた。自然界の熱さに慣れ親しんでいたのに、ぬるま湯と勘違いしそうなほどの生き方を心地良いと思ってしまったのだ。
(だから──ここで立ち止まる訳にはいかないでしょうがッ!)
モウガンは歯を食いしばった。
肺が焼けるように熱い。心臓は限界まで血液を送り出し続けている。視界の端は赤く滲み、耳鳴りも酷い。それでも足は止まらない。いや、止められない。
「ッらぁぁぁぁあああッ!!」
雄叫びと共にハルバードを振り抜く。
横薙ぎの一閃。
迫っていた獣型モンスターが三体まとめて吹き飛び、後方の建物へ叩き付けられた。勢いのまま、前を走るフォスよりも先へ先へと突き進んでいくモウガン。
前方では壁のように折り重なるモンスターの群れ。ボロボロの彼女にとって、息切れは必至だった。
「「 G A A A A ! ! ! ! 」」
モウガンに折り重なるようにモンスターが迫る。大小様々なモンスター達が幾重にも重なり合い、一つの生きた津波となって押し寄せてくる。世の中の理不尽を知っている彼女に、更なる理不尽を突きつけようとしてくる。
やがてモウガンは、その理不尽に押し潰されるようにモンスターの群れの山に消えてしまった。
「っ!?モウガン!!!貴様大丈夫か!?」
「ウガァァァッッ!!?」
アマネの叫びとフォスの慟哭が、モンスターの群れの中で響く。だが返事が帰ってくることはなく、モウガンの姿は完全にモンスターの群れに飲み込まれていた。獣型の巨体が何重にも折り重なり、虫型が隙間を埋め、水棲型までもが泥のように群がっている。
まるで生きた墓標のようだ。
──死んだ。
アマネとフォスの脳裏には、モンスターによって無惨に押し潰されたモウガンの姿を幻視していた。
当然だ。彼女は普通のモンスターから特異な進化をしただけの一般モンスター。更に特異な進化をしたメルやらアグニならいざ知らず、あんな数のモンスターから迫られたら殆どのモンスターは即死してしまう筈だ。
そう。
即死してしまう筈だった。
「くそっ!!貴様、まだ私との決着が着いてないだろうがッ!?」
アマネが怒りに任せ、駆け出そうとした瞬間──群れの中心が大きく膨らんだ。雄叫びをあげながら吹き飛ばされていくモンスター達。
よく見れば、先程までモウガンがいたモンスターの山が、内側から弾き飛ばされるようにいなくなっていたのだ。
「ッな、なんだ……何が起こった?」
空高く舞い上がる獣型と、砕け散る虫型の外殻。吹き飛ばされた大型個体が周囲を巻き込みながら転がっていく。そして、その中心。血と土煙の中から現れたのは──白色の膜。虫型の形成する繭のような形のソレに、アマネの駆ける足は自ずと止まる。
見覚えがあった。三次進化したモンスターを従えているアマネだからこそ、この光景は何度も見たことがある。
そう、アレはあの形は──“進化”だ。
「ははっ……なんだ、心配をかけさせるな。阿呆め」
──《感情:自身への怒りの発露を確認。対象の進化を開始……種族名『カウガール』から、『デカパイル』に進化します》
呆れたようなアマネの声に、二メートル程にもなる繭が僅かに震える。パキパキと内側から卵を食い破るように、白い繭の表面に一本の亀裂が走る。
パキ、パキパキパキッ──。
さらに次々と亀裂が増えていく。
ついには繭の内部から漏れ出した光が、その亀裂の隙間から溢れ始めた。周りにいるモンスター達は動けない。進化するという神聖な行為に、恐れを抱いているからだ。
繭の内部では、モウガンの内包する熱が奔る。筋繊維が千切れ、再構築されていく。骨格が軋みを上げながら伸び、血液が沸騰しそうな速度で全身を巡る。限界まで酷使され続けた肉体が、より強く、より速く、より頑丈に変質していく。
やがて、繭の上部が吹き飛んだ。
白い破片が嵐のように飛散し、光が溢れ出した。
そんな眩い光の中で、一つの影が立ち上がる。
最初に現れたのは角だった。
グレートモーの面影を残す立派な牛角は、以前よりも遥かに長く洗練され、美しい黒曜石のような輝きを放っている。
次に見えたのは髪。
血と汗で汚れていた茶髪に黒いメッシュが入り、腰まで届くほど長くなった髪が光を受けて揺れた。
そして身体。
百六十はあった以前よりも背が高くなり、出る所は出て、細い所はしっかりと引き締まっている魅力的な四肢。それに伴い、爆発的な筋力を秘めた肉体が更に強固に結び付いている。
重厚さと俊敏さ。相反する要素が完璧な均衡で成立していた。
程よく日焼けした皮膚には、淡く赤い紋様が浮かび上がっている。まるで灼熱の血流そのものが身体の表面に刻まれたようなその姿に、アマネが目を見開いた。
その姿から感じる圧力は、先程までのモウガンとは別物だったからだ。
王種でも特異個体でもない。しかし確かにそこにいるのは──才能も奇跡も持たず、ただ努力だけで這い上がってきた怪物の到達点そのものだった。
周りの視線を集めながら、モウガンはゆっくりと地面へ転がっていたハルバードを拾い上げる。
握った瞬間、武器が歓喜するように震えた。そして。彼女は目の前に広がる数千のモンスターを見渡し、口元を吊り上げ不敵に笑う。
「ふぅ……主役の完全復活ってところかしら?」
第二ラウンドは、モウガンの振り下ろしたハルバードの轟音と共に始まった。
───☆
一方で、ヴェスティとイスフィは。
「こっちやでぇ!!!早く逃げぇ!!!」
「さぁ早く!まだ安全とは言えないからね!」
二人は必死に避難民の誘導を続けていた。
学園都市の大通りには、泣き叫ぶ子供や怪我人を支える大人達が溢れている。遠くから聞こえる爆発音と空を染める黒煙。さらには地面を揺らす衝撃に、誰もが恐怖に顔を歪めていた。
「お母さん……こわいよぉ……」
「大丈夫や、お姉さんが見とるからな」
泣きじゃくる少女の頭を撫でながら、イスフィは笑顔を作る。
本当は自分だって怖い。
空を見れば、巨大なモンスターが暴れている。遠くではアグニ達が命を懸けて戦っている。
自分は弱い。
だからこそ分かる。今ここで誰かが逃げ道を作らなければ、多くの人が死ぬのだと。耳につけているインカム型のスライムでアマネやメル達の状況を見ながら、的確に避難経路を作っていく。
「こっちですよー!」
「慌てすぎないようにね?」
「気をつけて!」
それに感化されたのか、同じく避難していた学生たちも皆一様に誘導を手伝ってくれていた。
エリナスもまた、操られていないモンスター達が混乱に陥らないよう、必死に空を飛び回っていた。
「ほら、こっちだよー!ボクの方に来れば巻き込まれないから!」
高く鳴きながら旋回する。
その声に導かれるように、小型モンスター達が安全地帯へ移動していく。
しかし多すぎるモンスターの数は、やはり捌ききれない。戦闘の余波で起きた衝撃やビルの倒壊により、混乱が生じてしまうのだ。
そして、やはりその隙を狙う野良のモンスターがいる。
「きゃぁぁあああ!!!」
劈く悲鳴。轟く怒声。
轟音と共に建物の屋上が爆散し、巨大な影が降ってきた。崩れた瓦礫を蹴散らしながら現れたのは、全長十メートルを超える猿型モンスターだった。
全身を覆う黒い剛毛。
異様に発達した両腕。
そして血走った双眸。
どう見ても正気ではない。
「 G Y A H A A A A ! ! ! 」
怒りに任せた咆哮を上げながら、猿型モンスターが両拳を振り上げた。狙いは──避難民のど真ん中。
「っ──!!」
イスフィの顔から血の気が引く。
間に合わない。避難民達も動けない。怪我人や子供を抱えたまま、この距離から逃げ切れるはずがなかった。
巨大な拳が空を覆う。
十メートルを超える猿型モンスター。
その異様に発達した両腕が振り上げられただけで風が生まれ、地面の砂埃が舞い上がった。黒い剛毛に覆われた筋肉は鉄塊のように膨れ上がり、今にも避難民達を押し潰そうとしている。
間近に迫った生命の危機に、誰も動けない。
怪我人を支えていた男性は立ち尽くし、子供を抱えた母親は震える腕で我が子を抱き締めている。同じく避難誘導を手伝ってくれていた学生達も顔を青ざめさせたまま空を見上げていた。理解してしまったのだ。あの拳が落ちれば終わるのだと。
イスフィも同じだった。
喉が乾いて、耳の奥では自分の鼓動がうるさいほど鳴り響いている。
怖かった。アグニのような力はない。メルのような特別さもない。モウガンのような強靭な肉体もなければ、アマネのような才能もない。
自分は弱い。
そんなことは誰よりも知っている。それでも、目の前には助けを求める人達がいた。泣いている子供がいて、震えている大人がいる。必死に生きようとしている人達がいる。
だから──足を止める訳にはいかなかった。隣を見れば同じくヴェスティも駆け出している。しかし、やはり間に合わない。
イスフィとヴェスティの瞳には、振り下ろされる拳がスローモーションに映った。
その瞬間。
「だめーーー!!!」
「エリナスっ!?」
甲高い叫びと共に、純白の影が空から飛び込んだ。
避難民達の頭上を掠めるように降下したエリナスは、振り下ろされる猿型モンスターの拳と避難民達の間へその身を躍らせる。全長十メートルを超える巨躯を前にすれば、エリナスの身体など木の葉ほどの大きさしかない。あまりにも小さい。
それでもエリナスは退かなかった。
「 G Y A H A A A A A A ! !」
猿型モンスターが咆哮を上げる。
振り下ろされた拳が空気を圧縮し、凄まじい暴風が大通りを駆け抜けた。瓦礫が宙を舞い、避難民達の悲鳴が重なる。今にも押し潰される。誰もがそう確信した。
しかし、イスフィは覚えている。エリナスと鍛えた洞窟での苦々しい日々を。
「こんなの……こうだっ!」
振り下ろされた巨岩のような拳。
それを真正面から受け止めたエリナスは、身体をゴムのように引き伸ばして見事に受け止める。反発した拳は威力を失い、衝撃と反動をそのまま猿型モンスターに打ち返した。
「 G U O O O O !? 」
猿型モンスターの巨体が大きく仰け反る。
骨が軋むような嫌な音を出しながら、巨体が二、三歩よろめき、大通りの石畳を踏み砕きながら後退した。目撃した避難民達の間からどよめきが漏れる。
助かった。
その事実を理解するまでに数秒を要した。
だが、イスフィの表情は晴れない。
「エリナス!!」
叫びながら駆け出す。視線の先では、拳を受け止めたエリナスが苦しそうに息を吐いていた。
当然だ。
受け止められたからといって無傷ではない。ぷるぷると震える身体には、
ひび割れのような傷が走り、衝撃を完全に吸収しきれなかった証拠が残っている。
それでもエリナスは笑った。
「えへへ……ちゃんと出来た。戦いはキライだけど、お母さんの為なら……ボク、頑張れたよ?」
その笑顔を見た瞬間、イスフィの胸が締め付けられる。
ついこの間までお母さんと甘えてきたエリナスが、今では立派に人を守れるように頑張っている姿。弱いスライムでも強くなろうと、嫌々ながら洞窟に突っ込んだ日々。
かつて桜が馬鹿にしていたチビスラが、今では胸を張れる自慢のパートナーになっていた。
「偉いっ!!!ようやった!それでこそウチの子やぁ!」
半分涙ぐみながらイスフィはエリナスを抱き締める。滴る涙の心地良さに、エリナスも照れ臭そうに身体を震わせた。
しかし、その安堵は長く続かない。
「 G Y A A A A A A A ! ! ! 」
怒り狂った咆哮が学園都市に響き渡る。
周囲の窓ガラスが一斉に砕け散り、音の衝撃だけで避難民達が悲鳴を上げた。猿型モンスターは完全に理性を失っていた。血走った双眸には憎悪しかない。
標的はただ一つ。自分の攻撃を阻んだエリナスだった。
「まずい……!」
ヴェスティの表情が強張る。先程は不意を突いたから凌げた。
しかし今度は違う。
猿型モンスターはエリナスを認識している。避難誘導や補助を得意とするエリナスが、あんな怪物を相手に出来るはずがなかった。
猿型モンスターが地面を蹴る。
轟音。
石畳が爆散し、周囲の建物が揺れた。
十メートルを超える巨体とは思えない速度で黒い影が一直線に迫る。その圧迫感だけで空気が重くなったように感じるほどだった。避難民達の顔が絶望に染まる。イスフィは反射的にエリナスを抱き寄せた。ヴェスティも前へ出る。
しかし間に合わない。
イスフィは自身の生命の終わりを確信した。
(ごめん。メルちゃん、リリア……)
エリナスを抱き締めたまま、イスフィは目を閉じる。
巨大な拳が視界いっぱいに迫り──。
「あっはは」
──刹那、場違いなほど軽い笑い声が響く。
まるで友達との待ち合わせにでも現れたような気軽な声色は、エリナスを抱き締めるイスフィの耳に反芻する。
聞き覚えのある声だ。
「真打登場!……ってヤツぅ?」
その声の主がひとしきり笑うと同時に、ひらりと桜色の花弁が舞った。
瞬間──ドゴォォォォォォォォォンッ!!!
凄まじい衝撃が炸裂する。
大地が揺れ、暴風が周囲へ吹き荒れた。しかし猿型モンスターの拳は落ちなかった。否、落とせなかった。
巨人のような怪物が振り下ろした拳を、小さな少女が片手で受け止めていたからだ。
避難民達の目が見開かれる。
桃色の髪と、小柄な身体。あまりにも華奢な背中。それなのに、その場に立つ誰よりも巨大な存在感を放っている。舞い散る桜の花弁が彼女の周囲を彩り、まるで春そのものが具現化したような幻想的な光景だった。
そして少女は、巨大な拳を受け止めたまま首を傾げる。
「弱い子を虐める悪い奴──みぃつけた♡」
にこり、と。
無邪気な笑みを浮かべながら。
桜の王種“オウヒ”は、まるで新しい玩具でも見つけたかのように猿型モンスターを見上げていた。
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